問い「死を受け入れるにはどうしたらよいでしょうか」
http://hasunoha.jp/questions/601

【ご質問内容】

最近、身近な人の死に接する機会が増えました。
友人や親戚の訃報に接し、「やがて自分も死ぬのだ」と死について意識するようになりました。

しかし、理屈では「死から免れない」「生まれたものは必ず滅する」とわかるのですが、自分は「まだまだ死にたくない」という気持ちが沸々と湧いてきます。

事故にでもあわない限り、遅かれ早かれ必ず死の間際を迎えると思います。そのとき、自分はどうしているのか想像がつきません。

宗派によっても死生観がことなると思いますが、死をどのようにして受け入れていったらよいのかご教示賜りたいと存じます。

よろしくお願い申し上げます。

合掌

【拙回答】

「死」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

宗教全般はもちろんながら、仏教においても「死生観」の問題は誠に避けて通れないものでございます。

これまでhasunohaにおきましても「死」に関して扱わせて頂いて参りましたが、その中では下記の拙回答が少しくにも参考となるのではないかと存じております。

問い「死への恐怖がぬぐえません」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002999290.html

問い「生きる意味、死ぬのが怖い」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002966329.html

問い「生きること、死ぬこと、どっちが辛いのか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992500.html

基本的な「死」へ向けたあり方としましては、下記の拙回答を参考として頂けましたらと存じます。

問い「死ぬとどうなるのでしょうか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002844774.html

『・・死後の有り様は、「生き方次第」であり、それもできうる限りの「善い」生き方が望まれるものとなります。死後の輪廻においては、(空なる)心(相続)のありようが大きな作用を持つものであると考えられております。無明(根本的無知)・煩悩・悪業などの悪い因を抱えた状態での死後の赴きは、非常に厳しいもの(悪趣世界・・地獄・餓鬼・畜生など)になる可能性が高くなってしまうと言われております。何とか確かなる「仏縁」により、心(相続)を浄らかに保ちて、死後以降も仏道修行の歩める状態にて、悟り・涅槃へと向けて精進努力して参りたいものでございます。真なる楽(悟り・涅槃)を得たいと願うのであれば、しっかりと「善い」生き方を心掛けていく必要があるかと存じております。善い行いが積めれますように共に頑張って参りましょう。・・』

とにかく、死へ向けて、あるいは死後の安心は、心(相続)のありようと行い次第として、しっかりとより善くに調えて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16