2014年04月

僕のメルマガ内の【今週のそんなアホな】のコーナーで取り上げた記事です。


◆国の借金8千兆円突破も 60年度、GDPの4倍

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014042801001992.html

東京新聞さんの記事です。
はい。また出ましたよって感じの記事ですが、こういうアホな洗脳記事にどうか騙されないでください。毎度毎度、官僚の皆さんの必死な洗脳行動には頭が下がります。

アホかってね。

まず、記事内容を確認なんですが「財政制度等審議会」っていう財務相直轄のの諮問機関があるんですよね。で、そこで開かれた分科会で出た試算ってのがお笑いで。まぁ、昔から財務省とか厚労省とか、こういったウソばっか平気なツラして言ってきてるんですけど、「国と地方を合わせた財政の長期試算」ってのを公表したわけです。
その内容がこちら↓

「税収などで政策経費をどれだけ賄えるかを示す基礎的財政収支を2020年度に黒字にした場合でも、その後も収支改善に取り組まなければ、60年度の借金は国内総生産(GDP)の約4倍に当たる約8150兆円に膨らむ」

え?すでに絶望的な数字じゃん?どこがごまかしなのって聞きたくなる皆さま、お願いですからこんな数字に騙されないでください。
そもそも、この資産の基盤にある「2020年の基礎的財政収支の黒字化」なんて、どうやってやんのって話。現在、毎年どれだけの国債(←借金)を重ねてるんですか?と。
で、今さら、この予算形態(借金前提で組んでる予算)を何十年も続けていて、いきなり、あと6年半で黒字かってか?笑わせるな、です。60年代??いえいえ、僕はこんな数字よりもずっともっと早く、絶望的な数字になると思ってます。

僕、昔から年金にまつわるいろんな大嘘を取材してきてるんですけど、まぁ気持ちいいくらいのごまかしの数字を霞が関さんは出しまくってきてます。そもそも発表する数字の根拠が…

いきなり人口減少が止まったりね。
いきなり少子高齢化が劇的な改善をしたりね。
なぜか突然、経済成長が3%づつ始まったりね。そんな数字ばっか出してきてるんです。今までは。

役所の出す数字なんて、全部大嘘だと思ってます。と、言うか、どうやってそんなにも日本経済や人口問題が突然何の根拠もなしに解決するのか、頼むから教えて欲しい。投票する。それを答えられる人に。



残念ですが、日本の経済状況はとっくの昔に破綻してると言うのが僕の持論です。とっくの昔にギリシャでありアルゼンチンだと思っています。
もしくは、銀行の連中を黙らせて、平成の徳政令出しましょう。それしかない。借金、なかったことにしましょう。それ以外絶対に日本という国の経済破たんは不可避です。僕は少なくとも色々取材してきて、そう信じてます。頼むからそうじゃないという人、「客観的なデータ」で僕に反論してほしい。そんな数字があるなら。僕、絶対に論破出来る自信、ある。

僕らの世代は年金なんて夢物語なものはもらえないと信じています。もらってもいいですが、僕らの息子世代に借金を背負わせるだけです。そして、それを黙認してきた日本のメディアの責任であり、それに甘んじてきた僕たち日本人全員の責任だと思っています。

あ、今回のコラム、読み飛ばしてください。
オバマさんは来るわ、与沢翼さんはあっちの世界に行っちゃうわ…で先週もそこそこニュースはあったにもかかわらず、今回、僕が選んだのは完全に個人的な感情入れまくりの話題です。

まず、こちらをご覧ください。

モテ女の師範クラス! アイドリング!!!菊地亜美的「ちょいぬけ女子」になる4つの方法

http://news.goo.ne.jp/article/urepia/trend/urepia-13729.html

僕はこの4月から、TOKYO MXの「バラいろダンディ」のメインキャスターをやらせていただいていますが、もう一つ新たに始めたのが、同じくTOKYO MXの水曜日夜10時半~放送されている「キリウリ$アイドル」というバラエティー番組のMC補佐の仕事です。
そこでメインMCを務めているのが菊地亜美ちゃんです。

僕は昔、アイドリングというグループが作られた当時に、一緒に仕事をした以来、アイドリングのみんなのファンになると決めて応援しているんですが、ご存じの通り、その中でも一番の大ブレイクを果たしているのが菊地亜美ちゃんです。
去年1年で、テレビ出演は実に300回以上。ほとんど、毎日のように、テレビを付ければ菊地亜美ちゃんはいたってことになります。正直彼女が17歳のころから知ってる身としては本当に嬉しいし、何とも感無量な心境になります。

で、その菊地亜美ちゃんの話題が先週の月曜日に僕のやってるテレビで出たんですよね。
いや、これは本当に僕がアイドリングの応援をしているとか全然関係なくなんですけど、「バラいろダンディ」のトークの中で、
「実際に会ってみたら意外にかわいかった人は?」
って言うテーマでゲストに話をふったんですよね。すると、ゲストのダイヤモンド☆ユカイさんが
「実際に会ってみたらね…うわーこの子、綺麗だなーって思ったのは…菊地亜美ちゃんだね」
って言ったわけです。ええ。

テレビとかで知ってる人は思ったでしょうけれど、そう。あの子、「綺麗だね」とか「可愛いね」っていうキャラではないです。そうです。付き合い長いのではっきり言いますけど、菊地さんはいわゆる「トーク担当」の女の子で、ビジュアル担当でない事は確かです。
しかし、あまたの芸能人と絡んできているダイヤモンド☆ユカイさんが、たった一人、オンエア上で名前を出したのが菊地亜美ちゃんだったわけです。

そして、冒頭のネット記事です。

思わず読んじゃったんですが、菊地さんが??モテ女の師範クラス(笑)??いや、笑っちゃうでしょ。そりゃあ。「市販」クラスの間違いじゃないの?でも、その記事内容はかなり納得できるものだったのです。

記事は
「彼女、実は流行の単なる『おバカキャラ』なんかではない、モテ界の光る原石だ!ということにみなさまはお気づきでしょうか?」
という言葉から始まるのですが、
「人気の亜美ちゃんへの印象は、驚いたことに、『モテ女子の条件』とイコールでつながっています」
と筆者さんは主張。菊地さんの印象こそ、
<『モテ女子の黄金の5箇条』>
と説くのです。その5か条とは…

1.かわいいけれど、ものすごく美人というわけでもない
2.でもよく見るとやっぱり普通の子とは違って、特別なかわいさがある
3.多少計算高かったり打算的な部分もあるが、あとでそのことを白状したりする素直さや、元来の一生懸命さがある
4.適度に抜けている
5.謙虚で、身の丈を知っている


……
当たっとるがな…。けっこう当たっとるがな…。しかも、その逆説として記事の中で語られている「モテない5条件」とは…

1.かわいくて、美人で隙がない(かわいくて美人でもダメ!?)。
2.そこそこかわいいはずなのに、よく見るとあまりかわいくないなと感じさせてしまう
(内面的なものが出ちゃう!)。
3.多少計算高かったり打算的な部分があるが、あとでそのことを白状したりする素直さや、元来の一生懸命はない(最後まで打算的!)。
4.適度に抜けているどころか、しっかりしすぎていて隙がなく、一緒にいると気楽でいられない
(しっかりしてることってダメなの!?)。
5.謙虚で、身の丈を知っているどころか、自己主張が強く人に合わせることを知らない
(いつも、私が!私は!上から目線!)。

