HaruharaPのブログ

アイマスMADを作りたい人。メインツールはParaDrawとParaFlaです。

花粉症で痒い眠いつらい
(2017/03/13)

【映画】 セッション(監督 デミアン・チャゼル 2014)

 怨念と情念の相克の果てにある魂のサウンド。文字通り、正真正銘の血と汗と涙の物語。物語が終わっても互いの憎しみは消えないだろう。だがそれが偉大なアーティストへの道なのだ。

 アカデミー作品賞を獲り損ねた「ラ・ラ・ランド」の監督さんの、2014年の映画です。この映画、サンダンス映画祭で受賞しております。ですので、一筋縄ではいきません。
 音楽教室での教育モノ、自分探しモノ、アーティストの人生モノ、世代間ギャップ、孤独な青春ストーリー、ビルドゥングス、スポコン、師弟モノetc...
 観る人の立ち位置によって、これほど受け止め方や解釈の仕方に差が出る映画はそうは無いのですが、この映画は本当に百人百様の観られ方をする作品かもしれません。
 教師と生徒、どちらの感情移入するのか。そこが一つのポイントで、評価が変わってしまう分水嶺なのは間違いありません。と言っても、どちらもわりとどうしようも無いキャラクターだというのも面白いところで、先生も生徒も頭のネジがかなり外れているタイプ。
 スパルタ上等鉄拳制裁唯我独尊教師と、ドラム以外友達がいないニュータイプワナビーな若者。どっちもまともじゃない。
 私の立ち位置はどちらかというとフレッチャー先生の方に傾いていて、教育者としての氏の思考&志向の大変共感しました。けっしてハートマン先任軍曹ばりの罵倒&毒舌に感心したわけではありません。嘘です。聞く耳持たない分別のつかないガキに手をあげたい気持ちを、フレッチャー先生に託してカタルシスを得ていたのです。
 だって大事なコンテンストの日やろ。前乗り前泊するくらいの気配りせぇや!
 楽譜を無くしたり遅刻したり、挨拶もできなかったり、そのくせ自己主張は激しくプライドは高い。なんつーかこー、主人公の行動言動にイチイチ我慢ならんわけです。
「やればできる子」は、決して自分からやらないから、いつまでも、死ぬまでダメな子なのだという厳然とした真実。そこをあの手この手で何とかしようとする教師。
 やらなきゃいけないことをキチンとやるのも才能なのです。ダメな子に限ってできない理由を言うし、自己分析が甘い(もちろん、子供のスキルに合わせて教える側が準備するのは当然です)。だから、俺は主人公ニーマン君を平手打ちするフレッチャーに共感してしまったのです。
 そういう映画か、これ?ww 違うだろww

 最大の謎は、最後のコンテストにフレッチャー先生が準備した「罠」です。
 純粋な復讐なのか、これも一つのハードルだったのか、あるいはその両方だったのか。
 本作最大の謎について、明確な答えは準備されておりません。まさに見た人の受け止め方次第。

 ですが、ドラムソロを見ているうち、こちらも手や足に力が入り、歯を食いしばったのは確かな事実です。
 画面からほとばしるエネルギーと音の洪水。
 手にじっとり汗をかいてしまう緊張感が、確かにここにある。
 その源泉はなんなのか。怒りなのか、憎しみなのか、プライドなのか、リスペクトなのか。
 やはりサンダンス。分かり易い答えなんか、用意されているわけが無いのでした。 

へびつかい座ホットライン ジョン・ヴァーリィ

 70年代のSFは体質に合わないという話は何度かした。
 はっきり言って面白いと思う作品は過去読んだ中ではほとんど無かったわけだが、なぜだかSF界隈では「必読の書」とされている作品も多い。本書もその一冊で、だから手にとったのだが、実のところ、年配のSFオタにバカにされないため、というかなり消極的な理由が動機の大半を占めているので、尚更面白いと思えないのだ。なぜ俺にとって70年代SFはパッとしないのだろう。音楽なんか最高なのに。
まぁでも、タイトルはかっこいいよな、「へびつかい座ホットライン」。これが「射手座」とか「乙女座」だとメジャー感ありすぎるし、「コップ座」だとユーモア感が出ちゃうし、「エリダヌス座」だと狙い過ぎだ。黄道12星座になりそこねた、というか、ほぼ黄道上にあるというのも、「へびつかい座」の特徴なのだが、そうした点は物語で全く言及されない。冒頭で「Ophiuchusはオヒューカイって発音するんだよ、元々は医者を表現する言葉だったよ」なんてわざわざ注釈してるから、何か意味があるのかと思ってしまった。深読みしすぎ。ともかく、メジャーでもマイナーでもない、微妙な塩梅がかえって良いのかもしれない。
 と、タイトルでいつまでも引っ張るのもアレだし、そろそろ本題に入るが、一読、まず怒りに震えたのはその尻切れトンボっぷりで、ぶっちゃけ何の解決にも至っていないところ。問題だけ提示しといて、解決編は無い。この構造は「スタータイド・ライジング」も同じっちゃあ同じなのだが、ブリン先生の作品はワクワクドキドキの冒険SFだから、十分それだけで満腹なのだ。
 もちろん、「へびつかい座」ホットラインにも感心すべき点はある。
 クローンという設定を駆使して錯綜する物語は、今風で言えばリピート物の先駆けとも言え、特に前半、あっちこっちへ話が飛ぶあたりはドライブ感があって楽しい。楽しい? いや、翻弄された、という表現がより適切か。ブラックホールを介した時空超越などかなりグッとくるアイディアなのに、ほとんど顧みられていないのはかなり贅沢な作りと言える。
 身体文化や性の変容にポジティブなのも70年代ぽいっちゃあ、ぽいかもね。もっとも見方を変えると、生命科学の可能性が無限に広がっている時代だからこそのファンタジーなのかもしれないけれども。それに、そうした身体変化が「攻殻機動隊」ほど「人間性のありよう」に迫ってくるわけでもない。
 へびつかい座からの情報がどのように人間社会に影響を与えたのかいま一つはっきりしないのは少々もどかしい。つまり「人類」全体の問題なのに、主人公周辺はどこまでもインディビジュアルな視点に終始していて、エンタメ感が薄い原因になっている。アホみたいなセカイ系もうんざりだが、主人公に使命感みたいなのが無いのも盛り上がりに欠ける。
 この原因は、社会や政治、経済、歴史にほとんど無関心なまま物語が進むという点にあるかもしれないし、本作の特徴だとも思う。それはそれで良いのだが、主人公達が寄って立つ未来社会の描写がピンと来ないので、主人公らしさ、ヒーロー・ヒロイン像が掴みにくい。

