明日2月11日は「建国記念日」です。

私は岩手県の盛岡で講演会を行います。私がかねてから主張している「憲法改正を議論することはあまりにも当然のことである」という意見に賛同してくださった方が
「ぜひお話を聞きたい」
と呼んでくださったのです。なので明日はパワーポイント画面を使いながら、専門である
「メディアリテラシーの視点から見る『憲法改正論議』について」
解説させていただければと思っています。

さて、ずいぶん遅くなってしまいましたが、去る2月3日の衆院予算委員会の話を。
安倍総理が毅然とした態度で明言しましたね。私たち、多くの人間が主張し続けている「憲法9条の『2項』に関しては、おかしいのではないか?」という価値観。稲田政調会長の質問に対し

「憲法学者の7割が自衛隊の存在に疑いを持っている状況もある。占領時代に作られた憲法で時代に合わなくなってきている」

胸のすく思いでした。
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自民党の1丁目1番地が「憲法改正(自主憲法の制定)」であるにもかかわらず、
「そんなこと言って新聞に叩かれて、選挙に落ちちゃったらどうしよう~」
とチキンなことを言い、はっきりと自身の意見を言うことから逃げ続けてきた政治家たちが多い中、やっと「正常なことを普通に」言ってくれる政治家が現れた、と心から安どしています。

そうです。安倍さん、一つもおかしいことは言っていないのです。

選ぶのは国民です。
「こんな改正はどうでしょう?」
そう提案することは国会議員に出来ても、それを国民投票で選ぶのはそもそも国民なのです。
「安倍は戦争をしたいんだ~」
とか、完全に頭のおかしいことを叫んでる変な新聞や議員たちもいるのですが、正直言って…本気で安倍さんが戦争をしたい、と思っていようがいなかろうが…そんな改憲案を持ち出したところで

国民投票で却下すればいいだけのこと

です。本当に「普通の会話」が国会で聞けたことを歓迎したいと思います。


何故憲法改正が必要なのか?

さて、ではなぜ「憲法は改正すべき」なのでしょうか?
私はその言葉自体に疑問を呈します。「なぜ改正」?いえいえいえ!そうじゃないです。それは入り口から間違っています。

「なぜ、今まで憲法を改正してこなかったのか?」

です。以前のコラムでも指摘しましたけれど…憲法なんてものは、「改正していくのが当たり前」なのです。時代は刻々と変わっています。そもそも、これほどに時代が移り変わっているにもかかわらず、「変えていない」ことがあまりにもおかしいのです。

事実、世界中で憲法は当然ガンガン改正されています。戦後70年で、
アメリカは6回。
カナダは19回。
フランスは27回。
お隣の中国や韓国は7回づつ。
改正しまくっているドイツなどは、この70年で59回にわたり改正を行っています。

別にドイツみたいになれとは言わないですが「時代に合わせて改正を行っていくこと」は世界中で当然のように行われていることであり、やっていない日本の方がはるかに「異常」なのです。

私たちがよく主張している9条の2項に関してはあまりにもアレなので論外としても、他にも…例えば【14条】を見てください。「法の下の平等」をうたった非常に有名な1文ですが、その2項って…

2  華族その他の貴族の制度は、これを認めない

いや…(笑)…「華族」って今の時代、必要か?この1文、もう必要か?せっかくなので「歴史シリーズ」として、「サムライ・華族・ニンジャは認めない」とか書いときます?いつの時代の文章だよってね。個人的には、この14条の2項はもういらないと思っています。他にも私が気になっているのが【24条】で…

第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない

「両性のみ」って…。要は「男性」と「女性」でって話でしょ?あの、世界最強の保守王国と言われたイギリスですら、もう同性婚を容認している時代ですよ?アメリカでも次々に同性婚は認められている。
考えてみてください。LGBTは本人たちは全く悪くないのです。「生まれつき」のものなのだから。にもかかわらず「法の下の平等な権利」すら認められていないと言えるのです。だって愛する人と結婚するという、最低レベルの権利も認められないのだから。

当時の資料を紐解いてください。70年前に「性同一性障害」って言葉があったか?

生まれながらにして体と心が一致しない障害が研究されてたか?

私が番組で共演しているカルーセル麻紀さんが日本で初めての性転換手術を受けて、はや40年。多くの価値観や多くの生まれつきの特徴を容認する時代がやっときつつあります。なんなのでしょう?この

男【性】と女【性】しか結婚できないっていう1文。

こんなもの…今の時代に合ってるんですかって話。これ、すでに世界的には完全に…ただの「差別」です。
70年も前に作られた文章を、少しづつでも今の時代に合わせて「変化」させていくことは、あまりにも当然のことであり、それは国民みんなで相談していくべきなのです。そんな「当たり前のこと」が今までの日本人は出来ても来なかったのです。むしろ、戦後70年もかけてその話し合いをしてこなかったことを、私たち日本人は心から恥ずかしい、と感じるべきなのです。


安倍総理の今回の国会答弁は、逃げずにぶれなかったとして、恐らくまた高く評価されると予想します。今は甘利さんの辞任劇があったにもかかわらず、支持率が上がる状態です。自民党人気というよりも、安倍人気が、想像以上に高まっています。それを支えているのが、

戦後、アメリカに押し付けられた憲法を変えてほしい、という多くの国民の思い

なのでしょう。
私のコラムは比較的若い世代のみなさんにもご愛読いただいています。次のコラムで、今の日本国憲法が出来た経緯、どのような思惑で出来上がった文章なのか?少し解説しようと思います。