ここまで読んで、うわーー!ホントだーーー!と唸ってしまったのです。

えぇ、正直に言って、僕も菊地さんがここまでブレイクするとは全く予想していなかった人間の一人です。もちろん、バラエティーでは才能は発揮するでしょうが、それはあくまで単発的なものであって、まさか、年間300本のテレビに出演するとは夢にも思っていませんでした。でも現実的には…ゴールデンのトークバラエティーだと、ほとんど出ていると言っても過言じゃない。それくらいの見事なブレイクぶりです。

この記事を読んでその謎が解けたような気がします。確かに菊地さんは本当に記事通りの女の子で、テレビ上ではうざキャラを作っているにもかかわらず、実際に会うと、なかなか爽やかで謙虚で、好感の持てる女の子です。
ダイヤモンド☆ユカイさんもああやってテレビ上で名前を出した経緯について、次のように明かしてくれています。

「舞台があったんだよね。で、舞台の後に挨拶に来てくれて…。ピザを差し入れてくれたんだけど、アッツアツのピザをね。嬉しかったね」

その話を菊地さんに聞くと、お腹が減っているだろうと思ったものの、ピザは冷めたらおいしくない、と。なので、舞台が終わって、挨拶に行ける時間を計算して、その時間にピザの配達をお願いした、と言う訳です。

細かい(涙)。

でも、これやられたらけっこう嬉しい気配りだったりします。この子はわりと誰にでもこういった気配りの出来る子だったりします。
とにかく明るく、元気で前向き。そこまで可愛くない…と言ってもそこは芸能人。もちろん、普通よりはずっと可愛い。テレビではきゃんきゃん言ってても、実際会ってみるととても謙虚で実は自信がない子だったりします。

記事では「モデルさんのようにはなれなくても菊地亜美にはなれる!」という実に微妙な褒め言葉で締められているんですが、確かに。テレビにたくさん出てる子って、こうやってテレビの裏側でも頑張ってたりいい子だったりします。少しへ~って思った記事だったのでコラムにしてみました。

どんどん、本の発売が決まっていっています。まず、

「魔法のように良く分かる「伝わるプレゼン」の教科書」

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が本日、4月28日に発売となります!(←気づいてなかった)続いて…

「テレビの裏側がとにかく分かる「メディアリテラシー」の教科書」

が5月12日に発売です!この2冊はサイゾー出版んさんからの発売です!そして

「「見たいテレビ」が今日もない メディアの王様・崩壊の10年」

が双葉新書さんから5月21日出版です!

さらに5月の末にでも、もう1冊出るはずです。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます!

先週は長かったですね(笑)。
普通に4000文字以上とか書くもんじゃないです。お付き合いいただいた皆さま、ありがとうございます。と、言いながら今週も、長いんですけど。
さて、先週、少しだけ書いたんですけれど、
「メディアには2タイプあって『受動メディア』と『能動メディア』があります」
という話をしたんですけど、その関係で話せることが一つあります。「ネット」についてです。

現在、あらゆるデータを見ても「テレビ」と「ネット」の勝負はすでに済んでいると言っても過言ではありません。
あるデータによれば、20代の若者の「スマホ画面を見ている時間」と「テレビを見ている時間」はなんと3倍の開きがあるという事です。もちろん、スマホを見ているわけですね。若者は。

この3倍という数字なんですけど、ネット対テレビっていう言葉はもう通用しない数字と言っても過言じゃないです。そうです。取りあえず、現段階において…

テレビは負けたのです。ネットに。

3倍ってそういう数字です。しかも、これから、この数字はどんどん開いていくものと想定されますしね。ある大手広告代理店が算出したデータによりますと、この後、ものの2~3年で企業が支払っている「広告宣伝費」の総額が、テレビに払っている数字をネットに支払っている数字が上回る可能性もあるんだそうです。

視聴者からも、スポサンサーからも、テレビは敗北したのです。これは現実として受け止めないといけない事実です。

その裏側には何があるのか?それを分析して、もう一度、テレビの可能性を考えたいんですよね。僕、どうしてもテレビ、好きなので。
じゃあメディア論的なことを言うと、ネットって何メディアなんですかっていう問いが生まれてくるんです。だって…ネットとは…

『受動も能動も出来てしまうメディア』です。今までになかった新しいタイプのメディアなのです。

つまり、テレビの上を行くメディアとも言えると思うんです。
どういうことかと言うと、雑誌を例に能動メディアの例をあげましたね?自分で買いに行ってお金を出して、目次を見てそのページを読む。そこまでやってやっと情報にありつける。それが人間にとっては大変だし、面倒だし…で、リモコンのボタンを押すだけでいいテレビメディアの方が強くなったんですって話を先週書いたんですけど…

ネットは、なんとその二つを同時に出来るものなのです。
家にはテレビがどの家庭にもあります。なのでリモコン一つでテレビ番組を楽しむことが出来ます。と、同時に今やスマホの普及率、自宅にPCのある家庭の率を見ても、十分、国民の生活に浸透したのがネットだと考えられます。
特にスマホを持ってしまえば、ボタンを一つ押すだけで、ヤフーの画面などが出てきます。そして、トップページで
今の日本のニュースは?
今のスポーツニュースは?
今の世界のニュースは?
面白そうな雑学は?
まで、(あくまでタイトルだけでざっと見なんですが…)全てを網羅することが出来ます。これはきわめて、受動メディアに近い形態と言えます。しかし、そこからさらにネットの場合は…

あれ?このニュース、もうちょっと知りたいかな?

と思った場合、それを深く詳しく知ることも可能なのです。恐ろしいことに、画像や動画まで出てくることがほとんどです。これはすごいことです。あくまで動画コンテンツで勝負するしかないテレビは完全にお株を奪われてしまっているのです。しかも「見たい時に見たい場所で」。これは恐ろしいほどの強さです。

最近までは、そうは言っても画像は荒かったですし、音声は大したことなかったりで、結局、みんなハイビジョンになったテレビを見る傾向が強かったと思うのですが、コーデックという技術が進化して、ネットの映像は飛躍的に美しく、早く見られるようになってしまいました。(映像を圧縮して送って解凍する…といったシステムですね)

しかも、テレビ局はご存じのように様々な利権が渦巻き、時として自由には出来なくなっていることも否定できなくなりました。その結果…
あの宮崎駿監督が会見しても、佐村河内さんが会見しても小保方さんが会見しても…みんな、テレビなんかよりも生で見てみたい!となってニコ生を見るようになりました。会見を開く側の人も、テレビよりもより深く真意が伝わる、として(政治家で言えば小沢さんなどはかなり昔から)ニコ生での会見を対応してきました。自分の言いたいことがカットされないから、と。

映像は負けてない。
音声も然り。
しかも、自分の知りたい情報を
知りたい時間に
知りたい分量だけ知ることが出来る。

考えてみたら、究極のメディア形態です。

24時間という枠があり、画面は一つしかなく、しかも、芸能事務所や政治家やスポンサーの利権に侵されまくったテレビは、何をやっても勝利できない状況に見えます。
そうです。僕、このままではテレビは絶対にネットに勝てないと思っています。そんな中、テレビが勝てる要素はあるのか?

