ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

つれづれ

作文とブログ

去年、子どもができた。
と言っても、
結婚した方がシングルマザーだったので、
突然、9歳児の父親になったのだ。
(養子縁組等は今年中にやる予定です。)


息子の毎日の宿題に「作文」がある。

ちなみに、
ふだんは「お父さん」と呼ばれないのだけれど、
その作文の中では、私は「お父さん」として
登場する。不思議なものだ。


で、毎日書くものだから、
時々、終わってない宿題をせかすと
「今日はネタがない」と言われる。

「ネタがないなら、そのこと自体をネタにしては」
とアドバイスをすると、
また馬鹿なことを言っているとあきれられる。
9歳の男の子は真剣なのだ。


と、私も年に数回しか更新していなかった
このブログも同じではないかと、はたと気づいた。

なので、こうして頑張って書いている次第だ。

今年の目標のひとつ。


「ブログを復活する」
image1[4390]













あと演劇ワークショップの予定も作ってみよう。

私がブログを書かない理由

今日も大変な日だった。

先日、ちきりんさんの著者
「自分の時間を取り戻そう」を読んでから、
残業をできる限りせずに帰ることを
一つの目標にしている。

残業することは、
自分の時間を削ることなので、
一定の成果を出したとしても、
時間対効果の生産性は上がらないからだ。


でも、私がいくら頑張っても
他の人のフォローで
時間をとられることもある。


今日は夕方からそんな一日だった。



ここで書くと、
当事者の人たちは
自分の考えや想いを読むことになるし、
個人情報保護の観点からも
具体的なことはなかなか書けないし、書かない。


だから、今一番
コミットしている仕事のことは
書きづらいのだ。


夕方以降は、自分のミスで
指を切ったり、鍵を忘れてきたりと
踏んだり蹴ったり。

でも、妻が用意してくれた
焼き肉が最高に楽しかった。

あと、大阪なおみさんの全豪オープン優勝。
国とか関係なく、
人としてかっこよかったなあ。

今年はブログの復活ができるか!?

今年初めての更新。

このブログを始めてから
13年が経とうとしている。

タイトル名は
「ふっきーの演劇ワークショップ日誌」。

文章を書くのも好きだし、
人の目に触れる緊張感も悪くない。

でも、ここ数年は、
仕事の通所介護の尋常ならざる忙しさや、
自分自身の生活の大きな変化で、
ブログにかける時間の優先順位が
低くなっていた。


またタイトルの演劇ワークショップも
年に数回ほどで、
思考をまとめたり、
情報を発信したりする
機会が少なくなっていた。


介護業務をしていても、
地域のことをやっていても、
子どもと遊んでいても、
私の考えの原点は、演劇にある。


今年は考えたことを
思考の断片のまま、
出していってみたいと思う。


ちなみにこれもスマホからの投稿だ。
かつてはパソコンで
下書きも書いていたほどだが、
これくらいの気軽さがよいのではないか。

さあ、がむばる。

2017年をふりかえる

今年も3月以降、更新がとどまりました。
時々、のぞいてくださっているみなさま、
ごめんなさい。

今年の新年の抱負は
「ワークライフバランスの実現」でした。



…冥蟆雜郢業を安定させ、残業を減らす。
 事業は決して安定してはいないのですが、
 前年度から黒字化に転じ、
 残業を減らすことはできました。
 単純にたくさんの時間を働くのではなく、
 時間ごとの生産性を上げる考え方に
 シフトした一年でした。
 頭がさえているうちに仕事のできる
 早朝出勤も増えました。



▲僉璽肇福爾叛婚。将来の家庭の基盤を築く。
 当初、考えていた人とは違いますが、
 自分が望む人と婚約をすることができました。
 その人はシングルマザーなので、
 小学生の子どもがいます。
 なので、私にとっては突然、
 子どもの親になります。
 今、お互いの家庭を行き来しながら、
 新居をさがし、生活の予行演習をしているかんじです。
 今までなかった体験で、とても楽しいです。
 身近な人だったので、
 各所でなかなか発表できず、
 ブログの更新も滞ってしまいました。
 申し訳ございません。


