ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

水俣世田谷交流実行委員会

祝!祝!祝!嬉しい!Cafeゆうじ屋オープン

3月6日15時にオープン!

開店時間に合わせて、
三軒茶屋「Cafeゆうじ屋」に行ってきました。
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店長は実方裕二さん。

ゆうじさんは先天性の脳性まひ。
手足は十分に動かず、重い言語障害もあります。
生活するだけでもすごい!と思ってしまうのに、
ゆうじさんは障害を個性に変えて、
明るいエロおやじのキャラクターを前面に活かした漫才をやったり、
介助者を使って作る料理の腕を活かして、
宅配デリバリーをやったりと、
障害者の可能性を広げてきました!


ゆうじさんの強みは
「物怖じしないコミュニケーション」と
「機動性抜群の電動車イス」だと思います。
20年近く、誰にも真似をできないような事業をやってきました。


↓詳しくは
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~yuujiya/ayumi.html


私とは2007年に水俣で一緒に企画をした
「ゆうじ屋のお料理トーク」以来のお付き合いです。
2009年には、葛飾区市民活動支援センターで
「言葉のバイキング。『見て、聴いて、味わって。」の講師を
やってもらったこともありました。


一緒にいるとエネルギーをもらうパワフルな障害者です。


今回は、念願のお店をオープンしたということで行ってきました。


入口はこんなかんじ。
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ふたつの柱が目印です。


ゆうじさんの車イスがギリギリ通れる
オシャレな通路を進むと、奥にお店があります。


すでにほぼ満員。
私たちのすぐ後に、お客さんが入ってきたので、
私と一緒に行った劇場関係のグループは
カウンター席を移動し、階段席に!

オシャレな店内。
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半年ぶりぐらいかな。店長のゆうじさん。
開口一番「誰だっけ?」という憎まれ口を叩かれたけど(笑)
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カウンターの中では、若い女性スタッフ3人が気持ちよく働いていました。

頼んだのは、ケーキセット(コーヒー付き)500円。
ゆうじ屋自慢のシフォンケーキと生クリームの組み合わせが選べます。

私は好きなバナナシフォン+いちごとレアチーズの生クリームにしました。

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前は焼きシフォンだそうで、香ばしい味わいを楽しめました。
いやぁ、美味しかった!

昨年の11月から準備をすすめたそうです。


心から開店おめでとう!ゆうじさん!
ほんと嬉しいよ。

また行きます。

「Cafeゆうじ屋」
営業時間:15時〜20時 
住所:世田谷区三軒茶屋2-14-22-102
定休:月曜

「ポップでファンシーでフェアリーでナイトメアーな」デザイン

6月12日。世田谷ボランティアセンターにて、
「ナカチャンズ・ハーストーリーができるまで〜ねぇ、私の右手さん〜」
上映会を行いました。お客さん20名程度。
会のメンバーを含め、車イスの人も多かったので、会場はほぼ満員でした。

資料代500円。
「ナカチャンズ・ハーストーリーができるまで」DVD付きだと2,000円。
今回は、私がDVDカバーをデザインさせてもらいました。
編集の番園さんから
「ポップでファンシーでフェアリーでナイトメアーな」
デザインをしてほしいという希望で、
こんなかんじにしてみました(笑)
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隙間を埋めたがる私にしては
シンプルさを心がけたつもりです。

今回の主人公ナカちゃんの介助者さんから
「ナカちゃんのかわいいイメージで作ったんですか?」
と聞かたので、
「(少し間)かわいいイメージでつくりました」
と答えたら、
ナカちゃんから「今の間はなに!」と突っ込まれました。

いずれにしても、好評でよかったです。
来場者の約半分の人が購入してくださいました。
一助になれたかな。

6/12(日)みなせた稽古場日誌「ナカチャンズハーストーリーができるまで〜ねぇ、私の右手さん〜」上映会

ナカチャンズハーストーリーチラシ表面
*震災の影響で、延期になっていた上映会を実施します。
 チラシも気分一新で再作成。同じイベントのものを二度作るのは生まれて初めてです。


