2015年12月

自民党の宮崎謙介議員と金子恵美議員の育休取得が議論を呼んでいます。

まず、これはとてもいい議論だと思います。日本は少し保守的というか…私に言わせれば、「保守」の意味をちょっと「男性のみに都合よく解釈」してしまっている「間違った保守」の人が多かったりするので、これらは今回の議論をきっかけに、そういう凝り固まった価値観の男性陣は少しでも現在の日本のスタンダードを勉強していってほしい、という思いがあります。

なので、そういった議論を巻き起こせただけでも、宮崎議員のこの動きは評価されるべきであり、個人的に応援したいと思っています。彼のブログも読ませていただきましたが、とても悩んでらっしゃったし、色々と苦しまれてもいるだろうなぁ…と想像します。

ただ…

そうですね…

現実的なことを言うと…「本来であれば」この「国会議員の育児休業」ってのは…さすがにダメなんでしょうね…。今回の宮崎議員の育休は支持しますし、この二人に関しては応援しますが、一般論としては、無国籍児の問題などにも真剣に取り組んでいらっしゃる元衆議院議員の井戸まさえさんが指摘されている通りで…

いや、両立させろよ

で話は終わるんでしょうね。本来であれば。出来ますしね。両立は。

さて、その話はいいとして、今回の議論の中で少し気になったのは、宮崎議員の育休取得に「賛成」している人たちの中に…ひょっとして「思考停止」してしまっているのでは?と疑いたくなる人がいる気がしました。ちょっと気になったので、もし皆さんも「思考停止」してしまっている場合、気を付けてくださいね。

「育休をとること」が「正し」かったり「素晴らしい行為」ではない

実は似たような「思考停止」した人たちって他にもいまして
「女性の管理職が少ない!」とか
「女性の社会進出が進んでいなくて!」
とか叫んでる、あまり友達になりたくない人たちっているんですけれど、これは間違ってます

まぁ…確かに私たち若い男性陣もほとほと迷惑している「老害ジジィ軍団」がいて、その人たちの価値観は本当に迷惑だし、多くの女性陣が苦しめられたと思います。分かります。超迷惑ですよね。しょぼい能力しかなく、大した知見もないくせに、無駄に「女だから」とか言う理由で差別視してきて、見下して…。
「子育ては女がするもんなんだよ!」
とか怒鳴ってきて、中には
「家事は女がするもんなんだ!」
「誰のおかげで食えてると思ってんだ!」
とかいまだに言ってくる人間たちもいたりして…。分かります。そんな男たちに見下され、とても嫌だったことでしょう。でもね、どうか冷静になってください。どうか忘れないでください。

ダメなのは、その老害ジジィたちだけだと思うんです。

「何をどう頑張っても女性が社会進出できなかったら」それはもちろんダメなんですが、今の日本は土井たか子さんの「男女雇用機会均等法」以来、かなり改善されつつあるんです。ちゃんと、女性陣も社会に出られる基盤は整いつつあるんです。
今の日本だと、女性陣に向けられるセクハラ的な視線やパワハラ的な行為ってのは…我々男性社員も、全く同じように苦しめられているものだから。

女性の社会進出を見下すバカな老害ジジィたちによって、昔の日本では女性の社会進出が迫害されてきたのでしょう。それは批判されるべきです。でも、それにあまりに反発するあまりに…

「女性が社会に進出することが正しい」

とか思い始めたら、それはただ「逆に振れてるだけ」なんです。そこまでいくと、今度は「専業主婦を攻撃」し始めたりするんです。女性が家庭に入ることをまるでダメなことのように言い始める人っているんです。それは違います。専業主婦だろうが、キャリアウーマンだろうが、それらを「自由に選べることが正しい」のです。

育児休業も同じです。

ダメなのは、老害ジジィたちの価値観であって「子育ては女がしてればいいんだよ!」みたいな価値観は否定されるべきですが、そもそも「育児休業を取ることが偉い」わけでもなんでもないんです。そこをどうか間違えないでください。

「出産」も「子育て」も、夫婦でするものです。二人で子供を作り、二人で子供の成長を祝い、楽しむものです。だから楽しいのです。それと「仕事を休む」ことって、そもそも全然リンクしていなくて、子供がまだ小さいうちは(やれるのであれば)両方やる方向で努力することの方がよほど大切なことです。だって仕事は仕事でちゃんと「大切」なんだから。

もちろん、皆さんの努めている場所が圧倒的なブラック企業ならそうではないですよ?
子育てする時間も全くもらえないような企業であれば、思い切って休んだり早退しなければいけないかも知れないですしね。
でも、通常の会社なのであれば、基本的な周囲の理解はそれなりにあるはずです。多少早めに上がらせてもらったりしながら…会社から帰ってそのまま奥さんからバトンタッチしてあげるなど「工夫」のしようはある可能性があります。

私の場合、長男が生まれて、2年ほどは、人生で最大・究極の「寝不足期間」でした。と、言うのも長男は私があやさないとなかなか寝なかったので、深夜などにぐずった場合、私が飛び起きて嫁さんを起さないように、長男が寝るまで、私ががずっと抱っこして寝かせて…でも、朝の番組を担当していたものですから、そのまま睡眠時間わずか45分とかで会社に行って、そのまま踏ん張って仕事も手抜きせずにやり抜きました。

睡眠時間を削れば、それくらいのこと、出来ます。ちょっと苦しいだけです。いや、相当苦しかったですが…出来ます(断言)。人間、意外と死なないものです。

「子育てを夫婦でする」ことは大切ですが、それと「会社や国会など仕事を休むこと」は…本来であれば、全くリンクしないことです

最近、「育児休暇を取る」というと、それだけで称賛する向きがある気がしましたので、そこだけは否定させてください。

実は、現在99歳の祖父が…もう間もなく天国に旅立とうとしています。
まっすぐに仕事に励み、戦後の日本を支えてきた、まさにど真ん中の世代です。

戦争を体験し、捕虜となり、自力で逃げ出し、日本へと帰還したときの話など、他では絶対に聞けない話を、私は何度か聞かせてもらってきました。
「もってもう数日でしょう」
医師に言われてから、まだ、祖父の心臓は動き続けています。まるで、命のろうそくを絶対に消してはいけない、と最後の意思を示しているように。
もちろん、私もいい大人なので、お別れが近いことくらい分かっていますし、こちらも堂々と胸を張って送り出してあげなければいけない、と考えているところです。

さて、随分先延ばしになっていましたが、フランスで起きたテロの時に、私が感じた思いを綴ろうと思います。




私がアメリカのニューヨークに赴任したのは、2010年のことでした。
旅行や取材では多数の国に行ってきたものの「生活する」となると話は違いました。異なる文化の中で苦労をしながらも、多くのニューヨークに住むアメリカ人たちの暖かな思いやりと優しさに触れ、私たち家族5人はよちよち歩きながらも、異国での生活をスタートさせていました。

