はりねずみの独り言(福岡 遠賀郡 岡垣町 海老津駅 整体 リンパマッサージ)

整体師はりねずみの日記です。私が日々啓発された出来事などもお話します。

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はりねずみイズム

自他共に

私はB型変人!

どこか変なやつと言われることに誇りを持っていたりします(笑)

まあ、変な奴という意味では私の妹には負けます!(きっぱり)

妹のことはいつか、お許しが出たら話す事にしましょう。

多分、お許しは永久にでませんが(^v^)


そう言えば、ちょっと前に「B型の自分説明書」という本が流行りましたね。

あれを売る時にある書店が、おもしろい陳列をしたことで有名です。


『B型の人間は平台よりも、もっとマイナーな所を見るはず。』


という訳で、全然目立たない所にわざと配置した結果、

それがB型の人には大アタリして、この本がベストセラーになりました。

言われて見たら、私も平台は後で見ますね(笑)


B型は周りが元気だと、自分は元気がなくて、まわりがやる気を失うと、

いきなり情熱を燃やすとか

うんうんと言えるような内容が盛りだくさんでした。


B型だと人から言われると、あまり良い気がしないのがB型。

とくに日本ではB型っていい事は言われないし(-_-メ)

もし、B型というだけで敬遠する奴が近くにいたら、


『たとえ俺が天下を取れなくても、てめえより上ならそれでいい!』


とすら思います(笑)

血液型で判断する人の中で、瞬時にB型の長所を言える人はほとんどいねえ。

でも、自分でもB型の長所なんて言えなかったりする(^◇^)


私の価値観は誰にでもできることより、誰でも簡単にできないことが

出来た方が絶対にカッコ良いということくらいかな。

やっぱり、自分は変人だ(笑)

昨日の読書記録

今日は営業開始から、続々とVIP患者さん達がおいでになり、

活気が出てきた当院でございます。

カレンダーもようやく貼り替えまして、ちょっと遊び心のあるものを使用。

今から読書タイムに入ります。


さて、昨日読んだのはこちら。



なぜあの人は人前で話すのがうまいのかなぜあの人は人前で話すのがうまいのか
著者:中谷彰宏
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-07
おすすめ度:3.0
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これは、ノウハウを教える本というより、

人前で話す時の心構えや、その上達法を説いている本だと思います。

どんな本でもそうでしょうが、読んだ内容を自分のものにするには

多少時間がかかります。自分で気づいたことが学びであるという内容も

中にはあるくらいで、例えば来週スピーチする人には向かないかもしれません。




そしてもう一冊




圧倒的!伝えるチカラ―伝わらなければ選ばれない。選ばれるプレゼンの秘密
圧倒的!伝えるチカラ―伝わらなければ選ばれない。選ばれるプレゼンの秘密
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伝わらない事は存在しないことと同じ。

そう語るのはこの筆者です。これは先ほどの本と比べると、伝わることを

分かりやすいことに特化している本だけあって、凄くノウハウを

教えてくれる本です。



今回のこの2冊には時には正反対なことも書いていますが、

非常に共通要素が多い2冊でした。

しかし切り口がそれぞれ違うので、伝えることと学ぶこと

超具体的と本質的のように、そのプロセスの違いが面白かったです。

25才の私へ10年後の私より


25才の私へ

25才になったあなたの1年は、何気にターニングポイントですね。

10年後に占ってもらったら、このころが、人生で一番モテ期で

結婚もこの一年がチャンスだったらしいです(笑)


