ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

おすすめ本

自分が認知症になったら〜『認知症になった私が伝えたいこと』を読んで その1〜

ここ1年、このことをずーっと考えています。

なので、最近は人にも質問しています。

「あなたは認知症になったら、どうなると思いますか?」

 

すると、「徘徊すると思う」とか、
「好きなことしかやらないんじゃないかな」とか、
「人に厳しいかも」とかけっこう面白い答えが返ってきます。

 
 

なぜ私がそう考えているのかというと。

デイサービスの仕事で関わる認知症の方々の
生活をどう成り立たせるかを考えるとき、
自分自身のことをイメージしないと
当事者性が持ちづらいからです。
別の言葉で言うと、距離を持って
相手をサポートするためには
自分の中に必然性や理由、想いが必要だからです。



 そんなとき、よい本に出会いました。

 『認知症になった私が伝えたいこと』佐藤雅彦著


 

 

佐藤さんは45歳のとき、
仕事の会議の議事録が書けなくなったことをきっかけに、
徐々にいろいろなことができなくなり、
200510月に51歳で
アルツハイマー型認知症の診断を受けます。
そして、2006年に25年勤めた会社を退職します。

 

「はじめに」に書かれた言葉はすごく勇気をもらいます。
 

 

認知症になると、たしかに不便ですが、けっして不幸ではありません。自分がどのように生きていくかは、自分で決めて、自分でつくることができるのです。

 
 

施設入所しか道がないと考えていた
彼が悩みに悩んで気づいたのは、

「自分のマンションに戻って、一人暮らしを続けたい」
という自分の欲求でした。
そこで、三つのことを実行していきます。
 

  生活の中の自分の不自由を具体的にメモし、
自分なりにできる工夫をすること。

  散歩したり、楽しいことを見つけて出かけたりすること。

  認知症当事者の会に出ていくこと。

 

う〜ん、すごいとしか言いようがありません。
 

  は日常生活の課題を設定と対策。

  は体調管理と自分のQOL(生活の質)の向上。

  はピアカウンセリングを兼ねたネットワークの構築。

 

たとえ、認知症になったとしても、課題をクリアし、
前向きに生きていくことは可能なのです。
さらに佐藤さんはこんな言葉も紹介しています。


 

あきらめだって、ひとつの「希望」になるのです。


 

私たちはついつい自分の「できること」だけに
目を向けがちですが、
「できない」と自覚しあきらめることで、
何かを工夫したり、人とつながったりする
可能性も出てきます。
それは認知症の方ゆえの優先順位をつけていくことであり、
高度な生存戦略に他なりません。

私は佐藤さんの本を読んで、
ビジネス書を読んでいる錯覚に陥りました。
というのも、課題があって、仮説をたて、分析をし、
実行をしていくというプロセスが
同じのように感じられたからです。
認知症の当事者がここまでできるなんて。

 

自分が認知症になったとしても、
いろいろな可能性を想起させてくれる
貴重な本に出会いました。

シンプルに生きたい〜「弱くても勝てます」「家めしこそ、最高のごちそうである」読了

読書日和。

と言うのも、
本日たまたま仕事がお休みで
風邪をひいたから。

ここ数か月、ものすごい忙しさで
読みたい本はたまるのに比例して、
そして疲労もたまっていた。
そして、風邪をひくと同時に
図書館に数か月前から
予約していた本が届く不思議。




前に日経新聞の広告欄で見てから、
これは面白いのは間違いないと思い、
予約をしておいたんだっけ。

この監督の指導方法が非常にユニーク。
試合にのぞむ子どもたちに
「一生懸命投げようとするな!」とか
「甘い球を投げろ!」とか
挙句の果てには「野球をしようとするな!」とか
「これじゃまるで強いチームじゃないか!」とか
信じられないことをたくさん言う。
サインも無駄だから一切なし。
グラウンドを使った練習も週に一回だから、
主にバッティング練習しかやらない。

目標は甲子園に出ることではなく、
常連の強豪校を撃破すること。
バンドなどせずに、ひたすら強振を繰り返し、
たまたま長打が出て、
相手のピッチャーが動揺しているすきに、
大量点を積み重ね、
勝ってしまうのが唯一の戦略である。

