監督としてのクリント・イーストウッドはすごく優秀だと思うのですが、若干、ビーンボール気味の球を投げることがある。俺にとって硫黄島2部作がそれで、イーストウッドともあろうお人が、実にくらだん映画を撮ったものだと憤慨したものである。というわけで、イーストウッド監督作は見る前にドキドキしてしまうのであります。
 本作は、そういう意味では「当たり」でありまして、「ハート・ロッカー」なんぞに比べたらずっと誠実だし、真に迫っています。なんつーかこー、男の立ち位置ってやつをちゃんと心得てるんですよ、イーストウッド先生は。
 男の心の拠り所って、妻とか恋人とかじゃないんじゃないかな、と思うトキ、あると思うんですよ。
 主人公カイルは仲間を救いたい、どうしようもないテロリストをぶっ殺したい、そうすればきっと何もかもが良くなると考えている。
 男は誰しもそう思っている。
 つらい通勤電車やしょーもない顧客トラブルを我慢して会社で働くのは、仕事そのものが自己実現の場だったり、スキルアップだったり、汗をかいて働くことで給料を得、社会的保障をいただくことで、妻や子や、恋人や家族を守っているからなんですよ。
 俺も一時期、朝6時に家を出て、帰宅するのは日付が変わってから、なんていう生活を35歳くらいまでなんの疑問も抱かずに送っておりました。それが当たり前だと思っていたのだ。金を稼ぎ、経済を回し、車を買い家を買い、子供を私立に押し込み、将来のために蓄え、勉強し・・・。
 日本経済の尖兵としてヘトヘトになるほど心身をすり潰して家庭を、会社を、世の中を守っているというのに、妻も子も、会社も社会も、そういう俺に何の感謝もしてくれない。
 この映画の主人公カイルは栄光のネイビー・シールズ隊員で、類稀な才能を際が威厳に発揮し、結果、絶大な戦果を挙げて、戦争や、国家に貢献している。
 しかし妻は「あなたの心はここには無い」などとフワリとしたことをのたまう。俺も言われことあるわ、似たようなこと。
 いったいぜんたいなんだってこんな理不尽な批判に晒されなければならないのか。
 もう俺は断然カイル支持なのでありまして、こんなアホな女とはとっとと別れちまえ!と思ってしまう。
 でもね、カイルは偉い。
 そんなことは全然思わない。いや、思っているかもしれないが、妻からの理不尽な言いがかりに対して、ぐっと我慢でこらえる。きちんと相手をしている。さすがシールズ隊員。つーか、この妻は夫を非難するだけで、はげましたりいたわったり全然しないのよ。腹たつわ!
 いや、カイルがPTSDをわずらってしまったかのように、実は俺もどこかネジがとんでいるのかもしれない。
 でもね、良き父・良き夫をこなさざるをえないアメリカン・パターナリズムを押し付けられる男の立場も、たまらんのよ。アメリカン・パパ、大変。仕事をして家事をして常に嫁に気を使い、子供には「ヒーロー」を演じなければならない。これもPTSDの原因なのかもしれんよな。俺だったら、休日は家でゴロゴロしていれば、文句言いながらも、とりあえず月曜日には出社できるもん。「理想のパパ」とかマジ耐えられない。かえって心を病むわ。
 不毛な戦場、「あなたはPTSDなのよ」(言ってないけど)という妻からの非難、決して満たされない心。そらね、帰国しても家に直行とかありえない。駅前サウナに行って整いたいわ。
  あぁ、さすがイーストウッド先生。男の立ち位置をよく分かっていらっしゃる。
 だから、「ハート・ロッカー」を全く楽しめなかった俺なのですが、本作には深く同意をせざるを得ないのです。

アメリカン・スナイパー [Blu-ray]
ブラッドリー・クーパー
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-12-16