2013年03月

大宮エリー

大宮エリー思いを伝えること展


最近、友達になった女性がいる。

「大宮エリー」ちゅ~女の子。

まわりの人に聞くと有名な子らしい?

僕が知ったのは昨年のアラバキでメイド服でバックステージをウロウロしていた彼女を見て「あの子ダレ?」と聞いた時に「大宮エリーだよ!知らないの?」と教えられて名前だけは覚えていた。

だからエリーが何をやっているのかもよく知らない。

エリーを紹介してくれたのは「アラバキ・ロックフェス」の名プロデューサー。

エリーは「思いを伝えるということ展」ちゅ~なんだかイマイチよく分からないタイトルの個展を今月30日から仙台のメディアテークで開くと言う。

エリーから話を聞くと、この個展「渋谷で12,000名」「京都・札幌で8,000名」が来場したらしい。

そして来場者から「こういう個展こそ東北でやってほしい」と福島や宮城の方から直筆の手紙を頂き「やるしかない」と決意したそうだ。

自分も、いろんな事をやっているので下世話な話。内容を聞いて相当なお金が掛かるはず。

エリーは、おそらく想像ではあるけれど、かなりの身銭を切る覚悟で挑んでいるのだと分かる。

だから、僕も微力ながら宣伝をさせてもらいます。

って言うか。

エリーから頂いた「思いを伝えるということ」という本を読んで、この個展こそ皆さんに体験して欲しいと思ったからなのだ。

彼女のピュアな心が形になった個展。

それは「こころ」が喜ぶエッセンスがふんだんに詰まった内容なのです。

実際に、僕がお世話になっている方で最愛の旦那さんを亡くされた方がいるのですが、物凄く仲の良いご夫婦でした。3年前に旦那さんを癌で亡くされたのです。

いつも一緒に居るのに手も握らないし「愛してる」も「好き」とも言ってくれなかった旦那さん。

奥さんが「たまには好きとか愛してるとか言って下さいよ」と言った時に「そんな言葉は死ぬ前に言う言葉だ」と言って一切言ってくれなかったそうです。

その旦那さんが意識も無くなった状態で突然「〇〇愛してるよ。ありがとう」と言ってくれたのだと・・・そして翌日なくなられた。

本当に最後の最後に「愛している」と言ってくれたそうです。

その方は70歳で、いつも明るく笑顔を絶やさない素的な女性なのですが、エリーの本を僕は何故か、その方に読んで欲しくてお貸ししたのですそして返してもらった時に、初めて今の話を聞きました。今まで旦那さんの話は一切しない方だったのですが。

旦那さんが亡くなってから、泣けないのよ、とも言ってました。

「この個展は、必ず行くわ」とも言ってくれました。

エリーの本を僕も読んで心に、ホッコリするものを感じたんです。

震災後とても感じる事なのですが・・・

有名・無名・職業・性別・国籍・地域・・・etc

そんな事は関係なく、よく分からないのだけれど「こころ」で繋がっている人々が震災を期に、まるで磁石に砂鉄がひき付かれるように集って来ているように感じるのです?

エリーも、話をして行くうちに同じ匂いがする人間のように思ったのです。

まぁ~そんな事は、ど~でも良いので。

とにかく初の東北での「大宮エリーの個展」

<大宮エリーの思いを伝えるということ展in仙台>

開催日時
3月30日(土曜日)~4月9日(火曜日)
10:00~19:00

会場
せんだいメディアテーク6階 ギャラリーb

入場料
500円ポッキリ!!!(未就学児入場無料)

騙されたと思って是非、観に行ってください。

もしよかったら感想を、コメントやツイッターに書いてもらえると嬉しいっす。

大宮エリー
ただものではありませんよ。

ありがとう。 EMI MUSIC JAPAN

EMI MUSIC


今月で歴史あるレコード会社が無くなってしまう。

THE BEATLESをこの世に送り出し、日本では、あのロックバンドBOOWYの伝説を作った。

僕は、今までお店に車が突っ込んで店内で亡くなられたり、洪水で商品を流されたり、今回の津波で商品が流されたりと数々の事故を経験させて貰ったが、その都度この会社には、お世話になった。

会社が頻拍し支払いが出来ない時も「待って頂けませんか」と頭を下げに行ったとき「頑張りなさい」と支払いを延ばしてくれた時もあった。

どれほど、お世話になった事だろう。

その「EMI MUSIC JAPAN」が今月で無くなってしまう。

本当に、悲しいし業界の厳しい現実を突きつけられた気がする。

もともとは東芝と英国EMIとの合弁会社「東芝EMI」という会社だった。

2006年に東芝が全株式をEMIグループに売却して「EMI MUSIC JAPAN」となった。

東芝は、採算があわない音楽事業から撤退したのだ。

原発は儲かるが音楽は儲からないから手を引いたって思ってしまう。

ついRCの発禁問題を想い出す。

でも、東芝EMI時代から社員の方も所属しているアーティストも僕は好きだった。

本当に、心あるレコード・メーカーだった。

契約解除の書類を郵送した時に、あれだけお世話になったのに何一つ恩返しが出来なかった自分が情けなく感じた。

改めて自分の小ささを感じてしまう。

ここまで「モリタミュージック」が成長してこれたのも、辛い時に手を差し伸べてくれたメーカーさんのおかげなのに・・・

悔しい気持ちでいっぱいです。

EMI MUSIC JAPANは4月1日に買収したユニバーサル・ミュージックに統合される。

1レーベルになるのだろうか?