僕は次の1点しか、突破できる見込みはないと思っています。とんでもなく地味な回答のように聞こえるでしょうが…

こだわるしかないと思うんですよね。

当たり前の話ですみません…(涙)。でも、僕はそう信じてるんです。アナウンスメントなら、普通に話すんじゃなくて、少しでもいいから聞こえやすい声で、少しでもいいから耳を引くような言葉を選び、わずかであっても優れたアナウンサーでいられるように超地味に努力すること。
番組もそうです。
本当にそのナレーションで面白いか?
ナレーションを入れるのなら、そのナレーターで本当にいいのか?
スーパーを入れるならゴチック体がいいのか、明朝体が適切なのか?

音声は?
このシーンでは少しづつ音を落としていくのがいいのか?
あのシーンではいきなりカットオフした方が効果的なのか?

スポーツシーンなら、そのカメラワークでいいのか?その見せ方でいいのか?コンマ秒単位でこだわり切れているんでしょうか?

こうして考えて行くと、本当に地味なんですけど、結局はコツコツと積み上げる以外ないと思うんです。そうすれば…内容や情報がザルを通すように流れ落ちて来る…言ってしまえば、「数で勝負する」ネットと違って「価値」が出てくると思う訳です。そして、価値が出たものって、みんなで共有出来るとなんだか嬉しくなったりします。

半沢やあまちゃんが結局それだったと思うんです。優れた脚本。優れた役者。事務所のパワーではなくて、結局、演技力のある人。演出も力のある人。ドラマとしての質を高める。

昔、ドリフの大爆笑が大人気だったのは、志村さんや加藤茶さんなど天才的なコメディアンの皆様の「プロの技」を楽しめたからだと思うんですよね。なのに、今のテレビはどうしても、事務所の営業をあまりにも断らないんです。
「あの時にお世話になりましたからねー」
「あのドラマの時は良い役者さんを出してくれましたからねー」
「今度『めざましテレビ』で優先的におたくのPVを流さして下さるなら~」
んなこと言いながら、結局プロになり切れない役者さんが月9のヒロインに無理やり当て込まれたり、バラエティー番組の司会はとても無理な人たちが生放送の司会とかをやっちゃってる。必要ない雛壇芸人さんが賑やかしているだけなので結局、見ててうるさくなっちゃう。そこって、逆に無言の方が品が出るんっじゃないのって時に。これをやっちゃうと、そのタレントさんが可哀想なんですよね。一生懸命に頑張ってるのにその人たちが叩かれちゃう。

本物は何故本物なのか?それはプロにしかわかりません。でも、なんとなーくですが、ボヤーーーーっとですが、視聴者の方も結局…

本物くらい見抜けます!

今のテレビを作っている現場の人間はそれをみんな分かっています。懸命にいい番組を作ろうとします。でも、結局テレビ局って言っても会社員だったりしますから、芸能事務所にいい感じの接待を受けてるアホが役員や取締役をやってると、その役員どもがトップダウンで言ってくるんですよね。

「このタレントを使え」
「この作家を使え」

会社員ですから、そんなの断われないんです。そうして、また面白くないテレビが画面から垂れ流しになっちゃいます。そうなると、もう絶対にネットには勝てないんです。メディアとしての形態自体は、テレビはネットに勝てないので。正面から戦っては、メディアとしてネットの方が上位である以上勝てないようになってるんです。

でも、チャンスはあります。
テレビ朝日が躍進?そらそうなんです。業界で有名なあの「天才早河」が社長になったら、こうやって伸びるんです。知らないですか?テレ朝さんの社長さん。超有名人です。業界では。あの「ニュースステーション」作った人ですね。久米宏さんと小宮悦子さんを使った人です。あの人が「夜のニュース」というものを作り替えちゃったんです。
日本テレビさんだって同じです。あの「電波少年」の『鬼才』土屋さんが編成を動かせれば(←日テレさんの頭脳部分、編成局長をしています)、イモトさんをエベレストまで挑戦させられます。イモトさんなんて、誰が知ってました?あんな芸人さん。でも、イモトさんが「エベレストに出発します~」って言ったら20%取るんですよ?ほんのちょっとでテレビって全部変わってきます。

世間では僕の古巣がけっこう叩かれたり、見放されたりしてるみたいですけど、僕はいろんなところで「それは違う」と断言してます。きっと、5年か6年したらきっとまた、古巣は視聴率3冠を取ってくれていると確信してます。今のままでなんか絶対に行くはずないですもん。今はちょっとだけ風邪を引いているだけだと思っています。僕はやっぱりフジテレビが元気ないと、日本が元気なくなると信じてるので。僕だけの意見かもしれないですけど。

逆に、そうでない限り、テレビはネットという完全に上位の存在に完敗して、もはや何も取り戻せなくなっていることでしょう。今やネットの世界にも、ニコ生という強力なコンテンツがありますから。視聴者は別にテレビ画面にこだわる必要がないので。




※ブロゴスでこの記事を読んでくださってる皆さま

いつもありがとうございます。ブロゴスは意見などは受け付ける環境になっていませんので、ご意見などは、僕の個人ブログの方で書き込んでください。文面、内容は同じものです。下記URLをご参照ください
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/



http://mantan-web.jp/2014/04/21/20140420dog00m200030000c.html

今週、僕が一番「そんなアホな~」と突っ込んでしまったのがこちらの記事でした。
そう、国民的漫画の「美味しんぼ」。その中の登場人物がなんと!和解!!

って、記事を毎日新聞が報じてるって所がツボでした。
そう。本来、こんな事、毎日新聞が報じてる場合かって言いたくなるところなんですが、見事に「え?マジで?あの山岡と雄山が?」とか思ってクリックしちゃった(笑)。
考えてみたら、国民の関心事や興味のあることを取り上げることはニュースに必要な感覚で、見事にこのニュースはその日1日、色んなサイトでアクセスランキング上位をキープし続けてました。

そっかぁ…和解かぁ…。マンガ読んでない人、ごめんなさい。気にしないでくださいね。

【質問コーナー】

Q、長谷川さん、こんにちは!毎週楽しみにメルマガを拝読しております!
質問なんですが、長谷川さんは「やらせ」と「演出」の境界線について、どのようにお考えですか?どこかの記事で、長谷川さんは
「バラエティーは言ってしまえば全部やらせです」
というようなことをおっしゃっていたと思うのですが、バラエティーは全部、台本があるのでしょうか?個人的には「やらせ」でも「演出」でも、面白ければいいとは思っていますが、最近のテレビは本当に面白くないと思います。

(tamatamaさん)

A、tamatamaさん、こんにちは!
正直な話、「やらせ」と「演出」の境界線と言われても、ピンとこないというのが本音の所です。と、言うのも、テレビを信じ過ぎている人たちの感覚に照らし合わせると、基本的にバラエティー番組なんてものはすべてが「やらせ」になってしまいます。

