2015年08月

大阪の橋下市長の話。
非常にどちらの意見もわかるので複雑なところだ。

橋下氏、「変質」維新に不満 新党10月結成 全国で候補擁立、野党再編加速も

年内をめどに新党を結成するという。現在の維新の党の十数人の議員は、当然橋下氏についていくことだろう。これによって身が軽くなった維新の残留組は、また同じく、年内をめどに民主党との合流を図るはず。
これからの一つの焦点は民主党の内部の話か。私はこのままいくんじゃないか…とも思っているが、あくまで可能性として、細野氏、馬淵氏、長島氏、といった民主党の中でも若手のメンバーが、「民主党を割って出る可能性」がまだ残っている。
もしそうなった場合、維新の残留組と民主の若手たちとで「新党」を作る動きになる可能性がある。来年の参院選をにらめば、個人的にはその方向性のほうがいいのではないか、とみるが、そもそも「新党を作る」という作業も、それ以上に「新党の支部を全国に作り、新たに選挙を戦える体制を整える」ことも大変な作業なので、まだどうなるかわからない。ただ、細野氏が代表となる新党を作れば、かなりの数の議員がついていくことが予想され、うまく調整さえできれば、その「新党」こそが最大野党となる可能性も視野に入る。現在の「一強独裁的に見えてしまう」安倍自民にとっても、そちらのほうがいいのだろうが…。

ってな話は置いといて、話を橋下氏の動きに戻す。
この一連の橋下氏の行動に対して、法政大の水島教授がこんな記事を投稿していた。

橋下徹市長の新党構想で「政界引退を明言したのに?」というモヤモヤ

だよね、という感じ。
普通の人は、ニュースをサラッと見ている。私はそういった民意のことを「ふわっとした民意」と言っているのだが、この「ふわっとした」ものの見方は今の日本では全く侮れない。なんとなくの印象ってやつだ。
え?もう政界から引退するんじゃないの?
なんで新党とか言ってんの?
まだ政界に未練があるっての?
もう何も信じられない~!
といったところか。いや、今の日本のかなり多くの人が水島教授と同じように感じているだろう。しょうがない。ちょっと、橋下氏、動きが速すぎるのだ。

5・17の住民投票は世紀のサギ投票だった

この動きを解説するためには、例の5月17日のことをしっかりと思い出さなければいけないのだ。
何度もこのブログでも書いたことだが、あの5月17日の住民投票は、大阪市民たちは、

本当にびっくりするくらい真剣に勉強していた

のだ。みんなで住民説明会に足を運び、季節外れの大雨が降っていても、橋下氏や自民の柳本氏が説明する声を聴きに、みんなで努力していたのだ。政治に興味のない、全国の皆様にとっては、その温度感は本当にわからないだろう。大阪市民は、本当に5・17を大切にしていたのだ。

しかし、だ。

例の否決を受けて、維新としては、自民党が対案としてしてきた「大阪会議(正式名称:大阪戦略調整会議)」の出席を受諾し、その第1回が7月に行われたのだが…もう、これがボロボロだったわけだ。

改めて確認する。
現在の大阪市は、破壊的にボロボロなのである。治安は全国最低。教育水準は全国最低。経済は夕張に向かってレッツゴー。もはや

とにかく、何かしなきゃ相当にヤバい!

ことは、大阪市民たちもわかっていた。なのであんなにも真剣に取り組んだのだが…維新が主張していたのが「大阪都構想」なわけで、でも、それには欠点があった。
大阪都をスタートするのに640億円もかかるのだ。
これは正直言って結構不評だった。私も何度も街に出て街頭インタビューをしたのだが、その金額はやはり多くの方のネックになっていた。そこを自民党側としては
「そんなにお金をかけなくても、大阪会議で、話し合いで解決できる!」
と主張していたのだ。これは確かに多くの市民の理解を得た。事実、町でインタビューしていても、賛成派の中で最も大きかった声が「そんな大きなお金をかけんでも、話し合えばええんちゃう?」というものだった。

例の住民投票の結果が0.8%差でしかないことを考えると、大阪市民は
「『大阪会議』で解決できると信じたから」
大阪都構想を否決したと言っても過言ではない部分があるだろう。お金が640億円もかかるから。

で、その大阪会議。前述したようにもはやボロボロ。と、いうかシステムが全然出来上がっていない。できるわけがない規約。なぜだか分からない「年に4回しか開かれない」という意味不明なルールなど、なにがなんだか、わからない惨状となており、カッコ悪いことがバレてしまうからだろうか、言い出しっぺの自民党が欠席して流会になるという、あまりにしょっぱすぎる展開となったのだ。

政治とは、だまし合いの世界でもある。あの住民投票は大阪自民党の戦略の勝利だったといえば話は早い。しかし、同時に、維新側から見れば、
「あの5月17日は、大阪自民が住民をだましただけのサギ投票だ!」と言いたくなる気持ちも、理解できる範囲だ。事実、大阪会議は機能せずに、今更になって「機能するように多数決の取り方を変えましょう」とか言い始めている。どんな対案だよ。こんな状態では、大阪を改善できるとは、誰も思えないのは当然だろう。

「あえて今、大阪都構想再挑戦についてどう思う?」と問うてみた

例の大阪会議の体たらくを見て、大阪の市民たちも意識を変えているようだ。
先週金曜日のテレビ大阪の「ニュースリアル」で私も報じたところだが、大阪会議は失敗した。それは事実としてある。しかも、提案者の大阪自民党が欠席だ。
そこで街に出て、リアルに調査を行った。
場所は京橋駅近く。時間は先週金曜日の午前10時からおよそ3時間だ。ランダムに選んだ住民たちに

「あえて、もう一度大阪都構想に再挑戦することに賛成か・反対か?」

というシンプルな調査だった。それ以外の質問や誘導は一切行っていないことを約束する。結果は

賛成:70人
反対:30人

という結果だった。やらせなどはやっていない。ちなみに、京橋近くの取材を行った場所は中央区に当たる。中央区は5・17では49%対51%で、わずか賛成が2%しか上回っていなかった地域である。どうやら、大阪会議の欠席という大阪自民党の行動は、やはりあまり受け入れられていないのかもしれない。
橋下氏や松井氏は、この民意をおそらく感じているのだろう。なので、11月22日に「大阪都構想に再挑戦!」と公約で掲げるという。全国的にも「大阪に集中して、大阪の意識を発信できる地域政党を作る!」というのも、そこまで勉強した後であれば理解はできる範囲だ。

しかし同時に、全国ニュースでそこまで丁寧に大阪の事情は伝えられないし、そんなものやっても視聴率は取れない。大半の方々は水島教授と同じように

橋下氏、何がやりたいんだか、全然わからん!
とっとと辞めろよ!

