hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

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hasunohaにおける川口英俊個人の回答のまとめ集となっております。

「hasunoha・1000回答に寄せて」2016.6.19

まだまだの浅学菲才の未熟者であるがゆえに、これまでも、また、これからも多々ご迷惑をお掛け致すこともあるかもしれませんが、どうかご叱咤、ご批正を賜れますように、何卒、宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌
http://hasunoha.jp/users/16

hasunoha・拙寺紹介ページ
http://hasunoha.jp/temples/6

hasunoha記事「悩み相談 選ばれる僧侶」毎日新聞 2016年6月10日

東日本大震災を機縁として立ち上がりました「hasunoha」に参画できましたこと、誠に感謝致しております。微力ながらにも一つ一つ少しずつでもお役に立てれる善行・功徳となりましたら、亡くなられました皆様への追善供養として回向申し上げたくに存じております。合掌

「出版について(出版社の方へ)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52211488.html

・・


迷い・悩み・苦しみ、それらには必ず原因があります。その原因を共に考え、共に迷い、共に悩み、共に苦しむことで、解決へと向けたほんの僅かなお手伝いができましたらと存じております。

如来・菩薩はその尊い慈悲の御心によって迷い苦しみにある衆生をお救いになられるために善巧方便行を実践なされます。拙生はいまだ凡夫の域であり、中途半端なる身柄ですが、これまで拙くも仏道において学び修したることを活かして、皆様のご期待に添えれる回答を目指して精進努力致したく存じております。

文面からだけでは質問者の人生・人格・性格・環境・境遇・真意等を真に捉えきれない恐れがあり、その方の機根(悟りへと向かうための性質)を十分に汲み取れない可能性があること(拙生の愚鈍がゆえに対機説法に限界のあること)は少しご留意を賜りまして、方便をめぐらせて、今の自分においてできうる限りの回答をさせて頂ければと考えております。どうか宜しくお願い申し上げます。

「拙回答の基本的な前提となる考え方について」
http://www.hide.vc/h1.html

※但し、ご回答においては、対機説法・方便の趣旨において、この基本的な前提を無視してご回答させて頂く場合もございますので、ご容赦の程をどうか宜しくお願い申し上げます。

他、拙論につきましては、下記ブログ・日記をご参照頂けましたら幸いに存じます。

http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k




問い「悟りを開いたら」

問い「悟りを開いたら」

【ご質問内容】

こんにちは。四海と申します。質問を見ていただいてありがとうございます。

私は最近仏教の魅力を知り、ネットなどを使って仏教について調べて瞑想などにも挑戦しました。そしてあるとき突然猛烈な衝撃に襲われました。自分と周囲が共に呼吸して境目がなくなった感じがしたのです。それ以来痛みや空腹などを感じてもそれらに惑わされることがなく、心がつねに穏やかで喜びと感謝で満ち溢れています。(言語化すると非常に分かりにくい感覚なので拙い表現なのはご容赦ください。)ひょっとして悟ったのかなと思いましたが実際周囲に変化を指摘されたのでやはりそうみたいです。

ここでひとつ伺いたいことがあります。 
悟りを開いたら何をすればよいのでしょう。苦しむ人々を助けたいという気持ちこそありますが16歳の小娘に出来ることなどあるのでしょうか。

母や父にはとても相談出来なかったのでここで質問させていただきました。お知恵を拝借したいです。


【拙回答】

二障の断滅

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

最近は、「アドヴァイタ」(非二元性)、「ノンデュアリティ」(非二元)などの体験を「悟り」として誤解されている方が多くなってきてしまっているように存じます。

仏教における、「無分別」をめぐる議論にも関わって参りますが、それも悟りへ向けて必要となる二つの資糧、「智慧」と「福徳」のうちの、「智慧」の中における「空性」の理解の一つのことであって、その「空性」の体験的理解の一つを「悟り」と勘違いしてしまっている場合がほとんどでございます。

仏教の禅定における「三昧」や「等引」も勘違いされやすいのですが、拙見解では、確かに悟りを開く前の段階においては、そのような「空性」体験も大切なことであると認識していますが、しかし、まだそれは悟ってはいない段階のものであって、そのような体験から元の世界に戻ったとしても、結局は、無明・煩悩により、迷い苦しむままであるのが恐らく現実でありますでしょう。

悟りへと至るためには、煩悩障と所知障という悟りの障りとなっているものを、智慧と福徳という二資糧によって、しっかりと断滅させない限りは、真なる悟りへと至れることはあり得ないとして、是非、これも機縁として、これからも仏教の修習に取り組んで頂けましたら有り難いことであると存じております。

共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「追善供養について」

問い「追善供養について」

【ご質問内容】

浄土真宗で追善供養をしないのは何故ですか? 
「追善供養は自力だから」「亡くなった人はみんな極楽に往生して供養する必要がないから」などなど色んな意見があるみたいですが、どれが本当ですか?


