BIRDER20163月号、第10回フィリピンバードフェスティバル(PBF)参加レポート詳細
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フィリピンからバードフェスティバル出展のお誘いを頂いたのは、昨年夏のことでした。

フィリピンの方々とは2013にタイ国バンプーでのバードフェスティバルに出展したおりにお友達になり、その後も日本野鳥の会茨城支部の明日香治彦さんの仲立ちで交流が続いていました。明日香さんはアジア地域の野鳥民間大使のような方で、各地に熱烈なファンがおられ、タイにご一緒した時もとても心強い思いをしたものです。

今回も明日香さんを通してのTHE WILD BIRD CLUB OF THE PHILIPPINEからのお誘いで、その時、日本も真夏だったので、彼の国の暑さも何とかなるだろうと、気軽に参加を決めたのです。


ところが出発は12月。とても寒い羽田空港に朝一番で出発となりました。

明日香治彦さん率いるお仲間との合同チームと落ち合い、フィリピンマニラ空港へ到着し、外に出た瞬間、熱風に吹き付けられ、瞬時に丸焼けになったような感覚に陥りました。何処までも青い空、眩しい太陽に、常夏の島ということをしみじみ感じたのでした。

街中はクリスマス直前、暑い風の中にそびえ立つ、しゃれたクリスマスツリーやオーナメントの中を行くうちに「クリスマス=雪」のイメージは木端微塵になくなりました。


初日は、マニラ市内のお伽話に出てくるような、愛らしいOrchid Garden Suites Manilaに宿泊でした。

マニラの街が大きな窓いっぱいに見渡せるのですが、一目見ただけでも貧富の差が激しい街という事がわかりました。『物価の安いフィリピンで一番高いものは電気』と聞いていたのですが、確かに夜の帳が下りても、煌々と灯りがともっている家は少なく、いかに日本が電気を潤沢に使っている国かを感じました。

しばらく休憩したあとに、ホテル別棟でWelcome Dinnerがはじまりました。

お久しぶりの方、初めましての方…がっつりハグをし右の頬に『チュ』っとキス、もしくはキスをしたふりが、暑い国の熱いご挨拶で、笑顔が弾けました。

ここで簡単な参加チームの紹介と、今後の日程の説明を受けました。

このイベントは海外からのバードウオッチャー招聘も目指しており、エコツーリズム関連のイベントも兼ねているため、7つの国と地域から40団体もの参加がありました。

英語に明るくない私でも、けっこうなハードスケジュール、中身盛りだくさんのイベントと悟ったのでした。


翌日はホテルを後にしマニラから3時間、マニラ湾沿いのBATAAN州バランガ市へ移動です。鮮やかな黄緑色のミドリウチワインコをデザインしたシンボルマークで、美しくラッピングされた観光バスに乗り込みました。両脇と後ろと、きれいなラッピングでとても目立つバス、このイベントのことは広く告知されていたらしく、道行く方々が手を振ってくださり、テンションがあがりました。
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途中観光を兼ね、歴史ある教会や、市庁舎への表敬訪問、お魚の燻製工場への来訪もあったのですが、本来の目的は早々に、右に左にバードウオッチングを始める人続出で、鳥観人の習性は、国を超えて変わらないなぁと微笑ましく思いました。SA休憩のときにもとても多くの野鳥がみられ、この国の鳥層の厚さを実感しました。


バランガ市に用意されていた宿はThe Plaza Hotel Balanga City。街のど真ん中にある白亜のホテルです。到着の夜は、ホテルの目の前、街の中心地にあたる広場を、真白い柵で区切っての市長主催のDinnerでした。事前にいただいた案内の中に『式典にはTシャツ半パンツはNG』のドレスコードがあり、悩んだうえで、高司には麻のジャケットと蝶ネクタイ、私は絽の着物を用意してでかけたのですが『あぁこれで良かったのだ』とほっとしたほどの、とても格式の高い式典でした。

参加者からの市へのプレゼント交換や、歌、バンブーダンスなどが、プロジェクションマッピングやレーザー光線を多用したステージで繰り広げられ、夢のようなひと時でした。これでスモークがたかれればそのまま演歌歌手のステージにできる艶やかさ。

私のような、ふつーの日本人の太ったおばさんですら着物を着ていただけで記念撮影の嵐だった、賑やかな式典でした。
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翌日は朝5時ホテル前広場集合、パトカーに前後を守られながらSamat山に早朝探鳥会にでかけました。

数十分乗ったバスを降りたった途端に、ロックのバンバンな大音響、その中を蜜柑箱ステージのような台の上で、マッチョなお兄さんがエアロビクスをしていてびっくり。体をほぐして…という事でしょうが、早朝の運動といえばラジオ体操の日本人には刺激が強すぎました。ただこれには、体をほぐすことのほかに、山にいる賊を蹴散らす目的もあったように思います。何度も何度もパトカーが私たちの後ろを行ったり来たりしていたのですから。