考えに裏打ちされたシンプルさが
いかに強いかを思い知らされる一冊である。






こちらもツイッターでフォローをしている
ジャーナリスト佐々木俊尚さんの異色の料理本。
弱者や被害者の気持ちを代弁する
「マイノリティー憑依」を紹介した
『当事者の時代』などはすごく面白く、
私自身の仕事の言語化にも大いに役に立った。

今回もなぜ?と思いつつ、読み進めると、
こんな一節があった。

私は自分のジャーナリストという仕事を
「いまこの社会で起きていることの意味をとらえて、
それを概念化し言語に変換し、読者に提示すること」
という定義で捉えています。

そして、その延長線上に本書があることを指摘する。

不確実な時代だからこそ、生活だけでも構築的に。
不確実な時代に不確実な生活を送っていたら、
私たちは何も依拠できるものがなくなってしまいます。
せめてライフスタイルや、「誰とつながるのか」という
人間関係ぐらいはちゃんと構築して生きていこうというのが、
この本の私のメッセージなのです。


なるほど、食も他人につくられたものを
お金を出して食べるのでなく、
自分で主体的に選び、
つくる時代になってきたのか。
そして、ジャーナリストが自ら
実践して紹介する時代になってきたのか・・・と思う。


考え方は極めてシンプル。
最初に今日の夕飯は「カレー」にしようとか、
「ハンバーグ」にしようとかではなく、
冷蔵庫にあるものや、お店で安く
売っているものから考えていく。

【献立の組み立て方】
,泙査能蕕某材から考える 
⊆,北つけを選ぶ 
最後に調理法を決める 

【味つけ】
甘い、酸っぱい、塩味、醤油味、
味噌味、クリーム味、カレー味 

【調理法】
炒める、蒸す、煮る、焼く、
ゆでる、揚げる、あえる

この考え方に沿って、
無数のバリエーションが生まれるということが
メニューとともに紹介されていくのだ。

たまたま読んだ二つの本だが、
どちらも「シンプルさ」を大事にしている。

仕事では自分の強みを活かして道を開き、
生活では食もとりこぼさず大事にする。
そんな「シンプルな生き方」をしたい
と風邪を治しつつ思うのだ。

「被抑圧者の教育学」効果

被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)
被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4) [単行本]

あぁ、もうイヤ!と思うことが多くなった。

銀行型教育の現場に会うと、
トラウマのように「また亡霊か」と思うことが多い。



去年の12月から月に1回、スカイプを使って、
「被抑圧者の教育学」の読書会を開いている。

「被抑圧者の教育学」は、パウロ・フレイレ(1921〜1997)の著作。

「難しい本をみんなで読むのはいいよね」っていうかんじの
お手本のような会になっているのが嬉しい。


さてさて、弁護士になろうとしていたフレイレさんが、
なぜ教育に目をつけたかという点が大事。


彼は「伝える&伝わること」の大切さや、
人間誰でもが「変わること」の可能性を知っていた。
※人間誰でもってところがポイント。


一方、多くの人は、誰でもが変わることの
面倒くささや大変さを知っている。
だから、一部の人の知識や経験、考えにしぶしぶ従い、
沈黙を決め込むか、文句を言い続けるのだ。

いわゆる、詰め込み式&上意下達式の
銀行型教育とその弊害。

これは大きな政治の問題だけではなく、
身近なところでも例は多い。

家族、友人関係、仕事場、公共空間・・・。

日本だって、いまなおフレイレが言うところの
銀行型教育によって育ってきた人たちが中心なので、
それ以外のやり方を知らないまま、
続けていることが多いように思う。


だから、そういう現場に出くわすと、
オエッとなってしまう。


これからは変化が激しく、
グローバルな多様性についていかなければいけない時代。

自分自身の頭で考え、他者と対話をし、
新たな環境を築き、課題を解決する
「課題提起教育」が絶対に必要になってくる。

そんなとき、「被抑圧者の教育学」の中の言葉は
絶対に役に立つと思うのだ。
そんな想いで今読んでいる。

2012年の極私的おすすめ本

社会起業&ビジネス系の本が多くなりました。
もちろん、これ以外にも読んでいるのですが、
特に印象深かった本です。
戯曲とか演劇論とかばっかし読んでいる若者は
こういうのも読んでおいたほうがいいと思うなぁ。
とかつての自分に言ってあげたい。