 やっぱり、70年代SFはどーも合わないのだなぁ。あ、あとイーガン。イーガンも何作読んでも面白いと思えんのよ。困ったもんだ。

 

【PC】 自作戦記2

 自作PCの何が良いって、全てを己の意のままにできるということだ。なかなか自分の意のままに行かないことも多い生きづらい世の中だが、これだけは別だ。PCを自分で組むことだけは、誰にも邪魔されない。
 金さえ許せばパーツは選り取りみどりで、好きなようにカスタマイズできる。スペックやデザインに凝るのも良し。インテルやマイクロソフトといった巨大企業に媚びることを是としなければ、そのようなPCを組むこともできる。ふた昔まえのCPUを現役に生かそうという試みも面白い。
 もっとも、故障や不具合への対応も自己責任となるけれども。

 このPCを組んですでに6年。
 スペック的に最新FPSゲームで遊んだりエフェクトバリバリの動画を製作するのは厳しい環境かもしれないが、huluで映画を見たり、簡単なブラウザゲーで時間を潰したり、食事どころを予約したりamazonやヨドバシで通販したり、それに、こうしてテキストを打つ分には、何の問題も無い。
 古いPCでもさして支障が無いのは、世の中がさっぱり進化していない証なのかもしれないし、古いPCでも世の中に溶け込め得るよう企業が配慮してくれているからなのかもしれない。
 だがそうした時流や世間と俺のPCとは全く関係ない。グローリアス・マイ・PCワールド。ネットやPCを満喫するのに、邪魔するものなどなにもない。
 そう思い込んでいた。
 突然、PCが止まるまでは。

 確か、huluで映画を見ながらwikipediaをつらつら眺めていた時だったと思う。
「ブツン」と、突然「落ちた」。
 モニタは通電しているようなので、画面が映らないとか、映像出力のトラブルではない。そんなことより、PCに気配が無い。
 ハードディスクが動いている気配が無いし、ファンも停止している。
 なにかこう「生きている」という感覚、雰囲気が無い。
 瞬間、「マザーボードが逝った」と思った。
 メモリ不良は過去何度か経験しているが、こういう落ち方の経験は無かった。
 ブルースクリーンとかOSが固まったとかではない、この見事な落ちっぷりは、一筋縄ではいかないトラブルを抱え込んでしまった予感がした。
 ともかくその日はもう夜中だったので、復旧作業は翌日から行うことにした。

 まず、原因の分析だ。
 最小構成から起動を確認、というのが自作PC構築の鉄則なので、今回もそうしてみた。
 ところがIEEEカードを外し、グラボやドライブを外してみても、ピクリともしない。
 故障の原因が、川上か川下か分からない。
 パーツやドライブといった、手足ではなく、もっと中枢のような気がしてくる。
 可能性を電気の流れとして川上から列挙すると、次のようになる。

  • 電源が逝った
  • マザーボードが逝った
  • CPUが逝った
  • メモリが逝った

 こう書くと不吉な文言が並んで少々気が滅入るのだが、実のところさほど精神的ダメージは無い。むしろ、PCを組みなおす好機かもしれないなどと思ったりして、案外余裕である。最新CPUっておいくらかしら、などと算段などする始末。
 だがテスターなんか無いので、そもそも電気が流れているのかどうかすら分からない(そして、テスターなんかあったとしても、電源やマザーボードに電流が流れている・流れていないをどうやって調べれば良いのかわからない。いや、ネットの恩寵に浴すればわかるのかもしれないが、スマートフォンの狭い画面でそういうことを調べるのはたいへん億劫なのだ。そう、我が家にはサブ機なんてものはないのである)。
 だから、今回は川上から交換してみることにした。つまり、まずは電源を交換してみることにしたのだ。これはほとんど勘なのだが、「ブツン」という落ち方が、CPUとかメモリーなんかよりも、もっと源流のトラブルに思えたのだ。
 ちなみに修理前の構成はこちら。ご参考まで。

 今回購入した電源はこちら。tsukumoの通販で買った、Scytheの400W。4,725円。
20170219-01
COREPOWER S PLUG-IN CORES-400P

 元の構成の650Wはオーバースペックだったし、電源が原因でなかった場合はマザーボードやCPUの交換せねばならないので、予算を抑えたいというのもあった。って、あああああれ? 今tukusmoのサイトみたら、売り切れやん!ww 良かったよ、とっとと買っといてw