となるだろう。それもまた当然のことと言える。
何気に気づいたら、もう8月が終わろうとしている。11月22日の大阪知事・市長W選挙まで、3か月もなくなってしまった。選挙は何が起こるか、開票までは全く分からない。私もキャスターとして、丁寧に、真剣に、大阪の行く末を見守っていきたいと思う。

前回のブログ「先日あった話をします」の続きの話をさせてください。

前回のブログには、本当に大きな反響をいただきました。方々で多くの方にシェアしていただき、私も被害者の方やそのご家族に何らかのお力になれたのではないかと、嬉しく思っています。

そして、嬉しいついでに、報告です。

去る今週の月曜日(24日)、例の裁判の第2回公判が行われました。もうすでに大阪の方々はニュースでご存じでしょう。全国の皆様方にお伝えしておこうと思います。

裁判は、冒頭より検察側から「訴因変更を含む再調査のための時間が欲しい」との要望が出ました。

「訴因変更(そいんへんこう)」

分かり易く言いますね。
検察は、あのふざけた暴走車の事故を、「加害者側のただのミス」として立件しました。警察が「危険運転過失致死」に該当する、として送検したものを。

しかし、世間の声が許しませんでした。

ニュースでも関西を中心に大きく取り扱われ、多くの怒りの声が上がりました。ご遺族のお母様やご友人も、署名活動を行い、こんな裁判は許せない!と声を挙げました。なんと13万人もの大変な数の署名が集まりました。その結果…検察が「危険運転致死傷罪」でもう一度立件できないか、調査する、と裁判の延期を申し入れたわけです。きっと多くの方々の署名も、効果があったのでしょう。

この裁判は、「やり直し」ということです。


今回の件とは別に、一言言いたいことがあります。
裁判所や法曹関係者は、いつも言い訳だけはうまい。連中はいつも言います。
「我々法律家は『被害者側ではなく、加害者側の更生も考えなければいけない』のです」
もう、なんど耳にしたか分からない、大マヌケの言い訳です。今の日本の裁判が、あまりにも「被害者軽視、加害者擁護」と言われる所以(ゆえん)です。

でもこの認識は完全に間違っています。
法曹関係者は、社会のために生きているのです。
正確に言うと、我々国民や市民は、全員がちょっとずつ「みんなの安全や安心のため」に生きているのです。

そのためには、裁判所がまず考えなければいけないのは
「この裁定を下したことによって、社会的にどのような影響が出るのか」
ということなのです。

罪は裁かなければいけない。でなければ、新たな、未来の罪の抑止力になりえないのです。みんなまじめに生きているのに、テキトーに生きている奴もいる。そんな連中は、他のマジメに生きている人に迷惑をかけたら、どんな人生が待っているのか?それを示すのが、裁判所の存在理由です。

日本の全法曹関係者に告げたい。

目の前にいる被告に厳しいことを言うのがためらわれるのは人間として理解します。目の前の人間は生きているし、罪を反省しているかもしれない。が、んな甘いことを言う程度の人間であるのであれば、裁判所からは足を洗え!マジメに生きている人が、何にも悪くない人が、適当なバカに命を奪われることは




絶対に!
あってはいけないのです!!




その為に、人が人を裁くのです。その場所を裁判所というのです。「更生を考える」のは、刑務所と厚生施設の担当です。裁判所ごときが「人の更生」まで偉そうに考えるな。越権行為だ。事実、お前たちは厚生施設で働いていないだろうが。

私は、以前から、日本の法曹関係者に対して、このブログでもいつもかなり厳しめのコメントを書いてきました。それは、法曹関係者が、民主主義国家としては「究極」とも言える力を持っているからです。政治家の「法律を作りました~」ごときではない

「人を裁く権利」

を保有しているからです。なのに、あまりに無自覚で自分の都合のよい動きと考え方をする人間が少なくないので、多少厳しい書き方を心掛けるようにしています。

今回の大阪、アメリカ村で起きた最低の暴走運転は、厳しく裁かれなければいけない。その為に2001年に、わざわざ「危険運転致死傷罪」という罰則が出来たのです。ビールを4杯も5杯も飲んで、その上、カクテルを飲みながら、車を暴走発信させて人を即死させた人間が

「本人は悪くない、単なるミスです~」

な訳ないのです。本来であれば、その程度のことに、悲しみに暮れるご遺族が汗などかかなくてよいのです。本当に要らぬ労力ですが、それでも、訴因変更の動きが出てきたことは高く評価したいです。

第2回公判があった8月24日は、被害者、河本恵果さんの25回目の誕生日でした。
彼女はこれから、今後生み出される悲惨な飲酒運転事故の被害者を減らす、天使になるのでしょう。二度と、こんなバカな立件事案が減ることを祈ってやみません。



この仕事をしていると、本当に信じられないことが何年かに一度起きます。
先日もそうでした。毎週、呼んでいただいている上沼恵美子さんと高田純次さんの人気番組「上沼・高田のクギズケ!」に出演した際のこと。
若手の芸能人さんが、私の楽屋を訪ねてきてくださったんです。

「初めまして!○○と申します!」

まだ若い、とても爽やかな方でした。でも、その方が何故か、少しだけ、目に涙を浮かべているのです。なんだ?少し様子が変だけれど…。

「長谷川さん、僕…長谷川さんにお礼を言いたいことがあって…」

「へ?」

収録が始まる30分ほど前のことでした。



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亡くなられた今井雅之さんの「お別れの会」が開かれたのは7月のある木曜日のことでした。
亡くなる直前まで、僕たちの番組にレギュラーゲストとして参加してくださっていた今井雅之さん。もちろん、私もお別れの会に参加する予定でした。
しかし、直前になって、ニュースキャスターを務めるテレビ大阪から取材要請が来ました。

「長谷川さん、ぜひ行っていただきたい取材があるんです!」

通常であれば、もちろんお別れの会を優先させる私ですが、何かこの時は「取材を優先しよう!」と強く感じました。今井さんがもし生きてらっしゃったら、彼の性格を考えれば

「あほう!俺のことなんかほっといて、仕事、優先せんかい!」

と怒られそうな気がしたのもありました。私は今井さんの事務所の方に断りを入れて、香典などをアシスタントを務めてくれている阿部哲子アナに託し、大阪に飛びました。

取材内容はひどい暴走運転による事故の裁判でした。



大阪には「アメリカ村」と呼ばれる若者が集う人気スポットがあります。みんなはそこを「アメ村」と呼んでいます。その「アメ村」で、悲惨な事故が起きたのは5月11日のことでした。

