問い「生きる目的が見つからず、就職するのが憂鬱です」
http://hasunoha.jp/questions/508

【ご質問内容】

初めまして。
初回から非常に重苦しい質問をしてしまい、申し訳ございません。

私は、現在就職活動をしています。
その中でどのような職に就こうかと考えた際、これからやりたいことや、
生きる意味について考えてしまい、やりたい事も目的もないのに、
これからも生きるということに嫌気がさしてしまいました。

生きる上で苦しいことや、嫌なこともあるのは分かります。
それに耐えねばならないことも理解しています。しかし、
それに耐えてまで何故生きるのかということが、今は本気でわかりません。

大きな話では地震や災害、就職難、高齢化、経済危機など、
小さな話では人間関係や恋愛、就職、介護など、
不安なことやつらそうなことが多すぎて、将来生きてゆくことが不安です。

「生きる意味なんてない」あるいは、
「その内生きる意味がきっと見つかる」
と自分を励ましてきましたが、
そのごまかしにもそろそろ限界がきています。

生きていて良かったと思える為には、どうすれば良いのでしょうか。
途方もない質問でありますが、お答えを賜われれば幸いです。

【拙回答】

心を浄らかにして、善き行いに努め励むこと

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「生きていて良かったと思える為には、どうすれば良いのでしょうか。 」・・

仏教的なお答えと致しましては、「心を浄らかにして、善き行いに努め励むこと」となります。

もちろん、世俗的には、何が自分自身にとっての幸せで、何が良い人生であるのかは、人それぞれの価値観により相当に異なってしまうものでありますでしょう。

ただ、仏教的には、みなみ様にも色々と悩み、不安を抱えておられる苦しみの現実がございますが、まず、この苦の現実をしっかりと受け入れて、その上で、その苦の原因や条件になっているものは一体何であるのかを詳細に見極めて、そして、その苦の原因や条件となっているものを仏道を歩む中で一つ一つ対治していき、やがて苦の滅を目指していくこととなります。(苦・集・滅・道の四聖諦)

この苦の滅という安楽なる涅槃、悟りの境地へ至ること、仏教ではそれを幸せで最良なることと考えることになります。

もちろん、別に今は涅槃・悟りに興味がなくとも、この人生での良い報い、良い結果を求めたいのであれば、やはり、そのための因・縁(条件)が必要となります。何もその因・縁を積まずにして、どこかから良い報い、幸せが勝手にやってくるわけはありません。種も発芽するには、水や光や養分やと発芽のための因・縁が必要であり、種だけで水や光や養分などの因・縁無しで発芽という結果が生じるものではありません。幸せという芽を出すためには、それなりの因・縁が必要であり、仏教では、それこそが「善い行い」となる次第でございます。

ただ「善い行い」と言ってしまうと抽象的ですが、一つは他に迷惑を掛けない、自分のされて嫌なことはしないという善い行い(代表的な十善)と、もう一つが苦しみ困っている者がいれば積極的に助けていく、施していくという善い行い(慈悲・利他行)となります。

是非、善き因・縁を積まれて、善き結果に恵まれますように、みなみ様のお幸せを祈念申し上げます。

「生きる意味」・「生きる目的」につきましては、最近では下記の問いにもお答えをさせて頂いておりますのでどうかご参照下さいませ。

問い「この世に生を受けたということ。」
http://hasunoha.jp/questions/468

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16