hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

因果について

問い「人間の男に生まれることは、前世の悪行の報いでしょうか。」

問い「人間の男に生まれることは、前世の悪行の報いでしょうか。」

【ご質問内容】

人間の男に生まれたことが、前世での報いでしょうか。 
こんな辛い生は無いと思っております。

独身なら独身で「何で世帯が持てないのか、何か精神的障壁があるのか」とか、「仕事だけが人生なのか」とか

世帯を持てば持てば持ったで「出世もできずに、どうやって妻子を楽にさせるのか」、「お前に男子の本懐はあるのか」、「そんな状況で親孝行できるのか」とか。

果ては「ヒモ」なったらったで、「男の誇りは無いのか」と責め立てられる。

前世でどんな酷いことをしたからと言って、何の記憶もないのこの私に、この報いは余りにも空しすきると思います。

どうしたら「人間の男」に生まれ変わらないようにできますでしょうか。


【拙回答】

「盲亀浮木」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに私たちは迷い苦しみの世界である人間の世界に生まれてしまっております。

しかし、この人に生まれることの難しさたるや・・

仏教では、「盲亀浮木」という譬えがございまして、大海に住む目の見えない老亀が、百年に一度海面に浮き上がってくる時に、たまたまそこに流れてきた穴の空いた浮き木の穴に首を突っ込むというぐらいに、人として生まれるのは難しいとされています。更に仏様の教えのある世界に生まれて、仏様の教えを学び修せられることも、尚もって難しいことであると言われています。

また、人は天・修羅と共に、六道輪廻の中でも「三善趣」と言われるだけに、迷い苦しみの中にあるのは変わりませんが、畜生・餓鬼・地獄(三悪趣)に比べれば、はるかにましな存在であると言えます。

その上、三善趣であっても、天と修羅では、「有暇具足」(悟り・涅槃へと向かうための八つの有暇と十の具足を備えている)を円満には得難いため、実際は人のみが、仏様の教えを修せられるための絶好の機会となるだけに、できる限り無駄に過ごしたくないものとなります。

人して生まれたのは、ある程度、過去世における善き業・カルマの因縁(原因と条件)があってのことであるとも考えられます。私たちは、何とかこの機会を逃さずに、心の資質の向上のためにも、仏教の修習にしっかりと取り組んで参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「仏教徒に対する疑問パート7」

問い「仏教徒に対する疑問パート7」

【ご質問内容】

前回の質問で回答したお坊様に言いたいことがあるんです 
実は僕は丹下様が薦める瞑想をやってるんですよ 
瞑想やってて気づいたんです 
瞑想で雑念を払いリラックスしてるとヒッグス粒子みたいな赤や黄や青の粒が見えてきて 
そしてその状態でいるとだんだん神妙な気分になって 
我欲の全てがその粒の流れと共に消えていく感じになってボーっとするんです 
その状態でいるとだんだん無になってく感じで無になったような瞬間 
瞑想してたことも忘れたかのようにハッとしてまたさっきの状態に戻るんです 
この繰り返し 
まるで息を吸って吐くように 
煩悩と悟りが交互でくるように 
蕎麦食ってまた腹へって蕎麦食ってまた腹へってそれを繰り返してたら 
なんで腹減らなきゃいけないんだなんで蕎麦食べなきゃいけないんだ 
誰がそんなルール先に作ったんだってなりません? 
そうなると人間もこの世界も全てを先に作った原因と結果だってなりますよ 
でもそれを作ったのは?それすらも作ったのは?それすらも作ったのは? 
こうなると原因はわからないでもなんかの原因と繋がってて結果が出る 
因のわからない果の法則じゃないですか 
そうなると悟り開いても原因はわからないでもなんかの原因と繋がってその結果で煩悩が湧くと思うんです 
この因のわからない果の法則が悟りであればなぜ人は煩悩があって生まれるのか?それが煩悩ならば悟りは諸行無常で形を変えただけの煩悩ではないのか? 
それが量子力学みたいに悟りと煩悩なら両者とも同じ境地にいるのではないか? 
とにかく悟り開いても原因はわからないでもなにかの原因と繋がり煩悩が湧くと思うんです 
この因のわからない果の法則や因果関係は実体があって悟りは空だから悟り開けばそことは無縁になれるってぶっ飛びすぎじゃないですか? 
実という原因あっての結果の空なんですから 
その空に行ったお釈迦様の前に過去仏がいるって変ですよね 
それが居座る場所をまるで因のわからない果の法則がすでに結果となって作ったような 
因のわからない果の法則や因果関係から解脱できなければ悟りと煩悩は共存し続けると思うんです 
だから悟り開いたお釈迦様は梵天に煩わしい娑婆の世界に行かされたと 
お釈迦様が煩悩のない悟りを開いたと証明できないなら 
そんな人は全知を知りえないそんな人の教えは瞑想を神格化して 
ありもしない悟りという虚像の神を拝んでるだけじゃないですか?


