2012年01月10日

『40代オヤジに最近のアニメの事を教えて!』で教えてもらう

ネイキッド・ロフトに『40代オヤジに最近のアニメの事を教えて!』というそのままズバリなタイトルのイベントに行ってきた。自分は10代の頃にヤマトでハマり、それ以降ずっぽりとオタクの道を進みながらZZガンダムを見て「いつまでもアニメなんて見ていてはいけない!」と我に還り(とは言ってももう一方のプロレスマニアの道を驀進しただけですが)、ゼロ年代になってエヴァなどを主に口コミで後追いして楽しむスタンスで今に至っている。あ、でも宮崎アニメは結構見たな。『千と千尋』で見るのを止めてしまいましたが。

さてイベント本編について。まず40代のメインパネラーが自分たちのルーツを語り、それから22歳の大学のアニメ研究会の人がゲストで登場。自分の中で興味があったのは、若い世代の人が過去作品にどういうきっかけで掘り下げて楽しむのかというところだったが、やはりというか宮崎アニメやガンダムくらいしか遡って楽しむという事はないみたい。まぁそういうところに興味を持つというのは、要するに自分のプロレス観に投影しながら話を聞いていたという事なのです。
そういった意味でとても面白かったのが第2部の『オトナアニメ』誌で活躍されている編集者?の前田さん。ゼロ年代初頭から製作された作品を挙げ、そこからどのような影響を与えて「2匹目、3匹目のどじょう」が生み出されていったのかを分かりやすく説明してくれた。別に「2匹目のどじょう」と言っても悪い意味ではなく(事実壇上で言われたわけではない)、マーケティングとその実践の繰り返しの歴史という事だ。
例えばガンダムのヒットによりハイティーン向けの作品が製作され始め、美女+メカという流れからマクロスが誕生し、エヴァのヒットにより作家主義、スタジオのブランド化が普遍化した・・・などといったところ。この辺ちゃんとメモしておけば良かったなー。あとハルヒについてU局からのヒットという事や、『晴れハレ』を踊ってみたの部分を強調していたけれど、違法アップロードがヒットにつながったというのも大きいのではないかなーと思いましたね。まぁ自分が聞き逃していただけでちゃんと触れていたかもですが。

総括としては『アニメから離れるのは多様化し過ぎて玉石混合から玉を見つけるのがしんどくなるため』と言っていたが、玉を見つける作業が例えば見る側からしても作家主義あったりスタジオのブランド化だったりするので、的確なガイドや信用できる口コミなどがあれば、40代オヤジでもまだまだ楽しめるのではないかと思いましたよ。
このイベントはちょっと違うテーマや面白いゲストを連れて来られればまだまだ継続して楽しませてもらえそう。次回の予告はなかったと思うが期待したい。  
Posted by hardcore_heaven at 21:25Comments(0)TrackBack(0)感想・観戦記

2012年01月04日

『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を読みました

買ったままの本を片付けようとまずは柳澤健さんの『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を読む。自分はクラッシュブームの時は「UWFが応援しているから」という理由でカジュアルに見ていた感じで、一応リアルタイムでTV中継は見ていたものの、当時の試合映像で録画したのはクラッシュ対決と言われたシングルマッチくらいで、会場に行った事はなかった。
自分が会場に行くようになったのは対抗戦前夜と言われる時代で、ユニバーサルに全女の選手がゲスト出場した前後くらいだと思う。そこからあれよあれよとハマり「90年代後半で一番面白いのは全女、リングス、WWFの順」くらいに公言しえいたように思う。まぁ今思うとどこも面白かったですけどね。

さてそんな自分が読んだ『1985年のクラッシュ・ギャルズ』。とにかく女性特有の生な感情がぶつかり合い、あの狂ったとしか表現のしようのない場が生まれたのだという事を再認識させられる。著者である柳澤さんはその「生の感情」という部分に重きをおいてクラッシュ・ギャルズと女子プロレス、その時代を書いているのだが、自分はやはり女子プロレスへの興味が世界最高峰の戦いにあったため、ちょっと興味の持ち処の差異を感じてしまう。
例えば長与自身も「わたしを創った人」と公言している小川宏さんの存在が重要視されていなかったり、ユニバーサルへの出前プロレスで男性ファンが大量流入してきた事や、プロレス記者が試合に口出しするようになって試合が男子プロレス化していった事などはスッポリ抜けてしまっている。まぁこの辺を検証する本ではそもそもないのでそれは当然だと思うが、例えば飛鳥が全女に復帰した時、現役当時はアップダウンだけ決めておいて、少しのハイスポット打ち合わせと残りはアドリブで作り上げていた試合の組み立てが、最初から最後までビッチリ決めて行なわれるハイスポットのみで組み立てられるレスリングに変容していて、体調不良とあいまって対応できなかったという話などは、それはどの辺りからどのようなきっかけでそうなっていったのかなど詳しく知りたいと思うのだが、柳澤さんにとっては興味の対象外なのだろう。そして自分でもそれは柳澤さんが書くべき話とも思っていない。
飛鳥については自分もそれほど興味はなく、GAEAの時も「クリエイティブな部分は長与たちに丸投げして、プレイヤーに徹しているから上手くいっているんだ」という認識だったので、レスラーとしての自我に改めて目覚めて復活したのだという事を知り、そこの部分は興味深かった。
女子プロレスはどうしてもかつての黄金時代と、現在の凋落ぶりを対比として書く以外に商品としては成立しなさそうなので、この本以上のクオリティで書かれる事の難しさもあり、打ち止めとなってしまうのではないか。それもやむを得ないと思わせてくれるだけの本だったと思う。  
Posted by hardcore_heaven at 23:30Comments(0)TrackBack(0)読書

2012年01月03日

『2011年に見た映画のベスト3を考える』

今年はWOWOWと契約した事もあったが、やたら映画を見に行った年だった。数えてみたら劇場まで見に行ったのは全部で17本。せっかくなのでそれらを並べてベスト3など選んでみたい。まずは見た映画をずらずらっと。

『ロビンフッド』
『ウルトラマン・ゼロ』
『シュレック・フォーエバー』
『ソーシャル・ネットワーク』
『RED』
『スコット・ピルグリムVSワールド』
『ブラックスワン』
『スーパー8』
『コクリコ坂から』
『監督失格』
『猿の惑星 創世記』
『モテキ』
『カウボーイ&エイリアン』
『電人ザボーガー』
『ザ・ファイター』
『X−MEN ファースト・ジェネレーション』
『宇宙人ポール』

