問い「潔癖症」
http://hasunoha.jp/questions/482

【ご質問内容】

いつもお世話になっております。

びっくりしたことがあるのですが
良寛さまは、自分の懐でノミやシラミを大事に育てたりされていたそうですね。
またインドのガンジス川には大変汚い物が流れているのにもかかわらず
平気で河で沐浴されているそうです。

自分には考えられない話でございます。
自分はたいへんきれい好きで、
あんまり洗ってない靴を使うのをためらったり
洗濯をまめすぎるぐらいしてしまいます。

きれい好きが良い結果をもたらすなら良いのですが
気になってしまうあまり、心に負担がかかってしまって
心が汚くなるというか、自分にとってなにも収穫がなく
生活に少しばかり支障がでてきていました。

このままじゃいけないと思ったときに
良寛様やインドのお話に出会って
自分はいままでの方針を転換して
潔癖な自分、きれい好きな自分と決別したいと
思うようになりました。

ちょっと大それたことをいうようですが、
良寛さまのように身体の美しさよりも心の美しさを
大事にするような人間になりたいのです。

そこでぜひアドバイスをお願いしたいと思い投稿させて
いただきました。なにとぞよろしくおねがいします。

【拙回答】

「いい加減」ではなくて、「良い加減」を目指す

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「潔癖症」でお悩みのご様子・・

衛生的なことを考えますと、何事も綺麗にして清潔に保つに越したことはありませんが、それが色々と度が過ぎてしまって、心への負担、ストレスとなり、また、生活への支障や弊害が生じてしまう程となれば、やはり少し考え直していかなければならないように存じます。

ただ、無理して生来のきれい好きな性格を変えるとなれば、逆にそれがより心への負担・ストレスになってしまうこともあり得るため、それほど性急に極端にまで性格を変えようとなされることもないかとは存じております。

仏教では特に極端を避けるための「中道」を歩むことが望まれることとなります。中道は「いい加減」ではなくて、「良い加減」、「良い塩梅」を目指すことが求められます。負担、ストレス、支障・弊害のない範囲でなさられますことをお勧め申し上げます。

また、「○○障がい」・「○○症」・「○○依存症」といったものに、変にマイナスに囚われてしまわれずに、私たちそれぞれにおいてのより良い幸せのためには、それぞれの心をより良くに変容させていくことが必要となります。このことも少しご理解頂けましたら有り難くに存じております。

問い「女なのか、男なのか。」
http://hasunoha.jp/questions/470

『・・「障がい」と言ってしまうと、どこか嫌悪感が生じてしまうかもしれませんが、本来、現代社会で一概に規定されているような「障がい」の有無に関係なく、私たちは皆一様に、無明(根本的無知)・煩悩・悪業(つまり、煩悩障・所知障)という障り、つまり、「障がい」を抱えており、日々生きていく上で様々な悩み・迷い・苦しみがあるかと存じます。

それをこれは「障がい」で、これは「障がいではない」と一律に決めつけてしまうのではなくて、そんなことよりも、それぞれにおいて、その心のありようを改善させ、成長させていくことにより、悩み、迷い、苦しみを解決させて、より良く幸せに過ごすことができるように調えていくことが大切になるのではないかと存じております。

仏教は誠にその一助として良き処方箋になるのではないかと存じます。是非この機会からも学びを進めていかれますことをお勧め申し上げる次第でございます。・・』

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16