犠牲となったのは看護師をしていた河本恵果(けいか)さん。とても可愛らしい、明るい人気者でした。お母さんと同じ看護師の道を志し、仲の良いお友達と一緒にルームシェアをしていました。フィアンセもおり、まもなく結婚を控えている、とても幸せな時でした。
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そんな河本さんに、暴走した車が突っ込んで行きました。5月11日。時刻は午前3時45分。
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これが事故現場の写真です。河本さんは即死でした。輝かしい未来も、友人との楽しみも、何より、結婚も、すべてが一瞬で奪われました。
車を運転していたのは美容師をしていた白坂愛里(しらさかあいり)被告(25)。
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お店でビールをジョッキで4杯飲み、さらに、カクテルを飲みながら、アクセルを踏み込んだのです。
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無茶苦茶な事故でした。お母様も、一緒に住んでいたご友人も、あまりの悲劇にご自身の感情を見失いそうになったそうです。

警察は当然、白坂被告を「危険運転致死傷罪」の容疑で送検。そして








信じられない展開が待っていたのです。







1つだけ解説しておきます。
自動車事故の罪は、大きく分けると、2種類だと思っておいてください(去年、その中間の罪状も増えているので正確には3種類ですが)。まずは

「過失(かしつ)運転致死傷罪」。

つまり「あなたは悪気はなかったけれど、『ミス』によって人を死なせてしまいましたよ」という罪です。あくまで『ミス』です。なので、最高でも7年の求刑までしかできません。
しかし、人を死なせておいて、実際には7年の刑が下されることなど、ほとんどありませんでした。いくら何でも、人の命が軽いのではないか!という指摘が相次ぎ、新たな刑罰が追加されたのが2001年のことでした。

「危険(きけん)運転致死傷罪」。

飲酒や薬物で正常な運転が困難と判断されるにもかかわらず、それでも運転して人を死なせた場合など、事実上の「殺人ですよ」という罪だと思ってください。懲役は20年まで求刑できます。

今回は、あまりに飲酒の量が多いですし、どう考えても、正常な運転などできません。と、言うか、運転席でカクテルを飲みながらハンドルを握っているところを白坂被告の同乗者に確認されています。完全な「危険運転致死傷罪」の対象事案です。ところが…

検察は、ご遺族に何の断りもなく…
「過失運転致死傷罪」
で立件してしまったのです!!

ご遺族やご友人は、最初、検察官が何を言っているのか分からなかったそうです。当たり前です。こういう事案のために「危険運転致死傷罪」という罪が作られたのです。もちろん、過失と違って、立証も難しくなります。「運転困難な状況であった」など、証明しなければいけない項目が多岐にわたります。
しかし、常識的に考えて、ビールを中ジョッキで4杯飲んだ後にカクテルを飲みながら車を発進させているのです。これが危険運転でなければ、一体何に当たるのでしょう?理由としては

「(白坂被告が)『ブレーキとアクセルを踏み間違えた』(つまり、意識は正常だったけれど単純なミスだった)と供述している」

ということが主だった理由だそうです。そんなバカな。お母様も、ご友人も、あまりの理不尽さに2度傷つけられたと言います。

私は、そんな裁判の、第1回法廷を取材しました。そして、あぁ、そういうことかとすぐに納得しました。

もう一つ解説しておきます。皆さんは弁護士さんや検察など、戦っている相手や裁いてる裁判官、どうやってその職業になってるか知っていますか?

え?別々に勉強して試験を受けるって?

違います。実は「司法試験って一種類」なんです。司法試験をみんなで懸命に勉強して、みんなで試験に挑みます。で、受かった人は

「俺、検察官になる!」
「僕は弁護士だな!」
「私は裁判官で!」

と言えば、実は、そのまま(研修などを受けてから)なれちゃうもんなんです。実は、裁判所で戦っているように見えるかもしれないですが、あの3種類の人たちって…もともと…

おんなじ勉強をしてきた「お仲間」なんです。

法廷で、すぐに分かりました。若い、ヘアースタイルに妙に気を使っている様子の検察官くん。そしてほとんど彼と同級生だろうと思われる弁護士くん。その若手を見守るような、いかにもやる気の全くなさそうな裁判官さん。

完全にナァナァの空気感です。

皆さんは信じられないでしょうが、実は何十回も裁判の取材をしていると、残念な話ですが、そういった被害者無視の、ナァナァな裁判って、意外に結構あったりするんです。
弁護士は被告の親身になってなんかない。
検察官は被害者の味方になんて全然なってない。
要は、さっさと面倒な裁判を終わらせて、自分たちのキャリアを積むことしか考えていない、ふざけた法曹関係者も、残念な話ですが、少数ですが、いるにはいるのです。

確認のため、私の知り合いの弁護士や検察の方に今回の事例について、資料を見せて話を聞きました。「自分自身が関わっていないので、あくまで客観的な話だけれど…」ということでしたが、3人の方が皆、
「通常であれば、危険運転の適用範囲であると想定される」
との見解でした。

しかし、ただの『ミス』である「過失運転」での立件と、事実上の「殺人」である「危険運転」での立件は手間も何もかもが全然違います。また、上手く立件できなければ、彼らの

「輝かしいキャリアの汚点」

になる可能性もあります。私は、すぐに、小樽の事例を思い出しました。

去年の8月、北海道の小樽市で、飲酒した上、携帯電話をいじりながら車を運転し、人をはねて死なせた事例がありました。その時も同じで、警察は「危険運転」で送検したにもかかわらず、検察の一方的な判断で「過失運転」での立件となったことがあり多少ニュースになったのですが、最近、そのような検察や弁護側の「手抜き」事例が散見される気がしています。
その小樽の件に関しては、「あまりに不当!」と憤りの声が上がり、大量の署名が集まるにつけ、裁判所も黙殺できなくなったため、最終的には「危険運転致死傷罪」での立件となりました。正常な人々の声に、裁判所が適当な「手抜き裁判」を出来なくなった好例と言えるでしょう。

