ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

立石−再開発

我が家の再開発計画

将来、我が家にも再開発計画が持ち上がるやもしれません。

我が家の稼業は婦人服縫製業でした。
生家の隣は小さな仕事場になっていて、
多いときは幾人かの人が働いていました。
下町の下請け工場、中小の零細企業です。
子ども時代、製品ができると、
父親は幼い私を車に乗せて、
区内の工場に納品をしに行きました。
夕方の父親とのドライブ。
私にとってはとても好きな時間でした。

当時から父親は私に何度も言いました。
「この仕事は先がない。違う仕事をしろ」と。
私は手先が器用ではありません。
小学校の家庭科の時間、
先生から「家は服を作っているのに」と言われつづけて、
裁縫自体が嫌いになりした。
また昼夜働く両親の仕事の大変さも知っていました。
物心ついたときは、
叔父みたいにサラリーマンになることを想像し、
稼業を継ぐことなど考えたことはありませんでした。
もっともいまは亡き叔父の仕事も
相当大変だったのだろうと想像しますが。

そのせいかどうかわかりませんが、
私と弟は家を出て、よその町に住み、
別の仕事に就きました。
そして7年前、両親は廃業しました。
ミシンや機械はひきとってもらいました。
建物は築35年近く。
いまではあらゆるところが傷んできていて、
物置と化しています。

さて、ここからが本題です。
最近、ある人が言いました。
「あなたのうちの仕事場は
昔の葛飾の雰囲気を残す貴重な建築物ですね。」
確かに休日にもなると、
カメラを持った人たちが建物の写真を撮りにきます。
そして、ついには「立石の財産だから未来に残すべきだ」とも
言う人まで現れるようになりました。

残すべきでしょうか。続きを読む

そこは「立石地区センター」があった場所

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立石の風景がどんどん変わっています。
こちらは立石駅北口。ちょうど駅前です。
立石地区センターもついに取り壊されてしまいました。
(現在は餃子の蘭州の前の駐輪場の位置に一時うつっています。)

かつての立石地区センターIMG_1016



すでに都市計画決定および事業認可がなされている
京成押上線連続立体交差事業に伴うもの。
http://www.city.katsushika.lg.jp/kurashi/017/001721.html

簡単に説明しますと、
現在、京成押上線の四つ木駅(上り方面・立石の隣駅)から
青砥駅(下り方面・立石の隣駅)までの間、電車は地上を走っています。
その間、踏切もたくさんあります。
線路を高架にするため、仮線方式という方法をとります。
つまり、現在の線路の北側に仮線をつくり、
高架の工事をしている最中に、仮線で仮の運行をおこないます。
そして、高架が完成した後は、
北側の仮線は区道として整備されます。

電車に乗るとよくわかるのですが、
北側の仮線用地の買収もすすんでいて、
空き地が増えてきています。
以前、演劇をつくった呑んべ横丁も区域に入っています。
また、計画に入っている場所には親戚や知り合いもいます。
そして、まだ計画自体に反対している人たちもいます。
住んでいる人が主体となった計画を進めていってほしいと思います。
※そこらへんの事情は♪ラブ・ユー立石の
『「鳥房」が消える? 進行中の京成立石駅、鉄道立体化計画』
でも紹介されています。

ここ数年、この地区センターは
時々ワークショップやイベントに利用させてもらっていた
とてもなじみが深い場所でした。
センター長さんも気さくな方で、
立石のお店の情報が詰まったファイルを見せていただいたりもしました。

またこの地区センターのシャッターには、
だまし絵とも思われる町の様子が描かれていました。
30メートルほど先にある「鳥房」が行く前に出現してしまうというしかけ。
お店が休みの日でも、深夜に来ても、
こちらの「鳥房」は出迎えてくれていました。
そちらもなくなってしまいました。
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お米屋さんの横でなぜかがっかりするおじさんKIF_2394

そこは「三陽」があった場所

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ついに諏訪神社の前のお店が取り払われた。
バス通りからは諏訪神社がまるみえ。
見たことのない風景につい携帯の撮影ボタンを押してしまった。

この前にどんな建物があったか。
思い出すことができる人はどのくらいいるだろうか。
私自身、ひとつの建物は強烈に印象に残っているのだけれど、
もうひとつの建物はどんなだったか心もとない。
新たな建物や道路がつくられれば、以前の建物の記憶も薄れ、
さも新しいものが前からあったように思うようになるのだろう。


