hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

「hasunoha」拙回答まとめ集について(トップ固定記事)

トップ固定記事

「hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

hasunohaにおける川口英俊個人の回答のまとめ集となっております。


まだまだの浅学菲才の未熟者であるがゆえに、これまでも、また、これからも多々ご迷惑をお掛け致すこともあるかもしれませんが、どうかご叱咤、ご批正を賜れますように、何卒、宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌
http://hasunoha.jp/users/16

hasunoha・拙寺紹介ページ
http://hasunoha.jp/temples/6

東日本大震災を機縁として立ち上がりました「hasunoha」に参画できましたこと、誠に感謝致しております。微力ながらにも一つ一つ少しずつでもお役に立てれる善行・功徳となりましたら、亡くなられました皆様への追善供養として回向申し上げたくに存じております。合掌

「出版について(出版社の方へ)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52211488.html

・・


迷い・悩み・苦しみ、それらには必ず原因があります。その原因を共に考え、共に迷い、共に悩み、共に苦しむことで、解決へと向けたほんの僅かなお手伝いができましたらと存じております。

如来・菩薩はその尊い慈悲の御心によって迷い苦しみにある衆生をお救いになられるために善巧方便行を実践なされます。拙生はいまだ凡夫の域であり、中途半端なる身柄ですが、これまで拙くも仏道において学び修したることを活かして、皆様のご期待に添えれる回答を目指して精進努力致したく存じております。

文面からだけでは質問者の人生・人格・性格・環境・境遇・真意等を真に捉えきれない恐れがあり、その方の機根(悟りへと向かうための性質)を十分に汲み取れない可能性があること(拙生の愚鈍がゆえに対機説法に限界のあること)は少しご留意を賜りまして、方便をめぐらせて、今の自分においてできうる限りの回答をさせて頂ければと考えております。どうか宜しくお願い申し上げます。

「拙回答の基本的な前提となる考え方について」
http://www.hide.vc/h1.html

※但し、ご回答においては、対機説法・方便の趣旨において、この基本的な前提を無視してご回答させて頂く場合もございますので、ご容赦の程をどうか宜しくお願い申し上げます。

他、拙論につきましては、下記ブログ・日記をご参照頂けましたら幸いに存じます。

http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k




問い「わかりません」

問い「わかりません」

【ご質問内容】

今更ですが 
自分が生きてきた意味がわかりません

離婚して19年 
ずっとひとりで子供を育ててきました 
周りの人たちも支えてくれたと思います

でも 
辛い時もずっとひとりでした 
強がって生きてこなければ 
この世にいないと思います

今、お付き合いしている彼が 
『女のくせに強がってばっかりや』 
と言います

私は甘え方などわかりません 
どう頼っていいのかもわかりません

彼に 
自分の生き方を否定されているみたいで 
なんともいえない気持ちになります

私の生きてきた道は、生き方は間違いなのでしょうか? 
両親がいて子供がいて 
そういう生活してることが幸せなのでしょうか? 
強がって生きてきたことは間違いなのでしょうか?

私は辛くても 
自分の生き方に後悔したことはありません 
ただ否定されてるみたいで 
間違っていたのかと自信をなくしかけてます

【拙回答】

生きる意味について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「生きる意味」・「生き方」というものは、人それぞれにおいても異なるものであり、「これです」と決めて言えるものではなく、また、色々な因縁(原因と条件)次第によって変わっていくものとなります。良き因縁であれば、良き意味になるでしょうし、悪い因縁であれば、悪い意味になるということでございます。

他の評価を気にされるところもあるかもしれませんが、結局は、自分で満足できているのかどうか、というところによるかもしれません。

とにかく、どのようにすれば、自分が満足して幸せに過ごすことができるのかどうかということを考えて、そこへ向けた良き因縁を調えていくことが大切となります。

自分が満足しているのかどうか、幸せであるのかどうかで判断なされてみて下さいませ。

あとは、私たちという存在は、独りで生きているようでも、実はそうではなく、無数のものたちに依存して生かされて生きることができております。この助け合い、支え合い、分かち合いの必要となる世界においては、互いに頼り、頼られという関係性のバランスも大切となります。