これからの事は分からないけれど・・・

共に歩んで来た仲間が、また1つ去って行くことに何とも言えぬ不安と寂しさと感謝の気持ちが入り混じる。

ありがとうEMI

感謝しております。

親愛なるCHABOさんへ



辛いことも沢山ありました。

泣きたくなりそうになった事もありました。

でも、それ以上に喜びを感じたり幸せを噛締められる事が多くなりました。

人間は人間によって「幸せ」を齎してくれる事も知りました。

CHABOさん
ありがとうございます。

「僕は、今まで何もしてない」と何度もおっしゃってたけれど。

僕は、ずっとCHABOさんのブルースで元気をもらい、CHABOさんからの手紙で勇気を頂きました。

そして昨年の11月に行なって頂いた「LIVE IN SOMA CITY VOLⅡ」で相馬の音楽を愛する人達にPOWERを与えて下さいました。

17日のSOLO LIVEのCHABOさんのパフォーマンス。

僕たちと向き合い真剣にメッセージを伝えて頂いたサイコーの時間。

僕は一生忘れません。

僕だけではないでしょう、あの空間に居た「山口洋」はじめ全ての人の心にずっと残って行くと思います。

改めて「ありがとうございます」

僕はCHABOさんと出逢えて本当に幸せです。

What a Wonderful World



3月16日
僕は、1週間のコンサート現場での仕事を終えて相馬へと戻った。

それは、とても大切な方が相馬で待ってくれているから・・・

11月以来の再会。

身体はクタクタなのだけれど、ワクワクしながら相馬へと車を走らせた。

僕が、この方と出逢わなければ人生は変わっていたと思う人が8人いる。

その8人の中の1人が「仲井戸”CHABO”麗市」さんだ。

それはミュージシャンとしてだけではなく「1人の人間として、こうありたい」と思える方。

目標である。

多くの方が「LOVE&PEACE」と口では言うもののハートには響いてこない。

CHABOさんは、LIVEではもちろんだがOFFの時も「愛」を感じる方なのだ。

常に感謝の気持ちを忘れずに行動している方。

自分の小ささをCHABOさんと逢うたびに感じてしまう。

ツアーで疲れているにも関わらず、僕と食事をしようと誘って下さった。

嬉しかった。

食事をしている時に「山口洋」の話題ばかりだった。

今回のツアーは山口のスピリットを受けて回ったと・・・

山口を友達と呼べる事が自慢だよ。

とまで言ってくれた。

自分の友を褒められると嬉しいものだ。

CHABOさんが「相馬だから、ひょっとして会場に入ったら山口が出迎えてくれるなんて想像もしてたんだ」と・・・

そこで、山口に電話をした。

そうとう飲んでいるような山口が電話でも分かる。

CHABOさんとかわった。

ここでは書かないがCHABOさんの愛ある言葉の数々・・・

そして「また一緒に弾きたいよ」・・・と。

その数時間後に山口が相馬へギターを持って現われるとは、電話をする前の時点では誰も想像できなかった。

17日
この日の事は、あの場に居た人達全員が一生忘れない時間だったと思います。

初めてロックのLIVEを観た70歳の知り合いの女性から翌日、感謝の言葉を頂いた。

「死ぬ前に、あんなに素晴らしい音楽がある事を知れて良かった」・・・と。

3時間45分は、あっという間に過ぎたように感じた。

あの場にいた1人ひとり、個々に悩みや悲しみを持っているはず?

でも、あの時間だけはこころの底から楽しめたのではないでしょうか?

何より僕が一番の喜びを感じていました。

震災があり辛い事もありました・・・悲しい別れもたくさん経験しました。

でも、一方でたくさんのギフトも頂きました。

震災がなければこのLIVEはなかったと思います。

震災がなければCHABOさんと山口くんが相馬でセッションするなどなかったでしょう?

震災で心にダメージを負わなければ、この感動はなかったかも知れません。

さまざまな事が、今回の奇跡を呼び込んだのだと思います。

また、いつか・・・と願いながら、日常に戻って仕事をしている自分がいます。

CHABOさん、スタッフのみなさん・・・ありがとうございます。

また、お逢いできる日を楽しみにしております。

CHABOさんと山口くんは終演後に疲れも見せず「そうまかえる新聞」の取材に応じて下さいました。

次号に掲載させて頂く予定です。

ぜひ、おたのしみに・・・

2 Years

まだ2年?
もう2年?

