震災から、間もなく3年が経とうとしております。

震災後1年は、電車も通らない不便な所に沢山の芸能人はじめ有名人が「支援」という形で来て下さいました。

それはそれは毎日のように・・・

でも1年経ち2年が過ぎ報道も徐々に少なくなるにつれその数は激減して行きました。

私たちも、震災後に比べ生活もずいぶんと震災前に近づきつつあります。

でも、将来の事を考えると一気に暗い気持ちになったりします。

また放射能や原発の不確定な情報にビビりながら、時には眠れぬ夜を送ったりもします。

自分のような50歳を過ぎたオヤジでも、そうなのですから子供たちや、お年寄りなどはどんな気持ちでこの街で生活しているのでしょう?

震災直後は、音楽を拒絶していた自分。

いろんな方に聞いてみると、どうやら自分だけではなかった「音楽」に対する価値観。

それが時が流れ、様々な問題や困難が徐々にクリアになり、ぽっかり空いた心を埋める時期になり、ようやく「音楽」が必要とされるようになって来たのが1年半前くらいだと思います。

ちょうど、自分自身が「音楽」に助けを求めていた時期に、くるりが自分の街へのオマージュとも言うべき「soma」をプレゼントしてくれました。

この「soma」を聴いて何度泣いた事でしょう。

今では、僕の一番近い所にいつでも居てくれる歌になっています。

それだけで充分ありがたい事なのに先月、突然くるりのスタッフから連絡が入り。

くるりの15周年記念シングル第2弾であり、くるり初のクリスマスソング「最後のメリークリスマス」のミュージック・ビデオの撮影を相馬と南相馬で行いたいと!!!

メンバーからの提案だと・・・

急きょ決定したので撮影時間がないと・・・

そしてスタッフは「最後の」の言葉が被災地である相馬・南相馬の方を傷つけてしまうのではないか?

など、様々な問題を正直に言ってくれました。

僕は、歌詞を拝見させて頂きました。

まだリリース前なので掲載はしませんが、ずっしりと感じるものがありました。

僕は、震災後そして原発が爆発してから、毎日「今日が人生最後の日になるかも知れない」と思いながら生きています。

おかげで毎日「いつ、あの世に召されても後悔しないように生きよう」と思って生活している。

おそらく、この街に住む多くの方も、そんな気持ちで生きている人が何人もいると思う?

そんな気持ちの自分が「最後のメリークリスマス」の歌詞を読んだときに、とても共感したのです。

それから、僕の友人たちにお願いして、時間のない中を協力して頂いた。

最初に写るケーキは相馬市を代表するお菓子屋「船橋屋製菓」さんのクリスマス・ケーキ

ふぁんふぁんがペットを吹いたり岸田君が唄っている場所は相馬市の宇田川の河川敷

そして、相馬市民の方々が、くるりと楽しくパーティーをしている場所はフレスコキクチ相馬店の奥にある、今や有名になった「菊地蔵(きくちぐら)」そして南相馬市の「えんどう豆」と同じ南相馬市にあるフレスコキクチ東原町店で撮影された。

地元の方は、見れば納得だと思います。

そして、老若男女さまざまな地元の人たちが参加してくれて完成したミュージックビデオです。

また「くるり」に特別な想い出を作って頂きました。

また、お金では買えない、とてもとても大切な想い出を「くるり」から頂きました。

ありがとう くるり

ありがとう 岸田くん
ありがとう 佐藤くん
ありがとう ふぁんふぁん