HaruharaPのブログ

アイマスMADを作りたい人。メインツールはParaDrawとParaFlaです。

手描きアニメは活動写真。
ポリゴンCGアニメは舞台演劇。
性質が全然違う物を同列に並べて比較することは、全く意味がない。
(2016/08/11)

【映画】 聲の形 (監督 山田尚子 2016)

 映画化の話をネットで見かけたときは、あんなキッツイ漫画をアニメ映画にする意味はあるのか、と思ったのだ。
 漫画は、特に後半の他視点切り替えとか、難聴の表現をセリフで表現するとか、結構チャレンジングだったからが理由の一つ。そして、ポリティカルコレクトネス全盛のこの時代、障害をド真正面から取り組んだ作品だということがもう一つの理由だ。案の定、その辺を斟酌しない勝手放題なコメントがtwitterで流れていたりのを見かけ、少し心配になってしまった。
 もちろん勘違い評論をしているアカウントを晒したり叩いたりしてもまるで意味はない。感想は人それぞれ。背景を読み切れぬままにテキトー言ってるのは、皆と同様、俺も同じだ。この映画の意味を拡大解釈し、障害がどーの教育がこーの、イジメ問題、行政云々、感動ポルノ、まあまあ皆様勝手放題ご自分のイデオロギーを開陳なさる。ちょっと呆れるくらいなのだが、ま、それはそれでいい。商業映画なのだし、こうして公開された以上、毀誉褒貶、いろいろあっていい。どうにでも解釈できるしな。

 で、だ。

 人と人の間に立ちはだかる壁は、多かれ少なかれ誰もが持つもの。きっと皆さんも日々感じていることだろう。いわゆるディスコミュニケーションというやつで、分かりやすく言えば心のATフィールドだ。
 言いたいことが伝わらない、相手が何を言っているか分からない、などという場面は日常誰しも経験する。そしてその壁の厚さや高さはは千差万別。当人の心情や周囲の環境、そして人同士の力学によって壁は薄くなったり鉄骨が入ったり、一定のものではない。例えば顔面の美醜だとか、学歴だとか、家柄、生まれた土地、経済力、知能、友人の多寡、社交性有無等々といった、そうした「変数」によってそれは変化するのだ。
「人間関数」にその「変数」を入力することで、ある一定の数値が出力されるわけだが、その結果が人生の意味だとか、幸福だとか、生きがいだとか、そんな風に評価されるものなのかもしれない。で、身体の障害というものは、所詮は「変数」の一つに過ぎないのだと、俺は勝手に思っている。変数なので、重み付けが極端だったり、ほとんどゼロと同じ場合もあるだろう。だが肝心なことは、人間関数の出力結果の受け止め方は当人次第の問題だということで、他人には評価できない数値なのだということだ。
 人間関数は人間一人ひとりが持つものなのだから、ある人にとっては良好な数値も、別の人では酷い点数が返ってくるかもしれない。耳が聞こえないことよりも、歯並びの悪さの方がもしかしたら当人にとっては問題なのかもしれない。あるいは、完璧な正義感が逆に数値を悪化させたり、裕福な生まれが不幸を招き寄せたりもするかもしれない。そして、数値は時間や、他人の人間関数の結果に影響されるかもしれない。あまり気乗りしない飲み会に行ってみたらちょっと楽しくて仲良くなった、なんてこともあるだろうし、あんなに仲の良い友達なのに本当は何を考えているか分からない、ということもある。子供のころに分からなかった問題が、大人になったら簡単に解けた、なんていうのはよくある話だ。
 例えば、本作の主人公ショーヤと同じ環境にあっても、まったく動じない人もいるかもしれないし、冒頭明示された如く早々に己で身の始末をする人もいるかもしれない。受け取り方は人それぞれ、人生いろいろ、だ。人間関数の解法を人類は永遠に見つけることはできないだろう。人間万事塞翁が馬、とまで楽観するのは俺の人生観には相容れないが、諸行無常とは思う。
 しかしこの作品を見て「障害を理由にイジメた人間が、最後にはなんだか救済されるなんて、なんてケシカラン映画だ」という意見は、あまり周囲の変数を気にしない人なのかな、と俺は思うのだ。そういう方々にとって、西宮硝子の聴力が回復するのかステキな救済映画なのだろう。何かの宗教映画のようだが、彼ら彼女たちはそういう映画が見たいのだろう。
 こんなところで己の人生を披露するのもなんなのだが、俺はイジメた経験もあるし、イジメられた経験もある。どっちの気持ちもよくわかる。で、どっちが悪いとか悪くないとかもうそういう事は心底どうでも良くて、両方経験した上で言わせてもらえば、イジめてもイジメられても、結果人間不信になります。はい。
 本作の主人公が背負う十字架は、人生の一場面ではなにかのイニシエーションのように好意的に解釈される場面もあるかもしれないが、絶対に無くなることはなく、心の暗闇にずっと潜んでいるものなのです。

