hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

2012年11月

問い「日々生きて行くのはこんなに大変なことなのでしょうか」

問い「日々生きて行くのはこんなに大変なことなのでしょうか」
http://hasunoha.jp/questions/31

【ご質問内容】


毎日毎日生きて行くのって本当に大変なことだと思っています。社会人になってから毎日思い知らされています。


現状を維持するのがこんなに大変なことだと。ちょっとでも油断したり立ち止まったり後ろ向きになると、崖から転落する気持ちです。世間とは恐ろしいものです。ちょっとでも気を抜くと世間は許してはくれない。


何も考えず、無心で、生きていることを忘れてでもしない限り人間の営みはとても難しいです。


毎日同じ時間に起き、会社に行き、他人とのトラブルを避けるために綱渡りをし、常に結果を出してそれでやっと生きるためのお金をもらって、日々生きることができる。


生きるためにこうして日々気張って苦労をし、苦労をした結果やっと人並みに生きることができる。これを死ぬまで繰り返す。苦しくても苦しいなどと言えない。


本当に、毎日生きて行くって大変なことだと思い知らされています。生きるってこんな感じなのでしょうか?みんなこうしてこんなに大変な思いをして、それこそ死ぬる思いで生きているのでしょうか。


【拙回答】


川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。


四法印の一つに「一切行苦」があります。私たちの代表的な苦しみとしては、生・老・病・死、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦の八苦があり、この苦から逃れるために、いったいどうすれば良いのかという問いからお釈迦様の修行が始まりました。


そして、お釈迦様はお悟りを開かれて、その苦しみのありよう、その苦しみの原因、その苦しみを滅する法、そして苦しみを滅するための実践と、苦・集・滅・道の「四聖諦」をお説きになられました。


弾切れリボルバー様は、「苦」の現実にさいなまれて、直視なされておられるまさに今こそ、どうすれば、その「苦」から逃れられるというのか、その解決の糸口を見つけていくための「仏縁」を授かる良い機会であるのではないかと僭越ながらにも存じております。


今すぐには無理だとしても、何かの合間にお寺にお参りなされてみたりすることからでも始められて、そこから例えば、興味があれば座禅会や法話会に参加してみることや、仏教関係の著書を少しずつ読み進めてみること、ネットでも仏教のことについて幾らでも検索すれば出て参りますから、分からない語句や意味を調べてみたり、あるいは、この「Hasunoha」など、仏教について直接質問できる場も活用なされながら、徐々にでも仏縁にあずかれる機会をお持ちになられることをお勧め致します。


弾切れリボルバー様が、これから少しずつでも「仏縁」によって、「苦」を滅するための実践を歩まれていくこととなられましたら誠に幸いでございます。


川口英俊 合掌


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問い「お坊さんに転職するには」

問い「お坊さんに転職するには」
http://hasunoha.jp/questions/24

【ご質問内容】

転職としてお坊さんになりたいという人も世の中にはたくさんいると思いますが、ほとんどの人は具体的にどうしたらよいのかわからないと思います。


まずは、履歴書をお寺に送って面接を受けて修行から始めないといけないとか、講習を受けないといけないとか。また、こちらから宗派を選べるのかとか。求人も見た事はありません。


もちろん職業というわけではないと思いますが、お坊さんに転職したいと言う人はたくさんいると思います。具体的な手順がわからないので、その選択がなくなってしまっている人も中にはいるのでは。


ざっくりと転職するにはどうしたらよいのかお聞きしたいです。


【拙回答】


川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。


日本において僧侶となるには、現在の日本仏教の各教団における大本山寺院本部に僧侶資格の要項をお問い合わせ頂くのが最も早いのではないかと存じます。その中で自分の信仰、信心、興味などを勘案し、ある程度絞られた上にてご選択なさり、決意なされたならば正式に入門、修行課程をお進みになられ、僧侶資格を目指されるのが良いかと存じております。ウィキペディアの大本山寺院一覧をご参照下さいませ。


但し、現在日本国内の伝統仏教宗派の僧侶が、正式な真の僧侶と言えるのかどうかと言いますと・・正直、難しいところもあります・・


本来、正式な僧侶となるには、比丘戒・比丘尼戒などの別解脱戒の戒律を授けられて、更には大乗仏教僧侶であれば、菩薩戒・三聚浄戒、密教僧侶であれば、三昧耶戒など、遵守すべき前提となる戒律があり、その戒律を授ける正当な戒壇もなければならないのであります。また、その戒を授ける者・師も正当な僧侶であることが必要となります。