それはさておき、25才のあなたは迷いだらけです。

天職ももう4回目。

若気の至りでこしらえた借金の返済に疲れていましたね。

10年後には流行語になりそうな「派遣切り」

一回はその派遣切りを言い渡されて、心ある社員に助けられ、

辛うじて派遣切りから逃れましたね。

だけど、その上司ももういない。

仕事はろくにしないのに、文句の多い社員といつもけんか腰になりながら、

いつ切られるか分からない環境から、自営業を手伝うことのになった年。

あの時決断してくれてありがとう。

だって、その支店はもうないんだから。


あれほど嫌がっていた家業への介入。

すごく不安があったと思います。

おふくろは大病を患って、2度目の手術をして帰ってきた年だったね。

まだまだおふくろも酸素ボンベが手離せなかった。

仏壇の前で手を合わせて、

「おふくろに何かあったら、全力でこの家の柱になります。

その時はどうか力を貸して下さい。」

ってご先祖様にお願いした年でしたね。



この転職が夢に向かって近づいていればいいなと

淡い期待をもっていたけど、全然近くにならない。

それでもあなたの頭の中では、もう白衣を着て仕事をしているイメージが

いつだってできているはずです。


だから大丈夫なのです。


そのお陰で10年後のあなたはもう先生と言われる存在になっています。


自分が家業を放棄したら、誰が継ぐんだと思っていたけど、

7年後に頼もしくて、これ以上ない助っ人が現れます。

だから大丈夫です。


あなたがイメージをとめなかったら大丈夫。



文章を読むのも、書くのもあれほど大嫌いなあなたが図書館に行き始めた。

興味のある整体分野の本を写本する熱意があった。

もう一度空手がやりたくて、実戦空手の門を叩いた。

お陰でこころとからだを鍛えることができた。

昔こしらえた借金が丁度無くなってきた。

裕福じゃないけど、本を買うお金があった。


だから大丈夫なのです。


10年後のあなたは時々だけど、文章を褒められています。

整体師として3年目を進んでいます。

全国に仲間ができつつあります。

今まで勉強したいと思ったこともたくさん勉強できる環境にいます。



人を信じられなくても、自分を信じられなくなっても、

怪我をしても、失恋をしても、騙されても、大きなミスをしても、

あなたはこうして生きている。これ自体が素晴らしいんだ。

だから大丈夫だ。そこから学べば大きくなれる。



今は見下されてもいい、馬鹿にされてもいい。

あなたがやっている小さな事は、絶対に目が出る。

だから、あきらめるな、「歩き」続けろ。


そして、多くの日々を超えて10年後には、

温かい家族、心ある同志、手本になってくださる師に

そしてあなたを頼ってくれる患者さんに恵まれながら生きています。

しかも、拙い文章をいつも読んでくれる読者のみなさんにも出会えます。

本当にありがたい限りですよ!


だから大丈夫。




もし、自分の夢に出会えたら、今度は周りの人をしあわせにしてあげてください。

周りから頂いた恩恵から出来たものを、今度は周りに分けてあげてください。

あなたからの贈り物を何年も待っている人がいるはずですよ。

無力で馬鹿のままだったら、人の役に立てないんです。

だからもっと頑張れ!


幸いあなたは人にしあわせを与えらる仕事に出会う。

それが何だか、もう確信しているんだろう?

イメージできているんだろう?

だったら大丈夫!

そのまま未来へ向かって来い。




人に恵まれながら生きている10年後の私より25才のあなたへ


追伸 誕生日おめでとう




あ〜あ、また泣かした

ここひと月で、患者さんを5人も泣かせてしまいました…

誤解のないように言いますが、みのもんたのように叱責などしてません。

昨日に至っては、全く施術せずに問診とカウンセリングのみで60分。

この時にも泣かせてしまいました。


さすがにこれは、まれなケースですね。

この場合でもまっとうに施術料は1回分頂きますよ。

その代りに、手にはとれない、目に見えないお土産も持って帰って頂きます。


そもそも当院の患者さんのほとんどが働き過ぎで頑張りすぎ。

ひとりで全部抱えたがるか、人に甘えることができない人が多いです。

悲しいくらいに真面目だったり、気を遣いすぎる人が本当に多いと思います。

私もそんな人を見たらどうにかしてあげたいという、メシアコンプレックスが

どうしても出てきてしまいます。

以前の私なら私自身も頑張りすぎて、結果的に患者さんを疲れさせていました。


さらに深刻な患者さんが5人来たら、次の日はモチベーションが地下1階!

そしてそのまま客足が減っていました。


そんな私を助けてくれたのが、奈良にいる師匠(と、こちらが勝手に思っている)

