hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

2016年02月

問い「悪い出来事が続きました」

問い「悪い出来事が続きました」

【ご質問内容】

昨年の春に家族で東京から私の地元へ引っ越しました。

引っ越しをしてからすぐに身内が自死しました。 
少し前から仕事のことで悩んでいるということは聞いていましたが、私たちの前では元気そうで近くに引っ越したことを喜んでくれているようだったので、家族全員が「まさか」と思うような出来事でした。

その後、生活に必須な自動車免許を取得したのですが、取得後立て続けに二度、交通事故を起こしてしまいました。 
幸いどちらも相手の方に大きな怪我はありませんでしたが、悪いことが連続して起こったので、怖くなってしまいました。

身内の死の悲しみはとてつもなく大きいですが、ゆっくり受け入れていくしかないと思っています。 
交通事故については自分の不注意を深く反省し、安全運転に徹しようと心に決めてます。

そう思ってなんとか前に進んでいかなければと思うのですが、そもそもここに引っ越してきたのが間違いだったのだろうか、今後自分の大切な人たちに何かあったらどうしよう・・そんな考えで頭がいっぱいになってしまいます。

何か、自分の意識だけでは抗えない大きな力が動いているのではないか、そう思ってしまうのです。 
今後どのような心持ちで毎日を過ごせば良いのでしょうか。 
アドバイスお願いいたします。

【拙回答】

「ハインリッヒの法則」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

身内の方の突然の予期せぬ自死・・おつらいことでございました。誠にご冥福をお祈り申し上げます。

立て続けの交通事故・・

交通事故につきましては、免許を取られて間もなく、まだ運転に慣れていない、しかもまだまだ土地勘も無い中で、引っ越し、新生活の落ち着かない慌ただしさ、色々な焦り・・そして、動揺してしまう身内の方の自死・・と、少し余裕の無さが引き起こしてしまった面があるかと存じます。

不安の連鎖が、より不安な心の状態を生じさせてしまい、不注意やミスへと繋がってしまっている可能性もございます。

少し行動に深呼吸を入れるようなワンクッションを置かれて、落ち着き、平常心を保てるようになさられると良いのではないかと存じます。

大きな事故の前には、必ずちょっとした不注意やミス、ヒヤリ・ハットすることが幾つかあるということで、「ハインリッヒの法則」というものがございます。「1件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリ・ハットがある」とされています。

ですので、少し不注意やミスが目立ち始めたら、これは、危ないとして、ワンクッション置いたり、リフレッシュを図ったりすることが大切となります。

少し上記のことを気になされつつに過ごされてみて下さい。

ご家族皆々様のご健勝とお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「考えすぎてしまいます。」

問い「考えすぎてしまいます。」

【ご質問内容】

自分の将来が不安です。 
30歳という年齢が見えてきて自分の将来が不安になります。

明確に○○が不安というのがあるのではないのですが、漠然と自分の将来はどうなってるのか不安で仕方なくなります。

将来に限ってでなく、昔からちょっとした事に対してすぐに考え込んでしまい不安で怖くて仕方なくなったりします。

両親に対しても、愛し育ててくれたのに子供がこんなのでかわいそうだなあと思ってしまったりして申し訳なくなります。

考えすぎのストレスからなのかは分かりませんが、最近は息苦しさを感じ辛いです。

どうしたらもう少し軽く考えられるようになるでしょうか。

支離滅裂な文章で申し訳ありませんが、相談させて下さい。

【拙回答】

心配事・不安の96%は起こらないことが判明

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

不安や恐怖というものは、おおよそ未知から来るものでございます。

しかし、先がどのようなものになるのかは、蓋然性として、おおよそ分かることができることがあるとしても、誰も正確には知り得ないものでございます。

そのため、あまり考えても仕方がないこと、杞憂だとして、心配し過ぎないようにするのが、最も良いのですが・・なかなかそう簡単にはいかないですよね・・

でも、アメリカでの調査において、「心配事・不安の96%は起こらないことが判明」したそうです。


心配事の8割は起こらず、残り2割のうち、「16パーセント」は準備をしていれば避けられるもので、結局のところ起こりうるのは「4パーセント」ぐらいだそうです。

リスク回避としての心構えや準備は怠らずにしておくに越したことはないですが、あまり心配し過ぎて、日常の生活に支障をきたしてしまうようであれば、もしかすると、不安神経症(全般性不安障害)の可能性もあります。