あまり何でもかんでもを独りで頑張ろうとばかりされずに、しんどい時、辛い時、苦しい時には、周りもどうぞ頼られて下さいませ。そして、また自分のできることでお返ししていければ良いのであります。お互い様で有り難うという感じにて。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「私は何をしてあげられるのかな…」

問い「私は何をしてあげられるのかな…」

【ご質問内容】

いつも、相談させて頂いてます。

彼と離れ、2週間でしょうか…

平日は、学校で勉強。家では、家の手伝いをして平凡な毎日を過ごしています。

私は、父と母と3人で実家に住んでいる為、両親が眠った後、学校の復習をする時に彼を思い出します。

私は、私なりに彼につくし愛されたい。と願い、心を開き彼に向き合って来た私。 
今は、恐いです。彼と彼のご家族に会うのが恐いです。初めて付き合った人。大切にしたい。

私に出来る事は、何でしょう… 
婚約をしてる訳では無いけれど、『付き合う』と言う事の難しさに心が曇って居る私に一言下さいm(_ _)m

【拙回答】

何を大切にするべきか

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

過去のご質問も拝見させて頂きました・・

彼氏さんと真摯に向き合われて、色々と思われておられるご様子・・

ただ、「初めて付き合った人。大切にしたい」というお気持ちも分かりますが、やはり、恋愛にしても結婚にしても、お互いの支え合い、助け合い、分かち合いや気遣い、配慮なども大切となります。

あまりに一方的では・・バランスが保てなくなり、やはり、色々と不満やストレスなど問題が出てきてしまうものとなって、やがてうまくいかなくなることも当然にあり得ます。

過去のご質問の内容からも鑑みるに・・少し大丈夫かな・・と心配になるところがございます。

「初めて付き合った人」だから「大切」にしたい、というのではなく、互いに支え合い、助け合い、分かち合って、共に人生を幸せに過ごしていけるパートナーとして、その関係を「大切」にできるかどうかを見極められつつに、これからのことを考えていかれると良いのではないだろうかと存じます。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「再婚は幸せですよね」

問い「再婚は幸せですよね」

【ご質問内容】

再婚しました。男の子です。

私は子供に構いすぎですが、放っておくわけにいきません。

旦那には過保護だと言われますが普通だと思います、

朝学校に行くのにも、朝はなかなか起きないので放っておけ遅刻したら、遅れてでも行くといいます。

親として、学校には遅刻して行かせるわけにはいかないし、子供は3人で出掛けるとふてくされて、機嫌が悪くなり、中3になったくらいから出掛けるときは私と二人で出掛けています。

旦那は結婚した頃は学校に送迎も一緒に行ったり、どこに行くのも私と一緒の行動でした。

私は何をするのも、何を買うのも旦那が財布を握っていたのでスゴく窮屈でした。

私の働きも月に5万円程度です。 
子供の携帯代に私の車保険の支払い。 
残るのはわずかです。

たまに子供が服を欲しかったりするときと欲しいときはお金を私からあげます。 
私は自分よりか、子供が恥をかかないようにできるだけ最低限だけど、してあげたいと思っています。 
旦那にはいろんなことに気を使い言えないです。