の一言。


「そんなに力入れなくても大丈夫、手は嘘をつかないよ。

 全部伝えてくれる。伝わったら後は人間性だから、大丈夫だよ。」


正直泣けましたよ、この一言。


もちろん、分かるように伝える工夫は必要です。

そして、師匠もそれは分かっていると思います。


その上で、必要最小限に私に伝えてくれたのだと思います。

本当に気楽に伝えてくれましたから、私も力まずに受け取れたんだと実感しました。

そう、態度でもその手本を示してくださったのです。

本人がそれを意識したかどうか分かりませんが、師匠は天然でもそれができます。


その言葉を受け取ってからは、8割の力の投球でも以前より実績がよくなりました。


私が患者さんを受け止める時の心構えとして、

今度は私が患者さんに伝えるようになってきたのだと思います。


また最近では、こんなひと言に感銘を受けました。



『深刻になるな、真剣になれ!』



これを教えて下さったのは私のテーピングの師、山田先生です。


真剣を意識するようになったお陰で、愚痴の連発聞いてても、

マイナスオーラを直接受け取ることは圧倒的に減りました。



わざわざ患者さんを泣かす言葉を選んだりしません。

不必要に『今のままのあなたでいい』なんて言いません。

無責任に『自分らしくしたら良い』なんて言いません。

私が伝えるのは〇〇の気持ち。そして○○をつくることです。


それが正解だなんて思わないけど、今のところはこれでうまくいっています。

ただね、これはさすがに企業秘密というか伝える人を選びたい。

代わりに私の勉強会では惜しげもなく伝えます!

海老だ海老だ〜!

う〜ふ〜ふ〜ふ〜♪

今日は天ぷらだった(^^♪

もちろん、一番の楽しみはえび天!


私の海老好きは幼少期の頃からなのです。

小さい頃にどうしても海老をたくさん食べたくて、

海老を増やすことを考えたのです。


でも、海老が卵で増えることなんてしらなかったので、

妙な増やし方を思いついたものでした。


それはお弁当のおかずに入っていた海老フライの尻尾をとっておいて、

それを地面に植えて、水をやっていました。

あの尻尾の形が植物の発芽に非常に似ていると思ったんです。


もしかしたら、大きくなって木になって、

そこに海老がなるんじゃなかと思って、来る日も来る日も水をあげていました。

今考えるとすごく間抜けな話です。


三日前に、おかんが非常に安く海老を買ってきたらしく、その数は40尾ほど!

おかんは、これをすり潰して団子にしようとしていました。


だー!海老をすり潰すなんて言語道断!

というわけで、絶対に海老天にしてもらうのだ〜


今日は「晩御飯は何がいい?」

と聞かれて、速攻で「天ぷら!」

ようやく海老天にありつけました。


海老天で充電ができましたので、明日からも頑張れそうです♪

感謝の用意

文句を言う用意をしている人の所に、


嬉しい事は訪れにくい!



だって、せっかく来ても文句をいわれるんなら、嬉しいこと出来事も

そりゃあ行かない方がマシだと思うもの。

本当は良いことなのに、影を踏んで悪いことにされてしまう。

そうなると行きたいと思う所は感謝する用意をしている人のところだよね。


Dが増えたら文句が増える!

Dとは、「だって」「でも」「どうせ」って奴だ。

これをたくさん言う人には可愛げがないと思われても仕方がないと思いますよ。

可愛げがなくなると協力してくれる人がいなくなる。

応援してくれる人もどんどん周りにいなくなる。


誰だって一人じゃ生きていけないんだ。

だったら、可愛げがなくなることは自分にとっても不利になるんじゃないかな?


というわけで!


愚痴ったら運が落ちる


これが私の持論。



もちろん、私だって愚痴る時はある!

だけど、愚痴を聞いてくれた人には「聞いてくれてありがとう」とか、

「お陰で楽になった」ということは忘れない。

最後は感謝で終わらせたいやん!愚痴で終わらせたくない!



ところで、文句が言いたくなる時や感謝を忘れる時ってどんな時かな?


この仕事をしていると真っ先に思いつくのが、

自分が弱っているとき…例えば痛みが激しい時などは不機嫌になるね。

いつもなら流せることでも、不機嫌になって身内に辛く当たってしまう。

こんな時は我々の出番だと思う。


私が売っているのは実は治療や癒しじゃない。

思いっきり仕事に打ち込める安心感、患者さんが家に帰って見せる笑顔、

スポーツでの達成感、健康に感謝する気持ち、週末の快適な旅行

時には淋しい気持ち時にちょっと話したくなる相手という時もあったりもする。


話は横にそれたけど、文句を言いたくなる時は他にもあると思う。

自分のルールで他人を裁こうとしてる時もそれにあたるんじゃないかな?


例えば、幼いころ躾が厳しい所で育ったとして、

子供らしく振舞うことを徹底的に禁止されたとしたら、

大人になっても、子供が問題のない所で騒いでいてもイライラしたする。


自分の中で騒いではいけないということをルールにしてしまうと

それを破っている?他人が腹立だしくなっていたりする。


もちろん、反面教師ととらえて、自分ができなくて苦しかったことを

他人にはさせてあげたいと考える人もいるよね。



この違いって一体何だろうか?

