HaruharaPのブログ

アイマスMADを作りたい人。メインツールはParaDrawとParaFlaです。

「花に染む」の実写映画化やドラマ化は全力で阻止したい。
(2017/01/18)

【映画】 傷物語III 冷血編 (監督 尾石達也 2017)

 公開から2週間近くが過ぎ、とっとと観に行かないと公開終わっちゃうということで観に行って参りました。金曜夜だというのに劇場はガラッガラ。どれくらいガラガラかというと、まだ特典小説がもらえるくらいの客の入り。神谷を見に来た乙女たちはどこへ行ってしまったというのか。

 従来のシリーズ同様に劇場版も基本会話劇なのですが、三部目ともなりますとどんなに精緻なCGを組みAEで空気感を出したところで、演出もだいぶ見飽きたというのが正直なところ。濃密な2時間なら満点の演出も、間伸びしてあくびが出てしまいます。
 さらに言えば、後半のキャラデザの崩れが気になって話に没入できません。2部でムラムラしたアララギくんの肉体も、今回はなんだかその後姿、中年っぽい。いやいや、肝心の羽川の裸体も、脂肪ぶよぶよで年増感アップ。二人とも、若々しさが無い。アニメなんだから、そこは虚構でいこうよ。
 ちょっと待て、没入感そがれるのはそんなところじゃなくて、もっと他にあっただろ。
 頭吹っ飛んで体から新しいのが生えてきたとき、え、ゴーストは体なの!? みたいな。突如、心身二元論の哲学的迷宮に入り込んでしまいます。
 忍野がやたら胸ポケットから取り出すハイライト、でか過ぎじゃね!? とか。
 サッカー場のセンターマーク、でか過ぎね!? とか。
 死体、そこでCGかよ!? とか。
 アララギくん、いつの間にズボンはいたの!? とか。
 そんなこんなの違和感が、俺の中の「映画を観よう!」とする気力を阻害するのです。

 愕然としたのが、最後の決戦に臨むアララギくんが、ぶっちゃけて言ってネタバレしてしまうと、何の「策」も用意していなかったということ。前段、羽川とセックス寸前までいっといて、それかよ! 意味あったんか、あのシークエンスは。
 三部待ってこの仕打ち。原作読んでたら続きを読まなかったですね、きっと。
 そう、原作未読なのでこの物語の終わり方が本当にこれで良いのかは分からないんですよ。分からないんですけど、劇場三部作として引っ張るだけ引っ張ってこれでは、腑に落ちないものがありますな。腑に落ちないでは生ぬるいか。納得できませんな。二時間に収まらないのか。せめて、前後編でしょう。舐めたビジネスしやがりますね。

 私としてもさすがにこれで物語シリーズは卒業いたします。今後テレビシリーズで何か始まっても、見るつもりはありませんです。
 シャフトさんにおかれましては是非、「3月のライオン」を最後まで頑張っていただきたい。
 どっとはらい。
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神谷浩史
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2016-07-27



 

【映画】 日本のいちばん長い日 (監督 原田眞人 2015年)

「終戦記念日」は初秋の季語だそうですので、ではどうして季節外れにこの映画を見ているのかというと、正月の一般参賀で皇居、つまり宮城に行った縁ですかね。
 話は半藤一利の著作やリメイク元の岡本喜八版を最大限活用し、補うべきところは補い、捨てるべき箇所は捨てていて、とても見やすい。無論、軍事に疎い一般人には、さっぱりわからんだろうけれども。
 というのは、1945年の国際情勢は歴オタであれば常識だろうが、陸主海従などと言われても軍オタでなければすぐにピンと来ないだろうからだ。
 陸相は陸軍三長官会議の推薦を経るとか、最高戦争指導会議と御前会議、閣議の関係性など、帝国憲法下の行政各法に通暁していないと、いっけん、意味不明だ。
 だがそれでもなお本作を興味深く見られるのは、畳み掛ける情報の渦によって、ある種のトランス感覚が催起させられるからかもしれない。専門用語や時事用語、大仰な昭和語(トーブグンだとか、ヘーカノタイメーだとか)が連発され、かえってそれが心地良いのだ。シンゴジラでも同様の方法論だったように思う。もっとも、それが狙いだとしたら、登場人物にテロップが欲しかったところだ。鑑賞者に情報を与え続けるという意味で。