京成押上線連続立体交差事業のひとつ、
バス通り(補助274線)の拡幅事業である。

http://www.city.katsushika.lg.jp/previews/000/000/017/1721-5.pdf(京成押上線(四つ木駅〜青砥駅間)沿線における都市計画事業について)

補助274号線など周辺都市計画道路の整備

四ツ木駅から青砥駅間では鉄道の立体交差化を契機に、
鉄道の線路に沿った附属街路や、
立石駅付近で交差するバス通り(補助274号線)及び、
鉄道と交差している既存の踏切道等を整備することにより、
今まで鉄道により分断されていた南北地域の連絡性
の向上や渋滞の解消を図ります。
http://www.city.katsushika.lg.jp/previews/000/000/017/1721-6.pdf(全体図)

この計画、ゆくゆくは私の住む東立石4丁目の道路拡張計画ともつながってくる。
我が家は道路とはずれているので、直接は関係ないが、
ご近所づきあいしている多くの家も立ち退きの対象となってくる。
※そこらへんの事情は♪ラブ・ユー立石の「東立石4丁目、道路拡張計画、2009年2月の説明会」でも紹介されています。続きを読む

人に自慢できるようなおもしろい町であってほしい

東京新聞に私のことが掲載されました。


『ど根性横丁ものがたり<2>呑んべ横丁(立石) 消えゆくネオン記憶に』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20100103/CK2010010302000048.html

私のようなものが大きく掲載されるのは恐縮なのですが、
公になってしまった以上、補足させてもらいます。

2007年から個人的なネットワークを中心に
地元立石で活動をほそぼそとやってきました。
マスコミに取り上げていただくのは非常に嬉しいことです。

しかし、狭い町の中。
目立てば目立つ分だけ誤解も生まれますし、
出る杭は打たれることもあるかもしれません。
そのため、ブログという場を使って、、
日常的に意見を発信させてもらっています。


かなり前にも書いたのですが、
改めて書かせていただきます。

立石は再開発計画が持ち上がっている繊細な地域です。
再開発計画に入っている北口地区では地権者のみなさんが
推進派と反対派に分かれてから、
10年近く膠着状態になっています。続きを読む

再開発の地権者や役人・コンサルタントは町のゴミを拾うか

自分の町を自分の町と思っているかを示す指標として、
ゴミが拾えるかどうかを考えました。

ゴミを拾うことがいいとか、悪いとかは別のこととして。


例えば、自分の家でゴミが落ちていたら拾います。
自分の家の庭でも同じでしょう。
自分の家の前でも同じかな。
よほど無精な人でない限り、庭までは拾うでしょう。

知人に話によると、
下町の人たちの朝のそうじは
向かいの家の前のゴミや塵をはいて、
最後に自分の家の前をきれいにする。
こんな習慣がありました。

いまも雪かきなんかもそうですね。
近所の一人暮らしのお年寄りの家の前をやったりして。
その代りにちょこっともらいものなんかをしたりして。
そんなことが自然にできる地域。

家、庭、道、町・・・。
自分の大事な場所だと思うと、
自然ときれいな場所にしたくなってくる。
住みやすい町にしたいと思うようになってくる。

再開発は地権者の土地や建物だけでなく、
町の風景自体が大きく変わるプロジェクトです。
雇われた人によって、ゴミが拾われるきれいな町ではなく、
住民自身が意識を持ってゴミが拾える町、
そんな町のほうが住みやすい町なのではないかと考えます。
(もちろん、再開発に対して賛成か反対かは関係なく。)

いまの時代なら逆におもしろい町になるのではないかとも。
また、いま思い出したのですが、
以前、仕事で半年間住んだ水俣市は22分別を実行し、
「ゴミ」という言葉自体をなくしてしまったおもしろい町でした。

中立まちづくり宣言

cc867a25.JPG立石の町が大好きです。
仲見世商店街、呑んべ横丁、スナック街、立石様、中川といった代表的な場所はもちろん、小さくも個性豊かなお店の数々、猫が我が物顔で歩く路地、町にある何気ない構成物がとても好きです。そして、もちろん、この町で生活をしている味のある人たちも。

自分が生まれ育ったこの町には、たくさんの大切な思い出があり、
歩くたびに新たな思い出が作られていきます。

一方、現在の町はノスタルジックな感情だけでなく、建物の老朽化や、個人商店の後継者不足、高齢化社会に伴うバリアフリーのまちづくりなど、他地域同様、現実的な問題もたくさん抱えています。