【拙回答】

「追善供養」について

川口英俊でございます。問い拙生のお答えでございます。

「追善供養」の考え方も色々と宗派で異なるところはありますが、基本的には、「悟り」へと向けて、「亡くなられた方も私も皆も、供(一緒に)に養う善徳行」と考えておくと良いのではないだろうかと存じます。

上記のように考えておけば、浄土真宗の場合であっても、釋髙明様もおっしゃられています「聞法のご縁」も、「悟り」へと向けた「供に養う善徳行」の一つと捉えておくことができるのではないだろうかと思います。

また、供に養う善徳行を、亡くなられた方とも共有(回向)するという意味合いが「追」であるとすることもできるかと存じます。

川口英俊 合掌

問い「仏教徒に対する疑問パート9」

問い「仏教徒に対する疑問パート9」

【ご質問内容】

僕が昔瞑想してた時に雑念を払い無になろうと心がけ瞑想してました 
でも雑念を払い無になろうとする意識自体が雑念であることに気づき 
無になろうと意識することも意識しないいことも野放しにしました 
そしたら目の前で色んな色をした小さな粒が不規則な動きをしてる光景が見えました 
その小さな粒の不規則な動きを目で追ってるときはまだ自分の中に意識がある状態で 
その小さな粒の不規則な動きを目で追ってないときは自分の中に意識が無いような状態でした 
そしてその小さな粒の不規則な動きを目で追ってない意識が無い状態になると 
神妙な気持ちでボーっとしてるんです 色即是空のような無であると同時に無でないような 
そしてずっとその状態でいると白昼夢みたいなのを見るんです 
白昼夢を見てるときは意識がないのでそれを見てるという意識がなく見てるんです 
でも後で意識がある状態にもどると自分がさっき変な夢を見てたなと気がつくんです 
白昼夢には良いものもありましたが悪いものもありました 
一番悪いものは白昼夢の夢の中でもう一人の自分が無差別に人を殺してました 
でも僕はそれをボーっと見てるんです 
意識があるのかないのかもわからず 
善悪の価値観があるのかないのかもわからず 
自分であるのかないのかもわからず 
ただただボーっと見てるんです 凄く怖い夢だったのでそのことを親に話しました 
そしたら親は「え!おまえ上の階で瞑想してたのか?おまえ下の階でテレビ見てたじゃん・・・」って言われました 
それを聞いて僕は瞑想して意識が有るのか無いのかわからない状態になると悪霊に憑依されるんじゃないかと思いました 
そして瞑想やヨガのルーツを探ると 
ヒンドゥー教の破壊神シェバからで人間の切り落とした頭部を持って踊ってる神様からだというのを知りました 
インド人はカニバリズムや麻薬や変態的性癖を儀式的に行いこのシェバを崇めてることも知りました 
瞑想やヨガのルーツって危ないんじゃないんですか? 
瞑想やヨガの危険性は全く無く健康に良いだけなんですか? 
瞑想のしすぎて悪霊に取り付かれることとかないんですか? 
僕が見たのは単なる幻想で何も考えず瞑想し続けて悟りを開いた方がいいですかね? 
というか瞑想し続けた結果として自殺大国日本や僕のこの悪夢すら救える悟りの力は得られるのですか?


【拙回答】

智慧と福徳

川口英俊でございます。問い拙生のお答えでございます。

あまり瞑想における神秘体験に対して、とらわれたり、こだわったり、実体視したりしてしまってはいけません。

円満なる悟りへ向けて大切となるのは、智慧と福徳の二資糧の集積となります。

智慧は、主に「空性」の理解。

福徳は、功徳・方便行の実践。

両輪をバランス良くに修めていくことが必要となります。

この中で瞑想・禅定は、あくまでも「空性」の理解のための一つの実践にしか過ぎません。

瞑想・禅定において重要となるのは、「空性」の理解になります。

それも止と観により、正しく調えていくことが望まれます。

比量と現量で「空性」を正しく捉えていけるようにしっかりと頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「素晴らしさはわかるのですが…」

問い「素晴らしさはわかるのですが…」
【ご質問内容】

お念仏のありがたみは分かるのですが、どうしても「阿弥陀さまを信じてお念仏を唱えたら極楽に往生できる」ということに疑念を抱いてしまいます。疑い深い性格でして、「たったそれだけで?」と思わずにはいられません。 
もちろん、「たかがそれだけ、されどそれだけ」というのはわかるのですが、どうしても信じられないというか。 
信じるって難しいですね。 
私にはお念仏があっていないんでしょうか?