並べてみたけどベスト10は難しいな。ワーストは『エイリアン&カウボーイ』一択ですが。
ここから「またいつか見たい!」と思う映画を挙げるなら『ソーシャル・ネットワーク』、『RED』、『スコット・ピルグリムVSワールド』、『ブラックスワン』、『スーパー8』、『監督失格』、『猿の惑星 創世記』、『モテキ』、『電人ザボーガー』、『X−MEN ファースト・ジェネレーション』、『宇宙人ポール』かな。自分の中で大切な作品というのはないけれど、どれも十二分に楽しませてもらえた。この中で一番あれこれ語った作品と言えば、これは文句なく『モテキ』かな。ただベスト1かというとまた違うけど。

という事で今の気分でのベスト3は
『スーパー8』
『宇宙人ポール』
『モテキ』
ですかね。『スーパー8』が一番になってしまったのは、自分の人生にはなかった甘酸っぱい青春の思い出への郷愁ですね。あとエピローグ部分での自主製作映画部分であったような10代前半のカップルを中心としたゾンビ映画も見てみたいな。
『宇宙人ポール』は隣の人が小ネタも知り尽くしているようで、ちょっとうらやましかったけれどそれを抜きにしても楽しませてもらえた。こちらもスピルバーグオマージュ作品ですね。
『モテキ』は面白かったというよりは話題のとっかかかりに何度も使わせてもたったという部分からかな。今年もできるだけ映画館に見に行きたいところです。  
Posted by hardcore_heaven at 20:45Comments(0)TrackBack(0)映画

2012年01月01日

『2011年を一文字で表すのなら』

2011年を一文字で表すと『絆』になるそうです。これまでは考えた事もなかったけれど、自分が選ぶなら・・・『揺』ですね。それは地震があったから、というのももちろんだけれど政治不信やマスコミ不信がこれだけ広まり、自分たちの立っていた位置が脆弱だったという事を知らされたという1年だったという事で。

とは言え自分が政治的な事を書いていっても、バカがバレるだけなのでそっち方面はこれくらいで。揺らぐという意味で自分の生活に密接だったのは『サブカルの定義の揺らぎ』ですね。今や『サブカル認定』される事が批判というか、ダメ出しになるそうじゃないですか。自分自身で考えるとサブカルというよりはオタク趣味の人間だと思っているので、それについて思う事はない。自分の中のサブカルのイメージとしては、カルチャーの部分からかやはり知的である事が大前提で、付帯して娯楽性が高い事かな。基本的には映画とマンガとプロレスの話しかできないので、その中で付き合ってくれた女の子が楽しんでくれるような話題(切り口)がサブカルだったようにも思いますね。
またサブカルというとケンドー・コバヤシの「他の人にとってサブカルだったものが、自分にとってのメインカルチャーで、他の人にとってメインカルチャーだったものが自分にとってのサブカルでした」という言葉がまずある。高校生くらいの時にこの言葉を聞いていたなら、随分と楽な生き方もできたような気もします。

『サブカルという定義の揺らぎ』という事について言うと、それぞれのジャンル自体は語られまくっていたけれど、サブカル本体(そんなのあるの?)自体を語る事自体は興味を持たれていなかったのでそう感じるだけなのかも。そういう言葉遊びの楽しさに興じているというのなら、それもやはり古い世代のプロレスファンが流出しているという事なのかな〜とも思えるのでした。  
Posted by hardcore_heaven at 23:45Comments(0)TrackBack(0)生活

2011年12月31日

『#9』

ああ友よ、そんな調べではだめなのだ!
声を合わせてもっと美しく歌おうではないか!
歓び、それは美しい神々の輝き 楽園の遣わす美しい乙女よ
私たちは熱い感動の思いに突き動かされ お前の国へと歩み入る!

お前は世のしがらみが冷たく引き裂いたものを
不思議な力で再び一つに結びつける
神の柔らかなる翼の庇護のもと 全てのものたちは兄弟となる
心の通じ合える親友を得た者、
気立ての良い妻をめとる事ができた幸いなる者よ
歓びの気持ちを声に出して合わせよ!

そうだ!この地上でたったひとりでも、
心を分かち合える相手がいると言える者も共に和すのだ!
抱擁し合おう、何百万の人々よ!
この接吻を全ての世に広げよう!
星の天蓋の彼方には、必ず愛する父がおわすのだ
さすれば地にひれ伏すもろびとよ、創造主たる神を認めるか?

天蓋の果てに神を求めよ! 星々の彼方に神は必ずおわすのだ  
Posted by hardcore_heaven at 09:00Comments(0)TrackBack(0)ご挨拶

2011年12月30日

『またまたアントニオ猪木対モハメド・アリについて考える』


「プロレスについて考える事は悦びである」という山本さんの言葉の直撃世代である自分が、プロレスについて考える時によく思い浮かべるのが、藤原喜明の「前田は言葉で全てを説明しようとするけれど、プロレスはファンが「あぁでもない、こうでもない」と考えるくらいが丁度いいんだ」という言葉だ。
自分が格闘技よりもプロレスの方が好きなのは、プロレスの方が自由解釈の幅が広い事や、語る部分がより成熟しているからだろう。その語るという中には「プロレスとは何か?」というものから「あの試合の意味、意義は?」なんてものまである。前者の方はそれこそ人それぞれで、今の自分の気分だと格闘技、スポーツというよりは表現というところに感じるところが多いようにも思える。そしてそれもまた来年にはまた変わっているのかも知れない。

さて、後者であるところの「あの試合の意味、意義は?」という部分についてだが、その中で一番大きいものと言えば恐らく『アントニオ猪木対モハメド・アリ』の一戦だろう。
ここからはプチ鹿島さんの09年2月12日のブログからの盗用になるが(なぜならかなりコンパクトにまとめてあるので)、この試合の真相については現在祝康成氏の『これが真相だ!』説と柳澤健氏の『1976年のアントニオ猪木』説の2つにしぼられている。
テレ朝での猪木対アリの検証番組でもベースとなった、「直前にアリ陣営からがんじがらめのルールを要求され、試合のキャンセルを恐れた猪木陣営がそのルールを承諾したためあのような試合になった」とするのが祝さんの説で、これを踏まえた上で「それらの説はイメージ回復を狙った猪木陣営の捏造で、真相は猪木がアリに「プロレスをやろう」とオファーし、プロレスファンであり経済上の理由も抱えたアリが喜んで来日すると真剣勝負を宣言される。怒りはしたもののアリは真剣勝負での試合を受けて立ち、お互いに総合格闘技の技術概念のないままでで戦ったためにあのような試合になった」というもの。

