誰が為の警鐘【Blog】

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塩野七生

ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(三)

ローマ人の物語(19) [ 塩野七生 ]
ローマ人の物語(19) [ 塩野七生 ]

ローマ帝国第四代皇帝 クラウディウス。
草食系皇帝・・・彼のことを人はそう呼ぶ・・・とか呼ばないとか。

健全な精神は健全な肉体に宿る時代、体の丈夫ではないクラウディウスは表舞台には上がらずひっそりと歴史の研究をしながら人生を過ごしていた。ひっそりと人生を終えるつもりだったろう。しかしカリグラの暗殺により、次期皇帝として白羽の矢が立ったのは血筋的にも年齢的にも適当なクラウディウスであった。寝耳に水であったろう。こうしてローマ帝国に歴史家皇帝が誕生した。

常識的な人間であり、それなりの政治的センスもあり、歴史的知識を持ったクラウディウスの治世は非常に健全に進んでいく。歴史家だけあり、アウグストゥスやティベリウスのやり方を良く理解しており、それを踏襲していることが何よりもローマに安定をもたらした。カリグラのお陰で傷ついた帝国が少しづつ息を吹き返していったのである。
健全な皇帝である。体は健全でないかもしれないが、精神は健全な皇帝であった。しかしながら、そんな人物であっても賢君になれるとは限らない・・・。

まず、彼の奴隷であり政治の中枢を担っていた者たちが好き勝手を始める。皇帝が潔癖な心の持ち主であっても、それに使える者たちがそうであるとは限らない。次に妻である皇妃アグリッピーナが暴れ始める。皇帝が純潔な思想の持ち主であっても、その妻がそうであるとは限らない。最後に、国民が飽き始める。皇帝が良い人物であっても、国民は地味な皇帝はつまらないと言う。

皇帝という地位はこれほどにも厳しいものなのか。本人がどんなに善人であったとしても国を治めるには至らない。国を治めるにはそれなりの悪も矢張り必要なのだということだろうか。結局、クラウディウスは帝国を回復させたにもかかわらず、さほど評価されないまま最後は毒キノコというアグリッピーナの毒によって生涯の幕を閉じる。

そして、皇帝ネロの舞台が幕を開ける。

ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(ニ)

ローマ人の物語(18) [ 塩野七生 ]
ローマ人の物語(18) [ 塩野七生 ]

ローマ帝国第三代皇帝 カリグラ。
彼は狂っていたのだろうか。自分はそうは思わない。

ティベリウスが天命を全うし、次代皇帝は既定路線通りゲルマニクスの息子カリグラが即位した。幼き頃、ゲルマクスに伴って軍団と生活していた際、小さな軍靴(カリガ)を履いていた事からカリグラと呼ばれ兵士たちに愛されていた。それが彼の名前の由来となっている。

ティベリウスの最後は悲惨であった。国民は皆彼を憎んでいた。ティベリウスの死体は刻んで晒してテヴェレ川へ!と叫ばれたほどであるとか。娯楽を無くし税を上げる。国のために善政を行えば行うほど国民に恨まれていく。畢竟帝政とは何なのか。訳が分からない。

そんなティベリウスの最後を見ていたカリグラは、国民に愛されようとあらん限りの全てを尽くす。人間としてごく自然な行動だと自分は思う。そして望み通り彼は愛された。愛された人間は、次に「愛され続けたい」と願う。これもいち人間として極自然な感情ではないか。結果的に国庫は尽き、財政は傾いてしまった。早くもカリグラに飽きた国民は、次第に彼への興味を失っていく・・・・・・。

カリグラは狂人だったと言われている。果たしてそうだろうか。節々の会話を見る限り、頭は良いし知性を感じる。肉体的にも健全である。彼の晩年の行動は狂っていないと思う。愛されたいと尽くした相手に、興味を失われていく絶望と憎悪。それに耐え切れる人間なんていないだろう。自分はカリグラを責めることができない。

