問い「「執着」の解釈について」
http://hasunoha.jp/questions/797

【ご質問内容】

初めまして。
先日、人生初の写経(般若心経)を体験させていただきました。
そのとき、「執着」からの解放について法話をいただきました。

加減が大事、だとは思うのですが執着しないことで得られる自由な心・発想・幸福感に納得すると同時に、たとえば学生のときなど、100点満点や資格合格にひたすら執着し諦められずに必死に向き合って努力し、手にした達成感や自信などもあることを思い出し、そこで「執着」についてうまい解釈が自分のなかでできずにいます。

実際今恋愛に関しても、気になっている方に粘り強く振り向いてもらえるように頑張ってみようかな?という思いと、もう、5回ほど会って相手と何も進展がないならば、執着しないで次へ向かうぞ!と思うべきか?と葛藤中でもあり、「執着」についての解釈についてもう少し、お坊さん的アドバイスをいただけると有難く存じます。

よろしくお願いいたします!

【拙回答】

「空と縁起」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

般若心経は「空」を考える上での重要な内容となってございますが、「無無無・・」と続くことから、誤って「何も無い」という意味の「虚無」や「絶無」と勘違いしてしまうと、「むむむ・・」となってしまいます。

もちろん、私たちの目の前には様々な存在があって、事象が展開されています。しかし、それらのあらゆるモノ・コト、存在・事象は、実体的に、独立自存として成り立ってはいないということを理解した上にて、ではどのようなありようで成り立っているのかにつきましては、最近の下記拙論をご参照下さいませ。

「 死後について 」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008841241.html

『・・この世における全ての存在・事象は、必ずや因や縁に依存して(依りて、「縁」りて)、「起」こっているという「縁起」の法を理解することと共に、依存して成立しているということは、つまり、独立自存・実体として成立していないという「空」であることの理解も求められるものとなります。・・』

問い「『とらわれない心』について教えてください。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1010408264.html

『・・例えば、人生における幸せや夢を追いかけて頑張ることや、仏教における悟りを目指すことや、修行に励むこと、智慧を育むこと、善徳・利他・慈悲行を実践することまでも、「とらわれるな」、「執着するな」というのは、誠に愚かなことであると存じております。それらを否定してしまって、じゃあ一体何をするのだということになります。下手に幸せや夢、悟り・涅槃へと向けた善き因縁を集めていくことまでをも否定してしまっては、人生も、仏教も、そのものを根底から否定してしまうことになりかねませんし、何もかも否定してしまい虚無に陥りかねません。このことは十分に気を付けて注意する必要があるかと存じております。・・』

要は「執着」についても、いかにして善き結果へと向けての善き因縁を集めていけることになるかどうかにて、その度合を判断するべきではないかと考えております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16