ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

February 2013

地域のサークルの発表会のイノベーション

本日、すごい!と思うイベントに行ってきました。
内容よりも手法が斬新だと思ったのです。


よく、地区センター等のおまつりで、
利用しているサークルの発表会があります。

コーラスグループや踊り、カラオケ、楽器演奏なんかが
混然と並んでいるものです。

参加者同士が見合うことはあっても、
それ以外の人たちが見に行くことはあまりありません。
せいぜい家族程度でしょう。


しかし、今日のイベントは約200人が集まっていました。


所沢市中央公民館ホールで行われた
構成劇「読むー三ヶ島葭子」です。

↓詳細は
構成劇:もっと「三ケ島葭子」知って 地域サークル団体、あす所沢で披露 /埼玉


内容は、戦前の地元の歌人三ケ島葭子さんの
生い立ちや短歌、生き方などを朗読や対談などを通じて、
紹介していく構成になっています。


でも、私が面白かったのは、
ハンドベルや踊りや歌、楽器演奏などが
自然に盛り込まれていることでした。

これが実に心地よかったのです。


三ケ島さんとは直接関係ない?(関係あるのかもしれませんが)
ハンドベルが時々挿入されることで、
本編のアクセントになっています。

また踊りや歌、楽器演奏は三ケ島さんの作品に
触発されたものになっているため、
いろいろ想像しながら見ることになります。
それぞれのサークルの特技が
地元の歌人三ケ島さんの生涯を追う動機に支えられ、
活きていました。


私は演劇デザインギルドの成沢さんが
構成・脚本を担当した関係で見に行ったのですが、
通常のサークル発表であれば、
所沢まで見に行くこともなかったでしょう。
参加費を500円をとって、200人近く集まっていたのですから、
すごいイベントです。


内容については、私のコンディションが悪く、
途中、何度かウトウトしてしまったのですが、
所沢の三ケ島葭子さんについて2時間ほど知る機会になりました。


これって、すごい面白い手法かもしれません。

今までは特に何の共通点もなかったサークル同士が、
地元に眠っている有名人を取り上げることで、
一緒に表現をすることができる。
しかも、そういう人を地道に調べてきた人たちにとっても、
他のサークルを巻き込むことで、
興味を持つ新たな層を開拓できます。

う〜ん、無駄がない。

葛飾でも、豊田正子や半村良、つげ義春などの有名人がいるので、
演劇を使って面白い発表はたくさんできそうです。

そうすれば、所沢から人が来てくれるかしらん。

1月ふりかえり、2月10日だけれど

「演劇が持つ力を社会に広げる」


先月の5日に書いた新年の抱負である。
1か月たって、
この抱負の実現にどれだけ近づいたか。


例年だと、この時期になると、
仕事に活動にと慌ただしくなり、
ふりかえることもなく、時が過ぎていく。

だから、あえて意識して節目を設けることにした。

特に今年は自分の都合がいいようにではなく、
厳しく書いていく。




1月20日から新たな仕事を始めた。
四ツ木にあるデイサービスわがやという事業所だ。
地域の高齢者の通所施設である。

私の仕事は、
たくさんいる職員と利用者の方々の顔と名前を覚えること。
若い方が多く働いているのが嬉しい。

しかもどの方もコミュニケーション能力が高く、
レベルの高い即興劇を見ているよう。
相手の話を聞き、落ち着いて反応をする。
こういうのは、意外とできるようでできない。

私の得意分野でもあるので、
利用者の方と会話ができるようになってきている。
しかも、私の場合は葛飾の昔話ができるので、
自分のリサーチも含めて、一石二鳥である。
まだ楽しい部分しか知らないのかもしれないけれど、
本当に楽しい。

全体の基本的な仕事を覚えてきたら、
演劇的な時間も期待されているみたいなので、
今週中に具体的なプログラムを3つは考えておく。



あと、仕事自体の流れができてきたので、
呑んべ横丁はしごツアーを始めたいと思っていた矢先、
インフルエンザにかかってしまった。
はぁ。えてしてこういうタイミングで起こるものである。
前回までのテキストを読みなおし、
週明けから3店あたって、取材をし直そうと思っている。
できれば、その中に新店舗を一店入れておきたい。



