hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

2013年09月

問い「パワーストーンや運勢についてです。」

問い「パワーストーンや運勢についてです。」
http://hasunoha.jp/questions/236

【ご質問内容】

以前悩みを相談させて頂き、解決に至りました事、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
相談の内容は全く変わるのですが、今回の質問は「人には持って生まれた運勢があるのか。パワーストーンは本当に効き目があるものなのか。」という事です。

先日知人によく効くと評判で自分に合ったパワーストーンを、姓名判断・生年月日出生時間・生まれた県・現住所等から占い(風水的な考え方から)選んでくれるというお店に連れて行ってもらいました。

占いの結果「運には大きく分けて5つの運があり、貴方には持って生まれた素の運の内、これとこれの運はありますがこの運がありません」「正し素の運は変わらないがそれにプラスして1年ごとと、大きな転換としては10年ごとに運気が変わる」「貴方の持っている運のうち、持ってはいるが少なくて、他の強く持っている運とのバランスが悪くなってしまうのを補う為のオススメのパワーストーンはこれです。」等と説明を受けました。
そういえば、お寺さんや神社にも数珠やパワーストーンを置いている所があるなと思いましてして、疑問に思ったのでお尋ねしたいです。

元々八百万の神様等はいたら楽しいなと思い信じているのですが、人が持って生まれた運等もやっぱりあるのでしょうか?
お店の説明では、そのお守りとしてパワーストーンがあるとの事ですが、あまり物を増やしたり、依存したくありません。
運に本当に影響があるなら、お守りとして信じて一個購入してもいいかもしれないとは思いましたが、
例えば人間関係の運を上げたいと思っても元々その運が無い人が人間関係が上昇する石を持っても意味が無いそうで、元の持って生まれた運をもうちょっと上げたい時に手助けするのがパワーストーンだと言うので、なんかそれだとあまり夢が無い気がして悲しくなりました。

お坊さんの腕にもパワーストーン(数珠)をつけている方をよく見かけますが、それは自分が好きな石をつけているのか、それともこんな運が上がれば良いな~と意味を調べて身につけているのか、若しくはお寺で僧侶はこの石を身につけるとよいされている石があるのかも気になります。

是非教えて頂きたいです。宜しくお願い致します。

【拙回答】

数珠・パワーストーンについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

前回のお悩み(恋愛のことでしたかね。。)、その後、無事に解決に至ったとのことにて誠に良かったと存じます。

この度は、数珠・パワーストーンについてのことですが、占いと同様で、まあ、正直、確かにあまりその類のモノやコトに頼るのは良くないかとは存じております。何事も本人の精進努力次第でございます。善き結果のためには、できうる限りに善き行いを積むことが何よりも望まれることとなります。

数珠のことにつきましては、下記に詳しく記されておりますのでご参照下さいませ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/数珠

数珠のいわれは、字の如く数を数える珠ということであります。

お経の回数、真言の回数を珠をたぐりながら数えるために用いられたのが始まりと言われております。

あくまでも祭祀儀礼的な道具であり、その道具に対して何か神秘性をもたらして、とらわれてしまうのはあまり望ましいことではありません。ただ、一応はお通夜式・お葬儀式、法事にて使う上では、宗派によっての形式や作法において違いがある程度は押さえておくと良いでしょう。

かく言う拙生は日常の法務においては、下記画像のようにチベット式の数珠を専ら用いさせて頂いております。全く日本での形式・作法も無視致しております・・
http://img.yaplog.jp/img/18/pc/h/i/d/hidetoshi/2/2523_large.jpg
オンマニペメフムのご真言が珠に鋳型されたチベット銀製であります。

その以前は、ダライ・ラマ14世法王猊下の半生を描いた映画「クンドゥン」で主人公役が身につけていた虎眼石のチベット式数珠をオーダーメイドで買い求めて使っておりましたが、これが結構重くて・・長時間の法要には向かずで今は大切に仕舞っております。

まあ、数珠・パワーストーンの類については、自分で馴染み使いやすいもの、色や質も、自分の好みにあったもので調えられたら良いのではないかとは存じます。それで運が上がったり下がったりとかは、ほとんど関係ないとお考え頂いて、一つのアクセサリー感覚でも構わないかとは存じております。

川口英俊 合掌

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問い「2年前にパワハラを受けて、非定型性の「うつ」になりました。」

