陶芸に限らず、物を作りだすには「カタチ」が付いて回ります。それが,タ−クサンできてくると、私達の頭の中に共通したものが出来上がります。「自転車」といえば皆その姿を思い浮かべられますよね。有名ブランドのマ−クを見るとそれが何かとわかる方が多いのはお分かりですよね。(私ののようなブランド知らずはともかく置いておくとして)。作陶をするときも、お皿と言えば、そのカタチが心の中に浮かぶでしょうし、花活けと言えば,個々の姿は違っても花を生ける用具であることは一致するはずです。
 アトリエ彩 のメンバ−の方々の殆は、陶磁器についての知識が豊富ですし、多くの作品を作っておられますので、社会に共通して理解してもらえる作品は当然の様に作っていますよネ。しかし、ナガ−イ作陶歴のある方ほど、どれもこれも、経験の中にあるものを選んで作っておられると思いませんか。それが当然なんですよね。
 ところが外野にいて眺めていると、ウ−ンと複雑な心境でそれらの作品を眺めることになるんです。そして退屈してしまうんです。
カタチってカタチだから無限な変化を持ってるんだけどナ-って感じちゃうんです。変な話の始まりです。スミマセン。次回に続きます。