HaruharaPのブログ

アイマスMADを作りたい人。メインツールはParaDrawとParaFlaです。

会社がクソ暇なので、上司の目を盗んで資格の勉強したりこのブログのエントリ書いたりしてます。一日が長すぎる。
(2019/2/6)

サイバラバード・デイズ イアン・マクドナルド

「西原・ハード・デイズ」ではなく「サイバラバード・デイズ」であり、イアン・フレミング(007)でもイアン・ランキン(リーバス警部シリーズ)でもイアン・ワトソン(スロー・バード)でもなく、イアン・マクドナルドである。ややこしい(ややこしくない)。

 イアン・マクドナルドを読むのは初めてで、この作品が彼の中でどういう位置付けなのか、どういう背景があるのか、そういうメタ情報無しで読み始めたところ、なかなか面白かったので記録しておく。
「舞台がインドの連作短編SF」というだけで手にとってみて、結論から言ってしまえば、やはりそれ、つまり「インド」に尽きるという。
 というのも、要は攻殻的電脳化だったり、ブラッド・ミュージック的解脱だったり、遠藤浩輝「EDEN」的エンディングを見させられたり、どこかで見たような話や手垢にまみれたシチュエーションなのだが、それらがインドの風俗や神話、社会やカースト、民族、結婚観で語られれと、その不思議な、理解しがたい世界観に幻惑され、しまいにはトリップしてしまうことになる。そういえば「EDEN」に出てくるAIの名は、インド風の「マーヤ」だった。
 2047年のインド社会というのが、令和の日本に住む私には全く想像できない世界だ。これはおそらく、欧米人から見た21世紀の日本と同じ視点、感覚なのに違いない。欧米人から見たチバシティやネオトーキョーはきっとこんな感じでワクワクしたのだ。そのワクワクが、私から見たインドになる。テクノロジーで武装したニンジャにアメリカ人が興奮する感覚は、こんな感じなのだ、きっと。

 どんなにネットやサイバネティックスが進化しても、ヒンドゥーの神に祈り、輪廻転生を信じ、結婚は家格が重要で、絶望的なまでに貧富の格差がある。男女産み分けが普通になされた結果、男女比4:1という圧倒的男余りの社会。水を巡る内戦の結果、独立した地域政府がAI外交官を駆使する世界でも、多様性のあまりまとまりが無いままののインドは、きっと今と地続きのインドだ。だが、テクノロジーで変容したインドだ。そのギャップが面白い。
 リモート操作のロボット兵はゲーム感覚で運用され、バイオAIを脳に刻み込まれた少女は前向きに人生を捉え始める。AIと結婚するダンサーもいれば、哲学的に第三の性を享受する宦官もいる。男どもは出会いを求めて巨大ビジネスと化した結婚ビジネスに大金をつぎ込む。浮世を達観したデザインチャイルドなのに、別次元への転生は躊躇してしまう。どの短編もバラエティに富んでいますが、直接には繋がってはおらず、単に世界観を共有しているだけ。でもやはりキーワードは「インド」なのでありました。

 インド経済の大発展が言われ続けてそろそろ20年経つ。その急激な変貌ぶりは映画「スラムドッグミリオネア」でも垣間見ることができたが、現実感覚としてはさっぱりその気配がない。それはおそらく、予想外に徹底されている民主主義と、インド人の血肉になってしまったヒンドゥー文化がそれを阻害しているのだと個人的には思う。民主主義はコストがかかる割りに効率が悪く、タブーの多い宗教観は経済活動の阻害要因になるからだ。

 ヘッドホンでゴア・テクノを大ボリュームで聞きながら本書を読んでいたのだが、ほぼ全てが一人称視点で語られる文体のおかげもあり、たいへん素晴らしい没入感を得られました。うーん、グッド・トリップ。きっとサウナのあとの冷水浴もこんな感じの気分になるのだろうな。


【映画】劇場版ガールズ&パンツァー 最終章 第2話(監督 水島努・2019)

