hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

2013年07月

問い「退職理由について」

問い「退職理由について」
http://hasunoha.jp/questions/187

【ご質問内容】

現在退職を考えています。
理由は、勤務シフトに暮らしがついていかず体調不良が続いていることと、休憩中の受動喫煙が辛いということなのですが、甘いでしょうか?
職場は、勉強出来る環境ですし、業務内容やスタッフに不満はありません。

2交代制のシフトなのですが、遅・早・遅・早となるのについていかないのです。
始発で出勤して終電で帰宅するような激務の人もいるんだぞ!と言われればその通りです。
帰宅が遅くても朝がゆっくり出来たらいいじゃないか!と言われても当然なのですが、帰宅が遅くて夕ご飯が食べられないのが何よりのストレスなのです。
休日にたくさん作って冷凍するなどの努力はしていますが、足りません。
元々同年代の人に比べて食事の必要量が多く、いわゆる痩せの大食いです。すぐに底をつきてしまいます。

コンビニの弁当やカップ麺など便利なものもあるだろうといわれるかもしれませんが、
そんな粗末なものを毎日食べても食事の多幸感が無く涙が出ます。
手作りの健康的な食生活を送っていて、たまにジャンクフードを食べるからそれが美味しく感じるのです。食費は浪費するのに、食事内容が不幸であるなんて、不幸以外の何物でもないと最近は感じます。
好きな仕事をしているのに、仕事のために自分の暮らしを犠牲にしている被害妄想が激しくなってきました。

栄養状態が悪いので貧血になり、休憩室の受動喫煙も頭痛に拍車をかけます。喫煙者は上の人ばかりなので誰にも言えませんし、鼻をタオルで覆うなどのあからさまなことは嫌味になるので出来ません。
けれど、お昼休みにまで外で食事をしていてはお金がもちません。

今のところ、貧血と頭痛・吐き気・舌の痺れ・疲労くらいの症状なのですが、病院でもらった薬を飲んでいても改善していません。痛みは強くなっています。
これ以上長く続けたら本当に体を壊すと思っています。

社会人として体を壊すまで働かないと、甘えによる退職になるのでしょうか。
症状を文字で羅列しても、「そんなんみんな一緒や。みんなしんどいねん」と言いたくなるようなものでしかありません。

今は、同じ業種のほかの会社から「うちに来たらいい」と言ってくれてるところがあるので、
いろいろと考え込んでしまい、結果そちらに転職したい気持ちが強くなりました。
でも、自分の退職理由がただの逃げな気がして、何とも表現しがたい苦い思いです。

【拙回答】

「引き際」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

これまでお仕事関係でのお悩みにつきましては、下記のようにそれぞれに「縁」を扱いましてご回答をさせて頂いて参りました。また、それぞれのご回答の皆様の内容もご参考となるのではないかとも存じます。

問い「会社での仕事」
http://hasunoha.jp/questions/175
問い「倒産とリストラの人生」
http://hasunoha.jp/questions/152
問い「仕事を楽しいと感じない」
http://hasunoha.jp/questions/155

この度のLIMI様も「縁」に依っての一つの大きな岐路にあるのではないかとは存じます。

退職理由・・「一身上の都合」で良いのではないかとは存じます。

ただ、退職するにしても「立つ鳥跡を濁さず」として、できるだけ円満な退職をすることが大切となります。

退職の挨拶や引き継ぎのための整理もその一つであります。そこで一つの区切り・けじめをつけて、そして、気持ちよく次の職場へと向かうことが必要となります。先にて何が前の会社や仲間との繋がりで自分にとってプラスになるかわかりませんから。

「引き際」・・これは何事においても難しいことであります。引き際を自分の発展や成長へと結び付けていけるかが肝要になります。引き際のタイミングは、後顧の憂いがなく、次の展望も見えている段階にて行うことが重要であり、今回は転職先への紹介もありますし、既に気持ちもそちらに向いているのですから、誠に良いタイミングではないかとは存じます。

あと、「引き際」は、そこでの「終わり」・「止まる」にしてしまってはいけません。次へのチャンスと捉えて、自分が変われていくきっかけとすることも大切です。変わらなければならないのは今の会社や周りか、それとも自分かということも考えて、会社に変われと言うならば、役員になって変えられる立場まで頑張るか、労働関係を改善するために労働組合で取り組むか、労働基準監督署へと訴えるかなどをしていかなければなりません。それができなければ、今の自分が前向きに変われていけるように努力していくことが望まれます。この度の転職もその一つの「縁」でありますでしょう。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お経の種類」

問い「お経の種類」
http://hasunoha.jp/questions/186

【ご質問内容】

お盆やお葬式でお坊さんがお経をあげますが、そこで読まれるものは全部同じものだと思っていました。
この前ある仏教の本を読んでいて、宗派によって読むお経が違うことを知りました。
それぞれどういうお経がメジャーなのですか?お盆のときはこのお経とか使い分けとかあるのでしょうか?