自分も以前日記で『1976年のアントニオ猪木』の読後感想でも書いた事があるが、自分はこのどちらの説でもなく、タダシ☆タナカ氏の説を支持・・・というよりは、一番好きな説としている。
タナカ氏の説は「猪木対アリは真剣勝負ではなくプロレスだった。ただあまりにも注目度が高かったために事前に打ち合わせなどをする機会が得られなかったため、「お互いのために引き分けにする」という口約束だけを頼りにリングに上がった。お互い疑心暗鬼になりながらもその口約束は守られたために友情が芽生え、アリはその後自身にはまるでメリットのない北朝鮮訪問の特別ゲストや、猪木の引退試合でのセルフパロディーでの出演オファーにも応じた」というもの。この「試合を通じて友情が芽生えた」というのが『燃え』好きの自分を刺激する部分で、それを一番好きとするのは率直に言えば自分のズルいところでもある。

今回日記を書くにあたり、柳澤さんの本に限らずGスピリッツでの猪木対アリ検証特集も読み直してみたのだが、このタナカ説を裏付けると解釈できるようなコメントは見つける事ができなかった。改めて感じたのは猪木対アリのビジョン上映をメインとしたアメリカでの興行の収支等についてがまるで不明なところで、その上映権でアリ側にまるでお金が入らないとも考えにくいし、試合自体は凡戦と観客が思ったにしろ入場料は先払いだろうからプロモーター側も「もうこの手は使えない」と思っても、とりあえずはプラスだったのではないかと思うのだが。
猪木がこの試合を真剣勝負でなく、プロレスでやる事のメリットとしては知名度を高める事ともうひとつ、これは柳澤さんも書いていたアリ戦へのモチベーションのひとつである「馬場越え」(この場合は全米プロレス業界での立場)に通じるのではないかと思えるのだ。

自分がこの手の話でもっとも大切にしているのは整合性があるというか、腑に落ちる話かどうかというもので、そういった意味ではあくまで状況証拠でしかないタナカ説については「支持する」という立場とまではならない。ちなみにkamipro誌の堀江ガンツさんもタナカさんとは別のルートで「打ち合わせができなかっただけ」説を唱えているのだけれど、雑談程度で軽くこの話になった時に聞いたのだが、ガンツさんのこの説の根拠としては「この状況でもっとも怖いのは不意打ち。その可能性がある中ではお互いリングには上がらない」という感じだった・・・ように思う。ちょっと曖昧ですけど。
自分は柳澤さんの『1976年のアントニオ猪木』はこれまで読んだプロレス本の中では『フレッド・ブラッシー自伝』、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか?』が順不動でベスト3と思っているが、アリが猪木と対戦し、その後の北朝鮮への同行、引退試合へのゲスト出演の全てが「アリはプロレスのバカバカしさが大好きなのだ」という理由だけでは今ひとつ説得力に欠けるように思えるのだ。もしそれならばもっとWWEはアリを登用する機会はいくらでもあったし、レッスルマニアのゲスト出演やゴリラ・モンスーンとのプロレスをとっかかりに殿堂入りの理由付けにもなると思える。

まぁいずれにしろ『プロレスはファンが「あぁでもない、こうでもない」と考えるくらいが丁度いい』もの。このような本や説であれこれ話ができる状況はプロレスファンとしてはたまらなく幸せだ。  
Posted by hardcore_heaven at 16:47Comments(0)TrackBack(0)プロレス考現学

2011年01月19日

<2010年を振り返って>

今年もグリフォンさん主催の新年会に行ってきた。プロレス、格闘技関連のブロガーの方々が集まってのイベントなので、本来はブログが長期中断している自分は資格がないような気もしないではないのだけれど、せっかく誘ってもらえたのでほこほこと出てきた次第です。ちなみに年末からちょろっと書き始めたのは、別にこれのために帳尻合わせたわけではないのですよ。
ここでは参加者がそれぞれの「ここだけ話」が披露されたりもするのだけれど、あくまでも「ここだけ話」なのでそれらを紹介する事は当然割愛。もうひとつ、それぞれの昨年の総括があったので、こちらは自分の分だけ書き残しておきたい。ちなみに自分なりに空気を読んで、プロレス関係からは選ぶのはやめておいた。集まった中でプロレス会場にコンスタントに足を運んでいるのは高倉仮面さんだけだったし、限られた時間で細かく説明していくのもヤボだと思ったからだ。

まずはMVP。自分にとって総合関係の選手で最もヴァリアブルな選手と言えば佐藤洋一郎選手に他ならないのだけれど、残念ながらまだまだ参加している人たちにとっては「誰それ?」という存在でしかないのでやめておく。ケージフォースでいい勝ち方をしたら、それこそゲスト扱いで来てもらいたかったのだけれど、まぁそれもいつかいいタイミングがあるだろう、と考える事にして。
なかなか本題に入らないけれど、自分が選んだのは青木真也。自分のようなオタクには廣田戦や自演乙戦のように「あ〜でもないこ〜でもない」と色々考えさせてくれる選手こそ価値があるという考えから。あとはメレンデス戦は会社のPCでニコニコライブで見たのだけれど、凄い時代になったなという事を実感させられたので。アレも青木ありきですからね。

年間最高試合はUFCは殆ど見ていない事もあり、何年か後に2010年を振り返った時に「どんな試合があったか?」と問いかけた時に答えとなる試合として「ヒョードルが負けた試合」となるのではないかという事でヒョードル対ヴェウドゥムとする。これは橋本さんの企画したパブリック・ビューイングで見させてもらったのでした。もっとも自分以外には橋本さんと場所を提供してくれた方しかいませんでしたが。

