ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

ふりかえり

2017年をふりかえる

今年も3月以降、更新がとどまりました。
時々、のぞいてくださっているみなさま、
ごめんなさい。

今年の新年の抱負は
「ワークライフバランスの実現」でした。



…冥蟆雜郢業を安定させ、残業を減らす。
 事業は決して安定してはいないのですが、
 前年度から黒字化に転じ、
 残業を減らすことはできました。
 単純にたくさんの時間を働くのではなく、
 時間ごとの生産性を上げる考え方に
 シフトした一年でした。
 頭がさえているうちに仕事のできる
 早朝出勤も増えました。



▲僉璽肇福爾叛婚。将来の家庭の基盤を築く。
 当初、考えていた人とは違いますが、
 自分が望む人と婚約をすることができました。
 その人はシングルマザーなので、
 小学生の子どもがいます。
 なので、私にとっては突然、
 子どもの親になります。
 今、お互いの家庭を行き来しながら、
 新居をさがし、生活の予行演習をしているかんじです。
 今までなかった体験で、とても楽しいです。
 身近な人だったので、
 各所でなかなか発表できず、
 ブログの更新も滞ってしまいました。
 申し訳ございません。


 
1薹爐鮖箸辰特楼菠餝腑吋▲轡好謄爐鬚弔るイベントをする。
 これも控えめな目標ですが、
 11月に「四つ木・東四つ木を歩いてエンゲキ〜事業所・施設を見てみよう〜」を
 実施することができました。
 三つの事業所・施設と一緒に企画をたてて、実施することができ、
 四つ木・東四つ木地域の人と資源の内実の一端を見ることが叶いました。
 多くの人のご協力で、
 インターネットや噂ではなく、実際に会って、
 実際に見たい私の希望を果たすことができました。
 
 今年の抱負にも書きましたが、
 私の夢は、当事者性を持って仕事や生活をすることです。
 9月からは、圧迫骨折から復帰した100歳の祖母が
 私の勤めるデイサービスに通うことになりました。
 最初はすごくやりづらいと思いましたが、
 最近は祖母が楽しんで
 通ってもらえているようなので、
 ほっとしています。
 そして、自分にも子どもができることで
 地域包括ケアシステムが高齢者だけではなく、
 子どもも含めた幅の広い仕組みを
 つくる必要性を感じています。

以上のことをふまえて、
「ワークライフバランス」について考え、
大きく前進する1年でした。

みなさま、今年も本当にありがとうございました。

ブログの目的と私の専門性

このブログを開設したのは、2006年3月のこと。
今は2017年だから、11年がたった。
細々とだが、これまで続けてこられたのは、
自分の考えていることを表現したい、
表現する場を持っておきたいと思ったからだ。


しかし、先日、知人にこんなことを言われた。
「最近、ブログが滞っているね・・・」


確かに。なぜ滞っているのだろう。
ふりかえってみる。


そもそもこのブログを作ったきっかけは、
2006年に私が水俣で
演劇ワークショップを住み込みでやりにいったことだ。
当時は現地の複雑な状況下で、
ワークショップの運営や
それを支える組織づくりをやっていたため、
出せる範囲で私の考えや本音を
伝えられる場がほしかった。
続けていくと、身内以外にも読者ができて、
大いに勇気づけられたものだ。

そして、葛飾に帰ってくると、
2007年以降は立石の再開発問題に
かかわるようになる。
一時は区役所の担当課にチェックされていた?
という噂もあるほど、
立石関連の記事が並んでいた。

そして、葛飾区市民活動支援センターに
勤め始めた2008年以降は、
立石と並行して、NPO関連の記事が増えてくる。

2012年は起業に挑戦したため、
立石・NPO・起業・演劇が
ごっちゃになっている。

そして、2013年、
こひつじデイサービスわが家に勤め、
現在に至る。


2013年以降、知り合った人たちは
私のことを福祉や介護業界の人だと思っている。
それ以前は、NPOの中間支援だと思っている人もいる。
自分の中でのベースは「演劇」なのだけれど、
そのこと自体を忘れ去られている可能性もある。
※自分自身も忘れている場合もあるけれど(笑)