私は取材を終えて、テレビ大阪に帰り、原稿を練りました。
テレビ大阪の報道キャスターとして、私は自由な1分間を与えられており、「長谷川持論(はせがわじろん)」として好きにしゃべるコーナーがあるのですが、当然、その日は取材から見えた「手抜き裁判」について、怒りを述べました。検察が本気になって被害者の立場に立たなければ、一体、誰が報われるのか、と。





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それから、わずか2週間でした。
読売テレビの楽屋に、若手の芸能人さんが、私の楽屋を訪ねてきてくださったんです。

「初めまして!○○と申します!」

まだ若い、とても爽やかな方でした。でも、その方が何故か、少しだけ、目に涙を浮かべているのです。なんだ?少し様子が変だけれど…。

「長谷川さん、僕…長谷川さんにお礼を言いたいことがあって…」

「へ?」

「長谷川さん、ケイカについて、あそこまではっきりと検察を批判してくださったのは、長谷川さんだけでした。本当にありがとうございました。僕…」

「え?話が見えないんですが…?」

僕が、ケイカの、被害者の婚約者です






この仕事をしていると、本当に信じられないことが何年かに一度起きます。
事故で亡くなった河本恵果さんは、まだ若手の芸能人さんを、応援していました。二人は恋に落ち、結婚の約束をしました。
しかし、結婚式を挙げられることなく、二人の幸せは最悪の事故で引き裂かれました。

彼は、芸能人という仕事を続けられるか、悩んだ時もあったそうです。事故の数日後にも、仕事が入っていました。さすがに精神的にも厳しく、仕事を休もうとしたとき、恵果さんと同じ、看護師をしている恵果さんのお母様に言われたそうです。

「恵果が好きだったのは芸能人として、活躍しているあなたです」

事故の数日後、彼は悲しみに負けずに舞台に立っていたのだそうです。


現在、あまりの理不尽な今回の河本恵果さんの裁判に、全国から怒りの声が集まり、なんと13万人を超える署名が集まっているそうです。当然です。これが危険運転でなければ、2001年の法改正はいったい何だったのかということになる。恵果さんはもう帰ってこないのであれば、残された私たちの務めは、

酒を飲んだり、携帯をいじったり、ナメタ運転をして人を死なせた場合、大変な厳罰が下るぞ!

ということを全国に伝えることだと思っています。そして、未来の被害者を一人でも多く減らすことです。
共に住んでいた仲良しのご友人も、大変な重傷を負いましたが、今は署名活動のお手伝いなどをされています。
今はまだ、「過失運転」のままでの裁判が続いています。こんなバカなことはありません。関西を中心に、少しでもこの事例が、大きく報じられることを祈ってやみません。
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大阪、高槻の事件。

まさに昨日、最後の目撃現場となった京阪寝屋川駅、さらに平田さんの遺体遺棄現場となった駐車場などを回ったところだったので、まずは容疑者逮捕の一報に安どしている。もちろん、この容疑者の言(げん)を信じれば、共犯者が存在するというのだから、警察は遠慮せずに厳しい追及をお願いしたい。確かに、あの犯行を完全に単独でするのは、不可能ではないとはいえ、容易ではない。共犯者がいる可能性は十分にあるだろう。何とか、完全究明まで頑張ってほしい。
(※あくまで警察は単独犯行ではないかとみて捜査中である)

ところで遺体遺棄現場に赴き、感じたことがある。

私がキャスターを務める『ニュースリアル』では、カメラマンさんにお願いをしてかなり広い絵で押さえてもらったのだが、とにかく、周囲は本当に田んぼや細い路地があるだけで…誤解を恐れず表現するならば、遺体を遺棄する現場としては、犯罪者にとっては「悪くない場所」と考えたのかもしれないということだ。周囲に目撃者などは、ほぼ確認できない場所であろう。

が、およそ70メートルか80メートル先のプレハブの建物の、偶然にも2階部分に、防犯カメラが設置してあった。

木曜日の報道ステーションでもそのカメラ映像が紹介されていたのだが、あの防犯カメラ、遺体遺棄現場から視認することはほぼ不可能だった。犯人たちもあのような場所に…しかも、偶然にも遺体遺棄の現場を押さえることができる角度でカメラが設置してあったとは想像もしなかったのではないか?偶然とはいえ、今回の犯罪、追及の最大の決め手になったは、間違いなく「防犯カメラ」だと言えるだろう。

現場を取材すると、実際に警察の動きは、かなり「防犯カメラ」を意識したものだった。

寝屋川駅前から、遺体遺棄現場までの道路。その途中にあるガソリンスタンドなどに聞き込みをすると、事件直後には警察が防犯カメラ映像を取りに来ていた。そのカメラには遺体を遺棄しに行っている白のワンボックスタイプの車が映されてたという。ナンバープレートの解析も、今の技術なら容易とは言えないまでも十分にできるらしい。警察は、早い段階で、今回逮捕した容疑者の身元をすでに確認していたであろうと想像できる。

先日の8月15日に放送されたNHKのスペシャルも見たのだが、当時撮影された「白黒映像」を全部カラーに戻して「あえて今、色を付けて見る戦時中映像」という特集だった。シンプルな企画であるにもかかわらず、かなりの衝撃を受けるものだった。
白黒では決して気づかなかった、原爆投下直後の焼けただれた人間の姿などが余すところなく映り込んでいた。赤黒く焼けた人間が、そのまま死ぬに死にきれずに苦悶の表情をしている姿は、それだけで十分に戦争や原爆の悲惨さを物語っているものだった。

映像解析の技術は本当に進んできている。防犯カメラもどんどん進化している。

私は、日本でも、アメリカのニューヨーク並みに防犯カメラを設置していっていいのではないか、とかねてから考えている人間だ。こういうことを主張すると、必ずテレビなどでは…

「なんだか見られてるみたいでやです~」
「監視されてるみたいで気分が悪くて~」

誰も、あなたには注目などしていませんが?と突っ込みを入れたくなる「町の中の声」が次々と紹介されるのだが、そもそも「防犯カメラ」とは、読んで字のごとく、

「犯」罪を「防」ぐため

のものである。平和ボケも素晴らしいとは思うが、この大阪の事件のように、事実、人を人と思わないような犯罪者は世界に存在している。日本にも数少ないとはいえ存在する。

中学生の男の子と女の子を、死なないことが分かる範囲で30か所以上、ナイフで刻み続けた犯人だ。顔面も、殴られまくった跡が確認されている。
平田さんに関しては、最終的な死因がテープでぐるぐる巻きにして窒息死させたことが分かっているので、おそらく、死ぬまでは泣き叫び、血まみれにしているのを

楽しんでいた可能性

がある。と言うより、ほぼそうなのだろう。延々、苦しまされ続けた挙句、粘着テープで窒息させられているのだが、恐ろしいのはその粘着テープである。すでに報道されている通りだが

指紋が検出されていないのだ。

お分かりだろうか?