総括としては『いかにメンツを捨てられるか?』とした。これはしがらみもそうだし、これまでの固定概念もそう。それこそ『PRIDEは忘れろ』というのもそうだしね。つまりは「苦しい時代を乗り切るために何をすべきかを考えましょうよ」という事。東京エリアで言えば観客動員はプロレスの方が上回っているように実感するけれど、お金を払ってくれるお客さんのために、より快適なショーを提供するための努力がその差を生み出しているのではないかな。そういう意味ではかつては「他団体の選手は使い捨て」をモットー?としていた新日本プロレスが、今は優秀な選手は分け隔てなくトップで扱い、後楽園ホールでもカードの出し惜しみはせずに、地方会場でも映像を駆使してリング上の状況を極力説明するようにしている。これはプロレスならではとも言えるけれど、キッチリ9時前後には試合が終了するというのもお客さんにとっては嬉しい配慮だろうし。
格闘技とプロレスではリング上での性質がまるで違うものだけれど、お客さんを楽しませる事によって生計を成り立たせているという意味では同じと考えて欲しいな〜という事なのです。『もしも格闘技関係者がドラッカーを読んだら』なんて使い古しなネタを書かせないで欲しいね。  
Posted by hardcore_heaven at 23:20Comments(0)TrackBack(0)感想・観戦記

2011年01月05日

<Gスピリッツ VOL18を読む(その2)>

かねてから疑問に思っていた事があった。日本におけるタッグマッチの連携プレイは、せいぜいファンクスがやるロープに飛ばしてのダブルエルボーくらいのものが、アドリアン・アドニス、ボブ・オートンJr組の複合的連携で一段階上がり、その後は維新連携がその流れを引継ぎ&全体的には停滞し、90年代後半に海援隊がメキシコから帰ってきた事で実質三段階くらい上がったのは、メキシコに模範となるチームがあったからではないかと。もうかなり前になるがディック東郷のブログでタイミングを見計らって聞いてみたところ、海援隊のメンバーで色々考えたという答えが帰ってきたが、インスパイアされた何かはあったのではないかと。

で、ドクトル・ルチャのイベントの際そのまま質問してみたのだが、それによると"地獄の伝導師"ロス・ミショネロス・デ・ラ・ムエルテ(おお!ソラで書けた!)がそのルーツにあるのだとか。海援隊がメキシコ修行していた時はミショネロスとしては活動していなかったようなので、直接盗んだという事ではないようだがミショネロスの遺伝子を引き継いで帰ってきたという事で間違いないようだ。
先日ネグロ・ナバーロが来日した際、ドクトル・ルチャが日本マットでミショネロスの片鱗が生き続けている事を話し、ナバーロは自分たちが残した功績を改めて再確認して感涙していたとか。手前勝手ながら自分の何気ない疑問が、そのルーツであるナバーロ本人に届いたという自己満足に浸りたいですね。
  
Posted by hardcore_heaven at 22:50Comments(0)TrackBack(0)プロレス考現学

2011年01月03日

<NEO最終興行に行ってきた>

NEOの最終興行に行ってきた。リングスがそうだったようにバトラーツも最終興行では恐らく満員になり、「いつもこれだけ入っていれば解散しなくても良かったんだけど」と言われるのだろうが、NEOの場合は主力選手の引退が引き金とかなり事情が違う。
さて自分なりのこの大会の焦点と言えば、ここ数年で女子プロレス界全体の強さの象徴的存在となった田村の後釜に誰が選ばれるのかだった。田村がロックに影響を受けて"タムラ様"を自称し始めた頃は、アメリカから学べと進言した篠さんも「そのまんま過ぎるだろ」と苦笑していたものだが、引退を前にそれまで座っていたイスを争う図式ができた事で本当の意味でも"タムラ様"となったが興味深い。もっとも最近の女子プロレス事情には疎い自分がそう思ってるだけで、かなり前から"タムラ様"となっていたのかもだけれど。
自分の勝手な考えとしてはその強さの象徴というイメージを引き継ぐような選手を選ぶのではないかと思っていた。だからと言って引退試合の相手が高橋奈苗というのもおかしな話なので、松本浩代や志田光、栗原あゆみ辺りを全部倒してから「ベルトを1年間預かるから、1年後の今日までにふさわしい強さを身につけてくれ」とかいう展開になるのかなと。しかしそうなると単に院制を敷きようだし、何よりそこで勝ち上がっても田村を倒せなかったという事には変わらないのだけれど。

・・・などと妄想を巡らせながら決まったのは田村が栗原を指名してのニ冠戦だった。強さというイメージからはまるで遠いが、ルックスという点で世間に女子プロレスを届けさせられるという判断なのかなとか、やっぱり妄想を巡らせて会場に入ったのだった。いた事に通常とは違って特設ゲート等を設置しないフル仕様での超満員。それでも1750人と実数発表するところが正直過ぎます。
NEOの興行にこれまではそれほど足を運んでいたわけではないけれど、サムライTVでの放送を見る限りでは(ビッグマッチ仕様だけど)、インディー感覚のマッチメークが多く、自分には楽しめるものだった。そういった意味でもそのような女子プロレス団体がなくなるのは残念だし、甲田さんにはどこかの団体で腕を奮ってもらいたいと切に願います。本人はもうコリゴリかも知れないけど。

さて試合についてだけれど、自分のようなつまみ食い的に来てるようなファンがゴチャゴチャ言うべきでもないし、考えに考えた末に出した結論が栗原へ譲るというものだったのだから、後はもう栗原の今後を見守っていくだけだろう。武藤さんが数年前のG1で、優勝者が挑戦してくるというシチュエーションの際に「オレに勝ったヤツをファンもマスコミも新日本の選手たちもトップとして認めろ」と言っていたが、業界全体で栗原を押し上げるように意思統一されるべきだろう。少なくともNEOに恩恵を受けたという自覚があるならば・・・とは言ったもののまぁ無理でしょうね。理由は・・・女だからです。それでも栗原には田村の座っていたイスを受け継いだ者として頑張って欲しい。田村だって名乗った最初から"タムラ様"だったわけではないのだし。

さて、さてが多いが田村の試合後のマイクで感じた事など。ウロ覚えだけど「ここが輝ける場所でした。また新しく輝ける場所を捜します」と言っていた。そしてもう数十年前となる女子プロレスのドラマのタイトルは『輝きたいの』だった。LLの選手たちがいつまでも現役に固執する姿を見て「ここでしかチヤホヤされねぇんだから」と冷笑する人もいるけれど、つまるところ『輝きたいの』という事なのだろう。多分それは女子総合の選手やアイドル志望の女の子もそうだし、男だってそういうタイプの人は幾らでもいるのではないかな。  
Posted by hardcore_heaven at 11:04Comments(0)TrackBack(0)プロレス