街に出て、あ!発見した!
「なんですかー!あれは~!」
「え~~!」

なんて、当然ですが全部演技です。発見なんてするわけないんですよね。そもそも、芸能人がそんなに普通にメイクバッチリで街中歩いてたら怖いです。人、寄ってきます。
こんなシーンの場合、そもそもリサーチャーがリサーチをして、お店を見つけておきます。で、そのお店と打ち合わせをして、何日何時ごろ伺います、という「撮影許可」を頂きます。そして、台本を作成し、その台本をやってきたタレントさんに渡すのです。

タレントさんは一度現場を見て、基本的にはそのお店の人に先に一度ご挨拶をするのが普通です。
「ではよろしくお願いしまーす」
なんて言って、何メートルか下がって、カメラの準備をします。その間に、前髪が乱れていないかなど、タレントさんのお付きのメイクさんが最終的なメイクの整えをします。で、オッケーとなったところで、いよいよカメラが回るのです。
カメラが回った後、数秒した後、歩き始めます。この数秒は「編集点」と言ってけっこう大切なものです。後で編集しやすいんですよね。で、あたかも初めてそのお店を見たようにいう訳です。
「なんですかー!あれは~!」
これがバラエティ番組だと思ってください。

これを演出とかやらせとか言い始めたらキリがありません。「発見してないじゃん!」とか言われたら全くその通りなんですけど、僕はしょうがないと思います。許可とか取らないとね。常識の範囲として。

【動画のシェア】



美少女の生配信中の「放送事故」が話題



http://youtu.be/mjyuA0m7foo



もうねー、上手い!の一言。必ず最後まで見てください、の意味も良く分かりました。はい。かなりやられましたのでシェアします。まんまと僕も乗っかってます。素晴らしいです。

頭の使い方で何でもできるんだな~って痛感。







◆担任、息子の入学式へ…高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意

http://www.saitama-np.co.jp/news/2014/04/12/01.html


この問題、皆さん、知ってますよね?
けっこう報じられまして、先週の月曜日のニュースなんですけど…いや~言いたいこと、ある人沢山いるでしょうが、基本的には人それぞれの価値観ですし、どれがあっててどれが間違ってる…ってのはないのだと思います。
なので、あくまで僕の体験と、僕の価値観はこうだって話をします。これはもちろん、人に押し付けるものでもありません。

まず、概要だけおさらいを…。

埼玉県の県立高校の先生が「子どもの入学式に出席したい」ってことを理由に勤務校の入学式を欠席したわけですね。これに対し県の教育長が14日の定例会見で
「入学式は重要な学校行事。基本的に教諭は入学式に出席すべき。生徒や保護者を不安にさせてしまった。不安にならないようなフォローをし、(今後は)信頼関係を築いていくことが大事だ」
と発言。これを埼玉新聞が報じて、
「先生なのに入学式を休むなんてー!」
「親なんだし、休暇届を受理されている以上、普通だろ!」
と賛否両論が飛び交ったんです。補足しておくと、50代の女性教諭は、新入生向けに入学式に出席できないことを詫びるメッセージを作成。当日は副担任が事情を説明したとのこと。なお、休暇届は適切に提出され、受理されてます。

この一件について、県の議員さんたちが怒ってFacebookで学校名をばらしたり、ネット上では様々な意見が飛び交うなど、先週1週間、そこそこおもしろ展開をしておりました。

で、これについて僕の意見を述べる前に、僕の一番尊敬する3人の話をしようと思います。

僕、一番尊敬している人はと尋ねられると毎回言っているのが「両親」です。
うちの父と母は僕がこういうのも手前味噌な話なんですけど、本当に素晴らしい両親です。特に、僕たち子供たちに対する愛情や接し方、人間として深い部分を尊敬しています。

僕の育った長谷川家は必ずしも裕福な家庭ではなかったです。と言うか、普通よりも所得はむしろ低い方だったのではないかと思います。
父は普通のサラリーマンですし、大きな会社の、素晴らしい肩書を持ってる人物ではありません。母も世間的にはごく普通の専業主婦なのです。でも、僕はこの両親を世界一の両親だと確信できてます。

うちの両親は精一杯「家族」を大切にする両親でした。珍しいことに父も母も同じく、家族を大切にする人物でした。

父は普段は質素に生活をしていましたが、夏休みや冬休みには家族で何度も旅行に連れて行ってくれました。もちろん貧乏旅行です。夏は海にキャンプ。銛(もり)をもって素潜りをし、その日の夕食は自分たちで取ってきました。海辺で魚をさばき、その内臓や食べない部分は磯のカニやイソギンジャクにあげていました。
冬はスキーに。安い民宿でも、毎回楽しくてたまりませんでした。
母は情に厚い人で、どれだけ喧嘩をしていても、毎朝、家を出るときは必ず姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれていました。

そんな両親の血を受け継いでいるので、僕も家族が大好きです。子供たちをとても大切に思っています。

そんな僕がフジテレビのアナウンサーになって、高視聴率番組「とくダネ!」のプレゼンターになって、いくつかのコーナーを持つようになりました。
そんな中、妻が妊娠をしました。
僕は新しく出会う家族とは、もちろん最初に会いたかったですし、妻の傍にも居たかったので出産には立ち合いを望みました。
でも、問題がありました。僕のコーナーです。
そもそも取材も僕がしてますし、僕に取材を受けた人は僕を信頼して話をしてくれたのです。急な陣痛に妻が襲われた時、僕は自分のコーナーをどうすべきか迷いました。

テレビカメラの前には1000万人以上の視聴者の皆さまがテレビを見守っています。もちろん、僕のコーナーを楽しみにしてくださっている人も大勢いたでしょう。その方々のためにも僕はテレビに出なければいけないはずです。でなければ、キー局のアナウンサーは務まりません。

「親の死に目に会えると思うな」

と、入社の日に先輩から言われたことを思い出します。あきらめるしかない…。立ち合い出産をあきらめようか…とした時、携帯電話が鳴りました。相手は同番組を担当している10歳以上先輩のKアナウンサーでした。

「立ち会うべきだ。コーナーは俺が変わるから」

実はKさん、テレビとは少し実態は違います。いや、態度や喋りは、ほぼあのままなんですが、芯と言いますか…人間として…そうは見えないでしょうが、とても男らしい部分を持ってる人なのです。

古巣の先輩をヨイショしても、僕には何も出ないのでヨイショとは違います。その日、僕はKさんに代行をお願いし、出産に立ち会うことが出来ました。その後、僕は3人の子宝に恵まれるのですが、毎回、Kさんが代行をしてくれました。ビバ!Kアナ!