暗殺により彼の治世は4年で幕を閉じる。
全世界最高の権力を手に入れながら、なぜこれほどまでに苦しまなければいけなかったのだろうか。これだけの力を持ちながら、まともな精神で統治できる人間のほうが自分は正気ではないと思う。

ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(一)

ローマ人の物語(17) [ 塩野七生 ]
ローマ人の物語(17) [ 塩野七生 ]

ローマ帝国第二代皇帝 ティベリウス。
ローマ帝国の餅は、カエサルがこね、アウグストゥスが搗き、ティベリウスが食べたのであろうか。
自分は常々思う。会社を興したものと、それを引き継いだもの。どちらが大変であろうか、と。どちらにも同程度の苦労があるのではないか、と。帝政だって同じであろう。いくら基盤を築き上げたとはいえ、ローマ帝国はまだスタートを切ったばかりである。ここで道を間違えればもろく崩れ去る可能性だってある。となれば、私欲に走ることなく淡々とアウグストゥスの意志を引き継いだティベリウスの功績は、前者2人に匹敵するものがあるのではないかと思う。

ティベリウスはアウグストゥスの養子となったためユリウス一門に入っている。今となってはアウグストゥスが血筋にこだわったのも分かる。国民の納得を得る最も簡単にして強力な根拠が血筋なのだと。後に続くカリグラの受け入れ方を見ているとよく分かる。ティベリウスはユリウス一門となりとりあえずは血筋として皇帝になった。しかし、これは後に続く本当の血筋の皇帝たちへの「つなぎ」でしかない。そのことがティベリウスを苦しめたかどうかは分からないが、彼は人間嫌いな皇帝としての生涯をあゆむことになった。結果的に彼は国民を嫌い、国民にも嫌われたが国を愛し国に尽くした。国民に愛されたいと望まなかった。ローマ帝国に心血を注いだにもかかわらず、崩御後はボロ雑巾のように扱われたのだ。不憫でならない。それを見ていたために、後に続くカリグラは国民に愛されたいと願い、それがまた道を踏み外す原因にも繋がっていってしまう・・・・・・。

ゲルマニクスが悪い。彼が生きていればこんなことにはならなかっただろうに。
つまりはゲルマニクスに毒を盛ったピソが悪い!いや、彼がやったという証拠はないけれど。

ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下) (塩野七生)

ローマ人の物語(16)
ローマ人の物語(16)

偉大なる帝政ローマの父、アウグストゥス。その昔オクタヴィアヌスと呼ばれていた彼の偉業も、ほぼ完成を迎えていた。ただひたすらにローマの将来に執着した彼の意思が最後に求めたものは・・・血筋への執着であった。自分の後継者になんとしても血を残すこと、カエサルの血統を残すことに執着した。カエサルも、かの銀河皇帝も、血への執着は薄かったというのに、なぜアウグストゥスはここまで頑なになったのだろうか。これまで恐ろしいほどのストイックさを見せていただけに、違和感を覚えずにはいられない。老齢がたたったというだけだろうか。

七転八倒しつつも後継者は決まり、パクス・ロマーナも成った。アウグストゥスは丁重に遺書と業績録を残しこの世を去る。ローマの平和の礎を築いた偉大なる人物。西暦14年、穏やかな死であったという。
カエサル、アウグストゥスと繋いできた平和へのタスキ。果たしてこれからの走者はどこへ向かって走ってゆくのだろうか。

ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中) (塩野七生)

ローマ人の物語(15)
ローマ人の物語(15)

平和な時代というものは人間を腐らせるものだという先入観がある。ローマにはかつてない平和が訪れ、強力な敵国に怯えるようなこともなくなった。平和を謳歌し、貪っても良い時代が訪れたのではないだろうか。しかしながら、大きくなりすぎた国は、それはそれで内政問題を孕み出す。アウグストゥスは(この時代にして!?)少子化対策などに取り組みながら様々な政策を進め、じわじわと帝政への道を歩んでゆく。