「戒律」ウィキペディア参照から「・・現在日本国内の伝統宗派の僧尼は、出家者の波羅提木叉(別解脱戒)を、教義上、平安時代以降は受けておらず、 無戒である場合がほとんど・・」(形式的には一定の戒壇での受戒は行われているため、何を根拠として平安時代以降とされているのかについては検証が必要とも考えます。問題は実質的な形骸化と破戒容認傾向の度合いにあると言えるでしょう。)


拙生は自分自身のことを「正式な僧侶」と思ったことは一度もありません。上述のような真に正式な受戒も経てはおらず、ましてや、別解脱戒の内容さえも全て知らずであり、修行は形式的には禅専門道場にて行いましたが、帰山後においては、特に妻子帯もした上に、正式な戒律を守っていると言える自信は全く無く、中途半端な「世俗・在家僧侶」であると常に猛省し、あまりの情けなさで時に嫌になることさえもあります・・世襲の悲しい現実でもあります・・


もしも、真に正式な僧侶としての受戒を望まれるならば、あくまでもこれまでの拙偏知見に過ぎませんが、根本仏教・初期仏教では日本テーラワーダ仏教協会にて、また、大乗仏教では、日本から離れますが、チベット仏教ゲルク派などが良いのではないかと存じております。参考となりましたら幸いでございます。


川口英俊 合掌


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問い「 立派なお墓ほど良いのでしょうか?」

 問い「 立派なお墓ほど良いのでしょうか?」
http://hasunoha.jp/questions/27

【ご質問内容】

昔は偉い人や身分の高い人のお墓は古墳だったりピラミッドだったりと大きかったり立派だったりします。
宗教によってはその価値観が違うと思いますが、仏教では、立派なお墓にすることで故人のメリットってあるのでしょうか? メリットって言葉は変ですが、例えば天国でも不自由なく暮らせるとか、天国で他の人よりちょっと有利になるとか。

先祖や故人を大切にする気持ちがあるからこそ、生きている人にとっては結構気になるところであります。


【拙回答】

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

まずお墓に関しては、真に「仏教」的なものとして扱えるのかどうか、宗教学者・宗教評論家でも意見が分かれるところであり、お釈迦様は果たして「お 墓」なるものを容認していたのかどうか、正式に論拠に添って考察したことはございませんが、原始仏教経典類から否定する見解と容認する見解とで分かれてい るかと存じます。日本の仏教界の立場ではもちろんほとんど異論なく容認するところとなっているかとは存じます。

死者・故人を悼み弔うという風習は、もちろん大切なことであります。日本の場合では、土着的な死者への弔いの風習と併せて、仏教が日本に伝わる変遷 の中で、中国・朝鮮における道教・儒教的な要素の影響も強く受ける中、現在に到る「お墓供養・先祖供養」の形態が徐々に調えられていった面があるのではな いかと推察致します。

拙私見としては、少し難しいことですが、仏教の輪廻・業思想から述べますと、輪廻・業の作用に影響を及ぼすものは「心相続」であり、肉体は一時の縁 による仮のもの、無常なるものであります。もちろん、心も身体も実体として存在するものではなく「空」なる存在にて、ただ「縁起」により成立しているだけ であることには十分に注意が必要となります。

上記の点から、本来、心も身体も実体視して、執着はできないものと言えることから、本質的には、それらにまつわる「お墓」や「遺骨」にもあまりとら われすぎてはいけないものであると考えております。もちろんだからといってないがしろにして構わない、どうでもいいとまでは言いませんが、「形」あるもの は所詮実体として存在するものではなく、無常なる中で、やがて様々に変化していくものにしか過ぎません。もちろん、各々の「供養の気持ち」を世俗的に一応 「形」として表現したいとして、大小や優劣にこだわることは構わないですが、やはり最も大切になるのは、死者・故人がしっかりと仏縁を授かって、この輪廻 の苦の大海から抜け出でることを祈り願い、確かなる仏縁の下でしっかりと私たちも善徳行の実践を積み、その善徳行による善業が自分や特定の故人やご先祖様 だけではなくて、輪廻の苦にある一切衆生へと廻り及び、皆が悟りへと向かえていけますようにとして調えていくことが重要であると存じております。字数制限 ここまでにて失礼致します