2011年01月02日

<『元・新日本プロレス』を読む>

この前のDDT後楽園の試合前、雑談で「今、プロレス・格闘技関係ではどんな本なら売れるか?」という話をした。暴露本は山本さんの『金権編集長』でひと巡りし終わった印象だし、半自伝的なものと言えば榊原さんのPRIDEの栄枯盛衰が賞味期限的にもギリギリだろうか。もちろん前田の本なら読んでみたいけど、本人が「自分はプロレスしかやってない」とか言うはずもないので期待はできないから、死んでからの評伝の方が面白そう。ちなみにその人は以前、前田に「格闘技ではなく在日韓国人としての本を出しませんか?」と打診した事があり、結構いいところまでは行ったものの最終的には結実しなかったらしい。超満員だったその日のDDT後楽園で300冊売るとしたなら・・・チェリーのオシャレブックとかどうかな。500冊売るまでのドキュメント込みでとか、DDTならやりそうな気がする。
そんな中で出たのが金沢さんが最近出版している『子殺し』やこの『元・新日本プロレス』の話。まさに金沢さんが長いキャリアで培ってきた信頼関係で得た話や、その当時の状況とを照らし合わせるような独特なドキュメント本だ。これを暴露と取るべきかは迷うところだけれど、選手たちは話した当時はあくまで「ここだけの話」でまさか書かないと思っていただろうし、そして今読んでも「もう時効だね」と笑って流してくれるのだろう。
当然『子殺し』『元・新日本プロレス』は読んだのだけど、陳腐な物言いで恥ずかしいがまさに「金沢さんにしか書けない」作品だった。
この作品で紹介されているのは小原、片山、大矢、栗栖、越中、大谷とそれぞれが長短はともかく、輝きを見せてくれ、そしてIWGP王座には届かなかった選手ばかりだ。共通点を捜すならやはり青臭いけれど、新日本で過ごした青春時代を大切に心に持っているという事かな。
個人的には栗栖が全日本で本人の意思と関係なく引退させられたのは、ジョン・テンタとのデビュー戦で厳しい試合をした事が関係しているのかと思っていたのだが、どうもそうではなかったらしいのが、長年の疑問を払拭されたようでよかった。
書いていけばいくらでもイケそうだけれど、とりあえずはこの辺で。金沢さんはプロレス本としては新しいジャンルを切り拓いたので、是非ともこれを続けて欲しい。全日本の選手たちでこれを書ける人がいるとしたら、やっぱり小佐野さんになるのかなぁ。逆に週刊プロレス系のライターの人たちからは、自分語り的な本の方が読みたいというのも、自分の個人的な刷り込みなのかな。面白いものです。  
Posted by hardcore_heaven at 09:12Comments(0)TrackBack(0)プロレス

2011年01月01日

<『東京ポッド許可局』の『すべらない話』論でアレコレ>

『すべらない話』は実は一回も見たことがない・・・という事でこの本からだけの話しかできないのだけれど、この『すべらない話』について千原ジュニアは「『すべらない話』の文化はちゃんと話をする大阪の文化。それが東京の人にも認められてきたんとちゃいますか」と語っているそうな。チラリ聞いた話だけれど大阪の落語は付け足していく笑いで、東京の落語は削ぎ落としていく笑いと聞いた事がある。
千原ジュニアの話をこの本で読んだ時に「そう言えば日本のプロレスではテリトリーごとのカラーの違いというのはないよな」と思ったものだが、読み進めていくうちにプチ鹿島さんが「全日本にジャパン勢が乗り込んだ時のギクシャク感」について語っている。この後にはUWFが新日本に乗り込んだ時にも同じようなギクシャク感があり大変興奮したものですが、以降は新日本対Uインター以外はそのような興奮を味わう事もなく、今では初対決なのに淀みなく試合が展開する時代となっているわけですね。

さて、この本でもお笑いの方向性が変わったのはダウンタウン以降と語られている。自分が初めてそれを聞いたのは岡田斗司夫さんのロフトでの話からで、確かその時は「緻密に打ち合わせはされているはずなのに雑談しているようにしか聞こえない笑い」と言っていたような。それについて自分はプロレスに置き換えて「緻密に打ち合わせているようにしか見えない」プロレスを時代の変革と捉え、そこから「プロレスが変わった」としたのは闘龍門の日本デビューとしたような気がする。
多分この時は近藤修司が「闘龍門のプロレスが日本のプロレスを悪い意味で変えてしまった」と発言し、SUWAも「ノアに来て初めてプロレスラーになった気がした」と言ってる事について、自分なりの行間読み取りで「多数のスポットを緻密に組み立てて1つの作品を作り上げるスタイルへの違和感」と考えていたからだろう。

う〜ん。この項はイマイチきれいなオチがつかないな。とりあえずここまでとしてまた後日考えよう。  
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2010年12月31日

#9

ああ友よ、そんな調べではだめなのだ!
声を合わせてもっと美しく歌おうではないか!
歓び、それは美しい神々の輝き 楽園の遣わす美しい乙女よ
私たちは熱い感動の思いに突き動かされ お前の国へと歩み入る!

お前は世のしがらみが冷たく引き裂いたものを
不思議な力で再び一つに結びつける
神の柔らかなる翼の庇護のもと 全てのものたちは兄弟となる
心の通じ合える親友を得た者、
気立ての良い妻をめとる事ができた幸いなる者よ
歓びの気持ちを声に出して合わせよ!

そうだ!この地上でたったひとりでも、
心を分かち合える相手がいると言える者も共に和すのだ!
抱擁し合おう、何百万の人々よ!
この接吻を全ての世に広げよう!
星の天蓋の彼方には、必ず愛する父がおわすのだ
さすれば地にひれ伏すもろびとよ、創造主たる神を認めるか?

