「ジャーナリスト」のことを私が時に「自称・ジャーナリスト」と呼ぶのは、まさにこういう人間を私は「ジャーナリスト」と認めたくないからだ。

今村復興相を激怒させたジャーナリストの正体 “国会議事堂にも慰安婦像を”(デイリー新潮)

マスコミは鬼の首を取ったかのように叩きのめしていたが、大臣だって一人の人間である。
怒るべき時は怒っていいと思う。
しかも、誰が「ジャーナリスト」だ?

記事を読んでいただければわかるが、例の質問をしたのはただの極左の活動家。こんなのを「ジャーナリスト」などと言っては真剣に取材活動をしている人間に失礼だ。

「福島県だけではありません。栃木からも群馬からも避難されていま!」
「千葉からも避難されています!」

意味不明な質問を繰り返し、大臣だけではなく、現場の記者も混乱したことだろう。記事中の福島県の生活拠点課の話にもある通りで

「福島県外の方に住宅を無償提供したことはありませんので、正直言って、質問の趣旨が分かりません」(福島県生活拠点課の担当)

福島の人間に寄り添う「フリ」をしながら結局は政権批判をしてる自分が好きなだけ。この程度の基礎的な勉強も取材もしていない輩が、よく国務大臣に直接質問とかしたもんだ。SPもつまみ出せよ、こんな人間。質問時間のムダ使いだ。

この人物は従軍慰安婦問題に対していろんな思いがあるそうで、
〈素晴らしい!日本の国会議事堂内にも設置すべき。歴史事実から学べ!〉
とTweetしてるとのこと。

国会議事堂の中に慰安婦象って…。

私は件の話に関しては、今村大臣、全面擁護の立場である。
と言うか、彼を責めてる人間はちゃんとこういう背景を知って責めてるんだろうな?
「感情的だ」
「大臣なんだから」
とか随分上から目線でコメントしていたテレビコメンテーター、政治家に何を求めてんだ?政治家も一人の人間である。

怒る自由もないとでもいうのか?
やれやれである。