私が思うに、自分で知らない内に定めた「自分ルール」の枠があるとして、

その枠から自由に出られる人に嫉妬する気持ちもあるんじゃないだろうか?



自分がやってはダメだと思うことをやって、周りの人から評価が高い人がいたら、

それは羨ましいと感じるもの。

だけど、その嫉妬をうまく表現できないでいると、


「こいつは、(私が良いと思う)ルールを破るろくでもない奴」

この()の部分を外して、怒りでその人を見るから、

その人を必要以上に低い評価をいるのではないだろうか?


そうなるとちょっと危険な気がする。

心理学ではこれを依存の始まりとといているものもある。

対象になる相手が恋人だったら、恋人を束縛しようとするかもしれない。

嫉妬を認めないでいる内に相手に対して怒りを溜めていって、ある時爆発。


となると最悪な気もする。

その欲求をうまく伝えるためにも、自分自身がどんなルールを作ってきたか

それを一度観察してみるのも面白いと思う。



とはいえ、自分の生い立ちの中で自然に出来たルールを

他人に当てはめる場合があっていいと私は思う。

ただし、強要しなければ。



私は時間に遅れて平気な奴が嫌いだし、無礼な人が嫌い。

何かを与えたときに一生懸命文句を吐く人とは付き合わない。

恩知らずもあまり好きではない。


要は自分が文句をいう機会が減ればいいと思ってる。

だから自分なりにこう工夫している。

付き合うと決めた人が自分ルールを破ったら、その人に嫉妬していることを認める。

できれば嫉妬していることをうまく伝える。

嫉妬以上の怒りがあれば訴えてみる。

それが伝わらないなら、静かにその人の前から去る。


なぜかというと

文句を言う倍以上感謝する、これが当面の私の目標だから。


感謝にこだわるのは

良いことは全部自分の手柄だとおごっている時に

感謝の気持ちを忘れることになるかもしれないし、

文句が増えるかもしれない。

文句が増えたら自分も周りも不幸になるかもしれない。

そう思っているから。

It's a show time !

ご無沙汰さんカモーン!

はりねずみは、いつでもいつまでもあなたのことをお待ちしてますよ♪


私はこのブログで偉そうなことも結構言ってますが、

そのほとんどは他人、もっと言うと先輩、先人、尊敬する人の受け売りでいす。

底が浅い私には、自分の言葉なんてそんなにないのでいす。



私の尊敬する花谷先生には特に多大な影響を受けており、

考え方などはほとんど真似と言っても過言ではないです。

まあ、真似すらまともにできていないのが本当のところです。


最初の頃は意味も分からず真似をしていました。

今だってほとんど分からずに真似をしているところがあるのですが、

自分の視点が少し高くなると、その背景を推し量ったり、

どうしてこんな考えや行動になるのかが少しずつ分かってきたりします。


ただ、その時に感じるのは「近づいた!」という感想でないです。

なんというか、余計に高さの差を感じるのです。

本当に高い所にあるものは、自分もある程度高い所に行かないと

まるで見えない訳です。

で、ある程度の高さに行って、また見てみると改めてその高さに気がつくのです。



今日は最近私が、花谷先生から教わったことをひとつだけ話してみます。


これは専門用語でリフレームといわれる手法で、

視点を替えて、価値観を転換させる方法です。


「『辛い』と表現するんじゃなくて、『試練』と表現してみろ!

 それだけで随分気持ちが楽になる。」


というようなことを教わりました。



そう、試練と考えたらやりがいが出てきます。

だって、これを越えたら自分がもっと大きくなれるんでしょ?

ならトライしたいじゃないですか!

たとえ失敗しても無駄にならないという気持ちが湧いてきます。



例えば重症患者さんを目の当たりにした時、

私も内心びくびくしていたりします。

そりゃあ、怖いですよ。

でも、この怖さは絶対に必要だと自分では思っています。

怖さがあるから、闘争心も集中力も出てくるんです。

最悪のことを想定して治療をすれば最悪なことにはならない。

こういうことだと私は思います。


だけど、一定量を超えると視野は狭くなるし、思いきりがなくなる。

結果持ち味も発揮できないまま治療が終わっちゃう。

持ち味を出し切って、それで治らないなら諦めもつきます。

もちろん、無力感や未熟感はその時に自分を直撃するけど、

やれることをやったかどうかは全く意味が違います。


花谷先生はそんな時に自分を奮い立たせるマジカルワードを

私たちにくださいました!



