hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

生きる事について

問い「人間って」

問い「人間って」

【ご質問内容】

何のためにみんな生きているんですか?


【拙回答】

真なる幸せへ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何のために生きているのか・・

それぞれに生きる理由、意味、価値があるとは思いますが、皆、幸せ、充足を求めて生きているのではないだろうかとは思います。

それでもなかなか満足できずに、日々、迷い苦しむことになってしまっているところでございます。

その原因を仏教では「無明」(根本的な無知)にあるとして、その無明を晴らし、正しい智慧により、正しい行いを積むことによって、真なる幸せ、真なる安心を得るための悟りを目指すことを説く教えとなっております。

是非、仏教を学び修することに取り組むことで、真なる幸せ、安心を目指して頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「生きている辛さについて」

問い「生きている辛さについて」

【ご質問内容】

生きていると本当に辛いことが続きます。 
重なります。 
自分のこと、家族のことです。 
心配事いつも付きまとうものです。 
そんな時、じっと動かず待つべきすか。 
時折、笑えなく鬱状態になります。 
必ず、幸せはやってきますか?


【拙回答】

「辛」いを「幸」せにするには・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに、生きていくということは、誠に辛く、苦しく、しんどいことでございます・・

そんな中でも、良い結果を出していくためには、良い因縁(原因と条件)を積んでいくことが必要となります。

「因縁無くして結果無し」です。

「辛」いという字の「立」の上の出ているところに横線を引くと、「幸」せになります。

何か一つ前向き、プラスになることを少しずつでも日々の行いに加えていくことができれば、まさに字の如くに「幸」せになることもできるようになっていくかと存じます。

幸せになるための因縁、前向き、プラス思考で生きていくためのヒントが、仏教にもたくさんございます。

是非、この機会からでも、仏教について関心を持って修習していって頂けましたら有り難くに存じます。

少しでも笑顔が増えていきますことを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「自分が自殺をしそうで怖いです。」

問い「自分が自殺をしそうで怖いです。」

【ご質問内容】

半年前に不安神経症を発症してから、自分とは、生きるとは何なのかについて悩むようになりました。

自分には意思があって、自分がしたいと思えば体が動きます。 
そうしたら、自分の心次第で人殺しや自殺もできてしまうんだなと気づきました。 
今も、身体が勝手に台所から包丁をとってきそうで怖いです。 
死ぬのが辛くなるんだったら、なんで生まれてきたんだろうとも思います。

怖いと思うのは、死にたくないという思いが魂胆にあるからなのでしょうが、その気持ちさえなくなってしまうんじゃないかと思ってしまいます。

自分の進路も見えてきて、やりたいこともたくさんあるのに、辛いです。 
考え方をどう変えたらよいでしょうか。


【拙回答】

不安の原因は・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

不安を色々とお抱えになられておられて、特に死に対する不安にお悩みのご様子・・

不安というものは、人間であれば誰もが何らかしか持っているものですが、ある意味では、自己防衛を図るための本能的なものであるとも言えます。

不安があるからこそ、慎重になって、安全に物事を進められているということもありますし、一方では、身動きがとれなくなり、何も手に着かなくなってしまうという弊害ももちろんあり得るものでございます。

不安というものも、有りすぎず、かといって、無いというのでもないというところのバランスが必要となります。

さて、「死」についてでございますが、とにかく、「死」とは何かが分からないことによる不安が一番大きな原因としてあるのではないだろうかと存じます。

そうであれば、「死」についてもっと知ってみるのも、その一つとなります。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の如くに、案外、知ってみると、なんだ・・となって、不安も和らぐことになるのではないだろうかと存じます。

仏教的に考えるのであれば、「死」は、虚無や絶無ではなく、肉体としての「死」という面が強くあり、肉体は滅んだとしても、存続していく微細な意識(微細心・心相続)のありようについて考えていくことになります。

その存続していく心のありようをしっかりと善きものに調えていくための教えが仏教でもあります。

もちろん、死後のことは今は考えずとも、いずれその時は否が応でもやってくるのですから、その時までは、とにかく仏教を修習し、善き因縁を調えていくことに取り組むのも一つ。

いや、やっぱり死についてもっと知りたいとなれば、仏教における死についての教えについて学ばれてみられることもお勧め致します。但し、学べる文献は幾つかに限られています。間違いのないように慎重に学んで参りたいものとなります。

