2012年11月

もう2週間も前の話し・・・

大津北中



みなさん、ツイッターばかりでブログを中々書けずすみません。

今月11日、あの震災から1年8ヶ月経ったその日に僕は熊本に居ました。

もう、すでに山口くんのブログでご存知だとは思いますが・・・

熊本のとある中学校からオファーがあり、山口くんと2人で中学生や親に相馬市の現状を伝えに行った。

このブログを今頃になって書くのは、忙しかったからだけではなく、あまりにも多くのモノを中学生から受け取り自分の心の中で、未だに整理がつかないでいるからなのです。

自分が中学生の時に、何百キロも離れた何の縁も所縁もない場所で起きた出来事を自分の事のように考えられただろうか?と振り返ってみると「かわいそう・・・気の毒・・・」とは思うけど自分が、その苦しんでいる人々に何か出来ないだろうか?と考え行動する事は全くなかった。

実は、この手のオファーは、何度か受けていた。

しかし、今までは全て断ってきた。

なのに何故、この学校のオファーを受けたかと言うと、熊本と言えば「水俣病」

自分は小学生で水俣病を知った、それから何十年も知っていたにも関わらず何もしなかった。

何度か街頭で水俣病に関する署名運動や募金活動などに遭遇しても無視していた自分がいた。

今、自分自身が被災者となった時に、今までの自分が取って来た行動を悔いたし情けなかった。

自分が、その立場に立たなければ気付けない事は沢山あるものだけど・・・人として今まで取ってきた自分の行動がなんて愚かだったのだろうと・・・

だから、せめて熊本の中学生に対し自分が出来ることは何でもしようと決めた。

最近ありがたい事に、ものすごく忙しい日々を過ごさせて頂いている。

10日も12日もスケジュールが入っていて、ほぼとんぼ返りでの熊本訪問。

しかし、そこで自分が体験した事は涙が出るほどの感動だった。

仙台空港から熊本へは直行便が出ていない・・・

大阪で乗り換えて阿蘇熊本空港へと・・・空港では先生が「森田文彦様」のプレートを持って迎えに来てくれていた。

えっえ~!!!

先生が迎えに来てくれるなんて!!!!

そして、10分ほどで学校へ着くなりイベントの開催される体育館へ行ったら大きな貼り絵がステージ上に飾られていた!!!(写真)

満月と相馬野馬追いを描いた、その絵には「MY LIFE IS MY MESSAGE」のロゴまで記されていた。

校舎を歩いていると出逢う生徒すべてが「こんにちは」と挨拶してくれる。

俺は、それだけで涙が出そうになったのだが、控え室へ行ったら・・・なんと生徒が自ら作った熊本名産のからしいもで作ったお汁やおにぎり・・・etcが運ばれてきた。

何だよ!!!何だよ!!!この中学生たち・・・こんな、しょ~もない大人に、ここまでしてくれるなんて・・・なんだよ。

もう、感動を通り越して脳みそが混乱してしまった!!!

それに、体育館に貼られた壁新聞を読んでいたら、これが本当に中学生の考えなのかと驚く!!!

この中学校の近隣では数ヶ月前に大規模な洪水に襲われた。

空港から学校へ行く途中に、その氾濫した川を見せて頂いたが生徒の中にも、この洪水で大変な想いをした子もいると聞いた。

他人の痛みを自分の事のように感じる環境は、この学校には揃っているように感じた。

このような子供たちが将来の日本を引っ張って行ってくれる事に安堵した。

最近とても感じる事は、被災地支援から被災者支援にシフトしなければと感じる。

「1人でも多くの人に喜びを感じてもらいたい」と思ってイベントなどを行なってきたけれど、それぞれの方々が事情の違う苦しみを持って生活している。

詳しくは書かないけれど、けして平和とは言えない街で3.11以降さまざまな出来事が身の周りで起こり、それぞれの人々が、じっと耐え忍んで今日まで来ている現状がある。

自分自身もPTSDだと感じる事がある。

生徒会長のKくんとmailのやり取りをしていた時に「俺に、何を聞きたい?何を知りたい?」とのmailでKくんは「相馬の中学生は、今どんな生活をしていて、今なにが必要なのか?を知りたい」と返信がきた。

そして、苦しんでいる同じ歳の子供たちに自分たちが出来る事が何かないかを模索していた。

このブログを読んで頂いている方。

自分が中学生の時に、こんなふうに他人を思いやる心を持ってましたか?