中学生の男の子や女の子を、30か所以上切り刻み、殴り続けていたぶり、窒息させたにもかかわらず、その粘着テープには指紋が付かないように、わざわざ手袋をして顔に巻き付けているのだ。つまり、その犯人は…

冷静だったと想定できるのだ。

粘着テープは、確実に指紋の残るアイテムの一つだ。それを分かったうえでやっているのである。そんな人間が、今回逮捕された容疑者(車の保有者)の話を信じるのであれば、まだ捕まっていないのである。いや、防犯カメラがなければ、今回の車の保有者も、そのまま逃げていた可能性すらあるのだ。

犯罪を防ぐことは日常を生きる市民の安全のために、必要最低限のものである。

その考え方をもとに、ニューヨークでは、ワンブロックごとに防犯カメラを設置し、マンハッタンだけで、私が取材をした2011年段階で6万台を超すカメラを行政が設置している。市民たちは、一様にその防犯カメラ設置に好意的だった。そして、実際に、ニューヨークからは犯罪は激減。今やニューヨークは、全米一の安全な街として多くの観光客や生活者に安心を与えている。

「監視している」

のは、犯罪者を監視しているのだし、何よりも、ずっと監視しているわけではなく、単純に「何かあった時に証拠映像」として使用できるようにしているだけなのだ。これは冤罪を防ぐ意味でも大変に効果的なものだ。何も通常に生きている一般市民を監視し続けているものでもなんでもない。と、言うか、普通のおばちゃんなんて、誰も見てない。自意識過剰もいいところだ。

今回の事件、犯人逮捕が遅れれば、第2・第3の事件に発展していた可能性が十分にあったものとも考えられる。日本中につけろとは言わないが、行政の判断で、大都市圏内だけでも、街中に防犯カメラを丁寧に設置していったらどうだろうか。犯罪の一つの抑止力になるのではないか。検討してみてもいいのではないかと思った。



ちょっと遅くなりました。安倍総理の戦後70年談話についての感想です。

皆さん、全文、読みました?
私は今回の70年談話は高く評価します。安倍総理1人が考えた文章な訳はないですから、現在の官邸にはかなり優秀な人物が裏についているものと想像できます。はっきり言って今までの中で断トツにいい談話であったことは確実です。

では、どこが良かったのか?新聞やテレビなどでは、的外れで「キーワードがどう」とか、全く的を射ていない情けない解説や論評が並びましたが、そんな低レベルの談話ではありませんし、内容を読み込めば、とても勉強にもなるし考えさせられる文章です。

それでも、分かりにくかった、という人がいるかもしれませんね。
そういう人は、何があの文章に足りなくて、何に気を使ったのかを少し考えてみましょう。安倍総理の談話は、当然、世界中に配信されますので。安倍総理は周辺にかなり気を配ってあの文章を作り上げています。そして、日本国内にも気を配っています。

では、簡単ではありますが、少し解説します。

まず、前段部分です。これは「戦争しました。そして、悲惨な戦争でしたね」って言ってるわけです。ほとんど読み飛ばしで大丈夫です。大事なの、ここじゃありませんので。

つづいて、「だから、もう戦争しちゃいけないよね。反省してきたし、それは態度でしっかり示してきたよね」って言ってます。この辺りで、頭の悪い新聞やテレビが「キーワードが入った」「入ってない」と四の五の言ってますが、メディアのそういう低レベルな話は無視してください。「文章」ってのは「キーワード」で出来ているものではありません。「内容」を読み解くものです。続けます。

中段では「バカな戦争したけど、世界のみんなが包み込んでくれたから復興できたよね。みんなが助けてくれたこと、忘れないようにしようね」って言ってます。とても大事な言葉です。この辺りから、安倍さんの信条がとても反映された文章になってきます。

「日本軍がひどいことしてても、捕虜のみんなが帰ってこられたのって、みんなが助けてくれたからだよ。その感謝を忘れちゃダメです。」

「戦争も知らない子供たちに、謝罪、謝罪って言い続けちゃダメです。でも、同時に、過去に謙虚に向き合おうね。そして未来にその気持ちを受け継いでいこうね」


はい。ここです。今回の談話で一番のキモですね。分かりにくいですか?それはですね、素直に読めば誰でもわかるのに、偏った思想がある人はその思想が邪魔して読めてないだけです。
そう言えば、村山何とかという脳ミソを眉毛の発育にとられてる爺さんが理解できてなかったみたいですが、それはあなたの頭が理解できる能力がないだけです。頭悪いならコメントとか出さない方が恥かかなくて済むのにね。続けます。

これはですね、「目的語(話す対象)」をぼやかしているからそう見えるんです。「誰に対して語り掛けている文章なのか?」を読み解くと、すんなり読める文章なんです。

今回の談話、安倍さんは「戦争」について語ったんです。
戦争って一口に言っても「日本から見た戦争」と「アメリカから見た戦争」と「中国から見た戦争」、全部違うでしょ?

そういうもんですよって言ったんです。

解説しますね。まずは日本人の、ウヨク的な思想や行き過ぎた過去の礼賛をしている人に「中国やアジアの人たちを傷つけたでしょ?それは本当だから忘れちゃダメだし、謙虚に受け止めなきゃダメですよ?」って言ったんです。
そして、同時にアジア各国やサヨク的・自虐的思想の人たちやメディア相手に「でもね、戦争を知りもしない子供たちに『謝罪』ばっか要求するのはいけませんよ。だって罪も犯してないんだから」って言ったわけです。

ここです!
ここが新しいのです!
そして、すごく的を射ているのです。

今回の談話は、とても中道であり、右にも左にも注意をしたんです。「真ん中で行こうな」って。どっちから見ても、戦争はあった。でも、未来に向けてどっちも謙虚に行こうって。この「戦争の捉え方」はとても正しい捉え方です。戦争なんてものは、見る方向によって全部形が違うから。

戦後、もう70年。次の10年後には、戦争経験者の数はかなり少なくなるでしょう。だからこそ、謙虚にならなきゃいけないし、だからこそしつこく謝罪を要求してもいけない。

