問い「仏教との出会いについて」
http://hasunoha.jp/questions/234

【ご質問内容】

随分前から好きな教師がいます。
もちろん付き合ってるなどとんでもなく、たまにお悩み相談をしてくれるような関係です。この前その人が仏教徒であることを知りました。元々少し仏教の考え方には興味があったので、色々とその話をしてもらったり、自分から本を読んでみたりしました。そうやっていくうちに段々仏教の考え方が好きになってきました。私がその先生が好きだったのは先生が仏教の人だったからなのか、とも思っていました。しかし冷静に考えていくと、私と仏教との縁がその先生ではなく違う人からもたらされたものだったらここまで仏教に熱中しなかったはずで、全ての始まりが恋愛という煩悩から始まっていると思うのです。
このような状況をお寺の方々はどう思われますか? 私は自分が間違っているような気がします。

【拙回答】

「恋愛=仏教的には悪いこと」ではありません

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

人を好きになる、愛情を持つと言うことは人間としての大切な感情であると存じます。

仏教では、好きという感情、愛情、片想い、恋愛を全て否定するわけではありません。

むしろ、密教においては、そのような感情を悟りへの力と変えようとすることさえもあります。下記はその一端の参考例となりますが、解釈には非常に慎重さを要しますので注意が必要となります。世間一般における認識・通説・真理(広義の世俗諦)などにおいて、その内容を捉えようとしますと、とんでもない間違い・過ちを起こすことがあるため、このことは十分に前提として踏まえておいて下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/理趣経
http://ja.wikipedia.org/wiki/愛染明王

さて、ひとまず少し密教のことは脇において、感情について仏教が問題とするのは、総じて簡単に言いますと「執着」・「実体視」というものとなります。恋愛と執着との関係は、これまで下記問いにても少しく述べさせて頂いております。

http://hasunoha.jp/questions/16
http://hasunoha.jp/questions/76

特に上記の76にて述べさせて頂いておりますが、その愛情を特定の誰かだけに留めるのではなくて、やがては全ての一切衆生たちへと差別なく平等に及ぼすことができるのかどうかが重要になると考えております。

他の回答の皆様もおっしゃられているように恋愛というご縁により仏教と出逢い、仏教に夢中になられたのは、誠にそれも一つの善き「ご仏縁」でございました。

もちろん、この度の恋愛が無事に成就し、更に仏教についても精進努力を積まれて、やがて仏道も成就なさられることとなれば尚更に善きこととなります。また、この度の恋愛が成就しなくとも、善きご仏縁を頂戴致したことに感謝を持ち、仏法を学び修しつつ、このことに報恩を持って過ごされていかれましたら、また善き恋愛のご縁も戴けるのではないかとも存じます。

この度は、とにかく、「恋愛=仏教的には悪いこと」ではありませんので、このことだけはご理解を頂けましたらと存じております。

こはる様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16