問い「2年前にパワハラを受けて、非定型性の「うつ」になりました。」
http://hasunoha.jp/questions/235

【ご質問内容】

約2年程前、職場で上司から「来るな・辞めろ・気分が悪い」と、二度言われ、非定型性の「うつ」になりました。すぐに心療内科に行き、上司の暴言が発病の原因であると診察をうけました。約8ヶ月、会社を休職しました。
私は、労組に加盟し団体交渉をしました。
1回目 団交  上司は、暴言発言は、認めました。
 しかし、謝罪は無しでした。(病気になったのは、あなたが悪いという姿勢でした。)
2回目 団交  
支社長と本社から人事部の方との交渉。
・交渉内容:基本給と傷病手当金の差額
(基本給は、本来、暴言が無ければ受け取れていた金額)
・私の、休職日数の延期の申し上げ
※会社の方は、考えておくとのことでした。

しばらくし、約半年程、休職期間が延長しますとのFAXが事務所にきました。労組と私は、受け入れました。これ以来、金銭のことは、交渉の中での立場を逆転させる最後のかカードで置いておきました。(使う気は、なかったのですが・・・)

3回目 団交
始めて暴言上司が謝罪しました。
素直に受けいれました
この時に始めて、○○さん、申し訳ありませんと。
今迄、私のことを名前では、呼ばず「おい、又は、お前」としか言われていませんでした。5年もの間。

さて、病気を患っていたため、違う部署に配属になりました。仲間と言える方々と、「縁」をいただき楽しくいることができます。
そんな職場でも、今年の1月に事業所の閉鎖が決定しました。全員クビです。30人近くの方々は、泣かれていました。私も、その一人です。
私は、まだ病気を患っております。入睡眠困難、左胸から針が上がってくるように痛い感覚があります。医師からも特効薬が無いとのことです。
毎日、薬を服用しておりますと、この病気には勝てないのかな?
この病気が、わたしの人生を狂わしたと、思います。
被害者は、ずーと暗い闇の中に溶け込んでしまいそうになります。
悲しくて、将来が見えません。
この先、不安です。
また、再発する可能性もあります。

仏教では、このような問題にどのように解決されますか?
(因果応報でしょうか? でしたら、解雇された30人は、全員悪いのでしょうか? 病気になった、私がわるいのでしょうか?)

【拙回答】

これからの因果の流れを良い方向へと変えていくために

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

心の病が完全には癒えておられない中で、ようやくに楽しく感じられていた事業所の閉鎖・解雇・・将来に対して不安に陥られているのも無理のないことでございます・・

とにかくまずは完治へ向け治療に専念されて、少しずつ次のことをお考えになられて準備をお進め賜われましたらと存じます。

薬のことですが・・以前に福祉作業所にボランティアで関わっていたことがございまして、その時の経験から、個人的にはできる限り薬には頼らない治療を目指されていくことが必要であるかとは存じております。もちろんケース・バイ・ケースであり一概に言えるものでもありませんが・・薬に頼らずとも心が落ち着いて安定できる、心の癒しとなるような場所・行為・時間をなるべく増やせるようにしていかれましたらと存じております。閉じこもっては絶対にいけないのは確かかと存じております。

本題に入りますが、仏教では確かに輪廻論・業論を扱います。何事にもこの世のことにおいては、因果の理があり、「原因無くして結果無し」であります。しかし、この原因をずっとその先まで突き詰めていこうとすると、無限後退・無限遡及に陥ってしまいます。原因の原因のそのまた原因の・・という感じであります。

もちろん、経験論や帰納法・演繹法から近々の因果関係は可能な限りおいて推論できるかとは思いますが、輪廻・業についての因果の流れについては、正直、私たち凡夫ではなかなか伺い知ることは難しくあります。また、多くの集団において共通する結果をもたらすような業を「共業」(ぐうごう)と申しますが、この内容も何が共業の原因であるのか、複雑な無数の因果の流れを完全に知ることなど私たち凡夫には到底無理なことであります。

ただ、因果関係については、あらゆるモノ・コトは依存関係にて成立(縁起)していて、そのため実体として成立しているものは何らとしてあり得ないという「空」を考える上では大切なことにはなります。

字数制限上端的に、過去に過ぎ去った因果の原因を考えようとしても恐らく答えは出ません。それよりも、これからの因果の流れを良い方向へと変えていくために何ができるのか、これからのためになる行い、特に善い行いを少しずつでも進めて積んでいけれるように調えることが大切であるかと存じております。

川口英俊 合掌

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問い「仏教との出会いについて」

問い「仏教との出会いについて」
http://hasunoha.jp/questions/234

【ご質問内容】

随分前から好きな教師がいます。
もちろん付き合ってるなどとんでもなく、たまにお悩み相談をしてくれるような関係です。この前その人が仏教徒であることを知りました。元々少し仏教の考え方には興味があったので、色々とその話をしてもらったり、自分から本を読んでみたりしました。そうやっていくうちに段々仏教の考え方が好きになってきました。私がその先生が好きだったのは先生が仏教の人だったからなのか、とも思っていました。しかし冷静に考えていくと、私と仏教との縁がその先生ではなく違う人からもたらされたものだったらここまで仏教に熱中しなかったはずで、全ての始まりが恋愛という煩悩から始まっていると思うのです。
このような状況をお寺の方々はどう思われますか? 私は自分が間違っているような気がします。