 
1薹爐鮖箸辰特楼菠餝腑吋▲轡好謄爐鬚弔るイベントをする。
 これも控えめな目標ですが、
 11月に「四つ木・東四つ木を歩いてエンゲキ〜事業所・施設を見てみよう〜」を
 実施することができました。
 三つの事業所・施設と一緒に企画をたてて、実施することができ、
 四つ木・東四つ木地域の人と資源の内実の一端を見ることが叶いました。
 多くの人のご協力で、
 インターネットや噂ではなく、実際に会って、
 実際に見たい私の希望を果たすことができました。
 
 今年の抱負にも書きましたが、
 私の夢は、当事者性を持って仕事や生活をすることです。
 9月からは、圧迫骨折から復帰した100歳の祖母が
 私の勤めるデイサービスに通うことになりました。
 最初はすごくやりづらいと思いましたが、
 最近は祖母が楽しんで
 通ってもらえているようなので、
 ほっとしています。
 そして、自分にも子どもができることで
 地域包括ケアシステムが高齢者だけではなく、
 子どもも含めた幅の広い仕組みを
 つくる必要性を感じています。

以上のことをふまえて、
「ワークライフバランス」について考え、
大きく前進する1年でした。

みなさま、今年も本当にありがとうございました。

音声ガイド付き映画会を目をつむって楽しめるか

image1 - コピー
















目が見えない人はどうやって映画を見るのか。
その疑問を解明するチャンスがある映画会が
近所の立石図書館でありました。
今まで、図書館の映画会を見に行ったことはありません。
もし行くとしても、通常のレンタルサービスでは
見られないような貴重な作品をやっていたり、
作品を作った監督や出演者のお話が
セットになっていたりする場合だけでしょう。

今回は作品に特に興味があるわけでもなく、
スペシャルゲストがいるわけでもありません。

でも、行ってみたのは、
飲み仲間の原ミユキさん(通称ハラミさん)
葛飾で初めて音声ガイドをする上映会だったから!
当日行ってみると、会場は大盛況。
定員の50名を超える人でにぎわっていました。
しかも中には、盲導犬と一緒に来ている
視覚障害者の方も複数いらっしゃいました。
*ちなみに私の母親まで偶然いました(笑)

まずはハラミさんが
なぜ音声ガイドをやったかというお話。
以前会った視覚障害者に
「どの作品に音声ガイドがついていたらいいか」を聞いたところ、
「すべての作品」と答えたそう。
その方は「選ぶ自由」がほしいのだそうです。
確かに!
映画館だって、レンタル屋さんに行ったって、
健常者には選ぶ自由が担保されています。
視覚障害者にも、アダルト作品も含めて、
すべての作品が楽しめるように
配慮されている社会こそ、
成熟した社会だと思います。

会場の明かりが暗くなって映画開始。
ハラミさんの音声ガイドを信じて、
目をつむりました。
セリフを邪魔しないように
最低限のガイドが入ってきます。
特に重要なのは「形容詞」と「形容動詞」。
ここに言葉を選ぶハラミさんのセンスが出てきます。
以前、大学の映画の授業で篠崎誠監督が、
「好きな映画を繰り返し見るとき、
目をつむって音だけ聞いてみるのもよい」
と言っていたのを思い出しました。
確かに、ハラミさんの音声ガイドが
演出意図を鮮やかに切り取ってくれるシーンが何度もありました。
しかも他のお客さんの笑い声もよく聞こえます。
視覚的なもので笑っているのか、
それともシチュエーションで笑っているのか、
目をつむるとよくわかります。

約1時間強で終了。
音声ガイドをしたハラミさんに大きな拍手がそそがれました。

終了後、ハラミさんから。
「ポテチの意味、わかった?」と聞かれ、
「ポテトチップスの音が印象的だった」と的外れなことを言った私。
私に不満そうに意味を伝えてきます。
いやいや、それなりに楽しんだのですよ。

でも、今回わかったのは、
目をつむっての鑑賞も、それなりに経験が必要だということ。
ダイアログ・イン・ザ・ダークで、
慣れている視覚障害者が暗闇を案内するように、
楽しむコツがあるのだと思います。

不思議で楽しい視覚障害者体験の1時間でした。

ブログの目的と私の専門性

このブログを開設したのは、2006年3月のこと。
今は2017年だから、11年がたった。
細々とだが、これまで続けてこられたのは、
自分の考えていることを表現したい、
表現する場を持っておきたいと思ったからだ。