さて、結論。

今はデイサービスの運営にどっぷりとつかっているため、
内部の情報や考えていることをなかなか外に出せません。
少なくともこのブログでは。
それが滞っている原因です。

でも、ここ数年、デイサービスで職員や地域の人たちと
演劇的な取り組みを始めることができ始めています。
「福祉+地域+演劇」という、私にしかできないことを
実践する場としてデイサービスを選んでいます。

もう少しラフな形で、完成度を求めず、
頑張って書いていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

2016年をふりかえる

訪れてくれたみなさま、ごめんなさい。
ブログの更新が半年以上も滞ったのは初めてです。

でも、今年をふりかえるために戻ってきました。

ブログに書くのは、不特定多数の人に向けて
公式に書くということなので、
フェイスブックに書く以上に
体力がいることなのだと思います。
頑張ります。 

 

今年はデイサービスで三つの加算をとった上に、
人事が安定せず、常に仕事に追われていました。
でも、思い切り駆け抜けた一年でした。


 

’知症を予防するプログラムをつくり、広げる。


自分でも書いていることですが、
これは大風呂敷を広げすぎました。
実際にできているのは、今まであるプログラムを言語化し、
認知症の人への有用性や対応の仕方を
説明できるようにすることです。
(まだ途中です。)
認知症の予防が科学的に実証できるような
プログラムをつくれたら、それこそ世紀の大発見で、
一介護職員が担えるようなものではありません。
これは来年、目標の立て方を少し変える予定です。


  

▲僉璽肇福爾鮓つける。


見つけました。4歳年下の方と
一緒に生活するために準備をしています。

※すみません。相手のこともあるので、
 ここでは深く書けません(笑)

 
 

寝る時間、考える時間を確保する。

これはひどかったです。寝る時間は4時間なんて日がざら。
全く変わりませんでした。
考える時間も、反射神経みたいに考えるときばかりで、
休日にもなかなかまとまってとれませんでした。
その証拠がこのブログの放置です。

イベントや事業をやっても、
報告やふりかえりがおざなりになってしまいました。

 



今年、一番印象に残ったのは、
私が勤めるこひつじデイサービスわが家で、
1123日に「最後まで暮らせる地域を一緒につくる
交流会(ワークショップ)」というイベントをやれたことです。

 

本当に忙しい中だったのですが、
デイサービスの職員、ご家族、サポーター、地域の人たち、
行政の担当者、各事業所の人たちと一緒に、
実際の問題を含んだお芝居を3つ作ることができました。
これは私の演劇の専門性と、これまでのネットワークが
合わさってできたような企画です。
全然違う立場の人たちが
ワクワク感を共有できたことで、
地域包括ケアシステムを
具体的につくる際の原動力になればと思っています。

 
 

思い返せば、来年への「布石」のような1年でした。
越えなければいけない壁や課題ははっきりしています。
来年は大きな勝負に出ます。
自分の人生を目いっぱい楽しみます。

 

みなさま、今年も本当にありがとうございました。

2015年をふりかえる

はあ。

今回ほどふりかえるのが憂鬱な年はないです。

いつも有言実行だったのですが、
「2015年新年の抱負」はほぼ守られていないからです。

しかし、頑張ってふりかえります。



ヽ訃の保育園や学童クラブ、
 図書館、よその福祉施設で
 演劇ワークショップをやる


同じ法人内の事業所を想定していたのですが、
対外的なことをやる余裕が全くありませんでした。


⊇擦狆貊蠅鯤僂┐

唯一、実行できたのがこれです。
年明けから物件をさがし、
正式に3月から一人暮らしを始めました。
もともと料理、洗濯、掃除は嫌いではないので、
全くもって問題なし。
むしろ楽しんでやることができています。
私自身の精神的な自由を手にいれたことで、
家族との関係に距離が出て、
 安定したかなと思います。