【拙回答】

「了義」と「未了義」・「月を指す指」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

前々回のご質問からも更に仏教についての学びを進められておられますこと、誠に有り難いことでございます。

問い「お経を今の言葉でわかりやすく説明してほしい」
http://hasunoha.jp/questions/121

この際にご紹介させて頂きました『「よくわかる お経の本」講談社・由木義文氏著』は、各宗派の仏事で代表的に読まれるお経の内容が良く分かる構成になっておりますので、まだお読み頂けておりませんでしたら、是非にもお薦めでございます。

前々回の拙回答からの続きとなりますが、仏典・経典においては、その仏説の説かれ方や内容に大きな違いもあるため、分類・教相判釈して理解を進めることにもなります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/教相判釈

大まかに二種の分類としては、「了義」と「未了義(不了義)」があり、前者は、仏の真意が説かれている教えとして、後者は、方便として説かれた教えとして分けられ、また、各宗派・宗旨によっても何が「了義」で「未了義」かについても分かれている場合があります。

更には、経典は「月を指す指」であり、「月」(真理・悟り)を指す「指」を経典に喩えて、その指し示す先にある「月」(真理・悟り)が真なる仏の境地であるとして、その境地に実際に辿り着くことが大切であるとして、経典はあくまでも「月を指す指」で便宜的なものにしか過ぎないと解釈することもあります。

龍樹大師
中論・「観法品」(第十八・第六偈)
『もろもろの仏は「我〔が有る〕」とも仮説し、「我が無い(無我である)」とも説き、「いかなる我も無く、無我も無い」とも説いている。』、(第八偈)『一切は真実(そのようにある)である」、「一切は真実ではない」、「一切は真実であって且つ真実ではない」、「一切は真実であるのではなく且つ真実ではないのでもない」。これが、もろもろの仏の教説である。』

この内容は、一見すると不定主義・相対主義と思われてしまうかもしれませんが、人々の迷い苦しみに応じて説かれた方便の教えの一端を示す内容となっており、その根底に控えている仏の真理は、実は私たちの言語表現や思惟分別を超えた言語道断・戯論寂滅なるものであることを示す一例と考えることもできます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「学生ですが生きる理由が分かりません。」

問い「学生ですが生きる理由が分かりません。」
http://hasunoha.jp/questions/185

【ご質問内容】

来年度から社会人になる大学生です。

ありがたいことに内定を頂きましたが、入社予定の会社はいわゆる"ブラック企業"です。
朝は8時から終電まで働かされ、体調を崩して退職する人が後を絶たないそうです。
いまさらもう一度就職活動をしても内定をとれる気がせず、この会社に入社すると決めてはいますが将来が不安です。

死ぬほど働いても何になるのでしょうか。
守るべき家族も持たず、自分の余暇を楽しむことができない人生に意味があるのでしょうか。

かといってフリーターになる度胸もありません。

自分でも何をどうすれば分からない状況です。
住職様、何かお知恵をお借りできませんか?

【拙回答】

「今でしょ」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「ブラック企業」への就職の不安、漠然とした将来への不安や憂いからの切実なるご質問を拝見致しました。

これまで生きる理由・意味に関しましては、下記の問いにおいても回答させて頂いております。

問い「今生きている理由」
http://hasunoha.jp/questions/165

問い「生きていく意味」
http://hasunoha.jp/questions/93

問い「人間は何のために生きるのか」
http://hasunoha.jp/questions/36

この度は、少し違った観点から述べさせて頂こうと存じます。

「生きる」のは、「今この瞬間」でしかありません。過ぎ去った過去に生きているわけでもなく、まだ来たらない未来で生きているわけでもありません。例えば、過去で吸った息で「今」を生きているわけではなく、未来で吸うであろう息で「今」を生きているわけでもなく、「今」吸った息で呼吸し生きているのであります。