 最近、安藤さんのジト目というか三白眼が好きすぎて困っているところです、というわけで、雨の降る中、見に行ってきました。劇場入ったらちょうど震度4の地震がきてちょっと慌てちゃいましたがご愛嬌。

 実のところ、第1話については不満もあったのですよ。
 無限軌道杯への導入が雑なこと(笑えたけど)、サメさんチームの強引な紹介と活躍不足(笑えたけど)、BC戦が完結していないのに1時間という短い上映時間(笑えない)等々。ま、続編自体が無理矢理感ある企画だし、仕方がないことはファンとして理解してはいるのです。そんな不満が無くは無かったのですが、水準以上の面白さなのではありました。

 そんな第1話を受けた第2話は、BC戦に決着がつくことと、二回戦の行方に焦点が当てられるのですが・・・また「つづく!」のかよ!w 確かに、大洗優勝が必然的結末なのでありますから、その過程で「引き」を作らねばならないのは仕方のないところであります。

 で、内容のほうはというと。

 大洗の戦術ドクトリンは一言で言えば「意外性」であるのは皆さんご指摘のとおり。それはテレビシリーズ第1話からずっと継続していて、この第2話でもその面白さは健在。それに、もう大会が始まっているので導入でグズグズすることもなく、一気に戦いはヒートアップするのです。桃ちゃんの弟・妹の作画が地味に良いので笑えましたが。
 マリーの隊長らしい決断力や、成長著しい知波単学園など、キャラクターもいちいち楽しい。なんつーかこー、イキイキしておりますな、各キャラが。みんなカラッと明るく、元気なのです。世に倦んだオトナには、それがたいそう励みになるというか救われるというか・・・。

 BC戦はまさに「意外性」というか、戦車に統一感の無い大洗の戦車ラインナップを有効活用するという機転が面白い。マリーを防衛しつつ、敗戦覚悟で散って行く押田と安藤に涙せざるをえません。そしてそのあとあっさり先輩から指導を受けるBC幹部たちが可愛い。

 知波単戦では、ジャングル戦にもかかわらずものスピード感があり、水陸両用戦車の意外性、戦車のキビキビした動き、キューポラから身を乗り出すキャラたちの表情やアクションなど、見どころも満載なのであります。

 唯一の不満は・・・また2年近く待たねばならないことと、次回第3話で「ガールズ&パンツァー」が終わってしまうことでありましょう。ん? 3話完結だったよね?(20190702追記:コメントでご指摘いただきましたが、全6話だそうです。1話小一時間あるから、正味テレビ放送1.5クール分くらいじゃないですかーやだもー。2030年までに完結できますかね?)
 つーかまだ二回戦なんてすが、次で決勝まで行くンすか? ムリでしょwww
 だいたいですね、2回戦のカードが確定してるじゃないですか。

大洗vs知波単
サンダースvs継続
プラウダvs黒森峰
聖グロvsアンツィオ

 うーん、どれも決着に1時間かかるっしょ。そのうえで準決勝・決勝でしょ。さらに桃ちゃんの進路でしょ。
 第3話はもしかしたら上映時間5時間超の大作アニメになるかもしれませんねw



アメリカン・スナイパー (監督クリント・イーストウッド 2014)