 面倒くさい話は以上にして、だ。

 漫画版を要領よく纏め上げる監督の手腕は確かなもので、冒頭のThe Whoの「My Generation」の使い方も意外性がありました。そう、本作は映画の構造象上、徹頭徹尾自分語り(talking about my generationなのだ、文句あるかこの野郎、外野は黙ってろ、というエクスキューズなのかもしれないw)で終始するので、他の登場人物が本当はどう思っているのか、それは主人公の目と耳を通じてしか我々は得ることができないし、ウエノやカワイやサハラの正義や倫理や心情がはっきりしない場面もある。そしてだからこそ×印が我々には見える。
 我々は石田の行動とモノローグで彼の人生を体験する。
 背景や作画は安心の京都アニメーションで、没入感を阻害することは無い。原作同様、長束君は優秀なトリックスターとなっていて話がテンポよく進むのも(映画のテーマは別として)心地よかったです。
 キャラクターデザインは原作を概ね踏襲したもので、場面によっては匙加減程度にデフォルメが入るのも、違和感が無かった。これは実写映画ではできない表現で大変結構なお手前でした。
「なぜ実写映画にしないのか」は、「たまこラブストーリー」の感想でも述べたが、生身の人間にこういう作品を演じさせると、生々し過ぎて見るに耐えないからだ。アニメーションは鷹揚なオブラートであり、多くの人へ最大公約数的共通イメージを伝えることができる優れた映像表現なのだ。
 なお、映画版の石田は漫画版の石田より、沈んでいます。息苦しいほどに。

 それにしても、俺にもあんな可愛い妹がいればなぁ、とは思ったよwww つーかお前らも思ったろ!w



 佐村河内騒動以来、難聴問題に俺は少し敏感になっている。漫画「淋しいのはアンタだけじゃない」もお勧めだ。

 そうそう、その他いろいろは、下記に格納しておく。 
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【映画】 フューリー(監督デヴィッド・エアー 2014)

 劇場公開時に行けなくて、今更Huluで見たのだが、これが微妙&微妙。

 なんかもう物語の背景設定から納得できなくて、1945年4月の段階であんなに士気の高いSS部隊が居たのだとしたら、彼らは間違いなく第9軍、すなわち東部戦線に配備されていて欲しいし、だいいち優勢の連合軍が前線でなんとなく孤立無援っぽい状況になっているのも理解不能だ。「優秀な部下を殺されてしまった」って、お前が無能&無能なんじゃいでしょうか。
 そんなこんでまず時代考証に説得力が無いのですが、なにより理不尽なのがブラッド・ピット演じるシャーマンの車長さん。
 ドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」で描かれていたように、1945年の連合軍戦線で、兵卒にとって何が怖いって、「勝ち戦での無意味な戦死」なのでして、マッチョパパ=ブラッド・ピットの自己陶酔バンザイ突撃の御供なんて、それこそ死んでも嫌なはずだ。
 何が問題ってまずこのブラピ演じる親父が頭がおかしくてですね、トム・ハンクスよろしく手をぶるぶる震わせて戦場神経症的描写があるわりには、新兵に「男気」を見せろと捕虜を射殺させ、お前を男にしてやるからとドイツ娘へのレイプ紛いのセックスを強要する。悩める親父とは思えないわけです。そのくせダイニングのテーブルでは理解ある父的な風を装い、ドイツ語ペラペラだったりする。どんな人間やねん。 この親父のわけのわからんパターナリズムについては、見てるこちらは終始イラつきまして、なんなんですかね、これが古き良きアメリカなのだとしたら、犬に食われて死んでしまえと思ってしまうのです。フェミニズム万歳なのです。
 こんな親父に感化されて、後段、突撃番長の御供を躊躇なくつかまつる新兵くんも安易過ぎ、苦悩の過程が雑過ぎてまったく感情移入できません。頭空っぽなのかお前は。

 絵ヅラ的にも惜しいカットが連発。せっかくティーガーと会敵する美味しい場面もわけのわからんカメラワークでスペクタクル感皆無。CG全盛のこの時代、もっと引きで撮れ引きで。戦車砲・対戦車砲ともになかなか当たらないのはリアルっぽいのですが、エンタメ的には爽快感がありません。この辺は痛し痒し、リアルなのかエンタメなのか、どっちかにはっきりさせて欲しかったのですが、モブ的に死にまくるドイツ兵に俺は涙を禁じえませんよ。

 1945年なら断然主人公はティーガーでなければならないはずで、もう企画段階から間違っている本作。そう、僕らが期待したのは間違いなくティーガーの方であって、シャーマンがどうなろうとそもそも知ったこっちゃないのだ。せめて北アフリカでの米軍戦車部隊の苦悩と成長を描いていれば、まだ良かった。

 設定、話、キャラ、どれをとっても残念&残念な出来なのでした。

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-03-18

 

【映画】 君の名は。(監督 新海誠 2016)

