きょうから「海蝕台地」に入ります。「測候所」や「烏」と同じ「1924、4、6」の日付があります。
  
  四五  海蝕台地

日がおしまひの六分圏(セキスタント)にはひってから
そらはすっかり鈍くなり
台地はかすんではてない意慾の海のやう

洞門

「海蝕」は、潮の流れや波が海岸や海底を少しずつ崩し削り取る浸食作用の総称。「海蝕台地」という言葉はあまり聞き慣れませんが、波による侵食によって波打ち際の崖に形成された洞窟、海蝕洞のことが連想されます。

海岸の崖に断層や割れ目などの比較的弱い部分があると、侵食が早く進むために海蝕洞ができます。大きなものでは人が居住できるほどの大きさのも洞もあって、古代人の生活跡が残されているケースもあります。

水面近くに形成されると、干満の度合いによって波が来るたびに海水を中の空気と一緒に吹き出すことがあります。これを潮吹き穴と呼びます。海岸が沈むと海底洞窟ができ、岩を貫通してトンネル状の洞門になることもあります。

岩手県にある三陸海岸の海蝕洞群をはじめ、大桟橋(秋田県)、蘇洞門(福井県)、熊野灘の鬼ヶ城(三重県)、但馬御火浦の下荒洞門(兵庫県)=写真、wiki=、国賀海岸の通天橋 (島根県隠岐諸島)など、日本列島のあちこちで海蝕洞を見ることができます。

「六分圏(セキスタント)」は前にも見ましたが、六分儀ともいわれ、航海や測量で使う八分儀(オクタント)に望遠鏡を付けるなど改良したものです。

円の6分の1の60度の扇形盤に、鏡、アーム、目盛などをつけた器機で、2点間の角距離を測ります。たとえば水平線と星との角度を測れば、いま居る位置が割り出せます。

「日がおしまひの六分圏(セキスタント)にはひって」は、下書稿では「日がおしまひの八分圏(オクタント)にはひって」となっています。六分儀だと日没前4時間、八分儀だと3時間前ということでしょうか。

国立天文台暦計算室の資料によれば、盛岡における今年4月6日の日の入りは18時4分。賢治の時代もだいたい午後6時ごろとすれば、「日がおしまひの六分圏(セキスタント)にはひっ」たのは午後2時以降ということになります。

そのころから「そらはすっかり鈍くなり/台地はかすんではてない意慾の海のやう」になったといいます。

「はてない意慾の海」というのはどういうことかよく分かりませんが、空は薄暗くなり台地はかすんで、潮流や波の勢いが果てることのない海の中にあるように見えたのかもしれません。