やがて共に苦楽を共にした右腕アグリッパが亡くなる。その後もひとりまたひとりとアウグストゥスのまわりから親しき人、かけがえのない人が他界してゆく。孤独に進んでゆく帝政への道。平和が訪れただけでも人は腐敗し、何百年も先のためなど考えず今の自分の幸福だけを考えそうなものだが、アウグストゥスは異常なほどストイックに事を進めていく。まわりの人が死に孤独に苛まされただけでも人は狂って行きそなものなのだが、アウグストゥスは恐ろしいほど頑なな信念で邁進していく。

アウグストゥスの偉大さは精神力なのではないだろうか。これだけの権威を持ちながら全くブレないところに感心を超えた恐ろしさすら感じてしまう。アグリッパを最後まで重用したことも興味深い。普通この手の第一人者より戦に優れた人物は消されてしまうのが世の常なのだが、アグリッパは死ぬまでアウグストゥスの右腕で在り続けた。単に帝政が完成しておらず道の途中であり必要であったからと考えることもできるが、もし帝政が成っていたとしてもアウグストゥスはアグリッパを信頼し続けていただろうと想像される。

アウグストゥスは57歳になる。かのカエサルが亡くなった年齢近くになった。いよいよ帝政への仕上げにとりかかるのであろうか……

ローマ人の物語〈14〉パクス・ロマーナ(上) (塩野七生)

ロ-マ人の物語(14)
ロ-マ人の物語(14)

カエサルが死に、その意思を継いだオクタヴィアヌスがローマを平定した。オクタヴィアヌスはアウグストゥスと名を変え当時の世界に於いて最高の権威を手中に収める。しかしまだ、完全な権力を手に入れたわけではない。アウグストゥスは慎重に、そして綿密に帝政への礎を築いていく。彼にはカエサルが持ち得なかった最強の武器「若さ」があった。時間をかけてじっくりと事を成就させていく余裕があった。ローマは数百年ぶりの平和を手に入れたのである。

本書とはあまり関係ないが、カエサルとアウグストゥスの偉大さを知るエピソードとして月の話を紹介しようと思う。7月と8月を英語ではJulyとAugustと書き、ユリウス・カエサルとアウグストゥスの名前が付いている。二千年以上経った今でもこうして身近なところに名前が残っているというのだからその偉大さに感服する。

ところで、一年には2月を除き30日の月と31日の月があるが自分はいまいちはっきりとどの月が31日だったかを覚えていなかったりする。そんな自分でも覚えることができた次の覚え方を紹介する。

大昔一年は3月から始まっていた。そこで3月を31日とし以後交互に30日と31日を設定する。そして残った日数を最後の2月に設定したらしい。そしてカエサルは自分の名前を7月につけた。その後アウグストゥスが8月に自分の名前をつけたという次第である。ここからが面白い。そうするとアウグストゥスは30日となりカエサルは31日となってしまう。これでは少々アウグストゥスの偉大さが薄れてしまいマズイ。そんなわけで8月も31日にしてしまったというわけだ。あとは整合性を取るために9月を30日にし、以後31日と30日を交互に設定したとか何とか。
事実はどうかしらないが、古代ローマ二人の偉大さを感じつつ月の日数が覚えられる面白いエピソードである。

ローマ人の物語〈13〉ユリウス・カエサル ルビコン以後(下) (塩野七生)

ロ-マ人の物語(13)
ロ-マ人の物語(13)

来る紀元前44年3月15日・・・
カエサル死す

23もの剣を受けて偉大なる人物は倒れた。
23の刺し傷のうち、2つ目の刺し傷が致命傷になったと伝えられている。
23も刺されているのにどうやって2つ目が分かったのやら。

歴史上に見ても類まれなる才能とカリスマを持った人物だったが、最後は暗殺という悲劇で幕を閉じることとなった。これを暗殺といっていいのだろうか。暗殺というにはあまりにも直情的過ぎた。そして暗殺というにはあまりにも軽率過ぎた。本当の悲劇はこの後に訪れることとなる。

