ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

August 2012

風呂敷を広げた私からのお願い

「風呂敷を一挙に広げた感じが心配です」

演劇の大先輩から、
以上のように心配するお手紙が届いた。


そう。

制作・広報・演出・出演を
すべてやっているようなかんじである。

風呂敷を広げ過ぎて、
なかなか大変になってきている。


とは言っても、私が思うに、
水俣のときはもっと大変だった。
見知らぬ土地で、ハンディを沢山背負いながら、
一から演劇をつくるデザインをする作業。
だからこそ、小さな共感を束にして、
大きな事業を成し遂げることができた。


あのとき、広げた風呂敷に飛び込んで、
よかったと思っている。

で、今回は自分で風呂敷を広げてみた。
そしたら、意外と大きかった(笑)



今、私が葛飾でできることは

・つながりをつくること
・活動する人を増やすこと

である。

そのための手段として、
『葛飾散策劇場』を用意してみた。
blog.livedoor.jp/happyfield/archives/51939501.html


A.「立石様の謎を追え 地と血をめぐる物語」
B.「立石クラッシクス」

このふたつは、葛飾に引っ越してきたばかりの人や、
引退したばかりのシニア、地元の若者などにおすすめ。


C.「立石働き方大図鑑」

こちらは、働き方に悩んでいる方や
働くことの入口に立っている学生の方などにおすすめ。
就職活動中の方には割引もあります。


D.「呑んべ横丁はしごツアー」

お酒は飲めなくても、
呑んべ横丁のお店に一度入ってみたいなんて方はぜひ!



またいずれのコースも、

身近な場所の「あるもの」を見つける→取材する(調べる)
→構成する(考える)→取材者と調整する
→違う人たちに発表する

という丁寧なプロセスをたどっている。


この方法自体は、普遍的かつユニークなもので、
組織運営や広報活動、場づくり、
まちづくりなどに応用できると思う。
つまり、興味がある人であれば、
どなたでも見に来てくだされということ。


みなさんにお願いしたいことは三つ。

〔造辰討い燭蕁△爾匕に来てほしい。

△つしかけいたさんが作ってくれたチラシもまだ沢山あるので、
興味がありそうなところに配ってくれる方、募集中です。

もしどう考えても、興味が持てそうになかったら、
どうすれば行きたくなるか教えてほしい。



広げた風呂敷。さぁ、どうしよう。

「開く」と「閉じる」

まちを歩くと、「開く」と「閉じる」両方に出会う。


「すみませ〜ん」と声をかけると、
以下のようなパターンがある。


,覆鵑正劼犬磴佑Г里と無愛想な態度を取る
∧垢い燭海箸里漾⇔直に答えてくれる
5燭い鮖ったまま、話を聞いてくれる
ぬ滅鬚づ曚来たとばかりに、質問までしてくれる



で、,「閉じて」いて、
い「開いて」いるかというとそうでもない。


ここに微妙な感覚というものがあるのだ。


私は人間が好きである。
(すべての人が好きという意味ではない。)
だから、いままで人とかかわることを仕事にしてきた。


で、人に会うと、なんとなく、
相手の人が人好きかどうかをわかるようになってきた。
わかるというよりも、感じるといった方が近いのかもしれない。


今回、『葛飾散策劇場』を準備していて、
声をかけたまちの方々はおそらく40人程度。
そのうち、演劇に登場する方々(取材をした人々)は22人。


いずれも私が取材をしたいと思った方々である。
その人たちに共通しているのは、
「開いて」いる(「閉じて」いない)ということ。

なんか、私にとって、会話が心地がよいのだ。
取材を重ねていくと、面白い情報だけでなく、
その方の面白い部分がどんどん出てきて、
その人を演じたくなってしまう。

今回の22人の中に、さすがに,凌佑呂い覆ったが、
△筬のような人はけっこういた。
でも、なんか面白そうと思って、飛び込んで行ったら、
いつの間にか、協力を約束してくれていた。
もちろん、数年がかりで築いてきた関係もある。


なので、今回の「葛飾散策劇場」の試みは、
私が「開いて」いると思った人や場所を
ユニークな形で紹介することでもある。


もちろん、誰でも無暗やたらに「開く」ことは怖い。
でも、つながりの中でゆるやかに「開かれる」。
そんな場所こそ居心地がよいのではないだろうか。

演劇でそんな開き方をご紹介したい。

葛飾あるものさがしツアー鎌倉編レポートその3〜Aの聖地

踏切近辺のお地蔵さまゾーンも
すごく面白かったのだけれど、
これはいろいろと取り上げられてそうだし、
説明が難しそうなので、今回は省略。


今回の「あるもの」は、
私が暑くてぼーっとしているので、
暑くてぼーっとしていても書けるもの、
読めるものをを並べてみる。



鎌倉にあった、全国のAマニア必見の聖地である。


入口には、「千と千尋の神隠し」のトンネルのように、
何かを暗示する手作りのこの看板。
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その理由はすぐさま判明する。