子供が今年高1になりました。 
高校になると凄いお金がかかりましたが、シブシブお金を出してくれました。 
そんなつもりはないかも知れないが、そう感じます。

私は心に私と結婚したら子供もいるし、お金かかるのも知ってて一緒になったんだから気にしなくていいよと言い聞かせます。

高1になってから働きに出たいといいました。 
私が収入が少ないからお金かかるしと言ったら後1年我慢してと言われました。

主人は来年定年退職です。

結婚3年目ですが、ギクシャクしています。

結婚して2年目くらいに、私は旦那の以前結婚していた元嫁と使っていたベッドを何も気にせず使っていました。

私は嫌で嫌で喧嘩した時にそのベッドの事もいいました。このベッドは気にならないか、嫌だといいました。

まだ家の使ってない部屋には元嫁のものがたくさん入っていて、2年経っても気にしない無神経な人に嫌気までさしてきました。

私は倉庫に運びました。

そのことについて旦那も怒って、お前みたいな淫らな女を嫁にもらったのに贅沢をいうなと反対に怒られました

【拙回答】

再婚が幸せかどうかは…

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

再婚が幸せかどうかは、やはり幸せへの因縁(原因と条件)次第となります。

しかし、再婚相手の旦那さん・・ちょっと酷すぎですよね・・正直、モラハラに近い感じもします・・

夫婦関係においては、相互協力、相互扶助の義務があります。お子さまのことについてももっと協力、援助してしかるべきでしょう。

このままでは息子さんへの悪影響も色々と懸念されます・・

あとは、無神経さから鑑みると、もしかすると旦那さんは、「アスペルガー症候群」的な要素もあるかもしれませんね・・

そうなると、しー様があまりに自己嫌悪や自信喪失となられての「カサンドラ症候群」も気になるところとなります。

とにかく、無理して我慢しすぎて、カサンドラ症候群に陥ってしまわれてもいけません。

あまり感情的にならずに、色々と話し合いをされつつに、解決を目指されながら、もうどうしても無理となれば、やはり次のことも考えておかれないといけないのかなとも存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「誰とも関わらず自分のことだけ考えるのは間違いでしょうか?」

問い「誰とも関わらず自分のことだけ考えるのは間違いでしょうか?」

【ご質問内容】

私は関西から知り合いのいない福島県に嫁ぎ10年以上主人や姑、小姑、その娘のために尽くして来ました。震災の際には自分の実家にみんなを連れて避難し、飛行機の手配から実家での世話まですべてしました。箸1本運ばせてもいません。それなのにここに書ききれないくらいのひどい仕打ちを受けましたが主人に何を言ってもお前が悪い!お袋は間違ってない!といいます。これも嫁姑の関係、しょうがないと諦めもしていますが、実家に帰っても今度は実の妹(独身で母と同居)が何かにつけ言いがかりをつけ自室に閉じこもって何日も出てきません。実家に帰ったからと言ってのんびりできる訳でもなく親孝行だと家の用事を一生懸命して年2回の帰省、楽しくみんなでと思って動いているのに、今年のお正月も大晦日突然切れて部屋に篭もり母が呼びに行っても罵声を浴びせる、泣き喚く、母が持っていった赤飯のおむすびも食べず1度も出てきませんでした。認知症の始まってる母にこれ以上の心労をかけるのも嫌で早めに帰省を切り上げて帰ってきました。さかのぼれば私の結婚式の数日前にも妹は切れて結婚式には出ませんでした。 
余程私が楽しそうなのが気に入らないのでしょう。母は私が帰ってくるのをいつも楽しみに待っていてくれるので年2回だけの帰省ということで長めに帰っていました。昨年は母が胆石で入院したので妹の仕事に影響ないように帰省して看病もしました。震災のときに主人の家族や6人も連れてお世話になったその恩返しだとつくしましたがそれももうやめにしようと思います。どちらの親兄弟のために一生懸命尽くしても結局最後は悪者になってしまう、主人だけでも味方になってくれれば耐えられもしたでしょうがそれも望めない。私の中で何かが崩壊しました。感謝して欲しいわけじゃないです。恩着せがましくしてるつもりもありません。ただみんながうまくいくように心を砕いてるだけなのに、やはり私が間違えてるのでしょうか?主人が言うようにやり過ぎですか?こちらから困りごとはないか聞いて回ってるわけじゃないんです。でも「ご相談」といってみんな困ったときだけ擦り寄ってくる。もう全部断って自分の生活だけに専念してはいけませんか?自分の親にも寂しい思いをさせるのは辛いですが帰省は今後はしないつもりでいます。どうか何が正しいのか御導きください。