 監督としてのクリント・イーストウッドはすごく優秀だと思うのですが、若干、ビーンボール気味の球を投げることがある。俺にとって硫黄島2部作がそれで、イーストウッドともあろうお人が、実にくらだん映画を撮ったものだと憤慨したものである。というわけで、イーストウッド監督作は見る前にドキドキしてしまうのであります。
 本作は、そういう意味では「当たり」でありまして、「ハート・ロッカー」なんぞに比べたらずっと誠実だし、真に迫っています。なんつーかこー、男の立ち位置ってやつをちゃんと心得てるんですよ、イーストウッド先生は。
 男の心の拠り所って、妻とか恋人とかじゃないんじゃないかな、と思うトキ、あると思うんですよ。
 主人公カイルは仲間を救いたい、どうしようもないテロリストをぶっ殺したい、そうすればきっと何もかもが良くなると考えている。
 男は誰しもそう思っている。
 つらい通勤電車やしょーもない顧客トラブルを我慢して会社で働くのは、仕事そのものが自己実現の場だったり、スキルアップだったり、汗をかいて働くことで給料を得、社会的保障をいただくことで、妻や子や、恋人や家族を守っているからなんですよ。
 俺も一時期、朝6時に家を出て、帰宅するのは日付が変わってから、なんていう生活を35歳くらいまでなんの疑問も抱かずに送っておりました。それが当たり前だと思っていたのだ。金を稼ぎ、経済を回し、車を買い家を買い、子供を私立に押し込み、将来のために蓄え、勉強し・・・。
 日本経済の尖兵としてヘトヘトになるほど心身をすり潰して家庭を、会社を、世の中を守っているというのに、妻も子も、会社も社会も、そういう俺に何の感謝もしてくれない。
 この映画の主人公カイルは栄光のネイビー・シールズ隊員で、類稀な才能を際が威厳に発揮し、結果、絶大な戦果を挙げて、戦争や、国家に貢献している。
 しかし妻は「あなたの心はここには無い」などとフワリとしたことをのたまう。俺も言われことあるわ、似たようなこと。
 いったいぜんたいなんだってこんな理不尽な批判に晒されなければならないのか。
 もう俺は断然カイル支持なのでありまして、こんなアホな女とはとっとと別れちまえ!と思ってしまう。
 でもね、カイルは偉い。
 そんなことは全然思わない。いや、思っているかもしれないが、妻からの理不尽な言いがかりに対して、ぐっと我慢でこらえる。きちんと相手をしている。さすがシールズ隊員。つーか、この妻は夫を非難するだけで、はげましたりいたわったり全然しないのよ。腹たつわ!
 いや、カイルがPTSDをわずらってしまったかのように、実は俺もどこかネジがとんでいるのかもしれない。
 でもね、良き父・良き夫をこなさざるをえないアメリカン・パターナリズムを押し付けられる男の立場も、たまらんのよ。アメリカン・パパ、大変。仕事をして家事をして常に嫁に気を使い、子供には「ヒーロー」を演じなければならない。これもPTSDの原因なのかもしれんよな。俺だったら、休日は家でゴロゴロしていれば、文句言いながらも、とりあえず月曜日には出社できるもん。「理想のパパ」とかマジ耐えられない。かえって心を病むわ。
 不毛な戦場、「あなたはPTSDなのよ」(言ってないけど)という妻からの非難、決して満たされない心。そらね、帰国しても家に直行とかありえない。駅前サウナに行って整いたいわ。
  あぁ、さすがイーストウッド先生。男の立ち位置をよく分かっていらっしゃる。
 だから、「ハート・ロッカー」を全く楽しめなかった俺なのですが、本作には深く同意をせざるを得ないのです。

アメリカン・スナイパー [Blu-ray]
ブラッドリー・クーパー
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-12-16


人類の子供たち P・D・ジェイムズ

 P・D・ジェイムズと言えば「女には向かない職業」なのでありますが、というかそれしか読んだことないのですが、SFっぽい作品、いやズバリSFも書いていたという。1995年のある日突然、ヒトが赤ちゃんと産めなくなってしまってから数十年後の社会、という設定からして、面白くないわけがない。しかし残念ながら、先に映画の方を見ちゃったんだよね・・・。その「トゥモロー・ワールド」という映画は、ワンカット長回しで話題になっていたりしたほか、ミリタリアクションはなかなか良かったものの、「子供を産めなくなった人類社会」の描き方が食い足りなくて、私の目にはフツーのアクション映画にしか映らなかったという残念ムービー。今回、原作の小説を初めて読みまして「映画と全然ちゃうやん!!!」 ここまで改変されるといっそ清々しい気もします。
 その設定からして、「素晴らしい新世界」「1984」「トリフィド時代」と、イギリス的なそれっぽい終末観に連なる作品となります。個人的には、この中では「トリフィド時代」が一番好きですね。ディストピアというよりも、侵略SFという感じですが。