で、その後、話を聞いたのです。

Kさん、実は昔、生放送の司会者であった時代、奥さんの出産のために、番組を思い切り休んでいるのだそうです。

相当なバッシングがあったんだそうです。フジテレビの内外から。
生放送の番組に司会者として出ているにもかかわらず、妻の出産のためにお休みだと?
なんと言う責任感の無さだ!
テレビに出るってことを分かってないんじゃないのか!
かなり大きな問題になるほど、当時の時代はKさんの取った行動は批判の対象となりました。そして、Kさんは自分の取った行動を…

批判を受けて当然の行動だ、と認めていました。

批判は当然。批判は正しい。でも、僕には妻の傍にいる義務がある!と、貫いたのだそうです。その後、誰も批判できないように、誰よりも早く会社に行き、懸命に誠意を見せたのだそうです。僕はこのKアナの行動を…

本当にカッコいいと思っています。

いや、話に聞くだけじゃあっさりしたもんでしょ?でもね、あの時代、本当にあの行動が出来ますかって話。きついですよ。多分。本当にやっちゃうと。
うちの父もそうです。僕の父、先日70歳になったのですよね?あの時代に、
「まず子供です!家族です!」
って会社に対し言いきるのって、けっこう勇気のいった行動なはずです。なかなか出来ません。特に日本は「右へならえ!」の文化だし。よほど、人間としての芯が強くなければ、あの行動はとれない。

僕はその後、ニューヨークで2年半ほど、生活をするのですが、この話をアメリカ人にすると、
「日本独自の文化だとは思うけれど、家族を大切にすると言って批判されるのは欧米ではありえない事ですね」
と笑われます。今、時代がようやく世界に追い付いてきたのか、今回の埼玉県の話でも、埼玉県教育局には多数の意見が寄せられているのですが、批判は37%。それに対し、休んだ教師に対する応援、賛同のメッセージは52%に上るのだそうです。

もちろん、今回のケースでも批判は当然のことだと思います。おっしゃることもごもっとも。でも、僕はそれでも信じます。この先生、多分、いい人だ。強い人だ。そして、家族を大事にする人だ。きっと、子供と同じように生徒のことも大切にする人でしょう。

なので、この話、僕は「この先生、好きだな~」が感想です。


タイトルだけ見ても何言ってるか分からないですよね?
そうです。これは僕が大学時代に「メディアリテラシー」を学んで、メディア論というものに触れてきたから分かる話で、実際に多くの日本のテレビマンたちはこの話をよく分からないままここまで来ているんです。
これは傲慢に話をしているわけじゃなくて、日本のテレビの現場って信じられないほど「メディア論」を勉強してきた人がほとんどいないんです。
例えばアメリカなどではテレビ局で働く大多数の人が、大学において何らかの形で「メディア」に対する専攻をしているか「コミュニケーション論」など人間対人間のコミュニケーションの基礎を学ぶための勉強をしてきているのです。僕がNYにいるときに聞いた話ではアメリカ大手のテレビ局のCNNではおよそ8割の社員が大学時代にメディアやコミュニケーションにまつわる勉強をしてきており、その大半が元々、地方の小さなテレビ局などで働いた経験を持ち、その上で実績をあげてきている社員達だったりするそうです。

それなら優秀な人材が集まる訳です。

日本では毎年のように、25~40人ほどの社員が在京キー局では採用されます。アナウンサーも2~5人ほどは採用されます。
しかし、そのほとんどは面接官がノリの良さで決めるか「体力ありそう」とか「受け答えがしっかりしてるね」とか、「コネがある」で決められてしまします。

考えてみてください。

メディアとは暴力に代わる力です。世界の第4の権力とまで言われている力です。
政治を知らない人が何の勉強もせずにいきなり東京都知事になって自分の判断で何でもかんでも動かし始めたらどうなってしまうでしょう?
銃の使い方も何もわからない人間が戦争に行って、武器を使えと言われたらどうなるでしょう?

例が極端?いえいえ、全然極端ではありません。少なくとも日本におけるテレビ局の力というものはアメリカのそれをはるかに上回り、巨大な影響力を持っています。時として人を傷つける暴力に変化するほどの力です。事実、テレビやマスコミの報道で追い詰められ、引っ越しを余儀なくされる人や、最悪の場合、自殺にまで追い込められる人は今でも後を絶たないのです。

情報は人間を殺したり活かしたり、何でもできる恐ろしいものです。
その情報を操る人間たちが「コネ入社」で入ってきたり「なんとなくノリがいい」という理由で入社しまくっているのが日本のテレビ局の実態だったりします。これって実は結構恐ろしい事だったりします。

さて、そんな「暴力的無知」の広がる日本のテレビ界の中で僕が今までで一番
本当に日本のテレビ、怖いなーーー
こんなに分かってないままテレビを作ってるんだー
って感じたのはホリエモンこと堀江貴文さんのライブドアの買収騒動の後の事でした。



堀江さんは「ネットとテレビの融合」を掲げ、ニッポン放送、ひいてはその裏側にあるフジテレビの買収に意欲的でした。これを良しと思わないフジテレビ上層部の力によって堀江さんは排除され、そのまま皆さんもご存じのように暴走した検察によってなんと収監までされてしまいます。
見るに堪えない暴走でした。
でも、じゃあ、その堀江さんの掲げた理念ってどうなんだって話なんですが…
「ネットとテレビって融合していくもんなんじゃないの?」
って話はもともと正論なわけです。間違ってない訳です。

そこで、テレビ各局の上層部は慌てて言い始めたわけです。

「テレビとネットの融合を進めていくべきであーる」

堀江さんの受け売りで。堀江さんの言葉をパクって言い始めたわけです。でもね、これが大間違い。僕、思った訳です。

あーーーーーーー!って。
あ~~~~~~~~~~~(涙)!って。

なりました。いや、ホント。日本のテレビの現場ってこんなにも分かってないんだーーーーーって。
え?
何言ってるか分からない?はい。解説しますね。これ、メディア論を少しでも知ってる人ならあまりにも当たり前の話で、ここまで何も知らないでテレビやってんのかよって突っ込みたくなる話なんですけど…
メディアってね、専門的なことを言いますと『能動メディア』と『受動メディア』に分かれるって言われてきてるんですね?ネットの存在ってけっこう微妙なんですけど、順を追って説明しますね。

「能動メディア」の典型って雑誌とか新聞とかと思ってください。
まず、自分が
1、買いたいと思う。
2、お店に買いに行く。
3、財布出してお金払う。
4、受け取って雑誌広げる。
5、目次見る。
6、気になった記事のページを見つけて、それを読む。
はい、ここまでやってやっとこさ、情報にたどり着けるでしょ?人は皆、雑誌や新聞を読むときに、「自分が能動的に動いている」って状態があるんですよね?こうやって情報に触れさせるメディアの事を「能動メディア」って言ったりします。

ではテレビはどうかって話。
日本の家にはもうほとんどすべての世帯にテレビがあるんですよね。で、リモコンも置いてある、と。
はい。どうしますか?
1、リモコンのボタンを押す。
これでおしまいなんです。もともと、何でもいいし、情報を得たいなんて思っちゃいないんです。「めざましテレビ」見たいなんて思っちゃいないんです。でも、さっきのわずかな指の動き。リモコンのボタンを押しましたって、たったそれだけ。たったそれだけで…
ニュースも
情報も
スポーツも
音楽も
笑いも
ドラマも
全部揃っちゃうんです。なーーんにも考えてないのに。そうしたいとも思ってないのに。口開けて、よだれ垂らしながらでも、情報、全部入って来るんです。これ、誰も能動的に動いてないですよね?ほとんど受け身ですよね?これを「受動メディア」って呼びます。

