letters

September 29, 2006

前のエントリの続きです。

pindotよりottoさんへ
お返事

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ottoさん
こんにちは

お手紙ありがとうございます。

お返事が遅くなりました。
ごめんなさい。
もう九月も後半です。
九月の海はクラゲの海(と、ムーンライダーズも歌ってました)。
クラゲって綺麗ですね(水族館で見ると)。
海で見るとどうなんでしょう?

海水浴は小学校低学年に行ったきり
水着は高校の授業で着たきり
大学のゼミで海に行ったのが最後(普通にスカートで)。
(そもそも泳げない)

リゾラバ。
リゾートにもラバーズにも永遠に無関係な人生です。
西瓜は好きです。
夏フェスはEZOしか行ったことありませんが好きです。

九州はまだまだ暑いのでしょうね。
札幌は(それなりに暑いですが)もう秋の気配です。

「ロックか否か」酒の席でもしないような文通。
楽しかったです。
もう二年も前なんですね。
ロック文通再開のお手紙、とても嬉しかったです。



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甲子園でのエラー
そして一回戦敗退

甲子園に全く興味のない私でも
(一生忘れられない出来事なんだろう)
と想像します。

それは取り返しのつかない決定的な事件かもしれませんが
9回裏、または延長のあと試合は終わり
いくつもの試合のなかに紛れ
ottoさんのお友だちやチームメイト、監督など以外には
忘れられている。
彼らだって甲子園シーズン以外はもう思い出さないかもしれない。
そんなエラー。


日常/エラー/日常

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ところで

昔、大島渚の「戦場のメリークリスマス」という映画で
「異常も毎日続けば日常になる」
(ちょっと違うかもですが、大意ね)というコピーがありました。

デヴィッド・ボウイと坂本龍一と北野武が出てました。
スクリーンいっぱいのたけしの笑顔を今も覚えています。
あのたけし、よかったなあ。
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その後、
たけしは
たけしによるたけしのためのたけし絶賛映画をたくさん作ってます。
坂本龍一はロハスでエコなオピニオンリーダー業をしてます。
ボウイはティンマシーンというバンドで札幌公演をしてくれました。
(星から墜ちてきたことも忘れるくらい地味でした)

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異常というのは戦争のことです。
戦争も日常になりうるのです。
世界にはいまでもそういう日常を送るひとがたくさんいて
私だって死ぬまで戦争を知らないでいられるという保証はない。

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「戦争」が日常で
「クリスマスの笑顔」が「何かある」の「何か」。

ただし、いくら何でも
(坂本のメイクは日常じゃねえだろ!)
と観た人が全員思ったでしょう。
未だにあのメイクの意味は不明です。
(軍服に坊主頭にあのメイク)さえも日常になるって凄いよね?

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ここで一曲。

ナンバーガール「日常に生きる少女」
ライヴ盤「シブヤROCK TRANCEFORMED状態」収録。

ジャケットが「毎日中学生新聞」の記事をコピーしたものです。
題して


「ナンバーガール」衝撃のライブを聴いた!!
正気と妄想の
交錯の中から
心の影が

(それゆけ! 毎中音楽部)
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(向井秀徳のMC。
観客に名前を尋ね、
彼女のプロフィールを勝手に空想して
〜北千住在住、花屋勤務〜
語りだす向井)

以下はジャケットから引用します。
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「家に帰るとテレビ見て、ケーキ食べて、ふろ入って寝る。
彼女は友達がそんなにいない。
でも日常を受け入れ、普通に生きている。
オレはそれが素晴らしいと思う。
あるがままを受け入れず、日常から逸脱するのって、どうなんやろな?
オレはヤヨイちゃんが好きや!ヤヨイちゃんにささげます!」

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(引用おわり。ヤヨイちゃんというのは観客の名前です)

CDでは「ヤヨイちゃんが好き〜」以降のMCしか聞けません。

♪日常に生きる あの娘は普通に生きて
病気もせずに 惑わされずに
オレはホントにそれは正しいと思う

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日常に、普通に、生きて。

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大島渚監督はその後
シャーロット・ランプリング主演で
瀟洒な佳作(チンパンジーと美女の恋)を撮り
病に倒れリハビリに励み
松田優作の遺児を時代劇(男子によるファンファタールもの)で
デビューさせました。

彼、松田龍平は多くの映画で活躍しています。

そして大島監督はまた闘病生活をしています。
しかし彼はたぶん今後も仕事に復帰して
ヘンテコな作品を撮ると思います。

そもそも
バンド名になった映画監督がほかにいるでしょうか?