最後、私が所属する
演劇デザインギルドでも新たな提案をしてみた。
「演劇の持つ力を社会に広げたい」という目的と、
私が考えている方法が合っているかどうか
ずーっと考えている。
でも、こちらもとにかく、次の会議までに
私が考えていることを具体的にして投げてみる。



さ、徐々に実践へとシフトしていく。


ちなみに、年初に決めた「やらないこと」
備忘録としてもう一度書いておきます。


 ̄薹爛妊競ぅ鵐ルド&葛飾まちづくり劇場以外のボランタリーな活動は
 年に3回までしかやらない。


∋纏以外のSNSをスマホでやらない。 


お付き合いの集まり&飲み会には行かない。

協同労働の働き方の問題点

昨日のNHKのクローズアップ現代で「協同労働」が特集されていた。


去年まで私が在籍していた
NPO法人ワーカーズ・コープは
「協同労働の協同組合」を掲げている。
葛飾区市民活動支援センターを運営していたのは
 NPO法人ワーカーズ・コープである。)
「協同労働の協同組合」法制化をめざす市民会議 のHPには、
以下のように書かれている。



協同労働とは

簡単に言うと、「協同で出資・協同の経営で働くこと」ですが、実際はこれだけではなくもっと強い「思い」も込められています。
 「人間らしく働き続けたい」という願いをもつ仲間・市民が集い、みんなで出資して仕事をつくり出し、みんなで経営に参画し、人と地域に役立つよい仕事に取り組む。この具体的な思いが加わったものが「協同労働」の理念です。




要は、働く人全員がお金を出し合い、経営者になる。
だから、問題が起きれば、
みんなで原因や対策を話し合い、働くことで解決をして行く。

理念はすばらしい。


でも、私は全面的に賛成できない。
いい面もあったが、悪い面もあった。
働いていた当時から大きな疑問があったからだ。
(仕事にやりがいはあったし、仲間もよかった。でも、あえて言いたい。)



〃弍弔亮衙,鮗蠹呂擦訖佑いないとダメ


経営にはやはり経営のセンスがいる。

ふつうの主婦や卒業したての学生、
非正規で長年働いてきた人たち、
リタイアしたばかりの人たちが
同じ目線で経営を語ることはできないと思う。

もちろん、彼らが雇われるだけでなく、
経営まで考えるのはすごく大事なことだ。
でも、彼らに経営できるノウハウが
手渡されていないと意味がない。

私が働いていた職場では、
私も含めて、経営のところまで
考えている人はほとんどいなかった。
経営の「け」の字も聞いたことのない人にとって、
1度や2度の研修では無理だろう。
また目の前の事業に追われ、経営上の問題を明らかにし、
改善することはできなかった。

なので、当然、多くの人たちは
「雇われている」意識で働いていたと思う。

経営の大事さについて語り、
教えられる人がいない限り、
素人が経営をすることなど不可能なのだ。



▲屮薀奪企業以上にブラックになりえること


一時期の私の残業時間は本当にすさまじかった。
それだけ仕事が集中していたのだ。
でもね、経営者だったらあたりまえでしょう。
自分の会社なんだからという論理になる。

全員が経営者であっても、
ある仕事に対して自分しかできる人がいない場合、
それを片づけるまでは帰れない。
そして、それは給料には反映されない。
(代休として換算されるが、残業時間が膨大だったため、
 また休めば、その分仕事もたまるため、
 代休として消化できなかった。)

いくら会議で訴えても、
みんなが「協力をする」と言ってくれても、
仕事ができる新しい職員が入ってくるまで
この問題は解決されなかった。



9埓の安直な委託機関になりやすいこと


NPO法人ワーカーズ・コープは
もともと低所得者のために
仕事づくりをしてきた実績があり、
行政からの公募があると、
比較的安い委託金で事業を行うことが多い。


安い。全国組織。ノウハウあり。


だから、行政も仕事を投げやすい。

でも、内実はその安い予算で、
膨大な事業を回さなければならなくなる。
その責任は組織ではなく、個人がかぶることになる。

私がいくら意見を言っても、
システムの問題で本部に届くことはなかった。

委託事業だけでも仕事は膨大、やれる人は少ない。
そのような状態の中で、
新しい事業を興すことは不可能だった。
収入が増えない限り、給料だって増えない。
にもかかわらず、会議では大胆な改革もできない。