 主人公セオは老年に差し掛かったインテリ階級且つ、独裁者の幼馴染というスペシャルな設定です。が、歴史学者でもあるせいか、滅亡が確定している人類社会に徹底的に悲観して、反独裁運動家の勧誘に対しても諦念の態度で接します。で、その諦めっぷりの描写がいちいちツボに入りましてですね、文章が上手いこともあって割りと読ませます。彼の、人間と社会に対する一貫したニヒリズムな姿勢。これに共感してしまう自分が居る。なのに、半強制的な老人自殺イベントに義憤を覚えちゃったりしてね。矛盾を抱える人間なのです。
 で、そんな主人公は、ジュリアンという割りとどうしようもない女性に惹かれてしまうという。その過程が分かるような分からんような、なんだかモヤっとしてしまうのは、私の人生経験が足りないからなのでしょうか。

 なぜ人類は子供を産めなくなったのか、世界は滅亡するしかないのか、そういったSF的大前提はわりとあっさり無視され、というか作者の主眼はそこにはないのは明らかで、物語の目線は、そんな大状況下における「男」の逃避行の果てにたどりつく境地にあるのでしょうな。そうやなぁ、下品な言い方をすれば、フェミっぽい観点から見た男の苦悩、と乱暴にまとめられるか。
 ミステリ作家や純文学作家はわりとSFを書いているものなのですが、やっぱプロパー作家とは目線が違うなぁ、と思いました。
 私が読んだのは1992年の単行本版で、巻末解説は栗本薫でした。末期の「グインあとがき」みたいなしょーもない文章とは違うマジメな栗本薫なので、一読の価値あり。

人類の子供たち (Hayakawa Novels)
P.D. ジェイムズ
早川書房
1993-10

嘘ばっかり ジェフリー・アーチャー

 と、いうわけで、続けてジェフリー・アーチャーの短編なのです。
 なんつーか、読みやすいよね。大人向けののラノベだわこれ。一文が歯切れよく読みやすいし、そこはかと漂う英国流ユーモアにニヤリともする。結末を三つ用意し、読者に選ばせるなど遊び心あふれる短編もある。
 しかしだからといってレベルが低いわけではない。
 人物描写も心理描写もほとんどないのに、情景や背景が浮かび上がるのは、訳文の力もあるのでしょうが、やはり現代一流のエンタメ作家の力量なのでしょう。それが証拠に、落語でいうオチの部分の切れ味が素晴らしい。合理的で説得力があるのに、「あ、そうか来たか!」という意外性を堪能でき、その秀逸さには、ウムムと唸らざるを得ない。読後のカタルシスに大満足。
 舞台も時代もバラバラなのに、知識に裏付けられたエスプリと皮肉ある文章も、ともすればサラリと読み流してしまいそうですが、ブラックあり、ペーソスあり、バラエティに富んでいる。なんつーか、イギリスが生んだブラック版O・ヘンリーみたいな、そんな感じです。
 どれも読み応えはあるのだが、オススメするとなると「回心の道」「寝取られ男」「コイン・トス」「生涯の休日」かな。逆にイマイチだったのは「駐車場管理人」だろうか。オチに意外性が無かった感じ。
 多くが実際にあった話をベースにしているというの凄いですな。ジェフリー・アーチャーの話の引き出しの深さは、底が知れないぜ。