天蓋の果てに神を求めよ! 星々の彼方に神は必ずおわすのだ  
Posted by hardcore_heaven at 11:13Comments(0)TrackBack(0)ご挨拶

<『Dynamite!!2010』予想してみる>

せっかくなので『Dynamite!!』の予想など。要するにヒマなのね。今日はこれからNEO後楽園に行き、その後はまたちょろちょろ日記書いて、夜はまた後楽園に行き年越しプロレス。NEOはともかく年越しの方はカード、何ひとつ知らないなぁ。スポナビさまも今回速報対応はしていません。

<第一試合>
○鈴川 真一 対 Xボブ・サップ
執行猶予中という事で鈴川の試合は地上波放送なしかな。それでいてサップを当てるのは視聴率的にはもったいないと考えるべきなのか、もしくは賞味期限切れと判断されているのか。契約消化のためだったりして。ま、誰もが予想している通り数分で戦意喪失するかたちでのサップ1RのTKO負け。

<第二試合>
X古木 克明 対 ○アンディ・オロゴン
古木がどれだけできるかとかは別としても、大観衆(なんだよね?)の前でのデビュー戦で力を発揮できるとはとても思えないので、アンディ・オロゴンが何事もなく1R早々に打撃で叩きのめすと思います。

<第三試合>
○宮田 和幸 対 ×宇野 薫
宇野が減量に失敗しなければ宇野で堅いと思うけど、なんとなく宮田の方がより適正体重のクラスではないかと思うので宮田が判定で勝つと予想。

<第四試合>
○所 英男 対 ×渡辺 一久
かなり前の話だけれど佐藤くんは出稽古先で渡辺と寝技のスパーをやった事があるそうで。
渡辺(タップした後)「今のなんて技ですか?」
佐藤(ちょっと困惑して)「いや普通の三角締めですけど・・・」
渡辺はかなり礼儀正しい人だそうですよ。2Rくらいに三角締めで。試合はかなり盛り上がるのではないでしょか。

<第五試合>
×ミノワマン 対 ○泉 浩
体格差もあってつまらなく泉の判定勝ちで。

<第六試合>
×セルゲイ・ハリトーノフ 対 ○水野 竜也
もう自分が知ってた頃のハリトーノフとは別人のようなので。2RKOくらいかな。

<第七試合>
×京太郎 対 ○ゲガール・ムサシ
武蔵同様、パンチの技術の差で京太郎が惨敗すると思います

<第八試合>
○青木 真也 対 ×長島☆自演乙☆雄一郎
青木がサービス精神を発揮する事なく、1Rは耐え凌いで2R後半にキュキュッと捉えたところで長島のセコンドがケガする前にタオルを投げると思います。

<第九試合>
○アリスター・オーフレイム 対 ×トッド・ダフィー
トッド・ダフィーが白人か黒人かも知らないけれど、直前にアリスターとの対戦オファーを受けるくらいだから、ケガしないうちに早めにやられて帰ろうと考えてると思います。1RTKO。

<第十試合>
○石井 慧 対 Xジェロム・レ・バンナ
石井はサービス精神を発揮する事なく、それでも懐には入れずにダラダラと1R終了。2Rも決め手なく判定でバンナ勝利かな?

<第十一試合>
○マリウス・ザロムスキー 対 ×桜庭 和志
桜庭がハイキックでKO負けという映像が目に浮かんだので。2R早々くらいかな。

<第十二試合>
○大和 哲也 対 ×西浦“ウィッキー”聡生
ウィッキーのトリッキーな動きに戸惑うも、大和の判定勝利。試合後K−1MAXをアピールも地上波では放送されず。

<第十三試合>
○桜井“マッハ”速人 対 ×ジェイソン・ハイ
特に盛り上がる事もなく、なんとなくマッハが判定勝ち。

<第十四試合>
×川尻 達也 対 ○ジョシュ・トムソン
ジョシュ・トムソンが白人か黒人かも知らないけれど、直前の対戦オファーを受けるくらいだから、よほど自信があるのではないかと思います。でも判定で。

<第十五試合>
×ビビアーノ・フェルナンデス 対 ○高谷 裕之
高谷がEXILEとかなり親しい関係であるとするVが試合前に流れるのかとも思ったけど、どうも家族愛売りらしいですね。アマ修で今の奥さんと一緒のところを見かけたバッハの人たちが「高谷くんの彼女見た?あんなに可愛い彼女だったら、オレ練習に専念できないよ」と口々に言っていたのを思い出します。肉食い減量法がコンディションの差を生み出し高谷の2RKO勝ちで。

しかし高谷対ビビがメインっていうのは凄いね。TV中継のシフトに合わせて中ほどで山を作ったという事なのか、フェザー級中心で行くという事なのか。これで最後という声をいろいろな所で聞くけど、これが終わってしまうと本当に格闘技ブーム完全終了という感じなので、できる限りふんばって欲しいなぁ。  
Posted by hardcore_heaven at 11:11Comments(2)TrackBack(0)予想

2010年12月30日

<『東京ポッド許可局』読んでアレコレ(その1)>

「プロレスについて考える事は悦びである」とは山本さんの言葉だけれど、まぁこれはそれだけの語彙的蓄積があっての話。例えば美味しいものを食べるのはもちろん大好きだけれど、「どうして美味しいのか?」なんて話は料理に関する知識皆無のため語りようがない。「あー美味しいね。また来ようね」でおしまいである。
で、お笑いの話だけれどこれまた「あー面白いね。また見ようね」でおしまいで、なぜ面白いのかという話にはなりようがない。これも突き詰めて考えれば「なぜ面白いのか?」「どこが新しいのか?」「どうアプローチが変わったのか?」などなど語りどころは幾らでもある。

今年で終わってしまったM−1グランプリは、この『東京ポッド許可局』での注釈によると「みんな真面目に見るお笑い番組」であるが、何気に見る側にとっても自分のお笑いのセンスを試される実力測定の場だったりする。と言っても自分は先ほども書いた通り「あー面白いね」の人なので、せいぜい自分なりの順番をつけるくらいで、そこに言葉で説明できるだけの語彙的蓄積はない。でもまぁだいたい誰でもベスト3のうち1つくらいは一致するんじゃないですかね。
という事でせっかく「あー面白いね」だけでなく、もっと多層的にお笑いを楽しめるのではという期待もあり読み始めたのがこの『東京ポッド許可局』。お笑いについての深い考察(それだけじゃないけど)にも唸らされるけれど、プロレスとの親和性の高さにも改めて驚かされる事が多い。お笑いについては他の人に任せて、自分はプロレスファンとしてビクビクッと来たところを中心にアレコレ書いていってみたい。  
Posted by hardcore_heaven at 22:11Comments(0)TrackBack(0)読書