 物語を時系列に語る演出として、同時進行時はカットの入れ替わりが激しい。また、ほんの数秒のセリフに目まぐるしくカメラが変わる。つまり、今風の演出なのだが、テーマや時代を鑑みると、いささか落ち着かない。一方、オープニングの、扉を開けていきなり東条英機のしかめ面が大写されるなど、面白い表現もあって、映像的に面白い部分もあった。
 ただ、ロケハンには相当苦労したことが偲ばれる。参謀たちが京都御苑を自転車で疾駆している姿は、「らしい」と言えばらしいが、その場所を知る者にとっては強烈な違和感であり、折角の没入感が大幅にそがれてしまった。他、各地の有名な建築物が「それらしい昭和の建物」として登場するが、映像表現として正しくても、なかなか受け入れ難いものがある。余計な知識が邪魔してしまった。こういう時こそ、CGなのだと思うのだが、実写映画で建築物の屋内は、今の技術をもってしても表現できないだろうか。
 一方、劇伴はほとんどないおかげで、人々の行き交う足音や、閣議での囁き声などが印象的に響き、また、ポツダム受諾後の閑散とした陸軍省に響く洋楽が、より映える仕組みになっていて、すばらしい効果を上げていたように思う。映画と音楽は切っても切れない縁なのだが、「静寂も音の一つ」であると再認識した。
 岡本喜八版との最大の違いは、阿南陸相の奥方の描き方だろう。あの部分はもちろんフィクションパートだろう。個人的には良かったと思うが、本作を「史実」と捉える向きには、少々溶け込めないエピソードだったかもしれない。
 ところで、役所広司は連合艦隊司令長官と陸軍大臣を演じたことになるのだが、演技としては、断然こちらの方が良いと思う。和戦両派からの圧力の苦しさと、立場上、けじめとして一切の責を負い死なねばならぬという悲壮感が、しっかり伝わってきた。剣道場の場面など、素晴らしい立ち居振る舞いだし、自決の前に部下と酒を酌み交わす場面では、まるで三船敏郎のように見えた。
 だがしかし特筆すべきはモッくん演じる昭和天皇の方かもしれない。感心したのは外見よりもその立ち居振る舞いであった。とくに話し方は、最大公約数的に想像する昭和天皇の、それそのものであった。「か」や「も」を「くゎ」「まぅ」とする発音、鼻濁音や息の使い方、浮世離れしたような、しかし純粋な日本語の話し方。モッくん、これは相当訓練を積んだと思われる。本当に禁中でそのような話し方だったのかは我々には永遠に知れないことではあるが、「それっぽい」のであった。

 昨今、邦画はアニメやコミック原作(それも、最先端から周回遅れのくたびれた作品)の実写映画化が激烈に増えている。その是非はここでは語らないが、本作のような骨太な邦画がしっかり公開されているのであれば、まだまだ日本映画界も腐っていないな、と思うのであった。

2016年秋アニメの感想

 経済指標の客観的データはもろもろ改善されているはずなのに、私の生活は公私共にテレビアニメの制作スケジュールくらい息苦しい2016年でしたが、皆様いかがお過ごしだったでしょうか。そういえば、劇場アニメが盛況の割りに、テレビアニメは大惨状ですね。
 一部の盛り上がりが、全く全体に波及していない。
 どうも、お金がからむとそうなってしまう経済システムのようです。
 どこかで利益を吸い取っているやつがいるというのは、昨年末、クソまとめサイトの炎上によってようやく一部判明しましたが、ああいう目に見えないモヤモヤっと仕組みが、世の中のあちこちの裏側に、すまし顔で仕込まれているのでしょう。
 そんな世情を横目に見つつ2017年こそは明るい展望を、と思いたいのですが、このまま惰性で突っ走ってもあまり明るい兆しは見えそうもありません。PDCAを回したところで、その考え方自体が世の中の仕組みにマッチしていないとしたら、意味が無いからです。
 この年齢になって「心機一転」とか真顔で言ってしまうと、個人レベルでは要は転職とか離婚結婚とか、そういうことにならなければならないのでしょうが、そこはチキンな俺のこと、もっともっと小規模なカイゼンで人生を少しはマシにしたいと思うのです。
 なんだか奥歯に物が挟まったような言い方になってしまいましたが、少しずつ、少しずつ、努力はしてゆきたいな、そう思っている次第です。
 こんな俺でもそう思うのだから、アニメ業界に生きている人間、特に、プロデューサーなどと言われる立場の人間たちはもう少し、真摯に生きて欲しいのですね、老婆心ながら。
頭が悪ければ業界から去って欲しいし、金を集められなければ実社会に生きて欲しい。これ以上、吸血ヒルを養う能力は、日本社会にも、アニメ社会にも無いのです。
 事実上の新年一発目のエントリにしてはとても辛気臭い書き出しになってしまいました。
 もっと明るく、楽しく、過ごしたいな。
 言いたいことは、それだけですね。
 じゃあ、2016年秋アニメの感想、行ってみよう!(空元気)
 
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視聴完遂

  • 響け!ユーフォニアム2

 前半、先輩方同士のゴタゴタで話がもたついたことを除けば、1期からの話がスムースにつながっているのですが、主人公の周囲の方々が物語上ほとんどフェードアウトしているのが少し残念でした。一方で、姉との関係を先輩との関係に重ねて語られた後半4話は、高い絵のクオリティや演出と相まって、なかなかグッとくるものがありますので、視聴を途中で止めなくて良かったと、本気で安堵しました。えぇ話や。
 それにしても絵のクオリティはさすが京アニ、演出も山田さんでしょ? しかも2期通してほとんど乱れが無いという。絵造りに関しては、現在のところテレビアニメについては最高峰の作品になっております。きっと、アニメ制作のマネジメントがしっかりしているのだと思います。
 あと、1期にあった妙に百合百合しいのが少なくなって、見易くなりましたな。ちゃんとした学生物語になっていました。
 追記)1期でモヤモヤした存在だったあすか先輩についてきっちり片がついたのは、良かったと思います。ちゃんと物語になっている。おかげで、サブキャラたちが消えちゃったけど。
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2016-12-21