ご興味がおありでしたら、いくつかのお勧めをお教えさせて頂きます。

とにかく、それもまだまだ焦らずで構いません。でも、ある程度知っていけば、納得していけることもあるという感じにて。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「疲れました」

問い「疲れました」
http://hasunoha.jp/questions/10272

【ご質問内容】

生きる事に 疲れました

【拙回答】 

身体と同じく・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

身体と同じく、心も疲れた時には、休み、リフレッシュが必要です。

それも、ただ何となくに休むだけではなくて、英気も養えるようなことや気分転換になるようなことにもなると良いのですが・・

旅行、海外旅行などもその一つです。

見知らぬ土地での見知らぬ人々とのふれあいで、何か良い気付きがあるかもしれません。

あまり殻に閉じ込まれずに、壁も作られませんように。

どうか良いリフレッシュを。

川口英俊 合掌

問い「もう無理です。」

問い「もう無理です。」

【ご質問内容】

もう苦しいです。生きる事が……

誰にも関わらず、何も考えずに、ゆっくり、ずーっと眠りたいです。


【拙回答】

「生命は」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

私たちは、他との関係なくしては成り立たない存在。どう他との関係、バランスをより良く保つのかが大切となります。

皆、無数の色々な有形無形なものに支えていますし、意識せずとも支えになっていることもございます。

時に、つらく、しんどく、苦しい時には、無数の関係性の中で、ゆるやかに構成されている世界のありようを、吉野弘氏の「生命は」の詩の内容を考察してみると共に、大自然の下へと出かけられて、ゆっくり、ゆったり、あまり深く考えずに自然、生命のありようをよく観察されてみて下さい。

また、自然から、何らか癒しも頂けるのではないかと思います。私たちは得てして、何でも難しく考えすぎてしまうところもございます。時に思考をリセットしてみることも。何かきっとよい気付きもあることでしょう。

生命は 吉野弘氏

生命は 
自分自身だけでは完結できないように 
つくられているらしい 
花も 
めしべとおしべが揃っているだけでは 
不充分で 
虫や風が訪れて 
めしべとおしべを仲立ちする 
生命は 
その中に欠如を抱き 
それを他者から満たしてもらうのだ 

世界は多分 
他者の総和 
しかし 
互いに 
欠如を満たすなどとは 
知りもせず 
知らされもせず 
ばらまかれている者同士 
無関心でいられる間柄 
ときに 
うとましく思うことさえも許されている間柄 
そのように 
世界がゆるやかに構成されているのは 
なぜ? 

花が咲いている 
すぐ近くまで 
虻の姿をした他者が 
光をまとって飛んできている 

私も 
あるとき 
誰かのための虻だったろう 

あなたも 
あるとき 
私のための風だったかもしれない

川口英俊 合掌

問い「人生に疲れた」

問い「人生に疲れた」

【ご質問内容】

時々生きてる事が辛くて 
でも、死ぬ勇気も無く


【拙回答】

疲れてしまう前に・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人生、時には、つらく、しんどく、疲れてしまうことがありますよね。

そんな時は無理せずに、休むことも大切です。

それと、何でも独りで頑張ろうとし過ぎずに、周りを頼ることも大切になります。

仏教では、他に依存して成り立っているということを「縁って起っている」として、「縁起」と申しますが、この「縁起」なるありようで成り立っていることをよく理解して、助け合い、支え合い、分かち合いが必要であると自覚し、頼り、頼られてのお互い様の中で過ごしていけるように何事も調えて参りたいものとなります。