そんな触れ合いの中で、私の中のアメリカ人のイメージは、それまでとがらりと変わりました。

日本に住んでいる当時、私はアメリカという国に対して、あまりいいイメージを持っていませんでした。乱暴な論調。乱暴な外交。自分たちだけが良ければいいという身勝手さ。
しかし、実際に接したアメリカ人の多くは、日本人のそれよりもはるかに優しく、温かく、何か困ったことがあるたびに「May I Help You?(私に何かできることはない?)」と聞いてきてくれました。その一言一言が、どれだけ暖かく、私たちを勇気づけてくれたか。

しかし、その印象はもろくも崩れました。

アメリカを大好きになり、アメリカ生活になれ始めていた2011年に入って数か月のころ。私は取材で南部のテキサスという州に行きました。テキサスからオクラホマ。アメリカの中南部と言われる地域に、ある殺人事件の取材に行った時のことでした。

アメリカのことを大好きになり、アメリカのことをしきりにほめていた私に、取材に同行してくれた現地のスタッフが助言してくれました。
「ハセガワさん、気を付けて。テキサスは、ニューヨークとは違うから」
何を言っているのか、体験するまでは分かりませんでした。ひょっとしたら、デリケートな殺人事件にまつわる取材でもあったために、住民たちが気が立っていた部分はあるのかも知れません。しかし、私が取材に行ったある町では、その街を出ていくまで、ほとんどの住民に

極めて差別的な
極めて侮辱的な

「日本人」という人種自体を侮蔑する言葉を浴びせられ続けました。まさに、私がもともとニューヨークに行く前に、アメリカという大国に感じていた、その姿そのものでした。

また、別の時にある教育機関に取材に行きました。
このエピソードはあまりに印象的だったために、私の書いた本の中にも紹介してあるのですが、「Atomic bomb(原子爆弾)」)について、取材をしていたところ、あるアメリカ人から声をかけられました。

「礼を言えよ」

そのアメリカ人は「アメリカの一般的な常識」を私に押し付けてきました。

「白人よりもはるかに劣るアジアのイエローモンキーが」
「白人よりもはるかに弱いくせに我々白人に逆らった挙句」
「パールハーバーで卑怯きまわりない奇襲攻撃をし」
「多くの同胞を殺した挙句、敗戦濃厚になっても竹やりで飛行機を突っついてくる」
「そんな愚かな行為をやめさせるために、神がアメリカだけに与えたもうた原子爆弾という『神の矢』によって…」



戦争を終わらせ、無駄な犠牲者を減らして「あげた」のだ。礼を言え。



と言ってきたのです。悪気を持って言ったのでも、侮蔑の意味で行ったのでもありません。そのアメリカ人は、心の底からそう思っているのです。それが正しい真実だ、と。そして、実はその後、私も勉強して知るのですが、世界的な基本的な標準の意識は、そのアメリカ人の意識の方がよほど「常識」なのです。だって、竹やりで突っついていたことは事実なのだから。

私たちは唯一の被爆国(被害者)なのだ~

という被害者感情など、基本的には世界の中で日本だけの感覚です。世界では、今から70年前の日本は、明確にバカで愚かな「加害者」なのです。




今年は戦後70年です。
私は、テレビ局の局アナウンサーとして勤めている間、暇さえあれば、国会に取材に行っており、会見と会見の合間など、暇な時間を使って、国会の横にある「国立国会図書館」に足を運びました。もちろん、勤勉で、勉強熱心で…というものではありません。単なる暇つぶしでしたし、単なるカッコつけで行っていたんです。
でも、国会図書館には驚くほどの資料が閲覧可能な状態となっており、特に私の興味を引いたのが「戦時中の新聞」でした。

紙面がそのまま残っているのです。もちろん、中身も当時のままです。若い皆さん、知ってました?朝日新聞も読売新聞も、戦争前からの新聞なんですよ?今読むと、本当に面白くて…という話は置いといて、興味深かったのは当時のモラル感というか、価値観についてです。

一言で言いましょう。

くそ真面目。

それ以外に表現できないほどに当時の日本人が「真面目すぎるほど真面目」であることがうかがえます。例えば、これは私がMCを務める番組でも紹介したのですが、昭和7年の読売新聞の読者投稿欄…いまでいうところの質問コーナーのような欄があり、そこにこんな質問が来ていました。

「私は結婚前の17歳の女子です。お兄様のように慕っていた近所の男性に、突然、接吻をされました。私はどうしたらいいのでしょうか?」

「男女七歳にして席を同じうせず(男と女は7歳になったら隣の席などに座るものではありません)」
という価値観をリアルに持っていた世代です。謝るときは、本気で腹を掻っ捌く(かっさばく)文化が残っていた時代の価値観です。
私は、よく「南京大虐殺など、本当にあったとは思えない」「従軍慰安婦問題は政府が強制連行など、絶対にしていないと思う」と言い続けているのは、当時の日本の価値観に触れ、当時の日本人たちがどれほどバカみたいに、アホみたいに…

くそ真面目

だったかを知っているからです。今でも価値観を変えるつもりはありません。南京の虐殺や、従軍慰安婦の「政府主導による」強制連行など、『明確な文書などの証拠』がない以上は、絶対に認めるべきではないと思います。何故かというと…





それは、まさに西洋人の文化、そのものだからです。





アメリカで学んだ多くのことの一つに、
「白人の中には、本当に、リアルに、未だに『白人が最高の人種なのだ』と信じ込んでやまない人がかなりいる」
という事実です。
日本では、今、アメリカ大統領選挙の有力候補として、あれほどの差別発言を繰り広げているドナルド・トランプ氏が挙げられていることに違和感を感じる人も少なくないでしょう。でも、私はとてもよく分かります。アメリカ人の一部の人は、残念なことに、そもそも「白人だけが楽しい世の中であるべきだ」と心から感じていることは事実です。
逆に言うと、劣化民族である黄色人種や黒人など、白人のためには死んでも問題ないし奴隷で十分と「本気で」感じているんです。

今の、戦後70年間、GHQに支配され続けて、洗脳教育を受け続けてきた皆さんには、どうか戦後70年、もう一度、当時の正確な資料を基に「当時何があったのか」を学びなおす必要があると、私は感じています。

1900年前後、世界は完全に狂っていました。
時代そのものが「狂気」だったのです。

アメリカ大陸にいたインディアンたちは、「世界一優秀で見た目も美しい」白人の皆さんに銃撃され、虐殺され、追いやられ、土地も生活も人生もすべてを奪われました。そして、白人の皆さんは笑顔でこう叫びました。
「俺たちは『開拓者(フロンティア)』だ」と。

