あの日病室で 3月11日 14時46分。
光は感じるけど、すりガラス越しでの視界の中
ほぼよくわからん状態でベッドの上で揺れまくった。
小高い場所にある病院の4階だったのでとても揺れた。
ものすごい地響き音と、物が軋む音、物同士がぶつかる音。揺れ。
部屋にあるテレビ台がテレビと共に動き出し
コードがピーーンと突張った状態で入り口に移動している。
「あーー、手術して生きながらえたのにこれで死ぬのかなー。」
と、なんだか冷静だった。
私の病室はナースセンターの目の前で、
若い看護師さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。
間髪入れずベテラン看護師さんが
「泣かない!あんたがうろたえてどうする!さっさと病室回って患者さんの安否!!」と指示。
「病院にいるから、怪我とか何かあってもまだいいかも…。」って
ぼんやり思ってた。
テレビでは当時の津波の映像を、なんの配慮もないまま中継として流されてた。
それを見るお母さんが「うわー…酷い…酷い…あぁ」と言っているのを
すりガラス越しでしか目が見えていない私は、ただ聞いていた。
今思えば見えてなくて良かった。
あれから10年たったのか。
私が倒れた事とこの震災はセットで思い出すよ。
光は感じるけど、すりガラス越しでの視界の中
ほぼよくわからん状態でベッドの上で揺れまくった。
小高い場所にある病院の4階だったのでとても揺れた。
ものすごい地響き音と、物が軋む音、物同士がぶつかる音。揺れ。
部屋にあるテレビ台がテレビと共に動き出し
コードがピーーンと突張った状態で入り口に移動している。
「あーー、手術して生きながらえたのにこれで死ぬのかなー。」
と、なんだか冷静だった。
私の病室はナースセンターの目の前で、
若い看護師さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。
間髪入れずベテラン看護師さんが
「泣かない!あんたがうろたえてどうする!さっさと病室回って患者さんの安否!!」と指示。
「病院にいるから、怪我とか何かあってもまだいいかも…。」って
ぼんやり思ってた。
テレビでは当時の津波の映像を、なんの配慮もないまま中継として流されてた。
それを見るお母さんが「うわー…酷い…酷い…あぁ」と言っているのを
すりガラス越しでしか目が見えていない私は、ただ聞いていた。
今思えば見えてなくて良かった。
あれから10年たったのか。
私が倒れた事とこの震災はセットで思い出すよ。