その場合には、適切なメンタルケアが必要になるかもしれません。

仏教的なアプローチと致しましては、冒頭で、「不安や恐怖というものは、おおよそ未知から来るもの」であるとして、この世のモノ・コトのありよう、真理をしっかりと理解することにより、不安や恐怖を無くすようにして参ります。

モノ・コトの真理とは、「空」や「縁起」といったありようのこととなります。

もしご興味がございましたら、是非、これを機会に仏教の学びを進めて頂けましたら有り難くに存じます。

また、仏教を学び進められる中で、分からないことがございましたら、hasunohaででももちろんお気軽にご質問下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「般若心経」

問い「般若心経」

【ご質問内容】

般若心経を素人が唱えると、成仏出来ない霊が寄って来る、取り付かれると聞きましたが本当ですか?

後、寝る前に聞いたり唱えたりすると悪夢を見るとも聞きました、、

写経や坐禅に興味があるのですがこの事を聞いて恐くなり始める勇気がありません。

【拙回答】

「智慧の心髄なるお経」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「般若心経」は、般若(サンスクリット語で、プラジュニャー、パーリ語で、パンニャー)は、「般若=智慧」であり、「智慧の心髄なるお経」というものとなります。

般若心経の説く「智慧」(簡単には真理を知るための賢さ)とは、特に「空」を理解する智慧となります。

「空」とは、あらゆる全てのモノ・コトは、実体・自性・自相として成り立っていない、つまり、そのものがそのもの自体として、永久永遠に独立自存なるものとして成り立っているものが、何らとして見当たらないということでございます。

もちろん、「空」を理解することはまだまだ難しいでしょうが、しっかりと仏教を学び修していく中で、きっといずれ理解することができるようになっていくかと存じます。

この「空」をしっかりと理解することにより、迷い苦しみを輪廻し続ける要因となってしまっている無明(根本的な無知)・煩悩・執着を打ち破っていくことで、悟りへと向かうことが求められるものとなります。

もちろん、悟りへと向けては、智慧だけではなく、福徳という功徳の行いも必要にはなりますが、しっかりと仏法を修習していく上で必要となる「智慧」を、是非、般若心経からも学んで頂けましたらと存じます。

「般若心経を素人が唱えると、成仏出来ない霊が寄って来る、取り付かれると聞きましたが本当ですか?」・「寝る前に聞いたり唱えたりすると悪夢を見る」・・

それは全く関係ないです。

川口英俊 合掌

問い「モヤモヤとしてしまいます」

問い「モヤモヤとしてしまいます」

【ご質問内容】

こんばんは、前回に引き続き質問させて頂きます。

前回の質問と関連してのことです。 
大学を退学し、通信制大学で頑張ると決めました。 
その為、実家に戻ります。 
しかし、嫌なことはあったと言え、約10ヶ月過ごした街、アパート、良くしてくださった方々、行きつけの店… 
ここ一週間、そのようなことを考え気持ちが沈んでしまっています。その方々には直接挨拶に行きました。皆さんは、寂しくなるね、またおいでねと温かい言葉をかけてくださいました。

今は荷物の少なくなった部屋で引っ越し当初のことを思い出してばかりです。 
来たばかりは寂しさばかりだったなあ 
アパートのにおいがするなあ 
こんなに広かったっけ? 
等と思い出しては泣いてしまいます。

今月の29日が実家に戻る日です。 
また遊びに来る予定ですし、その際は良くしてくださった方々の所にも会いに行きたいと思っています。 
ですが、寂しさがこみ上げてきてしまい、頑張ると決めたのに寂しいことばかり考え泣いてしまっている自分がいます。

ご指導よろしくお願いいたします。

【拙回答】

心機一転

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

そうでしたか・・大学を退学されて、通信制の大学で頑張ることにされましたか・・

嫌なことがあってのことで、十分に納得ができていない中での、別れということもあり、少々、寂しい気持ち、感傷的になるのは、当然に仕方がありません。

とにかく、ここはもう決めたこととして、心機一転、前向きに、再スタートしましょう。

過去の嫌なことは、もう過ぎ去った過去のこと、過去は過去であり、現在ではありません。

今の瞬間に過去の嫌なことはないはずなのですが、まるであたかも今もその嫌なことがあるかのごとくに、想像、妄想において思ってしまい、苦しんでしまっていることもあるかと存じます。