嘘ばっかり (新潮文庫)
ジェフリー アーチャー
新潮社
2018-08-29

15のわけあり小説 ジェフリー・アーチャー

 ジェフリー・アーチャーの短編を読むのは初めてなので、どうなんでしょうか。面白いのもあったけど、オチが見え見えでイマイチなのもあったし、珠玉の一冊、という感じではないような。
 オチをあえて曖昧(というほど曖昧ではないが)にして読者にちょっとだけパスするというスタイルが数篇あって、そういう書き方もあるのだな、と感心はしました。そのオチはどれも、意外性や奇妙な味というよりは、わりと落ち着いた人情味あふれるものも多く、切れ味鋭く読後に唸らされるというよりも、ほんわかええ話やん、と、ゆったりした気分になれます。ミステリやサスペンスだと、世の中にはあえてイヤーン気分にさせる読後感を狙ったものもありますが、そういった感じはない。だから逆に、エンタメ性が高いとは言いづらいので、万人にお勧めはできない。
 映画で、登場人物たちが喫茶店やバーなどに集まったとき「こんな話を知ってるか」「これは先日聞いた話だが」なんつって「ストーリー」を語る場面があります。タランティーノの作品とかでよく見かける、あれ。知り合いから聞かされた面白話、意外な話、頭に来た話、そういうのを小説で読んだ感覚ですね、あえて言うと。
 ジェフリー・アーチャーの経歴は皆さんご存知だと思うのですが、だから、そういう「話の引き出し」は物凄いストックがあるのでしょうなぁ。
 ワンセンテンスが短く、キャベツを千切りにしているような感覚ですいすい読めるのは気持ちいい。
 いま、病院外来の待合室でこの文章をスマホで打ってるんですが、呼ばれたので終わりにしますね。
15のわけあり小説 (新潮文庫)
ジェフリー アーチャー
新潮社
2011-04-26

機動戦士ガンダム THE ORIGIN(総監督安彦良和 2015)

 もちろん私は宇宙世紀は全部見ているし、ガンプラ世代だし、ファースト劇場版を劇場で見ているし、ジオニストなのでありますが、ORIGINの劇場公開は逃してしまっていたのです。でも、UCもそうだったし、傷物語もそうだったし、今だとガルパンもそれにあたるのだが、OVA前提の劇場分割上映って、作品としてどうなのよと思うのです。きっちり完結していないものを見せるってどういうビジネスなんだよ、と。作品を愚弄し、ファンをないがしろにし、いったい何を見せるというのか。ま、実際のところは、忙しくて初回を見逃してしまい、その後ズルズルと時間が過ぎてしまったのではありますが、やはりこの際はっきり言った方がよいだろう。分割二期とか三期とか、劇場版第一部とか第二部とか、どんだけ金を引っ張るつもりなんだよ!! huluに来るまで、見るの我慢してたわ!
 そういう憤りを感じはするのですが(つーか素直に劇場行けよ)、なんだかんだでORIGINガンダムの映像クオリティは最高なのであります。安彦良和の絵柄のまま、コミック版ストーリーをほぼ忠実に映像化、連載時に「?」となってしまった表現も改善され、6本一気に観賞しても全然胃にもたれません。さらに、ガンダムエース連載時に次々と披露された新解釈の中でも最もうならされたルウム戦役を、今になって大迫力の映像で見られる喜び。
 あぁ、そうだ、これだ、これが見たかったのだ。
 暗黒の新訳Zに飽き足らず、00やSEEDなんかのスーパーヒーロー系ガンダムにコレジャナイ感を覚えざるをえない昭和のジオニストに、ぐっさり刺さる出来栄え。UCだかNTだか知らんが、そんな余裕があるのならなぜこのクオリティでファーストをリメイクしないのか。安彦良和が元気なうちに、我々は真のガンダムを見たいのです。
 CGモビルスーツのチャラい機動マニューバと、還暦をとっくに越えてしまった主演声優達のカツゼツに少々幻滅はしました(でもカイさんは天晴れ!)。つい最近では白石冬美の訃報が流れたように、オリジナル声優は次々に物故者となり、NHKにおいてまるで「過去の出来事」のようなガンダムインタビュー特集が放送され、カントクの新作発表もとんと音沙汰無くこのままフェードアウトしそうな「今」。今こそ最後のチャンスなのではないでしょうか? 
 亜流傍流、ナントカ世紀のわけのわからんヒーローガンダムなどもうたくさんなのだ。
 地べた這いずり廻って、硝煙に驚きと血煙にむせ、敵味方の軍人の生き様・死に様に涙し、「愛機」も所詮兵器であることに打ちひしがれ、戦略と作戦と戦術が高度にアウフヘーベンした果ての、人類の革新を見たいのです! 我々はオデッサを見たい! 大西洋で泣きたい! ジャブローで! ソロモンで! ア・バオア・クーで! 
 もう時間はあまり残っていないのです。
 サンライズよ、有り金はたいて、採算度外視で、ただちに取り掛かるのだ!!