【拙回答】

ツォンカパ大師・中論註「正理の海」(正理大海)

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

因果の法は、どちらかと申しましたら、便宜的・方便的な教えとなり、「縁起」を考える一つの方法論に過ぎないところがございます。

しかし、正理知により考察するならば、因、縁、果というものも実体・自性・自相としては成り立っていない「空」なるものということになります。

一切は「空」であるものの、顕現を認識する主体の側における煩悩障・所知障により、色々と迷乱が生じてしまうところとなっております。

仏教を修習し、煩悩障・所知障を完全に対治、断滅することによって、やがて悟り・涅槃へと至れることとなります。

もし、ご興味がありましたらとなりますが、前回も述べさせて頂きました龍樹大師「根本中頌」(中論)の内容を読解されていかれましたら、色々とご疑問のことについても、有為に学び得られるところがあるのではないだろうかと存じます。

そして、その「根本中頌」に関しましては、色々な注釈書がございますが、その中でも特にお勧めは、ツォンカパ大師・中論註「正理の海」(正理大海)でございます。

また、可能でしたら、チャンドラキールティ大師「入中論」も併せて読解されるのも良いかもしれません。

川口英俊 合掌

問い「仏教徒に対する疑問パート6」

問い「仏教徒に対する疑問パート6」

【ご質問内容】

では回答率99.9パーセントのお坊様に質問です 
前回の質問の答えに大慈様が言われた内容ですが 
仏教では世界の始まりは「わからない」、「無始」、「無記」であると 
これって原因である始まりを無視して結果であるこの世界だけを見てる 
因を無視した果の法則ですよね 
そして「蕎麦のレシピばかり論じる(原因)蕎麦がのびる(結果)とっとと食え(対策)」 
「頭の中でこねくりまわすから(原因)迷いが続く(結果)頭の中でこねくりまわすのを止めましょう(対策)」 
この対策こそが瞑想で悟りを開くことですよね 
お釈迦様は生まれた時から瞑想すれば悟りを開けるなんて知らないですよね 
ではお釈迦様に瞑想を教えた人は誰ですか?そしてその人にも教えたのは?そしてその人にも教えたのは? 
仏教→バラモン→ヒンドゥー→ゾロアスターと土着信仰の融合→メソポタミア 
こうやってどんどんどん突き止めると悟りを開く瞑想を教えたのは因を無視した果の法則ですよ 
因を無視した果の法則が悟りの瞑想法を作り因果関係のシルクロードを渡って我々に瞑想を教えたというのに 
瞑想で悟りを開けばこの因果関係や因を無視した果の法則からも解脱できるってぶっ飛びすぎてないですか 
悟りの境地の空間ですら先に因を無視した果の法則が始まる前から終わった状態での結果として作られたと思うんです 
そうすると煩悩と悟りは最初から二つの性質が同時に存在する量子力学みたいに共存してると思うんですが? 
あと諸行無常の教えで全てのものは変化するなら 
善業も悟りも幸せも形を変えただけの煩悩ではないんですか? 
涅槃の境地で夜に眠り煩悩で朝に起きて  
涅槃の境地で瞑想してて煩悩で仕事行かなきゃいけなくて 
涅槃の境地のお釈迦様は煩悩の梵天に娑婆の世界行かされた様に 
悟りと煩悩は共存してると思うんです もしくは形を変えただけか 
良文様が言われたヴィトゲンシュタイン様の形而上学的な疑問は言葉で説明できないという話 
最初から量子力学としてある言葉に出来る世界と言葉に出来ない世界 
その言葉に出来ない世界のような概念のないような形而上学の世界に神ならまだしも人間がいけると思いますか? 
たった6年の修行で・・・この6と言う数字・・・666 
お釈迦様が実はフリーメーソンのメンバーで仏教をある理由で作ったとか思ったことないですか? 
物事を理屈で考えさせない政治的プロパガンダのためとか