東南アジアには「世界一優秀で見た目も美しい」白人の皆さんが次々と侵略していきました。インド・インドネシア・マレーシア…アフリカのみならず、東南アジアの諸国はそのほとんどが欧米の…要は白人社会の「植民地」となっていっていました。

レイプ・人身売買。当たり前のように人権など無視される社会。奴隷として本国に売られ、強制的に労働させられる人たち。
今の日本社会は、なぜ、歴史の教科書で、そのような黒い歴史があったことを克明に描かないのか不思議ですが、ヨーロッパ諸国は、アジア人たちやアフリカ人を、心の底から「劣等民族」としてもており、行く先々で、極めて野蛮な行為を繰り広げてきていました。
アメリカでも、黒人を蔑視する歴史を報じる前に、残虐の限りを尽くして、インディアンの土地を奪っていったことを、もっと報じるべきです。まだ200年程度前でしかない、人類の恥ずべき歴史を。

私が中国南京の大虐殺や韓国人女性を政府ぐるみで強制連行し、従軍慰安婦としてレイプしていた、という話にどうしても共感がしきれないのは…

それらの姿って…欧米諸国の侵略行為の時になされていた行為、そのものの姿だからです。

そして、私が目にした戦前の日本の新聞や書籍から見る、日本人らしい表現や男性・女性の考え方が、それらに全くリンクしなからです。

ちなみに、欧米諸国の一つの特徴として「自分たちが納得するために平気でウソをつく」文化も忘れてはなりません。皆さんも忘れていないことでしょう。中東・イラクに戦争を仕掛けるために、アメリカは堂々と世界に対して

「イラク・フセイン政権は大量破壊兵器を保持しているのだ」

と吹聴していましたが、イラクを攻め落とした後、しれっと「そのような事実はなかったようだ」と報告していました。アメリカの、白人たちの大国の論理とは、今も昔もそれほど変わっていないような気がしてならないのです。



フランスで同時多発テロが起きたとき、私はフランスに住む友人を憂いましたし、心配しました。ニューヨーク経由で献金もしましたが、同時にFacebook上で自身のプロフィール写真をトリコロールカラーに染めている日本人たちに対して、いくつかの理由を挙げて「それらは愚かな行為ではないだろうか」と慰問を呈しました。

一部の人たちには、その私のコラムが不快に覚えたのでしょう。
「ハセガワは世間の逆の意見を言えば炎上する、と思っているのだ」
「いつもの逆張りだwww」
私の意見を笑うのは全く問題ないですが、ではそんな悲しい言葉を懸命に書き込んでいた皆さんに改めて問いたい。あなた方は、「フランスだけを支援している」と受け取られてもしょうがない行為をしているのだが、それでいいのか?と。

今、中東では、アメリカだけではなくフランス空軍によっても、連日のように空爆が行われています。無人爆撃機ドローンによって、罪もない人々が次々に殺害されています。
他国同士が、戦争をしているのです。我々日本人がそれに加わる必要などないのですが、本当に「アメリカやフランスの犠牲者側だけに立っていて」もいいのでしょうか?それらは真剣に問い、考える必要があると思うのです。

第2次世界大戦前、日本は欧米諸国にこのままだと、他の東南アジア諸国と同じように攻め込まれ、隷属させられると考えたのではないでしょうか?
暴走した軍部がいたことは間違いなく事実でしょう。でも「戦争に負けたから」と言ってそこから考えなしに

「戦争ハンターイ!」
「戦争は何が何でもダメ!」

と考えることは、間違ってはいないのですが、なんというか…あまりにも考えが浅すぎるような気がしてならないのです。戦争をした人間をなじることは簡単です。戦争で負けた人間をバカにすることは単純です。
しかし、あの戦争の時、私の祖父たち、多くの日本人は、本気で日本に住む家族や子供たちを守ろうとして戦ったのではないかという気もしてならないのです。それくらい、欧米諸国は、卑怯で間違った人殺しを平気でする、という側面もあるのです。

読売新聞の質問コーナー。

「私は結婚前の17歳の女子です。お兄様のように慕っていた近所の男性に、突然、接吻をされました。私はどうしたらいいのでしょうか?」

と問う、17歳のお嬢さんに対して、読売新聞の回答には次のように書かれていました。

「まずは窓を開けなさい。そして、深く息を吸い、そして吐きなさい。あなたがしたことは、ここだけの話にして、ほかの誰にも話してはいけませんよ」

キスをされただけで、このように回答する国の若者が、戦下とは言え、30万人もの人を虐殺して平気でしょうか?お嬢さんに対して「まずは窓をあけなさい」と語りかける国の国民が、軍の統治下で何人もの女性を引きづって壱岐、レイプするのでしょうか?所詮、私の印象論でしかないことは重々承知ですが、あまりにも、それらの話は…

白人たちの侵略行為っぽいのです。日本人っぽく思えないのです。





戦後70年という節目の年が、もうすぐ終わろうとしています。そんな年に、99歳の私の祖父は天国へと旅立とうとしています。
彼らが戦ってくれたから、私たちは日本人として前を向いていられる側面もある気がします。「戦争に負けた」
ということよりも、祖父たちがあの時代、あの狂気の歴史に立ち向かい、戦ってくれたんだ、ということを…私は歴史を歪めて冒涜するつもりにはなれない。

今の時代に、最も恥ずべきは、こういうことを言うたびに
「ハセガワはネトウヨだ!」
「戦争したいだけだ!」
と話を捻じ曲げ、勉強もせずに、歴史におびえ、真実を学ぼうという努力を放棄し、単純に
「自分と違う意見をレッテル張りして排除しようとするだけの連中」
だと思っています。そんな連中に負けず、これからも私は自身の思った感覚、価値観や歴史観は発信していこうと思っていますし、書き綴っていこうと思っています。

今日は随分、長い文章となりました。
あくまで私個人の戦争観です。お読みいただき、感謝します。

軽減税率について。

残念なことに、表面上だけの見識不足の論調が(特にネット上を中心に)目立ちます。軽減税率に対する議論は世界でもとっくの昔にされつくされていて、確かに軽減税率って…けっこう
「文句をつけやすい税システム」
なんです。なので…知識人ぶって、政府に文句言うことで満足する軍団は、何とでも言いやすいんですよね。

