hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

2016年06月

問い「考えたくないのに考えてしまう」

問い「考えたくないのに考えてしまう」

【ご質問内容】

嫌なことがあると、何度も思い出してしまい苦しいです。 
夫や友達に相談すると、あんまり気にしない方がいいよとか、流して今からできることをやろうとアドバイスをしてくれます。 
私も気にしたくないし、流せるようになりたいのですが、それができないから悩んでいます。 
勝手に頭に浮かんできて、なかなか離れてくれないのです。 
私自身は小さな幸せを大切にすることや、悩んでるのは自分だけじゃないと言い聞かせたり、人のためになることが自分のためになると信じています。 
それでも一人の時、思い出したくない事が勝手に頭に浮かびます。 
違うことを考えようとしても、いつの間にかマイナスの力に引っ張られてしまいます。 
もし何か良い心掛けがありましたら、アドバイスいただきたいです。 
よろしくお願いします。


【拙回答】

その嫌なこととは?

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

その嫌なことの具体的な内容はわかりませんが、やはり、自分の中で解決しきれていないため、気になってしまわれているのではないかと存じます。

意識すればするほど離れなくなってしまうのですよね・・

まあ、そこまで気にされておられるならば、別に無理に忘れようとか、流そう、紛らわそうとは思われずに、あえて、その嫌なことの解決に取り組むことの方が、すっきりとするのではないだろうかとは思います。

また宜しければ、hasunohaででも出せる範囲でその嫌なことを具体的に教えて頂ければ、回答にて何か参考になることもあるかもしれませんので、どうぞご検討下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「自分に自信がない」

問い「自分に自信がない」

【ご質問内容】

最近、私に優しくしてくれる友達や恋人に対して自分はこんなに助けてもらっているのに、私は相手が嫌な思いをしたり不利益を被ったりなど迷惑しかかけていないように思えてしまいます。

こんな私でも生きている価値はあるのでしょうか。 
後ろ向きな質問で申し訳ありません。 
読んでいただけただけでも本当にありがたいです。 
もしよろしければご回答をよろしくお願い致します。


【拙回答】

「縁起」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この世界における全てのモノ・コト、私も貴女様も、とにかく他に依存することによって成り立っております。このことを仏教では、「縁って起こっている」として「縁起」(えんぎ)と申します。

簡単には、私たちは、色々なモノ・コト(自然の営み、人の営みなど)に助け、支えられることによって、生かされて生きることができているということでございます。

皆、お互い様であり、あまり「自分だけが・・」と卑下される必要はありません。

助けられたこと、支えられたことに、感謝して何かお礼がしたい、恩返しがしたいとなれば、できることで何かお返しができれば良いのであります。

もちろん、無理することはありません。

例えば仏教では「無財の七施」という善い行いがありますが、その中では、「和顔施」として、笑顔のお返しや、「愛語施」として、優しい思い遣りのある言葉のお返しなど、お金や物ではなく、真心こもったお返しということも功徳としてございます。

できることで構わないので、感謝やお礼を態度ででも示せればよいのであります。

生きている価値があるか、ないか、そんなことは、まあどうでもいいんです。

要は、この世界は、支え合い、助け合い、分かち合いで成り立っていることをしっかりと理解して、何をすべきかをよく考えて実行していくことで、お互いがお互い様で、より良く幸せに過ごせていけるかどうかが大切なのであります。

川口英俊 合掌

問い「生き方」

問い「生き方」

【ご質問内容】

自分に自信がないのか・・・よくわからない(自分で、いいところもいっぱいあるのもわかっている気がするのに)のですが・・・ 
他人に過去にいわれた自分の言動(とがめられ責められた部分)を思い出しては、またとがめられ責められるのではないかと疑心暗鬼になり、のびのびできない自分がいます。 
失敗をただして直せばいいという考え方もありますが、そうやってもどこか繕うようなばかりで、打たれ弱くもなり、どう生きるのが正解かよくわかりません。 
跳ね返すだけの強さがあればそれでもいい気がしますが、そうすると自分の性格がきつくなるようで。 
人からの批判に弱いのかもしれません、完璧にしたいのかもしれません。完璧な人なんていないし、完璧でない自分でも受け入れて仲良くしてくれる人はもちろんいます。でも、そうでなかった過去が怖いのです。万人と仲良くやるのは無理だとわかっているのに、怖いのです。 
どうやって生きていけばいいのでしょうか?


