吉田クライミング日記

フリークライマー吉田和正の不定期日記

遠い星

今年は年初よりろくなことし。
母親がこが本人が

今日は少しよいことあり

未だに上手く行ってなかった口から胃にむけてケーブルが開通した。これであと数年は、

(新)肩の痛みの話し

5年くらい前から、(肩の痛みの話し)や(50肩の話し)など、自分の経験を通して書いてきた。

去年からは、ほぼ完全に肩痛は封じ込めているので、より新しいブログを読んでほしいのだが、
アクセス解析をみると、いまだにふっるーいものが、結構読まれていて、
これは、マズい。

というわけで、最近のY田式肩痛ケア法をまとめてみる。

★肩後ろ痛

○(痛みの原因)肩甲上神経が圧迫されること、これにつきる。肩甲上神経が圧迫されると、筋原繊維のスライドに必要な電圧が不足することになり、支配筋の棘下、棘上筋が硬直する。これが痛みの原因の一つである。もう一つは、(別神経支配筋によって)押さえつけられた肩甲上神経表面が傷んでくることだ。こちらはいわゆる肩が凝ったというときに揉むと気持ちのよい場所。

○肩甲上神経を圧迫する筋肉
1. 肩甲挙筋と後斜角筋
場所はちょうど首の横後ろ頸椎6~7の高さ

2. 僧帽筋
鎖骨の後ろ、外よりの、この筋肉の硬直がさまざまな胸郭出口症候群につながることは、これまで再三書いてきたが、肩甲上神経を圧迫するのは、もう少し内側(首より)の部分である。

が圧迫ポイントだけマッサージしても、少しすると簡単に再発する。
これら3つの筋肉を硬直させないようにする必要があるわけだ(つづく)

6/6

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6月の北海道の野山は、快適の一語につきる。
ただブヨや蚊が多い点を除けば..
とくに水辺の西岩狭は、それが..

ものの今年は、はずれ年なのか、今のところほんのわずか。

岩場は外人さんやらで盛況。私たちも水音を聞きながらせっせと練習した。

6/4

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層雲峡ウグイス谷へ。
ウグイス谷初講習。
寒い一日なれど、
よい練習ができるエリアだった。
ウグイス谷ダイレクトは湯川のバンパイアーとテレポを足したみたいな好ルートだと思った。
快適なハンドからノーレストで最後にちょいかぶりのフィンガーが出てきてなかなかこしゃく。
フィンガージャムを苦手な人に多いパターン、(指屈筋で関節を曲げて)
というと写真のようにできる。
次に(そのまま曲げた指を重ねて)
というと指屈筋を忘れて虫様筋曲げ(写真)になる。

もう一息なんですけどね。

遠方のかた含め皆さん、ご参加ありがとうございました。

6/2

石垣山には、一つ気になってたボルダーがあったので調査にいった。

ずいぶん前の冬の日、麓の東愛別の町から葉の落ちた、岩場の上部にひとつ大ハングボルダーがみえた。

それがどこにあたるか、特定できなかったので、岩場の上部を笹をかき分けひたすら探す。

見つかったのはエリアの中間あたりの上、10mの立方体。部分的にきれいでうすかぶり。
うーんこれだったのかなぁ、
それより向こうには行かず。

下におりて、先日の講習時に消息不明になった、クリックアップ(確保器)をさがす。

見つからなかった、まっいいか。
もし誰かのザックに紛れていたら連絡くださると助かります。→hardlubktome@docomo.ne.jp

層雲峡へ。
ここまでくると、自然はワイルド感をまし、
廃屋がそこかしこ。

自分が20歳くらいの、まだ観光客が多かったころは、アイヌ系の人々が木彫りの熊なぞつくって生活していたが、今は、熊檻の熊も木彫りの民芸品も、アイヌ系の人達と一緒になくなってしまって、ここらの人口密度は激減してる。

北海道の歴史は先住民を駆逐して和人化していった歴史でもある。
旭川にはアイヌ人墓地があるが、和人による収奪が激しかったそうだ。ところでアイヌ人は縄文人に非常に近いとされる。
かつて、アイヌ人は縄文人と北方大陸人との混血とされていたが、
遺伝子を調べて、やはりアイヌは中国の南のほうからやってきたとわかったらしい。

日本の歴史も弥生人が縄文人を駆逐していった歴史といえる。日本の西と東のハジに近づくほど顔つきが濃くなるのはそのせいである。

そのスピードは発掘物などから比較的緩やかだったとされるから、
日本は騎馬民族の侵入で、一気に縄文人が、北東アジア系の民族に乗っ取られたとする(有名な)騎馬民族征服国家説はちょっとおかしいと思う。

日本民族は昔から温厚で、今は特に温厚(軟弱?)で、その意味からも、騎馬民族の血は
あまり入ってない感じがする。
韓国あたりには、そんな血が残ってるよね。

縄文時代は日本全国で数十万人しか人口がなかったとされる。
弥生時代に入って食料生産法がよくなり、人口が一気に増えた。
するとすぐに、日本を上げての大戦争がはじまった。
権益がぶつからない、ひとりひとりの生活テリトリーがあれば、贅沢出来なくとも争わずに生きていけるということなんだろう。
層雲峡では、そこらで寝てても、誰にも文句言われないのが素晴らしい。
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