 うーん、それにしても、ことぶきつかさって、同人界隈のヒトだと思っていたのだが、これは歴史に名を刻む仕事になりましたな。

2019冬アニメの感想

 明日は4月1日なのですが、2019年の4月1日は、元号が発表される日として記憶されることとなりますな。一方でうんざりなのがエイプリルフールでやたらイキる企業ホームページやツイッターアカウントで、今からうんざりです。エイプリルフールだとかハロウィーンだとか、そういうイベント、嫌いなんすよね。日本は、盆と正月だけで良いと思うのです。でも祝日はいっぱいくれ。休みくれよ。
 休みが無いとアニメを消化できないんですよ。
 時間を有効活用できていない。その最たるものが通勤時間。
通勤片道80分なのですが、これが無駄の極み。こんだけネット環境が整いPCの性能が向上したというのに、なんだってわざわざオフィスでExdelいじったりWordいじったりせなあかんのか。そら不景気にもなりますわ、効率悪すぎて。
通勤80分の内訳は、徒歩15分、電車35分、バス20分。乗継待機が10分て感じなのですが、電車とバスでアニメを見るのは気恥ずかしいお年頃。小説読むか爆睡するかしかない。これを毎日往復かけるわけですよ。労働に拘束される時間のうち、実に週13時間を通勤に費やしている。もうね、バカかと。アホかと。定期代、6ヶ月で12万ですよ。年間24万。会社は通勤手当、ムダだと思わんのか。
 週に13時間も余裕があったら、今の倍はアニメ見られるし、4倍は本を読めるし、一日8時間睡眠だってできるのです。ん? 計算合わないか?
 というわけで、今期視聴完遂できたのがわずか3本という体たらく。うーん、誰が悪いって、やっぱ会社がアホなのが悪いと思うのよね。

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視聴完遂
  • 上野さんは不器用
漫画の方は以前から読んでいたが、紙媒体でだいたい満足していたので、映像化には危惧していたのが本当のところだ。「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」のテツを踏まないか危惧していたのだ。が、杞憂ということがわかって安心した。そうだよ、15分アニメが正解なんだよこういう作品は。「ラーメン大好き小泉さん」とかもそうだけど、30分だと間がもたないって。
登場人物の少なさによる舞台劇風テイスト(実際に、物語の全ては理科室から一歩も出ていない)と、上野さんのナマナマしくエキセントリックな性癖とで、新進の小劇団を観劇しているような感覚がある、というと言いすぎかしら。声優陣も力入ってます。あー、井上和彦は場違いな感じしたけど。
省エネ作画なのですが、絵コンテ段階での設計がキッチリしているせいか、話に間延びもなく、キビキビ見られました。