【拙回答】

龍樹大師「根本中頌」(中論)読解の勧め

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

因縁果、因果の法というものにおいて、本来、因にも縁にも果にも、実体・自性・自相としての成立はありません。

もしかすると、因や縁や果というものが、それぞれあたかも実体としてあるかのようなとらわれを起こされてしまわれている可能性がございます。

そこで、是非、お勧め致したいのが、龍樹大師の「根本中頌」(中論)となります。

第一章から、因縁をどのように観ていくべきであるのかについても説かれております。

是非、学ばれて理解を進められてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「試練、、、」

問い「試練、、、」

【ご質問内容】

たまに、色んな人が言っているのを聞いたことあるんですが、"神様はその人が乗り越えられないことを与えないから、やっていけば大丈夫"みたいな感じなのをよく聞くんですが、これって本当にそうだなって思ったり、そんなの嘘だって思いますが、ホントにそのようなことは、あり得るのですか??

【拙回答】

因縁論・因果論

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「神様はその人が乗り越えられないこと(試練)を与えないから、やっていけば大丈夫」・・

と言われても、乗り越えられないこと、仕方のないことなど、山ほどあるけど、、と思ってしまうのは、意地悪な考え方でしょうかね。。

仏教では、運命論・宿命論は否定されることになります。その代わりに、因縁論、因果論を重視致します。

良い因縁(原因と条件)によっての良い結果を、ということになります。

とにかく、良い結果を出したいのであれば、良い因縁に努めることが必要となります。

ただ「やっていけば大丈夫」というのではなくて、何か良い因縁に繋がる具体的なアドバイスがあると助かりますよね。

川口英俊 合掌

問い「何かしようとも何もできない」

問い「何かしようとも何もできない」

【ご質問内容】

色々と相談事書きましたが、尽きる話しは、金縛りの状態と言うのが早いのでしょうか? 
体が動きません、気持ちが重くてできません、周囲の目も声も悪意を感じるようになってる状態です。 
因果応報とでも言えるのでしょうか? 
怠惰な生活、人への妬みが今の自分に返って来たのでしょうか? 
将来このままの状態が続くようなら 何もならなかった人生、最悪な終わり方をするようになる様な気がします。 
悪因を断ち これからの人生を意義のあるものにするには、どうすれば良いでしょうか? 
仕事もできない 意欲もない 人からも良くも言われない 毎日の不安 逃れると言うより立ち向かえる勇気と智慧を伴った行動ができるようになりたいです。

【拙回答】

「因果応報」とは・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「因果応報」とは、世間の使い方では悪いイメージが先行してしまっている感が否めませんが、正しくには、善いことも悪いことも含めて、全てのこの世のモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)によって結果が成り立っているという、「因縁果の理」のこととなります。

何も原因が無く、また、何も条件も調わないのに、結果が生じることはあり得ません。

例えば、種も撒いていないのに、花は咲きませんし、種を撒いたとしても、土や養分や水や光などの条件の無いところに撒いても、花は咲きません。

あるいは、土や養分や水や光と条件は調っていても、種がなければ花は咲きません。

もちろん、色々な複雑な因縁が無数に依存関係で絡み合って成り立っている世界であり、単純にこれとこれで、こうなったとは言えないところもございます。

しかし、良き結果へと向けては、やはり良い因縁は必要となるため、良い因縁を調えていかないと良い結果は全く望めません。

良い結果へと向けた良い因縁を積むためのヒントが仏教には多くございますので、是非、これを機会に仏教の学びも進めて頂けましたら有り難くに存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「業について」