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  • 終末のイゼッタ

 登場人物たちは納まるべき場所に納まって、なんとか踏ん張って話にピリオドを打った、という感じ。
 惜しいのは、この物語から特段得るものが無かったということだ。異能者の切なさを説きたかったのか、姫と魔女の友情を描きたかったのか、戦争の悲哀を言いたかったのか、どれも中途半端で焦点がぼやけている。
 一番の瑕疵は、廃城の天井画だ。魔女の秘密を示す天井画を発見したのだから、すぐに出鱈目の龍脈(?)を上描きすれば良かったのに。そこから丁々発止の情報戦があるのなら、少しは納得できたかな。長髪情報部員が無能過ぎて腹がたつ。
 また、イゼッタは全く躊躇無くモブを殺しまくっていることにも戦慄を覚える。というよりも、制作サイドが人の生き死にを真剣に受け止めていないのではないか、という疑念が没入感を殺ぎます。姫様のためなら人殺しをさほど厭わず攻撃するイゼッタの態度は、見方によっては狂気の沙汰なのであって、そしてそれはそれで面白い設定となるはずなのに、話の落としどころはPTA的に無難で綺麗な方向に持っていこうとしている。
 3話や最終回の戦闘シーンなど作画はまぁ頑張っていたし、途中退場した少年兵の最終回の使い方もスパイシーで良かったとは思うのだが・・・。
 なんだかいろいろ惜しい。
 脚本の吉野さんにおかれまして、ここはじっくり腰をすえて、ソラノヲトの2期に取り組んでいただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

 
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  • バーナード嬢、曰く

 漫画の方は絵柄がどうも私に合わなかったのですが、アニメになるとなんでしょう、スッキリポンと受け止められました。
 小説について云々というよりは、読書あるあるというか、本好きあるあるというか、そういうのにシンパシーを感じるように作られているのですよね? とにかく、畳み掛けるボケと突っ込みのテンポが良く、アッちゅう間に見られてしまう、なかなかの小品だと思います。
 この「本好きあるある」とか「図書館あるある」はネタの宝庫でありますので、漫画原作とさほどリンクしていないくても、2期3期と、永遠に話を続けることができるのではないでしょうか。
 というわけで、スタッフさん、頑張ってください。
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  • ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない

 ジョジョ4部以降はスタンド能力のスペシャリティが先鋭化しすぎて、実はチープトリックの当たりで連載を読むのはやめちゃったんですね。
 ジョジョ第1話をジャンプで読んだときは小学生だったのに、卒業したのは大学生になっていたという。時の流れの速さに嘆息してしまいます。まぁ、その後の話はコミックの方で読んではいたのですが、やはり2部、3部が好きだったのでさほどのめり込めず。
 ですので、こちらのアニメの方もやはりテンションは上がらなかったのですが、スタッフのジョジョ愛はひしひしと伝わってくる作品でしたので、その熱にあてられ、とうとう全話視聴してしまいました。バイツァー・ダストの能力とか漫画ではいち読者として(ご都合主義すぎて)ついていけない部分もありましたが、テレビアニメでこのようにテンポよくポンポンポンと見せられると、それなりに腑に落ちてしまう部分もありました。
 と、なんだか煮え切らない評価なのは、やはり第4部以降がもともと好きではないという私の立ち位置の問題なのです。ですので、この長編を一定のクオリティできっちり漏れなく放送することができたアニメスタッフには最高の評価を与えねばならないでしょう。スケジュール崩壊が頻発する現代テレビアニメにおいて、本作は特にプロデューサーに相当の手腕があったのだと思いますなぁ。


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  • ガーリッシュナンバー

ギョーカイ内幕物の評価基準が「SHIROBAKO」になってしまった今、なにかしら新味がないと厳しいことになってしまいます。つまり、ハードルはかなり高い。声優物は「それが声優!」もありましたしなぁ。
本作においては、主役とプロデューサーのゲスッぷりがなかなかスパイシーで香ばしく、また、作画も全編通じて安定しているので、総じてなかなかの出来の作品といえましょう。一方、そうした人物造形上、主人公が成長して真人間になってしまっては物語として破綻していると思うのですが、どうでしょうか。それと、仲間たちの描写の比重、バランス悪いような・・・。もう少し満遍なく、各人の悩みがストーリーにあればなぁ、などと思いました。ちょっとあっさりし過ぎと思いますが、こんなもんなのかなぁ。あまり熱血されても、たしかに受け止めづらいよなぁ。うーむ。
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  • レガリア The Three Sacred Stars
 いったい夏アニメなのか秋アニメなのかたよくわからないのだが、とりあえずこちらにしておこう。
 ロボの作画は頑張っていたが、デザインがダサくないっすか。謎パワーも後半になるにつれ案の定インフレ化して、ハーッ!と叫びながら極太ビームを繰り出すだけ。勝敗の行方は理屈とか戦略とか作戦などではなく、要は気合いなのである。現代のスレたアニオタが、それについていけるかどうか。
 このように脱力感満点なのだが、流石に延期しただけあって動画は安定していました。
 しかし、それがために制作費がペイしないのだったら、このアニメのプロデューサーは業界から足を洗った方が良い。ビジネス感覚の欠如は業界を疲弊させるだけだ。