 とうとう我慢できずに観に行って来た。
 大変よくできた映画でした。
 観客の最大公約数をターゲットに最大公約数的に受け入れられるお話を最大公約数的にこだわった絵作りで見せた良作なのです。ですが、部分部分にある不満点が私としては納得できず、そのせいか、泣けなかった。世評によれば泣かせる映画だったはずで、だから泣きたくてわざわざ見にいってやったというのに残念なのである。
 以下、少々のネタバレを含みつつ感想を書き連ねるので、そのあたり了承ができない場合はブラウザを閉じてほしい。

 深夜回だというのに400人くらい入る劇場はほぼ満席。その内訳は、圧倒的に若いカップルだ。彼ら彼女たちは外見や態度からしてまず間違いなく普段はアニメ映画などを劇場で見る客層ではなく、押井や故今敏のようなハイコンテクスト系アニメなぞ観賞選択肢に入らない人々だ。したがって、おそらくこの映画の鑑賞経験が当面、彼らにとってのアニメスタンダードになるに違いない。それはアニメ界に落とされるマネーを思えば経済的に好ましいことではあるのだが、ではこの作品が例えばヤマト−ガンダム−エヴァが日本のサブカルに与えた影響ほどのパワーがあるのかと言えば、決してそうではなと断言できてしまうことは少し悲しい。もし俺が十代だったとして、この映画は俺の「オネアミス」にはなれないだろう。なぜか。
 男女入れ替わり、ボーイ・ミーツ・ガール、田舎の描写、都会の描写、彗星、昔話に織り込まれた真相、「組紐」(それらしいモノであれば、別になんだっていい。「フォレスト・ガンプ」ではチョコレートだ)を介した思想説明、時系列カットバック等々、これらガジェットやシチュエーションはきっちり物語としての文脈を押さえている。どこかで見たような、聞いたような物語のパーツたち。 過去の新海作品でも言われていたとおり、「借り物」の再構築だ。  逆説的に、だからSF小説や古今東西の映画作品に疎い若い方々にとって、きっと大満足の作品に仕上がっているはずだ。
 その詐欺的手練手管はほぼ完璧で、起承転結、きっちりオチがつき、ところどころ挟まれる劇伴はまるで何かのPVかのように見るのだか効果的に映画を支えていて、世評どおりの出来になっている。もう、狙い通りなわけだ。 「俺が作る映像、カッコいいだろ」と言い切るかのような彼のずうずうしさは、本作でも健在だ。
 この「狙い通り」「計算通り」に踊らされるのが、小癪に感じられ、逆に映画への没入感を殺がれる。贅沢な悩みだが、俺がこの映画を手放しで受け入れられないのは、結局はそういう部分なのだ。

 ハッピーエンドに見えるオチは、過去の新海流とは真逆の結末であり、なんだか日和ったようにも思える。
 彼は過去、「男女のすれ違い」を幾度となく物語の俎上にあげているのだが、どのお話も全く私の心の琴線には触れてこない。冷徹な人生観はむしろ私の好みであるはずなのに、彼の物語からは人間的な温かみを感じられなかったからなのか。類型的なキャラクターは、まるでロボットのようで、わりと饒舌に語るくせに特別に深い思想は無いように見える。新海誠は人間嫌いなのではないか、俺はずっとそう思っていた。
 なのにどうだ。
 「君の名は。」に出てくるキャラクターたちは表情が豊かで、学校の人間関係も概ね良好だ。退屈だが頑是無い日常をそれなりに謳歌している。キャラクター達のその健全さはとてもとても幸福に見え、溌剌と人生を生きているように思える。ここへきて、人間嫌いのはずの新海誠が、きっちり人間を描いている。
 だから、「君の名は。」の幸せな結末は、本来なら諸手をあげて喝采せねばならないはずなのに、俺は新海誠の変節が許せないとすら思うのだ。タキ君とミツハは絶対再会してはならないのであり、万一出会えたとして、彼女の左薬指には指輪がなければならなかったはずだ。そういう作品を作り続けてきたはずなのに、この映画ではいったいどうしたことか。はっきり言ってしまえば、俺の目には大衆への迎合に見えてしまう。

 この映画はあらゆる映像的物語的計算の果てにきっちり大衆に向けて作られた優秀な映像作品なのだ。
 だが俺は、新海誠のメッセージを(またも)読み取ることができなかった。
 この映画は、本当に彼が作りたかった物語なのだろうか?
 (もっとも、宮崎駿のようにぬけぬけとそのあたりを表明できてしまう破廉恥な作家こそが、異常なのかもしれないのだが)