Aが待ち構えているのだ。
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しかもいきなり、3つのうち、1つが違って、
Aのバリエーションに気づかせてくれる心にくさ。
(よく見ると、線路との間の鋭角もAになっている。)


手前の大きなA
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そして、奥の細身のAが二つ。
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さらに4連続のAが続く。
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どうだろう。
この数十メートルの間にたくさんのAが並んでいる。
まさにAの聖地だ。


もしこれを読んでいる人が退屈な日を過ごしていたら、
鎌倉のAの聖地に行ってみることをおすすめする。

人生の中で、少しはAの奥深さについて、
考える時間があったっていいと思うのだ。

お休みなさい。

友人のIさんと水道トラブル解決

土曜の夜から、キッチンの水道が壊れました。

我が家の水道は、
取っ手を上に上げると水が出て、
下に下げると水が止まります。
で、下に下げても、
水がちょろちょろと流れるようになりました。


で、その日のうちに、
以前、DMか何かで入ってきた
24時間対応の水道トラブルレスキューに電話をしてみました。

社員「出張費が必ず3,150円かかります。」
私「目安はいくらだと思いますか?」
社員「見ていないので、なんとも言えません。」


私は、この最後の言葉で不審に思いました。
例えば、自分だったら、
「一部だけだったら○○円。
 主要な部分が壊れていていたら○○円かかります。
 作業代は○○円から○○円の間です。」
と案内するだろうなと考えました。


そこで翌日、私の友人で、
シニアによる便利屋さんの事業を考えている
Iさんに相談してみました。

すぐに自宅にいらして、
小1時間ほど丁寧に見てくださいました。
ネット上で出ている分解図も参考にして、
一部の部品だけが壊れていることを突き止めました。


Iさんによると、
業者次第では、部品調達が面倒くさいので、
水道ごと取り換えてしまうこともあるとのこと。
その方が効率的だし、お金ももうけやすいからです。

なので、その業者は断りました。



その後は、自分でホームセンターに行き、
部品だけを買ってきて、自分で取り付けました。
交換にかかった時間は3,40分。
部品代が5,400円ほど。
おかげで、水道の内側も掃除できたし、
水が出る仕組みまでわかりました。


Iさん、ありがとうございました。
コロンブスの卵でした。

『間宮兄弟』の餃子をつくっている親子の話

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『葛飾散策劇場』の
「立石様の謎を追え〜地と血をめぐる物語」コースでは、
映画『間宮兄弟』で、佐々木蔵之介さんとドランクドラゴン塚地さんが
食べていた餃子も食べられます!

間宮兄弟(通常版) [DVD]
間宮兄弟(通常版) [DVD]

↓『葛飾散策劇場』の詳細は
http://blog.livedoor.jp/happyfield/archives/51939501.html


お店の名前は栄屋さんです。
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以前、2008年の『アド街っく天国』では、どちらのドアから入っても、
そばもラーメンが出てくるお店として紹介されいました(笑)

で、ここの親子のお話がすご〜く面白かったんです。

お店を始めて54年。現在二代目。
初代は、近くのミソ工場の工場長をわけあって
辞めさせられてからの転職でした。

最初から現在のような飲食店ではなく、
お風呂屋さんの近くで、
子ども相手にアイスやかき氷を出すようなお店だったそうです。
つまり、立石で機会を活かしたスモールビジネスの先駆けです!