【拙回答】

どうして、から、どうすれば、へ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

過去の失敗に少し萎縮されてしまわれているようですね・・

当たり前のことですが、人間誰にでも失敗は付き物です。

問題は、その失敗を前向きなことにするのか、後ろ向きなことにするのかで、大きく異なることになって参ります。

それは、例えば、失敗について、「どうして」と思うか、「どうすれば」と思うかの違いです。

前者の場合は、自分や他人や環境、運などのせいにして、失敗を失敗としては認めたくないというようなことで、自己嫌悪、怒り・憎しみ・嫉妬などで苦しんでしまうことになります。

後者の場合では、その失敗を反省し、その原因を分析し、では、二度と同じ過ちを繰り返さずに、更にその失敗を活かして、どのように前へと進めるべきであるのかと、前向きに考えることになります。

もしかすると、りりー様は、まだその失敗に「どうして」と、心のどこかで納得できていないこともあるのではないかと存じます。もちろん、納得できているかどうかに拘わらず、現実にその失敗でまだ苦しんでしまっている自分がいるのは事実でございます。

とにかく、今一度、「どうすれば」として、その失敗について、前向きに、これからの自分へと活かしていけるように調えて参りたいものでございます。

まあ、人間、やはり性格や環境、思想・信条なども異なる者同士、合う合わない、色々ございますし、もちろん、全てを完璧にできるような者もおりません。

お互いがお互いで不完全な者同士、弱い者同士であるからこそ、支え合いや助け合い、分かち合い、補い合いが大切となるのでございます。

頼り頼られのお互いのより良いバランス関係を保つことが、この世においてより良く幸せに過ごすために大事なことになります。少しこのことも意識されてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「過去の思い出から抜け出す方法はありますか?」

問い「過去の思い出から抜け出す方法はありますか?」

【ご質問内容】

わたしは高校を卒業して10年以上経つのに、いまだに思い出から抜け出せません。 
高校時代が本当に楽しくて、幸せで、何もかも頑張れていて、あの頃の自分と比べてしまいましす。 
今は今でとても幸せですし、不満があるわけではありません。 
今でも忘れられないくらいすばらしい経験ができたことに感謝するべきだとも思います。 
でも、本当に苦しいんです。思い出すと胸が締め付けられて、涙が出ます。戻れるものなら戻りたいと思ってしまいます。 
どうしたらいいんでしょうか。


【拙回答】

過去について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

厳密には、過去は実体としてはあり得ません。

既に過ぎ去ったものであるとして、それは理解できるのではないかと存じます。

では、未来はどうでしょうか。

実は、未来も実体としてはあり得ません。

まだ来ていないのですから。

では、現在はどうでしょうか。

実は、現在も「これが現在」として時間が止められない限りは、あり得ません。なぜならば、現在と言ったそばから、次の瞬間には、それは過去になるのですから。

じゃあ、何があるのかと言いますと、「今」「今」「今」・・としての「瞬間瞬間の連続」があるだけであり、過去も現在も未来も本当は無いのであります。仮に時間が止まったとして、それが現在だとしても、それなら、過去も未来も当然に無くなってしまうことになりますし、時間を認識する存在自体もあり得ないことになってしまいます。

さて、ここまで少し難しいことを申しました。確かに、過去は今の瞬間瞬間の連続の自分に繋がっていますし、未来の自分にも繋げていくことができます。戻れることはできないけれども、今の自分の中に過去の自分は確実にあるとは言えます。但し、過去の自分と完全に同じではあり得ません。また、過去の自分と今の自分は連続して繋がっているものとしては、異なっているとも言えないということで、仏教的には「不一不異」と言うことにはなります。

とにかく、山崎蓮志様のおっしゃられていることと同じになりますが、「過去」の自分は、今の自分の中に確実にあるのだとして、その「過去」に感謝なさられつつ、良い思い出として大切にして、「過去」があっての今の自分の幸せというものもあるのだ、ということにもしっかりと理解することにより、過去への過度なとらわれは無くして、今、幸せであるために、するべきこと、なすべきことに注力して参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「死にたいと思いながら25年」

問い「死にたいと思いながら25年」

【ご質問内容】

初めて質問させていただきます。 
私は死にたいと思いながら25年経ってしまいました。 
毎日目が覚める度に『死にたい』と思い、幸せな時期は『幸せなうちに死にたい』、辛い時期は『辛い。もうヤダ死にたい』と考えてしまいます。 
子供の頃からのことなので最早これが当たり前ですし、子供の頃や二十代前半の頃は何度か行動に起こした事もありましたが、いつも失敗してしまいます。

そうこうしているうちに無気力な大人になってしまったので、惰性で様々なものに依存しながらただ時間を過ごしています。 
こんな事を言うのは不謹慎極まりないのは自覚してるので言葉にするのは初めてですが、自分で死ぬより、事故や事件、病気で死を迎えるのを待つ毎日です。

最近、死にたいと毎日思うことは異常だと認識しました。 
僧侶の皆さんは死にたいと思うことはありますか?また、もし思うような時にはどうやってその思いを断ち切りますか?


