問い「タトゥーのせいで」

【ご質問内容】

私には消えないほど広範囲に渡るタトゥー(刺青)が入っております。

元々タトゥーが好きで、タトゥーを入れたのは自分の意思ですが、そのデザインはお世辞にも自分が望んでいたような綺麗なものではありませんでした。彫師さんの圧力に負け、そのままのデザインを入れてしまいました。 
死にたいくらいとても後悔しています。

なにか嫌な出来事がある度にタトゥーのせいにしてしまいます。

元々美意識が高く、お洒落をすることが好きでしたが、今となっては自己評価が下がり、綺麗にしたところでこの汚いタトゥーが…と卑屈になってしまい、自分のことがどうでもよくなりました。

女としての価値も下がったように感じ、"こんな汚い私でも"好きになってくれる人なら…とすぐに身体を許してしまったり、しがみついたりしてしまいます。

忌々しいタトゥーが入っているせいで幸せにはなれないのだと、将来に悲観ばかりしています。

タトゥーが入っていても幸せな人がいることもわかっています。でも、その方々は自分のタトゥーを気に入っているからだと思います。

内面を磨くことも努力していますが、タトゥーを見る度に悲しみと後悔と不安でいっぱいになります。汚い自分で一生過ごすことに絶望してしまいます。

汚いタトゥーを受け入れるためにできること 
昔のように自分を好きになるためにできること 
アドバイス頂けたらと思います。


【拙回答】

心の善き変容へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

タトゥー自体には、本来、罪はありません。タトゥーを見る人、それぞれの心における捉え方により、そのタトゥーに対しての評価や価値、意味なども変わってしまうものとなります。綺麗や汚いもそうです。実体として、タトゥーに最初から何らかしかの意味や価値、評価があるわけでもありません。

「忌々しいタトゥー」・・「忌」という字をよく見て下さい。心に己が乗っかっています。忌々しいと思っているのは、自分の心からによることで、それもタトゥーだけではなく、自分の心自体もますます悪く追い込んでいるのも、実は自分自身の心なのであります・・

心に優しさや愛や慈悲を育ててあげれば、行動もやがてそのように伴うようになっていきます。もちろん、その逆もしかりにて。大切なのは何よりまずは心になります。

やがて身体は衰え腐りゆき捨て去るようなもの、そんなものにおけることを後生大事に思って、心の状態を悪くしてしまうのももったいないこと。大切なのは後生も続いていく「心」のありようです。

どうぞ心の善き変容へと向けて、是非、仏教からも色々とヒントを得られて、実践されてなさられていって下さいませ。

川口英俊 合掌