【拙回答】

悟りへと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

私たちが仏教を修習して目指すところは「悟り」です。

往生も大切ですが、何よりも悟りが目指すべき最終の目標となります。

往生というのは、悟りを目指すための一道程、過程に過ぎません。

自分に合わないルートであると判断されれば、まだルートはお釈迦様により幾つも開かれているのですから、別のルートを選択するのも必要なことであるかとは存じます。

頑張って悟りを目指して仏道に精進して参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「統合失調症」

問い「統合失調症」

【ご質問内容】

私は統合失調症という精神病を患っています。毎日病院のお薬が手放せません。そのお陰で他の人が当り前にできることも、私にはできなかったりするのです。

昨日だったか、出家したいということを書いた覚えがありますが、実は半分夢物語だと思っています。症状で集中力がなく、情緒不安定、薬の副作用でいつも眠いし、今の仕事(作業所)もきつくて一時間くらいで帰宅しているのです。 
この病気で二回、入院した経験もあります。

この病気にかかってから、私は二回宗教を変えました。深く考えたつもりが情緒不安定になりすぐ不安が沸き上がって、自分の進む道に自信が持てないのです。しかし以前慎重だったのが、症状により衝動的に行動するようにもなっています。深く考えたつもりで衝動的に行動→不安→自信をなくすの繰り返し。

私、前はキリスト教のシスターや牧師になりたいと思ってたんですよ。仏教もすぐ離れてしまうかもしれません(イスラームやキリスト教にいたときも、すぐ宗派を変えたりしていました)

真言宗→浄土真宗→曹洞宗を行ったりきたりしてます…(笑)

病気と本来の自分の性格の区別ももはやつかない。

なんで私はこんなんなんでょう?前世の因縁ですか?

なんかよくわからなくなりましたがなんかメッセージをください。


【拙回答】

分子栄養学的治療

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

統合失調症にてのお悩み、誠におつらいことでございます。

拙生、実は、もう十年以上前になりますが、統合失調症や躁鬱・双極性障害、自閉症の方たちが就労を目指すための施設の運営に携わったことがございまして、向精神薬の副作用で悩まされている様子にいつも何とかならないものか・・と心を痛めておりました・・

以来、向精神薬に頼らない治療の代替はないものかと、いつも気にしておりました・・

そこで、副作用なく、安全な分子栄養学的治療という代替があるということを知りました。要は、副作用のある向精神薬を使わずに、適切な漢方・サプリメント処方により症状の改善を目指すというものでございます。

分子栄養学的治療を導入されている医療機関も少しずつですが増えてきています。

もしご興味がおありになられましたらにて、是非、少し色々と検索等にてお調べ頂きまして、今後の治療方針の一つとして、ご検討をされてみられても良いのではないだろうかとは存じます。

川口英俊 合掌

問い「先が見えません。」

問い「先が見えません。」

【ご質問内容】

保育園年長の息子は自閉症と診断されまだ言葉も出ません。先が見えず不安です。


【拙回答】

自閉症の分子栄養学的治療

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自閉症は、一昔前まで、治らない、医学的治療方法のない障害として区分されてしまうものでしたが、アメリカでは、アレルギー、リーキーガット症候群、自己免疫、遺伝子変異などの疾患として、医療的な治療がかなり進んでいます。

最近になり、日本でも分子栄養学的治療を扱う医療機関が増えてきています。

一度、分子栄養学的治療を導入されている医療機関を受診されてみられることもお勧め申し上げます。

良い療育、良い治療により、どうか良い改善のございますことを。

ご家族のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「法華経が好きなのにお念仏」

問い「法華経が好きなのにお念仏」

【ご質問内容】

私が仏教に興味を持ったのは、ある落語家兼尼さんの著書で仏教と法華経の解説を読んだからです。 
私はそれまで大乗非仏説を支持していたのですが、この方の著書を読んで考えが180度変わりました。

ところが、私は不思議とお題目を唱える気にはなりませんでした。天台宗で法華経が顕教だけではなく、密教の経典としても扱われていることを知り、すぐにご真言に興味を持ちました。

ある時、法華経に「一称南無仏 皆已成仏道」と書いてあるのを知り、私はこれをお念仏の教えと解釈し、今度はお念仏に興味を持ちました。

大無量寿経を読むと、お釈迦様が「私が死んでも阿弥陀如来に関する教えがなくなることはない」というようなことをおっしゃっていて、お釈迦様の最後の教えである法華経とも矛盾しておらず、何だか嬉しくなりました。

しかも私は統合失調症という精神病を、軽くですが患っておりまして、「厳しい修行やなんやかんやは無理やけど、阿弥陀さまを信じてお念仏を唱えるだけでいいなんて、なんと大きなお慈悲なんだろう!」ととても感激いたしました。

更に、法華経で「法華経の説く清浄な意根を持っていれば、他の宗教や信条を信じていてもお釈迦様の教えに通じている」と説かれていることから、大乗仏教の裾野の広さ、寛容さを実感し、「みんなで幸せになれる!」とまたまた嬉しくなりました。