「カタリバ」という授業――社会起業家と学生が生み出す “つながりづくり”の場としくみ
「カタリバ」という授業――社会起業家と学生が生み出す “つながりづくり”の場としくみ

大学生が高校生に向かって等身大の自分について話をし、
ふつうの高校生に火をつけるプロジェクト、カタリバ。
大学時代に相談してきた相手からことごとくムリ!と言われてきた
このプロジェクトを事業にしてしまった若者ふたりの記録。
日ごろから「ムリ!」「失敗するからやめろ!」
と言われ続けている私にとって、
今年一番勇気づけられた本です。


ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

とても大切な本でした。
温暖化、テクノロジーの進化、グローバル社会・・・。
今後の社会がどう変わっていくか、
それに合わせて仕事のありよう自体がどう変わっていくかを
大胆に予見した本。
せまい業界にいると、いつの間にか業界自体がなくなっていた・・・
なんてこともありうる近未来。
ひとりひとりが今いる自分の環境をイメージしながら、
考える材料として、豊富な話題を提供してくれています。
この本は節目節目に読みかえしたい。


カブーム!――100万人が熱狂したコミュニティ再生プロジェクト
カブーム!――100万人が熱狂したコミュニティ再生プロジェクト

アメリカで有名なNPOの話です。
地域の人たち自身が地域の公園をつくるお手伝いや
コーディネートをする活動をしています。
私の専門は演劇ワークショップですから、
どうすれば、演劇の持つ可能性を
事業として広げられるかという文脈で読みました。


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

クリス・アンダーソンが出した画期的な本。
フリーとは、つまり無料。
無料が単なるタダではないことを、
安全カミソリの誕生からさかのぼって証明していきます。
後半はグーグルの世界戦略まで。
知らないうちに、私たちの社会が
無料に囲まれていることを実感できます。


20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)
20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

知り合いから
「ふっきーの文章0点!これを読みなさい」と勧められた本。
フリーライターで飯を食ってきた著者が
20歳の自分に向けて伝えることを事例に、
わかりやすく文章を書くことを伝えてくれます。
終わったあとに文書を書きたくなるかんじがよいです。


年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書)
年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書)

これも「この人、面白いよ」と勧められて、
手を出したイケダハヤトさんの本。
私よりも6歳年下ですが、
挑発的なタイトルで、
次の時代の生き方のビジョンを掲示してくれています。
若者を批判ばかりしているおっちゃんたちも
「ぼくが若者だったら肉食に生きていく」とか、
「若者よ、競争社会を終わらせるな」とか、
「老後は若者を頼らず生きていく」とか、
本を出して主張すればいいのに。


芸術起業論
芸術起業論

芸術に携わる人は必見の本。
世界でなぜ日本の現代の芸術が評価されていないかを
ご自身の体験から論じています。
数々の批判を受けながら、
村上隆さんが一点突破していくまでのノンフィクション。
芸術は革命を起こすから価値があるのだ!


採用基準
採用基準

外資系コンサルの代表格、
元マッキンゼーカンパニーの人事を
担当していた伊賀泰代さんの本。
人材しか資源がない日本で、
リーダーシップのとれる
人材を育てることの大事さが書かれています。
グローバル社会で求められていることと、
日本人のイメージが食い違っていることのギャップが整理できます。
「リーダーシップを鍛えるにはNPOがいい」
なんてことも書かれています。
同感です。

立石備忘録ノート「無邪気な季節」より

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知り合いから石尾光之祐「無邪気な季節」という本を借りた。
なんと私家版30部!