問い「業について」

【ご質問内容】

私には5歳年上の自己愛性パーソナリティ障害の兄がいます。生まれてからずっと兄に執拗な攻撃(物理的・精神的)を受けて育ちました。元々私は発達障害だったのか、その自己愛からの攻撃と相まって自尊心は歪み非常に低く、騙されやすく、しかしながら自意識過剰の疑心暗鬼、怒れずすがる、依存の激しい人間となりました。 
それに気付いたのは近年で、今では物理的に離れて生活し少しずつではありますが夫にリハビリをしてもらい本当に少しずつ少しずつ自尊心を育むことが出来るようになりました。しかし、それに気付くまで30年間自分がいかに価値がないか、頭が悪く醜いのか刷り込まれていたので立ち直りかけてはすぐに崩れてしまいます。 
両親はというと、そんな兄に手を焼き兄のストレスのはけ口になっていた私を守ってくれる事はありませんでした。やっと自分の幸せを考えられるようになってからは、夫に心の有り様を打ち明け全てを受け入れてもらい絶縁とまではいきませんが地元を一緒に離れてくれて、自分だけの家族となり幸せです。 
幸せなはずなのですが、その幸せを素直に受け取れず幸せなうちに死んでしまいたい、と思ってしまいます。息子はいま5歳で成長の過程において、この刷り込まれた自らの歪みが伝わってしまうのではないか怖いです。私はいなくなった方が息子は真っ直ぐ育つんじゃないか、など。 
この一連は業の巡りであって今は兄を許さない自分を赦そうという考えに至りました。私に対する兄の執拗な攻撃は私が生まれてしまった事だと受け取っています。生まれて理由なく長年苦しむ、これが業なのかな、と。今世では断ち切れないものだろうと認めたくないけど、認めるしかないのかな、とも思えるようになりました。 
自分の来世・家族の来世にこの業が今よりも軽い関わりにする為に今世でできる事はないでしょうか?とりあえず家族には私に何かがあった時、兄には骨を拾わせないで、とお願いしています。私も兄の骨は拾いません。しょうもない事だと思われると思いますが、私の今世と来世、また兄と実家の家族に対する精一杯の抵抗です。何かで業は7回繰り返すと見ました。殺されてないので1番酷い時期ではないのでしょうが、もしまだ前期で今世以降これから酷くなる方かと思うと絶望してしまいます。 
どういう風に思い受け止めると良いのでしょうか。

【拙回答】

業も因縁次第

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何より今は、理解ある旦那様、そしてお子様とのお幸せを第一とお考え下さい。

お子様のご成長、誠に楽しみですね。

そして、今が幸せであるならば、その幸せな想いに、皆がなってほしいと願ってみて下さい。

恨みや憎しみは、悪業を生むだけで何ら役に立ちません・・

できれば、実家の皆さま、お兄様も含めて、皆が幸せになれますようにと、お兄様にも憐れみと慈悲の想いを掛けてあげてみて下さい。

きっと、お兄様も苦しく、つらく、しんどいのでしょう・・

「兄も私と同じような幸せを味わってもらえたら・・」と思って頂けましたら、それが善き因縁(原因と条件)となって、善き業へと繋がることになっていくことでしょう。

業も因縁次第で変わっていくものになります。しっかりと善き因縁を調えていくことで、善き赴きへと向かって参りたいものでございます。

善き因縁を積むための方法論につきましては、仏教に多くのヒントがございます。

是非、仏教につきましても、これを機会に興味を持って学んで頂けましたら有り難くに存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「因果応報」

問い「因果応報」

【ご質問内容】

いつもありがとうございます。 
独身時代、不倫を繰り返していた友人についてです。私は不倫肯定派ではありません。

1人は歳の離れた上司と不倫をして仕事で重要な役職になり若くして出世しました。勿論彼女は賢く仕事の能力も高いです。「不倫の何がいけないの、そんな男と結婚した嫁が悪い」と言う強気な女性です。

もう1人は寂しさから複数人との不倫をし、そのうちの1人に独身の男性を紹介され、結婚しました。旦那様は紹介者との不倫関係は知りません。結婚してからも会ってる男性はいるようです。

二人共、大手企業の真面目な男性と適齢期に結婚しました。不倫をしてなければ得ることの出来なかった幸せを掴んでいます。友人の幸せは喜ばしい事ですが、旦那様を不憫に思う気持ちと真面目に恋愛しても実らない自分と比較したり、複雑な心境です。 
性格は違いますが、私の目から見て彼女達は家柄も美貌も人柄も優れています。悪い行(不倫)以上に人徳があるからの結果なのでしょうか? 
人は平等ではない事は理解しています。不倫は悪い行いと信じ、彼女達の行く末を心配しておりましたが、それを経て幸せになった女性を身近で見て事業自得や因果応報との言葉にも疑問を感じています。ハスノハでも不倫に悩み苦しんでる質問を多く見受けますが、彼女達と何が違うのでしょうか。もし今後違う形で不運に合っても、それをプラスに変える力があるようにも思います。 
因果応報に対してお坊さんのご意見を伺いたいです。宜しくお願いします。

