前回のコラムの続きです。

ある程度ご年配の方々はもう知ってらっしゃる話なので、今日のコラムは読み飛ばしてください。
若い皆さんは知っておきましょう。今の「日本国憲法」ができた経緯を。なぜ、私が…
「日本人が作った憲法の下で生活したいな~」
と言っているのか、理解していただけるのではないかと思うので。


毎日新聞のスクープがすべてのきっかけだった

皆さんもご存知のように、日本は1945年の8月にアメリカに負けました。ま、正確には世界に負けたのですけれど、分かりやすく「アメリカに負けました」という認識で書いていきます。

アメリカに負けた日本に、アメリカ軍が上陸してきました。皆さんも聞いたことがあると思います。食事もろくにとることのできない日本の子供たちは、アメリカの軍人たちに
「ギブミーチョコレート(チョコレートをください)」
と言って、懸命に物乞いをしていた時代ですね。

戦争に負けたわけですから、もちろん日本は「占領」されました。日本を占領したアメリカの統治機構を「GHQ」って言います。これも皆さん、知ってますよね。

日本を占領したGHQはまず、同年10月に
「俺たちと同じ価値観の、俺たちと同じような「自由バンザイ」の体制の国にしろやぁ!こらぁぁぁ!」
という(絶対に逆らえない)要求をしてきます。これを「自由主義化の要求」と言います。

その指示に従い、新しい日本のクニづくりが始まりました。当然、憲法も新たに制定しなければいけません。これは一応「最初は」日本人が行い始めました。(GHQ=アメリカに選ばれた人間たちですけど…)

しかし、でした。

明けた1946年の2月1日でした。毎日新聞がスクープを出します。日本人たちが考えていた「新憲法の草案」を…スクープ記事として新聞に載せてしまうのです。

それを、GHQのトップであるマッカーサー元帥が目にしてしまいました。アメリカが選んだ日本人たちが考えたとはいえ、そこには様々日本人が大切にしてきた「日本人の心」のようなものが含まれてしまっていました。マッカーサーはそれらを完全に否定するために…

その2日後…2月3日にGHQの民生局長を務めていた「コートニー・ホイットニー」という人物を呼びだします。

第2次世界大戦時、陸軍の将官として活躍していたホイットニーは、もともと、アメリカ国内では弁護士であり法学博士という肩書を持つ人物でした。

「日本の新憲法を…『全文』作り直せ」

マッカーサーの指令を受けたコートニー・ホイットニーは自身の知識を駆使し、憲法の草案作成に着手します。そして、2月13日でした。
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↑ 『憲法草案』を作成したGHQ民生局長:コートニー・ホイットニー


日本側の作成した「新憲法草案(毎日新聞がスクープしたやつ)」がマッカーサー元帥に手渡されます。マッカーサーは、それをほぼ一瞥もせずに、
「これを『参考』に、もう一度作り直せ」
と、全く別の文章を手渡します。そう。

コートニー・ホイットニーが作成した、全文英語の「日本国憲法」の草案でした。こうして、日本人が作った「日本国憲法の草案」は、ほとんど読まれることすらなく、廃棄されるに至ったのでした。


現行の「日本国憲法」など、わずか9日で作った超手抜き文章でしかない!

その後…3月2日、ほとんど手直しされることもなく、アメリカ側が手渡ししてきた「日本国憲法草案」のままの文章で、日本国憲法は「最終案」として…形式上だけは

「日本人が作った」

憲法として、そのまま日本を支配する文章となります。安保法案の時、やれ「平和憲法がどうの」とか、「立憲主義がこうの」と言っていた皆さんが全部間違いという気はありませんが、そもそも日本国憲法とは

アメリカ人弁護士が
わずか9日間で作った

超手抜き文章であるという事実を忘れてはいけません。もちろん、ホイットニー自身は、非常に優秀な人物だったと記述されていることが多いので、手抜きであろうが、急仕上げだろうが、中身が良ければ問題はないと思います。

が、私が問題意識を持つのは「なぜそんな短時間で仕上げさせたのか?」という部分です。リテラシーの視点をもって見てみるのです。

フェーズ1(第1段階)=コートニー・ホイットニーが草案を作成
フェーズ2(第2段階)=日本国憲法として制定される

その目の前にあるものだけではなく「なぜ、マッカーサーはそれほどに急いだのか?」という部分=フェーズゼロに目を向ける必要があると思うのです。

常識的に考えて、2月3日に草案作りを支持した以上、ホイットニーは2月4日から作成に入っているはずです。そして、13日にすでに完成している以上、12日までに完成していたわけです。

たった9日です。

あまりにも不自然に短いのです。いくらなんでも乱暴です。ではそのころ、世界はどのように動いていたのでしょう?そのヒントが2月26日にあるというのが、今の歴史学者の定説です。

第2次世界大戦に敗戦した日本を占領統治する機構として、世界的に認められた機関は…
「極東委員会(きょくとういいんかい)」
という組織でした。これは皆さんも歴史の教科書で習いましたね。
戦争直後の1945年9月には設置されています。しかし、戦後の混乱もありましたので、どの国が、どのように参加して…といった細かいことが決まったのは…45年の12月に行われたモスクワ外相会談でのことだったのです。

そして、アメリカだけではなくイギリスやソビエト連邦・中国・オランダ・カナダ・・・など計11カ国の参加によって「世界による統治」が正式に始まる予定になっていたのが…

1946年の2月26日だったのです。

分かります?
2月26日からって…「アメリカの好き勝手出来なくなる」ことが分かっていたと言えるわけです。逆に言うと…それまでであれば「日本」という国を…「アメリカの好き勝手いじくっていい状態」にあったわけです。

2月26日までに草案を押し付けてしまえば、極東委員会が入ってきても、
「いや~私たちはアイデアを出しただけで、結局は日本人が自ら作ったものだからぁ~」
という言い訳ができます。要は、現行の日本国憲法は…中身はどうあれ

アメリカ人による
アメリカ人のための
アメリカが日本を領土化(前線基地化)するためだけの文章

という側面は…間違いなくあると言えてしまうのです。


今度こそ本当に「日本人の手で」憲法を検証しよう!

私がかねてから当コラムで指摘しているように、今年の参院選は「戦後初めてとなる『憲法改正が焦点』となる選挙」となるはずです。自民党も9条改正から逃げない以上、おおさか維新の地方分権の項目も含めて…各政党が

日本をどのような国にしたいか?

と問う、ド直球な選挙が行われる可能性が高いとみます。
現行の日本国憲法は…ここまで書いてきてなんですが…コートニー・ホイットニーがなかなか優秀な人物だったと見えて内容自体は無茶に悪くはないと思うので「どこを修正していくか」だと思います。

若い皆さんもぜひこのように「思考停止して何でもかんでも反対!」と唱えるのではなく、力を抜いて、
「みんなで一緒に考えてみようぜ~」
くらいの意識で日本国憲法を見ていきましょう。私たちの国の、私たちの憲法なのですから。