【拙回答】

「恋愛=仏教的には悪いこと」ではありません

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

人を好きになる、愛情を持つと言うことは人間としての大切な感情であると存じます。

仏教では、好きという感情、愛情、片想い、恋愛を全て否定するわけではありません。

むしろ、密教においては、そのような感情を悟りへの力と変えようとすることさえもあります。下記はその一端の参考例となりますが、解釈には非常に慎重さを要しますので注意が必要となります。世間一般における認識・通説・真理(広義の世俗諦)などにおいて、その内容を捉えようとしますと、とんでもない間違い・過ちを起こすことがあるため、このことは十分に前提として踏まえておいて下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/理趣経
http://ja.wikipedia.org/wiki/愛染明王

さて、ひとまず少し密教のことは脇において、感情について仏教が問題とするのは、総じて簡単に言いますと「執着」・「実体視」というものとなります。恋愛と執着との関係は、これまで下記問いにても少しく述べさせて頂いております。

http://hasunoha.jp/questions/16
http://hasunoha.jp/questions/76

特に上記の76にて述べさせて頂いておりますが、その愛情を特定の誰かだけに留めるのではなくて、やがては全ての一切衆生たちへと差別なく平等に及ぼすことができるのかどうかが重要になると考えております。

他の回答の皆様もおっしゃられているように恋愛というご縁により仏教と出逢い、仏教に夢中になられたのは、誠にそれも一つの善き「ご仏縁」でございました。

もちろん、この度の恋愛が無事に成就し、更に仏教についても精進努力を積まれて、やがて仏道も成就なさられることとなれば尚更に善きこととなります。また、この度の恋愛が成就しなくとも、善きご仏縁を頂戴致したことに感謝を持ち、仏法を学び修しつつ、このことに報恩を持って過ごされていかれましたら、また善き恋愛のご縁も戴けるのではないかとも存じます。

この度は、とにかく、「恋愛=仏教的には悪いこと」ではありませんので、このことだけはご理解を頂けましたらと存じております。

こはる様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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問い「宗派にとらわれない仏教思想の学び方について」

問い「宗派にとらわれない仏教思想の学び方について」
http://hasunoha.jp/questions/233

【ご質問内容】

10年ほど前、職場やプライベートの過度なストレスから
パニック障害→鬱となり、仕事ができない状況になって職を離れました。

それまでは、フルタイムでバリバリ働き帰りは終電、
帰宅後や週末も時々在宅や出先で別の仕事をかけ持つなど
無茶もしていた時期もありました。
それくらい動けていたのが突然何もできなくり、愕然としました。

投薬治療で少しずつ動けるようになってきたものの、未だに完治とならず
相変わらず波がありゆられながらギリギリで過ごしています。

それまでの様な生き方、暮らし方はもう出来ない状況です。

そんな中、自分の生き方を振り返りながら、
ふと子供の頃から生き辛さを感じ続けていた事に気づかされました。

そこで、色々と勉強(通信制で通学もある大学で)を始め、
数年前に(明治維新以降ではなくそれ以前の仏教の考え方)仏教の
教えに触れる事ができ、そこから色々と(亀の様な歩みではありますが)
物事の捉え方を修正できてきている実感ができるようになってきました。

授業だけでは物足りず、参考文献など少しずつ読みながら独学を進めております。
最近は、どこかのお寺で勉強会などがあるなら行ってみようか?
と考えてみたりするようになりましたが、
宗派にとらわれずにお坊さんから学ぶ術はないのだろうか?
という疑問が湧いてきております。

今後学んで行くために何か良いアドバイスがいただければ幸いに存じます。

【拙回答】

確かなるご仏縁へ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

心の病となられて、「生き辛さを感じ続けていた事」への気づきから仏教へと向かわれましたこと、これは「出離心」(この輪廻の苦の大海を厭い逃れたいと思う心)の動機の一つと捉えて頂いて構わないかとは存じます。「出離心」につきましては、下記問いにても扱わせて頂いております。

http://hasunoha.jp/questions/163

http://hasunoha.jp/questions/36

上記36の問いにて詳しく述べさせて頂いておりますように、出離心の次には、更に菩提心を起こして、確かなる仏縁の下で「聞・思・修」と修行を一歩一歩進めることが望まれることとなります。