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  • 舟を編む

 実写映画は劇場で見ましたが、いまだ原作は未読。
 本作のコンピタンスは、「辞書作りには時間がかかる」ということだと思うのです。だから、登場人物の死に涙するという構造があるのですが、映画もこのアニメも、時の移ろいの描写にさほど力が入っていなかったように思えなかったのは少々残念ではあります(ところどころの季節感はありましたが)。いや、地味にPCが新しくなっていたりとかはありましたけどね。10年20年という歳月は、思ったより時代は変化していたのではなかろうか。だからこそ、辞書作りも人の死も、感動するのだと思うんだけどなぁ。
 アニメ化を聞いてキービジュを最初に見た印象は、「西岡とマジメのBLかよ」と思いましたが、ほとんどその成分は無かったので安心しました。マジメ君も、実写映画ほどコミュ障ではなかったので見易かったですね。
丁寧に作られている本作、では、アニメならではの「何か」があったのかと問われれば、うーんとうならざるをえないですなぁ。つまり、実写映画を超えることはできなかった、というのが、私の正直な印象です(そらくらい、実写の「舟を編む」はよくできた映画です。実写なのに)。
 
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2013-11-08



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  • Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-

 線が細いアニメは作画が大変そうで、別の意味で心配で、見ていてつらいw
 たたみかけるセリフとやたら凝ったカメラワークで視聴者はついていくのに必至ですが、盛大に広げたホラ話を、少々強引とはいえそれなりに納得できるオチまで持っていった豪腕にはうならされたのも事実。
 ヒキニートを自称するガモン君の積極性や、盛り込むだけ盛り込んだデンパ要素に、はぁ?とならなくもないのですが、妙な勢いだけはあったので、見ているこちらも納得せざるを得ないのです。「キルラキル」ほど冒険しているわけではありませんが、それに比肩する勢いは、互するものがあったような気がします。りょーたすの爆乳がさほどネットで話題になっていないあたり、うーん、残念だ。昨年の「キズナイーバー」と同じポジションかなぁ。
 面白いアニメが必ずしも商業的に大成功するわけではない、という事実は寂しいですね。



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  • フリップフラッパーズ

 小中学生女児向けの「スペース☆ダンディ」、と言っておけば、当たらずといえども遠からず、だと最後の3話を見るまでは思っていました。
 話数が進むにつれ狂奔する母性と対峙する展開になり、ちょっと前半のアリス・イン・ワンダーランドな物語とはギャップがあるかもしれない。
 また、後半からやけに立ち込めるバトル臭に若干うんざりですが、現代日本社会に偏在する、不公平な「母性リスペクト」(なんたかんだ、日本列島では母性>父性が主流でしょう。父性が強かったのは、江戸後期から昭和前半までだと思う)が叩きのめされるというのは、少し新しい要素だと感心しました。ま、結局、母性が全てを包んで解決するという、いつもの日本のマザコン落ちにはなりましたが。
 最終話Bパート、ピュアイリュージョンから帰還(?)した後の数分間をリアルタッチのキャラデザで話が進んだら、神アニメになっていたと思いますな。俺ならそうする。
 しかしそらよりも本作で注目すべきは作画でしょう。小気味良くクルクル動きまくるココナとパピカに、うっとりしなければオタクとはいえません。フシギ世界を存分に駆け回る2人のアクションは、素晴らしかったです。



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視聴継続断念
  •  vivid strike!
  • 魔法少女育成計画
  • マジきゅん、ルネッサンス!
  • trickstar
  • 灼熱の卓球娘
  • ユーリ!!! on Ice
  • ナンバカ
  • 装神少女まとい
  • うどんの国の金色毛鞠
  • ブレイブウィッチーズ

視聴継続中

本年もよろしくお願いいたします(久しぶりにParaDrawをいじっています)

あけましておめでとうございます。

・・・というエントリを実は昨年すっかり失念しておりまして、2年ぶりになりますかね。 
この年末年始のお休みは、久しぶりにParaDrawで 真を描いたりしてまったり過ごしております。
本年は公私ともに忙しくなりそうなのですが、ちょっと本腰を入れていろいろ勉強したいなぁと考えております。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

この漢詩は、人の世の移ろいやすさや儚さを詠ったものですが、むしろだからこそrolling stones gathers no moss(ポジティブな方の意味で)、人間は成長し続ける、というように解釈したいです。

それでは、本年もよろしくお願い申し上げます。

blog20161231
結局描きかけのまま完成せず、作業越年確定ですよ!w

黙示録3174年 ウォルター・ミラー

 1959年にアメリカで刊行されたディストピアSF。巻末の解説は池澤夏樹。
 核の炎に包まれたが滅ばなかった人類の復活と破滅の物語。
 ネビル・シュート「渚にて」ほど物語に起伏があるわけではなく、ブリン「ポストマン」ほどエンタテインメントを志しておらず、カード「辺境の人々」ほど人類に期待していないし、筒井「旅のラゴス」のような文明観も読み取れない。内省的過ぎるSFなのだが、あらすじから察せられるが如く、本作の大きなテーマは明らかに「キリスト教」である。だから、中世キリスト教のモノの考え方を知らないと話の展開がまだるっこしく感じることになる。
 そう、人類絶滅の危機と文明の再生という大前提・大状況があるにも関わらず、物語の主軸はあくまでもキリスト教なのだ。
 だから、「部外者」である現代日本人の私の目線では、特に前半の登場人物たちのあまりに保守的で迷信的で頑固な行動には、かなりリーダビリティがそがれてしまったというのが正直なところ。また、ところどころ顔を見せる妙な「奇跡」も、少々唐突で話から浮いているようにも思います。