生活のパートナーを見つける


他の方の関心事は主にここだったようです。
たくさんの人から質問されました。
とは言え、仕事に忙殺され、
ユニークな婚活はできず、
婚活パーティーに二度参加したのと、
ネットでの婚活に止まりました。

でも、こうした目標を立てたおかげで、
真剣味が増しました。
来年こそ、よいご報告ができればと思います。


せ超箸鯊臧に減らす

これが一番論外でした。
たぶん、三年間の中で
 一番残業をした年だったと思います。
特に4月以降は、通常の業務に加え、
実質的な管理業務(フォロー)が加わり、
想定外の残業 が加速度的に増えてきました。
当然、,筬、イ鉾鬚韻觧間も減っていきます。
単純にマンパワーがないので、
工夫でどうにかなるレベルではありませんでした。


イ發辰肇薀佞縫屮蹈阿鮟颪

開設以来、一番ブログを書いていません。
どちらかというと
 「お知らせ」的なものしか書けず、
大いに反省するところです。
※最近までFBも放置していたぐらいです。



と書いて、仕切り直し。
こう書いてみたものの、
私なりにかなり頑張った1年でした。
以下、大きなトピックです。

2月 ・かつしか市民活動ネットワーク発足
3月 ・介護福祉士合格。
    ・葛飾区奥戸に引っ越しをする。
   ・ケアマネ研修終了。
     最後の日に飲み会を企画し、
     現在も継続的に集まる集まりをつくる。

4月 ・こひつじデイサービスわが家介護主任に就任
7月 ・「葛飾インフォーマルサービス・フォーラム&シアター」実施。

10月 ・コラボかつしかまつりに参加
12月 ・ こひつじデイサービスわが家副施設長に就任
    ・みなせた劇場「ヤンキー障害者見参!」に参加



2015年は勤めているこひつじデイサービスわが家で
さらに私の仕事が増え、役職が重くなっていった年でした。
※「新年の抱負」が守られていないのは、そのためです。
 中小の事業所のため、人員計画が計画になっていなかったのです。

特に感慨深いのが7月のイベントです。
職員や地域の人たちと、
介護をする家族の課題を含むフォーラムシアターをつくり、
区内のケアマネやNPOの人たちと
フォーラムをすることできました。

私の「演劇」「福祉」「地域」の専門性を
いかんなく発揮することができ、
2年間働いていた自分の職場を
地域の人たちに紹介することができました。


今年まで与えられた環境で勝負をしてきた3年でした。
来年は自分自身が環境をつくる年になると思います。
自分の専門性をふまえ、もう一度棚卸しをし、
地域で、ひいてはもっと広い範囲で、
存在感を示せる一年にしたいです。


本年も懲りずに関わってくれたみなさま、
ありがとうございました。
2016年もよろしくお願いいたします。

2014年をふりかえる

2014年は公私ともに
ひたすら種まきをしている感覚がある年だった。


2014年の新年の抱負
「演劇が持つ力を地域に広げる」


ずーーーっと意識はしていたのだが、
2014年度が福祉の資格の転換期。
資格をとっておかないと、
その後は今まで以上に
とりづらくなることに気づき、
7月以降は資格取得に励むことにした。

なので、私が当初
想定していたようなことはできていないし、
後半は「福祉」に力を割くことになった。


とりあえず、主なトピックを並べておく。


1月〜3月 世田谷パブリックシアター
     『地域の物語〜介助するひと、介助すること〜』
4月 甲南女子大学多文化コミュニケーション学科
   フレッシュマンセミナー
   葛飾区市民活動支援センターの指定管理者制度が
   廃止されることがわかり、知人たちと動き出す。
5月 「悩みごとをからだで表現してみる」
6月 「おしゃべりするみたいに演劇ができたら」
7月 ケアマネ、介護福祉士試験準備開始
10月 ケアマネ試験&2014コラボかつしかまつりに参加
   *なんと同一日!!!(AM試験/PMまつりという強行軍)
11月 鎌倉図書館特別イベント
   「巨人VSアンチ巨人〜名シーンを声に出して読んでみよう」
   介護福祉士実技講習(4日)
12月 ケアマネ試験合格