しかし、先日、知人にこんなことを言われた。
「最近、ブログが滞っているね・・・」


確かに。なぜ滞っているのだろう。
ふりかえってみる。


そもそもこのブログを作ったきっかけは、
2006年に私が水俣で
演劇ワークショップを住み込みでやりにいったことだ。
当時は現地の複雑な状況下で、
ワークショップの運営や
それを支える組織づくりをやっていたため、
出せる範囲で私の考えや本音を
伝えられる場がほしかった。
続けていくと、身内以外にも読者ができて、
大いに勇気づけられたものだ。

そして、葛飾に帰ってくると、
2007年以降は立石の再開発問題に
かかわるようになる。
一時は区役所の担当課にチェックされていた?
という噂もあるほど、
立石関連の記事が並んでいた。

そして、葛飾区市民活動支援センターに
勤め始めた2008年以降は、
立石と並行して、NPO関連の記事が増えてくる。

2012年は起業に挑戦したため、
立石・NPO・起業・演劇が
ごっちゃになっている。

そして、2013年、
こひつじデイサービスわが家に勤め、
現在に至る。


2013年以降、知り合った人たちは
私のことを福祉や介護業界の人だと思っている。
それ以前は、NPOの中間支援だと思っている人もいる。
自分の中でのベースは「演劇」なのだけれど、
そのこと自体を忘れ去られている可能性もある。
※自分自身も忘れている場合もあるけれど(笑)


さて、結論。

今はデイサービスの運営にどっぷりとつかっているため、
内部の情報や考えていることをなかなか外に出せません。
少なくともこのブログでは。
それが滞っている原因です。

でも、ここ数年、デイサービスで職員や地域の人たちと
演劇的な取り組みを始めることができ始めています。
「福祉+地域+演劇」という、私にしかできないことを
実践する場としてデイサービスを選んでいます。

もう少しラフな形で、完成度を求めず、
頑張って書いていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

「樹木希林」と「死」と私

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(宝島社HPより転載)


1月5日。

宝島社の広告が大手新聞に掲載され、話題になりました。


ミレイの『オフィーリア』をモチーフに、
樹木希林さんが小川の中に横たわります。


そこに書いてある言葉がすごい。


「死ぬときぐらい好きにさせてよ」



そして、文章が続きます。


「人は必ず死ぬというのに。

 

 長生きを叶える技術ばかりが進歩して

 

 なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。

 

 死を疎むことなく、死を焦ることもなく。

 

 ひとつひとつの欲を手放して

 

 身じまいをしていきたいと思うのです。

 人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しく輝く塵芥になりたい。

 それが、最後の欲なのです。」




死ぬこと。それは自由になるものでしょうか。

 

私は地域のデイサービスに勤めています。

デイサービスは高齢者の人たちが地域で生活し続けられるように、
職員の手伝いや見守りで食事ができたり、お風呂に入れたり、
トイレに行けたり、交流の場が持てたりするところです。
 

言うなれば、できるだけ「長く生きる」ための場所です。
そこは選んで来る人もいる一方、中には家族の都合で来る人もいます。
そして、年に数人は、死ぬことによる「別れ」もあります。


 

私がこの広告を見てショックだったのは、
仕事柄、「死」が身近にあるのに、
自分の「死」は遠いものだと、
どこかにうっちゃっていることに気づいたからでした。


 

いつ死ぬかわからないから、
一生懸命生きるという考え方もありますが、
私はその考えはあまり好きではありません。


 

やはり「こう死にたい」と考えることは、
「こう生きる」と意思を持つことや
行動を起こすことにつながると思うのです。

 

また自分の「死」をもっともっと意識することで、
身近な人たちの「死」に寄り添うことが
できるかもしれないと思うのです。

 


今簡単に答えが出せる問題ではありませんが、

今年は「死」を考える一年にしていきたいと思います。 




シンプルに生きたい〜「弱くても勝てます」「家めしこそ、最高のごちそうである」読了

読書日和。

と言うのも、
本日たまたま仕事がお休みで
風邪をひいたから。

ここ数か月、ものすごい忙しさで
読みたい本はたまるのに比例して、
そして疲労もたまっていた。
そして、風邪をひくと同時に
図書館に数か月前から
予約していた本が届く不思議。