 発注した翌日には荷物が届いて驚きましたが、ともかく、古い電源を取り外し、交換してみる。
20170219-02
Windowsは立ち上がったが何かがおかしい

 おおっ、動いた動いた!
 って、アレ? 動いてない?
 そう、OSも起動し、CPUケースやグラフィックボードのファンは動いているのに、(奇しくもScytheの)CPUファンクーラーが動いていない。
 クーラーも故障か? いや、クーラーが故障したから電源も不具合を起こしてしまったのか?
 このままでは発熱でCPU回りが逝ってしまうので、取り急ぎシャットダウンする。
 なるほど、これではっきりした。
 電源が先かクーラーが先か、壊れた順序は分からないが、いずれも故障していることがはっきりしたのだ。対策が立てやすくなる。
 電源はもう交換済みなので、つまり、CPUファンも交換すれば良いということだ。幸い、CPUを買ったときに付属してたリテールクーラーは押入れにしまってありました。
20170219-04
ちゃんと取っておいてよかった・・・しかし・・・

 えええええ〜・・・。
 CPUファンの交換て、地味に一番プレッシャーかかります・・・。萎えるわ・・・。

 ネットで「スッポン(グリスが固まったまま無理矢理クーラーを剥がそうとして、CPUを基盤から剥がしてしまうという絶望的な失敗)」というのを見て以来、CPUファンはできれば避けたいところ・・・。
 しかし背に腹は替えられぬ。えぇいままよ、最悪、CPUとマザボも買い換えるつもりで算段していたのだ。ここは行っとけ!
 まずはPCをBIOSで起動し、CPU温度を確認します。ファン無しでも、急激に温度が上がるということは無いと思うが。
 5分ほど待ったが、なかなか温度は上がらない。壊れた(くっついたままの)ファンの放熱フィンを触ってみると、ほんのり暖かい。うーん、この温度で良いのかどうか・・・。決断しなければなりません。電源を落とし、ファンのラッチを外します(AMDチップセットの良い点はファンの取り付けがインテルより簡単ということです)
20170219-03
パカッとな
 
 お、取れた!! って、埃、凄ッ!ww もしかしたら、この埃が原因か・・・? それに、取り付けた時にたっぷり塗りたくったはずのグリスが、ほとんど無い。5〜6年も経つと、グリスって少なくなっちゃうの? まさか、なぁ。

 今回の戦犯。電源とクーラー。長い間、お疲れ様でした。
20170219-05
 

 で、リテールクーラー(小さッ! 放熱大丈夫か?w)を取り付けたところ・・・。
 動いた! 動いたよママン!!
20170219-06
 クーラー、小さッw

 はぁ・・・。
 ヨカッタヨカッタ・・・。

 とまぁ、今回は電源とファンクーラーの交換で済んだのだった。ファンクーラーはCPU付属のリテール品で済ませたので、修理費用は電源代だけだ。
 最悪の場合、マザーボードやCPUまで購入しなければならず、となるとついでにSSDやHDDなんかも欲しいと思ってしまったり、ついでにBRドライブなんかも内蔵したいなどと計画しかねなかった。危ない危ない。

 もっとも、いつまでもPhenomIIでwindows7というわけにもいくまい。
 来月早々には、AMDが対インテル最終兵器、Ryzenを発売する
 このマシンをサブ機とし、そろそろ新しく組む時が来たのかもしれませんなぁ・・・。

【映画】 アルゴ(監督 ベン・アフレック 2012年)

 イラン革命に伴う米国人救出作戦のお話なのですが、当時の世界情勢をよく知らないとちんぷんかんぷんかもしれません。 おそらく日本人の大部分は記憶の彼方、というか、生まれてもいない方も多いくらいの時代の話で、いまや世界史の教科書に載っちゃうような事件だった(らしい)のです。軍オタにはデルタフォースの初陣がとても残念だったことでお馴染み。しかし、裏でこんな救出作戦があったとは。事実は小説より奇なり。クリントン政権時代にようやくオープンになったあらましを、きっとどっかの映画会社のエージェントが買ったのでしょうね。二十年を経てようやく映画化、と。事件のあらましは各自Wikipediaでご確認いただくとして、さて、作品の出来はどうか。
 本当にあったお話を一部脚色してお送りいたします、といった体の映画なのではりますが。
 実際の事件映像と新規に撮り下ろした映像とのシンクロっぷりは大変素晴らしい物ごありました。事件のあらましを知らない人々でも、すぐに映画に入り込める手練手管は完璧。おそらく、衣装や小物など、きっとハリウッド的にこだわっているのかもしれませんが、どうなんすかね、80年代初頭の雰囲気って、あんな感じだったのかな。
 リアルを模そうという試みは、もしかしたら主人公(ベン・アフレック)が いつも憂鬱そうな表情をしている事に重大な影響を及ぼしている可能性がありますが、それで話が面白くなったかというと、どうなんでしょうか。なんだか煮えきれないヒーロー像です。ヒーローなんですよね? だって話に関係無いのに家族愛っぽいシチュも噛ませてますもん。
 つまり、実録ものかスパイ物か、軸足が不安定で見ているこちらもなんだか尻の座りが悪いのですね。
波乱万丈のスパイ物としては、西側先進国がイラン(というか中東)に対して酷いことをしてきたのを既知としている「いまここ」の日本人としましては、素直に快采の声を上げてはいけないようにも思ってしまいます。そうした政治や思想心情を脇に置いたとしても、じゃあ観客をアッと言わせるどんでん返しがあるのかと言うと、決してそうではなく、淡々とした話運び。
 実録物だとしたら、主人公周りのスペシャリズムに富んだ描写が地味過ぎて、スクリーン映えしないことに。 そのうえテブレカメラがほんとうるさくて、カット切り替えも落ち着きないし、そういうところは妙にアクション映画になっている。 エンドロールに挟まれるカーターの肉声でもって、やっと実録っぽい空気が出てきます。