もちろん、「今この瞬間」と言った「今」も既に言った瞬間から過去となり、もはや「今」ではありません。つまり、私たちは「今」の瞬間瞬間の連続体の中でしか「生きる」ことができないのであります。

既に過ぎ去ったものは、どうにもならないのと同じように、まだ来たらぬ先の未来のことをあれこれ考えてもどうにもならないのであります。それは、過去も未来も実体として存在していないからでもあります。(実は「今」も実体としては存在していないのですが・・)

問題は、「今」をどう「生きる」かです。「今」、Y.H様ができることをするしかないのです。もしも、先に不安があるならば、「今」何をするかです。「ブラック企業」と断定していて将来が不安で仕方がないのであれば、「今」において対策を実行していくのです。余暇やレジャーも楽しめるゆとりのもてる企業への再就職活動に動く、もしくは今から転職も見据えてスキル・資格取得に動く、結婚を目指して婚活に動く、もちろんそれぞれの結果は本人の努力次第にもなりますが、「今」動くことをしなければ、過去や未来にとらわれてしまっている限りは、「今」を見失い、どう生きるのかも見失ってしまうことになるのであります。

じゃあ、いつ動くの「今でしょ」でございます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「人の成功を喜べません」

問い「人の成功を喜べません」
http://hasunoha.jp/questions/184

【ご質問内容】

はじめまして。
私は昔から他人の成功を喜ぶことができない性格なのです。

例えば、友達が仕事で成功したり、難しい資格に合格したりなどの話を聞
と、表面的には一緒に喜びますが、心の中では悔しいような、寂しいような、
不安な気持ちが沸いてきます。
親しい関係であればあるほど、その気持ちは強くなります。親友や恋人に
対しては特に強く感じます。逆に親しくない関係の人の成功は素直に喜ぶ
ことができます。

自分でも嫌な性格だな、と思ってはいるのですが、どうしようもないのです。
誰でも少しは似たような嫉妬の気持ちはあると思いますが、自分は特に強く
嫉妬してしまいます。

この気持ちはどう整理すればよいのでしょうか。

【拙回答】

「随喜功徳」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「嫉妬」は煩悩の一つであり、誠にやっかいなものでございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/嫉

嫉妬や煩悩に関しましては、これまでにも下記問いにて少しく扱わせて頂いております。

問い「嫉妬する気持ちを消したい。軽くしたい。」
http://hasunoha.jp/questions/134

問い「人の悩みって」
http://hasunoha.jp/questions/82

問い「世の中で一番醜い事は」
http://hasunoha.jp/questions/66

上記の拙回答の内容とは少し違った観点から今回は述べさせて頂こうかと存じております。

仏教には、「随喜」という言葉がございます。

字の通りに「喜び随う」となりますが、他の者の善徳行や慈悲・利他行について、喜びの心を起こして、その功徳に随うことであります。

「随喜功徳」と申しますと、法華経の「随喜功徳品第十八」が有名でありますが、迷い・苦しみある者たちを救うというために行われる善徳行や慈悲・利他行について、誠に有り難く、尊いことであり、私もいずれはしっかりと行えるように調えて参りたいという心を生じさせることが仏教において肝要となります。

大抵の場合、嫉妬は世俗的な欲望において起こることでありますが、世俗的なことにおいても、自分自身もいずれは同じように成功したいと思うのであれば、嫉妬による言動は結局のところ悪い結果しかもたらされることはないので、できるだけ慎んで、できれば一緒に喜んであげて、自分もいずれは同じように成功したいとして精進努力して調えていくことが望ましいことであるかとは存じております。

その成功も、できれば「自分のため」ではなくて、「人のため、社会・世の中のため」ということでの成功を目指すようにしていくことが、自ずと自分のためにも繋がっていくのではないかとは存じております。「自利利他」ということでありますが、それを仏教においては、「全ての迷い・苦しみある者たちのために」ということでの善徳行や慈悲・利他行とすることを更に目指していくことが大切となって参ります。

なかなか嫉妬などの煩悩を無くしていくことは難しいことではありますが、是非、共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「施餓鬼供養について」

問い「施餓鬼供養について」
http://hasunoha.jp/questions/183

【ご質問内容】

色々と仏事についてお教え頂き、ありがとうございます。

先日、以前からご相談させていただいていますお寺様より、施餓鬼供養のお知らせが届きました。

護摩供養と塔婆供養があり、護摩供養の方が一層ねんごろな供養となるため、新仏を出す家は護摩供養をおすすめしますとのことでした。
ちなみに、護摩供養は一霊5千円、塔婆供養は一霊3000円とのことでした。

ところで、我が家は真言宗ですが、どこのお寺様でも施餓鬼供養されているのですか?