前に日経新聞の広告欄で見てから、
これは面白いのは間違いないと思い、
予約をしておいたんだっけ。

この監督の指導方法が非常にユニーク。
試合にのぞむ子どもたちに
「一生懸命投げようとするな!」とか
「甘い球を投げろ!」とか
挙句の果てには「野球をしようとするな!」とか
「これじゃまるで強いチームじゃないか!」とか
信じられないことをたくさん言う。
サインも無駄だから一切なし。
グラウンドを使った練習も週に一回だから、
主にバッティング練習しかやらない。

目標は甲子園に出ることではなく、
常連の強豪校を撃破すること。
バンドなどせずに、ひたすら強振を繰り返し、
たまたま長打が出て、
相手のピッチャーが動揺しているすきに、
大量点を積み重ね、
勝ってしまうのが唯一の戦略である。

考えに裏打ちされたシンプルさが
いかに強いかを思い知らされる一冊である。






こちらもツイッターでフォローをしている
ジャーナリスト佐々木俊尚さんの異色の料理本。
弱者や被害者の気持ちを代弁する
「マイノリティー憑依」を紹介した
『当事者の時代』などはすごく面白く、
私自身の仕事の言語化にも大いに役に立った。

今回もなぜ?と思いつつ、読み進めると、
こんな一節があった。

私は自分のジャーナリストという仕事を
「いまこの社会で起きていることの意味をとらえて、
それを概念化し言語に変換し、読者に提示すること」
という定義で捉えています。

そして、その延長線上に本書があることを指摘する。

不確実な時代だからこそ、生活だけでも構築的に。
不確実な時代に不確実な生活を送っていたら、
私たちは何も依拠できるものがなくなってしまいます。
せめてライフスタイルや、「誰とつながるのか」という
人間関係ぐらいはちゃんと構築して生きていこうというのが、
この本の私のメッセージなのです。


なるほど、食も他人につくられたものを
お金を出して食べるのでなく、
自分で主体的に選び、
つくる時代になってきたのか。
そして、ジャーナリストが自ら
実践して紹介する時代になってきたのか・・・と思う。


考え方は極めてシンプル。
最初に今日の夕飯は「カレー」にしようとか、
「ハンバーグ」にしようとかではなく、
冷蔵庫にあるものや、お店で安く
売っているものから考えていく。

【献立の組み立て方】
,泙査能蕕某材から考える 
⊆,北つけを選ぶ 
最後に調理法を決める 

【味つけ】
甘い、酸っぱい、塩味、醤油味、
味噌味、クリーム味、カレー味 

【調理法】
炒める、蒸す、煮る、焼く、
ゆでる、揚げる、あえる

この考え方に沿って、
無数のバリエーションが生まれるということが
メニューとともに紹介されていくのだ。

たまたま読んだ二つの本だが、
どちらも「シンプルさ」を大事にしている。

仕事では自分の強みを活かして道を開き、
生活では食もとりこぼさず大事にする。
そんな「シンプルな生き方」をしたい
と風邪を治しつつ思うのだ。

「キャプテン翼」が大好きな地元民であっても銅像が微妙な理由

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2013年3月に四つ木つばさ公園がオープンし
併せて園内に「大空翼」像が建立。
2014年3月に、四つ木と立石の各所に
7体の銅像が作られました。

2013.9.7毎日新聞『キャプテン翼:銅像7体「増員」葛飾区、来年2月に』


葛飾区HP観光について よくいただくお問い合わせ
「キャプテン翼の銅像はどこにありますか。」


葛飾の見なれた風景の中に、
突如、ポーンと「キャプテン翼」の登場人物たちが
飛び込んでくるしかけになっています。

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私は「キャプテン翼」を
リアルタイムで読んで育った世代です。
小学生のときにはマンガとアニメに熱中し、
単行本もそろえた時期もありましたし、
オープングテーマを歌いながら、
翼君や日向君になったつもりで、
「ドライブシュート」も「タイガーショット」も
真似していました。

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にもかかわらず、
子どもの頃には、
翼君たちがいた「南葛」のモデルが
立石にある「南葛高校」がであることを
知りませんでした。
そして何より、作者の高橋陽一先生が
隣町の四つ木でこ「キャプテン翼」を
描いていたとは夢にも思いませんでした。