暗殺側の無計画さと決断力のなさが仇となり、平和が目前まで迫っていたローマは再び戦争の渦中に引きずり込まれる。立ち上がるはカエサルの継承者オクタヴィアヌス。対するは元カエサルの部下アントニウス。裏ではキケロさんがカエサルの死を知り「引き篭って手紙書いてる場合じゃねー」と奔走したりする姿もいとおかし。

それにしても死してなおカエサルの慧眼には恐れ入る。後継者に指名したオクタヴィアヌスはメキメキと頭角を表し、カエサルの意思を遂行していく。しかし、彼はカエサルのように「寛容」を持ち合わせていなかった。時として現状を破壊し新しい帝国を作り上げるには「厳しさ」も必要なのかもしれない。そういう意味ではスッラなんかが支配していてもおかしくなかったと思うのだが、スッラは帝政の礎を築くにとどまった。オクタヴィアヌスにあってスッラになかったもの、それは「カエサルの意思」かもしれない。

オクタヴィアヌスはアウグストゥス(尊厳ある者)となりローマ帝国の初代皇帝となる。
因みにカエサルは神に・・・

ローマ帝国は誕生した。
そしてこれからどのように隆盛を極め
そしてそれからどのように衰退の道をたどるのか。

ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル ルビコン以後(中) (塩野七生)

ロ-マ人の物語(12)
ロ-マ人の物語(12)

ポンペイウスに勝利しカエサルはローマを掌握した。終身独裁官となりローマの覇権を確固たるものにすべく動き始める。もはやその存在は皇帝であり。カエサルとはつまり皇帝である。ある種の文明が煮詰まってしまうと、結局こういう人物が現れなければ衰退は防げないのではないかと、ふとそう考えさせられてしまう。

カエサルのもっとも素晴らしいと思える点は、そのバランス感覚である。戦争と政治と、このバランスが実に絶妙であり、どちらも秀でている。ハンニバルもスキピオも素晴らしい戦術家であり、戦争に関しての創造力が見事だったが政治への力が足りなかった。スッラは圧倒的な戦闘技術を持っていたが寛容が足りなかった。ポンペイウスはまさに戦争の天才だったが政治に興味がなさすぎた。クラッススさんはお金しかなかった。キケロさんはペンで剣に勝てなかった。AOCでも分かるように、戦争と内政どちらもおろそかにしてはいけない。カエサルは人心を把握する技量に優れ、それを戦争にも政治にもバランスよく使用していた。

しかし、万人を納得させることは神にだってできない。規模が膨らめば膨らむだけどこかに「ズレ」が生じてくる。それはやがて亀裂を作り、そしてカエサル自身を飲み込んでいくことにもなりかねない。果たしてこのままカエサルの改革は平穏に進んでいくのだろうか。カエサルはどうなってしまうのか。もしかしたら暗殺されちゃうかも?次巻が待ち遠しい。

ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル ルビコン以後(上) (塩野七生)

ロ-マ人の物語(11)
ロ-マ人の物語(11)

「元老院最終勧告」を突き付けられたカエサルは、とうとう国賊になることを覚悟でルビコンを超えローマに剣を突き付ける。迎え撃つはローマが生んだ戦いの天才ポンペイウス。ライバルでもあり、良き理解者でもあり、友でもある二人の戦いの火蓋が切って落とされる。

カリスマ高きカエサルだが、ここにきて兵士によるストライキという事件が起こる。兵士のことをよく理解し、兵士からも愛されているカエサルにも関わらずストライキが起こったということに軽い驚きと違和感を覚える。ストライキを起こす心理というものは、やや自分の想像とは違うものだったようだ。あのアレキサンダーもスキピオもストライキを起こされた経験があるらしい。

兵士と親身になること、それは司令官にとって大切な事である。苦楽を共にし親密度を深めていくことで司令官は兵士の信頼を得る。しかしながら「親密度」が度を越すと、それは「甘え」に変わるらしい。軽んじられるということとは又違うかもしれないが、ようは「図に乗る」ということらしい。難しいものだ、愛し愛されすぎてもいけないバランス感覚。上に立つ人間というものの大変さを痛感させられる。