*他に白百合学園中学校で総合学習の時間に
 演劇ワークショップを3回実施


我ながらよく頑張った一年だった。


実はここでは細かくふりかえることができないが、
「こひつじデイサービスわが家」の仕事が
昨年とは比べ物にならないぐらい大変だった。

初夏に、私よりも若い施設長が
重い病気であることは判明し、
6月以降はただでさえ残業が多い私に
管理者業務が重くのしかかってきた。

個々のケアの質を下げず、
同時に組織も回していく。

かなりの時間と労力を要した「力技」の一年。

個人的には葛飾区市民活動支援センターで
やってきたことや相談にのってきたことを
違う組織で実践させてもらった。
組織においては
大きな存在感を示せた一年だったと思う。
なので、2015年は「組織」ともども
「地域」に出ていきたい。


一番印象に残っている演劇ワークショップは
やはり「巨人VSアンチ巨人」
企画を図書館の職員のニーズから
一から立てさせてもらった。
想定外の参加者だったが、すごく面白かった。


まとめ。

2014年は
「演劇」「福祉」「地域(葛飾)」それぞれに
種をまいた1年だった。
特に「福祉」の専門性を高めることができた。


懲りずにかかわってくれるみなさま、
本当に感謝しています。ありがとうございます。
2015年もよろしくお願いします。

2013年をふりかえる

2013年は自分にとって、転機の年だった。


一番の大きな出来事は
「こひつじデイサービスわが家」に勤め始めたこと。
物理的に週5日、
朝から夕方までの時間を拘束されることになったから、
自然と職場でどのようなパフォーマンスができるかは
自分の中で大きな比重を占めた。
この会社は、小さな組織で安定もしていないけれど、
みんなで仕事を作り上げていく楽しさがあった。
また職場の仲間にも恵まれ、
時間がたつにつれ、私の価値観も理解してもらい、
やれることが飛躍的に増えていった。
(残業も増えていったけど・・・。)
でも、残業代もきちんとついたし、
仕事を通じて、去年失った自信も回復できた。
すごく元気をもらった1年だった。


さて、2013年の新年の抱負は
「演劇が持つ力を社会に広げる」だった。


具体的にはこんなことをやった。

4月 甲南女子大学多文化コミュニケーション学科フレッシュマンセミナー
5月 白百合学園中学校1年生 総合学習の時間のワークショップ
4月〜5月 計3回 呑んべ横丁はしごツアー
6月〜7月 フォーラムシアター「わたしの人生、ご意見募集中」
5月〜12月 計7回 「ギルドの作業場」
11月 豊橋市立新川小学校 演劇ワークショップ
11月 鎌倉図書館職員研修「図書館であそぼ。絵本であそぼ。」


こうやってふりかえってみると、
我ながら、仕事の傍らによくやったものである。
まだまだ目立った広げ方はできていないものの、
ここ数年では着実に演劇の持つ力を社会に広げられた
1年だったのではないか。

この中で印象深いのは、
やはり「ギルドの作業場」の水元公園の回
鎌倉図書館の職員研修かな。


もちろん、どの演劇ワークショップも意味があるし、
おろそかにしていないのだけれど、
地域でやる演劇ワークショップは
自分にとってはものすごく大事。

なぜなら、身近な場所で
身近な人たちとやる緊張感があるから。
これはきっと当事者意識なのだろう。

演劇が持つ力や私ができることを
丁寧に紹介したいという気持ちが働く。
なぜなら、演劇を通じて地域がよくなれば、
自分自身や家族、知人友人にも還元されるから。
だから、うまくいったときは大小かかわらず、
大きな喜びがあることがわかった。