また、仏道を歩むには、その基本としての「戒・定・慧」の三学を修めることが必要であるとも言われます。「戒・定・慧」の三学につきましては、詳しく下記問いにて扱わせて頂いております。

http://hasunoha.jp/questions/70

正式に仏教を学ばれるのであれば、確かなる師・先生をお探しになられて、その師・先生の下にて進められるのが最も良いでしょうし、授戒・得度も受けられてとなりますと尚更に良いかとは存じます。

しかし、その前にまずは自ら自身で学びを進めてみて、偏見や差別をできる限り省いた状態にて、特定の宗旨にはとらわれずに、ある程度一定、仏教を基本から学び、そしてやがて全体(初期仏教から密教まで)を鳥瞰視した上にて、確かなるご仏縁により正式に仏道の歩みを進められていくことも大切であるかとも存じます。

まずは基本的な仏教の学びの中で、浦上様の挙げておられる東方学院さんは、誠にレベルが高くありますが、ある程度既に学びを進められている紅緒様には良いのではないかとも存じます。もちろん、お金・時間の問題もありますから興味のある分野、固めたい分野を受講して、あとはやはり文献に頼るのが良いのかもしれません。

拙生が一から仏教を学ぶ上における文献について参考にさせて頂いたのが、下記紹介のおすすめ仏教書のコーナーとなります。初心者から上級者向きに分類されており、誠に参考となりました。

http://kongoukoji.fc2web.com/

是非、これからも共に頑張って仏教を学び進めて参りましょう。

川口英俊 合掌

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問い「明日の手術について」

問い「明日の手術について」
http://hasunoha.jp/questions/232

【ご質問内容】

先日、相談させてもらったものです。また相談させて下さい。只今、妊娠10ヶ月、逆子で明日に帝王切開する事になりました。こんな大事な時ですが、もう母と絶縁したいです。理由は、逆子になり帝王切開する事になったと伝えた時は手術当日も病院に来る気満々で、身の回りの世話もすると言われました。しかし、今日になって「手術直後だし行っても意味がない」「結局、旦那さんがいれば良いんじゃない?」と言われました。あり得ないほどの自己中ではないですか?母は夜勤もある職業で、手術当日も夜勤です。しかし最初は「夜勤前でも行く!大丈夫だから!」と張り切ってました。いきなりめんどくさくなったとしか思えません。さすがに手術前日で我慢の限界で、「もういいです。」と電話を一方的に切った後、メールで「明日来なくて良いです。産まれても連絡しないし、このメールの返信もいりません。」とメールしました。出産後、実家に帰る予定でしたが、帰る気もないですし、もう会いたくもないです。私の考えはおかしいですか?

【拙回答】

退院後のことを考えて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

いよいよ明日、いや今日になりましたが、赤ちゃんとのご対面。誠に楽しみですね。旦那様が側で見守ってくれることになるのでしょうかね。

帝王切開になられるとのこと、初めてのことで不安いっぱいでナーバスになるのも無理はありません。

帝王切開の場合は7~10日間ほどの入院になるかとは存じますが、入院中は確かに御母様に身の回りの世話をしてもらわなくても、産院スタッフが全てしてくれるかとは思います。食事は出ますし、洗濯も院内でできるかとも思いますし、買い物や必要備品、簡単な身の回りのものであれば、院内の売店で済ませたり、旦那様に言付けて買ってきてもらえる程度かとも思います。

実際には拙妻の時でも入院中にお義母さんは顔見せ程度だけで、あとはしいて言うならば、洗濯物のことや少しの買い物ぐらいで、そんな長時間お世話をするほどにいなければならないということもなく、やはり問題はなんと言っても退院後となります。(実は今、第二子出産後20日目でお義母様には大変にお世話になっております。有り難しでございます。)

また、何よりも入院中のスケジュールが、回診や検温や授乳や講座やらと・・結構大変で慌ただしく、お見舞いの者も例え身内であってもそうゆっくりとはできないものであるかとも思います。赤ちゃんとの対面もタイミングが悪ければ身内でも会えないことさえもあります。

ですので、ある程度は御母様のおっしゃられていることにも実は一理あります。

まあ、まあ、そう、怒らずに、退院後のことを考えますと、やはり御母様には手伝ってもらって、少し身体も休める環境づくりをしないと、このままでは負担が重くなりすぎて、赤ちゃん、旦那様にも迷惑を掛けてしまいかねないことになりかねません。

できるだけ入院中に御母様とは仲直りをして、退院後にできるだけお手伝いを頂けるように致すべきであるかと存じております。

ご無事のご出産を心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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問い「子供が立て続けに怪我」