 その他、気がついたことを列挙しておく。
 
  • 日時確認しようよ、二人とも。気付く機会はいくらでもあったはずだ。バイトのスケジュール組んでんだしさ。
  • トワイライトピークでようやく邂逅したのはいいが、タキ君、なんでそこで紐を渡しちゃうのよ。唯一の「物証」、二人の絆なんだぜ。
  • 口噛み酒パワーが二人を邂逅させたとするには、もう少し古代の伝承やらSF的現象やらで、説明を補強してほしかった。
  • (俺の記憶が間違っていなければ)隕石当日朝、ミツハボディにはタキ君が入っていたはずだ。防災無線計画は当日策定されたのであり、ミツハにミツハが入った邂逅時点では知らなかったはずだ。名前の確認すらできなかったあの状況だったのに、隕石墜落の経緯とタキ君が立案した避難計画を、いかにして彼女は知りえたのだろうか? そういう描写、あったっけ?
  • 成人後のタキ君の表情が子供過ぎる。成人ミツハに比較すると尚更で、もっとリアル寄りでも良かったように思う。というか、タキ君のキャラデザがイマイチ・・・。髪の質感がジブリ的で、なんかもう、甘々。
  • twitterでSF作家が指摘していたように、彗星のパーツ落下シチュは、世間は騙せてもSFオタは納得しえまい。隕石的なものが雲をヌメっと突き抜ける描写もおかしいように思う。
  • ミツハの家庭描写に比較し、タキ君のそれはあまりに浅すぎる。
  • Cinema Scapeのひねくれ批評家達がこぞって絶賛しているのが俺には許せん!w

 とまぁ、他にも気になる点は多々あるのだが、娯楽作品としては昨今のアニメ映画の中では図抜けた出来にはなっているのは間違いない。
 この先しばらくは、細田と新海が本邦アニメ界のメジャーリーグとなるであろう。「聲の形」次第では、これに山田尚子も加わるかもしれないが。
 ひとまず、次回先に期待いたします。

新海 誠Walker ウォーカームック
新海 誠
KADOKAWA/角川マガジンズ
2016-08-26


日テレが細田で、角川が新海でしょ。
 うーん、山田尚子には強力なバックが欲しいところだなぁw
 は? ジブリ? あんた時計の針、止まってんの? 

【日記】 もう一回、シン・ゴジラを見に行ってきた

 前回の鑑賞では消化しきれなかった情報を、少しでも吸収するべく、再び劇場に言ってきたという次第です。
 この夏の映画はすっかりゴジ・君に持っていかれた感がありますが、先行していた分、さすがにゴジの観客動員もいささか息切れか。尾頭萌え、蒲田くんという俺のツボを突くサイドムーブメントも落ち着いた頃合いなのでしょう、深夜回ということもあって、200人入るシアターにざっと40人という寂しい案配。しかし、おっさん&おっさん&オタという観客の中、なぜかお独り様女子がいるという不思議。君が見たいのは泉x矢口なのか、尾頭さんなのか。

 それはどうでもいいとして。

 農水相がオーストラリアに外遊中であることが結構早い段階でテロップに出ていたり、実は瓦礫の隙間から死体の足が見えていたり、おや、あんな俳優さんこんな俳優さん出演してたのねとか、なんやもう新たな情報にまたもや消化不良に陥ってしまいました。
 いやいや、まだまだ気づかなかった演出、見逃したテロップがやまほど残ってるぞこれ。

 私の楽しみはゴジラそのものから離れてしまいつつあるのに少々驚くのだが、「ゴジラとはなんなのか」は「使徒とはなんなのか」と同じくらいどうでもいい問いなので、だから、物語の真相を予想したり屁理屈こねた解釈などをせずに、情報の海にたゆたうという楽しみ方は間違っていないと思うのだ。シンゴジをエヴァを比較して云々言う解説もたまに見かけるが、多分、それは間違った見方だと思う。深読みして何か解釈したつもりになっても、なんの解決もしないというのは俺たちはとっくにエヴァで学習済みだからだ。ただひたすら、繰り返し繰り返し情報を飲み込む。それが正しいアンノ作品の見方なのだ。
 もっとも、見れば見るほどCGのアラにも気付いてしまうという副作用もあるので、玄人にはお勧めできないのだが。
 そういえば、肩舐めパンフォーカスなんてこしゃくなカメラワークをアンノ君はしっかり自家薬籠中にしてしまっていたなどという発見もあった。くそぅ、やるな、アンノ。
 とにかく、情報津波は何度見ても押し寄せてくることは間違いないので、もうこれ、Blu-ray買わざるをえないな。発売日いつだよ。

 

【映画】 傷物語II 熱血篇(監督 尾石達也 2016)

 公開からしばらくたっているし、シンゴジと「君の那覇」が絶好調なおかげですっかり空気となってしまっていた傷物語を、さっぱり進展しない会社での仕事をぶん投げうえで見てきたのだ。

 300人くらい入るハコにざっと30人くらいという寂しい「入り」だったのだが、驚くべきことにその8割は若い女性客であった。女性同士連れ立って見るような映画ではないと思うでしょ普通。あにはからんや、なのである。
 そうなのだ、この時期、彼氏の居るリア充女どもは、エロスとリビドーにまみれているに違いない新海の新作アニメを、彼氏の腕をなでさすりながら見ているはずなのだ。濡れ濡れなのだ(目が)

 えぇい汚らわしい。

 だからこそ、今日このとき、傷物語などというオタど直球なラノベアニメを見る女性たちは孤高の聖職者なのであり、性欲にまみれた旧弊を打破し、無垢な魂の我々戦士たちを天空にあるというアニメの国へいざなうワルキューレなのに違いないのだ。

