まずは木曜日の私の公式チャンネル。
まさかあれほどの数の方々に見ていただけるとは思ってもおらず…。暴言・方言、失礼いたしました(笑)。でも、とても楽しかったので、またやりましょうね。あのプラカードは面白かったでしょ(笑)?



さて、私もたびたび当コラムで紹介しているビジネスラボの大西宏さんが私の前回のコラムについて批判をされてらっしゃいました。

長谷川さん、「待機児童問題」でずれまくり

まず、このように様々な意見をちゃんと載せる言論空間BLOGOSの編集部に対し敬意を表します。
そもそも言論とは自由であり、日本人もたくさんいるのですから沢山のご意見があって当然のことです。ちなみに私は大西さんにはお会いしたことはありませんが、いつも鋭い視点でコラムを書かれており、意見を共にすることも少なくなく、今回のようなご批判に対しても敬意を失うことはありません。私の意見だけが正しいわけもなく、今後もますます多くのご意見を頂ければ本当にありがたいという心境です。
これはみなさんのメッセージ欄でも同じことです。自由闊達な意見交換こそが、私の望むべきところです。

大西さんへの礼儀として少しだけ触れておきますと、大西さんの文章の中には2点の…ちょっと違ってらっしゃるのではないかなぁ…という点と、1点の非常に参考になる視点があります。

まず、下記文章ですが…

「それにしても「公的な行政サービスはそもそも生活に困窮している方々に対してあてがわれるものであって」という古色蒼然とした発想は、自分で書いていて変だと思わないのでしょうか。「あてがう」という上から目線には吐き気を催しそうです。」 
(大西宏氏「長谷川さん、「待機児童問題」でずれまくり 」より)

これは一応アナウンサーとして解説します。大西さんは「あてがう」の意味を間違えてらっしゃるようです。

「あてがう」は漢字では「宛がう」って書くんですけれど、よく使われるのは
「骨を折った部分に添え木を宛がった」
みたいな感じですね。意味としては「物と物とをぴったりとくっつける。添え当てる」ということです。要は「必要な部分に必要とされるものがぴったり当てはまること」だと思ってください。
言うまでもなく「公共のサービス」や「セーフティネット」は、広く国民…特に困った方がたに適応されるべきだ、と私は主張しました。

税金から年収3000万円以上もらってる国会議員が「保育園落ちたの、私だ!」と声を上げるのは、なんだか違うだろ?ということですね。これも書いた通りです。

大西さんはおそらく、もう一つの意味で受け取ったのではないでしょうか?「あてがう」は実はもう一つの使い方があって…相手が子供でうるさくて、おもちゃでも与えとけ~みたいなときに
「子供におもちゃを宛がっておいた」
という使い方をします。「上の者が下の者に与えてやる」って感じです。これを長谷川が使用したと勘違いされたのでしょう。文脈を見れば、そっちじゃないことは分かると思いました。

なので、基本的にこの部分は大西さんの誤解です。吐き気、おさめてください。
ただ、大西さんがこうやって誤解をするような文章を、長谷川も書いてきていた部分があるのでしょう。なので、今回の文章に関しては誤解であっても、長谷川にも非があったと思われます。直すべきところは直していかないといけませんね。


さて、そしてこちらは…僭越ながら申し上げますね。

「ノルウェーは昔は貧しい国だったけれど、今では日本よりも国民が豊かな国です。それを実現した一因は共存の思想、高福祉政策です」
(大西宏氏「長谷川さん、「待機児童問題」でずれまくり 」より)

大西さんほどの方がどうされました(汗)?

貧しかったノルウェーが経済的に劇的に豊かになった原因は…誰でも知ってる通りで、単純に「北海油田」です。常識の範囲です。先日、日テレの「行ってQ」でもイモトが思いっきり紹介してませんでしたっけ?

1969年に見つかった北海油田は世界有数の産出量を誇る油田です。この富がノルウェーの経済を圧倒的に力強いものにしており、テレビでも紹介されていた通り「ノルウェーの貯金箱」と称されることもあるそうです。原油の産出量は当然ヨーロッパ1位。天然ガスもヨーロッパ5位。
人口わずか500万人ほどしかいない国に原油がジャンジャン湧き出てきていて、年金の積み立てなどもやりたい放題出来ている国です。経済的に圧倒的な余裕が出来たから高福祉が出来ただけであり、実際にそれ以前に行われていたノルウェーの福祉はわずかな児童手当と保険くらいのものだったはずです。
こないだのコラムで言ったことをもう一度言いますね。

ノルウェーと日本を比較してどうするのでしょう?

あまりにも条件も前提も違いすぎなのです。将来、何があっても国が守ってくれるノルディックモデルの国が税金をバンバン取っていってるのと、日本を同列に話してどうするのでしょう?

日本は資源のない国です。

世界経済の常識として「資源がない国は『人』を資源とすべき」は基礎中の基礎です。つまり、日本みたいな国は、祖税率を出来る範囲で落として、
「一人一人が使えるお金の量を増やしてあげないと」
絶対に景気は落ち込むようになっています。これも常識中の常識です。その悪しき代表がフランスです。あの国の経済がEUで最悪なのはみんな知っての通りです。
日本だってこの間、消費税を3%上げただけで大変なことになったでしょう?たった3%であれです。

以上のことを考えれば、テレビを見ていて何にも調べずに何の取材もせずに
「待機児童に関しては、北欧の…ノルウェーの場合ですと…」
とか言い出す頭スッカラカンのコメンテーターがいたので苦言を呈しただけです。この指摘ってそんなにずれているとも思えなかったのですが…そんなにずれてます?


さて、では考えるべきところに関してですが、それは大西さんのコラム内にあるこの文章です。

「行政サービスや社会福祉は、個人のためだけでなく、社会全体の豊かさや幸福のためにもあるはずです。もっといえば、「人」という、ますます重要になってきた社会資本の価値を高める役割も背負っているはずです。高い水準の教育を受けることができる国と、そうでない国では埋めようのない経済格差が生まれてくることがそれを端的に物語っています。行政サービスや社会福祉はその国の将来の国力を左右する社会的な投資という側面も持っています」
(大西宏氏「長谷川さん、「待機児童問題」でずれまくり 」より)

これに関しては心底同意します。
さて、では大西さんはどのようにしてこれらを実現できるとお思いでしょう?そうです。日本は原油などはわきません。なので経済面を考えるとあまりにも祖税率を高めてしまうと個人個人の消費が落ち込み、経済全体が冷え込む可能性が高いと言わざるを得ません。
では「人」の価値を高めるためにどのようにして行政サービス…特に「教育」を高めるべきでしょうか?どのような社会的な投資を行うべきでしょうか?

実はこれを解決できる私の考えであり、私の思う日本の形はすでにある方が指摘されているんですが、ぜひ次回のコラムで書かせていただきます。

宜しければぜひ大西さんのお考えも知りたいものです。