【拙回答】

真なる幸せは・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

世間世俗的な世界における「幸せ」は、本当の「幸せ」でないと仏教では考えます。

仏教では、悟り・涅槃という究極的な「幸せ」を目的と致します。

その「幸せ」へと向けて、仏教においては、無明(根本的な無知)・煩悩・悪業を対治するために「智慧と福徳(功徳)」の修習を勧めることになります。

無明・煩悩・悪業による結果は、過去世や現世における無数の因縁(原因と条件)も複雑に絡んでくるため、その「不倫」の結果が、即座に「これ」として出る、分かるものではないのですが、確実に業・カルマとしては相続していくことになるため、しっかりと、慚愧・懺悔した上で善業に取り組むか、あるいは、確かなる仏道に精進するかしない限りは、いずれにしても輪廻で迷い苦しむことになってしまうとお考え下さい。

世間の八法(利得、損失、称賛、非難、誉れ、誹謗、楽、苦)の中では、真なる「幸せ」はなく、仏教の目指すべき真なる「幸せ」としての「悟り」・「涅槃」というものへと向けて、これを機縁として頂きまして、仏教に関心をより強く持って頂きまして、誠実に日々をお過ごし頂きながら、仏法も学び修されていかれることを、ご一考下さいましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「この世は因果応報なのでしょうか?」

問い「この世は因果応報なのでしょうか?」

【ご質問内容】

うつ病で会社を退職しました。 
職場では嫌がらせを受けて本当に苦しかったです。 
なんでこんな目にあったのか、私が悪かったからなのかと今でも悩みます。 
自分が悪かったとしても、どこを直せば良いのか分かりません。 
自分はこの世に適合しない存在、生まれてきてはいけない存在なのではないかと絶望的な気持ちになります。 
運が悪かったと思いたい一方、何故、その様な災難が私に降りかかったのかと辛くなります。 
どちらに転んでも自分は辛い人生しか待っていない気がします。

この世は因果応報なのでしょうか? 
幼児虐待でなくなる子供がいますが、彼らが何か悪いことをしたのでしょうか?

それともこの世はただただ無情なのでしょうか? 
幼児の内に虐待で亡くなるのも、戦争に巻き込まれて死ぬのも運命の一言で片付けられることなのでしょうか?

どのような心構えで私はこれから生きていけば良いのでしょうか?

【拙回答】

因縁果の理

会社で嫌がらせを受けられて苦しまれ、うつ病となり、退職せざるをえなくなるまでに追い込まれてしまわれましたこと・・本当におつらいことでございます・・

あまりご自身を責めることはなさられずに、うつ病の克服へと向けて、周りの理解とサポートを得られながら、心の傷を癒して頂けましたらと存じます。

「因果応報」とは、世間の使い方では悪いイメージが先行してしまっている感が否めませんが、正しくには、善いことも悪いことも含めて、全てのこの世のモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)によって結果が成り立っているという、「因縁果の理」のこととなります。

何も原因が無く、また、何も条件も調わないのに、結果が生じることはあり得ません。

例えば、種も撒いていないのに、花は咲きませんし、種を撒いたとしても、土や養分や水や光などの条件の無いところに撒いても、花は咲きません。

あるいは、土や養分や水や光と条件は調っていても、種がなければ花は咲きません。

もちろん、色々な複雑な因縁が無数に絡み合って成り立っている世界であり、単純にこれとこれで、こうなったとは言えないこともございます。

過去世、前世から引き継がれている私たちの個々で抱えている業・カルマというものも、それが様々に複雑な因縁の中でどのように作用するのかというものも、なかなか予測ができないところもございます。

業・カルマによる結果としての報いを受けるのにも、大きく分けて「三時業」として、今の生きているうちに出るものもあれば、次の輪廻において出るもの、また次の次の輪廻において出るものといったように、ございますし、更に幾つもの輪廻の後に出るという場合も当然にあり得るものでございます。

いずれにしても、悪業を慎み、善き行いにしっかりと努め励み、善き業をしっかりと積んでおく因縁を調えておければ、必ず悟り・涅槃へと向かうことが、できていけるということになります。

とにかく、迷い苦しみの世界ではございますが、人として生まれることができる善き因縁がありて、今、人として生まれることができております。更には有り難い仏法とも出逢えるご縁にも恵まれております。是非、この恵まれた機縁を活かし、仏教を修習することで、悟りへと向けた善き因縁を更に調えて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「おおらかになりたい」