私たちの芝居がどんなふうに作られているか知っていますか!?
車イスや言語障害もなんのその、私たちの稽古場は芝居以上に楽しいと評判!
個性あふれるメンバーの激しい議論のさなか、突然起きる大きな笑い。
これは芝居か?それとも本気か?
いつの間にやら老若男女、車イスと二本の足が入り乱れながら、
ひとつの芝居が作られていく。
描かれるのは一人の女性障害者の自立のお話。
果たして芝居は本番に間に合うのか。乞うご期待。


【撮影】番園寛也、杉本曉子、丸岡稔典、平野幸恵
【編集】番園寛也
【構成・製作】水俣世田谷交流実行委員会

【日時】2011年6月12日(火)午後1時〜午後4時(開場:午後0時30分)
【会場】世田谷ボランティアセンター
     世田谷区下馬2-20-14
【参加費】500円(資料代)
【問合せ先】TEL:080-5183-1196(矢崎)
     E-mail:minamatasetagaya@mail.goo.ne.jp
【主催】水俣世田谷交流実行委員会

*この活動は、公益信託世田谷まちづくりファンドの助成を受けています。

【こんなところを見て】
芝居作りの稽古中には、いままで当たり前に演じていたセリフ、
動作に引っかかりを覚え、それを話題に話し始めることもしばしばです。
すると、そのセリフ・動作の背後で支えていた「考え」が、明らかになってきます。
この「考え」は、本人のみならず、周りの人とっても大切な認識であったりします。
私たちの稽古場は、このようなことが、連続して起きてくる場です。

【水俣世田谷交流実行委員会の紹介とこれまで】
2007年より、熊本県水俣市をはじめとする諸地域の障害者と、
世田谷に住む障害者が芝居などの表現活動を通じて交流することを目的に発足しました。
2008年1月『春の汽車はおそいほうがいい 水俣・世田谷出会いコンサート』
2009年11月『木村浩子×キミエ群団 生活「お見合い」』
2010年3月『春の汽車はおそいほうがいいPART2 柏木敏治ディナーショー』ほか
雑居祭り、路上演劇祭などで『ザ・やすみつ』『キミエズ・ハーストーリー』の上演

延期!3/21(祝・月)「ナカチャンズハーストーリーができるまで」上映会

以下のイベントが東北関東大震災の影響で延期になります。
みんなで準備をすすめてきただけに残念ですが、
今回ばかりはいたしかたない。ご了承ください。


3/21(祝・月)みなせた稽古場日誌
「ナカチャンズハーストリーができるまで〜ねぇ、私の右手さん〜」上映会

【撮影】番園寛也、杉本曉子、丸岡稔典、平野幸恵
【編集】番園寛也
【構成・製作】水俣世田谷交流実行委員会

【日時】2011年3月21日(祝・月)午後2時〜午後4時(開場:午後1時30分)
【会場】世田谷区立総合福祉センター3階研修室
【参加費】500円(資料代)
【問合せ先】TEL:080-5183-1196(矢崎)
     E-mail:minamatasetagaya@mail.goo.ne.jp
【主催】水俣世田谷交流実行委員会

*この活動は、公益信託世田谷まちづくりファンドの助成を受けています。

3/21(祝・月)「ナカチャンズハーストリーができるまで」上映会

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○3/21(祝・月)みなせた稽古場日誌「ナカチャンズハーストリーができるまで〜ねぇ、私の右手さん〜」上映会

私たちの芝居がどんなふうに作られているか知っていますか!?
車イスや言語障害もなんのその、私たちの稽古場は芝居以上に楽しいと評判!
個性あふれるメンバーの激しい議論のさなか、突然起きる大きな笑い。
これは芝居か?それとも本気か?
いつの間にやら老若男女、車イスと二本の足が入り乱れながら、
ひとつの芝居が作られていく。
描かれるのは一人の女性障害者の自立のお話。
果たして芝居は本番に間に合うのか。乞うご期待。


【撮影】番園寛也、杉本曉子、丸岡稔典、平野幸恵
【編集】番園寛也
【構成・製作】水俣世田谷交流実行委員会

【日時】2011年3月21日(祝・月)午後2時〜午後4時(開場:午後1時30分)
【会場】世田谷区立総合福祉センター3階研修室
【参加費】500円(資料代)
【問合せ先】TEL:080-5183-1196(矢崎)
     E-mail:minamatasetagaya@mail.goo.ne.jp
【主催】水俣世田谷交流実行委員会