 文明の灯火が教会や修道院で密かに守られ続けてきたというのは、現実世界の「中世の秋」そのまま。かといって彼らにはセルダンプランのような明確な目的意識はないので、文明の意味を考えることよりも、それを固守し続けることに意義を見出してしまう。手段の目的化ってやつですね。本末転倒ともいう。なんだかんだあってやがてルネサンスを迎えるわけだが、文明の発達が人類を聞きに追いやったことまでは伝わらない。つまり、人類はどうあがいても同じ道程を進むことになることが黙示されてしまっている、とも読み取れる。
 このように、物語の根底に流れる暗い中世キリスト教史観はやりきれなさがあるものの、不思議と嫌いにはなれなかった。そうだね、手塚治虫「火の鳥 未来編」みたいな感じ。なぜなら本書を読み終えた時点で普通のアジア人ならば、永遠の輪廻へと発想が拡大し、その悠久の流れにこそ価値を見出すからだ。諸行無常。空即是色。色即是空。ほら、すんなり受け止められるでしょ。
 政治経済が混乱する現代社会で、孤高の賢者をきどってtwitterで世相を愚痴るより、本書を読むことで清廉な気持ちになれます。そうね、この感覚はひとことで言えば、「ゆるぎない諦念」かなぁ。
 
 ところで、 物語の終わりの方で、キリスト教と自死についてのやり取り、つまり、安楽死の問題にかなり項が割かれていて、60年前なのにさすがSF、などと妙な感心をしてしまいました。もっとも、作者はカトリックであるのに拳銃自殺を遂げてしまったそうですけれども。

 さて、本作はヒューゴー賞を受賞しているというのに長らく書店在庫のみ、つまり、事実上の絶版状態というのは、とても悲しいですな。新訳とか不要ですので、デジタルででも良いので、とっとと再販売していただきたいところ。ちなみに、私は古本屋で100円で入手しましたけどね。 

黙示録3174年 (創元SF文庫)
ウォルター・M・ミラー・ジュニア
東京創元社
1971-09

 amazon等のネット通販で1,000円以上出して買うよりも、最寄のちょっと真面目な古本屋で数百円で入手すべきでしょう。

花に染む(8) くらもちふさこ

 最終巻を読むにあたり、「駅から5分」全3巻と「花に染む」既刊を読み通してから臨んだわけだが、いま、心地よい疲労感と満足感に浸っている。万感胸に迫るってやつに浸っているので、このエントリも主旨がぼんやりふわふわしたものになるのも仕方が無いと思っている。

 くらもちふさこ先生が得意とする男子キャラの典型は次のようなものだ(と個人的に思っている)
 彼らは女主人公にとってミステリアスな存在であり、いつも思わせぶりな言動をとり、物語をかきまわす。しかし物語全般を見渡せば、ヒーローのアクションは常に女主人公に指向してい(ることが物語の最後の数ページで判明し)て、どこまでも誠実なのであることが分かる。全ての言動つまり伏線が、女主人公を思ってのことだったりする。一読、そうは思えないのだが、女主人公は実は太陽の如く物語の中心に位置し、男性キャラ・ヒーローは彼女を周回する一個の衛星に過ぎない。実は登場人物の相対関係は、だいたいいつもそんな感じなのだ。
「駅5」から登場するミステリアスヒーロー陽大は、要はそういう系列のキャラとして描かれ、くらもちファンである私もそういうものだと心底思いながら読んでいたのだ。
 最終章を読むまで私はてっきりそう思い込んでいたのだった。
 しかしくらもちふさこは恐るべきことに(見ようによっては)とんでもない結末を準備していたのである。
 ネタバレになるので多くは語るまい。陽大の思惑は、私の予想とは全然違うベクトルを向いていたのであった。彼は一人の女性を中心に廻る一個の衛星ではない。名前が示すとおり(!)、彼こそが物語の中心なのであった。
 花乃は彼の重力に囚われた衛星なのであり、雛も、水野さんも、要はそれだけの存在なのだ。

 こうした人物相対関係のコペルニクス展開は、もしかしたら時代がそうさせたのかもしれない。
「天コケ」「駅5」で重要なアイテムだったケータイは、本作後半ではとうとうスマホになってしまった。
 くらもちふさこがファンだというSMAPも解散することになった。
 現実世界の男たちは、現実世界の女性に「女性性」を求めないようになってしまっている。
 旧来の男性キャラの特性では、読者(もちろん女性を想定しているだろう)の期待に応えることが、非現実的になってしまっていて、物語を描くなくなってしまっているのかもしれない。

 そんなメタな事情は私の思い過ごしなのかもしれないし、深読みが過ぎてどツボに嵌っているだけなのかもしれない。典型的な痛い感想ってヤツだ。

 作画は、「天然コケッコー」後期から「asエリス」に至るスタイリッシュ性がやや落ち着き、少し読みやすくなっているものの、それでも読者には行間を読み解くセンスを強く求められる。だから、少年バトル漫画や萌え漫画のように口当たりはけっして良くない。漫画読みの玄人でも、かなり歯ごたえがあると思われる。だが、物語の深さや広がりを味わうために、是非老若男女問わず「挑戦」していただきたい漫画だと思う。