そして実感がない...

この2年で、様々な事が変わった。

「復興」という言葉は、何を持って使われるのか分からないが?

港に行ってみれば多くのクレーンやサルベージ船が天高く聳え立っている。

瓦礫も撤去され瓦礫を焼却する施設も稼動をはじめた。

ここにきて「PM2.5」とやらの大気汚染問題も突如勃発した?!

原発は収束とは程遠い状況だと思っているし・・・etc

一度、この世の中に出てしまった放射性物質は半減期2万年以上と言われるプルトニュウムをはじめ無毒化するまで桁違いの時間が掛かる。

この先、子供たちにどんな影響を及ぼすのか皆目見当が付かない?

そんなマイナスの事を考え続ければ暗くなってしまう。

はたして、これで終わるのかと・・・???

これからが本格的な恐怖が訪れるのではないかと・・・?!

国の動きを見ていると冷や汗が出る。

全てが、先送りの政策に隠蔽や嘘のあるまじき実態。

震災後に一番ショックだった事は「僕の愛する日本という国は、こんな国だったの?!」と感じた事。

政治家や役人や一流企業の方々が、ここまで酷いとは思わなかった。

100歩譲って原発が爆発したのは仕方がないとして、その後の対応があまり酷かった。

SPEEDIをアメリカには公表して日本国民には公開せず、アメリカは避難支持を80キロと発表しているのに日本政府は「ただちに人体に影響はない」と曖昧な発表を繰り返す。

僕たちは、完全に国に見離されたと今でも思っている。

あれから2年が経ち、本気で高線量地域に戻そうとしている国の対応???

「早く戻れば賠償金を上乗せする」と言ったまともな対応とは思えない事を平気で行なっている。

「除染」をすれば戻れるかのように報道するマスコミ・・・etc

一方でセシウム134が半減期をむかえ線量が下がっては来るけれどセシウム137は半減期が30年、他にも半減期が何万年何十万年といわれる核種が飛散している事実は否定できないのです。

そして、せっかく震災や津波で助かった命なのに自ら絶つ方も多くなっている気がします。

つい先日も、子供の頃から知っている20代の女の子が亡くなりました。

辛いです。将来に不安を抱えながら、この地で生活してると時にいろんな事を考えてしまうのです。

それでなくても震災のあの恐怖を体験したのですから・・・

また、同じような自然災害が起こり、同じような出来事が繰り返されない事を心から願うばかりです。

さて「負」の話は、この辺でやめときます。

震災をきっかけに、沢山の方々と出逢う事ができました。

そして、多くの友人ができました。

このブログを読んでくれている全国の方々と知り合う事も出来ました。

津波ですべてを失ったときに、これから自分はど~して良いのか分かりませんでした。

「音楽」が、こんなにも無力だと思ってもみなかった。

あの時の感情は今でも心の奥にしまってあります。

でも、今こうして自分が生活できているのは「音楽」のおかげなのです。

結局、そんな僕を救ってくれたのは、音楽を愛する仲間たちだったのです。

2年が経ち、一番感じるのは「この仕事をやっていて良かった」「音楽に関わっていて良かった」と音楽に、そして音楽に携わっている多くの友人に感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、震災後にできた多くの友人。

それこそ、お金では買えない人間生きて行く中で一番大切な存在を、この震災で僕に齎して下さいました。

震災がなかったら「藤沢」「金沢」「京都」「福岡」「熊本」・・・etcなどに行く事はなかったでしょう?

そこで出逢えた多くの友人は、震災で失ったモノより遥かに大きな宝物だと思っています。

想い出も大事でしょうが、これからの事はもっと大切。

それを実感した2年でもあります。

Food&Bar101のオーナー塩沼さんとよく話しをします。
「わざわざ相馬へ来てくれたすべての人たちの所へいつか逢いに行きたいですよね」と・・・

いつも、そんな気持ちです。

これほどまでに、私たちに救いの手を差し伸べてくれた皆さまに感謝しか出来ない自分です。

改めまして「ありがとうございます」

そして、私たちも自分たちの力で前に進んで行かねばなりません。

もう2年です。

いつまでも、甘えている訳には行きません。

これは、あくまでも個人的な事ですが・・・

震災に遭わなくても大変な想いをしている方は全国に沢山いらっしゃいます。

私たちは働く事が出来ます。

私たちは知恵を出し行動して行かなければ、この先に待ち受けている困難にも立ち向かう事が出来なくなると思います。

自分も含め多くの方がPTSDなどで睡眠障害などの身体的な症状も出てきてますが、それも乗り越えて行かなければならないと思っています。

でも、これからも全国の皆さまと築いた「縁」は、何よりも大切にして行きたいと思っています。

どうか、今後とも宜しくお願い致します。

みなさまとの再会を楽しみに・・・

ありがとうございます。

心より感謝いたしております。

福島県相馬市 森田文彦





最新コメント
プロフィール

moritamusic

  • ライブドアブログ