いい談話でした。私は今回の談話はとても気に入りました。官邸の皆さんでよくまとめられたのでしょう。お疲れ様でした、と言いたいですね。

大阪都構想のなれの果ての姿をお伝えしておきたい。

何度か触れているが、私は大阪で毎週金曜日に夕方のニュースを担当している。
この4月からキャスター就任に当たり、特に5月17日のいわゆる「大阪都構想」の住民投票にはとても高い関心と期待を寄せていた。
賛成になったとしても反対になったとしても、これだけの住民が「しっかりと勉強を」し、「誠意をもって参加」できる機会など、日本ではそうそうなかったのだ。
音頭を取った橋下大阪市長も素晴らしかったし、懸命に闘った柳本大阪市議をはじめとした反対派も立派だったと思う、と住民投票の直後に総括した。

その理由はただ1点だ。お互い、しっかりと主張し合ったからだ。

賛成派は「大阪を発展させたい!そのためには意思決定機関がスムーズでスピーディな対応をすることが不可欠なはずだ!」として2重行政になっていると指摘した大阪市を解体し、広域行政の意思決定機関を大阪「都」に集約させる…そう主張したのだった。

反対派は、「慣れ親しんだ大阪市をわざわざ解体する必要はない。コストも大きくかかるじゃないか!」とし、その代わりに、大阪府・大阪市・堺市が中心となって運営する「大阪会議」という会議を提案した。乱暴に市の解体などを行わなくとも、この会議で大阪の未来について進めていけばいいはずだ、と、そう主張したのだった。

結果は皆さんもご存じの通りだ。

僅差で反対派の勝利。橋下大阪市長は政界からの引退を表明し、大阪会議の開催に賛同。これで大阪は、一丸となって進み始めるものか、と期待された。

私もキャスターの一員として、当然、その第1回会議となった7月24日、現場へと駆けつけたのだった。









結論から言おう。そこに会議などは存在しなかった。




そこにあったのは、大阪都構想のなれの果ての姿。ただの惨状が広がっていた。








そもそも、会議の進行システム自体が、全然詰められていない。大阪自民党府議団などは、イライラした挙句、途中で突然、意思決定の仕方を自分たちの都合のよいように変更しよう!と提案をはじめ、会場からは失笑が漏れる始末だった。そんなこと、出来るわけないだろう。それは、さすがに傍から見ていても当然のことだった。

なんだこれは?

一体何人の大阪市民が、忙しい中住民説明会に足を運び、一体何人の大阪市民が真剣にメディアを見て、大阪の未来のために住民投票に参加しようとしたのか?

焦点は一つだ。

橋下氏や維新側としては、「2重行政の解消」を大名目に掲げている以上、そこを譲ることは出来ない。当然だ。そこを譲ってしまってはもはや維新が維新たりえない。

しかし、自民党側は…いや、正確に言おう。自民と一口に言っても、中央と「大阪自民」とは隔たりがある。なので、「大阪自民としては」と言おう。その「大阪自民」としては

「無駄な2重行政などない」

と言いたいのだ。実際にそう主張してきたのだ。そして、多数を獲得した経緯もある。なので、2重行政に関しては、お互いに言いたいこともあるのだろう。それは理解できる。しかし、下記ニュースが、先ほど、産経新聞より配信された。

【大阪会議】わずか2回目で流会〝空中分解〟 堺市長と自民、共産の欠席で定足数満たさず

なんだこれは?
目を疑った。会議の開催を訴え、会議の運営の中心を担わなければいけない自民党が

欠席…?

よく見ると、共産党も欠席している。公明党は参加しているようだが、そもそも、自民も共産も欠席なので、定員に満たなかったらしい。なんだこれは?なんなんだ?これは?

他の記事をよく読むと、大阪自民党議員たちは
「橋下氏や維新が大阪会議の進行を邪魔している!」
と声高に被害者ぶって勝手に欠席したらしい。いったい何言ってるんだ?この連中は?



価値観が違う人間が集っているのだ。

会議が円滑に進行しないのは当たり前のことだ。



そんなことを言うのなら、大阪都構想の「邪魔をした」のは、5月17日前の大阪自民党だという論理も成り立ってしまう。政治の世界に与党と野党が存在するのは、あまりにも当たり前の話だ。それらを踏まえた上で、

「大阪会議で全部解決できる」

と言っていたじゃないか。橋下氏は「絶対に出来ない」と言っていたが、それでも「出来る!」と言い続けていたじゃないか。その大阪自民党を大阪市民たちは信じ、
「じゃあ、無駄なコストが省けるのであれば…」
と、反対票を投じた人も少なくないのだ。つまり、大阪自民党には、「大阪会議」を円滑に進め、大阪を前進させる「義務」がある。その大阪自民党が



欠席だ?



一体何を考えているのか?しかも、ご丁寧に、被害者面か?被害者面したいのは、出来もしない会議を「対案だ」と吹聴され、それを信じた大阪市民じゃないのか?





私は常々、「民主党はもう解体すべきである」と主張している。その理由は単純で、「ウソをついた」からだ。あれをやる!あのお金を出す!聞こえのいいことばかりを言って、あげく、そのほとんどをしなかった。それは「ウソ」というのだ。ウソツキを政治家にしておくのは、国にとって損害である。

我々メディアの人間、とりわけ、キー局や準キー局の人間は『公平で公正』な報道を求められている。

自民にも維新にも、公明にも共産にも、はっきりと告げておくぞ?

我々はあなた方に『公平』な報道などするつもりはない。
我々は、放送法に基づき、「視聴者に対して公平で公正な」報道をするのだ。

私がテレビ大阪のニュースキャスターを務めている以上、私は「大阪府民」の未来のためにならないと判断する政治集団がいるのであれば、それは





遠慮なく叩きのめす。





文句があるなら、いつでも私のニュースに出て来い。いくらでも主張させてやる。もちろん、私が反論しない保証はないだけだ。
確認しておくが、

頑張って、
努力して、
それでもなかなかうまくいかなくて…

そういう会議を否定する気はない。大阪のために進もうとする意志があるなら、それは否定しない。繰り返すが、与党と野党は存在するのだ。ケンカするのは、それはしょうがない。

が、「欠席」はするな。

少なくとも、運営側の人間が欠席してどうするんだ。話が進まないというよりも、話が「始まらない」だろうが。
大阪自民は「大阪会議で、話し合いで解決できる」と主張したはずだ。出来ないのか?だとしたら、民主党と同じ、ウソつき集団なのか?