じゃあ、この「能動メディア」と「受動メディア」なんですけれどね、どっちが上位メディアかってっ話です。
まぁ、上位も下位も本当はないんですけど、人間ってより「便利」でより「優れている」…もっと言っちゃうと「人間にとって都合のいい存在」って上位に捉えちゃったりするもんなんです。
答えは簡単で、テレビをはじめ「受動メディア」の方が圧倒的に人間にとって都合がいいし楽だし、情報も多いんですよね。つまり「受動メディア」=テレビの方が完全に「上位メディア」と言えるわけです。と言うか、「テレビ」って最上位メディアなんです。これ以上のメディア形態(人間にとって便利で都合のいい存在)ってないはずなんです。
じゃあここで大切なことなんですけど…

「上位が下位を融合できるか?」って話を理解する必要があるんですよね。結論から言うと、現実的には不可能に近いんです。

分かりやすく例をあげましょう。
今までずっと、東京都内の地下鉄を3回乗り継いで、会社に通勤していた人がいたとして…その人に
「これからはタクシー使っていいよ?」
はい、どうなりますか?もちろんその人は喜んでオッケーするでしょう。これは移動手段として下位にあたる(人間にとって都合の悪い)ものから上位に当たる(便利な・都合のいい)ものに変化するため受け入れやすい訳ですね。

じゃあ逆はどうでしょう?
もともと、会社から通勤のためのハイヤーが出ていたとして、ずっとハイヤー通勤していた人に
「予算が足りないんだよね。明日から地下鉄3回乗り継いで会社に来て」
となったら、その人「ストレス」を溜めるんです。人間、そういう風に出来てるんです。従ったと言っても「やむを得ず従う」だけの話で、人間は
「一度上位を経験すると下位には落としにくい」
という性質を持っているんです。

ここまで理解した上で、先ほどの堀江さんの話とテレビ局上層部のコメントを見比べてみてください。

堀江さんはライブドアというネットの世界から
「ネットとテレビを融合させたい」
と提言しました。これにより、ネットの新たな可能性を引き出し、新しいチャンスはいくつも獲得することが出来たでしょう。見事な将来像だと思いますし、さすがの一言だと思います。
では、テレビ局の上層部が堀江さんの話をそのままパクって言った
「テレビとネットの融合」
ってどうでしょう?

はい。無理なんですよね。んなもん。テレビは最上位メディアです。テレビにネットを融合するのは上位の存在の中に下位のものを入れていく作業になるんです。それを実際にやったらどうなるのかって話なんですが…

今、やってるでしょ?いろんなテレビでツイッターの真似事をしながらテレビの下に情報を流したり、Facebookと連動がどうの、とか、ラインとどうのこうの、とか。あれ、見てて面白いって感じる人、います?

ほとんどの人が「いらないよ、これ」って思ってません?

もともと、日本人はテレビを見るときに、リモコンのボタンを押す以外の動作をする必要なんてないって状態に慣れちゃってるんです。なんで、だら~~~って見る事の許されてるはずのテレビに、一生懸命、参加しなくちゃいけないの?と。
別にあって困ったり迷惑をするものではないんですけど、基本的にはそれが受け入れられるのって…まだまだ参加者の少ないラジオだったり、地方局のテレビだけだったりします。
あのツイッター情報を流しているテレビ画面を見て
「うわーテレビって進化したなー」
って感想を持つ人、ほとんどいないはずなんです。理由は簡単で、別になくても構わないから。余計な機能がついてるだけに近いんです。

って話になるんです。似たものに見えて、
「ネットとテレビの融合」って言葉と
「テレビとネットの融合」って言葉は…
実は結構違うものなんです。それを無理やり一緒にしようとしても…結局専門分野でもないので、僕の古巣はツイッターの真似事をして「イマツブ」とかいうサービスを無理やりしてたんですけど、当然行き詰って全然参加者が増えないまま立ち消えになりましたし、あれだけの人気アナウンサーを抱えているにもかかわらず、女性アナたちのブログなんて、僕ごときのブログの何分の一くらいしか見てももらってないんです。と言うか、ほとんどアクセスされてない状態なんです。

ある後輩のアナウンサーなんて、キー局を辞めてアメブロ始めたら、あっという間に新登場ランキング1位になって1日に80万ページビューいってました。「餅は餅屋」じゃないですけど、ネットの事はネットの専門家に任せればいいのにね。どうせテレビ人間がやったってヘタクソなんだから。テレビを作る力とネットを駆使する力ってあんまりかぶってない能力なので。
フジテレビの人気アナのブログなんて、全部ライブドアブログと連携して、ライブドアのスタッフにバックアップしてもらえるだけで、広告収入、どれだけ儲かるんでしょうね。ものすごい収益、上がると思うけどなぁ…。両社にとって好都合だと思うんですけど…。

でもやらないんです。
メディアはメディアでも、全く別物のメディアであるって分かってないから。自分達でも出来ると勘違いしてる。
どういう仕組みで、どういうメディアを若者たちが使っているか…現在の在京キー局の上層部はそこまで深く研究しないまま、聞こえだけいいから参加していこうとして「イマツブ」みたいに失敗しちゃうようにも見えます。

そして、今日もテレビ局のお偉いさんが、新入社員の若者の前で訓示を述べる訳です。

「これからの世の中、『テレビとネット』は融合していくことによりさらなる成長を…」

◆「私はいじめ加害者」、米裁判所が男をさらし者の刑に

http://www.excite.co.jp/News/odd/Reuters_newsml_TYEA3D05H.html

今週、一番驚いたニュースがこちら。
米オハイオ州サウスユークリッドに住む男が、隣人に執拗(しつよう)な嫌がらせを繰り返したとして、有罪判決を受けたのですが、その内容とは…

「晒し者の刑」

「私はいじめ加害者」と書かれたプラカードを持って25フィート(約8メートル)離れたところから判読可能なプラカードを持ち、交差点で5時間過ごすことを命られたのです。
報じているエキサイトニュースでは写真も見ることが出来ます。

裁判所の文書によると、男の名前はエドモンド・アビブ(62)。隣人であるプルーさん一家に対する嫌がらせを15年にわたり行い、障害のある子どもたちの車椅子用スロープに犬のふんを塗り付けるなどの行為を繰り返したということなのですが、記者から反省しているかと聞かれると、本人は「やっていない」と答えているとのこと。

他国の事なのでとやかく言ってもしょうがないのですが、いくら何でも、この刑はないだろ、と。

『正しい日本語』って?

さっきネットを検索したところ…

「トーク力がある人ととは?」

という興味深い記事がありました。トーク上手い人っていいですよね~。で見てみたんですが…そこに書かれてた言葉とは、

「トーク力のある人は右脳をよく使うのです」

と書いてありました。
「右脳」??
右の方にある脳って感じですよね?続きを読んでみると…下記のように書いてありました。

「要するに、右 脳を鍛えればトーク力は向上します。」

知らんがな。「右脳の鍛え方」分からんがな。何が「要するに」なんだっての。「要約して」ないしね。で、続きを読むと…

「会議や複数人と会話をすることで、右脳は鍛えられます。トーク力を 鍛えるには、色んな情報を入手するのがベストです」

あ、結局「いろんな情報を入手したらいい」のね?何だってんだ?この不思議ネット情報は?まぁ、ちなみにこのサイト…ネットで「トーク」「悩み」って打てば、一番上あたりにばっちり出てくるサイトです。若干面白かったです。

トーク力を上げるって、そんなに簡単なことじゃないですよね。皆さんも分かってるでしょうが、斉藤孝先生の「雑談力」の本、バカ売れしてましたけど…
あれ、読んだ人、ほとんど何の役にも立たなかったでしょ?