<Gスピリッツ VOL18を読む(その1)>

今回はブルーザー・ブロディ特集。最新号がブロディ特集と聞いて思ったのは、Gスピらしからぬファンタジーな企画ではあるけれど、Gスピスタッフによる「もしブロディが生きていたら・・・」というテーマでの座談会が読んでみたかった。
88年7月に死んだブロディだが、翌8月の武道館大会ではファン投票による夢のカードとしてハンセン対ブロディのシングルマッチが確定していたし、その後も馬場さんの中では鶴田、ブロディ組対天龍、ハンセン組という抗争がプランされていたとか。
気になるのは天龍がSWSに移籍し、鶴田やハンセンが三沢たちの壁となるストーリーにプライドの高いブロディが同調するかだ。SWSへの移籍は馬場さんへの恩義や、結局誰一人全日本から外国人選手は移籍しなかったところからもない話だろう。
これはハンセン自伝からの話だが、ファンクスに対して特別な遺恨的感情を持っていたのは、馬場さんの厚意につけ込み、いつまでもトップの座を譲ろうとしない事を不愉快に思っていたためらしい。馬場さんはトップレスラーには長期的なプランをあらかじめ直接話していたそうだし、死亡当時で42歳という年齢からも最後の役割として受け入れたのではないかな。馬場さんが英語に堪能で、直接選手本人に伝えられるというのも大きいだろうし。
余談だけれど、先のハンセン自伝での自分が一番好きなシーンは、馬場さんがレストランでハンセンに「これからは三沢たちの壁となる役目を担って欲しい」と言われた時に「そう言ってくれるのを待っていたんだ」と返すところだ。

さてGスピの話に戻ろう。ブロディ伝説のひとつとしてよく語られ、『プロレススーパースター列伝』にも取り上げられたエピソードに「アンドレとのシングルマッチでトップロープからのキングコング・ニードロップで3カウントを奪うも、オーストラリアでの特別ルールでは反則となるため認められなかった」というのがあるが、これについてプロレス
研究家の小泉悦次さんが触れていた。もっとも記事では「77年の12月に2連戦行なわれているので、その試合の何れかの話だろう」という表記に留まっており、恐らくは断定できる資料は残っていなかったのだろう。もしその話がデマであるならば、どういった経緯でその話が日本に伝わってきたのかなど興味深い話だけれど。
また同じく小泉さんはレックス・ルーガーとの不思議な試合についても1本のコラムとして書かれている。小泉さんはルーガーのバックステージでの態度の悪さを当時の状況と照らし合わせながら「ブロディによる見せしめの制裁では?」と推測されていた。自分も以前この試合映像を検証してみた事があるが、どちらかというと同誌でのラリー・マティシックインタビューでの「仕事の上でフランクのプロレス理論を侵害する事は誰も許されない」という言葉がイメージに近い。何れにしろ小泉さんがこのコラムで書いていた「守ろうとしたのは自分の美学」という意味では一致するのだけれど。

それにしても・・・もし馬場さんが存命していたならGスピではどういう話を聞くことができたのだろうか。馬場さんはこういう本は許さなかったのだろうか。高山の話によると、馬場さんは自分の海外修行中の話をしている時が一番楽しそうに話してくれたというし、自分にとってはもっとも興味深い、レスラーによるレスラーの評価を最も聞きたい人であったので本当に残念だ。  
Posted by hardcore_heaven at 22:09Comments(0)TrackBack(0)読書

2010年01月23日

twitter、始めてみた

日記のネタというのがひとつ。登録しておかないと覗くのも手間なのがひとつ。どんなこと書くかはまるで考えてないけど、そういうのも考えないハードルの低さが魅力なのでは?という考えもありそうなので、そこらへんはよしなに。
マイミクの方で既にやってることを知ってる人には随時登録させてもらってますけど、こういうのって「登録させてもらいましたよ〜」とか言うのかな。まぁそれもしないくらいのハードルの低さと考えるのもアリかと。
よろしくお願いします。

あ、忘れてた。登録名はsand_landerです。鳥山明のマンガで一番好きな作品のタイトルから取りました。  
Posted by hardcore_heaven at 17:56Comments(2)TrackBack(0)ご挨拶

2010年01月20日

『格闘技における3つの三角の謎』:リサイクル

今日のグリフォンさんの日記で三角締めのブラジルでのルーツの話が出ていた。これは自分も04年の12月15日で書いたネタなので、ここに貼っておこう。今日はこれでヨシとしよう(笑)。
ちなみに本編のコメント欄ではひねリンさんやガルバトロンさんも見解等を書いてくれているので結構お得ですよ。


『格闘技における3つの三角の謎』

その存在を知ってから約30年に渡って、今までは全く疑問に思わなかったのだが今日フと思い出したら気になって仕方がない事がある。マンガ『空手バカ一代』で大山総裁が披露していた三角跳びって存在するのだろうか?
映画『最強最後のカラテ』等、三協映画は全く見ていない自分だが、それらの映画では大山総裁でないにしろ誰か披露しているのだろうか?そしてもしそれが幻の技であるなら、三角跳びの発明者はやはり梶原先生なのだろうか? 考えだしたらキリがなくなり、この短い文章の中でクエスチョンマークも3つ使われてしまっているくらいだ。それにしても気になる・・・。

柔術にも三角にまつわる謎がある・・・らしい。これは先日ガルバトロンさんとメシ食ってる時に聞いた話なのだが、三角絞めがブラジルで使われ始めた経緯というのがはっきりしないのだそうだ。日本では高専柔道から派生したという事で間違いなく、自分で調べようとは思わないが恐らくいつ誰が発明したのかもわかっているのではと思う。
ブラジルで使われる経緯について考えると、まず第一に前田光世が最初にブラジルに渡った際に既に習得していたのでそれが広まった、というのが考えられる。しかし、それならば「経緯がはっきりしない」という事をガルバトロンさんが聞かされる事もないだろうからなかったという事なのだろう。
次に考えられるのは誰か高専柔道で習った人が持ち込んだという事。これはブラジルに渡る事自体が難しく、もし三角絞めのような攻撃のバリエーションを一気に増やすような技を伝えていたなら、前田光世同様ブラジルで名前が伝わっているのではと思うのだ。
そして3番目に考えられるのが、高専柔道で誰かが開発したようにブラジル人の中の天才が思いついた、という事だ。ここで植野師匠に聞いたところ「ブラジルでも三角絞めはトライアングルのポルトガル語なんですよ」という事で輸入したものではないかとの事。つまりデラヒーバのように開発した人の名前が付けられていないという事なのだが、オモプラッタやモンデバッカのように痛める部分(でもないんだけど)や見た目がそのまま名前となっている技もあるので、決めつけるわけにもいかないだろう。
植野師匠は「全く違う地域の猿が、ほぼ同時期に急に果物を川で洗うように習慣つくようになったのと同じように、同時期に違う地域の寝技を研究している天才同士が思いついたのかも知れないですねぇ・・・」とも言っていたが、さて。