劇中では、
私がファンになった親子と餃子、
『間宮兄弟』では決して見ることができないエピソードをご紹介します。

私のやりたいことと「勝手公共」

つい先日、他地域でよく似た経歴を持つ、
その道の先輩に「葛飾散策劇場」の相談をした。


「ふっきーさんは『勝手公共』で行くんですね。」と言われた。



「勝手公共」があるからには「勝手じゃない公共」もある。

例えば、困っている人が近くにいて、
それを助けて成り立つ公共。
障害者や高齢者の福祉系のNPOなんかがわかりやすい。
また、子育てをする親や子どもを支援するNPOなんかもそうだ。


これらは
「社会から必要とされていること」が先にあって、
事業を行なう者の「やりたいこと」「できること」を合わせていく。



一方、私が「葛飾散策劇場」でやろうとしていることは逆だ。

私が社会にとって、
こうなったらすごくいい未来ができると「勝手」なビジョンを描き、
それに共感してくれた人たちと一緒に始める。
誰かの提案があって始まったり、
困っていたりする人に即効性があったりするような事業ではない。



ではなにをやろうとしているのか。

・つながりをつくる
・活動する人を増やす


このふたつにつきる。



私が、前職の市民活動支援センターでやってきたことも、
演劇ワークショップでやってきたことも
葛飾でやってきたことも、
ずーっと、ずーっと、ずーっと、このふたつのことなのだ。

そして、それがぴったりとはまったときに、
最大限の力が発揮される。


ここの部分が腑に落ちるために、
勘が鈍い私は、恥ずかしながら約半年の期間を要した。
そして、多くの人を巻き込んでしまった。


もちろん、このふたつは
どこの組織(会社)であっても必要とされることであり、
なかなかできる人が少ないから、
大抵の場所で私の存在は重宝される。


でも、これを仕事にしようとするとなかなかお金にならない。
例えば、国がハード出すお金は99%、
ソフトは1%であるという統計もある。
ハードは目に見えて結果を出しやすいからだ。


ハードがぼろぼろになりつつあり、
大規模な経済成長など見込めない中、
ソフトの時代になることは目に見えている。


今回挑戦するのは、ソフトをつくる
「葛飾散策劇場」を継続的な事業にすることだ。


もし興味がある方は、
まずどこかのコースに参加をしてほしい。
そして、意見をください。


でないと、
それは本当に私の「勝手公共」で終わる・・・。



ま、死ぬわけではないので、終わるわけではないけれど、
どこか引っかかる方は、ぜひ参加してくださいませ。

待つ仕事

昨晩、急に思いたって、
呑んべ横丁の「知花子」に行ってきた。

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突然出かけるようなことは最近はないのだけれど、
昼間、別の方にインタビューをして、
すごく元気をもらったから。


その方がおっしゃっていたこと。

「遊びが仕事につながっていること」
(常人には真似できない、かなり本格的な遊びをしている方です)

「本物を売らなくちゃいけないという商売のこだわり」



あぁ、最近、私も遊べていないなと思い、
取材を楽しむつもりで知花子さんに向かった。
最近、ちょっと忙しさに負けていたけれど、
ほんとは取材は大好きなのだ。


「知花子」の店内は誰もお客さんはおらず、ひとり。
ママの知花子さんとは
そろそろ5年以上のお付き合いになる。

*2007年11月5日の個人ブログ『ミツワ』と『知花子』を参照。
http://blog.livedoor.jp/happyfield/archives/51117160.html


ラッキー!
30分ぐらい独占して話を聞くことができた。


なんか、こういうときの気というのは、
相手に自然と伝わるもので、
短時間だったけれど、すごくいい取材ができた。


スナックのママは待つことが仕事なんだと再認識した。

1か月、1年、5年、10年、20年・・・。


常にお客さんを待っている。
間が空けば空いたで、
「なにかあったのかな」とか「嫌になったのかな」とか思い、
来たら来たで、「久しぶり」とか「忘れた」とか言う。


どんなに気が強いママでも、待つことからは逃れられない。


何も見えない扉の向こうで、
いつも待っているママたちがいるのだ。

やっぱり呑んべ横丁はすごいところだなと思った。

Barニュー姫のこと

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立石の町の中の一角。

時代に忘れられたように
昔ながらのスナック長屋が並んでいる。
夜の帳が下りると、
一店、また一店ネオンがつきだす。


立石の呑んべ横丁。


2008年、仲間たちと呑んべ横丁の一軒一軒をたずね、
お酒を飲み、店内の写真を撮りまくり、
そのうち、5軒の取材をして演劇をつくった。


4年の間に、5軒のうちの2軒がなくなった。
どちらも歴史があるお店だった。
1軒はけが、もう1軒は病気。


多くの店は
年配のママやマスターが
毎晩からだを張って頑張っている。
何かふとした拍子で店を開けられなくなってしまう。


昨日は9時過ぎに、
私がママを演じた
「Bar ニュー姫」を取材で訪ねた。


お互いのコミュニケーション不足、
私の伝達不足で、
8時から他のお客さんを断わって、
私たちを待っていてくれた。


2008年の誕生日に仲間とプレゼントした、
トレードカラーの紫色のドレスを着て、
待っていてくれた。


「遅いじゃないの!」
怒られた。


このママ。
一癖も二癖もあるんだけれど、
ますます演劇をしたくなってしまうじゃないか。


妙に忘れがたい夜だった。

「しらかわ」の奇跡

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約2年ぶりに立石の呑んべ横丁の
「しらかわ」に行ってきた。
午後6時。
要件はこれから立石でやる事業のお願いのため。