我が家は、ご先祖様、祖父母、と父、そして母が新仏となります。ねんごろな供養と言われると護摩供養をしてあげたいともおもいますが、1度に2万5千円となります。
お盆のお参りにも来て頂くことにしたので、当然お布施もします。
気持ちと言えば気持ちですし、今まできちんとお坊様のお経を頂くことのなかったご先祖様や祖父母の供養もきちんとしてあげたいし、父も長らくお経を頂戴していないので、ねんごろな供養をとおもいます。当然、新仏の母も。

しかし、金額的にどうかと思います。
例えば、ご先祖と祖父は塔婆で、両親は護摩供養と差を付けても良いものなのでしょうか?

お寺様に伺おうかと思いましたが、当然大切に思うのですがあれば、護摩供養で。お気持ちです。と言われるであろうと思います。

ですので、こちらでお教え頂きたいと思います。
よろしくお願い致します。

【拙回答】

施餓鬼供養は布施行「喜捨の心にて布施を行うこと」が大切

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

施餓鬼・ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/施餓鬼

この由来の説明における「仏説盂蘭盆経」は中国成立の偽経説が有力であり、また、主に施餓鬼供養における儀軌の典拠となっている「仏説救面然餓鬼陀羅尼神呪経」・「仏説救抜焔口餓鬼陀羅尼神呪経」・「瑜伽集要救阿難陀羅尼焔口軌儀経」・「仏説施餓鬼甘露味大陀羅尼経」に関しましてもそれぞれ「陀羅尼」という文言から推測できますように密教の影響が濃く、インド初期密教形成期において成立した可能性が高くあります。

「仏説盂蘭盆経」は、祖先信仰・祖先崇拝を扱う儒教の影響、施餓鬼関連の陀羅尼経類は、バラモン教・ヒンドゥー教における現世利益的信仰、マントラ・真言儀軌の影響があるのではないかと考えることができます。

問題は、施餓鬼供養の由来は、釈尊の教えに由来していないとして、安易に否定して良いものかどうかとなりますが、安易に否定してしまうならば、釈尊後世後に編纂されていった経典類を典拠とした教えの全てさえもを否定しなければならないことにもなりかねず、非常に難しいところとなります。

僭越ながらにも、施餓鬼供養の意図する内容・趣旨を鑑みるに、その根本には「布施」行をいかに実践して、煩悩を対治していくかについて考えていく必要があるのではないかと存じております。

施餓鬼供養においては、餓鬼だけではなくて、迷い、苦しんでいる全ての衆生たち、己自身も含めて、救われたい、救いたいという、出離・菩提心・慈悲の心を養っての施しの供養を行い、その功徳が皆に及ぶことで、ご先祖様だけではなく、全ての衆生たちの仏道成就を願い、涅槃・彼岸へと到れるようにとして回向することが大切となるのではないかと考えております。

施し供養を行うのは、その象徴としての餓鬼のみならず、己も含めて、貪りなどの煩悩を抱えている全ての者たちに対して行われるべき供養であると存じております。

施餓鬼供養と共に人間界・畜生界においても食べ物や飲み物に困って苦しんでいる者たちへの施しももちろんとなります。喜捨の心にて布施を行うことが施餓鬼供養に適うものであると存じておりますので、形式として供養致すこととも併せて、少しこのこともお考え頂けましたら幸いに存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お坊さんの職業病はありますか」

問い「お坊さんの職業病はありますか」
http://hasunoha.jp/questions/182

【ご質問内容】

PCに座ってずっとタイピングしていると腱鞘炎になるとか、職業柄なりやすい病気や症状がありますが、お坊さんをしていてなりやすい病気や症状はありますか?