デイサービスでも、
利用者のみなさんとのレクリエーションやコミュニケーション、
行事を通じて、
演劇の大本になるようなワークをたくさんやらせてもらった。



この1年間で、
私の軸は「演劇」「福祉」「地域(葛飾)」なのだ
ということがよ〜くわかった。

3足のわらじになるけれど、
この生き方は人からなかなか理解されないけれど、
どれも捨ててはいけないのだ。
そして、その3つを意識して広げていくことが
私の強みや専門性が最大限活かされることなのだ。

そのことがよ〜くわかった1年だった。

関わってくださったみなさま、本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

呑んべ横丁はしごツアーができたわけ

DSC_0788

当初、呑んべ横丁が怖かった。
どのくらい怖かったかというと、
できれば近寄りたくないくらい。


でも、なんで近寄ったかというと、
もっとも立石らしい場所のひとつだったから。
そして、京成立石駅が高架化になったとき、
仮線用地として一番初めになくなる場所だから。



2007年、初めて足を踏み入れた。
地元の私でも怖い場所だった。

驚いた。
アカカンバンの文字、
薄汚れた看板、ドアにたくさん付いたシール、
お店ごとに微妙に違う装飾・・・。
遺跡みたいだった。
どうして残っているのかわからないぐらい、
昭和の匂いであふれていた。

そして、よその人を案内するようになると、
みんなも仰天するぐらい驚いてくれた。


魅力的な場所だということはわかった。
だとすれば、
自分たちらしい方法できちんと知り、
記録するだけだ。
再開発に関わる人たちは賛成反対問わず、
この部分が弱いと思っていた。


だから、一緒に活動していた建築士の安井さんは、
実測調査という形で立面図に、
私はお店を取材をして
「聞き書き」+「演劇」にしようと決めた。

後者は山崎まどかさんの協力を得て、
全店舗のアンケート調査+5店舗の演劇を発表する
『呑んべ横丁を物語る日』として結実する。

↓参照
『呑んべ横丁を物語る日』御礼&当日レポート

でも、発表が市民活動支援センターだったため、
実際に取材をしたママたちは
半分ほどしか見に来てくれなかった。
*来てくれたママの中には泣いてくれた人もいたのに・・・。


「取材劇」の方法は、
取材者が一緒に見てくれることで、
二重三重の面白さを発揮する。

なので、翌2009年は、取材した場所で本人の目の前で
演じてしまおう!と呑んべ横丁だけでなく、
立石の町中を歩いて演劇をする
「立石散策劇場」をやった。

↓参照
『立石様万華鏡コース』その1〜駅の立石様〜

そして、2012年。
「葛飾散策劇場」のコースのひとつとして
「呑んべ横丁はしごツアー」をやった。
断トツの人気コースになった。


ツアーの演劇には、
長年、ママと自分がつくってきた関係が表現されている。
私が面白い、すごいと思ったママたち。

そんな人たちを私が得意な方法で表現をするのだから、
つまわないわけがない。(と言いきってしまおう!)