川口英俊 合掌


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問い「今なのか将来なのか」

問い「今なのか将来なのか」
http://hasunoha.jp/questions/21

【ご質問内容】


年長の子どもがいます。幼稚園や小学校のうちはたくさん遊んだり体験する事で学んでほしいと思っていました。つまり、将来の準備のための生きるというよりは、“今”を楽しんでもらいたいと。しかし、小学校受験やその先の受験のために、塾や習い事に通っている子も周りにちらほらいます。


子どもが将来苦労をしないためにはその方がいいのかな? とも考えられますが、実際のところ自分の子のためにはどうしたらいいのか迷っています。


【拙回答】


川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。


子どもには伸び伸びと健やかに育ってほしいと親御さんならば誰もが思うことであるかと存じます。


実際、子育ての現実は個々それぞれにおいて色々と難しいところがあります。できるだけ子どもの意思を尊重したいとは考えるものの、親としては、ある 程度子どもの世話をやきたいし、レールを引くまでとはいかないにしても、何か先鞭をつけていってあげたいと思うこともありますでしょう。


正直、子育て一年目の拙生が偉そうに申すことはあまりできませんが・・


子どもは、幼稚園・保育園、小学校と他人との関わりが徐々に増えていく中で、物事への分別がつき始め、色々な刺激や影響を受けながら、「社会」へと少しずつ適応していくうちに、子どもは子どもなりに様々な自覚と責任が自ずと芽生えてくるのではないかと考えております。


自覚と責任がある程度の段階までになると、本人は自分で将来のことを考え始めて、自分から、あれがしたい、これがしたいと主張し始めることでしょう。その時に親としてそれまでの人生経験・考え方から親身にアドバイスをして、親として手伝えることは手伝い、手伝えないことははっきりと拒否し、過度に甘やかせすぎずに、時には理解できるように苦言を呈し、再考を促すことも必要になるかと考えております。


将来のことについては、まだ来たらぬ先のことをあれこれと思いめぐらせて悩むよりも、「今」の子どもの幸せを考えて、親としてできることをしつつ、 もちろん道徳的・倫理的に社会で生きていけれるように最低限のしつけは当然ながら、親の期待や希望を過度に押し付けることはせず、あまりストレスを与えす ぎて歪な性格とならないように、と気配りしながらの中で、「今」の子育てを充実して楽しまれてる先に、きっと独り立ちされる頃には、良い将来が自ずと訪れてくるのではないかと存じております。


お子様の健やかな成長を祈念申し上げます。


川口英俊合掌


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問い「人前で話すときのコツを教えてください」

 問い「人前で話すときのコツを教えてください」

http://hasunoha.jp/questions/20


【ご質問内容】


法事などでお坊さんのお話を聞いているときにふと思ったのですが、お坊さんは、大勢の前で落ち着いてゆっくりと、しかも心に響くような語り口調というか、心に残るような話し方とかそうした感じで人前で話ができる人が多いような気がします。


緊張しているお坊さんや、早口で何を言っているかわからないお坊さんはあまり会った事がありません。実はお坊さんはプレゼンのプロで、人前で話をするテクニックやノウハウを独自に知っているではないかと考えています。修行のカリキュラムに人前で話すことなども訓練しているかなぁと。


是非、ビジネスで活かせるような、人前で話すときのコツやノウハウ、伝わる話術などがあれば教えていただきたいです。


【拙回答】


川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。


僧侶が法事やお通夜・お葬儀、法話会などの際に人前でお話することは、いかにして仏法をお伝えできるかどうか、僧侶としての真価が問われてくるところとなり、非常に大切な場と心得ております。一期一会の大切な機会、一つの法戦場でもあり、拙生も井上広法師と同様にいつも緊張して取り組みます。


法事における作法、読経や回向など形式的なことは専門家である僧侶にお任せ頂くとしても、僧侶としての義務と言える「法話」はないがしろにできないところであり、お聞きになられる方々にも心してその内容、僧侶の度量・器量もお図り頂きまして、疑問や質問を投げかけられることをお薦め致します。それが僧侶にとっても成長の糧になるかと存じております。