【拙回答】

お坊さん「あるある」ですね。。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

お坊さん「あるある」の様相で皆さんのご回答も楽しく拝見致しております(笑)

浦上様や中田様もおっしゃられているように「有名人の葬儀やドラマの葬儀シーンで、白木の位牌をガン見」、あります。何宗なのか、また、読んでいるお経は何か、じっと聞いたりしてしまいます。

お寺の前を通りますと、掲示板に書かれている内容も見てしまいます。書道もしておりますので文字の上手い下手も、ついつい見てしまいます。拙生、もちろん評価できるほど上手くはなく、まだまだの未熟者ですが・・

丹下様のように修行時代の名残で言いますと、例えば、全て中心が揃っていないと、どこか違和感があり、ついつい直したくなります。線香や卒塔婆の立て位置やお供え物の位置など。

正座ももちろん、作務、掃除やらと、ループ作業が結構ハードですから、関節痛・筋肉痛、肩こり・腰痛はしょっちゅうありますね・・サロンパス・湿布・栄養剤・栄養ドリンクの種類は結構押さえていて詳しいです。

密富様もご指摘のように「喉」には十分に気を付けないといけません。のど飴は必須アイテムです。喉を酷使しますと喉にサロンパス・湿布を貼ったりもしています。

全て残さずに食べるという「お食い上げ」も誠に懐かしい限りです。

探し出すとまだまだ出てきそうです。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「好きではない人とお付き合いしていてもいいものですか?」

問い「好きではない人とお付き合いしていてもいいものですか?」
http://hasunoha.jp/questions/181

【ご質問内容】

自分から好きになった訳ではない人と現在お付き合いしています。
相手から告白をされ、こんな自分を・・・とその気持ちが嬉しくもあり、また小学校からの唯一の親友だった事もあり失いたくなくてお付き合いをする事にしました。
親友として好きなのだから、恋愛でも好きになれるだろうと思っていたのですが、どうも友達以上に思う事が出来ず、また手をつなぐといった接触にも、恋愛での行為だと思うと「相手と同じ気持ちになれていなのに・・・」と拒絶反応が出てしまいます。
今まで人を恋愛的に好きになった事が無く、お付き合いもこれが初めてなので、こんな状態で相手を好きになれるのか不安です。
相手は「これから自分を好きにさせてみせる」と言っていますが、可能なものでしょうか?
元々人との付き合いはあまりある方ではなく、数人の親友と一年に一度旅行などを計画して会ってお話や元気な顔が見られれば満足なので、お付き合いする様になってから、今度はいつ会えるのか連絡はまだか、もっと私の中での自分の優先順位を上げてほしい、関心を持ってほしいと言われるとなんだか一杯いっぱいになってしまい、疲れてしまいます。
こんなに思ってもらえて幸せで贅沢なのかもしれませんが、別れて以前の気易い関係に戻りたいと思ってしまいます。
このまま付き合っていれば会いたいと思える様になりますか?
皆そうやって付き合っていてこれが普通なのでしょうか?

知り合いの方には「この人を逃がしたら、あんたの人との関わりの薄さじゃ一生独り身かもよ~」と笑われます。
そういう物なのでしょうか?

長々と質問を申し訳ありません。

【拙回答】

「花には水を、人には愛を」

今のところhasunoha随一の恋愛マスターと呼ばれております川口英俊でございます(笑)

問いへの拙生のお答えとなります。

人を好きになるということは非常に大切なことでありますが、では「好き」の定義とは何かと聞かれても明確に答えることは非常に難しいものであります。拙生がしいて定義させて頂くならば、相手を思い遣る気持ちが他の人よりもずっと強いということでしょうか。(歪なストーカー的なもの、相手・周りの迷惑となるものは当然に省きます。)

のん様はどうでしょうか? 彼氏のことをそのようには思えていないでしょうかね?

恋愛も結婚生活も、互いに相手を思い遣る気持ちがなければ継続していくのは難しいと思うところでございます。一方的となってしまっていると、逆に負担やプレッシャー・ストレスで拒絶したくなるのも確かではないかと存じます。ここは、一度、正直に彼氏に今の自分の気持ちを伝えて別れた上にて、改めて自分の気持ちを確かめられるのが良いのかもしれません。

人の気持ちは移ろい変わりやすいものであります。仏教では「無常」と申しますが、移ろい変わりやすいものであるからこそ、皆、永遠の愛、永遠の誓いを求めることにもなります。大抵、結婚式では永遠・永久の愛を誓い、大安・吉日を選んで式を挙げますが、3~4割ほどが離婚しているという現実は無視できないものでもあります。あまりにも永遠だの、永久だのということにとらわれを起こせば、逆に壊れやすいということも、まずはしっかりと理解しておくべきであるかとは存じております。永遠、永久に続くものなどはあり得ないのだということでもございます。