*この活動は、公益信託世田谷まちづくりファンドの助成を受けています。

【こんなところを見て】
芝居作りの稽古中には、いままで当たり前に演じていたセリフ、
動作に引っかかりを覚え、それを話題に話し始めることもしばしばです。
すると、そのセリフ・動作の背後で支えていた「考え」が、明らかになってきます。
この「考え」は、本人のみならず、周りの人とっても大切な認識であったりします。
私たちの稽古場は、このようなことが、連続して起きてくる場です。

【水俣世田谷交流実行委員会の紹介とこれまで】
2007年より、熊本県水俣市をはじめとする諸地域の障害者と、世田谷に住む障害者が芝居などの表現活動を通じて交流することを目的に発足しました。
2008年1月『春の汽車はおそいほうがいい 水俣・世田谷出会いコンサート』
2009年11月『木村浩子×キミエ群団 生活「お見合い」』
2010年3月『春の汽車はおそいほうがいいPART2 柏木敏治ディナーショー』ほか
雑居祭り、路上演劇祭などで『ザ・やすみつ』『キミエズ・ハーストーリー』の上演

ホテルで演劇〜『ナカチャンズ ハーストーリー』上演

9月20日。
水俣世田谷交流実行委員会の演劇
『ナカチャンズ ハーストーリー』上演の日でした。

今回は世田谷を離れて、町田まで
NPO法人町田ヒューマンネットワーク
20周年記念パーティーに行ってきました。
会場はホテル・ザ・エルシィ町田というところ。

こんなところでやってもいいんだろうか?
いつも路上演劇祭とか雑居祭りとか、
どちらかというキレイではないところで
演劇をやっているような我々には
かなりギャップが大きかったです(笑)
控室にはサービスの水が置かれています。
水をグラスで飲んだ後、
「自分のとわかるように置いておいたほうがいいのかな?」
と仲間に言うと、
「新しいの使えばいいんじゃない」と言われました。
せせこましい庶民感覚に気づきます。
結婚式に使うような立派な宴会場でやりました。
前座はマジシャンのなんとマギー審司という贅沢さでした。

なぜ町田でやったかとういと。
『ナカチャンズ ハーストーリー』の
主人公の女性南雲君江さんが施設を出て
地域で自立生活をするきっかけとなったのが、
町田ヒューマンネットワーク二代目代表の
木下さんとの出会いだったからです。
(もちろん、木下さんも障害当事者です。)

私たちの劇は取材をもとに作られています。
本人に話を聞き、本人が本人を演じます。
演劇的には素人で稽古も十分ではありませんが、
この話は実話にもとづくものだという重みが
いつも見る人を引きつけていくような気がします。
実際、南雲さんがどんな想いで施設に入り、
どんな想いで自立生活をしていったかの過程は
町田ヒューマンネットワークを通じて
自立生活をしている障害当事者の人の
共感を呼んだのではないでしょうか。

とは言え、今回は私は水俣行きと
帰京後にたまった業務に追われ、
直前の稽古には参加できませんでした。
大きな反省です。

世田谷のみなさんと合宿でふりかえる〜その3

2005年から2006年3月まで
世田谷で自立生活をしている
たくさんの障害者の介助の仕事をしました。
あたりまえのことですが、同じ身体障害者と言っても、
障害の度合いも、生活の仕方も、趣味趣向も全然違います。
当然、介助の内容も違ってきます。

そもそも事務所である自立生活センターハンズ世田谷の
「ハンズ」の意味は「手」。
自分の手が、自らの意思とは別に動かないように、
利用者の「手」となることが求められます。
もちろん、人間同士の作業ですから、
そこには繊細かつ微妙な感情もあります。
でも、本当に慣れた障害者の人に指示を出されると、
どんな作業でも気持ちよく動けるから不思議です。
また、知らない料理をつくったり、
知らない場所に連れていってもらったり、
ひとりではできない体験をたくさんさせてもらいました。