 ところで、「駅から5分」から続く「花染町」を舞台としたこれらエピソードは、やりようによっては永遠に続けることができる構造になっている。
 個人的には、売れない声優がどうなったかも知りたいし、花染中学の友人関係の変化も読んでみたい。
くらもちふさこ先生の新作が待ち望まれるところではあるが、「花染町サーガ」として、短編でもいい、続いて欲しいな、などと思っている次第であります。




 memo:過去の感想
 

【日記】 もう一度だけ「この世界の片隅に」を観に行ってきた

 ちょっと早めの帰省ということで仙台に居るわけだが、久々に会った両親、二人の叔母、そして弟と、なんの因果か(というか俺が誘導したのだが)「この世界の片隅に」を今一度観ることになった。主な感想は先日述べたので、だからこのエントリのカテゴリは「日記」である。
 家族と映画館に行くなんて小学生以来である。
 ちなみに、俺と弟以外は非オタであり、劇場でアニメーションを観るなんて経験はほとんど無いはずだ。父親は「ルパン対クローン人間」(これは彼の目当ての007の同時上映だったから、たまたまだ)、母親は小学生の俺ら兄弟のお目付役で「劇場版伝説巨人イデオン」に同伴したのが最後のはず。例の事件のせいで、アニメはキチガイが見るものという情報がインプットされた世代であり、だから、「キネマ旬報で最近評判の良い映画だよアニメだけど」という体でほとんど騙して連れ出したのだった。ちなみに昨日、監督の舞台挨拶が仙台であったようだが、生憎私の体調が悪く、タイミングが合わなかったのは残念であった。
 鑑賞後、所詮私の両親も戦後生まれ戦後育ちのせいか、すずさんの生きる世界はピンと来なかったようである。しかし、良い映画だという感想は抱いたようだ。父親の第一声は「この映画を作るのは、大変だったろうな(文献で調べたりいろいろ調査したのであろう、ということであった)」であり、母親は「悪人が誰も出てこないから良かったね」であって、両親ともに俺とほぼ同意見であったあたり、血は争えぬと思った次第である。

 ところで、親ですら知らない戦前戦中の日本社会を「いまここ」の俺が100%理解できるというのはやはり傲慢であると再確認した。いや、では、原作者や須藤監督がそれを完全に描けたのかと言えば、理屈的にはそれはどだい無理な話であって、要はこの映画の世界観は「よく出来たバーチャル」なわけだ。だからそこに悪人はいないし、風景はどこまでも美しい。
 しかし今回、仙台で観劇したせいか、劇中描写される「バーチャルな焼け野原」によって「津波でなぎ払われたリアルな宮城県沿岸」を想起されてしまった。初見で惹起されたおかしなデジャヴは、震災3か月後に見た石巻沿岸の風景なのであった。であれば、この映画の世界観は確かに今の俺と繋がっていると思わざるをえないのである。ここで注意すべきは、映画の世界観が俺と繋がっているのであって、あの戦争と俺とが直線で繋がっているわけではない、ということだ。

 俺の直線の戦争体験とは、1980年代、某市の桜の名所とされる場所で毎年春に見かけた、物乞いする複数の傷痍軍人であった。
 彼らはみな、白い病院服に帽垂布付きの戦斗帽を被り、義足であったり、眼帯をつけていたりした。たいてい、尺八やバイオリンやギターを物悲しい調子で奏でていて、目の前の箱に金銭を投げ入れるよう促すのである。
 今日の観劇後に一族で食事をし、その際、己の唯一の戦争体験としてこの経験を伸べた。
 親や叔母は怪訝な顔をし、要は、アタシらが子供の頃なら別だけど、お前が物心つくころはそんな人たちは居なかった、居たとすれば詐欺だよ、と指摘したのであった。
 なるほど、今、駅前で募金を叫んでいる一部のうさんくさい連中と同種なのであったか。うぐぐぐ、俺の純情を返せー! あー、知りたくなかったわー!

 また一歩真実に近づいてしまったのである。
 あの戦争の正しい姿を知りたい。
 俺の旅はまだまだ続きそうなのであった。 

【映画】 この世界の片隅に (監督 片渕須直 2016)

 評判通りの良作だったので、映画館からの岐路、書店に立ち寄りコミックを購入した。
 アクションで掲載されていたのは知っていたが、読んだことはなかった。絵柄がガロっぽく思えて・・・、つまり、食わず嫌いだったのだ。

 ともかく、まずは映画だ。

 悪人が誰も存在しない、淡い色彩の優しい優しい世界なのに、「いまここ」目線から見ると、貧困や戦争の気配がそこはかに漂い、空気は冷たい。「いまここ」の我々は、登場人物たちの行く末に困難が立ち塞がることが予感しているのだから、当然である。
 一方、劇中の登場人物たちにとってはそれが当たり前の「日常」なのであり、何の疑問もなく、思い思いに人生の楽しみを見つけては小さな幸福に浸っている。頻繁に差し挟まれるギャグや主演のんの演技に時折唇の端はほころぶものの、残酷な現実世界のとのギャップに私は打ちのめされ、とても幸せな映画だったのに、とても悲しくなってしまった。
「わたしはよく人からぼうっとしていると言われる」
 そう自覚している娘なのだから、周囲の社会状況や自分の置かれた立ち位置を理解などできないし、万事年長者や男性から言われるがまま、成すがままに流されて生きている。もちろん、それが「当たり前」の時代であり、まっとうな女性のあり方だったのだが(自意識が確立した義姉・徑子は作劇場対極のキャラクターになる)、それにしても(悪い意味で)ナイーブ過ぎて、見ているこちらが居たたまれなくなる。
 怒りや不安を覚えても、彼女はそれを口に出す術を知らないのだ。「タハハ」と頭をかくしかない。白痴一歩手前とも取られかねない(無論、そうではない事は承知だ。でなければ電化製品普及前の家政を切り盛りできるわけがない)彼女の言動に、「かわいそうな女なのだ」、あるいはもっと言ってしまえば「残念な時代に生まれた女なのだ」という感情、――もしかしたらこれは差別的感情なのかもしれないが――、ともかく、そうした微妙な感覚を微塵も抱くことなく、この映画を見つめることが、私は果たしてできただろうか。
 姉の徑子が勢いで口にした「あんた、広島に帰ったら?」の言葉は、実に実に、残酷に(俺の耳には)響く。無論、直後にはスレスレのギャグということで回避されはする。こうしたスレスレは、この映画、かなり多い。
 だから、玉音放送を聴いて「安定」が壊されたことを知り泣き叫ぶ彼女を見て、俺はとてもいたたまれなくなった。
 幸せに、平和に暮らすことって、なんて難しいのだろう。
 映画を見終えて、涙は流れなかった。深い悲しみにやりきれなくなって、涙腺がその機能を果たせなかったのかもしれない。
 満員の劇場では、終演後、拍手が起こった。
 俺は悲しすぎて、拍手する気にはなれなかった。
 悲しかったが、不思議に心温まるものもあったのも確か。
 だから、帰路、コミックを買う前に献血してきたのだった。 