【拙回答】

死ぬ自分とはいったい何か

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

どうでしょう。それほどに「死」について考えられておられるのでしたら、もう一歩前へと進んで、仏教を学びながら、「自分とは何か」、「死とは何か」ということと共にモノ・コトの真理、真実のあり方について考えてみませんか。

仏教で説明される「無我」、「空」、「縁起」などの考えがヒントとなりますが、結局のところ、「自分」も「死」も、実体としてはあり得ないものとなります。

「自分が死ぬ」とは言っても、その「自分」も「死」も実体としてはあり得ていないのであります。

ただ、実体としてはあり得てはいませんが、「縁起」としてはあり得ていると考えることにはなります。

ですので、何もないという「絶無」・「虚無」ではありません。

そして、仏教の説く「不生不滅」や「不死」の境地とはいったい何か。

おそらく、今、現在、愛梨様が考えておられるような「死」ということも、「生」ということも、真なるあり方としてはとらえられてはいらっしゃらないのではないかと存じます。

転倒したモノの見方でとらわれを起こされてしまわれている可能性もございます。

是非、まず転倒したモノの見方を仏教を学び進めることで、少しずつ正しいモノの見方ができるようにと調えて参りましょう。

「死にたい」と更に思われるのも、それからでも構わないのではないかと存じます。

是非、共に正しいモノの見方ができていけるように、仏教の修習に頑張って取り組んで参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「自己嫌悪」

問い「自己嫌悪」

【ご質問内容】

生きてても意味ないんじゃないかと思います。 
でも、死ぬ勇気もありません。 
今の現状を変えたいのに行動にもうつせません。 
自分が嫌になります。


【拙回答】

モノ・コトのありようについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

とにかく、全てのモノ・コトというものは、他に依存して成り立つことができております。このことを仏教では、「縁って起こっている」として「縁起」と申します。

「縁起」として成り立っているものは、はる様の「いのち」も、「生きる意味」も、「自己嫌悪」もそうです。

その依存しているものが変われば、「いのち」も「生きる意味」も、「自己嫌悪」も変わることにはなります。ですので、永久永遠に変わらない実体的な何かがあるわけではないのであります。

また、自分にとっての好ましいモノ・コトも、好ましくないモノ・コトも、その依存しているモノ・コト次第となります。

その依存しているモノ・コトをより良くに調えてやれば、もちろん、より良くに変えることだってできることになります。

是非、これを機会にもう少し柔軟にモノ・コトを全体で見れるようにしていくことで、見方を変えて、心も、そして行動、結果も、より良くに変えていけるように調えて参りたいものでございます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「限界です」

問い「限界です」

【ご質問内容】

結婚式を終えた今、婚約者のご両親に婚姻届を出させてもらえません。

出逢った日・付き合った日・結婚式日・クリスマス・誕生日・母の日・父の日…決めても決めても理由をつけられ手続きをさせてもらえません。 
詳しくお話しすると絞られてしまうので難しいところですが、私たち本人だけでは出来ない状態です。

友達に“あれ?まだ?”とか言われる度に辛くなり、心配かけてしまいます。

私の家族も心配していて、結婚前から色々あったのに進めさせてしまったことを後悔しているようです。両親ともに元気がなくなり外出も減りました。出掛けて、私の話になることがツラいそうです。

家族を思うと耐えられなかったので、彼に“こんなにも結婚させたくないのなら私は身を引きたい”と伝えました。 
すると、マンションのベランダへ…飛び降りようとするんです。 
必死に止めて、服も破けました。あの瞬間の事はよく覚えてないけど、突き飛ばされては居ないと思いますが身体中アザだらけになってしまいました。

数日後家族と会うことになり、ばれないよう長袖を着たりと隠していましたが、様子が変な私にすぐに気付く家族。

父に 彼とどうだ と聞かれ、答えられるような変化がないのに聞かれてイライラしてしまい八つ当たり。

心配かけて家族を傷つけている。なのに感謝も伝えられない私が嫌すぎて、私の方こそ死にたい。 
でも、こんな大切な家族や婚約者を置いて死ぬなんてそんな事も出来ない。

だからって、彼のご両親にお話ししようとすると“くちごたえするのか”と怒鳴られる。

結婚式前に、彼のご両親は危険だから辞めなさいッテ何人かの方にお声をかけていただきました。 
ですが、彼からも少し聞いていましたし、おかしいなと感じたこともありましたが彼を守りたいと思い決めました。