作者ご本人の若い頃の体験をもとにした私小説の趣だ。


戦中から戦後にかけて、
立石、向島、熊本、種子島が舞台になっている。


正直言って申し訳ないが、
物語自体よりも立石の町や出来事、住民の心情の描写がすばらしい。
知人に返却するので、備忘録としてブログに抜粋しておこうと思う。


東京・葛飾の立石町は京成電車の立石駅を中心にして、
100米ぐらいの円周にすっぽり入るような小さな町である。
その駅を囲んだように4軒のミルクホールがある。


冒頭。ミルクホールなんて場所は見たことがないけれど、
なんとなく親近感がわく町がイメージできる。いい文章。



立石、四ツ木町にゴム屋は多い。が、このゴム会社だけが衛生部品を作っている。
民間用に『ハート美人』などの類似品、軍隊用に『突撃』を送り出している。


ゴム会社とコンドームの結びつき。
東立石に不二ラテックスがあったことも金杉忠男の「竹取物語」にのっている。




葛飾の立石町にも小さな世間の波が起こった。先年隣まちの渋江の貧民窟が評判になった。
小学校の綴方を編集した『綴方教室』が発表されて、映画化もされた。
世評が高くなるにつれて、ミルクホールの仲間たちは『綴方教室』の話をしなくなった。
はじめのうちは、身内の自慢をするように少年少女の家の近所とか、
おなじ小学校の先輩だとか喋っていた連中は、映画を観に押しかけもしたが、
ついぞそんな話を忘れてしまったそぶりになってきた。
身近な町の名を本や新聞で見つけるのは楽しいが、映画の中のそれらしい風景で、
自分たちとあまり変わらない貧乏に、自分たちも貧乏だと認識するのは愉快ではない。
渋江に対してわづかな優越感があっても、
そのわづかな紙一枚の差が紙一枚の差であるにすぎないからだろう。


ここもすごく切ない描写。
『綴方教室』は小学生の豊田正子が綴方(作文)で、
自らの貧しい家族の生活をなるべくありのままに描き、
全国的なベストセラーだ。
高峰秀子が主演で映画化もされた。
地元の人の熱狂が徐々に醒めていった様子がわかる。
当時の葛飾の地方性が表現されている。



立石のご縁日は葛飾随一をうたわれるスケールと人手を誇っている。
奥戸新橋袂の馬頭観音から延々数百米の大道橋の袂を越える
露天の電灯と幕のうねりと乗り合いバスの先導に、
提灯をふりかざした巡査が車道にまであふれた人波をはらいのけねばならない騒動である。


昔の立石を知る誰もが懐かしがる7のつく日の縁日。




葛飾区の立石町を通る京成電車の『京成立石』駅のホームの長さは40米もあったか、
その長さの分だけ、北側の家並みが5,60米も北に拡がって斜めに水道路とぶつかった一画が、
『立石新地』だった。家数は40軒かそこいら。
敗戦間際にこの一角が軍の慰安所になったと云う。
敗戦の後は日本人と黒人兵専用の私娼街に変ったと云う。しもたやを店に改造している。
もともとしもたやだから一軒一軒はだいたい似たような間数だとすぐわかる。
置いた妓の数もすぐわかる。100名程度だろう。


私娼街というのは誤りだと思うが、本人のご記憶なので、
そのままにしておく。(赤線なので、公娼街)
この本で、私は『立石新地』という言葉を知った。



焼け残ったせいか、立石の町にはやけに人が多くなった。
それも知らねえ顔ばかり。その人の流れも昔は小岩から向島へが、
こんどは西から東へだ。住まいと食い物につれて人の動きも変わった。


当時の住民の心情が伝わってくる文章。
今以上に新住民が増え、町自体のスケールが一気に広がっていったのだろう。




『新地』で心中未遂事件が発生した。事件には違いないが警察は介入していない。
例の『大統領』みたいな名の黒人兵が或る夜泥酔して彼女の店にやってきた。
彼女を抱きしめると、携帯して来た拳銃を振りまわし、『一緒に死んでほしい』旨を米語で叫んだ。


地元のおばあさんから「白と黒がドンパチやった」という話を聞いたことがる。
この話と関係があるのだろうか。
立石の人たちの話には、時々、黒人が登場する。




あぁ、すごく貴重な本だ。
年配の方、昔の記憶をこんなふうにどんどん文章を書いてください。
将来のまちづくりのヒントになります。
よろしくお願いします。

お金以外の経済はありますか?