2006年4月から熊本県水俣市に行くことになりました。
水俣病公式確認50年事業の中の
「胎児性水俣病患者・障害者の想いを伝える創作舞台」という事業。
私は事業期間の4月から10月まで、現地に住みながら
現地の人たちが演劇ワークショップを重ね、
上演できる組織と環境を整えるお仕事をしました。

ここらへんのところは2006年3月からのブログを参照ください。
(2006年4月5日「水俣へ行く」)
(2006年10月14日「本番リポート1」以降)
私がこのブログをつくったのも、
水俣での経験を記録しておきたいと思ったのがきっかけです。

読んでいただければわかるのですが、
これがかなり大変な仕事でした。
特に現地の福祉施設の思惑というのがかなり政治的で、
当時、利用者のひとりひとりの小さな想いとは
かけ離れたところに行っていました。
「もし自分が利用者だったら」と考えたとき、
怒りを通り越すことばかり。
来る日も来る日も、受け入れ先の施設の人には
「おかしい」と言い続けて、口論をしました。

そのとき、あったのは世田谷の障害者の存在です。
彼らから学んだ介助の仕方やコミュニケーションの取り方は
私がもし障害者だったらそうしてもらいたいと思えるものでした。
だから、私は世田谷の障害者になったつもりで、
意見を言い続けることができました。
まぁ、水俣と世田谷を取り巻く政治状況や
患者と障害者が負ってきた歴史、
地域的な福祉環境・資源が違うというのもわかります。
でも、どこに住んでも人間らしく生きたいと思う
気持ちは一緒なんじゃないかと思います。

そんな想いを抱えながら、最後までやりきったお仕事でした。

世田谷まちづくりファンド助成決定!

本日、世田谷区三軒茶屋のしゃれなあどホールで
公益信託世田谷まちづくりファンドの公開審査がありました。

今年は水俣世田谷交流実行委員会として
「まちづくり活動部門」で応募。
私たちは「障害者を中心とした芝居づくりと
芝居づくりのドキュメンタリー映像の製作」というテーマで
21万円の助成金を申請しました。
4月21日「風邪引き休日」参照)

先日合宿では実際の準備をする時間がなかったので、
本日、午前中に集まり、プレゼンに使う模造紙を書き込み、
プレゼンの段取りの相談をしました。

主にまとめたのは別の人ですが、
文字とイラストを書かせてもらいました。
(少々ぶれていますが・・・)
201006051729000


午後は40を超える団体が集まり、
熱気がむんむんとする中で公開審査が始まりました。
約4時間のプレゼン&質問・交流タイムなどを経て、
17時過ぎに投票開始。
10人の審査員のうち、
ほとんどの方から満額の評価をいただき、
早々と「満額助成」が決定しました。
自分が作文をした申請が通り、
一定の評価を得たというのはやはり嬉しいですね。
と同時に、助成がもらえなかった団体もたくさんあるわけで、
やる以上、しっかりやらないといかんと思いました。
自己管理をした上で、楽しまなくては!

あと、葛飾にもこんな活気のある助成金の現場があったら
おもしろいのになとも思いました。

世田谷のみなさんと合宿でふりかえる〜その2

2005年、ハンズ世田谷で受けた
ヘルパー2級の研修研修はすばらしいものでした。
講師は障害当事者を中心に、
どうしたら障害者主体の介助をできるかを学びます。
座学とともに適度にグループワークがあり、
ただ単に技術を学ぶだけでなく、
障害者・介助者が抱えるいろいろな問題を
複合的な視点から考えさせるような内容になっていました。
さらに一番すごい!と思ったのは、
現在の日本の福祉の問題点を
今後どうやって変えていくかというなところにまで話がおよぶところ。
というのも、世田谷の福祉やまちのある程度の部分は
障害当事者の運動がつくってきたという自負があるからなのでしょう。
講師陣もそうそうたる方が並んでいて、
ハンズ世田谷の築いてきたネットワークのすごさが垣間見えました。
当事者スタッフは、安定した介助者制度をつくるため、
介助者の賃金報酬を上げる運動も地道にやっていました。

