自分たちのグループは芝居作りの速さについていくのが精一杯で、
いつの間にか焦点がずれてきてしまった。
つながらない人をネットで救済するということに話の展開が行きすぎて、
実際にどんな問題が起こっているかを掘り下げることができなかった。
だから、描写が中途半端なものになってしまったと思う。
素材が生のものを扱うときの怖さはそこにある。
情報不足を個人のイメージや物語の構成で補おうとするあまり、
見た目はよくても浅いものができてしまう可能性があるからだ。
短時間であっても、問題の根っこをつかまえ、
その中で自分の立場でできることをしなけらばならない。
男性だからと割り振られた、ネット環境でつながれない母親の夫役は
自分にとって想像しがたく、短時間で演じるには少々きつかった。

この日はほかのグループの発表のしかたに収穫があった。
人工授精の問題で賛成と反対で場所を移ってもらったり、
赤ちゃんポストからあぶれた赤ちゃんを観客に預けたり。
それぞれに観客を巻き込む方法に工夫があり、新鮮だった。

四日間で学んだことのすべては書ききれないのだけれど、
どの日の作業も現在の自分を改めてふりかえる上でとても勉強になった。
ワークショップをするだけでなく、
ときには違うワークショップに参加することは健全だと思った。
機会を与えてくれたパブリックシアターや、
実際にワークショップを進行したクリッシーとディディに感謝。