痛くて立っているのが精一杯、足を引きずってやってくるような重患さんをみて、

心の中で叫べといいます。



It's a show time !


で、花谷先生はBGMが『スクールウォーズ』になるそうです。



実は私、今日やりました!

これを乗り越えたら私はヒーローになれる!と思い込むことができます。

どうにかして治さないと…と思うよりずっと自分らしく堂々とできます。



すると急に見えなかったものが見えてくるのです。

あなたの背後にいる○○が!


じゃなくて!

足が痛いのに腹を治したり、胸部が張っているのに頭部を治したり、

肩が張っているに大腿部を治したりする知恵が降臨してきます。

ああ、私の眼もまだまだ捨てたもんじゃないなと思う頃、

みるみる患者さんの表情が和らいでいくのです。



皆さんもピンチを迎えたら一度言ってみて下さい。


It's a show time ! 


(こんな事は私がヒーローになるためのステップに過ぎない!)


ハクション大○王

我が家の連中のくしゃみはとにがくデカイ!

元気がいいと言えば良いのだか、いわゆるオヤジ臭いくしゃみだと言える。

大体のフォームは

しっかり60度くらい上を見上げて、ゆったりと息を吸いながら、

肋骨を十分にリラックスさせて十分な「タメ」をつくった後、

腹筋力と背筋力を使って、まるでサッカーのヘディングのように、

イッキに上から下に叩きつけるモーション。

そして強烈な踏み込みと同時に、腹筋が収縮して、

文字通り腹から声が発せられるというもの。

ゆったりした動きから無駄な力を込めずに、瞬発的に発力されるからタチが悪い。


これがもし野球のピッチャーの動きだとしたら、それはそれは

打ちにくくて切れ味のするどい速球が繰り出されることであろう。

力んで全力で投じられた速球は意外とキレがなかったりするものだ。


たまに、そこまで大きく上を見上げることもなく、発射されるまでのスパンが

極めて短い『クイックモーション』があるからさらにタチが悪い。

これは心の準備をする前に死角から襲ってくる間柴のフリッカージャブのようだ。


我が家族なら、軽く息を吸い込む時の音を聞いただけで

背中を向けていても、脊髄反射で耳を塞ぐと技を習得していても不思議ではない。

その様はまるで背後から切りかかられても、一瞥もせずその太刀を受け止める

剣術の達人のような凄さだ!


まあ、その前にそのくしゃみそのものに慣れてしまっているのだ…

それとくしゃみに対してしか発動しないのが難点であろう。


もちろん、我が家の2階にいたとしても、1階で誰かがくしゃみをしたら、

当然のように聞こえるし、そのくしゃみを聞き慣れない人は腰が浮く。

そして当たり前のようにとなり近所にも聞こえるというわけだ。


その昔、私が中学生だった頃、姉と一緒の学校に通った。

当時私は1年、2つ上の姉はおのずと3年という学年になった。

教室は姉が1階、私が2階となっていて、丁度姉のいる教室の真上が私のいる教室

となっていた。


受験生だった姉の教室の授業が一時中断したことがある。

原因は上の階にいる私のくしゃみであったようだ。

その時は、直後の休み時間にわざわざ姉が2階まで私にくしゃみをしたかどうか

確認をしてきたくらいだ。


その後、私のあだ名はハクション大〇王になってしまう。

テストの時にうっかりくしゃみをした時は、教室が3つ向こうのクラスメイトに

「さっきくしゃみをしたろ!」

と確認されたこともある。その時は運悪く廊下側の窓際だったのも原因だ。



しかし、上には上がいる!



これは目撃証言もあるくらいなので、かなり確かな伝え聞きである。


福岡市内には大濠公園(おおほりこうえん)という、シティマラソンも行われる

ような大きな公園がある。

中央にある大きな池には貸しボートもあるくらいで結構な大きさだ。

そこで釣りを楽しむ人がいるのだが、その内の一人に悲劇が襲った。



私の家の近所のおじさんなのだが、その人が背後からくしゃみをしたそうだ。


その時、釣りをしていただけなのに、


背後から凄い勢いで怒鳴られたと勘違いして


驚きのあまり、池に飛び込んだ!




という…


一体どんな大きさだったのか?どんな迫力だったのか?

また、その飛び込んだ人がどれだけ小心だったのかは知らない。

だけど、たぶん後にも先にもこんな話を聞く事はないと思った。
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