【拙回答】

適度なバランス

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

関西人は情に厚い(もちろん一概には言えませんが・・)ところもありますから、何となく世話焼きなtomoko様のことが想像できます・・

色々と嫁ぎ先での気苦労、理解されていないことへの苛立ちも理解できます。

できれば、おっしゃられていますように、誰とも関わらず自分のことだけ考えて過ごしていきたいものではございますが、私たちの世界では、自分独りで生きていくことなどできず、色々とお互いに支え合い、助け合い、分かち合いの中においてでこそ、生かされて生きることのできる存在でございます。

しかし、いくら「情けは人の為ならず」と申しても、その情けに甘えられ過ぎても・・というところはありますよね・・

何事もそうですが、適度なバランスが大切となります。

あまり無理せずに、時には肩の力も抜いて、自分のできることをできるだけで良いかと存じます。

拙生も昔は、ボランティアや奉仕・慈善活動に精力的に取り組んでいた頃がありましたが、ある団体で、お互い様の世界であるにも拘わらず、「私はこれだけしたのに、あいつは全然していない、足りない」、「何で私がこんなにしているのに、おまえらわからんのか」など、みんなそれなりにボランティア・奉仕の志で参加している中で、何と醜い愚かな罵り合いになっているのか・・と幻滅したことがございました・・

とにかく、利他・慈悲の心で成すことは、自分のできる範囲でできたこと、頑張ってやれたことだけを見るようにして、他の人のこと、他の評価はあまり気にしないようにしておくのが良いと、その時に認識致しました。

利他・慈悲の心において、他の為にとして行うこと、お世話事も、大切です。大切ですが、無理せず、必要以上までするものでもなく、自分のできることをできるだけということで、それも、できたことを自分の中で評価してあげるに留めておかれると良いでしょう。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「仏教の道に進みたい」

問い「仏教の道に進みたい」

【ご質問内容】

仏教に生きる道を探しています。大学は仏教系で少しかじってはいます。たまにお寺にいったりする段階から、仏教に生きる道を探し、人生の悩みの解決を仏教に見いだしたいと思っています。 
 考え方や道筋を教えていただきたいです。自分の解決から家族などの悩みの解決に結び付けばと思います。 
 よろしくお願いいたします。

【拙回答】

お志、誠に尊く有り難いことでございます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

仏道を歩まれたいとのお志、誠に尊く有り難いことでございます。

ご自身の悩み苦しみの解決も大切ですが、何よりも全ての者たち、一切衆生の悩み苦しみの解決を目指すことも仏道においては大切となります。

是非、この機会に堅固なる悟りを目指すための決意としての「菩提心」を発心して頂きまして、共に頑張って参りましょう。

「三宝帰依と菩提心生起」

仏陀・仏法・僧伽に 
悟りに至るまで私は帰依いたします 
私が積んだ布施行などの資糧によって 
有情を利益するために仏陀となることができますように

すべての有情を救済しようという願いによって 
仏陀・仏法・僧伽に 
悟りの心髄に至るまで 
常に私は帰依いたします

智慧と慈悲をもって精進し 
すべての有情を利益するために 
私は仏陀の御前に 
完全なる悟りのために菩提心を生起いたします

この虚空が存在する限り 
有情が存在する限り 
私も存在し続けて 
有情の苦しみを滅することができますように

また、仏教の学びを進めていかれることにつきましては、以下の拙回答も是非ご参照下さいませ。

問い「私は修行できるのでしょうか。宗派を決めるのが難しいです。」 

川口英俊 合掌

問い「親を亡くされた方への寄り添い方について」

問い「親を亡くされた方への寄り添い方について」

【ご質問内容】

私の友人や彼氏など身近で、高校生の頃に親を病気で亡くされた人が何人かいます。 
長いこと付き合ってくると、ぽつりぽつりと親を亡くした当時の気持ちを話してくれるのですが、その話に対して私は「そうなんだ」「大変だったね」「辛かったね」という、当たり障りのない返答しかできずにいます。 
両親は離婚しましたが父も母も健在で、私はまだ親の死を知りません。 
話してくれる言葉に対しての私の返答がありきたりで、なんだか薄っぺらいものとして伝わっているんじゃないかと心配です。実際、薄っぺらいのかもしれませんが…。 
もし自分が親を亡くした立場なら、と想像はしながら話すのですが、実際に親を亡くされた方々の気持ちとは程遠いような気もします。