明日4/10は東京都にて都知事選挙が行われる。あまり選挙には興味がなかった自分ではあるが、古代ローマの歴史を追っていくと漸次選挙に対しての考え方が変わってきた。古代ローマそれはまさに選挙選挙の歴史なのだ。人身を掌握するためにカエサルを含め多くの人物たちが躍起する。今の時代になってもさほど変わらないものだな。。

ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下) (塩野七生)

ローマ人の物語(10)
ローマ人の物語(10)

カエサルに支配を広げられつつあったガリア人だったが、彼らも黙ってばかりではない。ついに団結しカエサルに立ち向かう時が来た。その先頭に立つは「ウェルキンゲトリクス」。読みを変えれば「ヴェルチンジェトリクス」以降ウェルキンで。自分はカエサルよりも、このウェルキンの方を強く意識してしまう。その理由は
誰が為の警鐘【Blog】 : カエサルを撃て (佐藤賢一)
に尽きる。この本はガリア視点になっている。更にはこの本を読むまでカエサルのことを自分は知らなかったのだ(滝汗 野性味溢れ猛々しく美しきウェルキンの方が印象に残るのも致し方無いというものである。

そんなウェルキンでもカエサルには敵わなかった。何が劣っていたのか。兵数、美貌、戦術、戦略、技術…。まあ技術には差があったかもしれないが、それでもこれらが大きく劣っていたとは思えない。何が勝敗を分けたのか…それはカエサルのカリスマだと思う。カエサルの人を惹きつける力は兵士も国民も歴史家も、はたまた読者含め圧倒的だと思う。

ガリアを平定したカエサルだが、ここにきてクラッススの死により三頭政治が瓦解するという事態に陥る。これを気にカエサルを抑えこもうとする元老院。カエサルはルビコン川を前に悩む。この川を越えれば国法を破ることになり引き返せないことになる。悩んだ挙句、カエサルは渡河を決心する。「賽は投げられた」のだと。

ここに読み到るまで、自分はずっと「ルビコンを渡る」とはルビコン川より外へ行くことだと勘違いしていた。逆だったのだ。戦いのため外に出ていたカエサルが、ルビコンを渡りローマへ戦いを挑む、これこそがルビコンを渡るということだったのだ。

カエサルの孤高な戦いが再び幕を開ける…

ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中) (塩野七生)

ローマ人の物語(9)
ローマ人の物語(9)

一旦スパルタクスを読んだり社内試験の勉強をしてたりで間があいてしまった。久しぶりに古代ローマの世界に浸かる。

我らがカエサルさんはポンペイウス、クラッススらと手を組み(操り?)三頭政治でローマを牛耳ることに成功する。そして、いよいよ本格的な総指揮官カエサルの戦争が始まる。行先はガリア、ゲルマン。ライン川に橋をかけて渡っちゃったりなんかする。それでもって更にはブリタニアまで旅立っちゃう冒険好き。

それにしても古代ローマの話を見てるとフランスやらドイツやらイギリスは野蛮だなぁという印象が深く刻み込まれていく。毛皮を着て石を投げ、狩り採集の生活。なんという原始人。土民。自分の中でローマ以外のヨーロッパのイメージがいろいろと崩れていく。しかしながら良く考えてみたら当たり前なわけで、時代はまだ紀元前60年程度。キリストすら生まれてないわけだ。その時代に日本はどうしていたかというと…。弥生時代で第10代天皇くらい。まだまだ神話のような時代だな。。

ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (塩野七生)

ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (新潮文庫)
ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (新潮文庫)
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ついに来た。
やっと来た。
来た、見た、勝った。
カエサルの時代にやっと辿り着いた。
ユリウス・カエサル
またはジュリアス・シーザー。
彼の名前はよく耳にすれど、その活躍はよく知らず。
彼の偉大さについては殆ど知らないと言って良い。そもそも彼のことに初めて触れたのは
誰が為の警鐘【Blog】 : カエサルを撃て (佐藤賢一)
であった。しかも、これを読んでもいまいちハゲのおっさんというイメージしか得られなかった。

いったいカエサルはどれだけ凄いのか。これから読み進めていくのが楽しみでならない。注目すべきはその大器晩成ぶりだろう。多くの偉人は若い頃から頭角をあらわすのに対し、カエサルは30前までほとんど目立っていない。いったいいつ賽がふられるのか。これからに期待。

そういえば、ここまでで「スパルタクスの乱」の話が少し出ていた。たしかこちらも佐藤賢一が小説化していたはずなので、読み交えたいところである。

ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下) (塩野七生)

ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下)新潮文庫
ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下)新潮文庫
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マリウスとスッラの時代。そしてポンペイウスの時代。内紛はそこそこ起こるものの、もはや外には敵なしの時代。強すぎる。古代ローマ強すぎる。

古代の戦争がどういうものだったのか。資料からしか知る由もない我々は想像するしかないわけだが、それにしても古代ローマの強さは異常すぎる。ハンニバルやスキピオにも言えることだが、いくらスッラやポンペイウスが名将だったとは言え、「敵の死者数十万に対し、味方の被害数百」とか本当にあり得るのだろうか…???

相手だって命がかかっているわけだし必至なはずだ。そんな人間たちが数万単位でぶつかり合うのに、ここまで大差で勝敗がつくことなどあり得るのだろうか。しかも装備もさほど変わらない時代で。納得がいかない。脚色があるのか、はたまたそれほどまでに戦術が優れているということなのか。戦術でここまで出来るものなのか。実際に見てみない限り分からない。

戦争以外だと奴隷の話が興味深い。
特殊技能のある奴隷は価値が高く、特に教師の奴隷は高級だったらしい。奴隷は現代で言う「新車を買う感覚」だったとか。なかなか絶妙な表現である。まあ国や時代によって奴隷の扱いも様々ではあったようだが。

次はいよいよカエサルの時代…

ローマ人の物語(6)―勝者の混迷〔上〕― (塩野七生)

ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)新潮文庫
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ローマは強国カルタゴを打ち倒した。
名将ハンニバルはローマを滅ぼすどころか、むしろローマを強くしてしまった。カルタゴ、マケドニアを討ち滅ぼしたローマに、もはや敵はいなくなってしまった。そうなると現れる敵は決まっている。そう、数々の歴史がそれを実証している。内なる敵の出現である…。

平和であるがゆえの腐敗。貧富の格差。戦時中には無かった問題が次々とせり上がってくる。決して戦争を肯定するわけではないが、どうしてこうも平和だと内部は駄目になってしまうのだろうか。極一部が富を占め、貧富の差が大きな問題となってくる。現代でさえ解決できない問題と言える気がする。何千年も前から人類は同じような問題を抱えているのか…。外なる敵がいなければ成立しない平等。虚しいものである。

かのラインハルト・ローエングラムがそうであったように、ドラスティックな改革を行うためには権力の集中が必要となる。古代ローマにも「英雄」の気配が現れ始めていた。そしてローマ人自体も英雄を求めていたのかもしれない。ガイウス・ユリウス・カエサルが産声を上げた…。

ローマ人の物語(5)―ハンニバル戦記〔下〕― (塩野七生)

ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫
著者:塩野 七生
新潮社(2002-06)
おすすめ度:5.0
販売元:Amazon.co.jp
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長きに続いたハンニバルとの戦いもいよいよ大詰め。ローマを恨み、父の仇として執拗なまでに戦い続けたハンニバル。そんなハンニバルを見習い、生まれ持った才能と人懐っこさで大勢の人間を動かすローマの輝ける新星スキピオ。ついにハンニバルとスキピオの戦いが始まる。