 なに言ってんだか自分でもよくわかりませんが、ま、それくらい華やいだ空気があった不思議な上映回でした。

 でも、ギッラギラドッロドロな愛欲とは決別した気持ち・覚悟で臨んで見た本作なのに、画面に繰り広げられるのはアララギ君と羽川さんのなまめかしいキャッキャウフフだったので、僕はたいへん憤慨したのであります。ああそうなのだ、この劇場で同じスクリーンを見つめている女子たちはリアルリビドーに疎い淑女などではなかった。イケメンアララギ君の引き締まった肉体に、ヨダレを垂らしに来たのだった。神様仏様神谷様。でも、僕は羽川の乳袋には全然ときめかない。なぜだ。

 そうさ、吸血鬼などという厨二病鉄板ネタに、屁理屈と根性で敵を退けるというこれまた毎度お馴染みのラノベ展開などは、原作未読なくせにお約束感たっぷりに思えて、とうてい血湧き肉踊る物語というふうには受け止められなかったのだ。 だいたい、テレビシリーズの前日譚というメタ構造上、映画でアララギ君がどう苦しみ悩もうと、羽川さんとぐちょぐちょになろうと、その結果はわかっているのだから。

 一方、作画はまさに血湧き肉が漏れまくりという、なかなか見応えあるスプラッタなシチュに、いいぞ、これこれ、もっとやれ、などと安堵してしまう僕がいるのです。
 困ったことです。

 一部ロトスコを使った(とおぼしき)作画はきっちりメリハリが利いていて、こなれた描き味のキャラが取り込みテキスチャばりばりの背景やCGの上に躍動する姿は、あらやだちょっとおフランスのアートアニメみたいな印象で一見の価値があります。なんでもかんでもポリゴンCG、深く映像論を追求しないで全編ロトスコ使ったりする映像作家は本作で勉強して欲しい。風に揺れる雑草だらけの河川敷を歩くアララギ君の姿を、「魔女宅」冒頭で草原に佇むキキを鬼作画した故二木女史がご覧になったらいったいどういう感想を持たれるのか、思いを馳せざるをえないのであります。

 とまぁ、どうでもいい話に鬼がかった映像美と、かなりバランスに難がある本シリーズ。ここまで来てしまった以上、もう後戻りはできません。
 来年新春の「冷血編」公開まで、世界が平和でありますように。



傷物語 I 鉄血篇(完全生産限定版) [Blu-ray]
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アニプレックス
2016-07-27

 

【日記】 島に行ってきた

具体的には、石垣島に。
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嘘みたいに透明な海に揺られて、日常を忘れてきた。


・・・すぐ思い出さねばならないけどなっ 

【日記】 ヒゲ

 ヒゲの剃り方を変えた。
 そう、ヒゲである。
 今までは、電気シェーバーでガーっとやっていた。ジョージョーっと剃るわけだが、使い方が下手なせいか、なかなか深剃りできない。年を取って、ヒゲ自体が硬くなった気もする。一方で、もみ上げやあご下あたりの柔らかいヒゲは刃先がきちんと「噛んで」くれず、たいていの場合、剃り残る。
 だから数日おきにGilletteとかSchickとかの、いわゆるT字のカミソリを使い、メンミツに剃る。
 ある日シェーバーを使ったら、次の日はT字。ここ数年はそんなローテーションで、毎朝ヒゲ対応を行っていたのだ。
 それを最近改めた、という話である。
 以下、はっきり言ってチラ裏の話なので、興味がない方はブラウザをそっと閉じることをお勧めする。
 
 で、T字のカミソリなのだが、Schickの5枚刃を使っていたのである。
 これはたいへんよく剃れるカミソリである。びっくりするほど軽い力でスムースに剃れるので、同じところを二度三度とジョリジョリすることもなく一発で剃れる。良い感じだ。
 んが。
 5枚刃ともなると結構トップがごつくて、つまり替刃部分がかなりデカいのである。Schick製品はフリップすることでガードをスライド(何言ってるか分からんかもしれんがw)できるのだが、それでも小回りが利かない。鼻や口の周り、顎下など、剃りづらいのである。
 そしてなにより問題なのが、値段だ。
 剃り味抜群な分、替刃の値段が結構する。というか、替刃の売上で彼らは利益を得ているのだ。有名なビジネスモデルですね。
 通常5枚刃ともなると、替刃の単価は一個300円台後半といったところだ。いくらキレッキレに剃れても、10回も使えば切れ味が落ちてくるので交換しなければならない。しかし一個300〜400円だと思うと、簡単に替えることも躊躇される。で、退役を延長してセコく使いまわすのだが、鈍った刃ではなかなか奇麗に剃れないため、余計に時間がかかってしまうことになってしまう。コストもかかるし、性根がセコイせいで手間もかかるという事態になっている。
 綺麗に剃るにはそれなりの道具が必要であり、同時にそれなりのコストも必要なのである。
 昭和の男たちも、同じような悩みを抱えていたのだろうか。