お仕事柄、お寺の方は身近な方を亡くされた方に寄り添われることが多いかと思いますが、どのように接しておられるのでしょうか? 
また、話を聴く際、声をかける際に心がけることなどあればアドバイスいただければ幸いです。

【拙回答】

「心慮施」・「傾聴」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お優しいお心遣い、誠に有り難いことでございます。

布施における無財の七施の一つに、「心慮施」(しんりょせ)というものがございますが、それは、相手の苦しむ気持ちを自分のことのように受け入れてあげて、憐れみ、そして、何とかして少しでも苦しみを和らげてあげたい、癒してあげたいとしての施しとなります。

憐れみの「憐」というのは、「心を隣り合わせにする」という意味の漢字ですが、まさに相手の心に寄り添うということになります。

また、「傾聴」ということも大切な時がございます。

傾聴の「聴」の漢字は、「耳にプラス目と心」がありますように、実際に会って目で相手を見ながら耳で聞き、心をこめて聴いてあげるのがよいものとなるでしょう。

今回のような場合では、あまり自分の意見や反対の意見等を言わないほうが良いでしょう。

おっしゃられていますように、「そうなんだ」「大変だったね」「辛かったね」という、同調のお返事で良いかと存じます。

川口英俊 合掌

問い「離婚を言い渡された」

問い「離婚を言い渡された」

【ご質問内容】

結婚して10ヶ月程になります。先日、主人から逃げられ離婚の運びとなりました。

結婚前より彼の両親からは結婚を反対されており、結婚してからもまともに会話をする機会もありませんでした。

主人は結婚時に、売春や風俗、ギャンブル等をわたしに隠し結婚。そして気が緩んだのかわたしに「実は…」と全てを自分から話しました。また、その他の女性関係についても奔放で、結婚が決定してからも裏切る行為を行っていました。

結婚自体が不安要素の塊だったにもかかわらず、次々と問題が発覚したことによりわたしは彼の行動のすべてが信用できず。妥協点を探しながら努力をしたのですが彼が答えてくれず、最終的に社会生活がままならないほど束縛し、自由の一切を禁じる結果になりました。

それでも、彼は耐えたと思います。けれど問題はなに一つ解決していませんでした。わたしは彼を許す事がどうしても出来ず、抱かれる度にこの男は他の女性を金で買っていたんだと。

結婚前から、自分を殺しながらでも、どうしても彼と添い遂げたいと本当に努力しました。けれどわたしはどうしても彼を許す事ができなかった。

最終的に、彼を責めてはいけないと追い詰められ、けれど彼はわたしの気持ちを理解しようとしてくれない。罵声を浴びせられた記憶、積み増さなる日々の不満、わかってほしいという気持ちが爆発し激しい暴力を彼に浴びせました。

当然彼は逃げ、離婚の運びになりました。わたしはなんのためにこんなに苦しい思いをしてきたんだとただただ逃げて済ませてしまう彼との関係が悲しく。なにも考えられません。

しかし心の底で、やっと解放されたという思いがある事にも一瞬離れただけで気づきました。

どうしてこんなことになってしまったのか。彼との縁が切れてしまったことが、自分の至らなさが悲しくて悲しくて耐えられません。一緒に居たかった、添い遂げたかった、本当に一緒に居たかった。彼を追い詰め、暴力という最低の手段でしか感情を伝える事のできなかった自分がただただとても悔しい。