私たちは瞬間瞬間の今の連続においてでしか存在はしていません。

もちろん、「今」も「今」と言った次の瞬間にはもう「過去」になってしまっています。

実は、過去の出来事に苦しみ悩んでいるのは、過去の自分ではなく、あくまでも、今の瞬間瞬間に新しく存在している自分であり、過去の出来事が今の瞬間瞬間にあるかの如くにして、苦しんでしまっているのであります。

少し難しいことを申しましたが、新たに生まれ続けている自分は、常に新しいのです。

いつまでも過去のことにこだわり、引きずってしまっていては、もったいない。新しい自分に新しい良い息吹を常に入れ込んでいくイメージで、過去の嫌なことはさっと捨て去らせてしまい、前を向いて頑張って参りましょう。

もちろん、また何かございましたら、いつでもご質問をお待ち致しております。

もうすぐ春です。また新たな出逢いも色々とあるかと存じます。良きご縁も大切に、どうかお過ごし下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「偽物の自分をつくってしまっている気がします。」

問い「偽物の自分をつくってしまっている気がします。」

【ご質問内容】

私の良いところは、気が使えるとろこだと思っています。 
例えば困っているお年寄りに手を貸してあげたり、人に対してではありませんがスーパーに行ってお豆腐が置いてあるところに違う商品が置いてあれば、その商品を元の場所に置いておいたりしてます。ありがた迷惑の場合もあるかもしれません。 
私がなぜこうゆうことをするかというと、見て見ぬ振りなどする人になりたくない。視野を広げた時に運がついてくるかなと思うからです。

ですが最近、ただいい人ぶっているだけなのではないかと思い始めました。 
私がしているこの行動は偽物なのか本物なのかわかりません。 
こういった時自分に問いかけるものの、答えなど出てきません。 
自分をつくったりはしたくないんです。 
これからのヒントがほしいです。

【拙回答】

「自利利他」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「偽」は、「人」の「為」と書きますよね。

人の為と書いて「偽」というのは、なんか解せないですよね。。

まあ、「情けは人の為ならず」と申します。つまり、それは、いずれ回り回って「自分のため」になるということであります。

全然、気にすることはありません。偽善と思っていても、情けを掛けて、その人の為になる善いことは、どんどんしましょう。それもいずれ回り回って「自分のため」になるからという理由でも、初めは全く以て良いのではないかと存じます。

あとは、偽も、作るも、貴女様の事実の行動は、他の誰の行動でもなく、貴女様の事実の行動として本物に変わりはありません。

ですので、偽物であろうが本物であろうが、その行動には、自分の責任が伴うことになります。

善い行いも悪い行いもです。ならば、できるだけ善い行いに励む方が、もちろん得策です。

仏教では、「自利利他」という言葉もございますが、他を利する功徳、福徳の行いが、自分が悟りへと向かう利のためにもなる、ということと同じでございます。

簡単に申せば、人を幸せにすることが、自分も幸せにすることである、といった感じでございます。

拙生だって、100%、貴女様のお役に立てることを思ってこの回答を書いているわけではありません。この回答が何か役に立つ善い行いとなれば、その功徳を皆様へと回向する中には、当然に自分も含まれております。

あるいは、拙生自身の仏道修行、仏教修習の精進のためということもございます。

あまり深く考えて萎縮されずに、自分の為の他の人の為で良いのではないかと存じます。

川口英俊 合掌

問い「気の強い人との付き合い方」

問い「気の強い人との付き合い方」

【ご質問内容】

はじめまして、以前からこちらを利用させてもらっているものです。 
質問するのははじめてです、宜しくお願いします。

去年の4月から社会人になりました。 
1年近く「事務職になりたい」と思い、ようやく希望の職種に就職できましたので絶対続けようと思っていました。

本題は、気の強い先輩達の中でも更に気が強い?常にイライラとした感じの先輩との付き合い方です。

元から気の強い人が苦手なんですが、 
その中でも、相談するとキレ気味に返事を返される方が一番苦手です。

わからないことは聞いてほしいと何度も叱られてきたので、私では解決できないことはその人に聞いたりしているのですが、毎回返事がいら立っている感じで返されるので、相談し辛く、相談をしないで勝手に進めると問題が発生してしまうし…という感じで、私自身ももうどうしたらいいかわかりません