上野さんは不器用 1巻 [Blu-ray]
芹澤優
スマイラルアニメーション
2019-03-29


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  • 風が強く吹いている
 なぜ最終回を1月2、3日あたりに持ってこれなかったのか?
 本作最大のミステイクがこれであります。企画段階で誰も意見言うやつ居なかったんかい。
 とはいえ、ひとこと申すとすればせいぜいその程度。
 京都アニメーションのようなトンガリ顎でない、でも今風のキャラクター造形は好感が持て、日常パート・競技パートともにこなれた作画と、一話ずつ薄皮をはがすように登場人物たちが深掘りされていく物語はたいへん高水準なのであります。物語はもちろん最後の箱根駅伝につながわるわけなのですが、そこへ収斂してゆくと分かっていても惹きこまれれてしまう構成、とくに、ラスト5話なんかもう片時も目が離せません。集中して見ていたせいか、時間たつの早ッ。一話30分あっちゅー間なので、一週間待機地獄が続くのです。
 個人的には、ユキパートの物語が良かったですな。実はシリーズ内でも、わりと静観というか、あまり物語に積極的に絡んでこないのですが、復路一区で語られる彼の人生と、一瞬、交錯する家族の風景が実にドラマチックで、近年でもかなりレベルの高い演出だと思いました。
 最終話のラストで、後日談がサラリと語れるあたりも、欲張り過ぎず好感が持てます。
 というわけで、なかなか良い作品に出会えたのですが、やっぱさ、最終2話はスペシャル特番で箱根駅伝にぶつけて欲しかった。そこだけが、惜しい。


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  • 約束のネバーランド
 ジャンプを読まなくなっても二十年以上経つのですが、いま、こういうのやってるんですね。作画が良くて一話ももらさず見てしまいました。昔なら背景全作画も今の時代ならCGを使って同じ効果を演出できるのですなぁ。上手い。わりと会話場面が多いのですが、演出と声優の力量で飽きさせない作りとなっていてそれなりに面白いと思いますが、分割二期の一期だけでは、ちょっと判断つきかねますなあ。原作は読んでおりませんので、なんで人間が食糧なのかとか、こんな孤児院風の養殖場でなくてももっと上手いやり方できんかったんかいとか、大人側の対応頭悪ッとか、つっこみは無粋なのでありましょうな。というわけで、最終的判断はセカンドシーズンを見てから、という感じですな。


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視聴断念
  • ケムリクサ
  • けものフレンズ2
  • 魔法少女特殊戦あすか
  • ブギーポップは笑わない
  • サークレット・プリンセス
  • エガオノダイカ
  • 同居人はひざ、時々、頭のうえ
  • ガーリーエアフォース
  • 荒野のコトブキ飛行隊
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視聴継続

逃亡のガルヴェストン ニック・ピゾラット

 ひとことで言うとギャング組織からの逃避行、単純なゲッタウェイ物語なのだが、登場人物たちの悲惨な生い立ちや環境が明らかになるにつれ、その境遇に「もののあわれ」を感じざるをえない。どんだけ悲惨かというと、書いてしまえば「貧困」という単語に身も蓋も無く集約されるのだが、もう少し具体的に言えば、暴力であり育児放棄でありDVであり近親相姦でありドラッグでありレイプでありと、その辺りの言語で説明できる環境だ。アメリカ地方都市の真の姿であり、そりゃもう、トランプに投票せざるを得ないという空気感。米民主党がどんなに環境問題やポリコレや差別や学生ローン問題を取り上げたところで、地方都市の貧困線以下のプアホワイトやプアブラックやプアヒスパニックには届きはしない。

 で、少女を守りつつギャングの追跡を逃れようというと、だんだん映画「レオン」の様相を呈してくる。というのも、主人公だって無垢な人間ではくて、なんだかんだギャングで殺し屋なんですね。でも今までの野放図・無計画な人生の反省なのか贖罪なのか、行きずりの若い売春婦をどうにかしてその稼業から足を洗わせるよう説得なんかしたりする。しまいには邪魔者を排除しようとして、今度は「タクシードライバー」の様相を呈してきたり。別の場面、刑務所で図書室担当になるシーンでは少し「刑務所のリタ・ヘイワース」を想起させる。思いがけず浜辺で撮られたスナップ写真には少しの驚きと憂いの表情が浮かんでいたりして、これは「ターミネーター」だな。