【拙回答】

私たちの真なる本当の敵とは・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

はる様も旦那様も悪い感情・煩悩に支配されてしまったまま行動を起こしてしまっているところに問題があったようです。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、はる様も旦那様も、真なる本当の敵は、悪い行動を支配してしまっている煩悩、そしてその親分の無明(むみょう)・根本的な愚かさでございます。

その「やっと解放されたという思い」も実はほんの一時的なもの・・真なる解放は、もちろん、煩悩・無明からの完全なる解放を目指すことが必要となります。

そのための教えが仏教でございます。

どう煩悩・無明を抑えてコントロールしていくべきであるのか、どう煩悩・無明を対治していくべきであるのか、是非、これを機会に仏教の学びから少しずつでも実践していって頂けましたらと存じます。

そして、この世における全てのモノ・コトは、因縁(原因と条件)次第により変化していきます。

できれば、良き因縁をしっかりと調えていくことで、良き結果、幸せへと向かって参りたいものでございます。

どうにもならないことは、もうどうにもなりませんが、この度のことは、良き教訓として、これから本当の意味での幸せになるためにどうか活かされて下さいませ。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「飼っていた犬が亡くなったあと」

問い「飼っていた犬が亡くなったあと」

【ご質問内容】

最近不思議な事や神様などにとても興味があります。1番不思議で涙が出たことについて聞きたいです。

以前飼っていた犬がその年ので12月24日に亡くなり、しばらく犬小屋にガーベラの花を線香と共に一輪飾っていました。 
兄が遠方に住んでいたため、亡くなってから一カ月後に手を合わせにきました。その時までガーベラの花が美しく咲いてたのですが、兄が帰った次の日から眉間見事に枯れてしまいました。

ガーベラの花が花瓶で一カ月ももつのも驚きましたが、まるで兄が帰ってくるのを待っていたみたいで涙がでました。

考えすぎかと思いますが、犬がガーベラに宿ってたんでしょうか。ご意見お聞かせください。よろしくお願いします。

【拙回答】

待ってくれていたのでしょう

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

愛犬を亡くされまして、心を寄せてご供養下さいまして、誠に有り難いことでございます。

そうですか。そんなにもちましたか。

次のところへと向かうギリギリまで、ガーベラと共にお兄さんのことを待ってくれていたのかもしれませんね。

愛犬に合掌申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「心の問題ですか?」

問い「心の問題ですか?」

【ご質問内容】

私は30代半ば位から、病気になったり、体温調整が出来なくなったり、体調不良になってきていました。

数年前から、何とも言えない気持ち悪い感情と言いますか、説明しにくい状態ですが、込み上げてきて、体を調べてもこれといって悪い所もないので、心療内科に通う様になりました。

体調不良は、気持ちの問題では?やる気スイッチが入ってない、がむしゃらに働かなくてはならないと、そんな事は言ってられないと、周りの人達に言われます。

最近は、私自身も今の状況を有り難く思い、感謝しなければいけないと思いはじめています。

しかし、普段の不満や仕事のストレスもあり、何か趣味を見つけたり、発散したいと思いますが、仕方がわかりません。

全ては、私の心の持ち様でしょうか? 
心が弱いのでしょうか?

【拙回答】

起立性調節障害や膠原病の疑い・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

体調不良は、もしかすると、起立性調節障害や膠原病、あるいは、慢性疲労症候群などが原因であるかもしれません。

一度、起立性調節障害、膠原病を疑って、関連の専門医療機関へと受診なさられてみられてはいかがでしょうか。

とにかく、なかなか理解されない体調不良については、原因が分かれば、周りへの説明もしやすくなり、説得と理解を求められることもできていけるようになるのではないだろうかと存じます。

とにかく無理や焦りは禁物です。

まずは、もう少し体調不良の原因について、身体のことから調べ直してみましょう。

心身共に健康になられますようにと祈念申し上げます。

川口英俊 合掌
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