どう判断するのかは、まだ見極めたい。ただ、11月22日には、大阪では知事と市長のW選挙がある。早晩、見極める必要はあるだろう。






私は常々、このブログで、「バカ」という言葉を使用している。

これに対し、「汚い言葉を使うものではない」と言うご指摘を頂くのだが、それでも私が使い続けている背景には、私の考えの中の一つにある
「日本では「バカ」に対してはっきりと『バカ』と言いきる文化が不足している」
という思いがあるためだ。これらの考え方に関しては、またいずれの日にかこのブログ上でも記したいと思っているが、私がそのような「人を侮蔑するときに使用する汚い言葉」をあえて使用する時には、自分の中に厳しいルールを強いていることも確かだ。それが…

・明確な根拠を提示すること

である。人を批判する時にはその「理由」を丁寧に提示することが大切だと考えている。あくまで感情論ではなく、論理的になぜその対象が、「私ごときに」侮蔑されなければいけないのか、しっかりと提示する。これはかなり丁寧にやっているつもりだ。

さて、そんな私にとって、どう見ても「大バカ」なニュースの一つがこちらのようなものである。

原爆の日に投稿…ディズニー「なんでもない日」削除、謝罪

こういう、見ていて頭の痛くなるニュースが、私の中では典型的な「バカニュース」なのだ。知っている方も多いだろうが、解説する。

8月9日にディズニーの公式ツイッターに次のようなメッセージが更新された。

「なんでもない日おめでとう。」

これは、かの有名な児童文学である「不思議の国のアリス」のワンシーンに登場する「The Unbirthday Song(誕生日ではない日の歌)」の話だ。はっきり言って、多少の教養があれば、かなり誰でも知ってるレベルの話であり、「美女と野獣」の「Beauty and the Beast」や「オズの魔法使いの「Over The Rainbow」、「サウンドオブミュージック」の「ドレミの歌」などと同様に、「不思議の国のアリス」の中では、もっとも有名な楽曲の一つである。

不思議の国に迷い込んだアリスがいかれた帽子屋と三角うさぎのパーティーに遭遇するシーン。彼らは
「誕生日だけを祝うのなら、1年で1日しか祝えないじゃないか」
「誕生日以外の日だっておめでたい1日なんだ」
と言ってパーティーをしているのである。

もともと、言葉遊びや、矛盾した表現を多用している「不思議の国のアリス」の中でも、「誕生日以外だって特別な1日だ」という表現は共感を呼び、

「The Unbirthday Song」=『誕生日ではない日の歌』

はとても人気のある、明るいナンバーの一つなのだ。
ディズニージャパンは『誕生日でない日』という歌をより分かり易く表現するために「なんでもない1日」と意訳し、「みなさんが『なんでもない1日』と思っている日常の毎日が、実はとても素敵な1日なんです」と歌っているのだ。
私は、その意訳がとても気に入っている。逆説的で原作の「不思議の国のアリス」の意味もしっかりと組みこめていると考えるからだ。

しかし、その「意訳」にかみついたのがネット上の、教養1つないバカどもである。

「今日は8月9日だぞ!長崎に原爆が投下された日だぁ!」
「アメリカでやれ!日本は被爆国なんだぞ!」
「『何でもない』日とはなんだぁぁぁぁぁ!」








私はこういう連中を「バカ」と、そう呼ぶのだ。







どうか私のブログを読む多くの読者様にも伝えたい。日本人は「バカ」を相手にしすぎる。「バカ」は『バカ』でしかないのだ。相手にしない、という技術をどうか身に付けてほしい。バカを相手にするという行為は自分を「バカ」に貶めることに他ならない。

残念だが、これだけの数の日本人がいるのだ。1億2700万人だ。それだけの連中がネットを使いまくっている。「スルー」という技術をどうか身に付けてほしい。誰でも分かってる話だが、以下に論拠を述べる。

・ディズニー社はかの有名な「不思議の国のアリス」の中のワンシーンを、しかも最低レベルの知識があれば知っているレベルの「歌のタイトル」をツイートしただけである。原爆と全く関係のない話だ。

・しかも、歌の原題は「The Unbirthday Song」である。「誕生日ではない日の歌」である。原爆と一体何の関係があるんだ?

日本のディズニー社の訳が意訳で「なんでもない1日」としたのは、「誕生日のような特別でもない1日1日だって、あなたにとってはきっと特別な1日なのです」と伝えたいからである。素晴らしいメッセージだと思う。その「真意」を汲み取りもせず、深く考えもせず、調べもせず、汗もかかず、努力もせずに

表面上だけの言葉を取りあげて「不適切だ!」と抗議しまくる連中のことを、日本語では




バカ



と表現するのだ。
今までのディズニー社の社会的な貢献度合いや世界観を見れば、十分伝わる話だろうが。んなことも理解できずに、何、批判だけを寄せているのか。

聞くところによると、AKBの峯岸みなみさんも、8月9日のことを「ハグの日だね!」と書いたところ、批判が来たという低レベルすぎる話も伝わってきている。
原爆投下を必死になって叫び続け、他者を攻撃しているバカどもよりも、人と人が触れ合い、ハグできる関係になる方がよほど平和だ。私は峯岸さんに同調したい。これからは8月9日は、私は

「ハグの日」

と呼ぼう。その方がよほど未来志向だ。語呂もいいし。

ディズニー社はさすがと言うかなんというか、こんなのに付き合って謝罪して訂正したらしい。ほっとけばいいのに。正常な人間なら誰もディズニーのことを批判したりはしないだろう。

私はディズニーに特段思い入れもないし、興味もない人間だが、今回の件は災難だったなぁ、と同情する。やれやれである。





シールズという集団が安保法制に対して反対するデモを行っているとのこと。
他にも一連のデモに対して賛否が巻き起こり、まだ生まれて間もない小さな赤ん坊をベビーカーに乗せてデモに参加した母親には、堀江貴文氏は「頭にウジがわいている」と痛烈に批判していることも報じられた。思うんだが、このデモをしている人たち…「いい人」なんだろうなぁ…と。そして、同時にこう思う。

あぁ結局、戦争する連中ってこういう人達なんだろうなぁ…と。





正直な話を言うと、個人的にはこの安保法案に関する議論にはとっくの昔に飽きてしまっていて、かなり前の段階で私は「安保法案なんてさっさと通せ」とブログに書いたのだが、未だにギャースカ言い続けている人たちがいるらしい。

ほんと、お疲れ様です。

で、その方々が四の五の言っているのが「戦争はしない!」という叫び。少しだけおさらいする。私の以前のブログでも指摘したが、「戦争」は3パターンある。これは言葉の専門家として、一応、指摘しておく。