僕は、持っていなかった。

僕は、阪神大震災の時に1度だけ募金をしただけ。
宮城や新潟の地震の時など、募金すらしなかった。

自分が、今このような立場になって多くの方々から手を差し伸べられて過去の自分を恥じる日々なのです。

それに比べて、この中学生は素晴らしい。

そして、先生をはじめ子供たちを取り囲む環境が、このような考えを子供たちに与えたのだと感じた。

12月に相馬市で子供たちのイベントを開催する。

何から何まで、大人がお膳立てをして子供たちに楽しんでもらう。

小学生が中心なので仕方がないとは思う。

でも、何かを子供たちが感じ将来の目標を持ってもらいたいと願いながら僕たちは取り組んでいる。

そもそもこのイベントを開催する事が出来るのは、ミュージシャンでありながらもネクタイを締めてスーツを着て生まれて初めて「名刺」を作り、スポンサーになって頂ける福岡の大企業「新日本製薬」さんの幹部の方に頭を下げに行ってくれた山口洋と渡辺圭一の2人のおかげなのです。

そして、私たちの為にお金を出してくれた「新日本製薬」さんにも心から感謝しています。

すべてが福岡や熊本の九州の方々が支えてくれている。

その事は、けして忘れてはいけないと思う。

被災者だからと甘える事も、やめよう。

今回、熊本の中学生と会って話しをして「彼らも傷ついている」という事が、痛いほど分かった。

ちょっと文章が支離滅裂になっているのは、未だ考えが纏まらないのです。

イベントが終わり、小さな部屋で生徒会の生徒とお菓子とジュースで打ち上げをした。

みんなの夢は?と聞いた時に彼らは、すぐその夢を大きな声で教えてくれた。

そして「校歌が聴きたい」とリクエストしたら、誰もが恥ずかしがらず大きな声で歌ってくれた。

猛烈に感動した。

自分の中学時代と比べると穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。

彼らを相馬の子供たちに会わせたい・・・俺も山口も同じ考えだった。

中学生と別れ2人で熊本空港で馬刺しを食べながら話をした。

「日本人は、まだまだ捨てたもんじゃない」と2人はアルコールも飲まず話あった。

何よりも美味しい珈琲の味がした。

そして改めて「満月の夕」という歌の力を知った・・・

happy!!!

ごーくん


3日に開催させて頂きました「LIVE IN SOMA CITY VOL.2」は、大歓声そして、誰ともなくおきたスタンディングオベーションで幕を閉じました。

本当に、ありがとうございます。

僕の親友も天国で喜んでいたと思います。

生意気な事を書くと、今のこの街には「夢」や「希望」を持てない大人たちが沢山います。

それは、子供たちにも連鎖してしまいます。

写真の青年が、僕の友人です。

彼は、どんな事があっても「夢」をあきらめない男でした。

俺も、彼には負けられないと思ってます。

震災や原発事故を理由に「夢」や「希望」を持てない大人から脱却しようと思い始めました。

そして、今回「LIVE IN SOMA CITY VOL.2」は、僕の夢が現実のものとなりました。

その「夢」を叶えてくれた、CHABOさん、山口くん、恵美さん、そして多くのスタッフに心から感謝しております。

また、遠方から来て頂いた皆さま、必死でお金を捻出してチケットを買って来て下さった方・・・etc
本当に、ありがとうございました。

CHABOさんの「人」としての素晴らしさ。「男」としての振る舞い。「ミュージシャン」としての取り組む姿勢・・・etc

全てが、今の自分の心に変化を齎して下さいました。

あのアンコールでの山口くんの表情を見ましたか?