問い「子供が立て続けに怪我」
http://hasunoha.jp/questions/231

【ご質問内容】

男の子二人の母親です。
上の子が幼稚園で頭を縫う怪我をして、翌日には下の子が自宅で頭を切る怪我をして縫いました。
立て続けで、怪我をした場所が二人共頭の左前部分(額の左上)の同じ様な場所だったので、気になっています。
数日前に無事に抜糸をして、今は二人共元気です。
実は、上の子を授かる前に、二度流産しました。
主人と結婚して、夫婦で子供を強く望んでいましたが、残念ながら二度の初期流産を経験しました。
とても哀しくて、ネットで調べたお寺で二人の水子供養のご祈祷を一度受けて、その後は毎年二人の命日(流産の処置を受けた日)に、家族でそのお寺の水子供養塔の様な所にお参りに行っています。
ご祈祷を受けた際に、住職から、近い内に子宝に恵まれるから、大丈夫ですよ。と、言って頂いて、実際に二度目の流産の二ヶ月後には上の子の妊娠が判りました。
又、二年近く前に今の新居を購入して入居した直後に、下の子の妊娠が判りました。
水子、新居が今回の怪我と関係あるのか、水子やご先祖様からの何かメッセージなのか、とても気になります。
どうかアドバイス、宜しくお願い致します。

【拙回答】

「怨憎会苦」などの苦しみと向き合うには

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

この度は、確かにお二人同時期に同じようなところを怪我したので、偶然にしても・・と思うことはあるかもしれませんが、ワンパク育ち盛りの子どものことですから、当然に怪我はしょっちゅうあり得ることで、まあ、たまたま重なったかなという程度にてそれほど特に気にすることもないかとは存じます。

既に怪我も無事に治り、二人とも元気にしているのであれば、尚更のことでございます。

流産は誠につらいことでございます。水子さんへご丁寧にも懇ろなるご供養も通じて、無事に苦難を乗り越えられましたこと、誠に尊いことであるかと存じております。

さて、今回の子どもさんの怪我が、水子さん、新居と何か関係があるのか、水子さんやご先祖様からの何かメッセージなのか、とのことですが、関係ないとお考え頂いて構わないかと存じます。

それよりも、私たちは、怪我や病気、事故、災害に遭うことはいつでも、いかなる時でもあり得ることで、もちろん、事前にできる限りに常日頃から予防したり、注意したりして対策することは大切ですが、どうしようもない時は、本当にどうしようもないのであります。

嫌なこと、怨み憎しむべきことにも出逢っていかなければならない苦しみのことを「怨憎会苦」(おんぞうえく)と申します。これは、生・老・病・死の四苦、また、愛別離苦(愛する者と別れなければならない苦しみ)・求不得苦(求めても満足できないという苦しみ)・五蘊盛苦(生きている存在そのものによって生じてくる苦しみ、五蘊とは、色・受・想・行・識という私たちの存在を成り立たせている各要素のこと)の三苦とも併せて、八苦の一つとなります。

正直、私たちは苦しんで当たり前の存在であり、そのため、お釈迦様も「一切は苦なり」と申されました次第ではございます。

この多々ある苦しみを、何か目に見えないもの、証明もできないようなものなど他のせいにしたりしてどうにか紛らそう、気を逸らそうとしても実は無駄なことでしかありません。