対面的にはいい仕事をしていても八方ふさがりだった。



以上が、私が協同労働の組織にいた実感である。
私がいた場所が特別だったのかもしれないし、
テレビで紹介された事業所のような例もあるのかもしれない。

でも、運用の仕方次第では、
どんな不遇な境遇も個人の責任にされてしまう可能性もある。
法人格を認めるのと同様に、
これらの問題を縛るルールもなければ、
悪用される危険も大いにあると考える。

灰皿を投げる演出家は今もいるのだろうか

年明けから、桜宮高校のバスケ部の顧問による体罰、
全日本女子柔道の監督の暴力などが大きな問題になっている。

でも、暴力はスポーツ界に限ったことではない。
私がいた演劇界にも暴力はある。あったと思う。

演劇は閉じられた場所で作られることが多く、
演出家が上位で役者が下位に来る
ヒエラルキー(ピラミッド型の階層構造)が発生しやすい。

例えば、一昔前までは演出家と言うと、
(某演出家のせいで)「灰皿を投げる」イメージがあった。
その背景には、成果を出さずに
灰皿だけを投げていた無数の演出家がいたことだろう。


暴力とは何も手を出すだけではない。
言葉による暴力や、
役者の意思に反し、無理な行為を強いるハラスメントもある。
私の知り合いの女性は面接に行った劇団で、
裸になることを強要され、
断わって帰ってきた話を聞いたことがあった。
信じられない話だけど、たった10年前のことだ。


灰皿を投げる演出家は今もいるのだろうか。



2002年、私は文学座附属演劇研究所の演出部に所属していた。
文学座は日本でも有名な老舗の劇団のひとつである。

丁稚的なシステムや演劇観の大きなギャップ、
同世代とのモチベーションの違いなどが原因で1年で辞めた。
でも、ここでよかったことは、
日本でも名だたる演出家の人たちが講師を務めており、
講義を通じて、数多くの演出のサンプルが見られたことだった。


研究所の講義の多くは、
テキスト(台本)があって、演出家の解釈があって、
それに合わせて役者の演技をどうするかを学ぶスタイルだった。


古い演出家の人たちは、
稽古前に立ち位置や戯曲の読み方がすでに決まっていて、
その解釈を役者に与えていく演出をしていた。
現場にいて時間を費やすことは
多大な苦痛と忍耐を要した。

このやり方は、台本が面白く、
演出家の解釈がユニークであることに加え、
よほど役者自身が自立し、
精神・からだ・思考が拮抗していなければ成り立たない。

メッセージ自体が時代に合わず、
陳腐になっている古典を持ちだされて、
解釈を押しつけていく。
うまくできなければ叱られる。
養成所だったから暴力はなかったけれど、
これが本気の稽古場だったら、
この延長線上に暴力があることも容易に想像できた。



一方、新世代の演出家はそれぞれが工夫をしていた。


あるとき、演出家の西川信廣さんから
緊張感がただよう講義の冒頭で、
「福原は好きな人がいるのか?」と聞かれ、
稽古場中がワーッと盛り上がったことがある。
私は意表を突かれて、
思わずしどろもどろになったのだけれど、
場の雰囲気を一瞬にして変えた一言に嫉妬した。

もちろん、ナイーブな女性に言ったら、
セクハラになりかねない危険な言葉でもある。
でも、演出部であり、生意気盛りの私を使って、
稽古場全体の温度上げを簡単にやってしまったのである。
その結果、ほどよい緊張感の中で、
役者の卵たちがチャレンジをする現場が成立した。

これは西川さんのキャラクターや私への愛情、
高度なコミュニケーション能力があったから
奇跡的にできたことで、
他の演出家の人にはできないことだった。

演出も論理的かつ合理的でわかりやすい方が多かった。
今でも時折、
彼らのひとつひとつの言葉が思い浮かぶほど、
滋養になっている。

以前、鵜山仁さんの演出方法を書いた記事も参考までに。
「なんちゃって・・・とエトセトラ」



で、結論。

私はほとんどの暴力は思考停止の結果だと思う。
無自覚の暴力はトラウマや恐怖しか残らないのだ。
文学座の研究所にいたとき、
古い世代の上意下達の演出は廃れつつあり、
新世代の論理的かつユニークな演出が
主流になってきているのがはっきりとわかった。

これは暴力や体罰に揺れるスポーツ界や教育界も
同じではないだろうか。

これからの社会は変化に合わせて、
指導者自身が変わらないと
成果が出せない時代になってきているのだ。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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