きっと将来、呑んべ横丁はなくなる。
ここでいろいろな伝説を残してきた、
一生懸命お店を営んできたママたちや店主もいなくなる。

そんなとき、この演劇やツアーの意味は
もっとはっきりわかることになると思う。


町は建物ではなく、人でできているのである。

IMG_5569











お時間ある方、これからも時々やるので、
見に来てくださいませ。

1月ふりかえり、2月10日だけれど

「演劇が持つ力を社会に広げる」


先月の5日に書いた新年の抱負である。
1か月たって、
この抱負の実現にどれだけ近づいたか。


例年だと、この時期になると、
仕事に活動にと慌ただしくなり、
ふりかえることもなく、時が過ぎていく。

だから、あえて意識して節目を設けることにした。

特に今年は自分の都合がいいようにではなく、
厳しく書いていく。




1月20日から新たな仕事を始めた。
四ツ木にあるデイサービスわがやという事業所だ。
地域の高齢者の通所施設である。

私の仕事は、
たくさんいる職員と利用者の方々の顔と名前を覚えること。
若い方が多く働いているのが嬉しい。

しかもどの方もコミュニケーション能力が高く、
レベルの高い即興劇を見ているよう。
相手の話を聞き、落ち着いて反応をする。
こういうのは、意外とできるようでできない。

私の得意分野でもあるので、
利用者の方と会話ができるようになってきている。
しかも、私の場合は葛飾の昔話ができるので、
自分のリサーチも含めて、一石二鳥である。
まだ楽しい部分しか知らないのかもしれないけれど、
本当に楽しい。

全体の基本的な仕事を覚えてきたら、
演劇的な時間も期待されているみたいなので、
今週中に具体的なプログラムを3つは考えておく。



あと、仕事自体の流れができてきたので、
呑んべ横丁はしごツアーを始めたいと思っていた矢先、
インフルエンザにかかってしまった。
はぁ。えてしてこういうタイミングで起こるものである。
前回までのテキストを読みなおし、
週明けから3店あたって、取材をし直そうと思っている。
できれば、その中に新店舗を一店入れておきたい。



最後、私が所属する
演劇デザインギルドでも新たな提案をしてみた。
「演劇の持つ力を社会に広げたい」という目的と、
私が考えている方法が合っているかどうか
ずーっと考えている。
でも、こちらもとにかく、次の会議までに
私が考えていることを具体的にして投げてみる。



さ、徐々に実践へとシフトしていく。


ちなみに、年初に決めた「やらないこと」
備忘録としてもう一度書いておきます。


 ̄薹爛妊競ぅ鵐ルド&葛飾まちづくり劇場以外のボランタリーな活動は
 年に3回までしかやらない。


∋纏以外のSNSをスマホでやらない。 


お付き合いの集まり&飲み会には行かない。

協同労働の働き方の問題点

昨日のNHKのクローズアップ現代で「協同労働」が特集されていた。


去年まで私が在籍していた
NPO法人ワーカーズ・コープは
「協同労働の協同組合」を掲げている。
葛飾区市民活動支援センターを運営していたのは
 NPO法人ワーカーズ・コープである。)
「協同労働の協同組合」法制化をめざす市民会議 のHPには、
以下のように書かれている。



協同労働とは

簡単に言うと、「協同で出資・協同の経営で働くこと」ですが、実際はこれだけではなくもっと強い「思い」も込められています。
 「人間らしく働き続けたい」という願いをもつ仲間・市民が集い、みんなで出資して仕事をつくり出し、みんなで経営に参画し、人と地域に役立つよい仕事に取り組む。この具体的な思いが加わったものが「協同労働」の理念です。




要は、働く人全員がお金を出し合い、経営者になる。
だから、問題が起きれば、
みんなで原因や対策を話し合い、働くことで解決をして行く。

理念はすばらしい。


でも、私は全面的に賛成できない。
いい面もあったが、悪い面もあった。
働いていた当時から大きな疑問があったからだ。
(仕事にやりがいはあったし、仲間もよかった。でも、あえて言いたい。)



〃弍弔亮衙,鮗蠹呂擦訖佑いないとダメ


経営にはやはり経営のセンスがいる。

ふつうの主婦や卒業したての学生、
非正規で長年働いてきた人たち、
リタイアしたばかりの人たちが
同じ目線で経営を語ることはできないと思う。

もちろん、彼らが雇われるだけでなく、
経営まで考えるのはすごく大事なことだ。
でも、彼らに経営できるノウハウが
手渡されていないと意味がない。

私が働いていた職場では、
私も含めて、経営のところまで
考えている人はほとんどいなかった。
経営の「け」の字も聞いたことのない人にとって、
1度や2度の研修では無理だろう。
また目の前の事業に追われ、経営上の問題を明らかにし、
改善することはできなかった。