今更ながら、考えが甘かったと思いますが、ここまで来たからには彼のご両親に分かっていただき、私の両親の笑顔を取り戻したいですが

私の気持ちの余裕がなく限界です。

みんなが幸せになるには、別れるべきとしかおもえなくて… 
どのような考え方をしたら解決に持っていけるのか…わかりません。

お言葉をいただけると嬉しいです。


【拙回答】

大切なのは二人の想い合い

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

二人の問題に対して、彼の両親が介入し過ぎですよね・・

彼も親離れができていないことも問題ですが・・しかも、親に説得も口答えもできず、挙げ句の果ての自殺未遂騒動まで・・それでは嫌気がさすのも理解ができます・・

とにかく大切なのは彼とひな様のお互いの気持ちです。

お互いが支え合って、助け合って、分かち合って、困難を乗り越えて、幸せになれるかどうかが大切なことになります。

真剣にひな様のことを考えているのであれば、もう少し男気ある甲斐性がほしいものですよね・・

「愛」するとは、「心を真ん中で受ける」と書きます。愛し合うとは、互いに心を真ん中で受けとめ合うということになります。

お互いで、これからどうしていくべきであるのかについて、本音で、感情論に走らず、最初から諦めたり、思い込んだりもせずに、冷静に理詰めにて、彼の親にも言動で説得していきたいものでございます。

何より大切なのはお二人の気持ちです。そこさえしっかりと堅く結ばれていれば、今はまだあまりカタチにこだわらなくても。ただ、彼にはもっと大人になってもらえるように、少しずつでも変わっていって頂けるような方策も必要かもしれません。

とにかくまずは冷静に状況を分析して、うまくいくための方法を二人でしっかりと考えて、実行してみることです。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「硬式野球に通わせてあげられない」

問い「硬式野球に通わせてあげられない」

【ご質問内容】

こんにちは。初めまして。来年息子は中学生です。中学校の野球部は軟式です。しかし、息子は、硬式野球を習いたいと言っているのですが、仕事の都合や経済的都合で通わせてあげられません。本当に心が苦しいです。やりたいことを思いっきりやらせてあげたい。どうにか方法はあるでしょうか?お教え下さい。


【拙回答】

一野球経験者としまして

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

あまりうまくはありませんでしたが、中学・高校と野球部でした。

中学が軟式、高校が硬式でした。

正直、硬式は、字の通りに、軟式より硬く重いボールを扱うため、かなり怪我の心配が出てきます。

それに、まだ骨格・筋肉等が成長期である中学生ぐらいの時は、できればあまり無理せずに軟式で技術を磨かれる方が良いのではないだろうかとは存じます。基礎トレーニングや体力づくり等も変わらずできるかとも思いますし・・

もちろん、甲子園、プロを目指すならば別ですが・・

とにかく硬式ボールは、デッドボールや自打球、ライナー直撃など、本当に怪我が怖いのですよね・・

できれば怪我に強い体づくりが進んでからの方が・・とは思います。

焦らずとも、高校に入れば、硬式になるでしょう。それまではしっかりと中学の野球部ででも、基礎トレーニング・体力づくりと共に、人間関係力(監督や先輩、同輩、後輩との人間関係の構築力)をつけることも大切となって参ります。

特に、チーム競技であるだけに、人間関係力を上げておくことが自己向上のためにも欠かせないものとなります。

どんなに実力があっても人間関係でつまづけば、続けられなくなることもありますから・・

とにかく中学でしっかりと実力をつけて、結果を出せば、また次も見えてくるのではないだろうかとは思います。

また、どうしてもとなれば、軟式球でも硬式球に近いものもあったかとは思います。練習でそれを使うのも一つです。

めざせ甲子園ですね。どうか悔いなく、怪我もない青春を送ってほしいものです。

川口英俊 合掌

問い「消えたい」

問い「消えたい」

【ご質問内容】

私は小さな時からひどいかんしゃく持ちでした。 
そんな私への疲れからか、母に毎日殴られたり、泣きながら首を絞められたりしました。 
その時に、「お前がいると誰も幸せになれない。」と口癖のように言われ、同じように「お前は16で家を出て20で戸籍から抜く」と言う言葉に 
あぁ、私は20になったら自殺しなきゃいけないんだと思っていました。 
死ななければと思ったのは、一人で生きていくという発想がなかったからです。 
結局私は死なず、気が付いたら予想図よりもずいぶんと長く生きてしまっています。