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映画をつくるのを「日常」にしているひとがいて
音楽をつくるのを「日常」にしているひともいる。
夢と日常は表裏一体。

それらを、いわば過剰摂取(オーバードーズ)して
生きている私たちがいる。
それは日常からの逃避ではなく
すでに日常や精神や肉体の一部。

…なんてことを考えています。

大島監督のヘンテコな新しい映画を
また観てみたい。

「病に倒れる」
「日常生活に支障を来す」
「仕事が出来なくなる」ことも
「エラー」でしょう。

でも「エラー」は「日常」の一部なんですよね。
エラーの全くない日常というのはない。

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回答

エラーも日常もロックだ。




それでは失礼します。

追伸
懲りずにまたお手紙くださいね。

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(ottoさんから「イエス!」というお返事をいただいたので
おそらく「その2」もあると思います)

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二年振りにロック文通を再開しました。

ロック文通。
またの名を
ロック非ロック研究所。

それは「DJはこんな物をたまに買う」のottoさんが
「ロックなもの」として取り上げた様々な事象を
私がロックか?ロックでないか?考えるというトラックバック企画。
(ottoさんは「DJはこんな物をたまに買う」を閉鎖、
現在は「ニュートラル」編集長)

すっごく楽しかったんですが
ふたりとも熱く語ったわりに
(熱すぎたのか?)
さしたる反響もなく…(笑

今回の文通も先にmixi(の、私の日記)にて発表したものの
やっぱり反響はなかったんですが
それはともかく

ottoさんの素敵なおたよりを
多くのかたに読んでいただけると嬉しいです。

(過去のロック文通はカテゴリ「letters」で読めます)


ottoさんのお手紙です。(8月にいただきました)

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拝啓
水玉姉さんお元気ですか?僕はすっかり老け込んでしまい
水分少な目の夏をすごしています。
いますぐにでも干上がる自信があります。 

さて、先日とある方からメールをいただきました。
「ロックかどうか、みたいな文通ってもうやってないんですか?」
あ・・・
そもそも僕がきちんとサイトをやっていた頃、
毎度どうでもいいものやことに対して
ロックか否か、なんて酒の席でもあまりしないような話を
水玉姉さんとやり取りしていたのっていつの頃でしたか・・・
その後サイトを真面目に書くことに飽きた僕は
文通企画はおろか、サイト自体もぶっ潰してしまい
この企画は自然消滅・・・という感じだったんですが、
なんとなく、本当に何となく思うところがあったので
こうやってまた駄文を連ねています。

夏の風物詩。風鈴、すいか、ビール、夏フェス、花火、リゾートラバース(リゾラバ)・・・
わいて出てくる蚊を除けば、夏らしいとされるものすべてに
これまで僕は愛情を注ぐことが出来ると自負していました。
ところがここ数年、意味もわからぬほど仕事に忙殺され
季節感のない日々をすごしているせいか、
夏の象徴であるこれらがすべて憎い!満喫しやがって!
と非常に大人気ない大人へと変貌してしまいました。
バカ!夏を楽しむ奴らなど皆死ね!
いまや6割以上が本音です。

そんな僕が、それでもいまだ愛してやまない夏の景色−
それが甲子園なんでしょう。
負ければ後がない、一進一退の攻防は、
年間100試合以上を前提としている職業野球にはない魅力が満載です。
喜びも悲しみも、すべてマウンドで語る彼らの姿は
いくつになっても「年上のお兄さん」というイメージを抱かせてくれます。

先日、歴史に残るであろう名勝負を早稲田実業が制し、
感動的なシーンで幕を閉じた今大会。
キャッチャーのサインに3度首を横に振り、最終的に投げたストレートで
3振に切ってとったラストシーンにこみ上げるものがありました。
やっぱり甲子園はいいなあ!

そんな高校野球に僕は、とかくロックを感じてしまうシーンがいくつかあります。
中でも一番ロックだと思うもの。
今回はその「エラー」に焦点を当てたいと思います。
毎度のことながらセレクトが微妙ですいません。
しかもここは「負けた試合でおこしたエラー」というもの限定で話を進めたいと思っています。

僕の友人に、かつて甲子園で選手として出場したという
恵まれたやつがいます。
地区予選では圧倒的な実力で相手校をねじ伏せたものの、
全国の壁、大観衆のプレッシャーは想像を絶するものだったらしく、
残念ながら1回戦敗退となってしまったそうです。
試合終了後、とめどなくあふれ出る涙をぬぐいつつ、
自身のスパイクいれ(袋状のものらしいです)に
甲子園の土をかき入れ、思い出として持ち帰ったということ。
このエピソードはもはや甲子園とは切っても切れないものになっていますね。