結果はスキピオの勝利と終わった。ハンニバルの戦術を取り入れ、ハンニバルよりも信頼の出来る仲間を持つスキピオに分があった。スキピオの戦略、戦術は実に巧妙で惹かれるものがある。その人間性も魅力的だ。しかしながら我々にとってはハンニバルの方が有名であり、これはことローマに於いてもそうだったらしい。スキピオはあくまでハンニバルの弟子と言う訳だ。ローマを強くしたのはハンニバルであると言われている。

ハンニバルはローマの成長を手助けしてしまった。強くなりすぎてしまったローマ。果たしてこの先ローマはどのような道を歩むのか。先が気になってたまらない。

ローマ人の物語(4)―ハンニバル戦記〔中〕― (塩野七生)

ローマ人の物語(4)

前巻に続きハンニバル戦記。いよいよハンニバルの活躍の時期となる。ローマの敵ではあるがハンニバルがとにかくかっこいい。と言ってもどんな顔だかは知らないが、振る舞いと言動がとにかくカッコよくて熱い。ローマがコテンパンにまでやられてしまうがハンニバル相手なら仕方ないと思えてしまう。そして、そのハンニバルにローマはどう対していくのか。それが気になってたまらないため読むのが止まらなかった。ハンニバルとの戦いは5巻に続く。

カルタゴとの戦いを見ていると結構「象」の存在が大きいことに気付く。戦争で象なんてフィクションやゲームの話だろうと思っていたが、現実でも象は戦争で活躍していたようだ。現代で言うところの戦車並みの存在だったらしい。まあ暴れだして自軍を崩壊させることもよくあったみたいだけどw

象相手には矢張り宣教師だね。

ローマ人の物語(2)―ローマは一日にして成らず〔下〕― (塩野七生)

ローマ人の物語(2)
ローマ人の物語(2)

誰が為の警鐘【Blog】 : ローマ人の物語(1)―ローマは一日にして成らず〔上〕― (塩野七生)の続き。全37巻制覇を目指してコツコツ読んでいっている。

本書はローマの黎明期にあたり紀元前300年あたりの物語となっている。この時期となると自分が敬愛する漫画「ヒストリエ」と結構時代が近いようだ。よってヒストリエと比較しながら読み進めていくと非常に楽しめる感がある。ローマより海を隔てて東に栄えているのがマケドニアである。ローマとマケドニアの年表を軽く比較してみよう。

ケルト族の来襲、ローマ占領が前390年。その後ローマ連合成立が前338年。マケドニアでは前336年にフィリッポス王が暗殺されアレクサンダーが同年に即位している。その後ローマはサムニウム族と戦争を始め、その間アレクサンダーはペルシャ征服という流れになっている。前323年にアレクサンダー没。20歳で即位となっているからヒストリエの現在は前340年あたりということになるのかな。日本はと言うと…縄文時代!!

一人の人物にフォーカスをあわせると壮大に感じる時間も、歴史という全体で見ると非常に短く感じるものだなぁ。。

ローマ人の物語(1)―ローマは一日にして成らず〔上〕― (塩野七生)

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ローマ人の物語(1)
ローマ人の物語(1)

古代ローマの歴史を綴った歴史書のような小説。単行本にして15冊とかなりの長編小説である。書店にずっらと並んだ単行本の列を見て、愛読家の友人が「読んでみたいが1巻を読んだら15巻まで止まらなくなるだろうから、なかなか手をつけられない」と言っていた言葉を思い出す。

偶々古本屋で文庫本を見つけたため1巻だけ購入してみたのが本書である。文庫版ならばサイズ的にも金額的にも手を出せそうだと考えたわけである。それにしても全37巻は十分驚異的な量だな。

塩野七生『ローマ人の物語』|文庫|新潮社

本書はローマの興りから、それに付随するアテネやスパルタなどの話が描かれている。少々時代が前後するが大体紀元前500年ごろの話。友人の言葉通り読み出したら止まらない面白さがある。これからコツコツ集めていこうと思う。
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