自分としては、これらの延長線上に現在の立石の「再開発計画」があると認識しています。

ところが。

いま、立石ではこの再開発計画をめぐって、地権者が二つのグループに分かれています。町にはあちこちに「再開発反対」のポスターが貼られ、最近ではノボリも立ちはじめました。両者とも立場や意見があることだと思うのですが、それらの表現を持ってしかコミュニケーションが取れない現状に、立石が好きな一住民としてひどく傷ついています。
と同時に、10年近く住民が意見を分かち、双方切り崩しに疑心暗鬼になっている立石は将来どのような町になってしまうのだろうと得も言えぬ不安な気持ちを持っています。


2007年4月26日「宣戦布告」という仰々しいタイトルのブログを書きました。
内容は現在の再開発計画に対して反対の意見をもっており、反対派の活動にかかわることを、立石の再開発を計画している区の出張機関まちづくり事務所の方に告げてきたという内容でした。
先日、推進派の方とお会いした際、現在の再開発に対する自分のスタンスを問われました。その場でこの文章を根拠に「反対派じゃないか」「反対派の代表に操られているんじゃないか」とも言われました。
確かに当時は事情もあって反対派の会合に出ていたこともありましたが、2007年4月を最後に反対派の会合には参加したことはありません。なぜなら、反対派の人たちにとって、反対運動にとどまらないまちづくりを考え、主体者になっていこうとする自分の意見は急進的すぎたため、一部の方たちから警戒されたからです。
そこで、地権者以外の人たちと、賛成・反対問わずにまちづくりを考える、立石チョットどうする!?会を作って、いままで活動をしてきたのです。
自分の背景になにかあるとか思われる方がいらしたら、携帯電話の履歴を調べてもらっても結構です。女の子の名前しか出てきませんから(笑)いやいや、女の子に操られているかも・・・。

現在、地域は、グローバル化、都市部への人口集中、高度経済成長期の建物の老朽化、高齢化社会の到来などにより、変化を余儀なくさせられています。しかし、いまなお変化のモデルが見つかっていません。人の価値観は多様化し、変化の早い世界情勢に左右され、なのに少子高齢化は刻々と進み、国も地域も住民もなす術がない。
いても立ってもいられません。

いまできることは・・・。
再開発賛成・反対関係なく、町の歴史をちゃんと知ったり、町の人と丁寧に出会ったりすることだと思ったのです。知れば知るほど、立石に詳しくなり、知り合いが増え、新たな交流が生まれます。この楽しい地道な作業は自分を豊かにし、変えてくれます。

メタモルフォーゼ!

人を変えるには、自分が変わるしかありません。
楽しみながら立石の町に出会っていく自分たちの試みに参加しませんか。
行政・賛成・反対問わず。グレイゾーン・部外者・若者・外国人・障害者大歓迎。
だれのものでもない、自分たちのまちをつくりましょう。

SHIMOKITA VIICE 08で報告をしてきます

相変わらずあわただしい日々を送っています。
久々の更新になりました。

去年からの縁が地道につながって、今週末、下北沢でおこなわれるシンポジウムにパネリストとして招かれました。そこで、立石での活動報告をしてきます。同席する方々はすごいメンバーみたいで恐縮することしきり。特に、高円寺の松本さんは本を読ませてもらったのですが、すごくおもしろい活動をしていて、片手間で活動している自分など到底およびません。
まぁ、余計な背伸びはせずに、自分の言葉で地に足のついた話ができればと思っております。ひとつの挑戦になると思いますが、お時間がある方はぜひひやかしに来てください。
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SHIMOKITA VOICE 2008 シンポジウム02
「場所の力」― それぞれの東京、それぞれの暮らし/政治

激変してゆく東京。でも耳をすますと、それぞれの場所から(について)語る、
さまざまな声が聞こえてくる。匂いたつ下町から自然溢れる野山まで、
また再開発計画への反対運動から店舗経営で作る自律空間まで、
場所も方法もさまざまな彼らに共通するのは、
場所と政治という二つの軸の交差する地点で、
自分たちにとっての「よりよい暮らし」を目指して
アクションを起こしているということだ。
それぞれの場所から発する声をつなぎ、重ね、ぶつけあいながら、
場所と政治をめぐる東京のリアルを明らかにする。

日時:2008年8月30日(土)17:15〜18:45
会場:アレイホール
( 世田谷区北沢2-24-8下北沢アレイビル3F Tel:3468-1086)
入場無料(カンパ制)

■司会
仲俣暁生(フリー編集者/文筆家)