1、完全な侵略「戦争」。
→こんなものは極右であってもやらないし、こんなことは現代社会では世界中でほぼ起きない。どサヨクの連中や勉強不足の感情論軍団は、こんなことを「安倍はしようとしているんだぁ!」と叫ぶので面倒くさいの一言だ。誰もしない。んなこと。目を覚ませ。

2、完全な防衛「戦争」。
→中国が、北朝鮮がミサイル打ってきたらどうするよって話。これに対しては、どサヨクであっても「戦わないければいけない」ことくらいわかるはずだ。なので、この2パターンって、そもそも、もはや議論にならないのだ。なのに、一部のゴリゴリのウヨク軍団は「サヨクは戦争を反対していれば気が済むんだぁ!」ってやるから話がこじれる。

3、協力するタイプの「戦い」。
→問題はこれ。「世界が戦おうとしている相手に協力するか」だ。要はイスラム国やアルカイダ相手の戦いだ。これは戦争と一言で言っていいものか分からないが、実際に日本人も殺されているし、世界の中の一員として動かなければいけないとも思うし、とにかく戦争は何が何でもダメだっていう気持ちも分からなくはない。

なので、安保法案の議論は、平行線なのだ。人それぞれの価値観なのだから。どちらの気持ちも分かるし。論じるのも面倒くさい。どうせ交わらんし。



で、だ。



この一連の動きや議論を見て、滑稽なのは「戦争はんたぁぁぁい!」と叫んでる若者のみなさんだ。いや、もう一度同じことを言うが…

「いい人なんだろうなぁ」

とは思う。間違いなく、友達にしたいタイプの若者だとは思う。と、同時に年老いたら、音速で「オレオレ詐欺」に引っかかりそうにも見えるが。
改めて、「戦争したくないぃぃぃぃ!」と叫ぶ全ての日本人に言いたい。

あなた方のような「いい人」が『戦争をする』のだ。どうか忘れないでほしい。





日本人は「言葉」をとにかく適当に使う。先ほどの「戦争」も同じだ。どんな戦争なのか、パターンわけを全然しないで、全く違う「侵略戦争」と「防衛戦争」をいっしょくたに「戦争しない国がぁぁ」と話し始める。「戦争」という言葉をちゃんと分析できていないのだ。

若者に言いたい。「戦争」って何だと思ってるんだ?どういうメカニズムで起きていると思ってるんだ?

戦争とは、ごく一部の権力者でありたいだけの「支配したいバカ」と、その権力者の言うことをそのまんま信じちゃったり疑うことをしならない「従うバカ」の共同作業のことを言う。この「従うバカ」のことをクニはこういうのだ。

「(都合の)いい人」と。

政治家をエライ人間とでも思ってるのか?
選挙に出て受かっただけの人間だ。町で清掃している人間も、老人ホームでご老人の介護をしている人間も、我々アナウンサーも。みんなプロだ。誇りを持って働いている人間だ。稼ぎの金額は違うかもしれないが、みんなそれぞれ素晴らしいのだ。

仕事をしている人はみんな平等だ。これを日本では「職業に貴賎なし」という。

なのに、テレビによく映ってるからと言っては、バカ政治家達を「エライ人」と勘違いし、その連中に「従わないといけない」と思考停止し、いうことを聞く「いい人」だから、戦争に巻き込まれるのだ。

戦争したくないんだろ?

じゃあ、しなきゃいい。それだけだろ。他の何の話題がある?いいから、こんなに暑い中、デモとか無意味なこと、やってるんじゃない。早くクーラーの効いた部屋に入って水分をちゃんととれ。

若者たちの言い分をまとめれば、安倍さんは戦争をするんだろ?(しないけど)
若者の妄言をまとめれば日本でも徴兵制が始まるんだろ?(絶対始まらないが)

とにかく、今から読む通りに行動してほしい。
まず、鏡の前に行ってくれ。
そして、鼻の穴に、指を入れてくれ。
第1関節かイケれば第2関節までイってみよう。
指を出してくれ。何がついてる?

ハナクソでもついてないか?





侵略戦争をする!という政治家は、そのハナクソ以下の存在だ。





なんで君らは、そのハナクソの言うことに「従う前提」で話をしているんだ?君らはハナクソの奴隷なのか?私は人間なので、そんなバカの話は聞かないが?

堀江貴文氏が以前、瀬戸内寂聴氏との対談で「戦争なんてしません。もし国が戦争を始めたらすぐにでも海外に行きます」と話をしていたのだが、実はこの言葉がすべての解決策なのだ。一番正しいのはこの堀江氏の姿勢である。

みんなは政治家の言うことを、まるで従わなければいけない正しい発言のように思ってるかもしれないが、国民が懸命に支払っている税金を
「たかが2500億円程度が!」
とのたまうガマガエルが政治家の正体でもある。まずは一人一人の国民が「自分を、自分の周りの人々を、大切にする」ことが一番大事だ。こんな暑い中、熱中症にでもなったらどうする?熱い想いで運動するのは結構だが、限度ってものもある。今はいくらなんでも暑すぎる。せめて気温が下がってからにしたらどうだ?

国際的な紛争に協力するかどうかはもちろん議論の余地のある話だ。なので、反対であれば、次の選挙で安倍自民党以外に入れればいいだけの話だ。それはこのクソ暑い中、デモするよりもずっと冷静に行動できる話だ。どれだけ頑張っても、来年には参院選があるのだから。もちろん、国際協力も大事だ、という意見の人も多いだろう。海外生活などをしてきた私もどちらかというとその意見の側の人間だ。それは民主主義国家らしく、意見を出し合えばいい。

頭にウジが沸いているかどうかは分からないが、堀江氏の言う通りで、「まず自分や周囲を大事に出来ない人間」は、結局、最終的には何も出来ないし、話も聞いてもらえない。赤ちゃんは熱に対しての抵抗力も大人と比べると低い。ベビーカーを押しながらのデモは、やはり適切とはいいがたい。

戦争したくないんだろ?

絶対に人殺ししたくないんだろ?

みんな同じだ。一番手っ取り早い方法がある。みんな、堀江氏と同じ価値観を持つことだ。国は「言うことを聞かない悪い人間だ」と言ってくることだろう。「愛国心のない情けない人間だ」と言ってくるだろう。が、ハナクソごときに何を言われても、気にすることなんてない。

この炎天下でデモしてる全ての若者や運動家たちに言いたい。





一度深呼吸してリラックスしてくれ。

その方がいろいろ見えるぞ?







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