朝9時起床。その晩もぐっすり眠りました。どこでもぐっすり眠れるのが自分の特技です。と言っても、朝方はいつもとは違う雰囲気の中で、何度か目を覚ましました。部屋のあちこちから人の寝息が聞こえてきます。
人から聞いた話によると、長期宿泊者の中にはアパートを借り、自立することを嫌がる人もたまにいるそうです。理由は電気・水道・ガスなどのお金を払うことなど管理面の負担が増えることが大きいようですが、隣の人の寝息が聞こえる中で暮らせる安心感もあるのかなとも思いました。都会の孤独死も多くなってきていますからね。

朝、トイレで友人が窓を開けると、目の前にはゴミ捨て場のような土地が広がっていました。空き地には不用品みたいなものが山のように積まれています。その向こうからはおじさんたちの集団のだみ声が聞こえてきます。井戸端会議でもしているのでしょうか。見てはいけないものを見てしまったようで、すぐに窓を閉めました。明らかに他の町とは違います。

チェックアウトが10時。荷物を持って、そのまま外に出ました。
まずは朝の散歩です。
本当にここらへんは宿が多いのがわかります。吉野通りを中心に裏通りまで至るところに宿泊施設を目にします。
近所の玉姫公園にはホームレスと思しき人たちがぎっしり。彼らは宿泊施設にさえ泊まれない人たちなのでしょう。どこで一晩を明かしていたのでしょうか。ホームレスの人たちの再会の儀式のように見えてきます。
日本の休日の見慣れた朝の風景とは一線を画する風景が広がっていました。でも、その横にはどこの地域にもあるような建売住宅があったり、お出かけに行く子ども連れの家族なんかもいたりします。この風景が山谷のひとつの日常なのでしょう。いままで全く知らなかった世界です。

明治通りを歩きながら、高度経済成長期には山谷のたくさんの労働者がこの道を車に乗っけられて、葛飾の公共事業や宅地開発、中小工場などの労働に駆り出されたのだろうなと思いました。もちろん、葛飾だけではありませんが、都心部が担いきれなくなった都市生活者や給与所得者を受け入れるベッドタウンが広がっていくにつれて、大量の土木関係の労働者が必要だったわけです。
山谷の年配の労働者ももう忘れてしまっているかもしれないし、葛飾区の住民も忘れてしまっているかもしれません。でも、必ず現在と過去はつながっていて、自分たちはいまの生活の恩恵を受けているのではないかと想像します。いまのところ想像しかできませんが。