でも、僕のブログ読者の皆さんは、軽減税率は当然で普通のものだと思っておいてください。それで問題ないですから。

中には「軽減税率は逆進性の緩和には意味がない!」とか「むしろ世界では金持ち優遇と言われてて~」とか頭悪すぎることを言ってる人もいたり「一律還付方式(カナダ方式)の方がいい!」とか言ってる人がいるようですが、ほっといてください。もうね、語りたくてしょうがないんでしょうね。
特に「むしろ世界では金持ち優遇と言われてて~」の方は正気か、こいつら?という感じ。そういうことを言う人はほっといてください。

自分の論を正当化するためのありえないグラフとかを使いながら、語ってるみたいですけど、ちなみにブロゴスでは
消費税増税時における低所得者対策としての軽減税率について
というエントリーがあって、英国在住のabz201さんが書いているんですが、その中で完全論破しています。詳しい解説が読みたい人は読んどいてください。僕は面倒なのでほっときます。

で、「カナダ式」の方も、世界ではとっくの昔に議論がされつくしていて、なんで世界でそれほど導入されていないのかっていうと「消費の質」の議論があるからなんですね。これは、あまり言われていないので少しだけ解説しときますね。


カナダ式は「なにに使ったか?」という議論があるので導入されにくい


軽減税率だと、現場が結構大変だったり、商品の線引きが大変なので、カナダは低所得者に対して一定額の還付を行うシステムも使っているんです。これだと、貧しい人たちにも統一してお金を還元できるので、「お金持ち優遇(逆進性)」の緩和には確かに一定の効果があるんです。

でもね、そこで議論になっているのが「消費の質(何に使ったか?)」の話。

分かりやすく言いますね。
超金持ちがいるとするでしょ?ソン君っていう金持ちがいて、もう、アホみたいに金持ち。
で、ハセガワ君っていう貧乏人がいた、と。
ソン君は年収1億円。
ハセガワ君は年収200万円。

じゃあカナダのように消費税をみんなから「一律で」10%取って、貧乏人のハセガワ君に12月に一括還付ということで5万円をあげました、と。

平等に見えるじゃないですか?
それで良さそうじゃないですか?

でもね、考えてほしいのです。
もしソン君が、年収1億円から4000万円ほど所得税に取られるとするでしょ?残った6000万円を貯蓄に回し、ソン君、スーパーで買った安い食材でつつましやかにお料理をして…毎日、爪に火をともしながら生活してたとします。酒なんて一滴も飲まずに。
その一方で、ハセガワ君、所得税は20万円ほどしかとられない。でもハセガワ君、超浪費癖があるので、残りの180万円を使ってパチンコに行くわ、パチンコで勝った金を使って酒を浴びるように飲むわ、大勝ちしたら、即キャバクラ。消費者金融に金を借りまくって、競馬に突っこんだ、と。

そんな二人に対して…ソン君に「お前、金持ちだろうが!」と全然還付金がいかないのに、ハセガワ君にだけ一律で5万円が支給って変じゃね?

これがいわゆる「消費の質」の議論。

ソン君って、そもそも4000万円も支払ってるんですよ?ハセガワ君、国に20万しか払ってないのよ?なのに、ソン君ばっかし不利益ってどうなのよって話。

もともと「収入」に対しては所得税が課せられているんです。ソン君もハセガワ君も、所得に対しては納税してるでしょ?金持ちのソン君、ちゃんと税金たくさん払ってるでしょ?
でも「消費に対して」税金をかけるのであれば、それは「ゼイタクする人にはたくさんの税金をかけようよ」「どう使ったか(消費の質)によりましょうよ」ってのが世界的な常識。
「入ってくる方(収入)にすでに大量の税金がかかってるんだから、出ていく分(消費)には、ゼイタクな使い方に税金をかけていこうね」ってね。

アホでもバカでも、低所得者には一律で金を施しましょう~ってのは、そもそも世界的にはスタンダードではないんです。世界の付加価値税や軽減税率の話は、各国でとても議論がなされてここまで来ています。なので、僕はずっと「安心してください。軽減税率は普通の納得できる税システムだから」と言い続けているんです。ネット上で文句ばっか言ってる人は全部無視してください。どうせ、5年後には誰も文句言ってないから。


新聞のからくりに気付いているのは木走さんのみ


さて、そこで多くの方にご質問をいただいた「新聞への軽減税率」の話。

あれはですね、もう一度言いますが、新聞に軽減税率をきかせるなんて世界的にはいくらなんでも常識だし、これで普通なんです。でも、この政府税調が決めた「あるルール」にはトリックがあって、それをまさに大阪でキャスターを務めている「ニュースリアル」でも解説しておいたのですが…なんと!僕も大ファンでブロゴスでも人気の執筆者、木走正水(きばしりまさみず)さんが

大読売や聖教はオケー、日刊ゲンダイやしんぶん赤旗(日曜版)はダメー~「宅配される週2回以上発行」の絶妙な線引きを見よ

というエントリーで、その内容を先に書かれてしまった!!
相変わらず見事な解説をしているので、そちらを見ておいてください。ほんと、以前書いたことがあるのですが、誰なの?この木走さんって??いつも尋常じゃない洞察力なんですけど…。とても素人とは思えん。「宅配される週2回以上発行の新聞」ってだけでよく気付くなぁ…。マスコミ内部の人なんじゃないの?(知らないけど)

これはですね、要は「共産党と日刊ゲンダイへの嫌がらせ」だと思っておいてください。

共産党はですね「新聞赤旗」っていう新聞を発行しているんです。これが共産党の超優秀な収入源になってるわけ。
で、多くの人が知らないですけど、新聞赤旗って「毎日購読」ってのもあるんですけれど、「日曜だけ購読」ってのがあるんですね。日曜版とかいうやつ。補足説明をしておくと、ウィキペディアとかも数字が間違っていて、正確には、今の新聞赤旗の全購読者数は124万部ほどです。で、そのうちの6分の1が「毎日購読」ね。

逆に6分の5…つまり、100万部以上が「日曜版」なんです。

自民党は、ここを叩いたの。

共産党の重要収入源である週一回発行の「日曜版」。これに軽減税率を適用させないことで、嫌がらせをしたわけです。ようやるわ、という感じ(笑)。

安倍批判大好きな日刊ゲンダイも同じです。東スポさんや夕刊フジさんはネット収入がどんどん増加しているんです。東スポさんなんて、ネット戦略が大成功中。でも日刊ゲンダイさんはその分野でちょっと置いて行かれていて、現在売り上げの95%を「即売」っていうんだけれど、駅売りとかコンビニの売り上げで賄ってるわけです。少々ダメージがあるかもしれないですね。この2紙は(苦笑)。