 ドキュメンタリーかエンタテインメントかは常に二律背反な面もあるので、仕方ないのかもしれませんが、結局はどっちつかずという印象を抱いてしまいました。
 個人的には、もっともっとリアル寄りにすれば良かったのに、と。

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【映画】 傷物語III 冷血編 (監督 尾石達也 2017)

 公開から2週間近くが過ぎ、とっとと観に行かないと公開終わっちゃうということで観に行って参りました。金曜夜だというのに劇場はガラッガラ。どれくらいガラガラかというと、まだ特典小説がもらえるくらいの客の入り。神谷を見に来た乙女たちはどこへ行ってしまったというのか。

 従来のシリーズ同様に劇場版も基本会話劇なのですが、三部目ともなりますとどんなに精緻なCGを組みAEで空気感を出したところで、演出もだいぶ見飽きたというのが正直なところ。濃密な2時間なら満点の演出も、間伸びしてあくびが出てしまいます。
 さらに言えば、後半のキャラデザの崩れが気になって話に没入できません。2部でムラムラしたアララギくんの肉体も、今回はなんだかその後姿、中年っぽい。いやいや、肝心の羽川の裸体も、脂肪ぶよぶよで年増感アップ。二人とも、若々しさが無い。アニメなんだから、そこは虚構でいこうよ。
 ちょっと待て、没入感そがれるのはそんなところじゃなくて、もっと他にあっただろ。
 頭吹っ飛んで体から新しいのが生えてきたとき、え、ゴーストは体なの!? みたいな。突如、心身二元論の哲学的迷宮に入り込んでしまいます。
 忍野がやたら胸ポケットから取り出すハイライト、でか過ぎじゃね!? とか。
 サッカー場のセンターマーク、でか過ぎね!? とか。
 死体、そこでCGかよ!? とか。
 アララギくん、いつの間にズボンはいたの!? とか。
 そんなこんなの違和感が、俺の中の「映画を観よう!」とする気力を阻害するのです。

 愕然としたのが、最後の決戦に臨むアララギくんが、ぶっちゃけて言ってネタバレしてしまうと、何の「策」も用意していなかったということ。前段、羽川とセックス寸前までいっといて、それかよ! 意味あったんか、あのシークエンスは。
 三部待ってこの仕打ち。原作読んでたら続きを読まなかったですね、きっと。
 そう、原作未読なのでこの物語の終わり方が本当にこれで良いのかは分からないんですよ。分からないんですけど、劇場三部作として引っ張るだけ引っ張ってこれでは、腑に落ちないものがありますな。腑に落ちないでは生ぬるいか。納得できませんな。二時間に収まらないのか。せめて、前後編でしょう。舐めたビジネスしやがりますね。

 私としてもさすがにこれで物語シリーズは卒業いたします。今後テレビシリーズで何か始まっても、見るつもりはありませんです。
 シャフトさんにおかれましては是非、「3月のライオン」を最後まで頑張っていただきたい。
 どっとはらい。
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【映画】 日本のいちばん長い日 (監督 原田眞人 2015年)

「終戦記念日」は初秋の季語だそうですので、ではどうして季節外れにこの映画を見ているのかというと、正月の一般参賀で皇居、つまり宮城に行った縁ですかね。
 話は半藤一利の著作やリメイク元の岡本喜八版を最大限活用し、補うべきところは補い、捨てるべき箇所は捨てていて、とても見やすい。無論、軍事に疎い一般人には、さっぱりわからんだろうけれども。
 というのは、1945年の国際情勢は歴オタであれば常識だろうが、陸主海従などと言われても軍オタでなければすぐにピンと来ないだろうからだ。
 陸相は陸軍三長官会議の推薦を経るとか、最高戦争指導会議と御前会議、閣議の関係性など、帝国憲法下の行政各法に通暁していないと、いっけん、意味不明だ。
 だがそれでもなお本作を興味深く見られるのは、畳み掛ける情報の渦によって、ある種のトランス感覚が催起させられるからかもしれない。専門用語や時事用語、大仰な昭和語(トーブグンだとか、ヘーカノタイメーだとか)が連発され、かえってそれが心地良いのだ。シンゴジラでも同様の方法論だったように思う。もっとも、それが狙いだとしたら、登場人物にテロップが欲しかったところだ。鑑賞者に情報を与え続けるという意味で。

