二日目は、個人的な体験をどうやって集団での芝居作りにつなげていくかが
中心のワークショップだった。
本日のワークショップは自分にとって、とても大切な発見を伴う「旅」だった。
そのことを書こうと思う。

まずは個人作業。自分の人生の中で印象深い体験を思い出し、
その記憶をからだや声で表現してみる。自分は小学5年生のときの体験を選んだ。

以下は、自分が小学五年生のときの体験である。
新学期でクラス替えがあった4月。5時間目の授業が始まろうとしていた。
クラスのほとんどの同級生が昼休みの興奮冷めやらず、
先生が来ないのをいいことに遊んだり、騒いだりしていた。
子どもならあたりまえの風景である。でも、そのときの担任の先生は違った。
教室では、子どもたちの想像をこえることが次々と起こっていった。
彼女は自分たちの騒々しさを見るなり怒号をあげ、全員が席の前に立たせられた。
一瞬にして、嬌声は異様な緊張感と静けさに変わる。
彼女がとった行動は見せしめだった。
かつて学級委員や代表委員などをやったことのあるリーダー的な子どもが5,6人、
みんなの前に呼び出された。リーダーが注意しなかったことが悪いらしい。
そして、その5,6人がクラスの代表で次々とビンタを受けた。
その中に自分もいた。ひたすら怖かった。
「明らかに間違っている」と思ったけど、声が出せなかった。
それが彼女が担任になったあいさつだったのだろう。
かなり長い時間だったことは覚えているけど、
自分が殴られた後、どうだったか記憶がない。
圧倒的な暴力を前に人生で一番屈辱的な出来事だった。
みんなで一時間近く立ち続けた。いまから考えれば軍隊みたいだ。

その後の二年間、自分も含め子どもたちは去勢された。
彼女の言いなりになり、秩序だったクラスが作られた。
親たちの評判はすこぶるよかった。
自分はそのクラスで彼女に気に入られ、生徒会長にもなった。
二年間で人から求められることを提供する技術を磨いた。
同級生ともうまく折り合う、嫌な子だった。
でも、常に罪悪感があり、早く中学生になりたくて仕方がなかった。
小学校を卒業してからも彼女の影響は思いのほか強く、大学で演劇と出会うまで、
自分自身の本当の想いが開放されることはなかったと思う。