 ところで、心配された(?)のんの演技は、幼少時代を除けばほぼ満点と言える。逆に言えば、幼少時の演技は下手であり、やはり声優ではなかったということだ。私は広島弁というものをよく知らないので、ネイティブが聞いて違和感があるかどうかはわからない。が、「あまちゃん」でも「カッコガキの『トウホク弁』」をそつなくこなせていたので、ちゃんと時代感や地域感を出していたのではないかと思う。

 さて、そしていま、漫画を読み終わったところだ。

 読後、漫画の方の「おもひでぽろぽろ」 に似たものを感じた。
 どこか遠い国の御伽噺のようだが、確かに現代日本とどこかで繋がっている。
 細く細く、切れそうな糸だが、現代日本の我々と確かに繋がっている。そのように感じました。
 一方、漫画を読み終わってこそ、スズさんの首をかしげつつ「タハハ」となる描写や、爆撃の様子など、映像表現の豊かさをかえって思い知らされる場面もありました。
 が、白木リンのエピソードが映画ではほぼカットされているなど(これは尺の都合上仕方が無いとは言え)、映画だけでは物語が完結できていない構造は、少々ずるいとも思いました。
 例えば、表紙の一部が切り取られているノートが、映画では一瞬映ります。アレ、漫画を読んでないと意味がわからないですよね。それに、エンディングに流れるイラストも、映画単体では「?」ですね。
 だから、原作漫画にあった「男女の機微」や「すれ違い」は、映画では「わかる人にはわかる」という仕様になっています。原作愛読者にはステキなボーナストラックかもしれませんが。

 ともあれ、原作漫画の良さを200%引き出し、きっちり劇場アニメに仕上げた作品であります。老若男女、誰にでもお勧めできますね。

 あー、ただ一点。
 一点だけ。
 キャラクターデザインに救われている部分はあると思うのだ。
 もしこの作品が世界名作劇場やジブリっぽいキャラデザだったら、多分、かなり悲惨な作品になったと思う。



 劇場アニメが盛り上がっているのは大変素晴らしい時代になったものです。
 この勢いが続きますように。

【映画】 トロピック・サンダー/史上最低の作戦 (監督 ベン・スティラー 2008)

 ベン・スティラー監督作品というと今まで「リアリティ・バイツ」しか見たことが無い。その映画ではスティラー自身が出演もしていた。彼がウィノナ・ライダーとキスをするというふざけた演出は若かりし頃の俺に怒りの感情をもよおさせ、だから良い思い出の無い人物である。

 本作が映画好事家たちに評判が良いのは前々から承知してはいたのだが、アメリカンブラックコメディという「ジャンル」が高い参入障壁となって観賞する機会を逸していた。私はもともとコメディでは笑えない体質であり、海の向こうの映画なら尚更なのである。
 しかし今日はたまたまhuluで見始めてしまったのだった。なんだかんだ冒頭のフェイクCMからエンディングのトム・クルーズのヒップホップなダンス(映画「マグノリア」でもパンツ一丁で変なダンス踊ってたよなw)まで見てしまったので、面白い映画ではあったと言えよう。映画好きであればあるほど「俺ならこの場面のパロディを使うのに!」と落ち着かない気持ちになるかもしれないが、一周半まわって、味わい深くもなってくる。
 徹頭徹尾おばかコメディであり、一部ゴアなフェイク表現が嫌悪感すらもよおさせるが、これもまたベン・スティラーの策謀なのであろう。もうそんな罠にかかるかってんだ。

 ところで、アメリカンコメディ映画において、上映時間の99%は日本人にはさほど笑えない時間だと思う。あちらさんのギャグがピンと来ないし、むこうの社会性や文化も表面的にしかわからない(今回の大統領選で、いかに我々がアメリカの上っ面しか知らなかったのか、皆様もよくご理解できたであろう)のだから、心底笑えるなんて、体を張ったギャグの場面くらいなのが正直なところだろ? 
 そのようにこうしたコメディ映画は日本人には本当のところで理解不能の笑いを提供しているのだが、上映時間の1%の部分に、人間誰しもが共感できる人生の真実や価値が描き出されていたりして、実は侮ってはならないのである。B級映画の矜持とも言える。だから「ショーン・オブ・ザ・デッド」や「ギャラクシー・クエスト」といった名作が生まれる余地があるのだ。
 そうしたガチ要素は本作にも含まれていて、ところどころにしこまれる俳優演技論はちょっと深いものがあり、うぅむと唸らざるを得ない。「役を演じる」ことの本質的意味と、現実と虚構の揺らぐ境界の不安定さなどがギャグの合間に隠されていて非常に小癪な作りなっている。
 