突然ですが、吉本哲郎さんの著書から引用。
地元学をはじめよう (岩波ジュニア新書)
地元学をはじめよう (岩波ジュニア新書)



私は、三つの経済があると言っています。

1.お金の貨幣経済
2. 手伝い合う結・もやいなどの共同する経済
3. 家庭菜園で野菜をつくり、先祖に供える花を育て、
 海・山・川の幸を採取して、食べたりする自給自足の経済

です。豊かさはお金だけじゃなくて、共同と自給自足の経済の総和であったはずなのに、
いつ、お金だけが豊かさを計る尺度になってしまったのでしょうか。

(「地元学をはじめよう」吉本哲郎著 より)



ふむふむ、何度も読んでいるけど、大事な文章です。
「経済、経済」っていうけれど、
経済はお金だけではないということ。


池田内閣の所得倍増計画を引き合いに出すまでもなく、
戦後、日本は高度「経済」成長で、遮二無二お金を稼いできました。
その結果、多くの人がいろいろなものが買え、
物質的に豊かになれる時代を築きました。

が、バブル崩壊以降の20年、日本経済の停滞は甚だしく、
企業も行政も、人減らしをせざるを得ない、
大きな変革期を迎えています。

私はいわゆるロスジェネと言われる世代。
世間で同世代の若者は非正規雇用に追いやられ、
多くのワーキングプアを生み出してきました。
(個人的に損したとも、被害者だとも思っていませんが)


で、私は。

ここ数年、私にとっては収入がアップすることは
宝くじでも当たらない限り、期待できず。
(いやいや、宝くじ自体、買ったことすらないから、
道端に倒れていたおばあちゃんを助けたら、
お礼に大金をくれるとかの方が可能性がある。)


そこで、共同と自給自足の経済を充実することを模索してきました。

2 → 地域でいろいろな課題解決に向けて活動している
    葛飾の様々なNPOに詳しくなった。

3 →「おばあちゃんの庭調査団」で
   庭に生えている、食べられる植物を調べた。



そりゃ、日本国民が努力したらした分だけ、
お金がゆきわたれば、問題ありませんが、
少子高齢化とグローバル化で
大幅な経済成長など臨むことができない今、
そんなことはできっこありません。


であるならば、2と3を地域で地道に増やしていきましょうというのが、
私の考えです。
(その間に奇跡的に経済成長してしまえるのならば、
それに越したことはありません。)


そこで、宣伝。

センターのミニ交流会に出ませんか?


12/5(月)、16(金)「お出かけミニ交流会〜地域活動支援センターなぎ・もっく編」

今回は地域で精神障害者の自立支援の活動をしている
地域活動支援センターなぎさんともっくさんを訪れて行います。

人は出会うことで無限の可能性が生まれます。

どちらも200円のお金がかかりますが、
なぎやもっくの面白いスタッフの方々と出会うことができます。

なぎは青戸、もっくは水戸街道沿いの四つ木にあります。

ご近所の方はぜひいらしてくださいませ。
地域で頑張っている知り合いが一気に増えますよ〜。



※二度続けて、このパターンだ(笑)

日本人の仕事観に対する大きな疑問〜『仕事と日本人』を読む〜

仕事と日本人 (ちくま新書)
仕事と日本人 (ちくま新書)


最近、私の行動や活動の背景に
現在の日本人の仕事観に対する
大きな疑問があるということがわかってきました。

前にも書きましたが、
私の両親は婦人服の仕立て屋をやってきました。
下町の小さな小さな下請け工場。
私は子どもの頃から
父に「お前には継がせたくない」と言われ続け、
私も服をつくろうとは微塵も思いませんでした。
そして、「サラリーマンは楽でいい」という
つぶやきを聞いて育ちました。