では仏教的にはどう考えるべきか、それは、移ろい変わりやすいものであるからこそ、注意深く、慎重に、相手を思い遣り、お互いの気持ちを慮りながら、過ごしていくことが肝要であると考えることとなります。

花には水が必要なように、人には愛が必要となります。この愛を相手を思い遣る心を持って育てていくことがお互いにうまくいくためには大切であるのではないかと存じております。

のん様のお気持ちの確かめの一助となりましたら幸いでございます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「貴方が「この教えは現代に合わない」と思った事を教えて下さい」

問い「貴方が「この教えは現代に合わない」と思った事を教えて下さい」
http://hasunoha.jp/questions/179

【ご質問内容】

最近仏教関連の事柄を勉強しています。

大抵のことには首肯でき、今までの自分にない発想に心が洗われるような気持ちになりますが、イマイチ納得出来ない部分もあります。
それについてはまた別の質問で書かせていただきたいと思いますが、今回は、ここにいらっしゃるお坊さん達が、仏教の教えの中で、今の世相に合わないのではないかと思った部分、疑問を持っている部分などについて聞かせていただきたいと思います。

なぜこのような質問をしたいかと言いますと、例えばイスラム教では豚肉を食べてはいけないという教えがありますが、由来としては「乾燥した地域で、牧草でなく穀物を食べてしまう豚が忌避されたから」「伝染病の蔓延や寄生虫による被害の元になるから」などの説があり、この教えは現代ではほとんど有用性がないといえます。このような、現代社会に合わない教えというものが仏教にもあるのではないかと思ったからです。

なんだか衝突を巻き起こしそうな質問で申し訳ありません。
「ない」という回答でも結構です。

よろしくお願い致します。

【拙回答】

批判的・合理的検証の必要性について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

仏教を学んでおられまして、誠に尊いことでございます。是非、学問としてだけではなく実際の修習(禅定行や善徳行・慈悲利他行など)も進められて参りますことをお勧め申し上げる次第でございます。

個別具体的なお答えとはなっておりませんので申し訳ございませんが、何事においても批判的・合理的に検証していくことは大切であると存じております。下記問いの拙回答においても少し述べさせて頂いております。

問い「師を探すには」
http://hasunoha.jp/questions/136

『・・チベット仏教における教えの中に、「師の教えを、ただ尊敬だけをもって受け入れるべきではなく、金細工師が、その扱っている金が本物か偽物か、その金を焼いて、切って、磨くことをもって慎重に吟味するように、そのようにして師の教えも受け入れていくべきである」とありますように、例え師の教えであろうとも、批判的、合理的に検証を繰り返して、しっかりと納得した上にてその教えを修習することが大切なことになって参ります。・・』

疑問・懐疑的なまま、あるいは納得できないままにおいて実践をしていくことは、当然に継続も難しくなるでしょうし、良い結果も望めないことにも繋がってしまいかねない恐れがあります。

もちろん、「理論→実践」と、「実践→理論」を必要に応じてバランス良く行っていくことも必要であるかとは存じております。

仏教思想・哲学における理論に関しまして、拙生は一から仏教の学び直しを経て10年ほどが過ぎましたが、総合的に鑑みさせて頂きまして、以下において述べさせて頂いております拙考え方を前提として批判的、合理的に検証を行うようには致しております。もちろんこの拙考え方でさえも、まだまだ不十分であると存じておりまして、批判的、合理的に検証を繰り返していかなければならないと考えております。

「拙回答の基本的な前提となる考え方について」
http://www.hide.vc/h1.html

これからも理論を考究していくことと共に、実践にもしっかりと取り組んで参りたいと存じております。

この「hasunoha」にてご回答をさせて頂けますことも、一つの実践であるとして真摯に精進努力して取り組んで参りたいと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「気持ちの切り替えができません。」

問い「気持ちの切り替えができません。」
http://hasunoha.jp/questions/178

【ご質問内容】

ちょっとした失敗や、恥ずかしいことがあると何日も何日もそのことを気にしてしまい、辛いです。
友人達に言わせたら「そんなことで」というレベルのことでも、くよくよ悩んでしまいます。
どうやったらもっと楽天的になれるでしょうか?