そして3つ目の三角は毎度お馴染み骨法の三角の構え。この技の有効性についてがそもそも謎なのだが・・・これも含めて全ては伝説であったという事で決着としたい(なんてね)。  

2010年01月18日

行く人来る人

ドラゲにはどうもなじめない。まとまり過ぎてるところとか、すぐベビーとヒールが入れ替わってるところとか、理由を挙げればいくらでもあるけれど、結局のところ肌に合わないということなのかな。

ドラゲをちゃんと追いかけている人によると、もう観客の方も生え抜き選手のヒールターンについては「あぁ今はその役割の時期なのね」という感じで、本来の意味でヒートするのは外様の選手がヒールをやっている時くらいらしい。
そんな話を聞いた後だったもんで、先日のドラゲ大阪大会で大阪プロのタイガースとバファローが乱入したという記事を見た時は「あぁこれね」と思ったもんだ。まぁ2月くらいに大阪プロもビッグマッチがあるみたいだし、協力できるところはしていくべきなんだろうけれど、ドラゲが新日本化というか、小さい団体から見て何とか絡みたい団体になっているのを再確認するね。

そして時を同じくしてミラノが目の負傷から引退する事になったらしい。闘龍門がプロレス学校としてスタートしたことを考えると、初めて正式なメジャー団体と契約した選手という事になるのかな。思い出す試合は闘龍門時代の4WAY12人タッグやDDTでのディーノとのタッグだったりするけれど、新日本プロレスでも闘龍門以来のギミックを貫いていたというのはかなり凄いことなのではないかなぁ。
新日本とドラゲとの関係が良好なところからも、一度くらいは新日本のミラノとしてドラゲのリングに上がる姿は見たかった。時間ができたらミラノの試合もいくつかまとめておきたいなぁ。  
Posted by hardcore_heaven at 23:10Comments(0)TrackBack(0)プロレス

2010年01月17日

自分より小さい人には憧れない

昨日はグリフォン会でした。有名無名のブロガーの方たちが集まり、近況を話したり噂話の交換などをしたりするのですが、顔見知りの人とかとはお互いに詳しいジャンルの現況分析などを話したりもするわけです。
昨日はうしさんと隣り合わせになったところから、プロレス界の客層の変化とかその他もろもろの話などをしてきたのです。そういった中でプロレスと総合の共通の傾向として挙がったのが、選手の小型化について。
プロレス界では気がつくと藤波さんが大きい方になってしまったように、レスラーの小型化を凋落の原因のひとつに挙げられてはいたものの、何を隠そう(別に隠してはいないか)総合等も選手の小型化は進んでいたのですよ。まぁ総合の場合は軽量の選手もようやく注目されるようになったという側面はあるけれど、だからと言って大型の選手も増えているわけではないのは間違いのない話。
これについてお互いに納得し合ったのが「小さい選手を見て、その人より大きい人は憧れない」というもの。単純に体の大きい選手の存在感というのをさて置いても、やはり「あんな選手になりたい」という気持ちにさせるのは、自分より体の大きい選手への方が圧倒的に機会があるんじゃないかなって事ですね。単純にKIDを見て、身長が180センチくらいある若者が「ああなりたい」って思うかはかなり微妙なのではないかと。

まぁここからはオチも考えずに書き始めますけど、プロレスはともかく総合については(特に修斗やパンクラスあたり)ミドル級以上の階級で日本ランキングを制定して、底上げというか(少しハードルの低いのに)注目される場を与えていけば、大き目の選手も集まりやすいんじゃないですかね。ただそれで生活ができたり芸能人とも知り合えたりとかがあればなおいいけど、さすがにそこまでは難しそうだなぁ。  
Posted by hardcore_heaven at 14:22Comments(1)TrackBack(0)格闘技

2010年01月16日

『価格変動読み違え』

昨年くらいから新宿のブート屋にちょくちょく顔を出している。やっぱり目に入るのは自分がちゃんと新譜を追いかけていた80から90年代たちのアーティストのものになる。
「昔の名前で出ています」じゃないけれど、ポリスの再結成やポール・マッカートニーのライブには食指が動くし、マドンナが現役バリバリで活躍しているのはスゲーなぁと単純に思ってしまう。
価格はと言えばだいたい2980円くらいで、これが2枚組になると3980円となるのが相場。観客が勝手にビデオを持ち込んで撮影したものもあれば、TV放送を録画したものをそのまま焼いているものもある。今はデジタルでやりとりさっれるので、画質・音質とも劣化する事はないのはありがたいね。著作権保持者にはたまらないだろうけど(笑)。
まぁそのうち児童ポルノが所持しているだけで処分の対象になるように(まだなっていないのか、そのうちなるのか知らないけど)、もしかしたらブートもそのような対象となるのかも知れない。もっとも新宿にはかなりの数あったはずなのに、久し振りにいったら激減していて、商売そのものがネットに侵食されて成立しなくなっているようだ。
ま、それはともかくとして。自分の行きつけの店は結構特別セールやまとめ買い時の割引などをしている。売れ筋からハズれた商品を500円で在庫処分した時はそれだけで8枚くらい買ったし、ついでに5000円越えた場合は1枚サービスとあったので、3980円のデヴィッド・ボウイの60年代からのTV出演時の映像などをまとめたDVDをもらいました。
ついこの前までは2980円のDVDが3枚で5000円とあったので、ここでポリスの再結成ツアーやらマドンナの最新ツアーなど、「定価で買うのはちょっとな」というタイトルを買っておこうかと思った。思ったのだがもう少し値崩れするのではないかな〜という根拠なき読みに従って買い控えしていたのだけれど、年明けに行ってみると2枚で4000円に変わっていた。イマドキ下がる事はあっても上がる事はないと思っていたんだけど・・・。
まぁしばらくは買い控えで・・・と言ってるうちに店そのものがなくなるかも知れないのがちょっと不安ではあるなぁ。  
Posted by hardcore_heaven at 13:29Comments(0)TrackBack(0)音楽