中学になってから、重度のうつ病と診断され、そのお陰で母との関係はかなり修復出来ました。 
しかし、最近年金生活になり、また関係がこじれ始めています。 
お金のことで喧嘩になることが増え、今度は母から「私を殺してくれ」と頼まれるようになりました。 
自分の保険金が入るから父も楽が出来るし、私は自殺すればいいと言われます。 
お金に関しても、一番使っているのは私なので、お父さんは一人で楽に食っていけると思っているようです。

喧嘩をする度に、私が生きていたら誰も幸せになれないんだとどんどん自分を追い込んでしまいます。 
そして、消えたい思ってしまいます。 
死にたいのではなく、私がこの世に存在した全ての痕跡を消し去りたいです。 
産まれた事実その物を消し去りたいです。 
この先もずっと消し去る方法を探しながら生きなくてはならないのでしょうか?


【拙回答】

まだお若い。諦めるのは早過ぎます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まだお若い。人生これからです。諦めるのは早過ぎます。

まず、癇癪や鬱病は心の病の分類となりますが、身体と心は密接に関連し合って成り立っています。

何か身体的なことが、その心の病に関連している可能性もあります。脳神経系物質のバランス、ホルモンバランスの崩れが元となってしまっていることとして、副腎系や免疫系の身体的な問題についても少し思い当たることがありましたら、気に掛けて治療に取り組まれて下さいませ。

また、抗うつ剤などの精神薬の中には、長い服用により、自殺企図を高めてしまう副作用もございます。そのあたりにつきましても、少しお気を付け下さいませ。

とにかく、私たちは一人で生きていけるような存在ではなく、皆、それぞれ本当に弱い存在です。それでも何とか過ごせていけているのには、互いの支え合い、助け合い、分かち合い、補い合いによるところが大きくございます。

周りを頼ると共に、何か自分のできることで支えや助けになることもできていければ良いのであります。

それと、あまり、自己嫌悪、卑下なさられる必要はありません。もう少し自己肯定感、自信を養われることも必要であるかと存じます。

例えば、心身共の状態のこともありますから無理は禁物ですが、もし少しでも働けるようでしたら、バイトなどからされてみられても。「働く」というのは、元々、「端楽」が語源で、「端(周り)を楽(幸せ)にする」ということから来ているようです。もちろん、周りだけでなく、自分の幸せのためにも、ということになります。お金の事のご不安の解消へ向けても、余裕ができて参りましたらで構いませんので、またご一考下さいませ。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「人間は何のために、どこに向かうんですか?」

問い「人間は何のために、どこに向かうんですか?」

【ご質問内容】

人間は、生まれて死にます。それが子孫を残すことでずーっと何年も続いています。この先もいつまでかは分からないけど、続くんだろうなと思います。 
でも人間って、何のためにそれを繰り返してるんですか?みんな当たり前のようにそうやって、生まれて生きて、子孫を残して死んで、をただ繰り返してるけど、これって何のためにやってるんですか?

私が知りたいのは、ひとりの人が何のために生きるかということではなくて、人類全体として、何のために、どこに向かうのかということです。 
ずっとこのサイクルを繰り返して、いろんなものが発展して進化する、何か目的があるんですか?目的があるとしたら、何でしょうか。 無いとしたら、何のために存在するんですか。ゴールはなんですか?あるんですか? お坊さんの考えを教えてください。

生きることが嫌になったとかそういうのではなくて、単純に知りたいんです。あと、いま私は19歳なんですが、小学生の頃からずっと考えてます。人にこの話をすると、考えたこと無いし興味無い。言ってる意味がわからない、別に知りたいと思わない、とか言われます。なんで人はみんな、自分もこのサイクルに参加してるのに、このことを疑問に思わないんですか?不思議です。私がおかしいんですか…


【拙回答】

無始無終の輪廻を打ち破る時が来たのです。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

私たちは、この無始無終の輪廻において、無明の闇路を長い間にわたり、漂い続けて参りました。

その疑問に気づかれたのであれば、いよいよ、無明(根本的な無知)を晴らすために仏道に出発する時が来たのです。有り難し。

人間だけでなく、全ての衆生(地球の有情たちだけでなく、この宇宙、全ての宇宙の有情たち、地獄や餓鬼の有情たちなど、全ての有情たち)の輪廻(迷い苦しみの繰り返し)を終わらすために、悟りを目指すのだという尊い菩提心を起こして、是非、仏教を修習して参りましょう。

仏教の目的・ゴールは、全ての衆生の悟り・涅槃です。

共に頑張って仏道を歩んで参りましょう。

川口英俊 合掌
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