このプログラムは最初「各国によるバードレース」と案内されていました。が、件の大音響&パトカーの赤と青のシグナル、さらには全員に配られたとても手の込んだ紙で作られた鳥の帽子をかぶった参加者たちに、恐れをなしたのか、当然のように、賊だけでなく鳥たちまで遠くにいってしまい、ただ淡々と、3時間ほど山を登ることになりました。バードレースには程遠かったのですが、それでも合間にでる鳥影に一喜一憂しながら進むことはできました。




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山の頂上には、バナナの葉を敷き詰めたテーブルが用意されていました。中央に土手のように白米が一直線、その両脇に、揚げた魚や鶏、かき揚げのようなもの、前日の工場で作られた干物、ゆで卵、ピクルス、ニガウリ、トマト、ナスなどが、彩りよく飾られ、皆でご飯とおかずを手でつまむ「カマヤン」というワイルドな朝食です。到着後全員が石鹸で手を洗い、みなで同じ朝食を楽しんだのですが、これで参加者同士の距離感がぐっと縮んだ実感がありました。


PBFそのものは初日4時間、2日目6時間の短い開催時間のものでした。

でも、ペットボトルの水が日陰に置いておいても熱くなるほどのお国柄、まして炎天下、一日フルでの開催はとても難しいだろうと思われました。

芝生の広場の上に、青い屋根のテントが7列ほど2ブロックに分かれて張られ、棕櫚の帽子や、貝細工の仕切りなど、とても美しい装飾がなされていました。

海外からの招聘チームは壁面として利用できるようにという配慮からか、麻の布が張られていたのですが、これが暑いこと暑いこと。あちらは透けてみえるのに、風が通らないので、眩みそうな時間を過ごすこととなりました。

各国からのエコツーリズムのブースが多く、多岐にわたるグッズや本などが並ぶJBFとはかなり印象が違いました。


隣接した巨大ホールでは、前述したように、州として野鳥観察を海外からの観光の柱にバードウオッチャーを招き入れたいという強い意志のもと、エコツーリズムの発表の場ともなっていました。また小学校・中学校・高校の子どもたちが、おそらく授業の一環なのでしょう、こちらに数千人が集結し、とても賑わっていました。

私たちもパレードということで場内を歩いたり、野鳥をボディペインティングされた乙女たちのファッションショーを楽しんだりしました。

こちらのホールから、会場へ子どもたちが流れてきて、それはそれは賑やかでした。
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kimonode37-5もちろん現地での一番の目的は「体験“タマゴ式”鳥絵塾」の開催です。

私たちオリジナル商品を並べた横のテントの横に、JBFのように机と椅子を並べたテントを用意してくれたのは、現地でこのイベントを中心となって企画運営していたクリスティーナさんとバービーさんでした。

お二人はJBFTHE WILD BIRD CLUB OF THE PHILIPPINEとして出展、私共の講座を体験されていたので、JBFと似たような環境を整えてくれていました。

御題は、現地の方たちに馴染みの深いキンパラ、ルリオハチクイ、ミドリウチワインコ、の3種。学生さんたちを中心に線画で挑戦してもらいました。

明日香さんのダンスつきの呼び込みのおかげで毎回大入り満員。

英語に堪能な明日香さんがおられたので、通訳をお願いできるものとばかり思っていたのですが『先生、これも経験ですから…』とまさかの高司ひとり立ち宣言。高司も頑張るしかなく『Do you know Egg?』という中学英語からのスタートとなり、英語・日本語・身振り手振りの3点セットでなんとか3講座を修了しました。

でも、彼の地でもみなさん一人残らず描きあげてくださって、最高でした。

やはり人間、相手のことを理解しようと思う気持ちが、言葉の壁を超えるのだなぁと、嬉しかったです。

明日香さんとR子さんは私たちのブースをお手伝いくださっていたのですが、他に用意されていた明日香さんチームのテントでは急きょ折り紙教室を開講。男性のMさんがとても上手にツルを折られていてびっくり。お嬢さんたちが小さいときによく折り紙をされていたそうで、教え方も優しくて、微笑ましい光景でした。折り紙を持参されていたH子さんS子さんは、ツルがこれほど人気になるとは…と笑顔で対応、肩こりが大変なほどでした。でも、ツルを折りあげた時の子どもたちの笑顔が可愛くて、と、ほんとに素敵な交流をされていました。


PBF終了後は、会場脇の広場で州知事によるサヨナラPartyが開かれ、参加の証の立派な楯も頂きました。歌や踊りもある賑やかな終わらない夜を送り、翌日は4時出発。PBF主催の探鳥ツアーに行く人、各々国へ帰る人と、この大イベント主催に尽力されたフィリピン野鳥の会の皆様に感謝をしながら、バランガを後にしたのです。

いたるところにフィリピン野鳥の会の方々の、お心遣いが行き届いた素晴らしい4日間でした。現地の方には感謝してもしきれないほどです。kimonode37-9


今回の来訪が叶ったのは、明日香さんあればこそ。アジア各国に探鳥に行き、鳥歴35年のベテランバーダーさん。吉成さんが「明日香さんはサンタクロースそのもの」と称す、そのチャーミングな笑顔で、アジア各国のマダムにも絶大な人気を誇っている方です。