■パネリスト
坂田昌子(自然を守るため に活動する「虔十の会」の代表)
松本哉(一風変わったサウンドデモを繰り広げる「素人の乱」の首謀者)
福原忠彦(立石チョットどうする!?会)
木村和穂(「Save the 下北沢」事務局担当)

詳細はこちら→http://www.shimokita-sk.org/sv2008/

大事なこと

改めまして、東京都葛飾区立石に住んでいます。
生まれも育ちも立石。その町で再開発の計画が持ち上がり、
区域内の過半数近くの住民が反対運動をしています。
というのも、住民が中心になって決めたのではなく、
行政主導で起こった計画だったから。
自分もそんな行政の強引なやり方、面白くない再開発案に
疑問を覚えて、再開発の対案を出すべく、活動をしています。

賛成派も反対派も行政も一筋縄ではいかなくて、さぁ大変。
実はこの問題は複雑に見えて、いたってシンプル。
恥ずかしげもなく、ずばっと言ってしまえば、
要は立石のまちをどれくらい愛しているかということなのです。
言ってしまった!
自分の主義主張でなく、まちを愛しているかどうかということ。
これは表面上がどうであれ、理屈でなく、直接、他人に伝わります。
自分が水俣で学んだ大きなことのひとつです。
自戒の意味もこめて。

町の表現

596d7cde.jpg先日、立石を歩いていたらこんなことが書かれているお店のシャッターを見つけた。
「立石という街があるために人生どれだけ賑やかだべか」
再開発該当地区の居酒屋である。どんなつもりで書いたのかわからないが、地元が好きな自分にとって、心に残る言葉と表現だった。今度行ってみよう。
その後、駅前の居酒屋『呑てんき』で日曜だけのランチメニュー・キーマカレーを食べる。この日は店の前でフリマもやっていて、ふだんなら居酒屋によりつかないであろう年配の方々やおばちゃんたちが寄ってきたりしていた。おもしろい風景!でも、このフリマもいいかげんで、物置をひっくり返したガラクタのようなものが多い。中にはタイトルが手書きの私物の録画テープコーナーもあった。もちろん、ちょっと怪しげなエロビデオも・・・。チェーン店では真似できないうさんくささがいかにも立石に合う。さすがオーナー。彼と知り合ったのも、去年の年末にやったイベントがきっかけである。これだから地元での活動はやめられない。

立石再開発をチョット学んでみよう!会〜客席から次々と〜

dfe08f4f.JPG演劇が終わった後、客席から感想や意見を求めた。後方の若い男性からすぐに手が上がる。「土地を持っていないが借りて営業している地権者はどうなるのか?」という質問だった。彼は立石駅の南口で居酒屋をやっている人らしい。でも、こちらも勉強不足ですぐに答えられるわけではない。その様子を察してくれた反対派の方の提案で、賛成派の代表と反対派の代表が交互に答えることになった。俄然、会場が盛り上がる。内容は専門的でいまいちわかりづらい。司会的な立場にいた自分も論旨のすり合わせがしづらく、とりあえず、両者の熱意は伝わったので、一度収めてもらう。内容はともかく公共の場で賛成派と反対派が討論できたことはよかった。
次は下北沢で再開発の住民運動にかかわっている建築家の方の意見。「下北沢では反対派の力が強すぎて、賛成派は意見も言えない状況にあり、立石がうらやましい」とおっしゃっていた。違う立場からの客観的な意見に、会場はさらに沸く。狙い通りだったので、素直にうれしい。多様な意見や見方が発露される場の豊かさとは、こういうことなのだよ!さらに、彼は立石の近くには中川が流れており、駅前よりもむしろ再開発の余地が残されている川のほうに目を向けるべきではないかとの意見も披露してくれた。実は自分も立石の地域資源として中川には注目しているので、この意見も拾って展開させたかったのだが、時間がオーバー。もっと数人に意見をもらいたかったのだが、安井さんのプレゼンに時間を譲った。
安井さんは立石の懐かしさが漂う路地や昭和の雰囲気を残すお店を写したスライドを紹介しながら、「再開発」の当て字の「再会・初」のまちづくりについて語っていく。片付けながらだったので、ちゃんとは聞けなかったのだが、地権者の人たちにも外部の人たちにも改めて立石の魅力を伝えられたのではないだろうか。
とにもかくにも無事に終了。大きな拍手で会が終わった。来ると言っていた行政の人が来てくれていなかったのが非常に残念だったが、まずはスタートをすることができた。ご協力してくださったみなさん、当日いらしてくれたみなさん、本当にありがとうございました。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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