 先日機会があったので父親に尋ねてみたのだが、昔は両刃だったのだそうだ。
 は? 両刃?
 なにそれ?
 もちろん、「あぁ両刃使ってたのね。ももももちろん知ってたよ」などと話をあわせつつ、手はせわしなくスマホで文字をフリップする「両刃 wiki」。
 結果、判明したのは、そう、スケバンとかが持っていると漫画などで描写されている、アレのことである(昔のヤンキーに本当にそういう風習があったのかは知らん)。
 え。
 アレって、顕微鏡のプレパラート作るときに使うもんじゃないの?w
 ヒゲ剃れるの!?
 すみません、知りませんでした・・・。
 俄然興味が沸いて、ネットでいろいろ調べてみた挙句、購入してみたという次第です。
 それがこちら。

 
 ホルダーが800円くらい。替刃は、1枚50円くらい(国産(フェザー)で10枚500円くらい)。
 はっ!? てことは1枚50円!? やっす!
 いやいや海外通販だと、もっと安いw 円高だしなw

 で、使ってみたところ、面白いのである。
 いや、面白いというと少々語弊があるかもしれない。
 きれいにツルッツルに剃るには、それなりの修練を積まねばならない。難しいのである。が、それ自体、難しいことこそが面白いのである。
 何が難しいのか。
 まず、鋭さがハンパない。
 T字の感覚で剃っていくと、確かにヒゲをザックザック剃れる。楽しいくらいにザックザック。しかし注意しないと皮膚もザックザック。
 鏡を見ながら、「上手く剃れてるかな?」なんてショリショリしていると、数秒後にはうっすら血がにじんでいたりする。
 調子に乗ってうかつに刃を立てると、スッパリ切れて大出血。
 出血は切れ味が鋭すぎて、さほど痛くない。それくらいスッパリいってしまう。もちろんすぐにキズは塞がるし、アフターローション塗ったあとも、そんなにヒリヒリしないのではあるが。
 とにかく取り扱い注意のシロモノなのは間違いないものなのであり、さほどヒゲ剃りに関心が無いのであれば、そもそも無用の長物なのである。
 そう、無用なのである。金さえ気にならなければ、Schick5枚刃で幸せな人生を送ることは鉄板なのである。
 一方で、この「両刃カミソリ」ってやつは間違いなく、「刃物」、それも、料理道具や文具のそれではなく、「刃」なのである。男子たるもの、その扱いに長じていなくてはなるまい。男の矜持なのである。
 そういう泥臭い男臭さの一方で、剃る前、剃った後、きちんとスキンケアをしないと快適なヒゲ剃りにはならないのもこの両刃カミソリの真の姿である。
 そう、もう一つの難しさは、スキンケアのことだ。今の私は、その辺のおっさんみたいな女子に比べれば、びっくりするくらい皮膚の状態に気を配っている。
 顔のヒリヒリを抑えるにはそれなりに高品質なクリームや石鹸が必要なのである。そうなるとやがて、石鹸を入れるボウルもそれなりのものが欲しくなる。シェービングブラシも穴熊のいいいやつを使いたいし、クリームの香りにも気を配りたい。amazonでは選択肢が無さ過ぎるので、結局イギリスの通販会社から購入したり。
 髭剃りの面白さは、そうした手間や面倒くささの果てにあるものであり、パイプやタバコ、コーヒーなどといった嗜好品と同様、凝り出したら終わりのない世界なのだ。
 このことは私にとって重大かつ新鮮な発見なのであった。
 
 以来、私は早起きする習慣が完璧に身に付いてしまった。
 朝、目を覚ましてすることは、熱々の湯を沸かす。もうここから儀式が始まっているのだ。
 洗顔フォームで顔を荒い、お湯で顔面を十分に温める。手でマッサージして、血流を促進させるとともに、ヒゲを浮き立たせる。
 シェービングブラシに石鹸をつけ、顔面で泡立てる。
 この一連の手続き。精神修養のようだ。
 そっとカミソリを手に取る。
 この際、カミソリとは研ぎ澄まされた「刃物」であることを再確認する。そしてそれを俺は使っているのだ、と奮える自尊心。
 この感覚、なんとも言えぬ快楽というか、愉悦なのである。
 女子には決して分かるまい。
 
 というかなにより、カミソリの替刃って安いしなっ!
 刃1枚で二週間は使えるから(私の場合です。人によっては1回で替える場合もあるそうです)、コスパサイコー。
 Gilletteのフルアーマーガンダムみたいな高い替刃を買って、バフェットを喜ばすことなどもう無くなるわけです。

 とにかく、男のこだわりの一品をまた見つけましたよ、という昨今なのであります。

【映画】 シン・ゴジラ (総監督 庵野秀明 2016)

 どうしてもPS4が欲しいのだが、それは俺過去の不品行から許されず、ならば搦め手で行くべしとばかりに家族サービスと称して子供と映画「シン・ゴジラ」を見に行って来たのですよ! 映画館、ガラガラだったしな!w