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大好きな町で、
大好きなマンガが描かれていた事実。
こんなに嬉しいことはありません。


そんな私でも、今回の銅像たちは
非常に微妙に思えるのです・・・。

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もともとの課題設定は、
「キャプテン翼の作者が葛飾にいるのに、
 地元はその恩恵は全く受けていない」

だったと思うんです。
「キャプテン翼が生まれた町のイメージ作りをしよう」
→「関心を持って来てくれた人が喜ぶには?」
→「銅像をたてる」
→問題解決「人が来る/イメージをつくれる」

となったわけですが、実際はどうでしょうか。


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これらの像には、行政や自治会、商店街の
根強い「ハード信仰」があると思います。
もちろん、先行事例として
亀有にある「こち亀」の両さん像
さらにはその大本として、
鳥取県境港市の「水木しげるロード」の妖怪像
があります。

後者は観光やまちづくりと結びつき、
銅像だけにとどまらない成功事例になっていますが、
葛飾の場合はどうでしょうか?


銅像は安価でできる「ハード」です。
「第3回銅像っていくらで建てられるの?」という記事によると、
つくるのが著名人でなければ、
等身大の胸像(70cm程度)でだいたい210万円。
台座込みで300万程度だそうです。

一度つくれば、壊さない限り、半永久的に残ります。
自治体の首長は「芸術に力を入れる」と言うと、
決まって「劇場」や「文化施設」をつくる時代がありました。
肝心の「ソフト」が集まらないにもかかわらず、
維持費がかかり、「ハコもの」と揶揄されています。
銅像の場合は
メンテナンスはほぼいらず、
リスクはあまりありません。
安全かつ、安く、形に残る優良「ハード」?なのです。
事実、葛飾区は
今年「増員」した7体を約1,900万円でつくっています。
人や育成事業に投資するよりも確実と判断したのでしょう。


◆峺平性」


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役所が主導になって、こういうものを企画する際、
面白みが半減する要因の一つが「公平性」です。

「キャプテン翼」の銅像が配置されているのは、
公園や道路の片隅で、
町の中の空いているばかり。
しかも特に登場人物と関連があるように見えません。

「キャプテン翼」好き!を感じさせる
遊び心がないんです。


私の友人は若林君はゴールを守っているんだから、
葛飾警察署の前に置くべきだと主張していました。

また、立石の呑んべ横丁の前には、
日向君の師匠で、お酒ばかり飲んでいる
吉良監督をつくるとかもありかもしれません。
*再開発計画があるため、無理だと思いますが。

「大空翼」像は作者の母校である
南葛高校の前とか、サッカー場とかの方が
インパクトがあるのではないでしょうか。

でも、実際は各種担当課や民間に交渉し、
実現するよりも「キャプテン翼」に詳しくない人が
手っ取り早く作ることを選んでしまったのでしょう。


「実際の効果はどうなのか」


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ここが一番疑問です。
葛飾区は「キャプテン翼」を設置した理由を
「銅像増設で観光客の回遊性を高める」としていますが、
そもそも、四つ木・立石地域に
観光客がどれぐらいいるのでしょうか。
また観光客がいるとして、
観光客は何を望んで来ているのでしょうか。

少なくとも「キャプテン翼」の銅像巡りをメインに
この地域に来る人に会ったことがありません。
もしいたとしても、
△能劼戮燭茲Δ縫┘團宗璽匹漏無、
地元の人たちも特に詳しいわけでもないので、
「回遊」したとしても
そこまで面白い観光ができるわけではありません。


私も実際に友人たちと「回遊」してみました。
もちろん、銅像巡りが目的ではありませんが、
立石と四つ木を町案内していたら、
たまたまコースに銅像があり、
意地で回ってみたというかんじです。
コースはふつうの住宅街もまじっており、
ある程度、ガイドができる人がいれば、
それなりに面白く通ることはできますが、
なにもなければ、地元とは全く関係のない
「キャプテン翼」の話を肴にするぐらいしか
やり過ごす時間はないでしょう。

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以上が微妙な理由です。

1,900万円あったら、高橋陽一先生に頼んで、
キャプテン翼の登場人物たちが
葛飾の魅力やお店を紹介するマンガでも
書いてもらった方が
絶大な効果があったのではないかと思う私です。