【結論】

さて、ハッキリ言って申し訳ないのですけれど、この軽減税率の話なんて大した話じゃありません。安保の時も言ったけれど、マスメディアが数字取れそうだから騒いでるだけです。
そう言えば、「財源をどうするんだよ~」とか抜かしてた人もいました。そこまで考察できないら、ブログとか書かなきゃいいのにね(笑)。もしくは名前の横に「財務省に絶賛洗脳され中」とか書いとくとか。あ、テレビでもバカメディアが言ってたか。
財源がないなら、お年寄りに3万円支給なんてできるわけないでしょうに。1日で出てきたよ(笑)?その程度のお金。

日本は早晩、世界各国と同じように、消費税を20%や25%に上げなければいけなくなります。借金が多すぎるんだから。その時に、この軽減税率の概念は大きな働きをするようになります。今は8%とか10%だからどうでもいいレベルの話です。軽減税率の話は、今はまだ、その布石程度の話だと思っておいてください。



田母神氏の記事がネットに出ていた。例の同性愛者の話についてのツイートだ。

田母神俊雄氏 「同性愛は異常」発言を報じるメディアを批判「言論弾圧」

田母神氏は、10日の岐阜県会議で一般質問の最中に、自民党の県議・藤墳守(ふじつか・まもる)氏が、「同性愛は異常だ」とヤジを飛ばした問題について

「岐阜県の藤墳(ふじつか)守県議(74)=自民=が10日、本会議中、「同性愛は異常」とやじを飛ばした。これを特別ひどいことのようにマスコミが報道する。そうすると今後同性愛は異常とは言いにくくなる。言論弾圧だ。同性愛が異常ではないと思う人は同性愛は正常と発言すればよい。」

とツイート。
田母神氏とは先日も番組内でご一緒した直後だし、そもそも、思想的にも考え方にも賛同する部分も少なくないのでアレなのだが、一応「アナウンサー」という職業上、またキャスターという立場上、3点だけ指摘させていただきたいと思う。

1、「異常」という言葉がいらぬ誤解を生むこと

→「異常」という言葉の対義語は「正常」なのだが、簡単に言うと…「異常」って「正しい」の反対なので「異常」という言葉には、暗に「間違ったもの」というニュアンスが含まれてしまうのだ。これが「生まれながらに性同一性障害」の立場の方や「同性愛者」の方々にはきつい言葉に映ってしまうのだ。

例えば、先天的なものではなく、もともとスリムな人なのに、自堕落な生活をして太ってしまった人に対して「このデブ!」と罵倒することを、私は実はそこまで否定するつもりはない。と、言うのもそれは自分の生活が乱れている部分を非難しているだけであって、体調面を考えても、健康面を考えてもその指摘をしてあげた方が、実はその人のためになることも少なくないからだ。

しかし、生まれながらにして身体に障害があったり、生まれながらにして心と体の性が一致していないような人は…そもそもその人、何か悪いことしているだろうか?田母神氏を初めとした、同性愛者に対して厳しい論を展開する方々はそこの視点が抜け落ちているのだ。

彼らは何も悪くないのである。
彼らは何の努力不足でもないのである。

で、あれば「一般的ではない」くらいの表現の方が正しくて「間違った存在だ」というニュアンスを含む「異常」という単語は、単純に憲法の精神に逆らった表現なのだ。そこが二つ目の指摘。

2、憲法14条にそぐわない

「異常」という単語は「間違っているのだ」というニュアンスを含む語のため、気を付けなければいけないのは憲法14条で明確に示されている「差別の禁止」に背くことになりかねない表現なのだ。



第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。



明確に書かれている通り、生まれつきの人種などによって、日本では人を蔑んだり「オマエは間違っているんだ」と非難することを、日本では禁じられている。なので上記した通りなのだが…

「同性愛者は異常!」
というから問題なのであって、
「同性愛者は多数派ではない」

という事実を淡々という分には全く問題のない表現となる。繰り返すが、日本では生まれながらにして持って生まれたあらゆることについて差別をしてはいけない国だ。やはりあの岐阜県議の表現は、論理的に間違っている(もしくは誤解を生む)と言わざるを得ない。

3、こんなもの「言論弾圧」じゃない

そして、これはあらゆる相手に対して私は言っていることだが、そもそも日本には「言論の弾圧」なんてものは存在しない。
言論は自由だ。
日本では何を言ってもいいのだ。これも憲法21条で明確に示されている。



第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。



ただし、忘れてはいけないことは「言論」は各個人が様々持っている自由なので「批判する自由」も存在するということを忘れてはいけない。

四の五の言われて嫌でした~
なんだか傷ついちゃいましたぁ~

とか言ってるんなら、言論空間になんて参戦しなければいい。何かの意見を言えば、言うまでもなく
「反論はある」
それが健全な民主主義国家の在り方だ。
今回の件で言えば「異常」という言葉自体に「間違っている存在」というニュアンスが明確に含まれる言葉なので、それは批判されるべきだ。何故かと言うと、憲法の精神にのっとっていないからだ。
が、それを指摘されたと言って
「言論の弾圧だ!」
は少々違う。「論」に対しては何か言いたいことがあれば「論」で返せばいいだけだ。





こんなこと、つらつらと書いてきたが、私自身、心情的にはもちろん田母神氏の言いたいことはよく分かる。男は女を、女は男を愛さないと、種族が維持できない。しかし、多数派とは違う生まれをしてくる存在は少なからずいるもので、それらを「異常=間違っている」と表現してしまうと、何の罪もない人たちが少し傷ついてしまうと想定できる。なので、表現方法をもう少し変えた方がいいのだろう、と言うだけのことだ。

もし、岐阜県議以外にも「同性愛者は異常だ」という人がまだいれば、ぜひこのコラムを読ませてあげてほしい。論理的な反論であれば、アナウンサーとして明確にご説明できると思う。

ありがたい話だ。

フリーになって2年半。6冊目となる拙著「報道ステーションは正義か不実か」が、売れているらしい。
現在はアマゾンでもメディア関係の本として売り上げ1位となっているが、店頭にも並び始めている。まだ読まれていない方はぜひ、一度手に取っていただきたいと思う。

今年は、年初から「メディアの在り方」「メディアリテラシー」について様々に考えさせられることが多い一年だったように思う。報道ステーションのよく分からないコメンテーターの暴走事件に始まり、安保法案の左翼メディアによる一方的な決め付け報道。そして、それに煽られた世論調査が次第に落ち着きを取り戻し、現在は逆に政権支持者が増えていっているという現実。大阪では住民を大きく巻き込んで行われた都構想の住民投票が一度は否決され、半年後に圧倒的な多数で「もう一度やり直せ」という民意が示される…。