本を読んだだけじゃおしゃべりは上手くなりませんからね(涙)。実際に訓練しないとダメです。本当におしゃべりを上達させる本を出すのであれば、それは…
「訓練の仕方」
を書いてある本であるべきなのです。でも、最近の本は常に「読んでいて面白い本」を出しているケースがほとんどですね。

トークだけじゃなくておしゃべりについて、僕が言えることを書きます。簡単な話なんですけど、
「正解なんてない」
という、あまりにもありきたりでつまらない言葉が一番の真理です。「正解」繋がりで言いますと…

よく、「正しい日本語は~~!」

って言う人、いるでしょ?あれ言う人、本当に日本語を全然わかってらっしゃらない方だなーって僕なんかは心の中で思いながら聞いてるんですけど、そもそも「正しい日本語」って何だと思います?これ、誤解だって知ってました?

戦後、日本人にとっての最もメジャーなメディアとは「ラジオ」でした。特に戦後間もなくはその傾向が強かったんです。こんなにテレビ、テレビって言い始めたのって、単純な話で「東京オリンピックから」なんですよね。
じゃあそれまでのラジオ文化ってどうかって言うと当然「音しか聞こえない」のがラジオなんですよね?
なので面白いんですけど、昔、ラジオドラマって流行ってた時期、あるんですよ?もう若い人は知らないだろうけれど、ラジオの音声を使って声優さんたちが一生懸命演技をするんです。いろんな装置を使ったり小道具を使って音を付けてね(笑)。
僕が放送に関して活動をやってる大学時代も、まだ残ってました。オープンリールって言ってね(笑)。昔懐かしい音声を編集したり奏でたりする装置が。部室に。

で、そんなラジオの文化の中で、一つ必要なことが出てきたのです。

例えば「雨」と「飴」。

空から「雨」が降ってきました。この時に
空から「飴」が降ってくると誤解されてはいけない!

という理屈で…まぁただの屁理屈でしかないんですけど、そういう感じで悪い方向にアナウンスオタクになってらっしゃるアナウンサーの御大たちが沢山いたわけです。正直、アホですか?と聞きたくなります。空から「飴」が降ってきたら…面白いですよね。ちょっとだけ。お、キャンディー、みたいな。

で、そんなへ理屈も…まぁ全部が間違いじゃないので、1951年に当時のNHKの中で「勝手に」作られたのが

日本語統一委員会

という委員会です。ただの集まりでしかないんですけど、そこに集められたメンバーは当時のNHKのアナウンサー11人だったそうです。
で、その11人が勝手に取り決めちゃった「これが標準アクセント(基本となるアクセント)です!」って言い始めたのが…

今のいわゆる「正しい日本語」の基礎になったんです。

やれやれです。

ただの集まりですよ?たった11人で決めたんですよ?しかも、僕が聞いた話では、その頃の「東京山の手付近」の言葉を基準に作っていったそうです。その頃の時の権力者が大勢住んでたから。その人たちに逆らうの、やだから。

で、その頃言ってたのが「標準語(基準となるアクセント)」だったんですけど、時が進むにつれて、アホなアナウンスオタクたちが何も知らないくせに
「これが正しい日本語なのですー!」
って言い始めたのが多くの日本人が誤解をしているきっかけなんです。

え?何が誤解?

はいはい。「標準語」というものは、あくまで「ラジオで音声だけを聞いた時に誤解を防ぐため」に作られたものなんです。しかも、法的な根拠など何もない…そもそも

「正しい」日本語

なんてものはないんです。いや、ホント。関西弁は「間違った」日本語な訳ないでしょ?「東北弁」は「間違い」なんですか?んな訳ないでしょ?別に東京だけが日本じゃないし。標準語や勝手に誰かが「これが正しい日本語」って言い始めたアホたちのお陰で誤解している人たちが大勢いるんですが、

「正しい言葉」なんてものは「地域」と「年代」と「性別」によって全部違います。

それが言葉なのです。顔面しわだらけのお兄様方やお姉さま方が言ってる言葉だけが正しい訳ないでしょ。東京の山の手付近で話されてる言葉だけが「正しい」訳ないでしょ?
それは自分たちが勝手に言ってるだけの「正しい」でしかないのです。んなもん、信じないでくださいね。
言葉なんてものはね「正確に伝わる」ことが大切なんです。もちろん無法地帯になってもしょうがないので「標準」「基準」はあっても構わないと思います。でも

「正しい日本語」

なんで物はどこを探してもないのです。
「正しい日本語を使いなさい」と言ってらっしゃる皆様方に、どうかお伝えください。

「間違ってるのは貴方の認識です」と。

【動画のシェア】

◆配達員の大失敗を犬たちは目撃していた

http://youtu.be/4i_GFrlaStQ

テレビでよくあるハプニング系の映像ですね(笑)。
ひょっとしたらすぐにどこかのテレビ番組で使われるかも。
何の説明もいらない、実に分かりやすい映像です。

多分アメリカですね。アメリカっぽいし(笑)。

【先週の注目の一言のコーナー】

「家族同然なので許可を得てまた飼いたい」

◆ワニが飲食店から逃走 2時間後に捕獲、動物園へ 沖縄(asahi.com)

http://www.asahi.com/articles/ASG4D4PP7G4DTPOB001.html

12日朝、沖縄県北谷町の飲食店から警察に110番通報があった。その内容とは「ワニがいなくなった」というもの。体長は約1・8メートルとあって、周辺は一時騒然となった。警察官や動物園職員らも駆けつけ、約2時間後に店の裏で発見、捕獲した。店長が15年ほど前に動物園を通じて譲り受け、敷地内の池で飼っていたという(←無許可)。
店長、警察の取り調べに一言。
「家族同然なので許可を得てまた飼いたい」

いやぁ、これぞ家族愛。やっぱり15年も一緒にいるとねぇ…

ってアホかぁ(驚)!最初から許可取らんかい!