とにかく、身体と一緒で、心も疲れてしまう前に適切な休み、リフレッシュすることが必要です。

川口英俊 合掌

問い「生きるのが苦しいです」

問い「生きるのが苦しいです」

【ご質問内容】

はじめましてこんにちは! 
辛い時いつもこちらのサイトを拝見させていただいておりお坊さんの丁寧で参考になる回答を見て相談させていただいております。 
私は大学に入ってからとてもつらいです。いつも一緒にいる友人が1人いるのですがその子と全く気が合いません。私は人見知りでグイグイいけるタイプでは無いのですが基本的に明るくておもしろいことに笑ったり中高は(高校では色々あった年もあったのですが...)まぁ楽しく過ごせました。 
現在一緒にいる子はおとなしい?というか話す時は話してくるのですが...そんな暗い子じゃないのですが、 
私が気まずい空気にならないように話しかけても、うんとかだけでまた変な空気になってしまったりしたり話すことがなかったりして長い休み時間やご飯中いつも気まずくて死にそうです。私ばっかり話かけたり疲れました。でもそれも私が気まずい空気が嫌だからという自分のための理由だと思いますが... 
学校が全てじゃないですがやっぱり毎日学校はあるしほんと苦痛でつまらないです。つまらないのはいいんですけど気まずい空気になったりするのが嫌です。 
学校にいても心の居場所がありません。高2のときクラスで色々つらい思いがあったのですが他クラスで仲のいいこがいたのでやってけましたが今は学校に誰も友達はいなく(少し遠い学校だしまだ入学したばかりなので)心に居場所がありません。 
プライベートで仲良くできる心開ける子を大事にして学校のその子は一緒にいるだけと割り切ってる?のですがいいのでしょうか?その子にも私しかいないし私も簡単に友達が他に出来るわけじゃないので一緒にいない選択はできません、 
後前に入学したてのときまだ電車に慣れてなかったりして間違えて待ち合わせに遅刻してしまった時表面では大丈夫とか言ってたんですけど、その子のTwitterの趣味垢を見たら愚痴が書かれてて、もちろん遅刻してしまった私が悪いんですがちょっともう閉ざしてしまいました。それから私は駅で毎日30分以上前から待機してるのですが、こないだ私をたいして探さずにLINEで行ってるねときたのでえ、いるよと送って走って行ったらスタスタ歩いてました信じられません正直 
その他人生に対しても考えすぎてしまい毎日学校とバイトでどれも休めないので心身ともに疲れました。嫌われてるんじゃないか?など被害妄想?考えすぎ、もなくしたいです。


【拙回答】

時には軌道修正していく勇気も

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

hasunohaをご愛読頂いておりまして、誠にありがとうございます。

学生の間は、本当に限られた空間、環境の中で過ごさなければならないため、友達関係、人間関係で悩むことも多くあるかとは思います。

人付き合い、人間関係で大切になるのは、やはり、「距離感」をうまく保つことです。どう適切な距離感を保つべきか・・そこが問題でもあるのですよね・・

程よい距離感を保つためには、お互いの配慮、思い遣りのバランスも大切となります。

多少の行き違いが生じるのは、お互い人間同士であり致し方ないこともありますが、相手に配慮や思い遣りに欠けるところがあり、一方的なストレスや不満になるのであれば、やはり、是正を促すためにも本音で話をしていかないといけないこともあるかとは思います。

お互いがより良く過ごしていくために何が必要か、もう一度考えてみて下さい。

それと、拙失敗からのアドバイスですが、あまり何もかもを詰め込み過ぎず、頑張り過ぎずにて、余裕やリフレッシュもやっぱり必要になります。学業、サークル、バイト、人間関係も、パンクしてしまう前にしっかりと軌道修正していく勇気も大切になるかと存じます。

両親、家族、先生、教授など少し親身になって相談に乗ってくれる方もいると良いですね。もちろん、hasunohaでも歓迎ですよ。また何かあれば気軽にご利用下さい。

川口英俊 合掌

問い「生きていくのが辛いです」

問い「生きていくのが辛いです」

【ご質問内容】

死にたいわけではありません。 
しかしこのまま生きていくのが辛いです。 
希望がないのです。 
何もしたくないのです。 
逃げ出したいのです。 
消えたいです。 
この無気力感をどうしたらよいでしょうか? 
努力しなければならない状況にいるのに 
努力の意味が見出せません。 
楽しいこともありません。 
生きていてもつらいだけです。


【拙回答】

「中道」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

努力しなければ、頑張らなければ、無理しなければ・・と、あまりそう思い込まれ過ぎずに。

時には、気分転換、リフレッシュや息抜きも必要です。

希望というものは、自分自身における状況において、色々と変化していくもので、初めから「無い」、あるいは、「有る」と言えるようなものでもなく、要は色々な「因縁」(原因と条件)によって成り立っているものとなります。

つまり、善い因縁を調えていければ、善い希望も見えてくることになるというものでございます。

では、その善い因縁をどう調えていくのかと言いますと、仏教的には「中道」が求められるものとなります。中道とは簡単に申しますと「バランス」のことになりますが、次に、その「中道」・「バランス」の判断はどんなものになるのかとなりましたら、仏教を学び修していく中において、ある程度体現していかなければならないものとなります。