その人は気分に余裕がないのかもしれない、私の聞き方が悪かったのかもしれない、オドオドしてる私が嫌いなのかもしれない等、いろいろ自分を納得しようとしても、やはりどこかで引っかかります。

最終的には「ここは私に合わないのかも」と思うようになってきました。 
時々、けだるいというか会社を目の前にするとめまいがすることもあります。 
ただ、ここでやめたらダメなままで終わってしまうような気がして、やめるという決心もついてません。 
同年代がいないので、相談もできません。

せめてその気の強すぎる?人との付き合い方や、心の持ち方がわかればもう少し楽になるのではと思い質問させていただきました。

【拙回答】

「イキウたん」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

そんな先輩上司に悩んでおられる貴女様に、とっておきの対処法を教えて下さっているスペシャルな方がおられます。

それは下で改めてご紹介するとして。。

そうですね。まずその上司の方にあだ名を付けてあげましょう。

「イラッチ」、「キレッチ」、「ウザッチ」・・いや、ちょっとまだ平凡過ぎるか・・

では、それぞれの頭をとって、「イキウ」としましょう。いや、もう少しかわいく「たん」をつけて、

「イキウたん」

おおーなんだか可愛い新手のゆるキャラみたいに仕上がりましたよ。どうでしょう。

これなら、どんなにキレられようが、イライラされようが、可愛いものでへっちゃらです。

「イキウたん、そんなにキレてイライラするなよ。イキウたんのくせに」という感じで、何となくかわせそうじゃないですか?

と、これはこれとして、少し極端に偏見、バイアスが掛かり過ぎてしまうと、そればかりとなってしまい、思いが妄想的に増幅されてしまっている可能性もございます。

そこで、少しその偏見・バイアスを解くための一例として上記をご紹介させて頂きました。

どうしても無理なようならば、あまり無理はなさられずに。

さて、元ネタは・・

「プロサラリーマンだった経験を生かして、会社を辞めたいと言ってる後輩にどうにかアドバイスしてあげたい」(熊谷真士さんのブログ) 

どうぞ、下記と合わせて少し熊谷真士さんワールドをお楽しみ頂きまして、ほんの少しなりにも心を和やかに癒して下さいませ。

「スタバでダベる女子大生に対し畏敬の念を禁じ得ない」 

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「どう対応したらいいですか?」

問い「どう対応したらいいですか?」

【ご質問内容】

こちらの質問は取り下げられました

【拙回答】

また何かございましたら・・

また何かございましたら、どうぞお気軽にご質問なさられて下さいませ。

回答率98-99%を保ち続けております。規約に反するようなご質問ではない限り、ほとんどの質問に対して、回答僧の誰かがお答えをさせて頂けるかと存じます。

匿名様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「ダメ人間」

問い「ダメ人間」

【ご質問内容】

体調が悪くなる一方です。 
いろいろな健康法も試しましたが、一向に効きません。 
精神的にも追いつめられてます。 
何を心の支えにしたらいいのか。 
ぬいぐるみが心の支えっておかしいですか? 
毎日辛いです。 
生きてるのが辛いです( ; ; ) 
死にたいです( ; ; ) 
社会に適応できてない気がします( ; ; ) 
生きてるのが申し訳ない気がします( ; ; ) 
自分はダメ人間だと思いますが、ダメな人間ていますか?

【拙回答】

人間の生存戦略

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

体調が悪くなられる一方で、精神的にもしんどく、つらく、苦しくなられてしまわれているご様子・・

慢性疲労症候群や膠原病などについては、調べられましたでしょうか。

対処療法ではなく、根本療法がもしかすると必要かもしれません。一度、慢性疲労症候群を疑われて、扱いのある専門病院へと行かれるとよいかもしれません。

ダメ人間・・っていったい誰が決めるのでしょうか・・それは、勝手に自分で思い込んでしまっている自己嫌悪の一つでございます。

私たち人間は、「人」の字のごとくに、支え合いの「間」において生きることができています。

しんどく、辛く、苦しい時には、誰かに支えてもらい、助けになってもらって全然構わないことです。

今は、どうぞ周りをもっと頼りになされてみて下さいませ。

また、少しなりにも良くなって、自分のこと以外でもできるようになられて参りましたら、また誰かが助け、支えを求めているようでしたら、助けて、支えてあげて下さい。

以下のヤフー知恵袋の有名な問答の内容も挙げさせて頂いておきたいと存じます。

『「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略です。』

「弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に思ったので・・」 

『・・「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。

その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです。

だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです。

「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです。

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです。』

川口英俊 合掌

問い「一歩踏み出す勇気がほしいです」

問い「一歩踏み出す勇気がほしいです」

【ご質問内容】

同じ職種を人間関係の悪化により、短期間で二回辞めてしまいました。 
しかしこの職種は続けていきたいと思っています。そうすると実家から出る必要がでてきます。 
また同じことを繰り返すのではないかと不安で実家からでる勇気がでません。どうしたら一歩踏み出すことができるでしょうか。