人前でお話するのは、始めはたどたどしくても、浦上哲也師のおっしゃられるように場を重ねての「慣れ」と、あとは自分の理解としての言葉とすべく準備は欠かせないもので、修学・修練を積み、一人で何度もプレゼンしてみるなどして、限られた時間内で最低限お伝えすべきことを紙面にまとめて推敲し、それ を丁寧に分かり易く、少しでも相手の印象に残って、仏法への次の「縁」をお持ち頂けるようにと拙生は心掛けております。もちろん、まだまだの未熟者であり、いつも反省致すこと多いですが・・


修行のカリキュラムに人前で話すことなどの訓練は特にありませんでした。禅宗で「公案」という老師との禅問答はありましたが・・人前で話すのとは全 く異なる空間でしたし・・拙生は、学生時代に政治に興味があり、マイクを握っての街頭演説を数百回していたことも人前で話すための良い経験であったかなとは振り返りますが・・


ビジネスで活かせるような、コツやノウハウ、伝わる話術・・やはり、自分より上手な人のやり方を良く観察して、参考となる教えを頂いたりしながら、 修練し、できるだけ自分の言葉として伝えたいことを伝えられるように、時には興味の引きつけに様々なツールを用いて他と差をつけるための趣向を凝らすことも必要かと存じております。


COMPLEX様のビジネスのご成功を祈念申し上げます。


川口英俊合掌


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問い「子どもに怒ってばかりで子育てがつらい」

 問い「子どもに怒ってばかりで子育てがつらい」
http://hasunoha.jp/questions/15

【ご質問の内容】

2歳の男の子がいます。

最近、「嫌だ」が口癖で、落ち着きもありません。言うことを聞かないので、怒る場面がかなり増えました。

外でこんなに怒っている人は見たこともないというくらい自分では怒りっぱなしです。もちろん、危ないことや、やってはいけないことを何度もやるので怒っているのですが、そいう場面が多いです。

怒りたくなく、笑顔でいつもいたいのですが。


【拙回答】

 川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

 井上広法師のおっしゃられておられますように、子育ての中、様々な道徳・倫理を養わせていくためにしつけを行う際、時に怒ることは大切なことで あります。そしてそれは将来の子どものためでもあります。これからの人生で間違った道を歩まぬように、しっかりと道徳的・倫理的に社会で過ごせていけるよ うにとして行うことが大切であります。

 ただ、その怒りによるしつけも、時と場合によっては悪い結果をもたらしてしまうこともあります。子どもの成長の器量に応じて、できるだけ適切に 優しく諭す場合、厳しく諭す場合と見極めていくことも大切となります。例えば、まだ生後数ヶ月の子どもに対して、「危ないから寝返るな」と怒鳴り叩いて 怒っても仕方がないように、子どもの成長度合い、分別度合いを見極めていかなければなりません。

 また、くれぐれも子どもへの怒りが己のストレス発散、自分の都合や自己満足のためによる怒りへと陥らないように注意することも必要となります。 それはやがて虐待やネグレクトへも繋がりかねません。井上広法師が「心まで怒りで満たさないよう」にとおっしゃられているのもそのためであります。

 仏道は、慈悲と智慧によって正しく歩むことができて参ります。慈悲が優しさの教えであるならば、智慧は厳しさの教えであります。子育てもバラン ス良く、偏り無く、優しさと厳しさを兼ね備えて進めていくことが重要ではないかと存じております。MOMO様のお子様の健やかな成長を祈念申し上げます。

 川口英俊合掌


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問い「心に余裕がなくて他人まで考えられない」

問い「心に余裕がなくて他人まで考えられない」
http://hasunoha.jp/questions/17

【ご質問内容】

自分のことで精いっぱい。

仕事も覚えることがたくさんで毎日忙しい。他人に優しくとか言われるけど、人のことまで気にかけるなんてとてもできない。自分が大事。

【拙回答】

 川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

 「自分のことで精一杯」、これは誰もが普通にそうであり、そのように思うのは仕方のないことであるかと存じます。

 誰もが自分を愛し、自分を大切にし、自分が、自分は、自分の、自分に・・となってしまいます。

 仏教では、自分にとらわれて執着してしまっていることを「我執」として、最も退治すべき執着として扱います。

 しかし、いきなり「我執を退治せよ」と言われても私たち凡夫には非常に難しいところでもあります。

 そのため、一度、冷静になってみて、「自分」、「自分」と言っている、その「自分」とはいったい何であるのかを吟味してじっくりと分析してみることをお薦め致します。その際には、仏教の様々な教書・論書の智慧を頼りに少しずつ進められるのが良いでしょう。

