場所は国立水俣病情報センター。会場が不便な場所にあるので心配していたのですが、晴天にも恵まれ、関係者・マスコミ含め、60人近くの人が集まってくれました。ところが、とても難しいワークショップでした。行政の事業でもあるため、冒頭から行政の人のあいさつがあったり、何社もマスコミの人が来ていたり。会場も天井が高いし、薄暗く、きれいだけど親近感がわきにくい場所。自分たちも東京から呼ばれた先生として紹介されたりして、とてもやりにくい始まり方でした。

いろいろな要因で大変だったものの、参加者の人も喜んでくれたみたいで、最後のふりかえりの感想も悪くはありませんでした。事実、当日は距離が離れていた人たちのいろいろな形の再会があり、涙を流した人もいたほどでした。

でもね、今回一番悪かったのは、見ている人が多かったこと。見ている人といっても参加するつもりで見ている場合ならいいのですが、背広を着た人たちが何人も遠巻きに見ていて、彼らはなんのためにいるのだろうなと思ってしまいました。一番初めのワークショップでは、参加者が緊張を解き、お互いがお互いのことを受容し、言いたいことを表現できる関係・場作りが求められます。特にここは水俣。過去に差別発言などで、地域の人間関係がずたずたに引き裂かれた場所です。事実、ここにいると、現在もその影響が色濃く残っていることを肌で感じます。だからこそのワークショップだと思っています。その場所で、ワークショップを見ながらメモをとっていたり、マスコミが無神経にいいカットを追って行ったりする中で、社会的にハンディを持った人たちが素直に自分を表現するのは難しいのではないでしょうか。

昔、自分の恩師である如月小春さんが中学生のワークショップのときに、会場に親を入れさせなかったことを思い出しました。なぜなら、親のいる前では子供の表現が萎縮してしまったり、いい子になってしまうことが多々あるからです。

最後に、マスコミの人から「これはどういうふうな舞台になるのですか?」と聞かれました。だから、逆に聞きたい。「あなたはどういうふうに見えたのですか?」「あなたはなにを伝えるつもりなのですか?」

とにもかくにも、初めて経験するであろうハードなワークショップが始まりました。
こういうこともアウェイの水俣で、自分たちが抱えていかなければいけない問題です。