20世紀文学の最高峰と目される「失われた時を求めて」の第一篇「スワン家の方への」の第一部「コンブレ―」を読了しました。

なんだかややこしい紹介の仕方ですが、この「失われた時を求めて」という作品はともかく長く全部で400字詰め原稿用紙で1万枚ある。

この第一篇の第一部だけでも文庫本で480pあり、読み応えは充分です。

著者のマルセル・プルーストは資産家のニートで、この小説を描く事以外まったくなにもしないまま、延々20年に渡りアパートの一室に引き籠って書き続けました。


この第一部コンブレ―は、フランスの避暑地、コンブレ―で過ごした少年期の思い出を徒然なるままに描いた作品です。

廃校を防ぐ為、スクールアイドルを結成しようとしたり、魔法少女になって魔女と戦う使命を帯びるわけでもなく、ただひたすら語られるのは夏の避暑地で、散歩に行くのは、「スワン家の方に」しようか、「ゲルマントのほう」にしようか迷ったけど、綺麗な夕暮れを見られたからイイや、みたいなノリの話だけ。

そんならさぞかし退屈だろうって?

イヤイヤ、それが非常にオモシロイ。

何がオモシロイかというと、まず文章が比類なく美しい。

読んでいる間中、夢見る如しで、その巧みさに絡め取られると、なんだか自分が、そこにいるような気分になってくる。

フランス人でもない、フランスの避暑地にも行ってことのない、時代も環境もまったく違う人間なのに、主人公の気持ちや感性がありありと伝わってくるから、特段のストーリーがなくても、避暑地にいるような気分になって描写に酔える。

19世紀に確立されたストーリーを語ることこそが小説である、ということから一歩離れた小説の誕生。

その代表作がコレですが、絵画芸術に例えると、印象派の美術が、それまでの精緻な客観描写から解放されて生まれた、みたいな流れですね。

ps

フランス文学の特徴の一つに、夏のバカンス地の描写の際立った美しさがありますね。

サルトルも書いていますし、ル・クレジオも書いています。

カミュの異邦人も、夏の太陽の元で起こった話でした。

「太陽がいっぱい」なんてフランス映画もありましたね。

我々日本人にとっては、毎日の仕事が人生ですが、フランス人にとっては夏のバカンス地での太陽こそ、人生そのものなのかもしれません。


ps

この作品はiphone6プラスに入れたkindleアプリで、読みました。

iphoneに入れておくと、どこにでも持っていくので、隙間時間に読めるのが捗るし、豊かな気分になれるし、で一石二鳥です。