背景には、自らの腕を頼りに発注先と交渉、
厳しい納期を守りながら、
工場を切り盛りしていく大変さがあったことでしょう。


さて一方、私の伯父は製薬会社に勤めるサラリーマン。
朝早く出て、夜遅く帰ってくる営業職。
お酒と煙草が大好き。
(私の酒場好きは、小さい頃、浅草・立石の飲み屋に
連れて行ってくれた伯父の影響があるやも・・・)

でも、過剰に飲まざるを得なかったお酒と煙草は
ハードでストレスが多い仕事の裏返しだったのでしょうか。
2005年に62歳の若さで末期の咽頭癌で亡くなりました。


中学受験の面接の練習で将来の夢を聞かれ、
「伯父の製薬会社」を挙げたとき、
「あ、嘘ついているな」と思ったことを覚えています。


幸せな働き方ってなんだろう?
そもそも、働くってなんだろう?


根本的な疑問が解決しないまま残り、
私はフリーターをやったり、ヘルパーの資格をとったりしながら、
演劇を続け、NPOの中間支援の組織に足を踏み入れています。
収入は多くありません。
上の世代は、それを「甘えだ」とか「余裕があるからだ」とか言います。


では、現在、若者のニート・ひきこもり・不登校などの問題は
若者の耐性を育てることで解決するのでしょうか。

私は現在の仕事のいびつさが
ありとあらゆる若者の問題につながっていると確信しています。
また30代、40代の鬱の問題、引退したシニアのひきこもり、
現役世代の高い自殺率は無縁ではないのではないでしょうか。
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「働き方革命」を読んだので、働き方を変えてみる

働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)



一気に読んでしまった。


アメリカまで研修に行った駒崎氏は、
自分の理想的だと思われる働き方を語った後、、
講師に「やってみればよい」と言われ、次のように言い訳をする。

「僕はいつも忙しいんですよ。組織がまだ若くて、ベンチャーみたいなんです。
僕が何でもしないといけないんです。」

私は駒崎さんのように経営者ではないし、
立場もやっていることも全然違うけど、「忙しい」点では一緒だ。
周りの人からも人一倍「忙しい」と見られている。

そこで、講師は駒崎氏に、次のようなアドバイスをした。

「今、あなたはあなた自身に『常に忙しい人』というイメージを与えています。
だから、そのイメージに反するような行動をすることを、
無意識のうちに嫌がっているのです。」

あ、これも私にもあてはまるかもしれないと思った。
いつだったか、人から「暇になるのを恐れているのではないか」と言われて、
「そんなことはない」と即答した。
でも、「忙しい自分」というのは必ずしも嫌いではなかった。
抜け出そうという自発的な意思がない限り、抜け出せないのは明白だ。


それ以降では、駒崎氏が働き方をどう変えていったかという実例が示される。

まずは「どんなふうに働きたいか」というビジョンをつくる。

駒崎氏の場合は、アメリカの田舎町のジョンセンおじさんだった。
農家のジョンセンさんは、中学生の先生になることが夢で、
夜は資格をとる勉強をしている。
また地域の貧しい子どもたちの学校までの送り迎えもやっている。
そして、家族との生活も大事にしている。
確かに、こんなふうに働きたい・・・と思える人生。


私が育ってきた環境では、身近によいと思えるモデルはなかった。

父親は自営業。
でも、下町の下請け工場で「お前には継がせたくない」「大変だ」とこぼしていた。
納期が間に合わないときは、両親で深夜も働いていた。

伯父は製薬会社の営業職。
夜はお酒のお付き合いが頻繁で、仕事をリタイヤすると同時に
がんで亡くなった。

いまの自分自身が
人様の働き方のモデルになりえているとは到底思えない。
収入面は言わずもがな。
仕事自体は楽しいが、
残業・休日返上の働き方は「ひどい」と言われても仕方がないレベルにある。
でも、しっかりとビジョンを描いて、近づく努力をしなければ、
絶対に抜け出せないと確信した。