ギター少年のようなイキイキとした笑顔を・・・

「幸せ」ってものは、自分が努力して掴めるようなモノでは無いと思ってます。

「幸せ」は他人が自分に齎してくれるモノだと思っています。

その為には、自分が幸せと感じられる心を持つ事。

そして他人を大切にする努力だと思います。

今回のLIVEは、それを具現化したものだと思います。

少なくとも僕は「幸せ」でした。

その「幸せ」は、CHABOさん山口くん、スタッフのみなさん、そして何よりも、あれだけ楽しそうに盛り上がって下さったオーディエンスの方々全員から頂ました。

これだけ多くの「温かい心」に触れて「幸せ」を感じない訳がないですよね?

本当に、感謝しております。

ありがとうございました。

さて、今度は12月23日の相馬市内の子供たちへのX’masイベントです。

この模様は、ネット配信が決定いたしました。

バカな大人たちが真剣に子供たちの為に頑張る姿を、是非見てやって下さい。

詳細は、決定しだいお伝えします。

それでは、みなさん「幸せ」になりましょう!!!

想い・・・

LIVE


いよいよ明日
CHABOさんと山口くんが同じステージに立つ!!!

それも「101」で・・・

僕にとって、とてもとても考え深い1日になる。

僕は、復興とかの前に自分の1つの想いが実現される日なのです。

もう7~8年前の話なのですが、僕を慕って、いつもLIVEや飲みに行っていた弟のような青年が居ました。

ちょうど、その時期は僕が事業に失敗し相馬へ戻って途方に暮れていた時です。

彼は、そんな僕の事を気遣い仕事が終わる8時くらいになるとお店に来てくれました。

「ちょっと飲みに行きましょうよ」と彼はいつも笑顔で僕を誘ってくれました。

そして、彼といろんな話を沢山しました。

音楽の事や仕事の事そして彼女の事・・・etc

彼は、語学が堪能でカナダで建材などを仕入れて日本に輸入し格安のオーダーメイド住宅を建てるという仕事をしていました。

彼の夢は、壮大でした。

誰でも、自分が夢見た家を気軽に建てられるホーム・メーカーを作る・・・といつも言ってました。

僕は、彼なら可能だと思ってみてました。

彼の話は、いつも具体的な数字の上での話しだったからです。

そして彼には、物凄い「気」を感じました。

あの、どん底を救ってくれた一人は、間違いなく彼です。

その彼が、一番大好きだった曲が「麗蘭」の名盤中の名盤1stアルバム「麗蘭」に収録されている「アメリカンフットボール」という曲なのです。

僕が、震災後、津波でコレクションのCDが全て流され1番最初に買ったCDが、この「麗蘭」です。

僕と彼の想い出がつまったアルバムなのです。

その彼は、7年前に自動車事故で亡くなりました。

亡くなった、その日の夜は仙台で「近藤房之助」さんのLIVEを2人で観に行く約束をしていたのでした。

「アメリカンフットボール」を聴くと彼の無邪気な笑顔を今でも想い出します。

そして今、改めて聴くと正に今の日本人を歌っているのです。

彼が亡くなる数ヶ月まえに福島市でCHABOさんのLIVEを一緒に観に行きました。

CHABOさんと3人で、アメリカンフットボールの話で盛り上がった事を想い出します。

明日、その「アメリカンフットボール」をCHABOさんがパフォーマンスしてくれるかどうかは分かりません。

でも、念願のCHABOさんの相馬でのLIVEは、きっと彼も天国で心踊っていると思います。

明日は、そんな彼と一緒に楽しみたいと思います。

なので「LIVE IN SOMA CITY VOL.2」ですが、明日は僕が一番楽しませて頂きます。

すみませんが、僕の我がままをお許し下さい。

明日は、CHABOさんも山口くんも本気でパフォーマンスします・・・全力で。

「音楽」で何が出来るのか?その答えを導き出すために2人は真剣勝負してくれる事でしょう。

明日は、忙しい中を全国から相馬に来て下さる方々。

そして、なけなしのお金を叩いてチケットを購入してくれて来場してくれる地元の方・・・etc

会場は超満員です。狭い会場なのでギュウギュウ詰めで窮屈かも知れません。

でも、出演者もスタッフも精一杯おもてなしを致します。

不行き届きの点は多々あると思いますが、どうかお許し下さい。

それでは、遠方から、おいで下さる方、くれぐれもお気をつけて起し下さい。

みんなで盛り上がりましょう!!!














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