 物語を時系列に語る演出として、同時進行時はカットの入れ替わりが激しい。また、ほんの数秒のセリフに目まぐるしくカメラが変わる。つまり、今風の演出なのだが、テーマや時代を鑑みると、いささか落ち着かない。一方、オープニングの、扉を開けていきなり東条英機のしかめ面が大写されるなど、面白い表現もあって、映像的に面白い部分もあった。
 ただ、ロケハンには相当苦労したことが偲ばれる。参謀たちが京都御苑を自転車で疾駆している姿は、「らしい」と言えばらしいが、その場所を知る者にとっては強烈な違和感であり、折角の没入感が大幅にそがれてしまった。他、各地の有名な建築物が「それらしい昭和の建物」として登場するが、映像表現として正しくても、なかなか受け入れ難いものがある。余計な知識が邪魔してしまった。こういう時こそ、CGなのだと思うのだが、実写映画で建築物の屋内は、今の技術をもってしても表現できないだろうか。
 一方、劇伴はほとんどないおかげで、人々の行き交う足音や、閣議での囁き声などが印象的に響き、また、ポツダム受諾後の閑散とした陸軍省に響く洋楽が、より映える仕組みになっていて、すばらしい効果を上げていたように思う。映画と音楽は切っても切れない縁なのだが、「静寂も音の一つ」であると再認識した。
 岡本喜八版との最大の違いは、阿南陸相の奥方の描き方だろう。あの部分はもちろんフィクションパートだろう。個人的には良かったと思うが、本作を「史実」と捉える向きには、少々溶け込めないエピソードだったかもしれない。
 ところで、役所広司は連合艦隊司令長官と陸軍大臣を演じたことになるのだが、演技としては、断然こちらの方が良いと思う。和戦両派からの圧力の苦しさと、立場上、けじめとして一切の責を負い死なねばならぬという悲壮感が、しっかり伝わってきた。剣道場の場面など、素晴らしい立ち居振る舞いだし、自決の前に部下と酒を酌み交わす場面では、まるで三船敏郎のように見えた。
 だがしかし特筆すべきはモッくん演じる昭和天皇の方かもしれない。感心したのは外見よりもその立ち居振る舞いであった。とくに話し方は、最大公約数的に想像する昭和天皇の、それそのものであった。「か」や「も」を「くゎ」「まぅ」とする発音、鼻濁音や息の使い方、浮世離れしたような、しかし純粋な日本語の話し方。モッくん、これは相当訓練を積んだと思われる。本当に禁中でそのような話し方だったのかは我々には永遠に知れないことではあるが、「それっぽい」のであった。

 昨今、邦画はアニメやコミック原作(それも、最先端から周回遅れのくたびれた作品)の実写映画化が激烈に増えている。その是非はここでは語らないが、本作のような骨太な邦画がしっかり公開されているのであれば、まだまだ日本映画界も腐っていないな、と思うのであった。

2016年秋アニメの感想

 経済指標の客観的データはもろもろ改善されているはずなのに、私の生活は公私共にテレビアニメの制作スケジュールくらい息苦しい2016年でしたが、皆様いかがお過ごしだったでしょうか。そういえば、劇場アニメが盛況の割りに、テレビアニメは大惨状ですね。
 一部の盛り上がりが、全く全体に波及していない。
 どうも、お金がからむとそうなってしまう経済システムのようです。
 どこかで利益を吸い取っているやつがいるというのは、昨年末、クソまとめサイトの炎上によってようやく一部判明しましたが、ああいう目に見えないモヤモヤっと仕組みが、世の中のあちこちの裏側に、すまし顔で仕込まれているのでしょう。
 そんな世情を横目に見つつ2017年こそは明るい展望を、と思いたいのですが、このまま惰性で突っ走ってもあまり明るい兆しは見えそうもありません。PDCAを回したところで、その考え方自体が世の中の仕組みにマッチしていないとしたら、意味が無いからです。
 この年齢になって「心機一転」とか真顔で言ってしまうと、個人レベルでは要は転職とか離婚結婚とか、そういうことにならなければならないのでしょうが、そこはチキンな俺のこと、もっともっと小規模なカイゼンで人生を少しはマシにしたいと思うのです。
 なんだか奥歯に物が挟まったような言い方になってしまいましたが、少しずつ、少しずつ、努力はしてゆきたいな、そう思っている次第です。
 こんな俺でもそう思うのだから、アニメ業界に生きている人間、特に、プロデューサーなどと言われる立場の人間たちはもう少し、真摯に生きて欲しいのですね、老婆心ながら。
頭が悪ければ業界から去って欲しいし、金を集められなければ実社会に生きて欲しい。これ以上、吸血ヒルを養う能力は、日本社会にも、アニメ社会にも無いのです。
 事実上の新年一発目のエントリにしてはとても辛気臭い書き出しになってしまいました。
 もっと明るく、楽しく、過ごしたいな。
 言いたいことは、それだけですね。
 じゃあ、2016年秋アニメの感想、行ってみよう!(空元気)
 
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視聴完遂

  • 響け!ユーフォニアム2

 前半、先輩方同士のゴタゴタで話がもたついたことを除けば、1期からの話がスムースにつながっているのですが、主人公の周囲の方々が物語上ほとんどフェードアウトしているのが少し残念でした。一方で、姉との関係を先輩との関係に重ねて語られた後半4話は、高い絵のクオリティや演出と相まって、なかなかグッとくるものがありますので、視聴を途中で止めなくて良かったと、本気で安堵しました。えぇ話や。
 それにしても絵のクオリティはさすが京アニ、演出も山田さんでしょ? しかも2期通してほとんど乱れが無いという。絵造りに関しては、現在のところテレビアニメについては最高峰の作品になっております。きっと、アニメ制作のマネジメントがしっかりしているのだと思います。
 あと、1期にあった妙に百合百合しいのが少なくなって、見易くなりましたな。ちゃんとした学生物語になっていました。
 追記)1期でモヤモヤした存在だったあすか先輩についてきっちり片がついたのは、良かったと思います。ちゃんと物語になっている。おかげで、サブキャラたちが消えちゃったけど。
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黒沢ともよ
ポニーキャニオン
2016-12-21