今回の来比が4回目となる明日香さんによると、『フィリピンは、素晴らしい景色の中、240種とも250種ともいわれる固有種に会え、人情味に溢れる方々が多く、とても魅力的な探鳥地』とのこと。先の戦争による反日感情を持った方と、鳥の世界ではあったことがないと感慨深くお話しくださいました。

今回、PBF終了後のオプショナルツアーに参加された明日香さんたちは、念願だったパラワンコクジャクやパラワンツカツクリにも会えてとても思い出深い旅になったとか、鳥の神様はいるのだなぁと思いました。


私たちは、細かい予定がわからない部分があり、最終日はマニラに一泊することに。いつもお願いする旅行会社のT嬢が『マニラは交通渋滞が日常的だし、マニラ―羽田間は一日1便、乗り損ねたら大変だから一泊とっときました。空港へのタクシーも頼んどきました。物騒だからホテルから出ないで下さいよ』というので仰せのとおりとなったのです。まさか朝4時にバランガを出発するなどとは思ってもいなかったので、仕方ありません。

T嬢が手配してくれたのがDiamond Hotel Philippines。早期割引だとかなりお得に泊れるし、何よりセキュリティが一番ですから、との理由でしたが、まさか、なんとAPECで安倍首相も泊った★5のホテルとは知りませんでした。前夜、各々の明日の予定確認のときに、「谷口さん夫妻は空港経由Diamond Hotel Philippines。」とマイクで放送された時、旅行関係者のみなさんがどよめいたのはそういう事だったのだとわかったほどです。

マニラで一日思いがけないバカンス気分に浸ることになったのですが、世界中を仕事で飛び回っているGさんが『マニラの街中で双眼鏡なんて、僕は絶対出しません』というので鳥観は断念。T嬢に街に出るなといわれていたのに、街中で馬車に乗ってぼられかかったり、巨大なショッピングモールを散策し、やたら広いスーパーマーケットをみたり一風堂のラーメンを食べたりと、冒険を。あとは、12時間爆睡するという、ある意味贅沢な時間を過ごしました。

ダイアモンドホテルの朝ご飯、何故かヤクルトがついてます
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残念ながら治安の部分ではやはり怖いという印象のぬぐえなかったマニラですが、フィリピン国内でしたら、現地の方と行動を共にしている分には、全く問題がなく過ごせることがわかりました。


今回は、ゆっくり鳥を堪能できなかったので、フィリピンのお友達の笑顔と、素晴らしい鳥に会いに、ぜひ再訪したいと切望しています。


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着物でハーネス、前回の更新からずいぶんと間が空いてしまって申し訳ありません。ずっと気になりながら更新できないままでした。


実は201410月に、壮年発症の1型糖尿病と診断され、戸惑う日々を送っておりました。

糖尿病には大きく分けて2種類あります。生活習慣病や遺伝的要素で発症するのがよくいわれる糖尿病で、これは2型糖尿病。1型糖尿病は、ある日突然、膵臓にある膵頭からインシュリンが分泌されなくなる病気で、日本で7百万人いる糖尿病患者の中の3%とも5%ともいわれる割合で患者がいるといわれています。

毎回の食事の前に血糖値を図り、食事で摂取する糖質に合わせて、インシュリンを自分で打ち、血糖値コントロールをします。血液を採るのは1日3回以上。毎日の積み重ねで、これをしないと生きて行かれないのですが…けっこう面倒くさいものです。高血糖になっても、低血糖になっても、動悸がしたりイライラしたりするのも困ります。

出かけるのにも、インシュリン注射、針、血糖測定器、測定用チップ、採血用穿刺器具と専用の針、消毒綿、さらに低血糖対策用のゼリーやクッキーなどなど

、家出?と思うような大荷物になります。


それでも去年一年かけて、数度一人旅を体験してみたり、いろいろな1型糖尿病のセミナーに出かけてみたりして、この病気と一緒に歩んでいく心構えを身につけることができました。お仕事のペースも落とすことなく従前どおり取り組んでみました。

いまでは血糖コントロールもマスターでき、普通に暮らせるような気持ちになっています。


インシュリンは低温保存が原則なので、暑い場所への旅行は断念かなと思っていたのですが、昨年の発病後初の夏は、お盆の京都・平安神宮での結婚式があったり、このフィリピンへの旅があったりで、何とか乗り切りました。

日々数字を睨みながら、少しずつ経験を積んで、怖いものがなくなってきつつあります。


糖尿病に1型も2型もあるのすら知らず、また1型糖尿病はヤング糖尿病とも呼ばれるほど若年発症が多く、さらに痩せている方に多いので、『アラ環でおデブ』な私がなぜ?という思いもありますが、先生からは『交通事故のようなもの』といわれたので、きっぱりと踏ん切りをつけ、淡々とこの病気と共生を図っていこうと思っています。

その辺りの思いは発病後2日で立ち上げた

IDDM 59歳ある日突然1型糖尿病になりました」

というブログで発信しておりますので、お時間のあるときにご覧いただければと思います。

http://blog.livedoor.jp/tamashigi-fight/


よろしくお願いします。