長くなりましたが、これって「阿弥陀さまに仏縁をいただいた」と認識しても問題ないですかね? 
法華経の解釈とかあくまで自分の解釈なので、勝手な思いあがりかと思い少し心配になりました。


【拙回答】

法華経と大無量寿経

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

以前の他の方からのご質問の拙回答と被ってしまうものとなりますが、実はこの私たちの今いる世界は途方もない広い三千大千世界(十万億土)のほんの一つであり、この三千大千世界を一つの仏国土として、この仏国土に2600年ほど前に現れられたのが、偉大なる世尊仏陀、お釈迦様(最勝応身)でございます。

現在、この仏国土では応身の仏(如来)様は不在となっておりますが、56億7千万年後には、兜率天でご修行されておられる弥勒菩薩様が如来となって応身として現れられるとされています。

そして、この仏国土の他にも、同じように三千大千世界(十万億土)を持つ仏国土があり、例えば、私たちの仏国土の西側には阿弥陀如来様の西方極楽世界が、東側には、東方浄瑠璃世界、あるいは、妙喜世界があり、それぞれ薬師如来様、阿しゅく如来様がいらっしゃり、また、密厳浄土という仏国土においては、大日如来様が、それぞれに法をお説きになられて各仏国土にて有り難く尊くにも衆生済度にお取り組みなされておいででございます。

悟りを開かれた仏様、如来は、皆同一にお偉いお方たちとなります。

各如来様方は、もちろん、違う如来様方となります。

真如・真理としての法身については、如来として同一であっても、教化するための報身や応身は、悟りへ至ったための誓願や修行内容などの因縁(原因や条件)により異なるものになっております。

但し、互いに何でも知り尽くしている一切知者同士であり、お釈迦様も阿弥陀如来様も互いのことは自分のことのように把捉できるのであります。

ですから、仏典でも互いの事を述べあったりということも、当然にあり得ているのであります。

話を戻しまして、法華経と大無量寿経における内容が矛盾していないというのも、一切知者同士におけることでの話であるから当然と言えば当然なことになります。

但し、問題は、悟り得た側によっての顕現している世界についての様々な表現を、我々凡夫の側からでは字義通りに正しくに解釈できないこともあるというところでございます。

仏様のお言葉を解釈する際には、了義(最高の真理)と未了義(最高の真理へと至るための方便)の二種により説かれているということについての前提理解も必要となりますので、その点は注意が必要となります。

川口英俊 合掌

問い「般若心経読んでみました。」

問い「般若心経読んでみました。」

【ご質問内容】

教えてください。 
般若心経読んでみました。

つまり般若心経は。

リラックスしようよ。 
あなたが思っているようなことは 
何も起こらないよ。 
感情は浮かんでは消え川のように流れ、 
大海に流れていく。 
そして、 
あなたは大海そのものだから、 
決して溺れることも沈むこともない。 
だから身を委ねてマントラ?を唱えましょう。 
みたいなことですよね?

全てはひとつ。(ワンネス) 
と言っていても、

色と空は一つにできない 
って書いてありますよね。 
そこらへんがわからない。

色と空がさっぱりなんですが、 
そんなに深く考えなくてもいいところでしょうか?


【拙回答】

焦らずに

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

早速に、どなたかの般若心経の解説の本を読まれたのですね。。

ただ、どうもやや抽象的で捉えにくいところがあるような感じにも見受けられます。

とにかく焦らずに、少しずつ字義の真意について納得されていかれると良いのではないだろうかと存じます。

これからの理解へと向けたヒントとしては、「縁起と空」、そして「世俗諦と勝義諦」ということにて、その理解も必要となって参ります。

「色と空」は、「顕れの世界と世界の本質」というものについての考察となりますが、まだ全く何のことかは分からなくて構いません。

般若心経に関する解説本はたくさんありますから、できる限り、色々と、それぞれを学ばれる中で、検討吟味しつつ、また、仏教の基本的なことも学びながら、是非、今後ともに仏教に興味を持って取り組んで頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「人間って」

問い「人間って」

【ご質問内容】

何のためにみんな生きているんですか?


【拙回答】

真なる幸せへ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何のために生きているのか・・

それぞれに生きる理由、意味、価値があるとは思いますが、皆、幸せ、充足を求めて生きているのではないだろうかとは思います。

それでもなかなか満足できずに、日々、迷い苦しむことになってしまっているところでございます。

その原因を仏教では「無明」(根本的な無知)にあるとして、その無明を晴らし、正しい智慧により、正しい行いを積むことによって、真なる幸せ、真なる安心を得るための悟りを目指すことを説く教えとなっております。

是非、仏教を学び修することに取り組むことで、真なる幸せ、安心を目指して頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌
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