 やがて、その「自分」とはどこを探しても、そのように捉えられるような「自分」が見あたらないことに気づくこととなって参ります。「自分とは実体の無い空なる存在である」と。もちろん、気づくだけではダメであり、少しずつ己の心・習性・実践へもその気づきを馴染ませて、自分や自分に関わることでの様々な執着を離していくことが必要となって参ります。

 ただ、上記の理解だけによって絶無・虚無に陥ってしまってはいけません。実体が無い、空であるとは言えども、あなたは確かに存在しているのであります。

 その存在のありようは「縁起として」、であります。ここで「縁起」の三層の解説を詳しく述べますのは字数制限の関係上難しいため、至極簡単に分かり易く述べますと、あなたは今も、これまでも、そしてこれからも様々な無数の「縁」によって支えられて成り立っている存在であるということであります。 月並みな表現で申し訳ありませんが、様々な「縁」により生かされて生きている存在であるということであります。

 この「生かされて生きている」という存在であることを十分に理解でき、少しなりともその無数の「縁」への感謝・報恩・慈悲の心が芽生え始めると、ようやくに他人のことが考えられるようになるのではないかと存じております。

 まずは、少しずつでも「自分」とはいったい何であるのかを分析することから始められてみてはいかがでしょうか。けいた様に智慧の光が射し込みますことを祈念申し上げます。

 川口英俊合掌

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問い「恋愛をすると心配で夜も眠れません」

問い「恋愛をすると心配で夜も眠れません」
http://hasunoha.jp/questions/16

【ご質問内容】

つき合っている恋人がいますが、メールや電話が少し遅いだけで気持ちが冷めたんじゃないかとか、浮気されているんじゃないかと不安で仕方なくなります。

もっとメールしてほしいなど恋人にしつこく言うと嫌がられそうなので言えないのですが、我慢しているともっと不安になってしまいます。

どうしたらいいでしょうか。


【拙回答】


 川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

 時に「恋愛」は人を盲目化させてしまうことがあり、様々な弊害が生じてしまうことがあります。

 一切は空であるという仏教の基本法理からは、何らとして実体視できるものはどこにもないのですが、凡夫である我々は無明によって、とらわれる心が生じ、色々なモノ・コトに執着してしまうのはある程度仕方のないことであります。しかし、実体視・執着によって様々な煩悩・随煩悩が生じて、その行為により悪業を積むこととなって、その結果として先で悪業の報いを受けることは、できるだけ避けていくことが望まれます。

 しかし、いきなり「無明・煩悩・悪業を排撃させよ」とするのは酷であるかと存じます。菩提心を発し戒・定・慧の三学をある程度修している者にとっては有効かもしれませんが、凡夫である私たちはなかなか簡単なことではありません。

 では、凡夫はいかに対応すべきかとなりますが、「恋愛」によって激情化している感情、もみじ様の場合は、「不安」な心でありますが、その心をまずはどのように抑えて、冷静・正常な判断ができる自分に戻せるかどうかが重要なこととなります。「恋愛」は本能ですから、頭から抑えるのは難しいとして、しっかりと理性を戻せるように調えていかなければなりません。

 その彼氏は、自分の今後のこと、例えば将来へ向けての結婚・子ども・生活設計などを真剣に考えてくれているのかどうか、この恋愛において家族や友人・職場など周りの方々に迷惑を掛けていないかどうか、お互いにとってプラスとなっている恋愛かどうかなど、一度じっくりと冷静になって考えてみる必要があります。

 冷静に考えた上で、この恋愛によって(もみじ様の場合では「不安」な心等により)、家族や仕事や生活にまで支障をきたしているようであれば、井上広法師のおっしゃられるように一度離れてみることが大切であるかと存じております。もみじ様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊合掌


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