次に、駒崎氏が職場での働き方を具体的に変えていった方法が明示される。

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ないものねだりとあるものさがし

小学生の頃、
建てたい家の見取り図を描いたことがありました。


3階建て。屋上つき。

1階には吹き抜けの共有スペースがあって。

子ども部屋はひたすら広くて、ふかふかのベットがあって。

庭は洗練された庭木とちょっとした池があって。

ペットの犬が自由に走り回れるような芝生も・・・。

ここにはきちんと客間があって・・・。

子どもなりに現実的なところも押さえながらも、
夢をまぶしていきました。


父親は大喜びで「息子がこんな夢を持っているんですよ」と
親戚に話をしていたのを思い出します。

この家の見取り図は、
住んでいた実家に対する不満を抑えきれずに、
ある日、突然描いてしまったものでした。


ずばり、ないものねだり。

コンプレックスの塊のような私は毎日不満だらけ。
人が持っているものはほしい一方、
自分の容姿や性格も含めて、
自らの持ち物には不満だらけ。
だから、貪欲にないものに憧れ、貪欲に得ていく。
でも、満たされない。
ないものねだりは「ない」ものをさがすので、
尽きることがありません。


紆余曲折を経たいまは身近にあるものがとても好き。

ひとつひとつの持ちもの。
家族。家。友人。職場。地域。日本。

ここ数年で知ったのは、
ひとつひとつのものをきちんと知ることの大事さでした。
それは水俣で自分の家族や地域を大切にしている人たちと
沢山出会ったことと無縁ではないでしょう。


私はすでに沢山のものを持っていました。


地元学の大家結城登美男さんは
「遠隔対象性からの脱却をはかれ」と言っています。

「遠隔対象性」とは心理学の概念で、
人間は身近にあるものよりも遠く隔たってあるものを
価値の対象に求めてしまうという心性を持っているそうです。


私も自分の身近のあるものを、
誰よりも詳しく知りたい、
そしてきちんと説明できるようになりたいと
思うようになりました。

とはいってもまだ渦中。
知らないことだらけです。
日々勉強です!

地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける (シリーズ地域の再生)
地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける (シリーズ地域の再生)

「NPO」についてわかりやすく!〜池上彰さんの本に手を出したのが運のつき

ニュースの読み方使い方 (新潮文庫)
ニュースの読み方使い方 (新潮文庫)



ふとした出会いが人生を変えてしまうように、
池上彰さんの本に手を出してしまったのが運のつきでした。

私がふだん買わないようなかんじの本ですが、
手をのばしたら意外や意外、わかりやすくて面白い。

池上さんが「NHK週刊こどもニュース」時代に
どうやって難しいニュースを
わかりやすく取り上げていたかが書かれています。

その数日後に講師を頼まれていたのが、
足立区であった職業訓練の『社会的事業者の可能性』という講義。
葛飾区市民活動支援センター
「NPO法人入門・設立講座」を担当しているのが縁で、
NPOについての話をする予定になっていました。

忙しいこともあって、
すでにできているレジメを修正する
程度にしようと思っていたのですが、
この本を見てから、
「これは池上彰さんの私への挑戦状に違いない。
NPOについて徹底的にわかりやすく説明したい」という
チャレンジ精神がメラメラとわいてきました。


そこで前日。休日返上で勉強と資料づくり。



まずは、タイトルになっている「社会的事業者」とは何か?


池上さんいわく
「『要するに、どういうことか』と常に自分に問いかけをしていると、
漠然とわかった気になっていたニュースについて、自分がいかに知らないか、
あるいは、実に浅い理解しかしていなかったかがわかってきます。」


タイトルを説明できない講義なんて話になりません。
広辞苑で調べてみると、載っていませんでした。
次にPCで検索をかけてみました。、
厚生労働省が職業訓練向けに作った言葉であることが判明しました。

「今日私たちが直面する課題をビジネスの手法を用いて解決する事業のこと」

とNPO法人パートナーシップサポートセンターのHPに書いてありました。
ふむふむ。ここ自体は社会起業と同じ。
この説明がわかりやすいので採用しました。


では、次なる疑問がわいてきます。


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