なので、当然、多くの人たちは
「雇われている」意識で働いていたと思う。

経営の大事さについて語り、
教えられる人がいない限り、
素人が経営をすることなど不可能なのだ。



▲屮薀奪企業以上にブラックになりえること


一時期の私の残業時間は本当にすさまじかった。
それだけ仕事が集中していたのだ。
でもね、経営者だったらあたりまえでしょう。
自分の会社なんだからという論理になる。

全員が経営者であっても、
ある仕事に対して自分しかできる人がいない場合、
それを片づけるまでは帰れない。
そして、それは給料には反映されない。
(代休として換算されるが、残業時間が膨大だったため、
 また休めば、その分仕事もたまるため、
 代休として消化できなかった。)

いくら会議で訴えても、
みんなが「協力をする」と言ってくれても、
仕事ができる新しい職員が入ってくるまで
この問題は解決されなかった。



9埓の安直な委託機関になりやすいこと


NPO法人ワーカーズ・コープは
もともと低所得者のために
仕事づくりをしてきた実績があり、
行政からの公募があると、
比較的安い委託金で事業を行うことが多い。


安い。全国組織。ノウハウあり。


だから、行政も仕事を投げやすい。

でも、内実はその安い予算で、
膨大な事業を回さなければならなくなる。
その責任は組織ではなく、個人がかぶることになる。

私がいくら意見を言っても、
システムの問題で本部に届くことはなかった。

委託事業だけでも仕事は膨大、やれる人は少ない。
そのような状態の中で、
新しい事業を興すことは不可能だった。
収入が増えない限り、給料だって増えない。
にもかかわらず、会議では大胆な改革もできない。

対面的にはいい仕事をしていても八方ふさがりだった。



以上が、私が協同労働の組織にいた実感である。
私がいた場所が特別だったのかもしれないし、
テレビで紹介された事業所のような例もあるのかもしれない。

でも、運用の仕方次第では、
どんな不遇な境遇も個人の責任にされてしまう可能性もある。
法人格を認めるのと同様に、
これらの問題を縛るルールもなければ、
悪用される危険も大いにあると考える。

2012年ふりかえり

地域で事業を立ち上げようと頑張った一年。
「いい歳をした男が何をやっているんだ」と
周りから冷たい目で見られることもしばしばありました。
でも、後悔はしていません。

今年1年、関わってくれた
みなさまには本当に感謝します

2012年は反省点がありすぎて、
正直言って、ふりかえるのはつらいです・・・。
でも、こういうふりかえりは大事なので、
年初に掲げた新年の抱負に照らし合わせて、
ちゃんとふりかえります。


1月 葛飾区市民活動支援センターを退職
2月 「葛飾あるものさがしツアー」を開始
3月 「かつしか希望の若者シンポ」開催
6月 2ヶ月近く準備してきた「ものづくりカフェ」の計画を中止
7月 「葛飾散策劇場」に方向転換
9月 「葛飾散策劇場」実施
10月 2012コラボかつしかまつりへ参加
11月 「葛飾散策劇場」実施



「NPO法人を設立する」


設立できませんでした。
理由は三つあります。


〇業が定まらなかったこと

誰を対象に、どのようなサービスをやるか
定まりませんでした。
なぜなら、私が達成したいことは
「地域を元気にすること」だったからです。

高齢者の福祉サービスをやりたいとか、
環境保全の活動をやりたいとか、
子育ての人たちの場作りをしたいとか、
現場の具体的なニーズに即したものではありませんでした。