正直言って、面白い1年だった。なので、今年報道された様々な現象や事実をもとに、メディアの裏側を自身の知っている事実や取材内容をもとに紐解いていった。
現在、テレビレギュラーが週7本。書いているコラムが月に30本近い関係上、本を新たに作るのはかなり至難の業だったが、これだけ反響をいただけるのであれば、書いてよかったと心から思う。皆さんのメディアリテラシーの力を養う、一助になれれば幸いだ。




さて、本日の朝刊各紙、全紙1面トップだが、軽減税率が大きく適用されることになった。
私は以前から申し上げている通りで、軽減税率は実際にアメリカ生活を送る上で、もっとも「納得でき」「理解しやすい」税金のシステムだったことから、今回の決定を心から歓迎したい。いい一歩になるものと思っている。

一点言えることは、誤解しない方がいいこととして「軽減税率」という税制システムがある、と思わない方がいいってことだ。何言ってるか分からないと思うが、「消費税」という税金のシステムを日本は導入しているが、これだと、本当に買えば買うほどに税金がかかってくるシステムとなる。金を使えば、全部自動的に一律で税金がかかるのだが…「軽減税率」を組み込めば

「消費税」+「軽減税率」

という新しいシステムになる、というイメージだと思ってほしい。そう。私がアメリカで言っていたのは…

「これって『ゼイタク税』だよね」

という言葉なのだが、まさにそういうイメージになる。今までは、金持ちも貧乏人もとにかく一律の税金だった。外食は控えている、質素な食材を買ってきて、家でコマメに食事を作り…最低限でもいいので家族団らんでお食事を食べましょう…的な人たちにとっては、軽減税率は本当に助かるしありがたいシステムだった。
私はイギリスやアメリカニューヨークのように、これから消費税をかなりしっかりとした金額に上げていくべきだと考えている。具体的には、私は、日本の消費税は25%くらいまで上げるべきだと思っている人間だが、これらのことも軽減税率を導入することで非常に国民の理解が得られやすくなる。ちろん、食品以外の色んなものに軽減税率の幅を広げた方がいいと思うが…それはおいおいだろう。

今の日本は…「金持ちの大人が高級車ベンツを購入」しても…「貧しい家庭の子供が、なけなしのお菓子を買おうと30円のポテトチップスを自分のおこづかいで購入」しても…一律で消費税8%が課税される。
これは一見するととても公平ともいえるのだが、はっきり言って年収10億円の金持ちのベンツの代金と、貧困層の子供が支払う30円とでは、圧倒的に子供の30円の方が負担がでかすぎる。

しかし、軽減税率を導入すれば、「消費税」という概念がなくなる。私の住んでいたニューヨークで言えば、
「つつましやかに過ごしますよ~」
「質素な暮らしだけを心掛けているんです~」
という人間は、取られている税金が圧倒的に安いのだ。事実、赴任当初はとても生活が苦しい時期があったが、日本よりもはるかに「最低生活レベルにかかる経費」が安いので、十分な生活が出来た。

しかし、少し金をためることができて、家族で外食しよう、ちょっとこじゃれたレストランで素敵なディナーでも…と考えると、

もんのすごい税金が取られた!

この金額は日本よりも圧倒的に高く、相当な金額になるのだが…でも、納得できるのだ。だって、金を使ってもいいから外食に行っているのだから。自分は座っているだけで楽しているのに、おいしい食事を持ってきてもらえるのだから。なので、その時は原価の1.5倍ほどの金額を取られたが、納得してお金を支払っていた。私の印象としては、消費税(というか付加価値税)に軽減税率を加えることによって

贅沢するなら高い税金を支払え

というシステムに見えた。と、言うかそういうシステムだった。なので、とても納得できた。税金の支払いも慣れれば全然煩雑でもなかった。

議員さんたちや金持ち軍団は、全くわからないだろうが、私はニュースキャスターをするために毎週金曜日は大阪に入り、そのまま奈良の実家に泊まっている。要は毎週、奈良市で寝泊まりしているのだが…地方の疲弊や、日本全体における貧困層の拡大は、東京に住んでいるだけの連中には、ちょっと理解できない範囲に広がりつつあると実感している。

私は創価学会員ではないが、今回の軽減税率に関する話し合いに関しては、全面的に公明党を支持する。日本に「経済的弱者」は存在する。いや、弱者は加速度的に増えてきている。彼らのためには軽減税率の導入はとても納得できるものだ。これは実際に使っていた体験談として言うものだ。方向性は正しい。

安倍総理も、大きく譲歩したようだが、正確な判断だったと思う。軽減税率の導入、歓迎したい。

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※ありがたいことに、6冊目の拙著が明日(12月8日)、発売となります。
報道ステーションは正義か不実か
本書冒頭の「はじめに」の部分をご紹介します。




 日本人は昔から他人様の言うこと、特に「大本営発表」を信じる傾向がきわめて強い国民である。このことはデータ上でも明らかになっており、ぜひこちらの票をご覧いただきたい。日本人の「絶望的」ともいえるメディアリテラシー力(メディアから流れる情報をいつ度疑ってかかる力)の無さが浮き彫りとなっているのがよく分かる。
メディアへの信頼度について、総務省が2015年5月19日に情報通信政策研究所の調査結果として発表した「平成26年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」の公開値だ。
gn-20150525-11[1]

 この数値は、主要メディア…具体的にはテレビ、新聞、インターネット、雑誌を挙げ、それぞれについて信頼度の観点で「全部信頼できる」「大部分信頼できる」「半々ぐらい」「一部しか信頼できない」「まったく信頼できない」の5選択肢の中から1つを選んでもらい、そのうち前者2つ、つまり信頼できる派の値を信頼度として提示したものだ。その結果を【全体】ならびに【世代別】に連ねたものを見ると、圧倒的なまでの日本人の「メディア崇拝」が浮き彫りとなる。全体では新聞への信頼度が70.6%、テレビが67.3%と、高い信頼が寄せられていることが分かる。

 これを世界的なものと比較してみたい。皆さんは「世界価値観調査(World Values Survey)」というものをご存じだろうか?世界の異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査するため、社会科学者によって現在行われている国際プロジェクトであり、調査の結果はインターネットによって閲覧できる。1981年に、最初は欧州価値観調査(EVS、European Values Study)から誕生したもので、現在もオランダのティルブルグ大学(Tilburg University)に拠点を置いている世界的な信頼の置ける調査だ。

