皆様 開けましておめでとう御座います。 年始は良く終わるくも こう書かねばならないようですので社会の習慣に従ってのご挨拶です。
 さてこんなフレ−ズはご存知でしょうか、確かではないのですが、こんな調子でした、「さてお立会い、遠目 山越 傘の内、(少し文句があってその後)山寺の鐘ゴウゴウと鳴るといえど、鐘に撞木を当てざれば、鐘が鳴るやら 撞木が鳴るやら トントその理方が分からん道理だ・・・」 その後、「手前 取りい出したるは四六の蝦蟇・・・・・」と口上は続いて行く「蝦蟇の油うり」の口上の一節ですが、正月の酒に酔ってボンヤリ焼き物のことをかんがえていましたら 突然こんな蝦蟇の油売り口上が浮かんできました。思い出そうと呟いているうち、妙な理屈が浮かんできました。
 作品を作るとき、作り終わったとき皆さんはどんな事を感じるのでしょうね・・・「割りに良かったな-」「あるいは、なんか違うな-」ETC色々有るのでしょうね。さて其処なんですよ・・・寺の鐘は撞木で打たなければ鳴らないくらいはみんな知っていますよね!粘土を手に取ってアレコレ作業をしなければ作品は出来ないのも当然、とすると、山寺の鐘は粘土、撞木は手、と考えたらどうなるでしょうね。これって作陶にとってみると、けっこう面白こと言ってるな-と、変人の小生は一人で悦に行ってしまいました。方(カタ)や大道の少々怪しい物売り こちらはれっきとした陶芸一緒なんて冗談でしょうと叱られそうですがイヤイヤ、面白いと思うんです。考えて見ていただけませんか、、、次回に小生流の勝手な結論書いて見ます。