 というわけで、「見て損した」という類の映画では決して無く、むしろ映画好きの方にお勧めしたい。
 ・・・だが、やはりウィノナ・ライダーに職権でキスしたベン・スティラーを、未だに俺は許せないのである!w 

トロピック・サンダー/史上最低の作戦 [Blu-ray]
ベン・スティラー
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-09-10

 

通勤用ヘッドホンが壊れたので買いなおした話

 なにがなんでもワイヤレス。
 ここ数年、PCやテレビ周りはそんな感じなので、普段使いのヘッドホンもワイヤレスだし、通勤用ヘッドホンもワイヤレスなのだ。どっちもBluetoothである。ハイレゾが普及したら、今後Bluetoothでは厳しいであろうが、現状、俺の持ち物にはハイレゾ対応デバイスは無いので、問題ないのである。

 問題があるとすれば、通勤用ヘッドホンになかなかしっくりくるものが無い、ということだ。

 自宅で使用する分には没入感満点のオーバーヘッド一択なのだが、通勤用だとそれはいささか大仰である。5万円もするヘッドホンなら「おお!」と思われるかもしれないが、数千円のオーバーヘッドでヘッドバンギングしていたら、周りから人がいなくなりますね。満員電車ならそれでもいいか。いや、やっぱかさばるんですよ、通勤には。
 かといってイヤホンタイプはダメなのだ。皆様ももしかしたら高校の生物で勉強したかもしれないが、ワタクシの耳垢、湿性なのですね。耳垢の乾性・湿性は単に遺伝の問題なのであるが、イヤホンの清潔感という意味ではこれは別の問題で、どんなに耳を清潔に保っていても耳の穴にデバイスを突っ込むのはなんだかイヤなのです(earだけになッ!)。
 となると、耳介にかける、いわゆる「耳掛け型」しか選択肢が無いのが実情。
 でまぁ、今まではこれを使っていたのです。


 なんだかよくわからないメーカーのよくわからないデバイスで、「ノイズキャンセル機能搭載」とありますが、多分、気のせいでしょう。あるいは、一般の方が想像する「BOSEとかのノイズキャンセリング」とは全く別の何かなのかもしれません。だいたい、公式ホームページが見つからないというあたりチャイナの臭いがぷんぷん漂います。
 が、接続が早いのとプリセットされた人の声で接続や電源ON・OFFを(英語ですが)教えてくれるので、いちいち「繋がってるかな?」なんて確認しなくて済むのはありがたい。無愛想な「ピッ」とか「ピー」とかだけだと、分かりませんもんね。音質はまぁフツーですが、オープン型にしてはほとんど音漏れが無いのも通勤戦士には都合が良い。フィット感も硬くなく柔らかくもなく、そこそこしっかり耳にかかる。大変良い買い物だったのです。「だった」と過去形なのは、今は使っていないからです。
  というのは両耳のデバイスを繋ぐプラスチック部分が、破損してしまったから。amazonのレビューにもありますが、結構ポッキリ折れた、ネジがとれた、というケースが多いようです。ネジがとれるくらいならまぁ良いのですが、作りこみが甘いせいか、わずか半年くらいでソフトプラスチック部分にひびが入り始め、さらに半年経過したある日、ポッキリ折れてしまいました。うーん。中国製は耐久性がなぁ。
 せいぜい3千円程度なので、1年使えれば良いとも思いましたが、使い捨て感覚ならばもっと安い品物でも良いでしょう。
 そこで先日、新規購入したのがこちら。


 またも中華製ですw というか、こういうデジタルデバイスで安価に買えるものとなると、国産は絶望的という状態ですので、仕方ありません。
 こちらは、両耳デバイスをつなぐのは硬いプラスチックとなっていますので、それ自体にひびが入ったりということは無いと思います。その替わり、折畳み機構が脆そうで、しかも、折畳んでもさしてコンパクトにならないという謎設計。通勤鞄にしまっておくには少々かさばります。かさばる上に、ファンクションボタンがデカ過ぎて軽いので、いつのまにかスイッチがオンになって音楽が流れていたり。
 先日、満員の電車の中で音楽が聞こえてきて「お、誰かが真のTearを聞いている!」 と思ったのですが、実は鞄の中にしまっていたこいつから音が漏れ出ていたのでした。そう、こいつ、結構音漏れ酷いっす。電波ソングとか恥ずかしくて聴けないのはまぁいいとして、ちょっとビートの利いたトランスとかテクノとかそれなりの音量で聞いていると迷惑行為になりかねません。
 2千円少々とほとんど捨て値でそれ自体は文句は無いのですが、漂う残念感は偽ることができません。安かろう悪かろうは、甘んじて受け止めねばなりませんけどね。

 ちなみに両機種とも右耳部分にbluetoothデバイスが仕込んであるらしく、スマホを入れた鞄を左手に持っていると、時々、音楽が途切れ途切れになります。
 ご参考まで。 
ニコマス界隈の、辺境の住人。革命的国家社会主義真派の刺客、ペロリスト。真士。そして、映画と小説とアニメの愛好家。
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