では、いかにしてこの苦しみの現実と向き合って、それを解決していくべきであるのか、その答えをお示しなされましたのがお釈迦様となります。

是非、この機会にでも更に仏教へのご興味を賜われまして、学びをお進め頂けるきっかけとなりましたら幸いでございます。

川口英俊 合掌

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問い「被災した義父母との同居解消は悪ですか?」

問い「被災した義父母との同居解消は悪ですか?」
http://hasunoha.jp/questions/230

【ご質問内容】

昨年、主人の両親と同居を始めました。
義父母は震災で家を失くしてしまいました、
震災直前あたりに、私達夫婦は自分達の家を買おうと漠然と考えていたところに、震災がありました。震災3週間後に、彼らの自宅跡に立ったとき、それまでは「同居なんてありえない。」と言い放っていた私が、義理母に「家を建てる計画があるけれど、遠方でも構わないなら一緒に住む?」と言いました。
彼らの要望通りに、彼らの部屋を2部屋作り、他は共有しております。その部屋代は彼らが資金を出しています。
とてもいい人達なので、何ら疑いなく同居を開始したのですが、主人は両親が側にからか頼りなくなり、また、同居にあたり生活習慣が違う彼らとの間の細々としたストレスがたまり、ここ一年ずっと不満を抱えております。主人は仕事で週の半分は家を不在にすることから、時々、義父母と息子と食卓を囲むときに「私はなぜ、主人ではなくこの人達と食卓をともにしているのか…」と
疑問に感じるときがあります。共働きをしているので、息子の夕食の準備をしてくださったり感謝もしているゆえに、不満があってもなかなか
本人達に言えなく自分の中にどんどんストレスが溜まっていきます。主人に愚痴れば、彼はもちろん嫌な顔をします。仕事でストレス、自宅で同居のストレスで精神が休まることは、彼らが不在な時のみです。
これから10-20年もこの生活が続くと思うと、「私はずっと心休まらない人生を送らなくてはいけないんだろうか。」と思い辛くなり、主人には2度目の同居解消を打診しました。ところが、彼は若い時に迷惑をかけた恩返しがしたいようで聞く耳がなく、むしろ、被災者を一度呼び寄せておいて、同居が向かなかったからやっぱり別居で。と提案する私を人間として最低な人だといい、離婚まで切り出されました。私は親想いな主人も好きです。しかし、今の環境が私にはとても精神的につらく、
仕事が終わってから、息子に会いたいのに、家に帰りたくない自分がいる時もある程です。やはり同居を解消したい私は人間として
最低なのでしょうか。ただの我儘なのでしょうか。

【拙回答】

バランス関係を保つために

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

義父母様との同居を解消なされたいという切実な内容を拝見致しました。

義父母様におかれましては、東日本大震災という未曾有の災害に遭われまして、被災なされましたこと、誠にお見舞い申し上げます。

そして、そのことに対してご同情をなされて、新居への同居をお勧めになられまして、誠に良き孝行の一助をなされましたこと、実に有り難い尊いことでございます。

私たちは様々な関係性の中にて、生かされて生きていくことができる存在でございます。仏教的な難しい言葉で申しますと「縁起」なるありようと申します。この「縁起」なる世界で過ごしていくためには、助け合い、支え合い、分かち合いのバランス関係が大切になるかとは存じます。

より良く過ごしていくためには、このバランス関係をいかにして保てるようにしていくべきかをよくよくに考えていく必要がございます。

今の状態にてりんりん様が我慢し続けて、一方的にストレス・不満を溜めていってしまうこととなれば、仕事もなされていることから、やがて心身共に疲れ果てて、それこそ病気になってしまっては大変こととなります。もちろん、懸念のように離婚ということもあり得て参ります。そうして皆が不幸に陥ってしまっては、元も子もありません。

そこで、できる限り不満は不満としてしっかりと旦那様、そして義父母様にもお伝えしていく中で、改善を図っていくことが望まれるのではないかとは存じます。

中田様のおっしゃるように、少し見方を変えてみる、また、融通を持って余裕を生じさせつつ解消させていくのも一つかと存じます。余暇やレジャー、旅行などの時間を増やしての気分転換も取り入れてみてはどうかと存じます。

義父母様もきっと同居のことは有り難くて十分に感謝されていることかとは存じます。旦那様もそのことは同じではないかとも存じます。ドラマ「半沢直樹」ではないですが、今のご労苦は、「倍返し」で良いこととして先にて返ってくるのではないかとも存じます。もう少し柔軟に考えて、折角なので利用するではないですが、義父母様にもっと甘えて、遠慮なく頼むことは頼んでいっても良いのではないかとも存じます。

どうかりんりん様の状況に改善があることを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「今どうするべきか迷っています。」

問い「今どうするべきか迷っています。」
http://hasunoha.jp/questions/229

【ご質問内容】

はじめまして、此方に質問を寄せてもいいものかと随分迷いましたが恥を忍んで投稿させて頂きます。私は30歳の真言宗の僧侶です。今年で僧侶となり8年目になります。在家の出身で本山の学院を出た後、師僧の元に7年勤め、今は地元の大きなお寺の役僧として勤めて2年目になりますが、今の職場に少し疑問を感じています。住職や法務、寺務面では全く問題は無いのですが、寺族の方や他の職員を見ていて、いつまでもこのお寺に居る訳にはいかないと感じています。出来ればここ数年のうちに大変だとは思いますが、小さくとも身の丈に合った教会を設立したいと考えています。しかし、今のお寺のご住職には師僧の元を去らざろうえなかった時に寄る辺の無い身を拾って頂いたご恩もあり、うがつにご信者を集めるような行動も出来ずどうすればいいものか、周りに相談できる人もなく此方の方に投稿させて頂きました。不躾ながら浅学非才の青二才の戯れごとかもしれませんがここで御同行の先徳の皆さまどうかよろしくお願いいたします。

【拙回答】

仏法弘法・興隆、一切衆生済度へと向けまして

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

在家出身の僧職のお方にとりましては、世襲制の強くある日本仏教界において、色々と理不尽なことや、納得できないこと、おかしいことなども散見され、疑問に思われることも少なくないことであろうかとご推察申し上げます。