あと、結局のところ、
継続性のあるまちづくりは、
コンテンツ頼みではなく、
地元の老若男女が主体的となり、
経済を循環させる仕組みをつくるしかありませんし、
この作業は銅像にはできません。
課題を設定し、
住民が地道に解決していくしかないのです。

おまけ。
立石にある大木貞次像。

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これらの銅像はいつまで残り、
どのような効果があるのでしょうか。

政治家と仲よくなろう

先日、葛飾区議会議員選挙が終わった。
投票率は41.67%に下がった。(前回は47.46%)
半数以上の有権者が選挙を棄権したことになる。

ところが、私にとっては
選挙はとても身近なものになってきた。
知人が何人か立候補していたし、
SNSや人づてに紹介も何件かあった。

だから、今回の選挙では、
マニフェストを見比べて、
誰か具体的な支持を表明しようと意気込んでいたのだ。

しかし、できなかった。


選挙公報で、どの候補者の欄を見ても、
この人はいいことばかり書いているけれど、
本当にやれるのかな・・・
課題の裏付けが甘いんだよな・・・
偏っているよな・・・
都議に立候補したのにまた区議?・・・
と思ったり。

もしかしたらネットには書いてあるかも
と思って、HPをのぞいてみても
どこに顔を出した的なブログがあるだけだったり、
キャリアしか書いてなかったり、
質問シーンが強調されているだけだったり。
なかなかぴんとくるものがない。

かと言って、駅頭の演説はほとんど聴く機会はない。
自転車通勤なので、駅にあまり行かないし、
たまに行っても用があっての移動だから
立ち止まることはない。
町で会うのは、名前連呼の街宣車ばっかり。
挙句の果てには、
一方通行を反対に走ってきたり、
交差点間際の迷惑なところで
演説をしたりしている候補者もいた。

う〜ん。旧来の選挙活動ばかりを目にして、
新しいことをやろうとする人が見受けられない。
みなさん、実行力がないのか、
情報発信が苦手なのか、
それとも本当に中身がないのかわからない。

厳しい・・・。


はて。

私自身も政治家に対して厳しい・・・。
厳しすぎる。

なぜこんなに厳しいのだろう。

きっと期待が大きいのにもかかわらず、
政治家に何を期待していいかわからないからなのだ。

だから、漏れ聞こえてくる
ふだんの行動や態度に腹を立ててしまう。


ふつうのおっちゃんやおばちゃんが
たまたま政治家になったと思う程度でいいのではないかな。

全ての分野に完璧な人がいるわけではないし、
ある程度の名誉欲や自己顕示欲、金銭欲だってあるだろう。
そこを前提に、お付き合いをしていくのはどうだろうか。


/Т禧世埜ない

政党が書いてあると、国政同様、
こういう主張なんじゃないか・・・と思ってしまう向きがある。
でも、政治家云々の前に同じ地域に住んでいる人たち。
運命共同体なのだ。
ならば、○○の意見を持った
おっちゃん、おばちゃんとして見てみよう。
政治のイメージが少しは楽になる。
(多額の税金を投入している点は大目に見よう。)


知り合いを増やす。そして質問をする。

政治家と知り合いになると
「投票をお願いされるのでは」と警戒してしまいがちである。
でも、逆に知り合いを増やして、
何か困り事やわからないことがあったら、
複数の人に聞いてみたらどうだろうか。
そのときの答え方で、
それぞれの人の考え方や専門性がわかるかもしれない。


F韻顕歛蠅療事者

何度も繰り返すが、
地域の政治家は赤の他人ではない。
本来、同じ課題を一緒に解決していく
当事者であり、パートナーであるべきなのだ。
なのに、現在の不幸は両者が
そうは思っていないことにある。
少なくとも区民はそれぞれ
いろいろな問題を抱えているはずだから、
身近な議員にそれを発信してみたらどうだろう。
そこから何か新しいことが始まるかもしれない。



結論。


地域のおっちゃんやおばちゃんと仲よくなるみたいに、
政治家と仲よくなろう。
仲よくなれば、同じ区民。
選挙に落ちても関係は変わりません。
(仲よくできない人は政治家であってもなくても、
仲よくできないおっちゃん、おばちゃんなだけです。
と割り切る。)
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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