勇気を出して、
「こんばんは」と扉をガラガラ開けると、
ママと常連客がひとり。

変わっていない。



2008年に『呑んべ横丁物語』をやったあと、
年に数回通っていた。
どうやら私の顔を覚えていてくれたみたいで、
歓迎してくれた。


常連客の方は御歳88歳。
かつて立石仲見世商店街の理事長も務めた方。
共通の知り合いが非常に多く、
50歳以上の歳の差も関係なく、
盛り上がってしまった。


仲見世商店街に夜11時になると出てくる
夜警小屋も彼がデザインと導入を決めたらしい。
すごい方と知り合いになったものだ。
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彼には、「夜警小屋」の写真が入った名刺、
ママには、「呑んべ横丁の看板」の写真の名刺をあげると、
大喜びしてくれた。
たまたま持っていた残り3枚のうち、2枚がこれだった。
すごい偶然。



そのうち、ひとり、
またひとりと、「しらかわ」に入ってくる。
みんな初老の男性が多い。
誰もが、めずらしい30代の私を歓迎してくれ、
ポツリポツリと語りかける。


帰ろうと思ったら、隣の方に、
「ママ、彼に一杯やってくれ」と言われ、
おごられてしまった。

そして、なぜか一人一曲のカラオケ大会に突入する。
ひとりは若者への応援歌を歌ってくれる。
なんだか、こそばゆい。


話を聞くと、みんなが福島に縁がある方ばかり。
もちろん、お店の名前も「しらかわ」で
ママは福島県の白河出身。
そして、入ってきた方も二本松だったり、
矢祭だったり、田村だったり・・・。

そのときは、初対面だし、

なんだか野暮なかんじがして、
震災の話題は出さなかったが、
みんな下町で一生懸命生きてきたことが伝わってきた。


立石にもこんなお店があるのだ。
「また来ます」
諸先輩方に深々と頭を下げて、扉を閉めた。

ありがたい夜だった。

葛飾あるものさがしツアー鎌倉編レポートその2〜小松菜は簡単なのよ

そうそう、この日は二つのグループに分かれた。
私のグループは4人。

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鎌倉二丁目農園のあたりでうろうろしていると
おばちゃんがやってきて、声をかけられた。
「なにやってるの?」


かくかくしかじか。
なんとか信頼してもらえたみたいだ。


「なんで小松菜をつくっているんですか?」

「小松菜は簡単なのよ。
 ほうれん草は土をアルカリ性にしないといけないから(難しい)。
 連作できるからバカでも○○でもできる。
 ○○というのは、差別用語だけどね。」


なるほど。
葛飾の土地はさぞかし小松菜に適しているのだろう。
バンバン育つのだ。


ちなみに農園の由来も話してもらった。


「ここはね、バタ屋さんの捨て場だったの。
 大きな地主が持っていて、バブルの頃まではね。
 それを農園にしたのよ。」


目の前にあるお店で、
ついでにずーっと気になっていた
「素人料理しのぶ」についてもうかがってみた。
201204151007000


「10年も前にやめたよ。なぜ素人料理かって。
 プロじゃないからだよ。
 別にしのぶさんがやっていたわけじゃなくて、
 それらしい名前をつけたんじゃない」


潔いお答え。
プロじゃないから素人を看板にしてしまったのか。
会ってみたい。しのぶさんじゃないらしいけど。


この近所に前からすごくよいと思っていたラーメン屋さんがある。
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その横に、商店街の名残みたいなものがあった。
その一軒に、ちょうど人が帰ってきたので、
声をかけてみた。
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「うちは八百屋だったんだよ。15年前までやっていた。
30年間くらいやっていたね」

また、先ほどのおばちゃんには
そこの近辺にあった商店街のことについても聞けた。

「そこの商店街はね、着るものが以外はなんでもそろったんだよ。
八百屋の隣は餅菓子屋さん」

西商店街があったところらしい。


ちょっと話を聞くだけで、周りの風景が変わって見える。
でも、知っている人が語らず、聞く人がいなければ、
そんなこともいずれわからなくなる。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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