 だがこのゴジラ、いいぞ・・・

 ネタバレ無しで語るのは困難な部分もあるのだが、特筆すべきは、ゴジラという未曽有の危機に対して「オールジャパン」で立ち向かう「我々」の描き方だ。
 そこには安っぽいハリウッドヒーロー的な「解決装置」などはなく、ゴジラの前にまず立ちふさがる「法」や「組織」や人間の「倫理」、「未知の科学」に対し、粛々と無言で苦闘する「その他大勢の我々」の姿があったのだ。日本人バイプレーヤー俳優総ざらえで臨んだその物語は、まんま現在進行形の我々の姿なのだ。
 俳優たちに華はなく、黙々と眼前の困難に「規定に則り」対処し、時に楽観し時に苦渋の決断をくだす。時に悩みつつも己の職に忠実で、淡々と目の前の問題に取り組み、やるべき仕事をこなす。危機的状況であればあるほど、そこに邁進する。あぁこれは日本人だ、日本人の姿なのだ、あの地震に立ち向かい涙をこらえつつ、だが平然と日常を維持した我々の姿だ、ハリウッドには描けまい、このゴジラはまさしく邦画なのだ、邦画であらねばならぬのだ。そう思った次第です。
 特撮はね、全然トクサツっぽくない。もうハリウッドばりにCGバリバリで、昭和ゴジラのしょぼい火花にうんざりすることもなく、期待以上の出来であった。
 ミニチュア破壊も「巨神兵 東京に現る」よりずっとずっと進化していて、全く違和感がなく、カット割の上手さもあって大迫力だ。
 自衛隊の、オタク的考察に則った適切な段取りと作戦プランも見応えがある。疾駆する10式もイカスし、攻撃ヘリの編隊も良い案配だ。
 肝心のゴジラも、安っぽい着ぐるみゴジラに比すれば数段上の造型であり、禍々しさと神々しさが渾然一体となった脅威の新生物を描き出すことに成功していた。なにより、ゴジラという怪物を終始、「引き」の絵で見せてくれたことは、大変すばらしい演出だったと思う。また、科学的考察もなかなか楽しめた。
 冒頭の、不審プレジャーボートから海ホタルまでの素人っぽい演出には正直言ってかなり不安だったが、すぐに官僚機構の総力戦の様相を呈しはじめ、やがて「官僚愚連隊」が物語を動かし始めてからは片時も目が離せなくなった。

 そんなわけで大満足の出来なのだが、一つ苦言を呈するとすれば、音楽の唐突さと、石原さとみの過剰演技か。って、二つじゃんよw

 帰宅してテレビを点けたら渡辺謙さんのハリウッドゴジラがちょうど放送されていたわけだが、「シン・ゴジラ」を経験してしまった今となっては、何ともしょっぱい出来映えに見える。浅い。浅すぎる。そんな程度の破壊では、あの津波を経験した我々に取っては浅すぎるのだ。ハリウッド映画の凋落は止まらぬようにすら見える。むしろ少し誇らしくなった、とまで言ってしまうと、アンノ君の術中にはまってしまって悔しいがw

 ネット界隈では、「エヴァンゲリオンのリスペクトで良かった(or悪かった)」という意見をチラホラ見かけたのだが、バカ言っちゃいけない。「エヴァンゲリオン」がウルトラマンやゴジラといった日本のかぎかっこつきの「特撮」をリスペクトした作品なんだよ。エヴァの焼き直しと言っている君は、もっと様々な映像作品を観るべきだし、映像史を知るべきだ、とこの際忠告しておこう。

 とまれ、近々もう一回見に行くつもりだ。
 なんせ情報量が多すぎて消化不良気味でもあるからなw 凄いんだよ、テロップの数がw あと、セリフが早口で聞こえないところもあったしなw

 だから、その他ネタバレを含めた感想は、また別の日ということで。





 そうそう、子供たち(13歳女子、10歳男子)は大満足だったことを付記しておく。

【映画】 浪人街 (監督 黒木和雄 1990)