問い「おおらかになりたい」
http://hasunoha.jp/questions/1315

【ご質問内容】

いままで培ってきた経験に基づいた性格は
変えられるのでしょうか。

いくらがんはったところで、既に周りの人に与えてしまった自分の印象は変えられないのではないかと…

【拙回答】

変えることができます

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「性格」も含めて、私たちのこの世界におけるあらゆるモノ・コトというものは、独立自存なる実体としてはあり得ておらず、全ては「縁起」により成り立っております。

「縁起」にも幾つかの考え方がございますが、一番わかりやすいのは、「因縁果」の理であり、最近の下記の問いでも扱わせて頂いております。

問い「死ぬほど苦しい」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1030488117.html

『・・「因」とは「原因」(直接的要因)のことで、「縁」とは、「条件」(間接的要因)のことで、「果」は、「結果」のこととなります。そして、「因果応報」とは、善き因と縁が調うと、善き果がある、逆に悪い因と縁が調うと、悪い結果があるということであります。この世におけるモノ・コトというものは、突然に何もないところから生じたりするものではありません。必ず、モノ・コトには因縁があり、その結果として生成、生滅していくものとなります。また、その結果も何かの因縁となって更に結果となり、また更にその結果も何かの因縁となって・・と続いていく流れが無常というものとなります。・・』

ひろ様の性格も、何もないところから、因や縁なしにして、突然にそのようになってしまわれているわけではありません。やはりその因縁によって今のひろ様の性格に至られている次第でございます。

もちろん、それはこれからの因縁の努力次第において幾らでも変えていけることができるということでございます。

「性格は変えられるのでしょうか。」・・はい、変えることができます。

「自分の印象は変えられないのではないかと」・・大丈夫です。これも変えることができます。

変えるためには、そのための因縁を調えていくことが大切になりますが、「おおらか」ということを目指すのであれば、何事にもゆったりと、余裕を持って取り組み、焦らない、冷静な心を保ち、懐の深い、包容力、許容力を養い、温厚に、穏やかに、くよくよせず、こだわりやとらわれを少なくし、前向きに過ごせるようにと心掛けて、そのように意識的に言動を少しずつでも調えていかれると良いのではないだろうかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「悪い流れを変えたいのですが…」

問い「悪い流れを変えたいのですが…」
http://hasunoha.jp/questions/1282

【ご質問内容】

こんにちは、よろしくお願いいたします。

最近というかここ数週間、良かれと思ってやることが裏目に出るし、何かと空回りばかりだし、間は悪いし、つくづく「ついてないなぁ」と思うことばかりです。

悪い流れを良い流れに変えるにはどのような方法がありますか?
分かりやすく教えて頂けると助かります。

【拙回答】

悪い流れを変えるためのヒント

まりちゃん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

少し悪いことが続いてしまわれて、何とかその流れを変えられたいとのお気持ち、拝見させて頂きました。

基本的には、この世における全てのモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)によって流れて(無常)いっております。

悪い結果が出てしまうのには、それなりの悪い因縁が色々と関係していると推測することはできますが、ただその因縁というものの内容は非常に複雑であるため、厳密に、これが原因で、これとそれが条件で・・と詳しく説明するのは大変に難しくあります。

そのため、逆に良い流れに変えるためにも、これをして、あれをしてと個別具体的に述べるのも実は難しいものとなります。

とは言うものの、流れを変えたいとして精進努力することは大切であり、良い結果へと向けてしっかりと取り組みたいものでございます。

但し、それも思い込みや自己満足、独善的に進めてしまうことほど恐いものはありません。時間や労力を無駄にしないためにも、仏教の場合では「中道」について考察し、検証しながら仏道・八正道・修行を進めていくことが大切なものとなります。

とはいえども、いきなり「中道」について考えるのも難しいことでございます。

そこで、まりちゃん様におかれましては、流れを変えられたいためのヒントとして、以下について少し考えて頂ければと存じております。

・自分さえ良ければいいというようなことでの言動になっていないかどうか
・お世話になった人・事に対して感謝して、また、恩返しになることもできているかどうか
・どこか慢心を起こして、傲慢になり油断していないかどうか
・無理して我慢していること、強いストレスや不満になっていることがないかどうか
・適度な息抜きや休息、気分転換・リフレッシュができているかどうか
・失敗したことや後悔にいつまでもくよくよして振り返ってしまっていないかどうか
・自己嫌悪に陥ってしまって抜け出せないようになってしまっていないかどうか

以上において心当たりがあれば、少し改善について意識的に取り組んで頂ければ、少しなりとも流れをより良くに変えることができていくのではないだろうかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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