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  • 終末のイゼッタ

 登場人物たちは納まるべき場所に納まって、なんとか踏ん張って話にピリオドを打った、という感じ。
 惜しいのは、この物語から特段得るものが無かったということだ。異能者の切なさを説きたかったのか、姫と魔女の友情を描きたかったのか、戦争の悲哀を言いたかったのか、どれも中途半端で焦点がぼやけている。
 一番の瑕疵は、廃城の天井画だ。魔女の秘密を示す天井画を発見したのだから、すぐに出鱈目の龍脈(?)を上描きすれば良かったのに。そこから丁々発止の情報戦があるのなら、少しは納得できたかな。長髪情報部員が無能過ぎて腹がたつ。
 また、イゼッタは全く躊躇無くモブを殺しまくっていることにも戦慄を覚える。というよりも、制作サイドが人の生き死にを真剣に受け止めていないのではないか、という疑念が没入感を殺ぎます。姫様のためなら人殺しをさほど厭わず攻撃するイゼッタの態度は、見方によっては狂気の沙汰なのであって、そしてそれはそれで面白い設定となるはずなのに、話の落としどころはPTA的に無難で綺麗な方向に持っていこうとしている。
 3話や最終回の戦闘シーンなど作画はまぁ頑張っていたし、途中退場した少年兵の最終回の使い方もスパイシーで良かったとは思うのだが・・・。
 なんだかいろいろ惜しい。
 脚本の吉野さんにおかれまして、ここはじっくり腰をすえて、ソラノヲトの2期に取り組んでいただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

 
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  • バーナード嬢、曰く

 漫画の方は絵柄がどうも私に合わなかったのですが、アニメになるとなんでしょう、スッキリポンと受け止められました。
 小説について云々というよりは、読書あるあるというか、本好きあるあるというか、そういうのにシンパシーを感じるように作られているのですよね? とにかく、畳み掛けるボケと突っ込みのテンポが良く、アッちゅう間に見られてしまう、なかなかの小品だと思います。
 この「本好きあるある」とか「図書館あるある」はネタの宝庫でありますので、漫画原作とさほどリンクしていないくても、2期3期と、永遠に話を続けることができるのではないでしょうか。
 というわけで、スタッフさん、頑張ってください。
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2017-01-20


 
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  • ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない

 ジョジョ4部以降はスタンド能力のスペシャリティが先鋭化しすぎて、実はチープトリックの当たりで連載を読むのはやめちゃったんですね。
 ジョジョ第1話をジャンプで読んだときは小学生だったのに、卒業したのは大学生になっていたという。時の流れの速さに嘆息してしまいます。まぁ、その後の話はコミックの方で読んではいたのですが、やはり2部、3部が好きだったのでさほどのめり込めず。
 ですので、こちらのアニメの方もやはりテンションは上がらなかったのですが、スタッフのジョジョ愛はひしひしと伝わってくる作品でしたので、その熱にあてられ、とうとう全話視聴してしまいました。バイツァー・ダストの能力とか漫画ではいち読者として(ご都合主義すぎて)ついていけない部分もありましたが、テレビアニメでこのようにテンポよくポンポンポンと見せられると、それなりに腑に落ちてしまう部分もありました。
 と、なんだか煮え切らない評価なのは、やはり第4部以降がもともと好きではないという私の立ち位置の問題なのです。ですので、この長編を一定のクオリティできっちり漏れなく放送することができたアニメスタッフには最高の評価を与えねばならないでしょう。スケジュール崩壊が頻発する現代テレビアニメにおいて、本作は特にプロデューサーに相当の手腕があったのだと思いますなぁ。


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  • ガーリッシュナンバー

ギョーカイ内幕物の評価基準が「SHIROBAKO」になってしまった今、なにかしら新味がないと厳しいことになってしまいます。つまり、ハードルはかなり高い。声優物は「それが声優!」もありましたしなぁ。
本作においては、主役とプロデューサーのゲスッぷりがなかなかスパイシーで香ばしく、また、作画も全編通じて安定しているので、総じてなかなかの出来の作品といえましょう。一方、そうした人物造形上、主人公が成長して真人間になってしまっては物語として破綻していると思うのですが、どうでしょうか。それと、仲間たちの描写の比重、バランス悪いような・・・。もう少し満遍なく、各人の悩みがストーリーにあればなぁ、などと思いました。ちょっとあっさりし過ぎと思いますが、こんなもんなのかなぁ。あまり熱血されても、たしかに受け止めづらいよなぁ。うーむ。
ガーリッシュ ナンバー 第1巻(イベント優先販売申込券付 初回限定版) [Blu-ray]
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  • レガリア The Three Sacred Stars
 いったい夏アニメなのか秋アニメなのかたよくわからないのだが、とりあえずこちらにしておこう。
 ロボの作画は頑張っていたが、デザインがダサくないっすか。謎パワーも後半になるにつれ案の定インフレ化して、ハーッ!と叫びながら極太ビームを繰り出すだけ。勝敗の行方は理屈とか戦略とか作戦などではなく、要は気合いなのである。現代のスレたアニオタが、それについていけるかどうか。
 このように脱力感満点なのだが、流石に延期しただけあって動画は安定していました。
 しかし、それがために制作費がペイしないのだったら、このアニメのプロデューサーは業界から足を洗った方が良い。ビジネス感覚の欠如は業界を疲弊させるだけだ。