かく言う拙生は、一応世襲という縁によって現在有り難くも僧職を務めさせて頂いておりますが、日々、仏教・寺院のあり方について色々と悩み苦しんでおります。

その解決へ向け、拙生はまずは情報収集をとにかく徹底して行うことと致しております。幸いにもインターネットがあり、検索はもちろん、FacebookやTwitter等、SNSも活用でき、ホームページやブログと併せて、情報発信も充実させることもできます。このhasunohaへの参加のご縁もその一つとなっております。

ネットにて、基本的な仏教のこと、難しい教理的なことから、最近の仏教改革・寺院改革の動向、改革の取り組み事例、もちろん、独立・単立化の事例も含めて総合的に情報収集を致して、分析し、いかにしてこれからの自分に活かして実践へと繋げていけるかということについて日々考察させて頂いております。

独立・単立化の事例としては、このhasunohaにも参加されておられます、浦上様や天野様、あるいは、田口学法師、小池龍之介師の先達の事例も参考となるのではないかとも存じます。もちろん直接にご相談なされてみられるのも一つでありますでしょう。また、先進的な取り組みを展開されている彼岸寺さんの取り組みも色々と参考になるのではないかと存じます。

もちろん一番肝要となるのは、これまでの様々な「ご縁」を最大限に活かして、仏法弘法・興隆の志を果たしていけるかどうかにあるかとは存じております。

それが自己保身・利得、自己満足のためという要素があまりに強くありますと、やはりうまくはいかなくなってしまうのは、仏法を扱うという性格上、非常に注意が必要になるのではないかとは存じます。

いったい、自分は何のために独立を考えているのか、そこの見極めさえ間違えなければ、必ず御仏・護法尊の御加護に守られてのお導き、ご縁が賜れるのではないかとは僭越ながらにも存じております。

仏法弘法・興隆、一切衆生済度へと向けまして精進努力、切磋琢磨して共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お経についてお伺いします。 」

問い「お経についてお伺いします。 」
http://hasunoha.jp/questions/228

【ご質問内容】

よろしくお願いします。
朝、日連宗のお経をあげております。
主たるお経本は、10年程前に身延山で購入したものを使っております。
ちゃんとした仏壇はありませんが、毎年身延山で戴いたお札と、自分でこさえた過去帳を置いて、簡単な仏壇代わりの場所を設けて、お参りをしております。
色々訳ありまして、自分で出来る事としてお参りをしております。
そこで教えて頂きたいのですが、御彼岸の時に読んだら良いというお経はありますか?
例えば、お盆だとしたら、盂蘭盆に曰わくというところがあったので、そこを読んでみたりするのですが、御彼岸はどうなのかといつもおもいます。
素人が何を言っているのかと、思われるかもしれませんが、親を思いご先祖様を思い、お経をあげております。
お答え頂けるものでしたら、よろしくお願いいたします。
お忙しいところ、このような質問をして申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。

【拙回答】

※追記補足あり。ご本山にご確認が必要かとは存じます

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

日蓮宗につきましては、法華経の誦経と御題目をお唱えすることによるお勤めが大切になることは間違いがないかと存じますが、拙生の専門ではございませんのであまり詳しく申せるほどではありません。

しかし、この秋のお彼岸期間も残すところがあと半分となりますので、拙生なりに少しインターネットにて調べてみますと、下記のように日蓮宗におけると思われる彼岸供養につきましての式次第を見つけさせて頂きました。正式なものかどうかは最終的にはご本山に確認がいるかとは存じます。

彼岸供養祭の式次第
http://www.osoushiki-plaza.com/library/shuha/higan.html

こちらを参照に致しますと、特に法華経の中でも重要視されている法華経方便品、法華経如来寿量品、そして唱題が中心となるお勤めになっていることが伺えるのではないかとは存じます。

もちろん、この式次第のように全てを正式にできますと良いのでしょうが、在家一般の方においてはどこまで省略してできるお勤めであるのか、正式な回向の内容はどのようなものとなるのかなど、やはり公式の見解はご本山に正式に確認なさられるのが宜しいのではないかとは存じております。

※追記補足・・日蓮宗の方にお教えを賜りました。

宗定法要式・回向文の参照・・「彼岸会回向文」現代語訳
http://www.genshu.gr.jp/Local/Tokyo_W/kikanshi/No11/kj11_a.htm

盂蘭盆に曰わく・・『盂蘭盆御書』という、日蓮聖人の御遺文の一つで厳密にはお経ではないようです。

お彼岸の期間では、「普段の自分より、何か一歩進んでみるという精神が大切」とのことにて、普段に何かを加えてとして、例えば、お勤めにおいて、お経本のお経を普段より加えて誦経致したり、お題目の前に御遺文をお読みするのを加えるのであれば、しいてにて『如説修行鈔』も宜しいのではないかということでございました。ご参考までにて。