私の前職は市民活動支援センターです。
地域のNPOをサポートすることが仕事です。
ですから、課題解決を目的にするNPOの人たちを
助けるノウハウはたくさん持っていました。
でも、自分自身が地域でライフワークのようにして
かかわってきた課題はありませんでした。
*この一年間もNPOの人たちからの相談はたくさんあったのですが、
コンサルではありませんし、NPOなので全くお金にはなりません。
(もちろん、反対に協力してもらったことも多々あります。)


そのため、
最初の半年間は当事者のニーズを聞きだしながら、
事業計画を二転三転させていました。
考えている事業の話を旧知の方にするたび
「らしくないね」と言われ続けました。
それらの計画に、
いくら地域の人たちのニーズが反映されていても、
私だからこそやれるような大胆さや面白さ、
独創性がなかったのです。

半年後の9月と11月に、
私は「葛飾散策劇場」を実施しました。
(*詳細はこちらをご覧ください)
これ自体は収益を生み出すものではありませんが、
地元、演劇、取材、町歩きといった
私の強みを最大限に活かした事業になりました。
18コースに約100人が参加し、
地域でユニークなつながりがたくさんできました。



▲潺奪轡腑鵝Ε咼献腑鵑鬚Δ泙使えなかった

7月にひとりでミッションとビジョンをつくりました。
NPOを作る上で必須のものです。
でも、私はこれらを掲げて人を巻き込むことができませんでした。

人がかかわりたいと思うのは、
ミッションやビジョンに強く共感するからです。
イベントのつど紹介こそすれど、
それらを元に人にかかわってほしい、
何かを手伝ってほしいというメッセージを出せずじまいでした。

 ↓△重なったため、お願いをしていた方には
ずーっと待たせっぱなしにしてしまいました。
本当にご迷惑をおかけしました。


マネジメントの力不足

NPO法人の設立や運営の仕方をお伝えする
講座の講師をやったこともあるので、
書類を作るぐらいはわけはないと思っていたのですが、
経理は初めてで苦戦しました。
もし設立をしていたら、
さらに変な形で混乱していたことは必至です。
とりあえず、ようやっと
少しはましな実務ができるようになってきました。



「葛飾の魅力を発信し、将来的に若者が地元で働けるモデルをつくる」


達成度は20点ぐらいでしょうか。

当初事業にする予定だった葛飾版カタログギフトも、
特にニーズや販路があるわけでもなく、
年初めに相談した専門家の方から突っ込まれ、
ボロボロになりました。

それまで、私はマーケティングというものが
全くわかっていませんでした。

「葛飾あるものさがしツアー」や「散策劇場」を通じて、
魅力を発信することはできたと思います。
また少額ですが、地域にお金を落とすこともできました。

しかし、まだそれがどう地域づくりにつながるのかという
具体案は出せていません。

若干アルバイトのような形で人に手伝ってもらいましたが、
それも安定した雇用などとは口が裂けても言えません。

今後も収益化と、発見した地域資源の活用が
大きな課題になっていきます。



「家庭での役割を明確化し、家事の専門性を高める」


今回、1年間やれたことは、
家族の協力なしにはありえません。
そのつど、報告やらプレゼンやらをしてきましたが、
考え方が大きく異なる家族と
コミュニケーションをとるのは非常に難しかったです。

主夫になれる程度には、
料理の腕は上がったかなぁと思います。
ただ目標とした役割分担などをやる余裕はありませんでした。
大きな反省点です。



成果もなければ悲しいのであげておきます。


私の絶対的な強みは「演劇ワークショップ」です。
または「人が生き生きと表現するための場づくり」
と言い換えてもいいもしれません。

でも、そこに現状で、安定的なマーケットはありません。

どんなになろうとも、
強みを捨ててはいけないこと、
課題を解決するためのマーケットを
どういうふうに作るか意識しなくてはならないこと、
をこの一年で学びました。


来年は具体的な成果を出すことにこだわる年にします。
*詳しくは「新年の抱負」に書きます。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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ふっきー

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