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  • 舟を編む

 実写映画は劇場で見ましたが、いまだ原作は未読。
 本作のコンピタンスは、「辞書作りには時間がかかる」ということだと思うのです。だから、登場人物の死に涙するという構造があるのですが、映画もこのアニメも、時の移ろいの描写にさほど力が入っていなかったように思えなかったのは少々残念ではあります(ところどころの季節感はありましたが)。いや、地味にPCが新しくなっていたりとかはありましたけどね。10年20年という歳月は、思ったより時代は変化していたのではなかろうか。だからこそ、辞書作りも人の死も、感動するのだと思うんだけどなぁ。
 アニメ化を聞いてキービジュを最初に見た印象は、「西岡とマジメのBLかよ」と思いましたが、ほとんどその成分は無かったので安心しました。マジメ君も、実写映画ほどコミュ障ではなかったので見易かったですね。
丁寧に作られている本作、では、アニメならではの「何か」があったのかと問われれば、うーんとうならざるをえないですなぁ。つまり、実写映画を超えることはできなかった、というのが、私の正直な印象です(そらくらい、実写の「舟を編む」はよくできた映画です。実写なのに)。
 
舟を編む 通常版 [Blu-ray]
松田龍平
松竹
2013-11-08



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  • Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-

 線が細いアニメは作画が大変そうで、別の意味で心配で、見ていてつらいw
 たたみかけるセリフとやたら凝ったカメラワークで視聴者はついていくのに必至ですが、盛大に広げたホラ話を、少々強引とはいえそれなりに納得できるオチまで持っていった豪腕にはうならされたのも事実。
 ヒキニートを自称するガモン君の積極性や、盛り込むだけ盛り込んだデンパ要素に、はぁ?とならなくもないのですが、妙な勢いだけはあったので、見ているこちらも納得せざるを得ないのです。「キルラキル」ほど冒険しているわけではありませんが、それに比肩する勢いは、互するものがあったような気がします。りょーたすの爆乳がさほどネットで話題になっていないあたり、うーん、残念だ。昨年の「キズナイーバー」と同じポジションかなぁ。
 面白いアニメが必ずしも商業的に大成功するわけではない、という事実は寂しいですね。



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  • フリップフラッパーズ

 小中学生女児向けの「スペース☆ダンディ」、と言っておけば、当たらずといえども遠からず、だと最後の3話を見るまでは思っていました。
 話数が進むにつれ狂奔する母性と対峙する展開になり、ちょっと前半のアリス・イン・ワンダーランドな物語とはギャップがあるかもしれない。
 また、後半からやけに立ち込めるバトル臭に若干うんざりですが、現代日本社会に偏在する、不公平な「母性リスペクト」(なんたかんだ、日本列島では母性>父性が主流でしょう。父性が強かったのは、江戸後期から昭和前半までだと思う)が叩きのめされるというのは、少し新しい要素だと感心しました。ま、結局、母性が全てを包んで解決するという、いつもの日本のマザコン落ちにはなりましたが。
 最終話Bパート、ピュアイリュージョンから帰還(?)した後の数分間をリアルタッチのキャラデザで話が進んだら、神アニメになっていたと思いますな。俺ならそうする。
 しかしそらよりも本作で注目すべきは作画でしょう。小気味良くクルクル動きまくるココナとパピカに、うっとりしなければオタクとはいえません。フシギ世界を存分に駆け回る2人のアクションは、素晴らしかったです。



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視聴継続断念
  •  vivid strike!
  • 魔法少女育成計画
  • マジきゅん、ルネッサンス!
  • trickstar
  • 灼熱の卓球娘
  • ユーリ!!! on Ice
  • ナンバカ
  • 装神少女まとい
  • うどんの国の金色毛鞠
  • ブレイブウィッチーズ

視聴継続中

本年もよろしくお願いいたします(久しぶりにParaDrawをいじっています)

あけましておめでとうございます。

・・・というエントリを実は昨年すっかり失念しておりまして、2年ぶりになりますかね。 
この年末年始のお休みは、久しぶりにParaDrawで 真を描いたりしてまったり過ごしております。
本年は公私ともに忙しくなりそうなのですが、ちょっと本腰を入れていろいろ勉強したいなぁと考えております。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

この漢詩は、人の世の移ろいやすさや儚さを詠ったものですが、むしろだからこそrolling stones gathers no moss(ポジティブな方の意味で)、人間は成長し続ける、というように解釈したいです。

それでは、本年もよろしくお願い申し上げます。

blog20161231
結局描きかけのまま完成せず、作業越年確定ですよ!w

黙示録3174年 ウォルター・ミラー

 1959年にアメリカで刊行されたディストピアSF。巻末の解説は池澤夏樹。
 核の炎に包まれたが滅ばなかった人類の復活と破滅の物語。
 ネビル・シュート「渚にて」ほど物語に起伏があるわけではなく、ブリン「ポストマン」ほどエンタテインメントを志しておらず、カード「辺境の人々」ほど人類に期待していないし、筒井「旅のラゴス」のような文明観も読み取れない。内省的過ぎるSFなのだが、あらすじから察せられるが如く、本作の大きなテーマは明らかに「キリスト教」である。だから、中世キリスト教のモノの考え方を知らないと話の展開がまだるっこしく感じることになる。
 そう、人類絶滅の危機と文明の再生という大前提・大状況があるにも関わらず、物語の主軸はあくまでもキリスト教なのだ。
 だから、「部外者」である現代日本人の私の目線では、特に前半の登場人物たちのあまりに保守的で迷信的で頑固な行動には、かなりリーダビリティがそがれてしまったというのが正直なところ。また、ところどころ顔を見せる妙な「奇跡」も、少々唐突で話から浮いているようにも思います。