毎回、この研修は質の高い演劇ワークショップを受けているようで、
介助の仕事の傍ら、楽しみに通いました。


この研修で介助者の立場として、学んだこと。

繰り返し言われたのは「聞くこと」です。
言語障害のある人の言葉を聞き、わからなかったら聞き返す。
そして、その指示どおりに動く。
気を使って余計なやらない。
その代わり、指示の責任は障害当事者にあります。

そして、「失敗する経験を奪わないこと」
障害者の人たちは生まれたときから「できない」宿命として、
援助を受ける対象でした。
だから、ふつうの人よりも親をはじめとする
周りの人たちに先回りされ、結果的に経験を奪われてきたと言います。

あと覚えているのは「ひとりで悩まないこと」
ケアズ世田谷のヘルパーはひとりの障害者に長時間一緒にいて、
介助をすることがほとんど。
相性が悪かったり、慣れていなかったりするときには
ストレスを抱えることになります。
前職とは比べ物にならないくらい、
仕事を長続きさせるためのフォロー体制もしっかりしていました。

当時、この仕事は人のためにもなっているし、
それ相応のお金ももらえるし、
いままでで一番やりがいのあった仕事でした。

現在、介助の仕事は月数回ですが、
事務所や当事者をはじめとするスタッフ、
そして担当している利用者には全面的な信頼があるので、
仕事を続けています。

世田谷のみなさんと合宿でふりかえる〜その1

5月29日、30日と江東区の夢の島にあるBunB東京スポーツ文化館で、
水俣世田谷交流実行委員会で合宿をしてきました。

車イス5台のメンバーとの水俣公演を夢見ているものの、
これがなかなか大変。
飛行機代だけでも介助者分のお金もかかるし、
移動や宿泊先の準備を現地の人たちと
かなり入念にしなくては不可能な企画です。
申請を試みた助成金の数は5,6個。
演劇の枠でも福祉の枠でも、まちづくりの枠でも
おさまりきれない私たちの企画に
なかなかちょうどいい助成金もなく、
応募するたびに審査で落とされてきました。

この2年間、世田谷区内で、路上演劇祭や雑居祭りや
福祉施設で上演をしてきたのですが、
ここ1年くらいはすでに決まったスケジュールに追われ、
芝居をつくるにもあたふた。
芝居づくり以外のことをみんなで話す時間もなかなかとれませんでした。
個人的にも立石の活動や転職で世田谷からも足が遠のき、
自分の想いとは一致した活動ができていない・・・
と思っていました。

そこで、今回は一泊二日、泊りがけで話そうということになりました。

いいふりかえりの機会にもなりましたね。

私が世田谷の障害者の人たちとかかわったのは、
2005年のことでした。
当時、演劇ワークショップでは食べていけず、
かと言って、副業でやっていたホテルのウェイター(派遣)も不満だらけ。
ホテルの非正規職員はほとんど使い捨てで、
外国人の労働者も多く、短期間で入れ替わります。
(私は3年間つとめました。)
社内では、正規職員による女性社員や非正規職員への
パワハラ・セクハラも横行していました。
名の通った一流ホテルなのに、朝食はほとんどが冷凍物だったり、
中国人のツアー客を差別していたり。
もちろん、中には良心的で尊敬できる人たちもいて、
その人たちに支えられながら働いていました。
あるとき、私はついに不満が抑えきれなくなり、
マネージャーと喧嘩をして辞めました。

そこで、なにか新たな展開をさせなくちゃと一念発起します。
福祉の業界(施設)なら演劇ワークショップの需要があるのではと
世田谷パブリックシアターや路上演劇祭で縁のあった
世田谷で職探しを始めたのでした。
そのとき、ひょんなことから知人から紹介されたのが、
NPO法人ハンズ世田谷(介助事業はNPO法人ケアズ世田谷)のお仕事。
施設ではなく、または家族同居でもなく、
地域で生活している障害者の介助をするという内容でした。
ハンズ世田谷は自立生活センターとして、
障害者の自立生活を支える拠点となり、
職員の半数は重度の身体障害者の人が担っています。

おっかなびっくりで行った事務所で
言語障害をもつ障害者の職員の人と面接をしました。
ついつい、言語障害がない方の職員に話しかけると、
「ぼくに話してね」と声をかけられました。
なにも知らない健常者であることをはじめて意識した瞬間でした。(つづく)
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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