 小説というよりもしっとりした二時間の映画といった本作なのだが、作者は映画やドラマの脚本も手がけているらしいので、描き方は実に達者。主人公ロイや売春婦ロッキーのキャラも立っていて、ぐいぐい読めてしまう。ヤクザ稼業な主人公は強面で凄腕の殺し屋、血も涙もない拷問者なのだが、肺には腫瘍が見つかっていて、人生をはかなんだりする。末期癌の彼を憐れんでくれる友人など皆無なのです。そういう人生を送ってきてしまっていたのだから。それでも自暴自棄にならないのは若い娼婦が逃走の道連れになってしまったからなのか。暴力の世界で生きてきたわりに、女性に甘いというか、幻想を抱くあたり、ナイーヴでもある。好いた女の前ではしどろももどろになってしまったりな。しかし、過去の振る舞いが彼の今の現実を否定するのだ。
 若い娼婦には振り回されっ放しだが、その悲惨な境遇に主人公も読者も同情せざるをえないのだ。
 登場人物たちの多くは低層民と呼ばれる人々で、単純に「可哀想」では済まされない現実も潜んでいる。
 1983年で始まった物語は時折2008年と行きつ戻りつしながら、一人の南部男の人生を語る。一人称で、要はハードボイルドだ。
 プロットは単純なゲッタウェイだが、読後、スカッと爽やかな感じではないし、未来を暗示させるものではない。
 読後、「男子の一生」たるものは何なのか、静かに考えざるをえない、そんな小説でした。

逃亡のガルヴェストン (ハヤカワ・ミステリ)
ニック・ピゾラット
早川書房
2011-05-09

SF的な宇宙に安全に暮らすっていうこと チャールズ・ユウ

 最近、オリジンが中華文化圏出身者の手によるSFを見かける機会が多い。本作の作者は両親が台湾人とのことだが、アメリカ生まれなので思考マインドはアメリカ人なのかもしれない。作中でいくつか仏教的な場面はあることはあるが、アジア的感性とは微妙に違う気もする。というわけで、要はアメリカのSFだ。
 オリジナルにもあるのか、訳者円城塔の技術なのかわからないが、「継時上物語システム」「応用時間言語学」「叙述的宇宙」等々、様々な言語的イメージが提供されていて、それはとても楽しい。意味はわからないし、実際たいして意味なんか無いのだが、とてもハイブロウな表現に感じる。「クアッドコアの物理エンジンを載せられた六気筒の文法ドライブ」「可能性空間の航海にはコツがいる」「ニュース・クラウドに頭をつっこむ」「通常の時間軸を逸脱してここへやってきて、仮定法モードに入った」、ほら、面白そう。ま、厨房っぽいっちゃあ厨房っぽいけれども。
 ところが、タイムマシンで時間的未来に行き、未来時制に生きる自分を撃ってしまった、という時間SFの中でも最大級のテーマをぶら下げておきながら、そこで語られるのは徹底的に自分と親の思い出トーク。微に入り細をうがちそれはもう克明に語られるのだが、はっきり言って俺にはなんの興味も無い物語。俺とは関係の無い時間軸の物語で、しかもアメリカの社会文化というか家庭環境に一定の理解力を求められるうえ、父が父がという、パターナリズムが気に障りまくります。マザコン日本社会にもうんざりだが、アメリカの父子文化ってのにも、毎度うんざりする。
 つまり、SFというよりもブンガクに近いといえる。わかりにくくて読みにくくて、面白いか面白くないかよくわからぬ、という塩梅だ。簡単に言ってしまえば、俺にとって本作はニューウェーブなのだった。相性が悪い、それもとても。だから、アシモフやクラークみたいに、アクロバティックな科学的・論理的でスカッとさわやかなカタストロフを本作に求めてしまうと、大変残念な読後感になる。そしてそれを、あらすじを読んだ俺はそれを求めてしまったのだった。だからどうしても辛口評価になってしまうのは、いたしかたないところだと思っていただきたい。




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ニコマス界隈の、辺境の住人。革命的国家社会主義真派の刺客、ペロリスト。真士。そして、映画と小説とアニメの愛好家。
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