【拙回答】

焦る必要はありません

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

職場を人間関係のことから、辞められてしまわれて、次をどうされるのか、お悩みのご様子・・

好きで、意欲のある職種であれば、もちろん、続けられるのに越したことはありません。

嫌いで、やる気もないのに、やる、やらなければならない仕事ほど、つらくしんどいことはありませんし・・

そうですね。「二度の失敗でメゲてはいけません。こうなったら、三度、四度と、自分に合う職場を探す旅に出るような気持ちで、次々といきましょう。。」と言いたいところですが、無理してもいけませんし、お金の入用や人間関係で引きずってしまうことなどもありますので、あまり無責任なことも言えません・・

でも、世の中には、職場での人間関係が悪化しても、簡単に辞めることもできず、我慢して耐えに耐え忍んででも、働かないといけない境遇の方(例えば、お寺の跡取りとか・・おっと・・失言・・)も多くございます。そんな中では、ストレスから、うつ病など心の病になってしまうことももちろんございます。

hasunohaでもそのような境遇の方で、どうすればいいのかというご質問も、これまで色々とございました・・簡単に辞めてはどうか、とも言えないような・・

そんな例と比べてもいけませんが・・

まあ、まだまだ挑戦ができる、失うものも少ない、今のうちにこそ、自分に合った最適な職場を求められて、再チャレンジされると良いのではないだろうかと存じます。

今や、転職仲介業者によるフォローや、あるいは体験・インターン等も利用されて、いきなり決めるのではなく、雰囲気をしっかりと把握してから決められるというのも良いのではないかと存じます。

まだそう焦る必要はありません。少しネットでじっくりと情報収集もされながらに、求人情報なども集められていかれると良いのではないかと存じます。

まあ、動き出すのは、もう少し暖かくなって、春になってからでも。。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「善悪に囚われなくなるにはどうしたらいいでしょう?」

問い「善悪に囚われなくなるにはどうしたらいいでしょう?」

【ご質問内容】

何事につけ善悪をはっきりさせ、それにこだわってしまいます。

このこだわりを手放すにはどうしたらいいでしょう?

【拙回答】

善悪について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず、善悪というものは、それぞれの主観的なもの、あるいは、恣意的なもの、また、一般的なものなど様々な基準や価値判断があり、更には、世間で言うところの善悪のレベルと、世間を超えた仏教の考える究極的な真理のレベルにおけるものとでも、異なるものとなって参ります。

究極的な真理のレベルにおけることは、非常に理解が難しいものとなりますが、世間一般の考えているような善悪のレベルにおけることであるならば、道徳・倫理・法律の世間的な常識の範囲において、自分だけではなく、他にも利するように、それぞれを分別して思慮して行動していくというのは、大切なことであるかと存じます。

それが、もっぱら自分の自己中心的なもの、自己都合や自己満足的なものとなれば、やはりただの迷惑である可能性も高くなってしまいます。

善悪をしっかりと分別しながら、悪を退けて、善を勧めるということは、世の中を過ごす上での基本的なことでもあるため、多少囚われてしまってはいても、さほど問題はないことではありますが、自分の保身のためや自己満足、独り善がり的なものが強くあるであるならば、問題が多々出ることになるため、そこは修正していかなければならないように存じます。

まあ、善悪の分別に囚われていたとしても、私益と公益のバランスをどう良好に保つのかということが大切になるのではないかと存じます。

もう一方の、仏教の考える究極的真理のレベルにおける善悪というものは、「不善不悪」「非善非悪」などといった表現で表すことになりますが、これはある程度、理解の段階を踏まないと、誤解を生じさせてしまうリスクも大でございますため、もし、この先において、仏教を修習される中で、少しだけ頭の片隅に置いておいて頂けましたら幸いに存じます。

川口英俊 合掌
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