 文明の灯火が教会や修道院で密かに守られ続けてきたというのは、現実世界の「中世の秋」そのまま。かといって彼らにはセルダンプランのような明確な目的意識はないので、文明の意味を考えることよりも、それを固守し続けることに意義を見出してしまう。手段の目的化ってやつですね。本末転倒ともいう。なんだかんだあってやがてルネサンスを迎えるわけだが、文明の発達が人類を聞きに追いやったことまでは伝わらない。つまり、人類はどうあがいても同じ道程を進むことになることが黙示されてしまっている、とも読み取れる。
 このように、物語の根底に流れる暗い中世キリスト教史観はやりきれなさがあるものの、不思議と嫌いにはなれなかった。そうだね、手塚治虫「火の鳥 未来編」みたいな感じ。なぜなら本書を読み終えた時点で普通のアジア人ならば、永遠の輪廻へと発想が拡大し、その悠久の流れにこそ価値を見出すからだ。諸行無常。空即是色。色即是空。ほら、すんなり受け止められるでしょ。
 政治経済が混乱する現代社会で、孤高の賢者をきどってtwitterで世相を愚痴るより、本書を読むことで清廉な気持ちになれます。そうね、この感覚はひとことで言えば、「ゆるぎない諦念」かなぁ。
 
 ところで、 物語の終わりの方で、キリスト教と自死についてのやり取り、つまり、安楽死の問題にかなり項が割かれていて、60年前なのにさすがSF、などと妙な感心をしてしまいました。もっとも、作者はカトリックであるのに拳銃自殺を遂げてしまったそうですけれども。

 さて、本作はヒューゴー賞を受賞しているというのに長らく書店在庫のみ、つまり、事実上の絶版状態というのは、とても悲しいですな。新訳とか不要ですので、デジタルででも良いので、とっとと再販売していただきたいところ。ちなみに、私は古本屋で100円で入手しましたけどね。 

黙示録3174年 (創元SF文庫)
ウォルター・M・ミラー・ジュニア
東京創元社
1971-09

 amazon等のネット通販で1,000円以上出して買うよりも、最寄のちょっと真面目な古本屋で数百円で入手すべきでしょう。

花に染む(8) くらもちふさこ

 最終巻を読むにあたり、「駅から5分」全3巻と「花に染む」既刊を読み通してから臨んだわけだが、いま、心地よい疲労感と満足感に浸っている。万感胸に迫るってやつに浸っているので、このエントリも主旨がぼんやりふわふわしたものになるのも仕方が無いと思っている。

 くらもちふさこ先生が得意とする男子キャラの典型は次のようなものだ(と個人的に思っている)
 彼らは女主人公にとってミステリアスな存在であり、いつも思わせぶりな言動をとり、物語をかきまわす。しかし物語全般を見渡せば、ヒーローのアクションは常に女主人公に指向してい(ることが物語の最後の数ページで判明し)て、どこまでも誠実なのであることが分かる。全ての言動つまり伏線が、女主人公を思ってのことだったりする。一読、そうは思えないのだが、女主人公は実は太陽の如く物語の中心に位置し、男性キャラ・ヒーローは彼女を周回する一個の衛星に過ぎない。実は登場人物の相対関係は、だいたいいつもそんな感じなのだ。
「駅5」から登場するミステリアスヒーロー陽大は、要はそういう系列のキャラとして描かれ、くらもちファンである私もそういうものだと心底思いながら読んでいたのだ。
 最終章を読むまで私はてっきりそう思い込んでいたのだった。
 しかしくらもちふさこは恐るべきことに(見ようによっては)とんでもない結末を準備していたのである。
 ネタバレになるので多くは語るまい。陽大の思惑は、私の予想とは全然違うベクトルを向いていたのであった。彼は一人の女性を中心に廻る一個の衛星ではない。名前が示すとおり(!)、彼こそが物語の中心なのであった。
 花乃は彼の重力に囚われた衛星なのであり、雛も、水野さんも、要はそれだけの存在なのだ。

 こうした人物相対関係のコペルニクス展開は、もしかしたら時代がそうさせたのかもしれない。
「天コケ」「駅5」で重要なアイテムだったケータイは、本作後半ではとうとうスマホになってしまった。
 くらもちふさこがファンだというSMAPも解散することになった。
 現実世界の男たちは、現実世界の女性に「女性性」を求めないようになってしまっている。
 旧来の男性キャラの特性では、読者(もちろん女性を想定しているだろう)の期待に応えることが、非現実的になってしまっていて、物語を描くなくなってしまっているのかもしれない。

 そんなメタな事情は私の思い過ごしなのかもしれないし、深読みが過ぎてどツボに嵌っているだけなのかもしれない。典型的な痛い感想ってヤツだ。

 作画は、「天然コケッコー」後期から「asエリス」に至るスタイリッシュ性がやや落ち着き、少し読みやすくなっているものの、それでも読者には行間を読み解くセンスを強く求められる。だから、少年バトル漫画や萌え漫画のように口当たりはけっして良くない。漫画読みの玄人でも、かなり歯ごたえがあると思われる。だが、物語の深さや広がりを味わうために、是非老若男女問わず「挑戦」していただきたい漫画だと思う。

 ところで、「駅から5分」から続く「花染町」を舞台としたこれらエピソードは、やりようによっては永遠に続けることができる構造になっている。
 個人的には、売れない声優がどうなったかも知りたいし、花染中学の友人関係の変化も読んでみたい。
くらもちふさこ先生の新作が待ち望まれるところではあるが、「花染町サーガ」として、短編でもいい、続いて欲しいな、などと思っている次第であります。




 memo:過去の感想
 
ニコマス界隈の、辺境の住人。革命的国家社会主義真派の刺客、ペロリスト。真士。そして、映画と小説とアニメの愛好家。
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