この試合、友人はたった一つのエラーを犯し、得点に結びつく失策として記録されました。
そして、その1点で友人のチームは敗退してしまいます。
しかしながら、勝ったチームにしてみれば、その友人のエラーがきっかけで勝利を奪い、
みるものにドラマを与えた結果となったわけです。
しかもそのエラーというのは、イレギュラーバウンド、つまり
地面に付いたスパイク跡にボールが引っかかって、
予期せぬ方向へボールが飛んでいってしまったゆえに、
正気を保てずに出てしまったエラーでした。
試合後、涙を流す友人にあつまるチームメイトは
誰も彼を責めなかったそうです。

高校生の3年という月日はいったいどれくらいの価値があるのか。
その大小を問わず、その日、友人の夏は間違いなく終わりました。
「涼しくなると寂しくなる」という言葉がそれを一番物語っている気がします。

ありていの言葉で言えば、この敗戦によって
「人生とは何があるかわからない」という教訓を得たかのように思われますが、
本人の感想は
「それでも毎日が恐ろしいほど普通に続いていくことに驚いた」のだとか。
負けることが許されない甲子園でのエラーという
傍から見たらものすごく大きな転機(もちろん本人にとってもそうだったんでしょうが)が
その後の人生になにか大きな影を落としたわけでもなければ、
すばらしい道を切り開いたわけでもない。
ただ、ごくごく普通の日常が続いていくんだなあと思ったんだそうです。

これがエラーではなく、「優勝」だとか「ファインプレー」だとか「ホームラン」だったとしたら。
ひょっとしたらプロ野球への道が開けたりしたのかもしれません。
しかしながらエラーを境に後の彼の人生は大きな変化もなく、
そういう1日があったということが記憶されただけだったというのが
僕にはたまらなくロックを感じさせたのです。
かつてリリー・フランキーは著作の中で
「人を殺した人、SMをした人、道端のウンコを拾い食いする人。人それぞれ、人として様々なシビレがあるだろうが
皆、その超非日常体験を済ませたあとは、平凡な日常の温床である、我が家に帰る。」と書いていましたが
そのときに感じた「ロック」が、このエラーには含まれているような気がします。

ロックンロールってそんなに大した音楽じゃないじゃないですか。
衝動!とか情熱!とか破壊!とか後付のイメージで
本当は日常にそっと寄り添う「付帯の音楽」だと僕は勝手に思っていてるのです。
(だから大好きだと、僕は感じているんですが)
もちろんエラーがもたらす敗者のドラマをたっぷり含みつつ、
瞬間に達した感情の起伏というのは、
それが17,8歳くらいのまだ大人にもなれず子供でもない
そういう不安定な時期の人間が魅せるからこそ
我々傍観者にとっても美しく映るとは思います。
ただ、それは傍観者が勝手に考える先入観なんじゃないかなと。
それをわかった上で、演者(エラーした人)と毎日残業でぐったりしている企業戦士や
ご飯を作って家事にいそしむ主婦、はては特に何もせず毎日を過ごすニートの間にでさえ
さほど大きな溝はないのだということ。
我々は甲子園でのエラー経験はない代わりに、仕事のミスや人間関係の悪化、
コミュニケーション不全など様々なエラーを起こしたりしている。
本質は変わらないんですが、やがてそれでも日常は戻り、続くのです。
僕は勝手にそういうことを思ってしまいました。
日常ってすげえ、と。

普通に生きてりゃ、毎日何かある。
何かあるということはその時点で普通じゃないんですよね。
(言葉尻だけを捕らえるようなみっともない解釈ですけど)

図解すると


-------^-------------

   ↑
  エラー

うわあ、ロックンロール!!(なんの論点も持たない暴論)

ということで毎度のことながら強引な結論といたしましては
「エラーで敗戦という非日常から、連続する日常に戻るその瞬間はロック」
ということで、僕の妄言は終わりです。
ありがとうございました。 


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(以上、ottoさんのおたより)

私のお返事は次のエントリで。

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June 24, 2004

ottoさんから「のび太のママとのび太はロックだ!」のお返事が。

ottoさんのお母様はかつてドラえもんについて
「あたしなら可愛い家電と思うだろうな」
とおっしゃったそうです。



のび太はママが手作りおやつを出しても何の感動もなく食べるだけ。
美味しかったとかいうことも、美味しそうな顔をすることもない。
ドラにたしなめられても「つまらなそうな顔は生まれつき」だと言い張ります。

それに比べるとドラはただのお餅でさえ「こんな美味しいものは食べたことがない」という感激振り。
ママもつい可愛がるようになったんでしょう。

ドラものび太に対しては辛辣な発言が多いですが、
餌をくれ可愛がってくれるママに対しては
猫をかぶってるに違いありません。

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