 その調査結果の中に「新聞やテレビなどのメディアに対する信頼度」を表すデータが公表されている。今調査結果は、各国・地域毎に全国の18歳以上85歳以下の男女1000サンプル程度(実際には1000‐2000人程度)の回収を基本とした個人対象の意識調査だ。直近の調査結果は2010年から2014年に渡って行われたものであり、従来型メディアのうちテレビ、及び新聞・雑誌に対する信頼度をシンプルに調査している。選択項目として「非常に信頼する」「やや信頼する」(以上肯定派)「あまり信頼しない」「全く信頼しない」(以上否定派)「わからない」「無回答」が用意されており、どれか一つを選択することとしておこなわれ、この選択肢のうち「非常に信頼する」「やや信頼する」の肯定派を単純に加算して、その値から「あまり信頼しない」「全く信頼しない」の否定派の値を引けば、各メディアへの信頼度が算出できる。それが次のグラフだ。

gn-20141112-02[1]

これを見れば、日本人という国民がどれだけ情けなく、恥ずかしい国民かよく分かる。私は常々、ブログなどでも「バカな人間に対してははっきりと『バカだ』ということが重要である」と説いているのだが、日本人はこれほど多くの国民が、口を開けながら新聞やテレビの流すだけの情報を
「ほあぁぁあ~~そうなんだぁぁぁ~~」
と信じ込んでいるのである。このグラフを見ればわかるが、中国と同レベルだ。大本営発表の言うことを全部信じなければいけない共産主義の国と同じレベルなのである。すでに先進諸国、という表現や民主主義国家という表現は日本という国には、現実的には当てはまっていない表現なのかもしれない。

 2003年、イラク戦争の際、政府の言葉を鵜呑みにした(もしくは分かった上でそのまま垂れ流したのかもしれないが)アメリカのメディアは、一方的に「イラクは大量破壊兵器を保有している」と言い続けた。自国の兵士たちが、何の罪もない一般のイラク人をさんざん殺害し、捕虜を虐待したあげく、フタを開けてみたら今度は「大量破壊兵器はありませんでした」と報道し、醜態をさらしたことは記憶に新しい。まぁ、そのアメリカ様に一言もモノを言えない我ら日本も情けない限りなのだが…。世界ではそうしたメディアの在り方を知っている。「報道」はあくまで参考意見のひとつとして捉えたうえで自分の意見を築くのが、あたりまえの文化として定着しているのだ。

 私がアメリカニューヨークに赴任したのは2010年のことで、その時に長男は小学校4年生だったが、最初に持ち帰ってきた宿題は
「ボストン茶会事件はアメリカの政治と歴史にどのような影響を与えたか?オウンワード(自分の言葉)で書きなさい」
というものだった。本気で動揺した。家族総出で、4時間ほどの時間を費やさざるをえなかった。日本人の感覚では、とても小学4年生の子供に与える宿題ではないが、それらは、世界的には当たり前の価値観でしかなかった。

 アメリカやイギリスなど、欧米諸国では、「自分の意見を構築する」ことをとても大切なことだと捉えている。いや、むしろ日本だけが特殊な教育なのだ。その結果の一つとして目に見える結果こそが、提示した「新聞やメディアの猛進」だ。そう、日本人の70.6%が新聞の言うことをそのまま信じているのである。簡単に言うと
70%の日本人がバカなのだ。日本人、ほとんどバカばっかりなのだ。(本書 「初めに」より抜粋)



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報道ステーションは正義か不実か

『報道ステーション』は平和と民主主義の味方なのか。それとも、衆愚化の煽動者なのか。
テレビ業界と番組制作のすみずみまで知り尽くした著者が、『報ステ』を中心とした日本のニュース番組の本音をあぶり出す。
この本を読めば、テレビを知ることは日本および日本人を知ることである、ということを理解できるに違いない。
第1章 すべてのニュースはプロレスである
第2章 報道ステーションの功罪
第3章 自滅するテレビ局
第4章 猛省せよ! 安保報道

目茶苦茶なことばかり言っているようで、たまにハッとさせられるような本音が飛び出したり意外な事実が示されるので、平日の夜9時から生放送しているMXの「バラいろダンディ」は大好きな番組だ。ここまで本音でゲストたちが語り合い、言いたいことを言える番組は、今のキー局にはない。

認知科学者として世界で活躍している苫米地英人先生。毎週木曜日のレギュラーコメンテーターを務めてくれているが、彼が昨日の放送で話した内容も他のテレビ局では全く触れられていない面白い話だった。

Facebookの創業者、若きトップリーダーであるマーク・ザッカーバーグ氏。

2人目の子供・娘が生まれ、彼は二つの宣言をした。一つはこれから2か月間、育児休業に入る、ということ。そして、自身の持っている株式99%を事実上寄付し、世界の教育に役立てたい、ということだ。彼の保有する株式の時価総額は日本円で5.5兆円あるという。

ええ!?5・5兆円もポン、と寄付するの!

すごい!さすがFacebookの創始者!

テレビやネットでは賞賛の嵐。あまりの気前の良さに、スタジオも称賛の声が吹き荒れた。
「これはすごい!」
「5・5兆円寄付しても、きっと金に困らないからだろうね!」
「娘さん、大人になったら誇らしいよね、きっと!」
最後に話を振った苫米地先生が、淡々と話し始めた。

「いえいえ、こんなの、アメリカじゃ当たり前の話で、美談でもなんでもないですよ」

あまりにあっけなく話す苫米地先生に皆が驚く。何を言い出すんだ?寄付したのよ?5兆円も!

話を聞くと、何のことはない。そう言えば、私も昔聞いていた話だった。そして、そんなことも金額の大きさに惑わされ、忘れていた自分に情けなくなった。

苫米地先生いわく、アメリカでは、相続税が40%とられるはずなので、マーク・ザッカーバーグ氏の資産を計上すると、2兆円以上を支払わなければいけないという。しかも、ほかの税ももろもろ計上されてしまい、5・5兆円の株式資産があります、と言ったところで、実は手元に残るのは2兆円ほどと試算される、と。

しかし、創業者が自身の保有する株式を全部お金に換えてしまえば、価格崩壊が起き、会社は成り立たない。

何を言ってるか分からない?

要は、たった今、もし仮にの話だが、マーク・ザッカーバーグ氏が何らかの不幸に見舞われ、死亡したとしよう。生まれたばかりの娘は大量に自動発生する相続税を「事実上」支払うことができず、何にもできないままに「破産してしまう」可能性がある、というのだ。

ではそれを回避するにはどのような方法があるのか?

