不安を「危機感」に!②ベラルーシが連邦政府から勝ち取ったチェルノブイリ法を知る

今回は、「不安を危機感に!」の第2回目を書いてみたいと思います。


はじめに、Eテレシリーズ・チェルノブイリ原発事故『第1回 ベラルーシの苦悩の動画を紹介したいと思います。

※ 削除される可能性が高いので早めにご視聴下さい。


<動画の概要>
※ 画像の順番は若干、変えております。

<チェルノブイリ原発とベラルーシの位置>
20121002-1
原発事故で
国土の1/4が汚染された

<農地の問題>
<大規模農業を営む農場長>
20121002-3
20年以上、
カリウムを撒くなど、放射能と闘ってきた

<農地利用の基準>
20121002-4
厳格に
放射能の検査が行われている

<2007年時点の汚染地図>
20121002-5
オレンジ: 食品を作れる畑
紫: 食品以外の作れる畑
青: 何も作れない畑

<2011年時点の汚染地図>
20121002-6
残念ながら
食用農地が減ってしまった
※農場長が生きている内には農地が復活する可能性は無い

<汚染状況>
<事故当時の汚染マップ>
20121002-8
1986年5月10日(原発事故は4月26日)

<事故当初に避難対策をしたソビエト政府の立場>
20121002-7
今でも
100mSvで避難対策を行ったことを後悔していない
社会的損失健康被害を天秤にかけての判断

<後に公開された汚染マップ>
20121002-9
常時監視地域: 年間5mSv以内 
定期監視地域: 年間1mSv以内

<1989年に汚染地帯における被曝限度量で対立>

<ソビエト政府の立場>
20121002-a
1年目:
100mSv
2年目: 30mSv
3年目: 25mSv
生涯で350mSv

<ベラルーシの立場>
20121002-b
年間
1mSvを遵守すべきと主張

<ベラルーシ側の論拠=1985年のICRPパリ会議声明>
20121002-c
平常時は
年間1mSv以内とし、
異常時でも数年に限り年間5mSv以内
生涯では年間平均1mSvにすべきと記載
※ ICRPも
チェルノブイリ事故前迄はまともな主張をしていた 

<当時から被曝に健康被害に下限値は無い事は常識>
20121002-d
1mSvを超える地域は移住すべきと主張したが、
ソビエト政府側の圧倒的な権力にベラルーシ側は屈した

<ベラルーシ全土でデモストが行われた>
20121002-e
※ 日本各地の
デモ活動と同じ事が20年以上前に行われていた

<ベラルーシ側は独自基準を策定>
20121002-f
後に
チェルノブイリ法と呼ばれる

<ベラルーシは財政難となった時期に甲状腺ガン等が増加>
20121002-g
※ それでも政府は医療補償に掛ける予算を減らさざるを得なかった


まず、直ぐに感じた点は、20年以上前のベラルーシで起きていた科学的論争、現在の日本においても全く同レベルであることに驚きました。

ベラルーシにおける抗議活動が、命・安全を求めて行われていたことにも、今の日本の抗議活動との共通点も感じます。

逆の視点で考えると、26年後の民主主義国である日本が、厳格な社会主義国であったソビエト連邦と同レベル、もしくはそれ以下であり、非常に残念であると言えます。


ここで、番組の本編では、さらっと流されてしまいましたが、チェルノブイリ法の具体的な内容にもう少し踏み込んでみたいと思います。



<抜粋>
チェルノブイリ法が定める移住の権利地域の住民は、次のような補償を受ける―
1、国家の負担による追加医療保障(毎年の健康診断、薬剤の無料供与など)
2、非汚染地帯でのサナトリウム治療(保養)と追加の休暇
3、妊婦に対する居住地域外での延長休暇
4、月に100米ドル相当の支払い(健康増進用、追加食品用)
5、年金の30%割り増し


私が、このチェルノブイリ法の中で重要だと感じる点は、2と3、つまり子供妊婦に対する対策です。

国の未来を担うのは、子供、その子供を宿している妊婦です。ベラルーシは強大なソビエト連邦政府と闘いチェルノブイリ法を制定し、国の未来を守ろうとしたのでしょう。


チェルノブイリ法の和訳は、国会でも共有されておりますので、紹介させて頂きます。


日本においても、このチェルノブイリ法を参考とし、重要な部分があいまいな状態ではありますが、移住した人移住せずに留まった、それぞれにしっかりとした権利を与えるという法律が、みんなの党や社民党を始めとする野党によって議員立法で成立しました。

残念ながら、最も重要な被爆線量があいまいなままとされてしまいましたが、歴史(チェルノブイリの経験)をしっかりと学べば、自らが経験をしなくても把握できるかと思います。


なお、番組の中で紹介されているチェルノブイリ・ネックレスと呼ばれる甲状腺ガンの手術痕は、日本を始めとする欧米諸国の医療技術支援により、手術痕が残らない手術ができるようになっているそうです。


ただ、改めてベラルーシに渡った菅谷昭(すげのやあきら)松本市長の著作を読んでみると、非常に怖い箇所に気付きました。


その内容は、甲状腺ガンに患った子供の内、約6分の1に肺ガンへの転移が認められたという情報です。

菅谷昭・松本市長は、あくまでも5年間ベラルーシに医療支援に行ったのであり、この6分の1という数字が現時点では上がっているか下がっているかは分かりません。


チェルノブイリ原発事故と、福島第一原発事故は、単純に比較することはできません。放出されたとされる放射能の量は、互いにもっと多かったとする説もありますし、気象条件も、人口密度も大きく異なります。

最悪の場合には、チェルノブイリ以上の被害が発生する事も念頭に置いた上で、危機感を持って対策を講じなければならないのかもしれません。

私の定義では、不安は行動を伴わないものですが、危機感は実際の行動を伴うものです。チェルノブイリ法を勝ち取ったベラルーシが起こした行動も、まさに危機感に基づいた行動だと言えるかと思います。


次回は、その危機感を「希望」に変えるための行動について、まとめてみたいと考えております。


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