造型の勉強会から・・・

11月に「アトリエ 彩」で、造型の勉強会をしました。この課題は、際限の無い未来に取り組むような感じになってしまいがちで、参加された方も、何をどうするのか戸惑っていた方も多かったと思います。
 「自分しか持っていない、感性を素直に表現する事。社会的に決められた感じに自分の感性を取り込まれてしまわない事、それが私達の日常生活の中ではなかなか難しいことを、少しお分かりになって頂ければが目標」でしたので、皆さんの作られた3っつの作品の変化を見ると、少し造型に足を踏み入れるステップになった様な気がしました。でも、このまま終わっては、「良く分からない」ままに忘れ去られてしまいそうですので、私が元気であれば、来年2月頃に 少し造型の面白さに近ずく勉強会を開こうかと思っています。また「皆さんの、ワ−!!」と言う喚声を聞いてみたいです物ね。

茶碗  不思議な器 (終)

 この文を書くに及ばなようなコメントを「すみちよ」さんのコラムに「西っぺ」さんが結論を投稿されています。まさに其のとうりです。西っぺ さんは川喜多半泥子の作品集を御覧になっての感想として、コメントを寄せられていますが、「茶碗は、作った人の魅力を映し出している・・・」と感じられたそうです。端的な表現ですが的確なご指摘ですね。 少し付け加えれば、人格と、その表現に必要な技の習得であろうと思いますが、しかし、骨格になるものは、「西っぺ」さんのコメントで言い表されていると思います。
 さて、仕方ありませんからNO6の続きを少し書いてこの欄を終わりにします。前回 私に大きな結論を下さった茶道の先生の言の要約です。「私達は、伝統を学び、自分の心を込めて伝え残してゆく、其の中で自分の人格を眺めなおしています。お茶碗は、作って下さる方の心を感じさせて戴くことを心に置いて選ばせて頂いています」。「先生も茶道作法に拘ることなしに、ご自分の感じられたとうりの茶碗を自然にお作りになったら良いのでは・・・」と言う言葉でした。目の前に並べた私の「力作」?を何気なく選びながらの言葉でした。お選びいただいたものは、私の内心満足のそれではなく、製作中、ごく楽しく作ったもの2点でした。自分の心に素直に作った2点 それだけに、大袈裟に言えば自分が無心に作り出した物だけが、物まね茶碗を凌いだのだなという実感が伝はってきました。美という抽象を感じ取ることに心を向けず、沢山の智識だけを寄せ集めても、茶碗にはならないという、不思議でもあり豊かな物でもあることを、独り言の様に語ってくださったまさに「宗匠」の思い出が今の私の茶碗つくりの原点なのです。其の先生は残念なことに早世されてしまいました。余談ですが、お亡くなりになる1週間ほどまえにお手前の中に加えていただいた時に「太田さん!男なら男らしく堂々としていらっしゃい!」と不慣れで硬くなっていた私に厳しい叱声をかけてくださった事が懐かしいです。

茶碗  不思議な器(6)

暫く忙しくしているとブログと縁が遠くなります。前回から一月過ぎてしまいました。 コメントを戴きながら返事せずと、失礼しました。「初挑戦?の茶碗」は覚えています。唐津風の文様で、当時わりに人気のあった黄土釉出仕上がった、何となく枇杷型に近い、一生懸命さが伝わる可愛い作品でしたね。無邪気な作品で覚えています。
 さて、不思議な器 茶碗です。その後私自身が茶碗と言う器に、面白さを感じて、九州 中国 関西 中部 佐渡ETC見て歩きました。また美術館めぐりも茶碗目当て、茶碗展も欠かさない位見て歩きました。作家の方の工房に入れていただいて、何時間も製作現場に座りこませて頂きもしました。同じ風土の中にいて、何焼であっても、他の作家の方の作品と区別が直ぐつくのも驚きでした。京都で有名な茶道の家元のお話を聞かせて戴いたのも良い思い出で有り今では私の財産です。
 そんな中で、自身も茶碗の作りに取り組んでいましたがどうしても「似て非なるもの」が出来上がります。他の作品は狙った感じにそれなりに作ることが出来るので、理解できない不思議さに困惑していた時期が続いた物です。それが、ある茶道の先生にお会いしてから、自分の茶碗観が変わったのです。以来茶碗の素晴らしさが見えてき始めたんですが、後は次回「人格の反映・・?」。それで終わりにしようと思います。

茶碗 不思議な器(5)

 このサ-クルを15年御引き受けしていたのですが、この間200名余の会員さんが作陶を楽しんで行かれました。
皿 壷 花活け お人形 箸置きEtc 数え切れないほどの作品が作られました。どれも、それぞれの思いが込められていたものが多く、今になって思い出すと、会員さんの指導は面倒でしたが楽しい時間だっのですね。
 この間とても面白いな-と感じたのが、基本勉強を過ぎ暫くすると、殆どの人が「お茶碗」を作って見たい、という希望を言い出したことです。「ご飯茶碗」ではなく茶道に使うお茶碗です。 お茶が入れられれば良いのではなく、茶道に使いたいので・・・と言うご希望です。茶が入るだけの器なら気楽なのですが、茶室の中で、粛々と作法なるものにのっとって使用される茶碗となると、茶道とは無縁の私でしたから少々気が重かったものです。しかし、会員さんの折角の希望です、其の方の実力にあわせながら、何となく 備前や萩の町の中を歩き回っていた頃に「見た」記憶の中にある茶碗を作ってもらいました。私の狙いとは違って、それぞれの成型力や感じた方の違いで、実に色々な形の茶碗なるものが出来上がるのです。見ていると、とにかく面白い、「これでいいのかな--」と言うものが沢山できたのですが、喜ばなかった方は殆ど居ませんでした。 また次回に・・・

茶碗 不思議な器(4)

  以来 時々は茶碗のお声が掛かったり、有名な宗匠のお宅に伺うことが有ったりと、なんとは無く茶碗が身の周りに出没していましたが、セッセと生活費稼ぎに明け暮れいました。しかし、今考えると、その何となく身の周りに「茶碗」が入り込んでいた時代に、「茶碗」と言う器が自分の作陶生活の中に無意識に入り込んでいたようです。
 さて今から30年近く前に 「街の文化の為に手伝って下さい」という立派な?趣旨の声がかかり、陶芸サ-クルの講師を御引き受けする事になりました。余談ですが、この第一期生に現在 アトリエ彩の原講師がいました。このサ-クルを引き受けてから、不思議な器「茶碗」と強い意識的なかかわりを持つことになります。次回に・・・
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