是非、これを機会に仏教により興味を持って頂いて、少しずつでも学ばれていって頂けましたら有り難くに存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「生きるのが怖い」

問い「生きるのが怖い」

【ご質問内容】

先日、愛がわからないでご相談させていただきました。 
その際は暖かいお返事ありがとうございます。

もう1つ長年心にあることについて、ご相談させてください。 
タイトルに載せた通り、生きるのが怖いです。

自ら命を絶とうとは思いません。生きるのが怖くて、逃げたくて、消えたくなります。

両親も元気、仕事もある、友達もいる… 環境的には恵まれています。 
ただ、パートナーがいない不安、お金に関しての不安…仕事を、今後どうするのかということ…様々な不安感がどうしても消えません。

人生における目的もわかりません。 
なぜ貯金をするのか、なぜ働くのか、なぜ生きるのか。

ないものにフォーカスしすぎているだけなのでしょうか。

情熱的に生きていきたいのに、一丁前にああしたい、こうしたいという気持ちがあってと、パワー不足になってしまうのです。 
そこから自己嫌悪の始まりです。

生きるのが怖い気持ち、少しでも軽くすることはできるのでしょうか。


【拙回答】

「不生不滅」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「生きる」ことや「死ぬ」ことについての色々な不安や恐怖というものは、おおよそ「無知」からきてしまうものであると考えることができます。

仏教的には、「無明」(むみょう)と申しまして、真理を知らない愚かな心の状態のことを申します。

では、その不安や恐怖を無くすためには、どうすれば良いのかと申しますと、「生死」の真理をしっかりと理解して見極めることが必要となります。

その真理の見極めへと向けたヒントの一つとしては、「般若心経」の中にも出て参ります「不生不滅」という言葉の示めそうとしているような内容の理解となります。それは、簡単に申せば、「空と縁起」についての正しい理解となります。

では、その内容は・・と、ここで説明を始めさせて頂いたとしても、まだまだ理解されていくのは難しいのではないかと存じます。

そこで、是非、これから、その不安や恐怖を無くすために、「不生不滅」の内容の理解へと向けて、仏教にもっと興味を持って頂きまして、一から学ばれていって頂けましたら有り難くに存じます。もちろん、その中で分からないことがございましたら、hasunohaもどうぞ頼りになされて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「どうして生きていかねばならないのですか?」

問い「どうして生きていかねばならないのですか?」

【ご質問内容】

なぜ生きていかねばならないのかわからなくなってしまいました。

仕事はものすごくつらいわけではないけど、楽しくもないしやりがいは特にないです。自分が何かの役に立ってる気はしません。

休日に楽しいことをしたいなと思いますが、うまくいきません。 
何をやってもひまつぶしというか、意味がないなという感じです。くだらないな、と思うこともあります。

家族を持ちたいと思うこともありますが、一人でできることではないので、今のところうまくいかず予定は立っておりません。

この先もどうせ楽しいことよりつらいことのほうがたくさんあるんだろうなと思うと、なんで生きなきゃいけないのかわからないです。

みなさんこんな気持ちを持ちながら生きているのでしょうか。また、それでも生きていかねばならないのでしょうか。それはなぜですか?

【拙回答】

「不生不滅」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

かよ様と同様に、拙生も、10年ほど前において、人生に対して虚無的、悲観的になった時期がございましたが、仏教を学び修するうちに、般若心経にも出て参ります「不生不滅」という言葉の意味を考えるようになり、その内容の理解が進むにつれて、そのような虚無的、悲観的な気持ちが、少しずつ無くなって参りました。

この世の真理に出逢っていく、というと大げさになりますが・・それまで、これもまた般若心経に出て参りますが「顛倒夢想」として、間違って逆さまにモノ・コトを捉えてしまっていたことに気付いていったのであります。

世間的なモノ・コトをいくら頑張って何とか世間的な物差しで理解しようとしても、根本のところにおいて、まず捉え方が間違っていては、とても、理解できるものにはなりません。答えの出ないループに陥ることも、もちろんしばしばとなります。

「生きる意味」・「生きる理由」というものも、根本のところにおける捉え方、考え方が間違っていては、答えの出ない無限ループ(仏教的には輪廻)に陥ることになってしまうものとなります。

どうでしょう。これを機縁に、是非、「不生不滅って何?」というところから、仏教を始めてみませんか?

川口英俊 合掌
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