違法はダメよ、違法は。

僕は考え方を変えることにしました。

「証拠を持っている人間は、それを提示する義務がある」と思い直すようにしたのです。“証明”さえすれば、世間は信じてくれるはずだからです。

「業務上横領」とは、僕の著書の中でも解説していますが、「不法領得の意思」というものがなければいけないと決められています。専門用語は分かりにくいので簡単に言うと
「会社のお金を取ってやろう」
という意思(悪意)が「あったか、なかったか」が問題です。僕は会社に対して、最初の段階ですでにお金を返そうとしていたのを、会社側から「3年後でいいから」と言われたので「待っていただけ」でした。

そこで「個人情報だ、なんだ」と騒ぐ前に、僕はブログの中でその僕の個人メールをPDFファイルでアップし、明確に
「お金をどうやって返せばいいですか?」
と聞いている文面をアップしたのです。

これは完全に「不法領得の意思」が存在していないことを証明しています。このメールなどは私は独自に4組6人の弁護士に確認を取り、また書籍を出すにあたっては発売元の小学館の法務部、弁護士たちとも正確な確認作業を行いました。そこまでやって自分の冤罪を“証明”しました。
また、本来会社側に提出したその個人メールがもみ消され、懲罰委員会を極秘裏に開いたことまでを突き止め、その裏側をすべて公開したのです。

今でもネット上では何人かのアホ達が必死になって「横領犯だー」「横領犯だー」と書き込みを続けていますが、もう、ほっとけばいい状況にまでなりました。世間の普通の方々はその多くが僕の冤罪を理解してくださり、現在、僕はTOKYO MXで情報番組のメインキャスターを務めさせてもらっています。本当に犯罪者であれば、どれだけ挑戦的な局であろうと、メインキャスターにはなれないでしょう。何故ここまで短期間で信頼を回復することが出来たのか?全ては…

覚悟をもって情報をオープンにしたため皆さんが信じてくださったのだと、そう信じています。

小保方さんはずっと、「STAP細胞はある」と言い続けてきた方です。僕はあの会見を行うので、“ハッキリとした証拠”が確実に示されるものだと信じていました。しかし、出てきませんでした。
「信じてください」
「あるんです」
「『ねつ造』ではなくミスなんです」
いや、僕もずっと小保方さんが叩かれている間、「冷静に!」と呼びかけていた人間なので今さら信じたくない訳じゃないです。ただ…どう考えても、

「疑惑をかけられている人間の会見」
としては不十分だったと言わざるをえません。示さなきゃ。証拠を。理研は「ないものは証明できない」のだから。今回の件では“証明”の義務があるのは小保方さんです。しかし、何も出なかった。僕は…

「いや、逆に…示せなかったのだとしたら…?」

あの会見を見ながら、僕はそう感じ始めてきました。その理由が
「200回」
という数字があまりにも多すぎるためです。200回以上成功したんですよね?なんでそれで、
「別の写真が混ざる」
可能性があるのだろうか?と。そんなにも成功しているのに、なんで大事な写真を取り違えるだろうか、と。
もう一つ気になったのは
「STAP細胞」という言葉だけではなく
「STAP『現象』」
という言葉を使っていたことです。もし…もしですよ?

小保方さんは「STAP細胞『的』」な働きをする「現象」を見つけただけだったとしたら?
それはあくまで、『的』なものでしかなくて、万能細胞ではなかったとしたら?

もし小保方さんがそれにうすうす気づいていた場合、証明することは出来ないですし、しないでしょう。なんて、そんな考えすらよぎります。
まぁ今回の話はさすがに我々素人や一般の人間の想像できる範疇を超え始めたと言っても違いありません。ここから先はきっと、解説されても理解できない分野に入っていくはずです。

夢の細胞、夢の現象。

少なくとも、今回の会見でその証明は全くなされませんでした。僕はドライにその「事実」だけを受け止めたいと思います。

先週のコラムを読んでいただいた方はお分かりでしょうが、もともと僕は小保方さんにかなり同情的な立場を取っていました。

理由は簡単です。

「もっと正確に聞き取り調査をしてほしい」
「『ねつ造』なんてしていない。ただのミスです」

と訴える小保方さんに1年前の自分の姿が重なった気がしたのです。何より、真相が分からない状態での一方的なマスコミリンチ・メディアリンチは見ていて気持ちのいいものではなかったのです。

理研は特別法人の指定を間近に控えていました。法人指定になると税制面での優遇をはじめ、様々な有利な状況が舞い込みます。そんな中、騒動を巻き起こした小保方さんはきっと疎ましい存在だったのだろうという気もしました。トカゲのしっぽを切り捨てるように、

「悪いのは小保方ただ一人!」

と言い切った理研には正直…失望しましたし、なんて薄情で情けない組織だろう…という思いを持ちました。同じように感じた人は少なくなかったようです。

さて、そんな中、ついに先週水曜日に小保方さん自身が会見に臨みました。2時間半以上という長時間にわたり、記者たちや“出たがりのインタビュアー”達のくだらないねちっこい質問に答えていました。
大したものでした。あれだけ長い時間、質問攻めにされると、精神的に厳しいと思います。でも逃げずに、しっかりと受け答えしている姿を見て、小保方さんを信じてみよう、という思いを強く持った方もい多かったようです。

さて、では僕は?って話なんですが…

正直に話すと、思っていた会見内容とは違ったため、少し小保方さんをはじめ今回の一連の騒動の受け止め方を変えようかと思い始めているというのが正直なところです。

まずは先週、僕のブログに届いたコメントの中からハンドルネーム「コアラ」さんの以下のメッセージをご覧ください。

「今までミーハー心でこの件に関するいろんな記事や意見を読んできたのですが、
私の中でなんとなく結論が出ましたので報告させてください(笑)

多分この件、STAP細胞があるかないか以前の問題なんです。
“ある”ことを証明するのはたった一つの事実なり証拠を示せばいいですが、
“ない”ことを証明するには無限の可能性を端から検証しなければならないですよね。
(これを「悪魔の証明」と言うらしいですが)
STAP細胞があればそれでいいのですが、もし、なかった場合は?

今回の論文は“ある”ことを証明するにしてはやっぱり杜撰すぎるんです。
疑わしいところがいくつも出てきてしまっていて、
もはや論文の体をなしていないとも言われている状況です。
ですからSTAP細胞があるのであれば、もっと正しい確かな証拠を示すべきなんです。
今回の小保方さんの会見でもはっきりとしたものを提示するようなことはされなかったようですし。
というわけでやっぱり論文を撤回するのが最善の方法だと思います」

うーん…実を言うと、僕の意見もコアラさんの意見にとても近いんですよね。あの会見を見て、小保方さんを応援しようと考えた方々には申し訳ないんですけれど、僕は全く逆の印象を持ちました。まず、コアラさんの意見の中で重要なのが…

もし本当になかったのであれば「STAP細胞がない」と証明するのは不可能なこと

という点です。これは間違いなく正論で、理研は「ない」と証明することは不可能に近いのです。今回のケースで言えば、小保方さんの方が
「STAP細胞がある」
と主張しているわけですから、小保方さんに「ある」証明をする義務があると僕は見ていました。そして、その中で注目すべき発言が飛び出したのです。
「私は200回以上確認してきました」
僕はこの発言に少し違和感を感じました。



僕もいわれなき冤罪をかけられた経験があります。
“長谷川は会社のお金を取ろうとしていた!”
“業務上横領犯だ!”
全く身に覚えのない嫌疑でした。僕はそれを否定する証拠も持っていました。会社に提出もしました。何故自分がそうやって裁かれるのか分かりませんでした。しかし、悩んでいることは時間の無駄でした。僕は

考え方を変えることにしました。

「証拠を持っている人間は、それを提示する義務がある」と思い直すようにしたのです。“証明”さえすれば、世間は信じてくれるはずだからです。

(続く)

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