【拙回答】

「慚愧」(ざんき)

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「ちょっとした失敗や、恥ずかしいことがあると何日も何日もそのことを気にしてしまい、辛いです。」・・私も若い頃も今も変わらずに、はやと様と同じであります。

ちょっとしたことでも気にせずに流すことができたら良いのでしょうが、なかなかそうもいかず、悩んでしまうことが多々でございます。

はやと様には難しい言葉かもしれませんが、仏教において「慚愧」(ざんき)という言葉があります。これは善い行いとして推奨されていることであります。

「慚」は、自分の心の中にて悪いことを反省したり、恥じたりすることです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/慚

「愧」は、悪いことを恐れたり、または他の者に対して反省や恥じたることを表すことです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/愧

このウィキペディアの説明の中では、涅槃経というお経において、「慚愧」が無ければ、「畜生」(動物たち)と同じであるとまで厳しく述べられてもいます。

ですので、はやと様がこの「慚愧」をなさられていることは、実に尊いことでもあり、あまりそのことを気になさられることもないかとは思っております。

逆にあまりにも楽天的となってしまって、反省することや恥じ入ることをせずに、「慚愧」を無くしてしまえば、短絡的な生き方や刹那主義的な生き方、傲慢・高慢な生き方、無恥無礼な生き方にも繋がってしまう恐れもありますから、十分に気を付けないといけないと考えております。

以上、難しいことを述べさせて頂きましたが、私も色々とこれからも大いに反省し、恥じ入ることをしながら、できる限りに善い生き方を心掛けていくことができましたらと思っております。

是非、共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「初盆の檀家さんに配る冊子でオススメがあれば教えてください」!

問い「初盆の檀家さんに配る冊子でオススメがあれば教えてください」
http://hasunoha.jp/questions/176

【ご質問内容】

hasunohaのみなさまいつもお世話になっております。

浄土宗の僧侶 なむたろうです。

まもなく8月のお盆を迎えるわけですが、毎年この時期になると初盆のお檀家さんから「お盆の飾り付けはどうやればいいですか?」といった質問を受けます。

そこで、お檀家さん向けにお盆の冊子を配ろうと思うのですが、オススメがあれば是非教えてください!

どうぞよろしくお願いいたします。

【拙回答】

法施

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

施本・・拙生も法施として皆様に配布させて頂くものについては、いつも悩むところでございます。それぞれネットにても発表(題名を検索して頂けましたら内容を見て頂くことが可能です)をさせて頂いてはおりますが、ネットを見られない、見ない方のことも考えますとやはり紙媒体としても施本をお渡しすることは必要であると考えております。

法要の際には、自作の施本と、そして市販のもの、隔月発行の寺院だより(A4一枚・表裏)と併せてお渡しさせて頂いておりますが、市販のものは、たいてい転法舎にて調達をさせて頂いており、たまに梵企画のものも調達させて頂いております。

転法舎
http://members3.jcom.home.ne.jp/tenbou/
梵企画
http://www.bonplan.co.jp/

拙生の場合、これまで自作の施本シリーズとしては、下記のように発行をさせて頂いております。当初は拙生の自費にて作成させて頂いておりましたが、そのうちに役員会で認められてお寺から出させて頂くこととなりましたものの、初期の施本は予算的に500部で30~40万円ほどと高額なものでありました。

施本「佛の道」
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
施本「仏教・空の理解」
施本「仏教・空の理解から学ぶ」
施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」

最近ではあまり高額なものは、やはり経費を圧迫するため、自作コピー機にて小論を配布する資料として作成致すものと、ある程度文量がございますと印刷業者に頼んでホッチキス止めの簡単な体裁として調えるもの、予算的には500部で5~7万円前後と、分けて作成をさせて頂いております。

最近の小論・自作コピーとしては、

『空と縁起』~勝義菩提心と勝義方便~
『空と縁起と』~仏教の存在論~
『東日本大震災に思う』

簡単な体裁として調えるものとしては、

『十三仏 追善供養を司る如来・菩薩たち』
『菩提心論』
『自らを灯明と化した菩薩たちの願い』~チベット問題・焼身抗議を考える~

などがございます。

法施においては、市販のものだけに頼るのではなくて、やはり、法話と併せて自作の施本も加えて、これからも精進して法施についても努めて参りたいと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
カテゴリ別アーカイブ
カテゴリー
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