 Huluに来てたので久々に見た。いつのまにか出演俳優の物故者が多いことになっており、彼らの活躍を偲びながらの視聴となったのは大変残念であるのだが。
 戦前の無声映画の四度目の、それもセルフリメイクになる。が、オリジナルは現存せず、他のリメイクも見られる機会はそうそう無い。
 というわけで俺にとってはこの作品こそが映画「浪人街」であり、マキノ映画なのである。さらに言うと、戦前から戦後に至る剣舞のようなチャンバラ劇の醍醐味を知らない俺にとって、一連の黒澤映画と、この「浪人街」こそが本邦における剣戟映画のスタンダードだ。
 従って、原田芳雄の酔拳のごとき変態剣舞と、石橋蓮司の決死の居合剣とは、今でも俺の中の「あるべきチャンバラ」の姿なのである。
 いやぁ、かっこいいなぁ。
 無論、ただのチャンバラ映画ではない。
 血飛沫を浴び「おしん!おしーん!」と愛人を呼びながらメチャクチャに剣を振るう荒牧源内(原田芳雄)、心底好いた人が助けに来てくれたことに少女のような笑顔を見せるお新(樋口可南子←若いw)、お新をプラトニックに愛するが故に死に装束で駆けつける母衣権兵衛(石橋蓮司)、武士階級に恋い焦がれようやく立った場所で成すべき本懐を見つけてしまった赤牛弥五右衛門(勝新太郎)、それら登場人物たちがクライマックスに収斂してゆく人間関係の物語もまた、見事なのである。あれ? 誰か忘れてるか?w
 特筆すべきは映画出演としては遺作となってしまった勝新太郎の演技であろう。地のままの関西弁でうなるようなしゃべりははっきり言えば字幕が必要なほどなのだが、その圧倒的な存在感によってそんな事はとても瑣末なことのように思わせる勢いがある。とても60歳には見えない(正確には59歳か)。升酒をグイッとあおり、それをぱっと空に放つと、肩をいからせ、力をこめてと腰の刀をガッと引き寄せる。その一連の所作は、今の俳優にはとても真似できないレベルにあり、美しい。演技は泥臭い。とても泥臭いのだが美しい。その塩梅が絶妙なのである。
 舞台は江戸であると思われる一方、登場人物たちの方言から察するに彼らの出自はバラバラだ。江戸後期の人品の流れを言外に示すようでもあり、近代社会の幕開けのようにも思われる。すなわち、侍の時代の終焉なのであり、だから終幕には唐突に雨が降る。
 ボロボロの長屋、汗臭そうな着物という薄汚い絵ヅラなのにも関わらず、なんだか清々しい映画なのである。

あの頃映画 「浪人街 RONINGAI」 [DVD]
原田芳雄
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2011-12-21


【映画】 LUCY(監督リュック・ベッソン 2014)

 上手い。話の運び方が上手いので、ずるずる見てしまった(huluで視聴)。
 スカーレット・ヨハンソン演じるルーシーを軸に話が進むのだが、モーガン・フリーマンによって時折挟まれる「解説」がナショジオのドキュメンタリーみたいになっている。それが煩くなく、それどころか一層理解を深めるという作りになっている。次々と切り替わる映像はテンポよく自然で、すっとお話に入り込める。
 本筋の方は、なぜルーシーが中国に居るのかとか、謎の麻薬は誰がどうやって作ったのかだとか、コリアンマフィアがそれにどう関わっているのかとか、そういう枝葉は全部刈り取って、エッセンスだけが抽出してある。調味料はベッソンらしいガンアクションやSF的映像演出で、とても美味しく仕上がっているが、一方で、基本プロットは、人類の意識の拡張だとか、脳機能による現実世界への「アクセス」だとか、かなり考察に値するプロットが満載である。ストーリーを咀嚼しつつ考えるのに忙しく、しかもその脳内作業が楽しいので、約90分という上映時間はとても短く感じる。
 ステープルドン「創星記」、コリン・ウィルソン「賢者の石」、寺沢武一「ゴクウ」、大友克洋「AKIRA」そして「攻殻機動隊」といったSFストーリーに耐性があり、且つ、存分に楽しめるという御仁には、本作を強くお勧めしたいと思う。「過去のルーシー」への「タッチ」の場面などは、キューブリック「2001年宇宙の旅」を想起させられたりもした。時空を超えた大風呂敷、これをセンス・オブ・ワンダーと言わずしてなんと言おう。
 そういえば、スカーレット・ヨハンソンは実写版「攻殻機動隊」の少佐役になっていましたな。本作に出演したという経験があれば、我々が期待する素子を演じてくれるはずだと期待してしまいます。
 一つ危惧するのは、(これはどのSF映画にも共通する問題なのだが)SF映画の映像表現は必ず時代に追い越される、ということだ。
 電磁的な「ハッキング」の様子(手でスワイプしたりしてる)は2014年時点では最新の映像表現なのかもしれないが、数年後にはスマートフォンはもしかしたら完全にウェアラブルな身体ツールになっているかもしれないし、「ハンドルを握ってカーアクション」というのも10年後にはありえないシチュエーションになってしまうかもしれない。後年の視聴に耐えられるか、という意味では、SF映画は公開された瞬間から陳腐化が始まってしまう、悲しいジャンルなのかもしれない。だから、SF映画を見るのに「時期」があるのだとすれば、それは常に「今」なのである。
 ところで、神がかりな演算能力をもっているのであれば、中国からパリへの移動は飛行機などではなく、量子テレポーテーションをやってほしかったなぁ、などと思ったりもしたのだが、久しぶりに濃密な90分を存分に楽しんだということで、余は満足なのである。

LUCY/ルーシー [Blu-ray]
スカーレット・ヨハンソン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2015-07-23

 
ニコマス界隈の、辺境の住人。革命的国家社会主義真派の刺客、ペロリスト。真士。そして、映画と小説とアニメの愛好家。
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