その回答の一つが今回のマーク・ザッカーバーグ氏のとった行動である。要は「寄付する」という名目で「新しい団体」を設立してしまうのだ。アメリカにはドネーション(寄付)文化が根付いている、という話が所々で聞かれるが、私もアメリカで生活して実感したことだが…これは寄付だけではない。

簡単に言ってしまえば、「節税対策」なのだ。

大量の資産を保持する人間は社会貢献のために「寄付」という形で何らかの「団体」を設立する。すると、あくまで社会に対する「寄付行為」でしかないので、その金額に該当する税金が免除されるという仕組みだ。なので、アメリカの多くの富豪たちがドネーションを行うのだが、実態はただの節税対策だったりするのが実態なのだ。

話をザッカーバーグ氏の件に戻そう。

このままでは、生まれたばかりの娘に、大変な税金が発生してしまうが、創業者の株式を税金を納付するためにそこまで一気に売却などできない。しかも、その金額が、2兆円以上ときたもんだ。
そこで、「世界の教育に役立てるため」とか何とか言って「慈善団体」を設立する。そこで、なんの仕事をしなくてもいいので、ザッカーバーグ氏本人や生まれたばかりの娘を…

役員として登録する。

すると、5・5兆円は入ることはないが、5・5兆円の基金の「利子分」は自分たちでお小遣いとして自由に動かすことができるようになるというからくりだ。もし預けた銀行の利息や何らかの運用で2%のゲインがあったと仮定しよう。5・5兆円の2%だ。

1100億円だ。

なんと、生まれたばかりの彼女の手元には、毎年、利息だけで1000億円以上のお金が転がり続けてくるのだ。この利回りが4%だった場合、年間2000億円以上だ。もはや、国でも運営してくれ、の世界である。

単純に「世界の教育のための、子供たちのための団体を作ってそこに寄付します」と言われると惑わされがちになるのだが、これはアメリカでは富豪たちが意外と誰でもやっているレベルの「ただの節税対策」だったりする。

スケールがでかいというか、なんと言うか…。ただ、私もキャスターやってる以上、一方的に賞賛するのではなく、その裏側にあるものもちゃんと見なければいけないなぁ…と反省した、昨日の放送だった。
苫米地英人、さすがである

まぁこうなるだろうなぁ…と言う話。
今年の流行語大賞。
正直言って、潮時と考えた方がいいのでしょうか?こんなにも「全く流行っていない言葉を選ぶ」流行語大賞ならいらないんじゃないか?という声が起きるのも当然のこと。

爆笑問題・田中 流行語年間大賞「トリプルスリー」受賞に苦言「野球好きの俺でさえ“ない”」 
http://news.livedoor.com/article/detail/10903374/

誰もが思っていることを、爆問の田中さんが代弁した形。そう。今年の流行語大賞は「ない」。それは間違いありません。じゃあ、なんでそんなことになったのか?その裏側、私の知っている部分と、私の想像の部分を合わせて少しだけ…。

何年前でしたかね…。
ユーキャンの流行語大賞、あんまり報じなかったことがあったんですよね。で、ユーキャンの担当者の方から、私たち「とくダネ!」をはじめ、テレビ各局の情報番組に
「何とかもう少し大きく扱ってもらえないでしょうか?」
というお願いが来たことがあったんです。2003年ごろ?04年ごろだったかなぁ…。で、そのお願いに対して、私たち…断っときますけど、私一人で言ったんじゃないですよ?多くのテレビ関係者が同じことを言ったのですけれど…

「ゲスト一人登場しないと、盛り上がらないし、取り上げようがないです」

と伝えました。分かります?要は確かその年の流行語大賞、大賞に選ばれた言葉にまつわる人に用事があって、発表会に登場しなかったんですよね。
盛り上がらないじゃないですか。
なので、扱いを小さくしたのだけれど、我々がお願いしたのが
「沢山取り上げてほしいのであれば、もう少しテレビ的にもオイシクしてほしい」
という要望を出しました。つまり、
「対象に選ばれた言葉くらいは『当該ゲストを呼んでくれ』」
とお願いしたのです。それ以来、ユーキャンさんたちも考えて下さり、発表会の当日、発表会の場所に「ちゃんと来てくれる」ことが大賞の条件の一つになったと聞いています。

で、私の知っているもう一つ。

今年の流行語大賞、官邸や自民党はけっこう怒っていた、と聞いています。ある記者には「あんなもの、ただのサヨク語録じゃないか」と語っていたのですが、確かに、今年のノミネート言葉50には、あまりにも偏った思想…と言いますか、端的に言うと、反政府的な言葉が一方的に入りすぎている、という印象を与える言葉が選ばれたことは事実でした。「安倍政治を許さない」然り「シールズ」然り。

そして、最後に私の知っている事実、3点目。

選考委員会は大賞を「五郎丸ポーズ」にしたかったそうです。複数の関係者から裏を取っています。ま、裏を取るまでもなく、誰がどう見ても「五郎丸」で決定なんですけれど、とにかく「五郎丸」を大賞に選びたがっていたことは、私の知る限り、間違いありません。

以上のことから、私の…あくまで「想像による」今年の流行語大賞選考の裏側です。繰り返しますが、とにかく私の「想像」の範囲ですからね。

今年の流行語大賞、五郎丸さん、辞退したんじゃないでしょうか?
理由は「自分だけを選ぶのは申し訳ない」という思いがあったものと思いますが、ひょっとしたら、今回の選考の反政府的な言葉の羅列を見て、政府・自民党に気を使ったのかもしれません。ほら、五郎丸さんはラグビーだから。森喜朗に睨まれたらまずいことになるし。ワールドカップもありますしね。

で、五郎丸さんに辞退されてしまうと、大賞に誰を選ぶか…?
選考委員長の鳥越俊太郎さんは間違いなく「シールズ」を選びたかったことでしょう。これは、新語だし、この言葉が選ばれたとしても、私はそこまでの違和感を感じませんでした。

しかし、今度はユーキャンの上層部が待ったをかけたのではないかと思います。「あまりにも反政府的だ!」という指摘や苦情が相次いだことは間違いないでしょうから、これ以上、政府を刺激したくなかったのではないでしょうか?とは言え、「爆買い」はゲストがいない。「ドローン」も同じ。松岡修造さんは絶対に「流行」まではしていない。単なるテレビ対策でしかない。じゃあとにかく明るい人?いやいや!そこまで流行っていないでしょう!という感じだったのではないか?と。

悩みに悩んだ結果。ゲスト出演もしてくれ、実際にニュースなどで何度か目にしたし…と言う消極的な理由とともに、新語でも流行語でも全くない「トリプルスリー」が選ばれた、と。

まぁ、想像の範囲ですが、99.99%当たってると思います。私もニュースを伝えてた本人なので。と、言うかユーキャンさんに文句言った張本人の一人なので。

余談ですけれど、テレビでよくやってるでしょう?「ベスト〇〇」とか「〇〇コンテスト」とか。あれ、申し訳ない話ですが、ほとんど政治的な力で決まってるものなんです。メガネがどうとか、ジーンズがどうとか言ってるでしょ?あれ、そろそろやめればいいのに、と私は思っています。あまりにも的外れな人ばかり受賞してて、シラケますもんね。

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