川口英俊  合掌

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問い「一人っ子の結婚について」

問い「一人っ子の結婚について」
http://hasunoha.jp/questions/226

現在交際中の男性も一人っ子なのです。お互い年齢的に結婚を意識しはじめました。
私の実家は飛行機を使うほど遠くにあり、彼の実家は近県にあります。
彼は家業を継ぐので、結婚すれば彼の実家の県に住むと思います。

彼の両親は私の親に比べて年配なので、考え方も古風だそうです。
片親育ちの私のことは印象が悪い様で、長い交際期間中も会ったことはありません。彼のお母様は私のことを色々尋ね、嫉妬をして彼の回答を全て否定したり、自分の友達の娘との結婚を促したりするそうです。一人息子だし、それはそうなるだろうと思っています。
私は、彼の両親も大切に思いますので、会えばそれが伝わって時間をかけてより良い関係が築けると信じていました。
彼も、私がそういう考え方なので、前向きに考えているようです。

しかし、私は自分の考えが甘いのではないかと最近感じています。
母が遠くに一人でいて、いずれ体調を崩した時などに私は簡単に行けません。
みんなどうしているのだろう?と相談サイトを良く見るようになりました。

他サイトで姑相談を見ていると、「嫁が実家にばかり帰る」とか「嫁に来たのだから夫の親が優先」と言いたげなものが本当に多いのです。
そして、嫁側は「私は夫の妻であり、家に嫁いだつもりは無い」との主張が多いのです。
どちらの主張も本当に自己中心的で愕然としました。

けれど、自分が上記姑の主張をされたら…と考えるとさすがに「相手を大切にしていれば伝わる」とは考えられなくなりそうです。それこそ、相談サイトで見た嫁姑問題に発展するのも頷けました。
それが嫌なら、私は自分の親のそばで親とだけ生きて、一人で老後を過ごして死ぬのだろうかと、光が消えるような思いです。

どちらも同じくらい大切だから、どちらが優先というふうには考えたくありません。
けれど、彼の両親と実親が3人まとめて溺れていたと想像したら、間違いなく私は実親の手を取るだろうと思いました。そして彼が彼の両親を助け、私は実親を助けてから、彼を手伝うでしょう。
結局「同じくらい」はきれいごとで、私は実親優先でした。

助けてくれる兄弟もいない同士、彼には彼の両親が勧める女性と結婚した方が良いのではないでしょうか?

【拙回答】

嫁姑問題について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

さて、この度は結婚についてですが、確かにお嫁に行くということは字の如く相手の家に入ることになりますから、それなりに良し悪しどちらにせよ色々とあることは避けられないでしょう。

また、お相手の方は、いずれ家業を継がれるということで、家業を手伝うことにもなれば、否応なくご両親とも様々に関わりを持たざるを得ないことにもなります。

更に同居ともなると・・もはや想像にお任せを致します・・

今後、正式に結婚となれば、お相手のご両親の存在を無視することはできないので、できうるならば今のうちからより良い関係を作り、好印象を持たれておくに越したことはなく、ご両親の考えや性格もできるだけ前もって知っておくことで、結婚後の対応も今からある程度準備を調えておくことが望ましいのではないかとは存じております。

いずれにしましても嫁姑問題は少なからず生じざるを得ないのは現実と思っておくべきで、あとは、旦那様をしっかりとこちらの見方に付けておいて、事あるごとにフォローして、守ってもらえるようにしておかれるのが肝要になるかとは思います。

とにかく最悪表面上だけでも、より良い関係、バランス関係をうまく保てていけるかがポイントになります。

あとは二人の互いの愛情により、困難を乗り切っていくことが大切になるのは言うまでもありません。

お互いの親のことについては、それぞれ大好きな人の親なのですから、その大好きな人を大事に育ててくれたことについて、お互いに感謝して尊重する心、大切にしていきたいという気持ちを持てるようにして、LIMI様もできるだけ実母様と同じぐらいに相手のご両親のことをそう大事に思えるようにできていれば良いのではないかとは存じております。もちろん、現実は、色々と理屈だけでは難しいことあるかとは思いますが、とにかくそのようにしていくための努力は必要でありますでしょう。そう努力していますと、きっと旦那様もLIMI様のお母様のことを大切にして色々と親身に助けてくれるようになるのではないかと存じます。

あとは子どもができればまた大きく事態は変わっていくことになるかとも存じます。あまり悲観的、後ろ向きにはならずにできるだけ前を向いて頑張って参りましょう。

LIMI様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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